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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第11章 受難の竜達
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11.08 怒りの竜達 後編

 アシャール公爵達との軍議を終えたシノブ達は、帝国から奪ったゼントル砦……新たにガンド砦と命名された要塞から領都シェロノワへと帰還した。

 彼らは魔法の家で移動するため、日に何度行き来しようが問題はない。それに、マルタン・ミュレやハレール老人は新たな魔道具の開発に取り掛かる必要がある。


 公爵達は、帝国の民衆は『排斥された神』の支配下にはないという。シノブやアミィも砦にいた下働きの者の様子を確認したが、彼らは帝国軍人のような狂的な言動を見せることはない。

 それに対し、砦にいた帝国軍人達は、王国に攻めてきた者達と同様に(かたく)なに黙秘を続け、隙があれば自死すら試みる有様であった。どうも、シノブ達が入手した情報から推測すると、帝国の貴族や軍人は帝都に赴いた際に何らかの精神操作を受けていると思われる。

 そのようなわけで、帝国の民衆を説得できる可能性を感じたシノブ達は、彼らと争いたくはなかった。そこで、無力化できる体力剥奪の魔道具の作成をミュレやハレール老人に依頼したのだ。


 そして二人を館の研究所に送り届けたシノブやアミィは、ガンド砦以外の二つの砦に行ったり、砦の補修などを行ったりと、忙しく一日を過ごしていた。


「今日はあちこち回ったけど、これで最後だね」


 深夜、炎竜達が待つ洞窟に魔法の家で転移したシノブは、隣を歩くアミィに苦笑気味の顔を向けていた。

 アシャール公爵達との軍議では、早期に帝国の領地を奪取するという方針が決まった。まずは一番西にあるメグレンブルク伯爵領の各都市を攻略する予定だが、そのためには土地勘のある者の参加が望ましい。そこで、帝国から解放した獣人の戦士達を各砦に輸送するなど、一日に何十回も転移を繰り返したのだ。


「はい、お誕生日の翌日なのに、大変な一日でしたね」


 アミィは魔法の家の扉を開けながら、同様の表情でシノブに笑い返した。彼女が言うとおり、シノブの誕生日の夜に炎竜達の救出に向かってから、まだ一日しか経っていない。

 非常に慌ただしい彼らだが、これにはわけがある。まず、早期にメグレンブルク伯爵領を攻略しないと領主が軍を(まと)めて砦に攻めてくる可能性がある。それに、近隣の各領から援軍が来るかもしれない。

 しかし、今なら領内の守護隊は各地に散らばったままであり、各個撃破することが可能である。そのため、ミュレ達が魔道具を作成したら、そのまま都市攻略へと乗り出すことになっていた。


 そんなわけで、落ち着く間もなく各地を回ったシノブ達は、深夜になってやっと炎竜達やオルムルが待つ洞窟へと訪れることができたのだ。


──シノブさん! お待ちしていました!──


「おお、シノブ、待ちかねたぞ!」


 彼らを出迎えたのは、嬉しげな思念を発するオルムルと、陽気な声のイヴァールであった。オルムルは早速シノブの側に寄って顔を擦り付け、イヴァールは肩を叩いて歓迎の意を示す。


──アミィ、忙しかったようですね──


 魔法の家を呼び寄せたホリィはアミィの腕へと飛び移って思念で話しかけた。


「ええ、今日は何度も転移しました。通信筒でも連絡したように、三つの砦を攻略できたので」


 そしてアミィは、ホリィの頭を撫でながら砦攻略の様子を伝えている。


──岩竜達は『光の使い』と共に戦っているのだな。我らもシュメイを無事な場所に運んだら……──


──ええ。助けていただいた御恩を返さなくては──


 オルムルやイヴァールの背後にいる巨竜、ゴルンとイジェは岩竜達の活躍に感慨深げな思念を漏らしていた。巨体を伏せたままの彼らは、シノブやアミィ達の様子を目を細めて眺めている。

 そして、炎竜達の子供シュメイはというと、その傍らで丸くなって眠っていた。既に深夜ということもあるし、生後間もない幼竜は食事と睡眠が一日の殆どを占めるというから、仕方ないだろう。彼女は、両親の間で規則正しい寝息を立てている。


「……この魔力は!?」


「シノブ様?」


 そんな彼らに歩み寄っていたシノブは、唐突に洞窟の入り口側、北の方に視線をやった。彼の緊張した様子に、隣にいるアミィは心配そうに彼を見上げている。


「……ああ、どうやら竜らしい。心配させてごめんね。

でも、俺の知らない竜……しかも二頭いるな」


「シノブ! 仲間の炎竜が見舞いに来たのではないか!?」


 シノブの言葉を聞いたイヴァールは、ゴルン達の仲間が来たと思ったようである。


「多分、そうだと思う。かなりの速度で接近しているから、もうすぐアミィやゴルン達もわかるんじゃないかな。

……ゴルン、イジェ! どうかな!?」


 アミィやイヴァールに安堵の笑みと共に説明したシノブは、二頭の炎竜を見上げながら叫んだ。シノブの言葉を聞いた巨竜達は、小山のような体を起こして辺りを探るようにゆっくりと首を動かしていたからだ。


──父さま、母さま、どうしたのですか?──


 両親が身を起こしたためだろう、幼竜シュメイは目を覚ましていた。彼女は、心配そうな思念を発しながら、遥か頭上の親達を見上げている。


──『光の使い』よ。我らが長老アジドとその(つがい)ハーシャだ──


 ゴルンは再び身を伏せつつシノブ達に答えていた。しかも、彼は思念と同時に『アマノ式伝達法』も使っていた。おそらく、オルムルやホリィが教えたのだろう。


──大丈夫ですよ、シュメイ──


──良かった……──


 イジェは自身の子供へとゆっくりと顔を寄せて安心するようにと伝えていた。その言葉を聞いたシュメイは、母の巨大な顔に自身の体を寄せている。シュメイは、また彼女達を狙う者が来たのではと不安になったのだろう。


──シュメイは炎竜の長老さまに会ったことがあるのですか?──


 そんなシュメイを慰めようと思ったのだろう、オルムルは彼女の下に一飛びで移動すると、優しい思念を発していた。


──オルムルお姉さま……私は父さまと母さま以外の炎竜に会ったことはありません──


──そうですか……私もこの前初めて岩竜の長老さまと会いました! 父さま達のように大きくて、とても優しい方でしたよ! きっと、炎竜の長老さまも強くて優しい方です!──


 少々しょんぼりとしたシュメイに、オルムルはその顔を近づけた。まるで励ますようなオルムルの様子は、姉が妹の世話を焼いているようで微笑ましい。

 シノブ達は、そんな竜達の様子を眺めながら、炎竜の長老達の訪れを待っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 炎竜の長老アジドとその(つがい)ハーシャは、ゴルン達よりも若干大きく色も更に赤黒かった。

 竜達は幼い頃は色が薄く、歳を経ると共に体色が濃くなっていくようである。幼竜シュメイは薄桃色に近いが、成長と共に両親と同じ血のように濃い赤になるという。そして、成竜になると身体の成長はほぼ止まるが、体色のみは濃さを増していくらしい。


──『光の使い』よ。我が一族を助け出してくれたこと、感謝する──


──本当にありがとうございます──


 その二頭の老竜は、シノブの前で地に伏せ大地に頭を着けていた。しかも、ゴルンとイジェ、そして何とシュメイまでも同様の仕草を見せている。


「俺達は当然のことをしただけだ! 身を起こしてくれ!」


 幼竜のシュメイはともかく、全長20mもの巨体が地に伏せる様は圧巻だが、シノブはそれに見入る間もなく慌てて手を振っていた。実は、これは人間でいえば土下座に相当するものなのだ。

 シノブも竜達を助け出したかったのは事実だが、獣人達の解放や帝国の作戦を妨害するという意味もあり決して竜達のためだけに救出作戦を実施したわけではない。そこで彼は、自身や王国側の事情を炎竜達へと語っていった。


──そなた達にも目的があるのは当然であろう。しかし、一族が救われたのは事実だ。それに感謝をせぬようでは、真っ当な心の持ち主とは言えまい──


──その通りです。そなたが我らにも手を差し伸べてくれたこと、決して忘れません──


 シノブの言葉に身を起こした炎竜達だが、長老アジドとハーシャは更に感謝の念を伝えてくる。


「ありがとう……ところで皆、早くガンド達の狩場に行かないか?」


 どうやら、このままでは感謝の言葉が終わらないのでは、と思ったシノブは、フライユ伯爵領に向けての移動を提案した。ゴルン達も充分に回復したようだし、夜の間にガンド達の狩場へと行き、そこに彼らの仮住まいを造る必要がある。


「そうですね! あちらなら、もっと安全です!」


 アミィもシノブの言葉に同意する。

 実は、これはガンドの提案であった。まだシュメイは幼く食事の量も少ない。それに、最近オルムルはシノブの魔力の吸収が主となっており、狩場の魔獣も豊富である。したがって、炎竜達が滞在しても問題ないようである。

 もっとも、炎竜達は火山のある場所を好むため、これは一時的な滞在となる予定であった。彼らが新たな棲家(すみか)を見つけたら、そちらに移る前提である。


──何から何まで申し訳ない……それでは、表に出よう──


 炎竜の長老アジドも、急いで移動することには賛成のようである。彼とハーシャは、洞窟の外に向けて歩みだす。

 一方、イヴァールはゴルンの胴へと騎乗するための縄を掛ける。今回シノブとアミィはオルムルに乗るため、その装着も簡単なものだった。

 そして騎乗の準備が終わった彼らは、それぞれ竜に乗り、老竜の夫婦を追いかけていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ガンド達の狩場へと移動する間、シノブは四頭の炎竜と様々なことを話し合った。


 炎竜達は、普段は遥か北にある島に棲んでいるという。岩竜達も棲むその島は非常に大きく、火山性の山を含む多くの山脈が存在する。そこを、火山は炎竜達、それ以外を岩竜達と住み分けているのだ。

 だが、極寒の地は幼竜達には厳しい環境であり、それを避けるために彼らは出産と子育ての間だけ南方へと移動する。


 そんな炎竜と岩竜の違いは、魔力を得る手段が火属性と土属性ということであった。

 もっとも、幼竜達はまだ自然の魔力を直接吸収することは出来ず、親が捕らえた魔獣を食べるのみで属性は関係ない。

 だが、成竜は魔力の吸収だけで充分である。そこで、彼らは自身の吸収しやすい魔力の多い土地を子育てのための狩場とする。要するに、炎竜達がガンド達の狩場で魔力を得るのは非常に効率が悪く、いずれは自身に適した場所へと移るというわけだ。


 それらの炎竜の生態を聞いたシノブは、彼らに帝国の情報を伝えていった。

 帝国に潜む『排斥された神』のこと、その存在が帝国の人族に何かしらの影響を与えていることなどである。まだ推測中の、帝国の貴族や軍人が帝都で精神操作を受けている可能性なども、シノブとアミィは竜達に説明して行く。


──そうか……その帝国とやらの非道は、既に一族にも伝えている。だが、新たな情報も皆に教えよう──


 漆黒の夜空を飛翔する炎竜の長老アジドは、シノブ達が思念で伝えてくる情報に、とても驚いたようである。彼は、ゴルン達をガンドの狩場に送り届けたら、急いで炎竜達のところに戻ると決めたようだ。


──私は、皆さんと一緒に戦いましょう──


──当然、(われ)も参戦する──


 そして、長老の(つがい)ハーシャは、シノブ達の都市攻略に協力すると言い出した。更に、ゴルンも名乗りを上げる。


──ありがとう! それじゃアジドとハーシャにも『アマノ式伝達法』を覚えてもらおうか!──


 シノブは、彼らの参戦をありがたく受け入れることにした。そこで、思念以外の意思疎通の方法について、長老達にも教えていった。


──ふむ……ヴルムから概要は聞いていたが……これは良いな!──


 どうやら、アジドは岩竜の長老ヴルムから『アマノ式伝達法』のあらましは聞いていたようである。そのため、彼らは短時間でそれを習得していった。もっとも竜の知能は非常に高く、岩竜ガンドは飛行中の短い間で使いこなしていたから、全く未知の状態からでも違いはなかったかもしれない。

 これで炎竜達も人間と共存できるだろう。そう思ったシノブは、更なる協力者との交流に喜びながら、自領への移動を続けていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 創世暦1001年2月17日零時過ぎ、メグレンブルク伯爵領の三つの都市は一斉に空からの襲撃を受けていた。

 メグレンブルク伯爵領には領都リーベルガウの他に、二つの都市クブルストとデックバッハが存在する。北から南に、クブルスト、リーベルガウ、デックバッハと、およそ100kmの距離を置いて並ぶこれらが、メグレンブルク伯爵領の中核となる街である。

 領都リーベルガウが人口2万6千人、残りが人口2万人の巨大都市は、メリエンヌ王国と同様に高い城壁で囲まれている。しかし、その城壁は何の役にも立っていなかった。何故(なぜ)なら、巨竜達が上空から攻めてきたからだ。


 闇に包まれた領都リーベルガウの上空には、岩竜のガンドとヨルムそしてオルムル、更に炎竜ゴルンがその勇姿を現した。また同様に、都市クブルストには岩竜ヘッグと炎竜ハーシャ、都市デックバッハには岩竜の長老ヴルムとその(つがい)リントが赴いている。

 そして高空を飛翔する竜達は、都市の中心にある領主や代官の館の上空にあっさり侵入していった。


「これは、砦の制圧より更に楽だねぇ」


 領都リーベルガウの中央にある領主の館の庭に降り立ったアシャール公爵は、拍子抜けしたような表情をしている。彼が言うとおり、館の制圧は既に終盤へと入っていた。


「こちらの方が敵兵も少ないですからね」


 ベルレアン伯爵は、周囲を警戒しながらもアシャール公爵へと相槌(あいづち)を打った。

 彼らが落とした砦には、二千人近い兵士が駐留していたが、都市の守護隊はもっと少ない。一番多い領都リーベルガウでも七百名、他の二つの都市は五百名である。しかも、それらは本部に詰める部隊に城壁を守る部隊と各所に散っている。

 したがって、領主の館の真上から降り立った百名少々の王国軍人を迎え撃つのは、せいぜい同数の兵士であった。


──ヨルムが南門を、ゴルンが北門を制圧した。それぞれ、次の場所に向かうと言っている。

ヘッグや長老が向かった街も順調だそうだ──


「ありがとう! 他も上手くいっているようだね!」


 ガンドが伝えてくる情報に、アシャール公爵は笑顔となった。

 領都リーベルガウは、三頭の成竜が参戦しており、それぞれに百名近くを乗せてきた。そのため、ガンドが中央、ヨルムが南、ゴルンが北と分担したのだ。なお、ヨルムとゴルンは次は東門と西門を制圧しに向かう予定である。


「第二陣! 予定通り守護隊本部に向かえ! 敵は無力化したはずだが油断するな!」


「はっ! 守護隊本部を制圧します!」


 ベルレアン伯爵は、魔法の家を呼び寄せると、そこから飛び出した三百名近い兵士へと鋭く指示をした。そして先頭に立っていた士官は、綺麗な敬礼と共に復唱し館の正門目掛けて飛び出していった。

 それを見送ったベルレアン伯爵は、輸送の完了を遠方のシメオンへと通信筒で連絡する。


「ゼントル砦……いや、ガンド砦に各都市の概略図があって助かりましたね」


 ベルレアン伯爵は、一息ついた、という表情でアシャール公爵へと笑いかけた。

 ガンド砦と名を変えた元帝国の砦には、領都を含む各都市の地図が存在した。そのため、兵士達も迷うことなく守護隊本部へと向かっている。


「そうだねぇ。しかも『解放の竜杖』と『無力化の竜杖』があるから抵抗も少ないしね」


 アシャール公爵は、ガンドの巨体を見上げながら呟いた。彼が見つめる先は、ガンドの前脚である。

 ガンドは右に竜のための『解放の杖』、つまり公爵の言う『解放の竜杖』、左に新たにミュレとハレール老人が作成した『無力化の竜杖』を握っている。


 前日の午前中にシェロノワへと戻ったミュレ達は、僅か半日で全ての竜に行き渡るだけの魔道具を作成していた。その二人は竜の強大な魔力を前提とした効率の悪い魔道具だと謙遜していたが、その効果は絶大であった。

 まず、竜達は上空にいる間に『無力化の竜杖』で地上の人間達に対して軽度の体力剥奪を行う。短時間の効果だが、倦怠感や眩暈(めまい)などに襲われた彼らに充分な抵抗が出来るわけもない。しかも、奴隷となった獣人達は『解放の竜杖』で昏倒しているため、敵兵は半分以下となっている。


 上空から現れた竜達、謎の体調不良、奴隷達の昏倒。これだけ重なっては、都市を守護する帝国兵に勝算などありはしない。


「……おっ、第三陣の準備が出来たようです」


 通信筒の振動により、ベルレアン伯爵はシメオンからの連絡があったと気がついた。

 ガンド砦にいるシメオン達は、三つの都市に順々に兵士を送り込んでいる。そのため、次陣の到着には少し間があったのだ。


「そろそろ館の制圧も完了かな……」


 アシャール公爵は、館へと視線を向けなおした。

 メリエンヌ王国のものとは違い窓が小さい館は、外からでは内部の様子が判別しがたい。帝国の一般的な建築様式なのか、それともリーベルガウ独特の様式なのか、無骨な小窓ばかりの建物である。

 王国の伝統的な建築物は『メリエンヌ古典様式』という、アーチを多用した幾何学的な様式が殆どである。しかし、この館には王国のような華やかさはなく、良く言えば実用一辺倒、悪く言えば洗練されていない建物であった。

 その飾り気のない館からは、拘束された使用人達が次々と庭に連れ出されてくる。公爵は、そんな彼らを眺めつつ、戦いの終了を待っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……領主達がいない?」


「申し訳ありません!」


 シノブの確認に、目の前の兵士が恐縮したような表情となる。

 アミィとイヴァール、そしてアルノーとアルバーノを従えて館に侵入したシノブは、領主とその家族を発見していなかった。既に多くの使用人達が拘束されているというのに、彼らだけは見つからなかったのだ。


「寝室にいた形跡はあるんだが……」


 今シノブは、領主の寝室と思われる部屋にいるが、そこはもぬけの殻であった。とはいえ、ベッドなどの様子から、一旦就寝したのは間違いないようである。


──シノブさん、領主を見つけないとどうなるのですか?──


 シノブの肩には子猫くらいに小さくなったオルムルが乗っている。その彼女は、周囲に遠慮したのか思念だけでシノブに問いかけた。


──領主がいなくても占領自体は出来るけど、出来れば捕らえたいな。帝国の政治体制がどうなっているのか、領主に聞けばわかるかもしれないし──


 シノブはオルムルを撫でながら、心の声のみで答えを返した。

 貴族達は、年に数回帝都に行くらしいから、彼らなら皇帝など帝国の中枢についても詳しいはずだ。そのため、シノブはメグレンブルク伯爵から情報を引き出したいと思っていたのだ。

 なお、館の外はホリィが見張っているが、それらしい人物はいないようである。おそらく、メグレンブルク伯爵やその家族はどこかに隠れているのだろう。


「おい、ここは怪しいぞ……これは隠し扉じゃないか!?」


 イヴァールが調べているのは、作り付けの豪奢な両開きの家具である。おそらく、クローゼットか何かであろう。


「流石イヴァール殿! 細工物が得意なドワーフだけはありますな! ……それで、どうやって開けるのですか?」


 家具の内に潜り込んでいたイヴァールに、感心した表情のアルバーノが興味深げな様子で問いかける。


「もちろん、こうするに決まっている!」


 一声()えたイヴァールは、その手に持つ巨大な戦斧を家具の内部に振り下ろした。巨大な門すら吹き飛ばすイヴァールの一撃を受けた木製の家具は、呆気(あっけ)なく破壊される。


「……流石イヴァール殿……戦好きなドワーフだけはありますなぁ」


「閣下、抜け穴がありました! お前達も来い!」


 (あき)れるアルバーノを他所に、アルノーはシノブに抜け穴の存在を伝え部下達を呼び寄せる。そしてアルノーとアルバーノの先導で、一同は抜け穴へと入っていった。


「これは、人の足跡ですな。どうやら、ここで間違いないようです」


 抜け穴は螺旋階段へと繋がっていた。寝室は館の三階で、そこから真っ直ぐ下に伸びている。周囲は頑丈な石壁であり、窓などは存在しない。

 そしてアルノーと並んで先頭を行くアルバーノは、床に残った足跡を発見していた。やはり猫の獣人だけあって、彼は暗いところでも良く目が見えるらしい。


「おお、確かに……」


 一方、隣に並ぶアルノーは、光の魔道具で足元を照らし、初めて気がついたようである。彼は狼の獣人であり、そのあたりは猫の獣人には(かな)わないようだ。


 灯りで照らされた足跡は、深く積もった埃のお陰でシノブ達にもはっきり見えた。下り階段に残る痕跡は階段一杯に残っており、複数人が通ったことを思わせる。おそらく、領主とその家族の者であろう。シノブ達は、注意しながらも急ぎ足で進み、その階段を下っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「貴方がメグレンブルク伯爵ですね?」


 アミィとイヴァール、そしてアルノーとアルバーノを従えたシノブは、目の前にいる品の良い服を着た男性へと、静かに問いかけた。

 秘密の通路は一旦地下へと降り、それから暫く水平な通路となっていた。そして、その先にある螺旋階段を昇ると、そこには数人の身なりの良い男女がいたのだ。


「そうだ……私がメグレンブルク伯爵エックヌート・フォン・リーベルツァーだ。貴公は?」


 意外にも冷静な様子の男は、疲れの浮かんだ顔をしていた。おそらく『無力化の竜杖』の影響で、一時的に体力を奪われたためであろう。

 メグレンブルク伯爵は、シノブが今まで見た帝国の武人達とは違い、ほっそりとした体つきの文官のような中年男性であった。彼は疲労が激しそうだが、それでも外見に相応しい理知的な態度を保ってシノブを見つめ返している。


「私はメリエンヌ王国のフライユ伯爵シノブ・ド・アマノです」


 話し合いが出来そうだと思ったシノブは、内心安堵しながら丁寧に名乗った。

 何しろメグレンブルク伯爵の後ろには、家族と思われる四人の男女、妻らしい30代の二人の女性や10歳以下らしい少女と少年がいる。そのため、なるべく穏便に事を運びたかったのだ。


「悪いようにはしません。投降していただきたい」


「それはできん! 我が神は敵に屈することをお許しにならない!」


 だが、降伏を勧めたシノブの言葉が終わるか終わらないかの内に、メグレンブルク伯爵は激昂して叫び返していた。そして、彼は突然細剣(レイピア)を抜き、シノブへと切りかかってくる。


「閣下!」


 もちろん、そんな攻撃を許すシノブ達ではない。シノブが手を出すまでもなく、アルノーがメグレンブルク伯爵の剣を弾き、彼を取り押さえる。


「アルノー、ありがとう。

……ご婦人方、身の安全は保証しますので、どうか私達と一緒に来ていただけませんか?」


 シノブは、更に言葉を柔らかくして二人の婦人に語りかける。

 メグレンブルク伯爵の変貌は、帝国の『排斥された神』に支配されていたからではなかろうか。彼は、そう思って穏便な言葉に言い換えたのだ。


「我が神に背くことは出来ません!」


「私もです!」


 しかし、シノブの考えは甘かったようだ。二人の婦人は、メグレンブルク伯爵と同様に血相を変えて懐剣を抜き放っていた。


「失礼!」


「手荒な真似はしたくありませんが……」


 こうなることを予測していたのか、アルバーノとアミィが婦人達を一瞬にして取り押さえた。彼らにとっては、ただの婦人達を取り押さえるなど、赤子の手を捻るよりも簡単であろう。


「とりあえず眠らせておくか……アルノー、アルバーノ、起きても自決しないように拘束してくれ」


 シノブはメグレンブルク伯爵と婦人達に催眠の魔術を掛けながら、二人に指示を出す。


「君達、乱暴なことはしないから、一緒に来てくれないかな?」


 アルノー達が彼らを捕縛するのを横目に見ながら、シノブは残った子供達、少女とその背後に隠れる更に幼い少年に、なるべく優しく聞こえるように注意しながら語りかけた。


「お父さま達にも乱暴はしないですよね?」


 子供達の一人、年長と思われる金髪の少女が、シノブを見上げながら問いかけた。まだ、10歳くらいの少女は、その青い瞳に僅かに涙を浮かべている。


「ああ、暴れないように取り押さえただけだ。落ち着いて話せるなら、こんなことはしたくなかったんだけど……」


 シノブは、やっと普通に話せる相手が現れたと思い、少しホッとしていた。彼は、少女に目線を合わせながら、(おび)えさせないように気をつけながら話しかける。


「投降しましょう。悪い人じゃなさそうですし」


「はい、お姉さま……」


 少女は、背後に隠れた二つ三つ年下と思われる少年へと振り向き、降伏しようと勧めた。そして、栗色の髪の少年もその言葉に素直に従う。


「君達の名は?」


 子供達は『排斥された神』の支配を受けていないと思ったシノブは、柔らかな笑みを浮かべながら二人に名前を問いかけた。


「フレーデリータといいます。メグレンブルク伯爵の長女です」


「ネルンヘルムです」


 そんなシノブの様子に安堵したのか、子供達は素直に自身の名を告げた。


「そうか……すまないけど、この先はどこに通じているのかな?」


 どうやら、彼らは大人達とは違うらしい。そう思ったシノブだが、いきなりそれらを訊いても答えは引き出せないだろう。それ(ゆえ)彼は、とりあえずここから先がどこに繋がっているかを問いかけた。


「ここの先は、材木置き場の倉庫です。でも、竜がいるので……。

あの……貴方の肩に乗っているのは、竜の子供なのですか?」


「ああ、そう言うことか。

……この子はオルムル、岩竜の子供だよ」


 伯爵の娘フレーデリータの説明にシノブは納得した。

 おそらく、上空を舞う岩竜ガンドを見たメグレンブルク伯爵は、即刻脱出を決意したのだろう。ところが、秘密の通路を抜けてみれば、目の前にガンドが降り立っている。そのため、どうするか迷っていたに違いない。そう思ったシノブは苦笑しつつも、オルムルを二人に紹介した。


「……竜の子供って、こんなに小さいんですね」


 やはり、男の子の方が竜に対しての憧れは強いのだろうか。今まで姉の背後に隠れていたネルンヘルムが顔を出し、興味深げにオルムルを見つめている。


「今は、ちょっと小さくなってもらっているんだ。さあ、外に行こう」


 そして、シノブ達はフレーデリータやネルンヘルムの案内で外に歩み出た。

 メグレンブルク伯爵との話し合いは成立しなかったが、子供達は違うようである。もしかすると、彼らは謎の神の洗脳を受ける前なのかもしれない。それらは今後確認しなくてはならないが、全ての帝国の支配層と戦わなくても良さそうだと感じたシノブは、将来への希望を見出していた。

 シノブは、人の心を支配する『排斥された神』の打倒を静かに誓いながら、アシャール公爵やベルレアン伯爵が待つ一角を目指して、アミィ達と歩んでいった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年5月21日17時の更新となります。


 本作の設定集に、主人公達が追加で授かった道具についての説明文を追加しました。

 設定集はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。


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