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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第11章 受難の竜達
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11.06 怒りの竜達 前編

 ヴォルケ山の中腹で炎竜の親子を助けたシノブ達は、ノード山脈を飛び越えてヴォーリ連合国へと抜けることにした。

 炎竜の棲家(すみか)があったヴォルケ山はノード山脈に含まれる。そして、ノード山脈は東西に長く続き、その南がベーリンゲン帝国、北がヴォーリ連合国となっている。

 したがって、山脈を飛び越えることさえ出来れば、最も短時間で帝国から離れることが可能だ。しかも、ノード山脈は人が越えることの出来ない高山帯であるため、追手がやってくる可能性も殆どない。

 そこで帝国兵達との戦いを終えた後、未明にも関わらずシノブ達は慌ただしく山越えの準備をしていた。


 炎竜のゴルンとイジェは、まだ完全に回復したわけではないが、一刻も早く幼竜シュメイを安全な場所に移したかったらしい。

 彼らの子供であるシュメイは、生後一ヶ月ほどで飛行もできないし身を守るすべもない。本来はこの時期に棲家(すみか)である洞窟を離れることはないが、一度は帝国の魔道具に屈した彼らは早急に安全な地へと移動することを選んだようである。


 もちろん炎竜達には騎乗用の装具など存在しない。しかしイヴァールやアルノーそしてアルバーノは、アミィが魔法のカバンから取り出した荒縄を雄の炎竜ゴルンへと巻きつけ、即席の装具として巨竜の背中に乗っていく。

 まず、寒さに強く竜での飛行にも慣れているイヴァールが、そのまま平然と、そしてアルノーとアルバーノはシノブから借りた防寒効果の高い魔法装備を軍服の上から着込み炎竜の背に収まった。

 更に、彼らを魔法障壁で保護するために、幼竜シュメイを腕に抱いたアミィが乗り込む。なお、万一に備えてシュメイの胴には縄が付けられ、四人と同様にゴルンに巻いた荒縄へと結んでいる。


 それらの準備を終えたシノブ達は、何とか飛行できるまでに回復したゴルンとイジェ、そして岩竜の子供オルムルと共に、北西へと飛び立った。

 このあたりを真北に抜けると、ノード山脈がそのまま海に落ち込んでいく断崖絶壁のような場所に出るらしい。そして少し西に行けばヴォーリ連合国の東端だという。そのためシノブ達は、若干距離はあるが北西を目指すことにしたのだ。


──シノブ様、良い場所を見つけました!──


 少し先行して飛んでいた青い鷹ホリィの心の声が、シノブの脳裏に響いてきた。

 飛翔の間、シノブは成竜のゴルンとイジェに交互に魔力を与えていた。まだ二頭の巨竜は、完全に回復しきっていなかったのだ。

 全長20mにもなる成竜達は、シノブとの戦いのとき『隷属の首輪』によって限界まで魔力を絞り出されたらしく、解放したときには魔力がほぼ枯渇していた。そのためシノブは山脈を飛び越える間も重力魔術でゴルンとイジェに飛び移り、自身の魔力を与えていたのだ。


──そうか、そちらに向かう!──


 ホリィの思念は、シノブやアミィだけではなく竜達にも伝わっている。したがって、二頭の巨竜とオルムルは、シノブが指示しなくてもホリィの思念が伝わってきた方向へと向きを変えていった。


「……ここなら良さそうだな。後は、適当な洞窟を作るか」


 シノブは、ホリィが待っている場所を見て、顔を綻ばせた。

 そこは切り立つ崖の途中にある僅かな平地であった。垂直に近い崖を背に、100m四方ほどの平らな場所が広がっている。そして、その下も険しい崖であり、登山家のように充分な準備をしていないかぎり登ってくることは難しいだろう。

 それらを確認したシノブは光の大剣を抜き放つと、目の前に(そび)える崖に土魔術で洞窟を造っていった。彼は光の大剣で魔力を増幅すれば、1kmもある岩の道を造ることも出来る。そのため、(またた)く間に巨竜も入ることが可能な洞窟が完成した。


「さあ、入ろう!」


「はい、シノブ様!」


 シノブは、様子を見守っていた一同に声を掛ける。ゴルンから外した縄をカバンに仕舞ったアミィは、その言葉に元気よく答え、洞窟へと歩み出す。もちろん、イヴァール達も同様だ。


──さあシュメイ、洞窟に入りましょう! 私に乗ってください!──


 オルムルは、山越えの時もシュメイを乗せて飛びたかったらしい。しかし、もし飛行できる魔獣が襲ってきたら、オルムルも戦うかもしれない。そこで彼女は、誰も乗せずに飛ぶことになったのだ。

 ノード山脈には帝王鷲(ていおうわし)という全長5m、翼開長12mもある鷲の魔獣が棲んでいる。したがって巨竜はともかく全長3mほどのオルムルなら、縄張りに入り込んだ敵と誤解して帝王鷲が攻撃してくる可能性があった。

 そんな経緯で単独の飛行となったオルムルは、寂しかったのか地上に降りると幼竜シュメイの世話を早速焼いていた。


──は、はい! オルムルお姉さま!──


 シノブの魔術に呆気(あっけ)に取られていたらしいシュメイだが、オルムルの思念で我に返ったようだ。彼女は地に伏せるオルムルを目掛けてヨチヨチと歩み寄り、その首に跨った。


──『光の使い』か……何とも凄まじい力の持ち主だな──


──はい……まさに大神アムテリア様の御使いです──


 ゴルンとイジェは唖然(あぜん)とした様子で動きを()めていた。

 適当な洞窟が存在しない場合、竜達も自身の肉体やブレスなどで棲家(すみか)を掘る。しかし、まさか人間が同じことをするとは思っていなかったのだろう。

 暫しの後、親竜達は気を取り直したかのように首を振る。そして二頭はオルムル達に続き、洞窟へと入っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 洞窟に入ったシノブ達は、これからどうするかを炎竜達を交えて相談した。その結果、炎竜達は魔力が回復したらフライユ伯爵領を目指して移動することとなった。


 炎竜のゴルンとイジェは、ベーリンゲン帝国からなるべく離れたいらしい。飛行可能な竜達だが、子育ての最中は棲家(すみか)から離れることは出来ない。シノブ達も岩竜との戦いで彼らの棲家(すみか)を目指したように、無敵とも思える竜の最大の弱点が洞窟での子育てである。

 そこで彼らは、アムテリアの加護を持つシノブの住む土地に移住したいと考えたようである。シノブとしても、強大な竜達が帝国に隷属して向かってくるようなことは望ましくない。幸い、フライユ伯爵領の南方にあるヴォリコ山脈には、火山性の山もあるようだ。

 炎竜達は火山の熱から魔力を得るため、噴火しないまでも活発に活動している火山が必要である。そのような場所は、アムテリアから授かった地脈調査の魔道具『フジ』があれば、探せるかもしれないし、見つかるまではシノブの魔力を分け与えても良い。


 一方、シノブの通信筒にはシャルロットからの返信が届いていた。安堵と喜びから始まるシャルロットの(ふみ)には、岩竜ガンド達が国境防衛軍と帝国の砦を攻略しに行ったことも記されている。そのため、シノブは諸々の相談をするために、一旦シェロノワに帰還したいと考えていた。


「それじゃ、イヴァール、ホリィ、オルムル。後は頼むよ」


 竜達に充分な魔力を与えたシノブは、残る者達に声を掛けた。

 断崖絶壁の途中にあるこの場所に誰か来るとも思えないが、弱った炎竜達だけを置いていくわけにもいかない。そこで、ヴォーリ連合国出身のイヴァール、偵察要員のホリィ、同じ竜族であるオルムルを炎竜達と共に残すことにしたのだ。


「おお、任せておけ。ここは我らドワーフの土地だ。もし誰か来たら俺が対応する」


 イヴァールによれば、この辺りは最東端に住むフロステル族の土地らしい。彼が過去に訪れたことはないが、支族の族長が集まる会議で族長と会ったことがあるという。イヴァールは大族長エルッキの息子でもあり、ドワーフとの交渉は彼に任せておけば大丈夫であろう。


──シノブ様、お任せください!──


──シノブさん、シュメイは私が守ります!──


 ホリィとオルムルも、それぞれ思念でシノブへと答えを返してきた。

 金鵄(きんし)族のホリィの目を掻い(くぐ)って接近できる者はいないだろうし、オルムルも魔獣を簡単に倒すまでに成長している。それに通信筒があれば、シェロノワにいるシノブにも直接連絡できる。

 そのため、シノブは心配してはいなかったが、オルムルが残ると宣言したのは少々意外であった。今まで甘える一方であったオルムルだが、シュメイの姉として面倒を見るうちに自立心が芽生えたのであろうか。そう思ったシノブは、思わずオルムルの頭を撫でていた。


「オルムル、偉いね」


──皆の役に立てて嬉しいです~──


 あいかわらずシュメイを乗せたままのオルムルは、目を細めて嬉しげな様子である。


──シノブさん、私も早く大きくなります!──


「ああ、期待しているよ」


 シノブは、オルムルの首の上のシュメイにも手を伸ばす。彼女にも、シノブの魔力を分け与えたし、戦場で回収した雪魔狼を魔法のカバンに入れて運んできたので、当座の食糧には不自由しないはずである。


「シノブ様! 魔法の家を呼び寄せました!」


「ああ、今行く! それじゃ、すぐ戻ってくるからね!」


 シノブは、再び残る面々に声を掛けると、アミィにアルノー、そしてアルバーノと共に魔法の家に入っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ! 無事で安心しました……」


 魔法の家から出たシノブ達を待っていたのは、安堵の笑みを浮かべたシャルロットであった。彼女は、まだ日も昇っていない伯爵の館の前庭で、アリエルとミレーユを従えて待っていたのだ。

 もちろん、彼女達だけではない。シメオン達内政官に武官、ジェルヴェを始めとする使用人達、館に滞在中の伯爵達もいる。


「シャルロット……遅くなって済まない。皆さんも中にどうぞ」


 シノブは、愛する妻の肩を(いだ)くと、集まった者達に声を掛けて館に向かって歩き出した。

 まだ二月であり、日の出前の領都シェロノワは凍えるような寒さである。もちろん、彼女達は厚手の外套(がいとう)(まと)っているが、吐く息は白く、頬も薄赤く染まっている。

 しかもシャルロットはアムテリアに懐妊を告げられた身である。まだ極めて早期であり妊婦という印象は全くないが、それでも徹夜や外の寒さが良いわけはないだろう。そう思ったシノブは、足早に館の中へと(いざな)った。


「シャルロット様、早く中に入りましょう!」


 アミィもシャルロットの体を案じたのか、魔法の家を格納すると足早に二人の下に駆け寄ってきた。


「確かに、ご婦人がこんな寒いところにいるものではありませんな! ソニアもご苦労!」


 そして、寒さに弱い猫の獣人アルバーノが、実感の篭もった声を上げる。彼は、シャルロット達の背後に控えていた姪のソニアへと笑いかけながら、アルノーと共にシノブ達へと続いていく。


「アリエルさん、ミレーユさん、ミュリエル様達はお休みなのですね?」


 アミィは、並んで歩く二人の女騎士を見上げて問いかけた。彼女はミュリエルと仲が良いので、その姿が見えないのを案じたのかもしれない。


「ミュリエル様や奥方様達にはお休み頂きました」


「カトリーヌ様は、お腹も大きいですし。本当ならシャルロット様も……」


 アリエルは、アミィへと笑顔で答えを返したが、ミレーユは少々心配げな表情でシャルロットの後姿を見ている。おそらく、シャルロットは自身の懐妊を二人に告げたのだろう。


「そうですね。でも、シノブ様が戦っているのにシャルロット様は就寝なさらないでしょう。実は、ミュリエル様達も起きて待つと仰ったのですが、ルシール殿の催眠の魔術でお休み頂いたのですよ」


 三人の会話に混じってきたシメオンは、少々苦笑気味である。

 ちなみに、こちらに残った面々のうち、各地との連絡役を務めていたのはシャルロットにシメオン、アリエルとミレーユであった。彼らは通信筒の使用権を付与されているので、各地との連絡役を務めていたのだ。

 そして、カトリーヌやブリジット、ミュリエルにも私用に使う通信筒を割り当てている。そのため彼女達も連絡役として名乗りを上げたが、シャルロットとシメオンが認めなかったようである。


「……義伯父上や義父上は?」


 一方、シノブは歩く間も惜しんでシャルロットに状況の確認をしていた。

 本来なら妻に就寝を勧めたいシノブであったが、聞くべきことは沢山ある。ならば手早く済ませようと思った彼は、言葉短かにシャルロットに尋ねていく。


「伯父上や父上はガンド殿と共にガルック砦へと向かいました。マティアス殿がヘッグ殿とモゼル砦、シーラス殿がヴルム殿とガンタル砦です。

それぞれ砦の攻略に成功したと連絡がありました」


 シャルロットも、そんなシノブの心境を理解したのだろう、手短に説明していく。

 とはいえ、彼女は無事に帰った夫との会話できるのが嬉しいのだろう、その表情は輝き声も弾んでいる。そして、そんな彼女に遠慮したのか、側を歩くシメオン達も口を挟まない。


「それは凄い!

帝国の砦……北からノルデン砦、ゼントル砦、ジルデン砦だったね……全部落としたのか!」


 シノブは、シャルロットの説明に驚いた。竜が協力しているのだから失敗はないと思ってはいたが、まさか自分が戻ってくるまでに完了しているというのは、流石に予想外であったのだ。


「父上達は、シノブが出立してから間もなく竜達に乗って各砦へと移動しました。そして、つい先ほど、それぞれから作戦成功の連絡があったのです。

しかし、遠方の四箇所での作戦を全てここから把握できるとは……」


 シャルロットは自分達四人が各方面とのやり取りを担当していたと説明した。シャルロットがシノブ、シメオンがベルレアン伯爵、アリエルがマティアス、ミレーユがシーラスと分担することで、炎竜の棲家(すみか)と三つの砦の情報をシェロノワで把握していたという。

 周囲に多くの者がいるため言葉を濁したシャルロットだが、軍務に就く彼女だけにアムテリアから授かった通信筒に、恐ろしさすら感じているのかもしれない。


「あれが完成すれば、決して珍しいものじゃなくなるんだけどね」


 シノブは、ミュレやハレール老人達に開発を依頼したままの魔力波動による通信装置を思い出していた。

 通信装置は原理的には出来上がったようだが、現在は発信側の出力が足りず実用には至っていない。奴隷解放用の魔道具は『隷属の首輪』を改造して作った彼らだが、魔力不足については解決方法を見出していないようである。


「はい……」


 シノブは通信装置と明示しなかったが、シャルロットにはわかったらしい。彼女は、真剣な表情で頷いている。


「さあ、会議室だ。とりあえず、概要を教えてくれ。詳細は、義伯父上のところに行ってから聞こう」


 シノブは、会議室の中へと入りながら、シャルロットに笑いかけた。責任感の強い彼女のことだから、報告を終えるまで休もうとはしないだろう。それ(ゆえ)シノブは、なるべく早く聞き取って、後はガルック砦かゼントル砦にいるアシャール公爵達に尋ねようと思ったのだ。

 そんな彼の心中を察したのか、シメオンや館に残った三伯爵、エリュアール伯爵デュスタール、ラコスト伯爵レオドール、ボーモン伯爵マルセルは急いで席に着いていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ベーリンゲン帝国の国境に存在する三つの砦のうちの一つゼントル砦は、昨年末から大規模な補修作業を行っていた。メリエンヌ王国の呼び名でガルック平原、帝国ではゼントル平原に接する砦の城壁は、戦の直後にシノブのレーザーによって大規模に消え去っていたからだ。

 砦の主要部分から南北に伸びる城壁が、それぞれ50mずつ溶け去ってしまい、そのままでは敵の攻撃を防ぐことはできない。しかし、あまりに大規模な損傷であったため一ヶ月半以上経った今でも、まだ修復中であり、奴隷による修復工事が昼夜を問わず実施されていたのだ。


「全く……この寒いのに夜間の見張り番とはな」


「お互い、貧乏籤を引いたな」


 城壁の上にいる二人の帝国兵が眼下の作業を眺めながら呟いていた。


「こんな日はこれに限る……ほら、お前も飲め」


 片方の兵士が、懐から小瓶を取り出すと、その中身を口に含んだ。そして、もう一人の兵士へとその小瓶を渡す。


「おっ! くすねてきたのか!」


 どうやら小瓶の中身は酒らしい。渡された兵士は、嬉々としてその中身を飲んでいく。


「いくらなんでも、この積雪では攻めてくることは出来んさ。今日は幸い雪が降っていないが……むっ、雲でも出たか?」


 小瓶を渡した兵士は空を見上げていたが、唐突に不審そうな声を上げた。

 雪の多い国境地帯だが、今夜は珍しく晴れているようで星が出ていた。しかし、それらを隠す何かを兵士は発見したのだ。

 星明かりを(さえぎ)っているものは、どうやら鳥のように飛翔しているらしい。しかも、かなりの速度で接近しているらしく、あっという間にその影は大きくなっていった。


「この辺には帝王鷲はいない筈だが……うわっ、竜だ! それに何かぶら下がっている!」


 不審そうな顔で望遠鏡を覗いた兵士が発見したのは、翼を大きく広げた巨竜の姿であった。

 しかも、竜の巨体からは数多くのロープが下がっており、その一本一本には何かが鈴なりにぶら下がっているようである。


「な、何だって! 敵襲、敵襲! 大型弩砲(バリスタ)、準備急げ!」


 酒を飲んでいた兵士は、慌てて小瓶を放り捨てて敵の襲来を告げる。そして、彼は大型弩砲(バリスタ)を動かす射手達を召集した。


「な、なんだ!? 大型弩砲(バリスタ)が!」


 しかし、射手達が来ても何の役にも立たなかっただろう。何故(なぜ)なら大型弩砲(バリスタ)投石機(カタパルト)などの兵器は、僅かな間に全て弾け飛んでいたからだ。


「ガンド殿、見事! 総員、降下!」


 いつの間にか城壁の真上に来た竜の上から、男の鋭い声が響いた。すると、竜から下がっていた何十本ものロープが伸びて、城壁の上に軍人達が降りてくる。

 そう、暗闇の中を飛行してきたのは、岩竜ガンドだったのだ。しかも彼は多数の王国軍人を乗せていたらしい。背の上にも大勢いるが、その巨体から下がっている多数のロープには、それぞれ何人もの軍人がしがみ付いていたのだ。おそらく、ガンドに乗ってきた軍人達は100人以上いるのではないだろうか。


 そして最後に一際立派な軍装を(まと)った二人の貴人、アシャール公爵ベランジェとベルレアン伯爵コルネーユが降りてきた。

 どうやらガンドの上で指示をしていたのは、ベルレアン伯爵らしい。


「まったく! 勤務中に酒とは不謹慎だねぇ!」


 公爵は、倒れた帝国兵達と転がった酒の小瓶を見て嘆かわしそうな声を上げている。

 二人が降りてくる前に、城壁の上のこの辺りは制圧完了していた。そのため公爵はいつも通りに飄々(ひょうひょう)とした様子のままである。


「義兄上、ここは兵に任せて砦の司令室へと向かいましょう!」


 ベルレアン伯爵は周囲を警戒しながら公爵に呼びかける。そして彼は宣言通り、城壁の内側にある階段へと向かっていく。


「しかし、シノブ君のところの魔道具技師は優秀だねぇ。まさか竜のための魔道具まで用意するなんてね」


 アシャール公爵は空を飛ぶガンドを見上げている。そのガンドは、右前脚に何か太い棒のような物を握っていた。


「ハレールという老人ですね。『解放の杖』を束ねただけだと言っていましたが……確かに、そんな簡単な物ではないと思います。

……しかし、素晴らしい効果ですね。砦にいる奴隷は全て無力化出来たようです」


 ベルレアン伯爵が言うように、ガンドが握っている棒には奴隷を無力化するための魔道具『解放の杖』が大量に取り付けられている。

 もちろん単に付けただけではなく、それらとガンドが握る持ち手の間には、何か線のような物が存在する。おそらく、それらの線がガンドの魔力を『解放の杖』へと伝えているのだろう。


「大量の魔力を使う装置を研究していたから思いついた、って言っていたけど……シノブ君が帰ってきたら、詳しく聞かなくちゃ」


 アシャール公爵の口調は若干(あき)れ気味である。シノブ自身はともかく、その家臣にまで驚かされるとは思っていなかったのかもしれない。


「はい。これからの戦いにも大いに役に立つでしょう」


 そんな公爵にベルレアン伯爵は真顔で頷き返した。

 おそらく、ハレール老人は通信装置の出力を上げるために色々な取り組みをしていたのだろう。そのため、竜の強大な魔力を活用する術を実現できたと思われる。

 そしてこれは、ベルレアン伯爵が語るように竜と共闘する今後の戦いでは途轍もない力となる筈だ。


「お蔭で制圧部隊を乗せてくるだけで済んだしね。でも、制圧部隊も不要だったかもねぇ……」


 槍を構えたベルレアン伯爵に先導されて司令室を目指すアシャール公爵は、ガンドのブレスを受けて倒されていく帝国兵を見て呟いた。彼が言うとおり、降下した軍人達に勝る戦果を、ガンド一頭で挙げている。


「はい。竜の怒り、恐ろしいものですね。エルッキ殿や陛下とも約束したと聞いていますが……」


 炎竜の子供に手を出されたと知った岩竜達は、その報復を躊躇(ためら)いはしなかった。

 彼らは、セランネ村ではヴォーリ連合国の大族長エルッキと、そして王都メリエでは国王アルフォンス七世と交流の条件を伝えている。その中には、子供に手を出したら彼らの治める土地に徹底的な報復をするというものがあるのだ。

 そして今、竜の逆鱗に触れたらどうなるかが彼らの目の前で示されていた。城壁の上に立つ帝国兵、そして地上にいる帝国兵、とにかくガンドの目につく敵兵は全てそのブレスで倒されていた。しかも、ガンドには味方や奴隷にされた獣人達と敵の区別は容易らしく、空を往く巨竜は細く絞ったブレスで帝国兵のみを貫いていく。


──人の子の戦士達よ。後は任せたぞ──


 屋外に出ていた帝国兵を全て排除したらしく、ガンドは城壁の向こう側、帝国領の中へと降り立った。

 ホリィが調べた情報によれば、ゼントル砦には二千人近い人員が配置されているらしい。しかし、その約八割が奴隷であり、彼らが無力化された今、残りは四百人程度である。しかも、その半数以上はガンドが倒した上に、巨竜の攻撃を見た帝国兵は戦意を喪失している。

 そのため、ガンドは形勢が定まったとみて制圧自体は王国兵に一任することにしたようだ。彼は『隷属の首輪』の無効化は継続しているが、戦闘自体からは手を引いていた。


「ガンド殿! 御助勢ありがとうございます!」


「後は自分達で頑張るよ! そこで休んでいてくれたまえ!」


 ベルレアン伯爵とアシャール公爵は口々に答えると、砦の中に入っていった。その砦の中は、ほぼ王国兵が掌握しているようで、二人の目に入るのは王国の軍人達の姿だけである。


「公爵閣下! 砦の守護隊長を倒しました! 残りもほぼ制圧完了しております!」


「おお、ご苦労。コルネーユ、我らが王国兵も、中々優秀だね。これならシノブ君が帰るまでには作戦完了だよ」


 士官の報告を聞いたアシャール公爵は誇らしげな顔でベルレアン伯爵コルネーユへと笑いかける。


「はい……義兄上、シェロノワから連絡がありました!」


 アシャール公爵の言葉に頷いたベルレアン伯爵であったが、胸元に吊り下げた通信筒が振動したと気がつき、その中身を取り出した。


「……おお! シノブも炎竜達を解放しました! 幼竜と親達、三頭とも無事です!」


 シメオンが送った文を見たベルレアン伯爵は、満面の笑みで公爵にその内容を告げる。妻や子を慈しむ彼は、シノブの無事と同様に幼い竜が助かったことも非常に嬉しかったようで、その表情は若者のように晴れやかな笑顔であった。


「それはめでたい! コルネーユ、早くガンドに教えてあげたまえ!」


「はい、それでは失礼します!」


 アシャール公爵の言葉に、ベルレアン伯爵は一礼すると外へと駆けだしていった。『魔槍伯』の名を持つ超一流の武人である彼は、身体強化まで使ったのか疾風のような勢いで一瞬にして姿を消し去った。


「これで竜達も少しは落ち着いてくれると良いがね……流石にこの調子で行くのはねぇ……」


「は……心強い味方ですが、少々恐ろしくもありますな」


 珍しく思案気な公爵の呟きに、報告に来た士官が複雑な表情で頷いていた。圧倒的な力を示したガンドであったが、もし自分達の身に降りかかったらと思ったのだろう。


「我々にはシノブ君がいるから大丈夫だよ。だからこっちは良いんだけど……まあ、今のところは素直に勝利を喜ぼうか!

そうだ! 解放が済んだら、ガンド殿にお願いして後続の兵を輸送してもらおう! 君、解放と残敵掃討を急ぎたまえ!」


「はっ!」


 アシャール公爵の命を受け、士官は近くにいた部下に命令をする。


「まだまだやることは沢山あるけど、まずは第一段階成功かな。さて、次はどこまで進めようか」


 部下達を見ながら、アシャール公爵は楽しそうな笑みを見せていた。

 公爵は入ってきた方向、つまり先ほど降り立った帝国領である東を見つめている。ただし未明の屋外は闇に包まれているだけで、何も見えはしない。

 しかし公爵の目には、その先に広がるメグレンブルク伯爵領やゴドヴィング伯爵領、そして更に向こうの皇帝直轄領が映っているのかもしれない。そんな風に思ってしまうだけの何かが、彼の視線や表情には含まれていた。

 創世暦1001年2月15日未明、メリエンヌ王国の領土は東へと僅かに広がった。そして拡大は更に加速していくのだろう。アシャール公爵を見つめる王国軍人達は、そんな希望に満ちた笑みを見せていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年5月17日17時の更新となります。


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