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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第11章 受難の竜達
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11.05 ノード山脈の戦い 後編

 炎竜ゴルンとイジェの棲家(すみか)である洞窟には、幼竜とベーリンゲン帝国の軍人達のみが残っていた。

 幼竜は、まだ周囲に立つ軍人達と比べても小さく、人間の幼児……いや、乳児程の大きさのようだ。薄桃色の肌は柔らかそうで手足や尻尾も短く、いかにも幼獣といった様子である。

 唯一、幼獣らしくないところは、その猛烈な食欲であろうか。一体、どこに入っているのかと思うくらいの勢いで餌である雪魔狼を食べている。


「しかし、良く食べるな……捕獲したときから一回り大きくなったようだが、この食欲なら当然か」


「ああ。親の隷属が終わって助かったぞ。これ以上雪魔狼を食いつぶされては(かな)わん」


 黒い騎士鎧を着けた軍人達が、幼竜の食事風景を見ながら(あき)れたような表情で言葉を交わしている。どうやら、幼竜が食べている雪魔狼は、彼らが『隷属の首輪』で使役していた魔獣のようだ。


「カミル大隊長……何だか外が騒がしくありませんか?」


 兵士の一人が、怪訝そうな顔をして上官へと問いかける。彼は、洞窟の入り口のほうが気になるようだ。


「うむ……リフガー、外の様子を見て来い!」


「はっ! 外の様子を確認します!」


 三十名数名はいる軍人のうち、もっとも豪華な装いをした男は、部下の言葉に頷くと洞窟の外を確認してくるようにと命じた。そして彼の命を受けた兵士、リフガーは洞窟の入り口に向かって走り出す。

 カミルという男は、呼ばれたとおり大隊長なのだろう。一際立派な騎士鎧とそれに合わせたかのような漆黒のマントを身に着けている。他にも二人ほど同じ装備の軍人がいるが、どうやらこのカミルという男が指揮権を握っているらしく、彼らは口を挟まない。


「……それは困りますな」


「リフガー!?」


 静かな、そしてどこかとぼけたような言葉が洞窟に響くと、走り出したリフガーが唐突に崩れ落ちた。


「ここは私が抑えると、閣下に誓ったのですよ……この、アルバーノ・イナーリオがね!」


 淡々とした口調は、途中から急に力強いものへと変わっていた。更に、名乗りと共に猫の獣人アルバーノ・イナーリオが、カミル達の前に姿を現す。

 特殊部隊の装備である黒い軍服を着た彼は、肩に青い鷹を乗せていた。もちろん、鷹は金鵄(きんし)族のホリィである。


「面妖な! お前達! あの男を始末しろ!」


 カミルの大柄な体に相応しい怒声が響くと、帝国軍人達は一斉にアルバーノへと襲い掛かっていく。彼らが手に持つ武器はいずれも大剣である。


「ホリィ殿、防音を! 私が始末します!」


 アルバーノは、そう言い捨てると三十名近い兵士へと自分から向かっていった。

 一方のホリィは中空に舞い上がると、洞窟の入り口と奥を(さえぎ)るような風の障壁を形成した。アルバーノの言葉からすると、洞窟内の音を外に漏らさないようにするための魔術なのだろう。


「馬鹿が! 一人で三十人に勝てるものか!」


「それが勝てるのですな! 20年間の苦行のお陰でね!」


 大隊長の一人がアルバーノに(あざけ)りの声を浴びせるが、対するアルバーノは余裕たっぷりの様子で小剣を振るっていく。

 アルバーノは風のように敵兵に接近し、すり抜けていく。その剣は目にも留まらぬ速さで繰り出され、猫の獣人特有の無音の接近の後には、帝国兵達が倒れる音が響くのみであった。

 もちろん、全ての獣人がここまでの武芸を修めているわけではない。彼が口にした通り、20年も戦闘奴隷として使役された間に『隷属の首輪』によって限界まで潜在能力を引き出されたからである。

 多くは、そこまでの能力を持たないし、途中で倒れる者も多い。飄々(ひょうひょう)としたアルバーノではあるが、その戦いは彼の波乱の人生を表すかのように激烈かつ容赦のないものであった。


「お、俺達だって強化をしているのに!」


「防御の魔道具が!」


 あっという間に半分近くを減らした帝国兵達は、流石に修羅のようなアルバーノに怖気づいたようである。彼らは、アルバーノから距離を取り遠巻きに大剣を構えている。


「道具に頼った強化など、意味がありませんな。それに、剣など当たらなければ良いだけです。

防御の魔道具? そんなものは発動させなければ良い。亀のように甲羅に閉じこもっているわけではなし、攻撃する以上はどこかが空いているはずですからね……こんな風にね!」


 再び透明化の魔道具を使ったのだろう、アルバーノの姿が消えると囲んでいた兵達の一角が崩れていく。

 防御の魔道具は、特定の方向か装着者が意識した方向のみに作用するようである。アルバーノが言うように、周囲を完全に魔力障壁で囲んでしまっては攻撃も出来ないし、膨大な魔力を消費するはずだ。そのため盾のように、任意の方向を一部分だけ防御する物となったらしい。


「幼竜を殺されたくなかったら姿を現すんだ!」


 大隊長の一人が、幼竜のほうに駆け寄りながら叫ぶ。彼は、アルバーノの戦闘能力に加えて透明化の魔道具まで使われては(かな)わないと考えたようだ。


「……うわっ、竜が!」


「ぎゃあ!」


 だが、帝国兵の目論見は呆気(あっけ)なく崩れ去る。

 幼竜の前には、怒りの咆哮(ほうこう)を上げるオルムルがいたのだ。おそらくオルムルは、虫のように小さくなって幼竜の下に接近していたのだろう。そして元の大きさに戻ったオルムルは、細く絞ったブレスで帝国兵達の手足を貫いていく。


「オルムル殿! そちらは任せました!」


「くっ! 獣人よ! 尋常に勝負せよ!」


 どこからともなく響くアルバーノの声に、帝国の大隊長カミルが苛立ったような声を上げた。


「尋常に勝負? 獣人は人間ではないと言ったのは貴方達ですよ……今更、何を!」


 (あざけ)るような口調のアルバーノだったが、最後は怒りを顕わにしていた。おそらく彼の顔は憤怒に染まっているはずだが、姿を消しているため、その表情を窺うことは出来ないままである。


「ぐおっ!」


 姿無き戦士の攻撃に、カミルは抵抗する(すべ)も無く倒れ伏した。音も気配も無い、そして魔力すら感じ取れない状況では、アルバーノがどこから攻撃をしてきたかもわからなかっただろう。


「全て片付きましたか……ピディオ、ディーノ……見ていてくれたか?」


 姿を現したアルバーノは静かに小剣を振り鞘に収めると、誰にいうともなく呟いた。

 おそらく、(ささや)いたのは戦友の名なのだろう。瞑目(めいもく)したアルバーノは、戦場であることを忘れたかのように暫し(たたず)んでいる。


──大丈夫ですか? 私は岩竜のオルムルです。あなたを助けに来ました!──


 戦闘の終わった洞窟には、物音一つない。だが、常人が感知できない思念という手段で、オルムルは優しく幼竜へと呼びかけていた。


──……オルムルさん? お願いします! 父さまと母さまも助けてください!──


 突然現れて自分を守ったオルムルに、幼竜は驚いたのだろう、今までその姿を見つめているだけであった。しかし、オルムルの問いかけに我に返ったらしく、幼い竜は彼女の下に歩み寄り泣きつくような思念で訴えかけていた。


──安心してください。シノブさんがご両親を助けてくれます。さあ、私の上に乗ってください。……そうです、あなたのお名前は?──


──シュメイといいます。オルムルお姉さま!──


 地に伏せたオルムルに、幼竜シュメイは嬉しげな思念を発しながらよじ登っていく。まだ飛翔はできないから、シュメイはその手足を使って地面に完全に伏せたオルムルの首と胴の間へと何とか収まった。


──お姉さま……私にも妹が出来たのですね! シュメイ、これからよろしくお願いします!──


 どうやら、シュメイは雌のようである。姉と敬われたオルムルは、得意げな様子でゆっくりと身を起こしていく。


「オルムル殿、幼竜とも仲良くなれたようですな。……ホリィ殿、閣下のところに戻りましょう!」


 黙祷を終えて振り向いたアルバーノが、いつも通りの朗らかな様子でオルムルとホリィに声をかける。そして彼は、新たな戦いへと挑むかのように凛とした表情で、洞窟の外へと繋がる側を見つめていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「そ、空を……」


 イヴァールの戦斧を大剣で受け止めた将軍ヴェンドゥル・フォン・ゲーレンハイトは、その視線を中空へと向けていた。戦闘中に目の前の敵を忘れるなど武人としては失格であるが、それも無理もない。驚愕の表情で彼が見つめる先には、重力魔術で空を舞い炎竜達と戦うシノブの姿があったのだ。


 炎竜のゴルンとイジェは、翼と魔力を併用して飛んでいるらしく、その飛行は鳥のものに近かった。だが、翼を持たないシノブは、完全に魔術だけで飛行している。したがって、その動きも独特なものであり、いきなり進路を鋭角に変更したり真横に動いたりと、通常の飛翔ではありえない機動であった。


「戦いの最中に(ほう)けるとは、随分余裕だな!」


「ドワーフ風情が何を言う!」


 (つば)()り合いを続けるイヴァールは、注意散漫となったヴェンドゥルの大剣を、その巨大な戦斧で押し返し、更なる攻撃を繰り出そうとする。

 しかしヴェンドゥルも、卓越した武力で将軍の座を(つか)んだ男である。半ば本能的にイヴァールの戦斧を受け止め、眼前の敵に再び視線を戻した。


「ほう……その言葉、聞き捨てならんぞ!」


 地の底から響くような声で唸ったイヴァールの体が突如二回りほど膨れ上がったかと思うと、ヴェンドゥルが大剣ごと弾き飛ばされた。どうやらイヴァールは更なる身体強化を行ったようである。


「ぬう……ならばこちらも!」


 後方に飛ばされながらも、ヴェンドゥルは何かをしたらしい。彼が(まと)っている魔力は、人族のものとは思えないほどに上昇している。


「そんな魔道具頼りの力など、何の意味もないわ!」


 戦斧を振り上げ咆哮(ほうこう)を上げるイヴァールの姿が、唐突に掻き消えた。いや、実際には消えたわけではない。あまりに速い突進で、姿が目に映らないだけである。


「どこだ……ぐあっ!」


 イヴァールのドワーフどころか身の軽い獣人でも不可能な動きに、ヴェンドゥルも一瞬その姿を見失ったようである。それでも彼は野獣のような勘で察したのか、斜め横から来るイヴァールの戦斧を何とか大剣で受け止めようとする。


「甘いぞ!」


 イヴァールは更に速度を上げ、大剣ごと打ち割るかのように戦斧を振るっていた。対するヴェンドゥルの大剣には何らかの魔法防御が施されていたのか、二つの武器が激突する空間には、異様な光が舞っている。

 しかし、イヴァールの圧倒的な筋力には、そんなものは関係ないらしい。彼が無造作に戦斧を振りぬくと、ヴェンドゥルの巨体は洞窟がある断崖絶壁まで吹き飛ばされ、その岩壁にめり込んでいた。


「これで終わりだ!」


 再びイヴァールは、常識外れの突進を披露する。流星もかくやと言わんばかりの猛烈な突撃は、大気を揺るがし、一拍遅れて周囲の雪を吹き飛ばしていく。


「宝玉よ!」


 『魔力の宝玉』から力を引き出そうとしたのか、身を起こしたヴェンドゥルの(すが)るような絶叫が響き渡る。だが結果としては、それは何の意味もなかったようである。なぜならヴェンドゥルは、イヴァールの戦斧を腹に受け、大量の血を吐いて倒れ伏していたからだ。


「イヴァール殿! やりましたな!」


「おお……アルノー殿も片付けたか」


 イヴァールが戦っている間に、アルノーもヘクターにマルクという大隊長達を倒していた。彼は小剣を片手に、イヴァールの下へと走り寄ってくる。


「周囲の兵も集まりだしたようです!」


「望むところよ! 悪逆非道な帝国の手先、一兵たりとも生きて返さん!」


 口早に言葉を交わした二人の戦士は迫り来る兵士達を見ても、寸毫(すんごう)たりとも動揺はしていないようである。それを示すかのように、彼らは再び風のような早駆けで敵中へと向かっていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 地上の激戦と同様に、漆黒の高空でも激しい攻防が繰り広げられていた。それは、シノブと二頭の炎竜ゴルンとイジェの空中戦である。

 飛翔する竜は鳥よりも早く、炎のブレスは一瞬にして周囲を焼き払う。鉄をも蒸発させるブレスを、シノブは躱し魔力障壁で受け流していくが、ゴルンとイジェの息の合った連携は彼に休む間も与えない。

 しかも炎竜達は『隷属の首輪』により能力の限界まで引き出されているのか、その飛翔速度やブレスの威力は、岩竜ガンドと比べても勝っている。そのため魔力干渉で動きを封じる隙もなく、シノブは一瞬たりとも気を抜くこともできなかった。


 しかし、天空での戦いは徐々に趨勢が見えてきたようである。シノブは少しずつ深紅の巨竜達へと接近し、その懐へと入り込んでいるのだ。竜達を傷つけたくないシノブは、レーザーの魔術を牽制に使って巨竜の進路を巧みに防ぎ、その相対距離を縮めていた。

 これは竜の攻撃が稚拙というわけではなく、重力魔術に慣れてきたシノブの描く軌跡が巨竜達の想像を絶したものとなっていたからだ。突然、真横に、あるいは上下にと慣性を無視したかのように動くシノブには、猛烈な圧力がかかっている。だが、彼はそれを隔絶した魔力を用いた身体強化で捻じ伏せていた。

 しかも、どうやらシノブの方が飛翔速度では竜達に勝るようである。そのため、二頭の竜は時折シノブを見失うことすらあったのだ。


「もう少し……そこだ!」


 眼前で巨大な(あぎと)を開きブレスを放つ炎竜を、上空へと抜けて躱したシノブは、その頭部と首の境目辺りにある『隷属の首輪』へと接近した。そしてシノブは魔力干渉で『隷属の首輪』の効果を封じつつ、鈍い光沢を放つ戒めを、光の大剣で一刀の下に切断する。


──ゴルンか!? 俺はシノブだ! 岩竜の長老ヴルムから聞いて助けに来たんだ!──


 シノブは、ヴルムから教わった魔力波動により解放した炎竜が雄のゴルンだと察していた。

 『隷属の首輪』は魔力を激しく消耗するため、人間の場合は解放されると気絶する場合が殆どである。しかしシノブは、竜の膨大な魔力なら意識を保つのではないかと思っていた。そこで、彼に呼びかけたのだ。


──そなた……あの思念の主だな……──


 シノブの想像が当たったようで、ゴルンは微かな思念を返した。だが、それは非常に弱々しく頼りないものであった。やはり、魔力が大幅に奪われているようで、飛翔する高度も急激に下がっていく。


──ああ! イジェも解放する! 待っていてくれ!──


 どうやら、ゴルン達にはシェロノワから呼びかけた思念が届いていたようだ。そう察したシノブは、笑顔でゴルンに思念を送り返した。

 無事に解放できたと感じたシノブは、炎竜ゴルンに急いで魔力を送り込む。それが功を奏したのだろう、ゴルンの飛翔は安定し、降下する速度も緩やかなものとなっていく。それを確認したシノブは、ゴルンの背から飛び降り、再び宙を飛翔する。


「イジェ! お前もすぐに解放してやる!」


 今までは二頭の竜が相手だったから容易に接近できなかったが、戦力が半減したためシノブはあっという間にイジェの背後を取っていた。そして彼は先ほどと同様に魔力干渉をしながら、イジェの『隷属の首輪』も光の大剣であっさり切り落とした。


──イジェ! 大丈夫か!?──


 炎竜イジェの首に跨ったシノブは、ゴルンと同様に魔力を注ぎながら心の声で訊ねかけた。


──ありがとうございます……貴方が『光の使い』なのですね──


 ゴルンと同様に、雌の炎竜イジェも飛翔を行う最低限の力を得たらしい。彼女も落下の速度を緩めながら、地上へと降下していく。


──ああ。俺の名はシノブ。岩竜のガンド達の友人だ──


 シノブは、そんなイジェの首元に乗ったまま自身の名を炎竜達に告げた。シノブは戦闘中にも何度か名乗っていたが、炎竜達には微かな記憶しかないようである。もしかすると、『隷属の首輪』の効果で記憶が混乱しているのかもしれない。


──おお……長老から聞いてはいたが……──


 イジェを気遣うように寄り添って飛行していたゴルンは、感嘆したような思念を発していた。

 岩竜と炎竜は頻繁に訪問することはないが、それでもある程度の情報交換はしているという。岩竜の長老ヴルムは、自身と炎竜の長老は定期的に思念で状況を伝えていると、シノブに語っていた。


──お願いします! 我が子を……シュメイを助けてください!

今の私達には、その力は残っていないようです……助けてもらった上に重ねて願い事をするなど、恥知らずなことですが……でも、どうか我が子を!──


──大丈夫だ。仲間が向かっている。それに、岩竜の子オルムルも──


 我が子を思う炎竜イジェの必死な願いに、シノブは柔らかな思念で答えた。そして、彼は隣を飛ぶゴルンへと乗り移り、彼にも魔力を注ぎ込む。ゴルンには僅かな間しか魔力を与えていなかったため、彼の高度がだいぶ落ちていたからである。


──シノブさん、幼竜のシュメイを助け出しました! これから外に向かいます!──


 オルムルはシノブと一緒に炎竜達の魔力波動を教わっている。そのため彼女の思念はシノブだけではなく二頭の炎竜にも伝わったようで、彼らは驚喜の咆哮(ほうこう)を上げていた。


──さあ、地上だ! あとは帝国の兵士達を追い払って、帰還するだけだ!──


 もう、地上も眼前に迫っている。シノブは著しく疲労した二頭の竜を励ましながら、彼らが無事に大地に戻ることが出来るよう、魔力を注いでいった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「おお、シノブ! 無事に竜を解放したのだな!」


 炎竜の背から降りたシノブを見て、イヴァールが歓喜の叫びと共に戦斧を振りかざした。彼は、群がる帝国兵達を豪快に薙ぎ払いながら、シノブの下へと走り寄ってくる。


「ああ! でも、炎竜達は魔力を使いすぎて動けないらしい!」


 大地に立ったシノブは、改めて炎竜達に魔力を注いでいた。

 ゴルンとイジェは想像以上に魔力を消費していたようである。どうも、シノブの強力な魔力障壁を打ち破るためにブレスを強化しようとしたらしい。通常なら自身の命を削るような攻撃はしない筈だが、『隷属の首輪』に拘束された彼らは際限なく魔力を使ったとみえる。

 流石に竜とはいえど高空から墜落しては大きなダメージを受けるのだろう、着陸するまでは何とか意識を維持していた炎竜達だが、今は朦朧(もうろう)とした様子で地に伏せており魔力の反応も弱くなっている。

 そのためシノブは二頭の巨竜の周囲に魔力障壁を張りながら、自身が持つ魔力を可能な限り竜達に与えていた。


「大将軍は、ヴォルハルトはどうしたんだ!?」


「形勢不利と見て逃げ出しました! あそこに!」


 シノブの問いに、アルノーは洞窟の反対側、僅かに下った方向を指差した。

 押し寄せる帝国兵の向こうには、鞍をつけた雪魔狼に騎乗した大将軍ヴォルハルトと将軍シュタールの姿が見える。彼らは、軍馬にも勝る勢いで山を下っているようだ。


「部下達を残して逃げ去るとは! それでも将軍か!」


 大隊長以下の側仕えに囲まれて逃げていくヴォルハルト達に、シノブは怒りの叫びを上げた。

 彼やイヴァール、そしてアルノーの周囲には、決死の表情で襲い掛かってくる無数の帝国兵がいるため、ヴォルハルト達を追っていくことはできない。それに、シノブは魔力障壁と炎竜達の回復で手一杯であり、レーザーなどを放つ余裕もなかった。


「戦況次第で(いさぎよ)く引くのも将たる者に必要なことです! さあ、急ぎましょう!」


 シノブの大喝(だいかつ)が聞こえたのだろう、シュタールが叫び返す。とはいえ彼は雪魔狼の進む先を見つめたままで、その言葉もシノブへというよりは、大将軍ヴォルハルトに対するものらしい。


「シノブよ! この恨み、必ず晴らしてやる!」


 そのせいか、ヴォルハルトも振り向かずに悔しげな叫びを残して去っていく。


「くっ、シノブ! 何とかならんか!?」


「これは!?」


 戦いつつも大将軍ヴォルハルトの撤退する様子を悔しげに見ていたイヴァールが叫んだそのとき、シノブは強烈な魔力の反応を感知していた。


「ぐおっ!」


「うわぁ!」


 シノブとイヴァールが見つめる中、大将軍ヴォルハルトと将軍シュタール、更に周囲の士官達が苦鳴(くめい)を上げた。そして彼らのうち何名かは、雪魔狼の背から落ちていく。


「今のはアミィのレーザーか!?」


「はい、シノブ様!」


 巨竜を目掛けて駆けてくるアミィは、シノブの問いに満面の笑みで答えた。


「む……ヴォルハルトとやらは落ちんな……」


 大将軍達の悲鳴を聞いたイヴァールは一瞬顔を明るくしたが、すぐに苦々しげな表情に戻った。ヴォルハルトとシュタールは雪魔狼の上で伏せたままで、大隊長達のように地面へと転がることはなかったのだ。

 ヴォルハルト達は大量の血を流しているが、手綱を放すことはない。どうやら特別製の魔道具か何かで、ある程度はレーザーを防いだらしい。


「今は、シノブ様と竜を守るほうが先です!」


「その通りです! ここまで来て炎竜を守りきれなかったのでは、意味がありませんから!」


 アミィとアルノーは、押し寄せる帝国兵を倒しながら、イヴァールへと言葉を返す。彼らと戦う敵兵は、まだ数百人はいるのではなかろうか。彼らを倒さないことには、シノブ達は帰ることすらおぼつかない。


「遅くなりました! 幼竜はここに!」


 そんな彼らの下に、アルバーノが突然姿を現した。彼は右手に小剣を持ち、左腕で幼竜シュメイを抱いている。


「おお、アルバーノ殿! オルムル殿とホリィ殿は!?」


「ほら、あそこに!」


 アルバーノが小剣で指した先を、アルノーが見つめると、そこには宙を舞うホリィとオルムルの姿があった。彼女達は、それぞれ風の魔術とブレスで帝国兵を薙ぎ払っている。


 地上はアミィにイヴァール、そしてアルノー。上空からはホリィとオルムル。こうなってしまえば帝国兵達に勝ち目など存在しない。みるみるうちに彼らは数を減らしていった。


「これで片付いたか……少し疲れたな」


 周囲の敵兵が排除されたことを確認し、シノブは魔力障壁を解除した。

 多くの敵は既に倒され、残りも敗走したようである。もう自分達を除いて周囲に人間の魔力は存在しないと察したシノブは、安堵の表情で溜息をついていた。

 流石の彼も、重力魔術を駆使した飛翔に竜のブレスを防ぐ魔力障壁とレーザーによる牽制、そして戦闘後は炎竜達に魔力を分け与えと続いたせいで、若干の脱力感を覚えていたのだ。


──父さま! 母さま!──


 疲労したシノブではあるが、その表情は明るかった。戦いを終えた彼の眼前には、幼竜シュメイと親達の温かな光景があったからだ。


──おお……シュメイ……──


──無事でよかった……──


 シノブの魔力を与えられた炎竜ゴルンとイジェは、ようやくその身を起こせるまでに回復していた。彼らは、ゆっくりと身を起こし、歩み寄ってくる我が子へと顔を寄せている。


──シノブさん、良かったですね!──


「ああ……あとは帰るだけだな。しかし、どうやって帰ろうか?」


 『小竜の腕輪』の力で猫ほどに体を小さくしたオルムルは、シノブの頭へと舞い降り甘えてくる。そんな彼女を、シノブは片手で支えながら、苦笑気味に呟いた。

 シノブ達や幼竜は魔法の家でシェロノワに帰還すれば良いが、二頭の巨竜は当然ながらそうはいかない。彼らは全長20mにもなる巨体であり、魔法の家に入ることなど出来はしないからだ。


「シノブ様、一旦ノード山脈を飛び越えてヴォーリ連合国側に抜けてはどうでしょうか? ここに長くいるのは危険ですし、短距離ですから炎竜達も少し回復すれば飛行できると思います」


 アミィには、スマホから得た位置把握能力がある。彼女はそれとベーリンゲン帝国の地図を下に、帝国から離れる最短ルートを弾き出したのであろう。


「そうか……なら、少し寒いけど我慢するか。……イヴァール、アルノー、アルバーノ。君達は先に戻ってもいいよ」


 ここまで来たら、炎竜達を安全な場所まで送り届けるべきであろう。そう思ったシノブは、自身は竜と共に山脈を飛び越えるつもりであった。

 しかし、他の者達まで極寒の高空を往く必要はない。そう思った彼は、イヴァール達を振り向き、魔法の家での帰還を勧めた。


「何を言う! お主と共に行くに決まっておろう!」


「当然です。私は閣下の親衛隊長ですから」


 しかし、イヴァールとアルノーは、きっぱりとシノブの勧めを断った。彼らは、シノブと同行する道を選んだようである。


「わ、私は……私も、もちろん同行いたします!」


 最後に残ったアルバーノは、暫く考え込んでいたが先に返答した二人と同様に、この場に残ると答えていた。猫の獣人の彼は、寒いという言葉が気になったようである。


「そうか、ありがとう。寒さは魔力障壁で防ぐし、何なら防寒効果の高い魔法装備を貸そう」


 シノブは、アムテリアから授かった魔法装備の替えがあるのを思い出した。彼とアルバーノ、そしてアルノーは背格好も大して変わりないから、着ることは可能であろう。

 イヴァールにはそういった装備はないが、彼は以前に授かった魔法のインナーを身に着けている上に、酒さえあれば高空でも気にしないドワーフだから問題はない。


「あ、ありがとうございます! 閣下、ぜひお貸しいただきたく!」


 必死な様子で頭を下げるアルバーノに、シノブを含む一同は大笑いをしていた。


「それじゃ、もう少し待機していてくれ。俺はシャルロットに作戦の成功を知らせるから」


 炎竜達の回復は、もう少々時間がかかるだろう。その間に、シノブは通信筒でシャルロットに連絡しようと思い立ったのだ。

 戦いを終えて、紙片に自身や炎竜達の無事を記しているシノブの表情は、自然と緩んでいた。炎竜達をヴォーリ連合国へと越境させれば、愛妻が待つシェロノワへと帰還できる。そんな考えが表れたのだろう、彼の記す文字は、楽しそうに紙片の上に踊っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年5月15日17時の更新となります。


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