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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第11章 受難の竜達
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11.02 波乱の序章 後編

 シノブ達は会議室に三人の伯爵やシメオン達を招き入れ、本格的に軍議を開始した。


 まず東方守護将軍のシノブが正面中央に、その両脇に王太子テオドールとアシャール公爵が着席している。王族を差し置いてシノブが中央に位置するのは、東方守護将軍が国境防衛軍の最高司令官でもあるからだ。

 そして元から会議室にいたアミィとベルレアン伯爵、それにシャルロットが左手の上席に着き、その下手に内政を束ねるシメオン、フライユ伯爵領軍の第三席司令官マティアス、ガルック砦で国境守護を指揮するシーラスと並んでいる。更にシノブの指示で、魔術師兼参謀のマルタン・ミュレも末席に着いていた。

 右手はというと上席からエリュアール伯爵デュスタール、ボーモン伯爵マルセル、ラコスト伯爵レオドールの順である。なお、これは伯爵家の家格による順序に従った並びであり、私的な会合はともかく正式な場では必ず守る決まり事らしい。


 そして、合計12人とアミィの腕に止まったホリィの視線がシノブへと集まっている中、彼は静かに自身の考えを説明していった。


「すると、シノブ殿は少人数で炎竜を助けに行くのですか? 岩竜達はどうするのですか?」


 エリュアール伯爵は大柄な体全体で、驚きを表現していた。彼は、テーブルの上に身を乗り出すようにして、誠実そうな茶色の瞳でシノブを見つめている。


「ガンド達を連れていくと魔道具で封じられる可能性があります。もしかすると、隷属させられるかもしれません。確かに竜の力は強大です……でも、それだけに敵の手に落ちる危険は避けるべきです」


 シノブは、竜の動きを封じる『封印の棘』や竜専用の巨大な『隷属の首輪』についてホリィから聞いていたが、それらについて謎は残っている。そのため、岩竜に頼った作戦は危ういと考えたのだ。


──『封印の棘』は竜の固い皮膚や魔力障壁を突き破ることすら出来るようです。膨大な魔力が必要だと思いますが。

それに『隷属の首輪』には予備があると言っていました。故障や竜に破壊されたときを想定したのでしょうね──


 伯爵達に、ホリィは心の声と『アマノ式伝達法』で説明をしていく。

 彼女は炎竜がいる洞窟に潜入して実物を見たし、兵士達の噂話から多少の情報も得ていた。

 それによれば『封印の棘』は手槍として使う以外に、投槍のように使ったり大型弩砲(バリスタ)で発射したりできるという。それに『封印の棘』は竜の防御を弱める特殊な効果があるらしい。

 現在は『魔力の宝玉』が尽きたため『隷属の首輪』を使用することは出来ないが、帝都に追加を送るよう要請しているらしい。したがって、それらが到着したら岩竜ガンド達にも危険がないとは言えない。


「なるほど……竜達には国境の守りを頼んだほうが確実というわけですか」


「シノブ殿が炎竜を救いに行き、入れ違いにこちらに攻めてくることも考えられますからな」


 納得した表情のラコスト伯爵とボーモン伯爵は、それぞれ呟きを漏らした。彼らは、竜の救助より自国の守りが気になっていたようだ。

 彼らの態度は情に薄いように思えるが、これは領地を預かる者として当然のことであろう。むしろ、エリュアール伯爵が太守としては真っ直ぐすぎると言うべきだが、彼は10歳以上も若いから仕方がないのかもしれない。


「はい。竜は救いたいですが、私達の家族のいるここの守りも大切ですから」


 実は、シノブが一番恐れているのは彼らが口にしたことであった。

 ホリィは今日2月14日の日没後に炎竜のいるノード山脈を飛び立った。皇帝直轄領の北東の端にあるそこから、ここシェロノワまではおよそ1000kmはあるが、途中でアムテリアに転移させられたため若干時間を稼いではいる。しかし、それでも2時間は過ぎているのだ。

 したがって、その間に事態が動いている可能性はある。


「ではシノブ様、我らは竜と防衛をするのですか?」


 シノブの言葉に、シーラスは僅かに悔しげな表情を浮かべていた。彼は、帝国への進攻を主張していたから、防衛に徹するような流れに不満に感じたのだろう。


「いや、防衛だけではないよ。国境から大きく前進するのは危険だが、炎竜の救出と並行して、帝国側の砦の攻略をしたいと思っている。

それに、ガンド達だって何もしないでくれと言っても納得しないだろうからね」


 シノブはシーラスに冗談めかした口調で答えた。

 とはいえシノブは、ガンド達を直接人間と戦わせるつもりはない。彼らには、砦の攻城兵器などを破壊したり城門を破ったりという形で加わってもらうつもりである。


「私達は炎竜を救いに行くから、そちらは義伯父上や義父上にも協力していただく。マティアスも砦攻略に参加してくれ」


「わかりました。

ところでシノブ様、砦の獣人達はどうしますか? シノブ様がいなければ、力ずくで制圧し拘束するしかありませんが……」


 シノブの指示に頷いたマティアスだが、戸惑いを見せながら問い返した。シノブの魔力干渉がなければ、戦闘奴隷となった獣人の制圧は困難である。捕縛を前提に戦うなら、双方にかなりの損害が出るに違いない。

 おそらくマティアスは、獣人救出に力を注いでいたシノブが強硬策を取るのを意外に思ったのではなかろうか。


「手段はある。マルタン、例の物を見せてくれ」


「はい、かしこまりました」


 末席に座っていたマルタン・ミュレは、シノブの言葉に腕輪のようなものと短い杖を取り出した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……ミュレ殿、これは?」


「帝国の『隷属の首輪』に対抗する魔道具、『解放の腕輪』と『解放の杖』です。腕輪は兵士用、杖は魔術師用です。

皆さんが戦争で鹵獲(ろかく)した『隷属の首輪』を、ハレールさんと一緒に改造して造ったものです」


 二つの魔道具を手に持ったミュレは、軍人にしては柔らかい口調で答えた。

 彼は一応参謀ではあるが、最近では魔術師として活動していることが多いから、それも当然かもしれない。とはいえ戦利品を得たことを『鹵獲(ろかく)』と表現するあたり、彼にも軍人として学んだことが染み付いているのだろうか。


 それはともかく、ミュレは研究職らしさと軍人らしさが混じる独特の語り口調で、二つの魔道具についての説明を続けていく。

 『解放の腕輪』は、兵士の腕に付ける魔道具で半径2mほどの戦闘奴隷の動きを止めることができる。更に、腕輪を奴隷の『隷属の首輪』に押し付けると、解放できる。

 そして魔術師用の『解放の杖』は、指定した方向の奴隷達の動きを封じることが出来る。最大100mくらいまでは可能だが、距離に比例して大量に魔力を使うため、魔術師の能力によってはそこまで広範囲に使用できない場合もある。

 それらについて語り終えたミュレは、王太子達に向けて深々と頭を下げる。


「おお……」


 ミュレの説明に、シノブを含む数名以外は大きなどよめき声を上げていた。

 このことは、王太子テオドールやアシャール公爵、そしてベルレアン伯爵も知らされていなかったようで、彼らもミュレが持つ魔道具を驚嘆の表情で見つめている。


「シノブ様、ついに準備が整ったのですね……おめでとうございます」


 シメオンは微かに顔を綻ばせシノブへと祝福の言葉をかけた。

 彼やアミィ、シャルロットは解放の魔道具の開発について知ってはいたが、それ(ゆえ)感慨も深いのかもしれない。


「素晴らしい! これなら獣人達を助けつつ戦える!」


 シーラスは興奮したのか思わず立ち上がっている。その隣では、マティアスも大きく顔を綻ばせていた。


「一昨日、やっと完成したのです」


「この前の救出作戦に間に合わなくて申し訳ありません」


 嬉しげな表情のアミィと対照的に、ミュレは恐縮したような表情で頭を掻いていた。


「何を言うのですか。貴方達がどれだけ頑張っていたか、私達は知っています。極秘の任務だけに、他の者に教えることはできませんでしたが……。

ですが、この局面に間に合ったのです。貴方達が作り上げた魔道具があれば、負傷する兵士は減り、助け出せる人が増えます。とても素晴らしいことですよ」


 いつも以上にヨレヨレの軍服を着たミュレを、シャルロットは感極まったような声で褒め称えていた。

 シノブ達はミュレやハレール老人達が寝る間も惜しんで魔道具を開発していたと知っている。シノブの魔力波動の同調で魔力干渉を体感したミュレは、ハレール老人の魔道具製造技術を存分に活用し、『隷属の首輪』から二つの魔道具を作り出した。

 もちろん、ただ完成させただけではない。戦争で得た大量の『隷属の首輪』を改造し、前線で使うに充分な数が用意されている。


「そうだよ。同じベルレアン出身の者として、誇らしいよ」


 ミュレを(いたわ)るシャルロットに、その父ベルレアン伯爵が感動したような口調で賛同した。そして、そんな父娘の言葉に、ミュレは一層照れたらしく、顔を赤く染めていた。


「流石はシノブ君達だね! 国境は我らに任せておきたまえ! 砦どころか、その向こうのリーベルガウまで進めたって良いしね!」


「叔父上……いくらなんでも一日では無理でしょう。しかし、これだけ準備してくれたんだ。シノブ殿、こちらはしっかり守るから安心してほしい」


 今まで黙って聞いていたアシャール公爵と王太子テオドールは、後を任せろとシノブに力強い言葉をかける。いつも通りにおどけてみせる公爵と、こちらも普段と同じく真面目な王太子だが、その言葉に篭めた思いは等しいようだ。


「ありがとうございます……ああ、ガンドも来たようです。早速相談しましょう」


 二人に礼を言ったシノブは、巨大な魔力の接近を感じてその表情を明るくした。彼が後を託したい岩竜ガンドが到着したのだ。

 そして、その言葉を聞いた一同は、思わずシノブの背後の窓へと視線を向けていた。もちろん、そこにはまだ竜の巨躯は見えない。だが、シノブが言う以上、間を置かずガンドはやってくるはずだ。対帝国の方針が定まった彼らは、巨竜の登場を今か今かと待ちわびていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達は、ガンドを待つ僅かな間にも着々と準備を進めていった。なにしろすべきことは数多い。

 炎竜を捕らえた大将軍の下には『魔力の宝玉』の補充のために大勢の獣人達がいると思われる。そこでアルノー・ラヴランとその部下、帝国の村々から獣人を救出した部隊を参集した。更に、潜入や索敵が得意なアルバーノ・イナーリオの特殊部隊も待機させる。

 もちろん、彼らにはミュレ達が開発した解放用の魔道具を配る。砦攻略にも使うため、シメオン、マティアス、シーラスを含めた四人は、会議室から退出し領軍本部へと向かっていった。


 そして、王太子や伯爵達は、それぞれの領地に向けて指示を飛ばす。既に王都メリエからシェロノワを繋ぐボーモン・ラコスト街道や、ベルレアン伯爵領に向かうベルレアン・フライユ街道には光の魔道具を使った『アマノ式伝達法』による通信網が整備されている。

 そのため彼らは、王都や自領に戦の準備をするよう、暗号文で伝えていた。また、詳細を知らせるべく、伝令騎士に持たせる密書を急ぎ書き綴っている。


 そんな慌ただしさの中、ついに岩竜ガンドがフライユ伯爵家の館の庭へと到着した。夜も更け闇も深い館の庭に、彼はいつも通り音も無く舞い降りたのだ。


──ふむ……我らの手で炎竜を助けるのは、確かに問題があるようだな。

『光の使い』よ。済まぬが、我が同胞を頼む。その代わり、そなたの土地は我らが守ろう──


──ありがとう。必ず炎竜達を助け出すよ──


 庭に出たシノブは、ガンドの思念に心の声で返答した。館は厳重に警備されているが、それでも内容が内容だけに、シノブは言葉に出さずに説明をしたのだ。そしてアミィが、やり取りの結果だけをシャルロットに伝えている。

 なお、王太子や公爵、そして四人の伯爵達は軍や家臣に向けた密書を記しているため、ここにいない。


──ホリィも向かっていますから。きっと間に合います──


 アミィが言うように、ホリィは既に炎竜達の下へと移動を開始していた。彼女は巨竜を見上げながら、柔らかな思念を伝える。


──『光の従者』よ。(われ)もそう願っている。ともかく、我らは人の子の戦いを支援しつつ待つことにしよう──


 ガンドは常と変わらぬ威厳を保ちつつも、僅かに自分自身を納得させるような雰囲気を漂わせている。やはり彼も、本心では自分達の手で解決したいのだろう。


 シノブとガンドが相談した結果、国境にはガンド、ヴルム、ヘッグの三頭の岩竜が赴き、ヨルムと長老ヴルムの(つがい)リントが国内を守護することになった。成竜のうち雄が戦いに行き、雌の二頭が守りに残った形である。

 ちなみにヘッグの(つがい)ニーズは、出産直前で竜の棲家(すみか)を離れられないらしい。したがって岩竜の成竜のうち、動けるもの全てが対帝国に(たずさ)わったことになる。


──幸い、皆近かったようだしね。これならあまり待つことはないかな──


 シノブは岩竜達からすぐに応答があったことに安堵していた。

 幸い彼らは、王国に近い側を捜索していたらしい。長老のヴルムとその(つがい)リント以外は子育てのための棲家(すみか)を持っているから、あまり遠くまで捜索出来なかったのだろう。

 しかもヴルムとリントも、比較的近くにいたヘッグやヨルムを経由して返答をしてきた。どうやら彼らは、全員シェロノワから300km以内にいるようである。


──ところでシノブさん! 私の魔道具を見せてください!──


 オルムルはシノブと父親の話が終わったと受け取ったようで、アムテリアから授かった腕輪を見せてくれるようにとせがんだ。彼女は待ちきれないようで、話の間もずっとアミィが持つ魔法のカバンを見つめていたのだ。


「仕方ないな……まあ、ヨルム達が来るまで時間もあるしね。アミィ、出してくれ」


 シノブは苦笑しつつもアミィに腕輪を出すように頼んだ。

 既に他の岩竜にもシェロノワに来るように呼びかけたし、到着にはまだ時間もかかるだろう。そのため、オルムルに腕輪の説明をする時間はあった。


「はい……これが『小竜の腕輪』ですよ」


 アミィは、銀色の太い腕輪を取り出した。腕輪に宝石などは付いていないが、まるで生きているかのように繊細な竜の姿が刻まれている。

 そして期待の視線を向けるオルムルを微笑ましく感じたのか、アミィは妹にでも接するような優しい仕草で、彼女の左前足に腕輪を装着した。


──どうやって使うのですか?──


「自分のなりたい大きさを念じるだけで良いはずです。あっ、元より大きいのはダメですよ」


 疑問混じりのオルムルの思念に、アミィは腕輪の使い方や注意点を説明していく。

 『小竜の腕輪』はオルムル専用の魔道具だから、他の竜に貸しても使えないこと、使用時間に制限はないが、それに応じた魔力を消費するため、注意が必要であることなどである。特に、小さくなればなるほど大量の魔力を消費するため、慣れるまでは気をつけるように、とアミィは伝えていった。


──わかりました! えっと……小さくな~れ!──


 オルムルが可愛らしい思念を発すると、彼女の馬よりも大きな体は縮んでいく。どこまで小さくなるのだろうとシノブは思ったが、子猫ほどの大きさになると縮小は止まった。


──これでシノブさんと一緒にいられますね!──


 オルムルは羽ばたき、嬉しげな思念を発しながらシノブの肩へと飛び移った。

 ちなみに、重さは外見に応じたものに変わるらしい。そのため、シノブは子猫が乗った程度の重みしか感じていない。


「オルムル、それはそうだけど……そんなに小さくなって大変じゃないか?」


 シノブは、肩に乗るオルムルに、戸惑いと共に問いかけた。

 実は、外部に出る魔力も見た目に比例して小さくなるようである。そのため、シノブは普段と比べて極めて小さな魔力しか感じておらず、違和感を覚えたのだ。


──そうですね……ちょっと魔力の消費が多いかも──


 それを聞いたオルムルは、シノブの肩から離れると中空で大きさを変じていった。今度はかなり大きな猫くらいだ。そして、彼女はシノブの肩に接近したが、大きくなって止まるのが難しいと思ったのか、彼の頭の上に降り立った。


「うわっ、落ちるなよ!」


──大丈夫です! そんな失敗はしません!──


 思わず頭上のオルムルに手を添えたシノブの叫び声に、オルムルは元気の良い思念を返した。


「シノブ……私にも抱かせてもらえませんか? オルムル、良いですか?」


 そんな彼らの様子を見ていたシャルロットは、おずおずと自身の願いを告げた。まるで我が子と戯れるかのようなシノブの様子に、彼女も加わりたくなったのかもしれない。


──はい、シャルロットさん!──


 その声を聞いたオルムルは、シャルロットが差し出す手の中に飛び込んでいく。そして、シャルロットは、我が子を慈しむ母親のような表情で、腕の中のオルムルを優しく抱きしめていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「おお、ここに居たのか!」


 シャルロットの腕に抱かれたオルムルを微笑みながら見つめていたシノブ達のところに現れたのは、イヴァールとタハヴォであった。彼らは、よほど急いできたのか顔にはびっしりと汗を浮かべている。


「イヴァール!

開拓地は大丈夫なのか? アマテール村の戦士達は大変なんじゃないか?」


 彼らの姿を見たシノブは、驚きの声を上げていた。実は、イヴァールやタハヴォもシノブの誕生パーティーに来る予定であったが、炎竜の捜索でガンドやヨルム達が竜の狩場を離れがちになったため、出席は難しいと通信筒で伝えてきたのだ。

 二頭の岩竜が狩場を維持するための結界である竜の道を造ったから、開拓を進めることができる。もし、竜の道がなければ、溢れ出る魔獣の対処で開拓どころではないだろう。

 現在はガンドとヨルムが交代で最低限の維持だけはしているが、万一に備えて周囲の村々をドワーフの戦士達を中心に、開拓者達が厳重な警戒を続けているという。


「お主の誕生日だからな!

……向こうも何とか体制は整えた。そこで今日中に着くように急いで来たわけだ!」


 顔中の髭で判別しがたいがイヴァールは微笑んでいるらしい。その証拠に、彼の目元は柔らかく緩んでいるし、口調も温かさが滲んでいる。


「そうか……ありがとう」


「何の、友を祝うのは当然だろう!

……ところでガンドとヨルムには、また子が出来たのか?」


 シノブの肩を叩きながら祝福するイヴァールは、シャルロットの腕の中にいるオルムルを見て、怪訝そうな声を上げた。まさか、全長3mにまで成長したオルムルが、その十分の一程度まで小さくなったとは思わなかったのだろう。


──私です、オルムルです! この腕輪で小さくなったんです!──


 オルムルが、思念と共に『アマノ式伝達法』でイヴァールへと答えた。その鳴き声は、小さくなった体に相応しい可愛らしいものであり、シノブ達どころかガンドまで和んでいるようである。


「何! お主、オルムルか! シノブ、もしやまた……」


 イヴァールはシノブに視線を戻し、その顔を見上げた。どうやら彼は、魔道具の出所がアムテリアだと察したらしい。


「まあ、想像の通りだと思うよ。

……それはともかく、俺達はこれから炎竜を助けに行くんだ。イヴァールはどうする?」


「聞くまでもなかろう! お主と共に行くに決まっておる!」


 シノブの言葉を聞いたイヴァールは、その黒々とした髭に手を当てて、宣言した。彼の仕草はドワーフの誓いであり、その決意の程が窺える。


「歓迎するよ。また、一緒に戦おう!」


「おお! 竜を倒しに行った我らが、今度は竜を救いに行くとはな!

……シャルロット殿も行くのだろう?」


 力強く言い放ったイヴァールは、ガンドとの戦いを思い出したのか暫し巨竜を感慨深げに見上げていた。そして、彼は、シノブの隣に立つシャルロットへと視線を転じる。


「私は、今回は残ります……実は、シノブの子が……」


「何と! それはめでたい!」


 シャルロットの嬉しさと恥じらいを滲ませた言葉に、タハヴォが大声で祝意を述べた。イヴァールも、驚きの表情で彼女を見つめている。


「シノブよ! ますます頑張らねばならんな! 生まれる子のためにもな!」


「ああ、その通りだ。もうすぐここを守るために他の岩竜も来る。そうしたら出発だ!」


 再びイヴァールに肩を叩かれたシノブは、嬉しさと決意を篭めた表情で彼に答えた。

 シノブは、その隔絶した魔力感知能力で岩竜達の接近を感知していた。それに、大勢の兵士達が駆けてくる足音も聞こえてくる。

 いよいよ、炎竜達を救いに行くときが来たのだ。シノブ達は、まだ見ぬ炎竜と、彼らが捕らわれている帝国の山地を思い浮かべるかのように、東の空を揃って見つめていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年5月9日17時の更新となります。


 本作の設定集に、10章後半の登場人物の紹介文を追加しました。

 設定集はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。


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