11.03 ノード山脈の戦い 前編
「ここがノード山脈か……」
冷たい空気を肌に感じながら、シノブは小さな声で呟いていた。ここは皇帝直轄領の北東の端、ノード山脈に含まれるヴォルケ山の中腹である。
シノブは、炎竜達がいるこの場所に魔法の家による転移でやってきた。もちろん彼だけが来たのではなく、魔法の家からはアミィやイヴァール、そして大勢の兵士達が続々と姿を現してくる。
半分以上は、前回の救出作戦と同様にアルノー・ラヴランとその部下である獣人達だが、今回はアルバーノ・イナーリオの率いる特殊部隊もいる。彼らはアミィが与えた透明化の魔道具や人族に姿を変える魔道具も持っているので、潜入作戦には打って付けである。
そして、魔術師で軍の参謀でもあるマルタン・ミュレもいた。実は、兵士達は奴隷を解放するための魔道具『解放の腕輪』を装備している。そのため、開発者である彼も同行していたのだ。
「わあ……寒いですねぇ……」
魔法の家から出たミュレは、寒そうに襟元を合わせなおした。フライユ伯爵領軍の耐寒装備に身を包んだ彼は、首を竦めながらあたりを見回している。
「確かに、凍えそうですな! 南方育ちの私には少々堪えます!」
続いて出てきた猫の獣人アルバーノ・イナーリオも、辺りを見回しながらミュレと同様に震えている。もちろん、彼も耐寒装備を着けているが、それでも寒いらしい。
シノブ達がいる場所は、雪深い森の中にある小さな空き地であった。
しかし空き地は、そこだけ雪が無く地面が現れている。おそらく、魔法の家を転移させる前に、先乗りしたホリィが風の魔術で吹き飛ばしたのだろう。まるで突風が吹き荒れたように、周囲の木々からは雪が落ち、細い緑の葉が現れていた。
「ここは、冬場の峠と同じ……いやそれ以上の寒さだ。ドワーフ馬でも厳しいかもな」
震えるミュレとアルバーノに、イヴァールが答える。彼は、メリエンヌ王国とヴォーリ連合国の国境となる峠のことを言っているらしい。ちなみに峠とここは標高なども似通っているが、今は零時を回っていくらも経っていないから、なおさら寒いようである。
なお、極寒の地であり険しい山中でもあるから、今回は軍馬を連れてきていない。そのため、イヴァールの愛馬ヒポも領都シェロノワに残したままであった。
「お主達、少し酒でも飲んだらどうだ? 温まるぞ?」
イヴァールは腰に下げた酒袋を手に取り、その中身を一口含むとミュレに差し出した。
「ドワーフと違って、私が酒を飲んだら魔術を使えなくなりますよ。防寒着を着込んでいるから大丈夫です……多分」
ミュレは手袋をした右手に持つ『解放の杖』を翳しながら、イヴァールの勧めを断った。
帝国は、竜を隷属させるための魔道具に『魔力の宝玉』という魔道具を使うらしい。そして、それには魔力を供給する奴隷達が大量に必要だという。したがってシノブ達は、奴隷となった獣人達がいれば、炎竜の救出と並行して彼らも助け出すつもりであった。
しかし、『解放の腕輪』の効果は半径2mほどの奴隷の動きを封じる程度である。また、奴隷を解放するには、彼らが装着している『隷属の首輪』に『解放の腕輪』を押し付ける必要があった。それでは迅速な救出は難しいため、広範囲に効果がある『解放の杖』を使える魔術師の出番となったのだ。
「……残念ですが、私も遠慮します。任務の前ですからな」
一方のアルバーノは、かなり長い間苦悩していたようだが、最後はきっぱりと酒を断った。とはいえ、その顔には複雑な感情が浮かんでいる。
「俺達も酒を飲むわけにはいかんな……」
「当たり前だろう! 仲間がいるかもしれないんだ!」
ミュレとアルバーノが断ったため、イヴァールは更に酒袋の中身を呷っている。そして、そんな彼を獣人の兵士達が僅かに羨ましそうな目で見つめていた。なお、彼らは帝国の村に潜入したときに鹵獲した帝国兵の服を着ている。
「ここは我々にとっても初めての場所だ。油断はできない。それに、ドワーフにとって酒は水のようなものだ。真似はできんぞ」
解放された獣人達の束ね役となってきた狼の獣人ヘリベルト・ハーゲンが部下達に注意をした。
獣人の兵士にはベーリンゲン帝国出身者も多いが、彼らは西方のメグレンブルク伯爵領やゴドヴィング伯爵領の出身である。そのため、ここに来たことがある者はいなかった。
「祝杯は帰ってからで充分だろう!」
そしてヘリベルトの言葉に被せるように、巡回守護隊から加わった熊の獣人イヴォン・ゲールが檄を飛ばした。彼は不機嫌そうな顔で、大剣の柄に手を当てている。
「暖房の魔道具で我慢しなさい!」
更に、狼の獣人の女戦士アデージュ・デュフォーも、部下達を引き締めにかかる。
ゲールとデュフォーは巡回守護隊を率いる大隊長だが、炎竜の救出作戦が近いと読んだマティアスが、領都シェロノワに選りすぐりの部下と共に呼び寄せていた。そのため、特殊部隊を含めておよそ百名の獣人達が、ここには集っている。
「ホリィ、様子はどうだ?」
シノブはホリィに問いかけながらノード山脈の中腹に広がる針葉樹の森へと視線を転じた。もっとも、森の奥であるここは、帝国軍が駐留している場所からは若干遠く、敵陣のある一帯を見通すことはできない。
そこで、金鵄族のホリィが、足環の魔力で本来の青から茶色に色を変え、普通の鷹として敵陣を探ってきたのだ。
──獣人達は、既に到着していました! それと……魔力も既に吸収済みのようです。まだ、拘束されたままの者も大勢いますが……──
ホリィが思念と共に『アマノ式伝達法』で伝える内容に、獣人達は思わずどよめきの声を上げていた。もちろんシノブやアミィ達も、その表情を険しくしている。
「くっ、間に合わなかったか……」
「まだ残りの者がいる! しっかりしろ!」
悔しそうな表情でざわめく兵士達は、アルノーの言葉に鎮まった。そして、彼らは一層真剣な表情でホリィに視線を戻していく。
──『魔力の宝玉』の補充は完了したようです。おそらく、残りの者は念のために連れてきたのでしょう。それでも千名はいるようで、雪魔狼に牽かせた馬車に押し込めています──
ホリィは残念そうな感情が滲む思念で拘束中の獣人達の様子を伝えた。
どうやら奴隷である獣人達は一旦用がなくなったらしく、帝国軍の陣地から少々離れたところに隔離されているという。彼らは、乗せて来た馬車にそのまま閉じ込めているらしい。
「こんな山中までどうやって連れて来るのかと思ったのですが、雪魔狼ですか……」
ここヴォルケ山は、竜の棲家が作られるくらいの急峻である。驚いた様子のアミィだけではなく、周囲の兵士達も同様の表情を見せていた。
帝国では魔獣の使役も実用化されているから、シノブ達も獣人を救出した村のように軍用犬の代わりに使うくらいは想定していた。しかしホリィが言うような牽き馬としての使用までは、考えていなかったのだ。
──シノブ様! 炎竜の隷属も終わってしまったようです。私が再度潜入したときには、二頭とも『隷属の首輪』が装着されていました──
驚く兵士達を他所に、ホリィは鋭い思念でシノブへと炎竜達の状況を伝えていく。
ホリィは、炎竜達のいる洞窟に潜入して確認してきたが、まだ装着が終わって大して時間は経っていないようである。帝国の大将軍ヴォルハルトや魔術師であり将軍でもあるシュタールは、竜をどれだけ操れるのか、様々な指示を出して確認している最中だという。
そして、その周囲には大勢の魔術師がおり、竜に魔力を込めさせようと予備の『魔力の宝玉』を運び込んだり、充填した『魔力の宝玉』を魔道具に装着したり慌ただしく動いていたそうだ。
「わかった。
……アミィ、作戦は二番目でいこう。俺達が炎竜の解放をするから、獣人達を頼む」
ホリィの説明を聞き終えたシノブは、アミィに顔を向けなおした。彼の言う『二番目』とは、炎竜の隷属が完了し、かつ生き残りの獣人達がいた場合を想定した作戦だ。
「わかりました! それではホリィ、獣人の皆さんがいる場所まで行ってください!」
──はい!──
アミィの鋭い声を聞いたホリィは、再び森から飛び立った。おそらく全力で飛行しているのだろう、周囲の空気が激しく動き、彼女の姿は一瞬にして見えなくなった。そして、外に出た兵士達も魔法の家に再び駆け込んでいく。なぜなら、移動は魔法の家で行うからだ。
そんな様子を横目に見ながら、シノブは急いで紙片にシャルロットへの伝言を書き付け、自身が持つ通信筒へと入れた。アムテリアから授かった通信筒は、中に入れたものを指定した通信筒に転送する機能が新たに備わっている。したがって、これでシェロノワにいるシャルロットにも状況を伝えることが出来るのだ。
「シノブ様!」
「ああ、今行く!」
アミィの呼びかけに、シノブも急いで魔法の家に入っていく。
ホリィの飛翔速度なら、数km先の陣地まで1分もかからず到着するはずだ。そんな彼の予想は正しかったようで、彼が魔法の家に入ってすぐに、ホリィが心の声で連絡をしてきた。
──ホリィ、呼び寄せてくれ!──
シノブが思念を発すると同時に、魔法の家は深い森の中から消え去る。そして、雪が退けられた空き地には、再び静けさが戻っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「えっ? 魔法の家がカードに戻らない?」
「はい……こんなことは今まで無かったのですが……」
思わず問い質したシノブに、扉に手を当てていたアミィは困惑したような表情をしつつ振り返った。
「格納できないと密かに接近するのは難しいですね」
アルノーも深刻そうな表情を見せていた。
獣人達が押し込められている馬車から近いこの一角は、ごつごつした岩山に遮られ、警備をしている帝国兵から見えない絶好の場所である。それ故ここでアミィの透明化の魔術を用いて兵士達を隠し、忍び寄るつもりだったのだ。
アミィの魔力では多くても十人程度を包み込むのが精一杯だ。しかし今回はアリエルが使っている魔法の杖を持って来たから、魔力を増幅して百名近い兵を見えなくすることができる。
そして救出中も周囲の目を誤魔化しつつ、魔法の家でシェロノワに獣人達を転移させる。そのためには、魔法の家でいきなり近距離に出現するわけにはいかない。
とはいえ、ここまで獣人達を抱えて何往復もするのは非効率であるし時間もかかる。そのため初手から躓いたシノブ達は、一様に表情を曇らせていた。
「魔法の家は、どんなときでも収納できるのですか?」
「いや、中に人がいたら流石に……まさか!」
魔道具に対する好奇心からか質問するミュレに答えかけたシノブだが、魔力感知をするために精神を集中していく。
──やっぱり! オルムル、早く出てくるんだ!──
魔法の家の中に非常に小さな魔力を感じたシノブは、それを小さくなったオルムルだと察した。そこで、彼は慌てて心の声でオルムルに呼びかける。
──うぅん……あっ! もう着いたのですね!?──
そんなシノブの推測どおり、オルムルの寝ぼけたような思念が返ってくる。
「オルムルだ。どうやら小さくなって一緒に付いて来たようだ。今まで家の中で眠っていたみたいだね」
深夜でもあり、まだ生後半年の彼女が眠っても不思議ではない。そして返ってきたのが無邪気な思念だったからだろう、シノブは思わず微笑みを浮かべていた。
「そうだったのですか……」
原因がわかって安堵したらしいアミィも、苦笑いしながら魔法の家の扉を開ける。
すると、そこから虫ほどの大きさになったオルムルが飛び出してきた。これなら、誰かの服にしがみついて魔法の家に入っても、気がつかないだろう。しかも小さくなったオルムルは、それに比例して外部に漏れる魔力も小さくなる。そのため、シノブやアミィも感知できなかったらしい。
「オルムル! 勝手に付いて来たら駄目だろう! それに、そんなに小さくなったら魔力の消費が凄いんじゃないか!?」
シノブはオルムルを叱りながらも、彼女が指先くらいしかない小虫のように小さくなっているのを見て心配していた。彼女は、アムテリアから授かった『小竜の腕輪』により小さくなることが出来るが、小さくなればなるほど魔力の消費が激しいらしい。
──ごめんなさい……でも、私も炎竜の子供を助けに行きたかったのです!──
シノブの叱責に、オルムルは子猫ほどのサイズまで大きくなった。そしてシノブの肩に止まった彼女は、反省していると示すかのように、彼の顔に自身の小さな顔を擦り寄せる。
「だが……」
──シノブさん、炎竜達も人間だけでは信用してくれないかもしれません! 私がいたほうが安心すると思います!──
難しげな顔をするシノブに、オルムルは必死な様子で訴えかけた。
彼女の言葉にも一理ある。実はシノブも、炎竜達を解放したとして、彼らが大人しくシノブ達の言葉を聞いてくれるか、僅かながら不安に感じていたのだ。
「仕方ないな……オルムル、俺から離れるんじゃないぞ」
シノブは、オルムルの願いを聞き入れることにした。帝国の魔道具は巨竜を想定したもののようだから、ここまで小さくなったオルムルには関係ないだろう。少なくとも、オルムルに成竜用の『隷属の首輪』を付けることは出来ない。
そしてシノブは、オルムルの小さな体を撫でながら魔力を与えていった。どれくらい彼女が魔力を消費したかわからないから、シノブは少し多めに与えていく。
──ありがとうございます! それと、魔力も美味しいです!──
「全く……それじゃアミィ、後は頼むぞ!」
一転して嬉しげな様子のオルムルにシノブは優しく微笑みかけ、それからアミィへと向き直って後事を託した。
炎竜の救出に行くのは、シノブとイヴァール、それにアルノーとアルバーノだ。他には案内役のホリィと飛び入り参加のオルムルだけである。竜との戦闘では、大勢の兵士がいても戦力になるとは限らない。そこで、選りすぐりの実力者のみを連れて行くことにしたのだ。
「はい! シノブ様!」
シノブの力強い言葉に、アミィも元気良く応える。
獣人の解放が極秘裏に進められるかは、彼女の幻影魔術にかかっている。そのためか、彼女は魔法の杖を強く握り締めていた。
「アミィなら大丈夫だよ。……さあ、行くぞ!」
シノブは防寒具で包まれたアミィの頭をそっと撫でると、三人の戦士を連れて音も立てずにその場から走り去った。
◆ ◆ ◆ ◆
「竜も従えたから、後は帰るだけだな」
「いや、どの程度使役できるか、ここで確認するらしいぞ。帝都に連れて行く間に逃げられたら困るからじゃないか?」
獣人達が閉じ込められた馬車を囲む帝国兵は、退屈そうな表情をしている。現在は零時を回って少々、およそ一時間程である。そんな時間に加えて奴隷達を見張るだけだから、彼らも気が緩んでいるのだろう。
「帝都か……早く戻りたいな」
「ああ。何だか帝都に行くと気が引き締まるというか……強くなったように思うんだよな」
早く帰りたいという様子で南の方に視線を転じた兵士に、もう一人の男も相槌を打つ。
「平民と違って、俺達は帝都に行く機会が多いが……だが貴族の方々のように、年に四回も行くのは面倒じゃないか? 一番遠いイーゼンデックなんて、ゼントル砦よりも距離があるっていうじゃないか」
二人の話に加わってきた男は、そういうと欠伸をした。
イーゼンデックとは帝国で最も東にある伯爵領だ。そして彼が言うように帝都ベーリングラードからは、イーゼンデック伯爵領の領都ファレシュタットの方が、メリエンヌ王国との国境に位置するゼントル砦よりも遠かった。
「まあ、貴族様ともなると色々ある……うおっ!」
「どうした……うわっ!」
暇そうに話していた兵士達が突然その場に倒れたかと思うと、代わりに良く似た男達がその場に現れる。
「その男達は馬車の方に寄せておいてください」
「はっ、アミィ様!」
実は、アミィ達が帝国兵に密かに接近していたのだ。
周囲からは姿が見えないが、既に馬車の周りにはアミィ達が潜んでいた。しかも、彼女の魔術で帝国兵達の幻が出現したため、帝国軍が異変を察知した様子はない。
「よし、特殊部隊はそのまま敵兵を排除しろ! 他の者は救出を急げ!」
帝国側が動かないと見て、熊の獣人イヴォン・ゲールが兵達へと指示を飛ばしていく。
特殊部隊、つまりアルバーノ・イナーリオの部下達はアミィから授かった透明化の魔道具を使って帝国兵に忍び寄り、周囲を素早く制圧している。そして、他の獣人達は『解放の腕輪』を使って奴隷達の『隷属の首輪』を外していくと、魔法の家へと運び込んでいった。
「ふう……『解放の杖』や『解放の腕輪』も上手く機能していますね」
少々疲労した様子のマルタン・ミュレだが、自身が造った魔道具の効果を目にして、嬉しげな様子を隠せないようだ。彼は大量の馬車に詰め込まれた獣人達に向けて『解放の杖』を使っているため、その分魔力の消費も激しかったのだ。
しかし、ミュレが『隷属の首輪』を無効化することで、装着者は気絶して救助もしやすくなる。それに、アミィは大規模な幻影魔術で魔法の家や馬車を含む一帯に異変がないように見せかけており、他の魔術は使えない。したがって、彼の役割は非常に重要なものであった。
「もう少しです……今、一回目の転移を行います」
疲れを滲ませるミュレを励ましたアミィは、通信筒に紙片を入れて1000kmは離れたシェロノワにいるシャルロットに送付した。すると、暫く時間を置いて魔法の家が消え去った。
そして数分経つと、アミィが持つ通信筒が微かな光を放つ。それを見たアミィは、通信筒を開けてその中身を確認すると、魔法の家を呼び寄せる。
「あと、二回くらいですね」
アミィが言うように千名はいた獣人の三分の一ほどを一回で運んでいた。
拡張された魔法の家には、一度に三百名以上を入れることが出来る。もっとも救助した獣人達は荒っぽく床に転がされているし、時間もないから無理矢理詰め込んでいるが、それは仕方ないだろう。
「急いで! 雪魔狼は私に任せて、お前達も救出に回りなさい!」
狼の獣人の女戦士アデージュ・デュフォーは、鋭い声で兵士に指示をしていく。馬車の近くには雪魔狼が繋がれていたため、兵士の一部はその対応に回っていたのだ。
まだ20代半ばと若い彼女だが、ゲールと同じく巡回守護隊を率いる大隊長である。虎の大きさの雪魔狼だが、女ながらに大隊長まで上り詰めた彼女に敵うわけもなく、全て一太刀で倒されていた。
彼女と同様に、指揮官達は自身が魔獣を倒して部下を獣人達の解放に振り向けることにしたようだ。そのため、救出の速度は更に上がっていく。
「シノブ様、どうかご無事で……」
そんな中、アミィは少し高いところにある洞窟へと視線を向けていた。今頃、そこにはシノブ達が辿り着いたのではなかろうか。そんな思いが滲んだのか、彼女の表情は祈るようなものとなっていた。
「大丈夫ですよ。シノブ様はきっと竜達を助けて下さいます。シノブ様に敵う相手など、いませんよ」
本心からそう思っているのだろう、ミュレは曇りのない笑顔をアミィに向けている。
「そうですね! 私も、そう信じています! ……シノブ様なら、きっと!」
対するアミィも、明るい笑顔をミュレに向けた。
しかし、彼女の手は血の気が引くほど固く握り締められている。シノブの実力を一番知っているアミィではあるが、それと案ずる気持ちは別なのだろう。自身が守り導いたシノブを側で助けることが出来ない状況は、思いのほか彼女の重圧となっているようであった。
──アミィ! もうすぐ洞窟だ! 必ず炎竜達を助けてみせる!──
──シノブ様! 無理はしないで下さいね! シャルロット様やお子のためにも!──
シノブからの思念を受けたアミィは、その内心を表すかのような緊迫した心の声を発していた。
──ああ、無事に帰るさ!──
シノブから返ってきた力強い思念に、アミィはその表情を綻ばせていた。彼の言葉は短かったが、そこにはどんな窮地に陥ろうとも、必ず戻ってみせるという決意が滲んでいたのだ。
シノブなら、きっと竜達を助けて元気な顔で自分の下に帰ってくるだろう。アミィは、そう思ったのかもしれない。そして、それを裏付けるかのように、彼女は至福の笑みを見せていた。
「ミュレさん、もう少しです! シノブ様も洞窟まで辿り着いたようです!」
「そうですか! なら、こっちも負けないように頑張りましょう!」
アミィを不思議そうに見つめていたミュレであったが、彼女の言葉を聞いてその顔を輝かせた。そして二人は、再びそれぞれの役目を果たすべく、その魔力を振り絞っていった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2015年5月11日17時の更新となります。