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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第11章 受難の竜達
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11.01 波乱の序章 前編

 ベーリンゲン帝国の首都である帝都ベーリングラードは、人口9万人の大都市である。ちなみにメリエンヌ王国の王都メリエが人口15万人であるから、それに比べれば小さい。

 しかしベーリンゲン帝国の場合、伯爵領の領都でも人口およそ2万人から3万人だ。したがって、帝国の中では群を抜いて大きい都市であるのは間違いがない。

 それに、メリエンヌ王国でも王都メリエに続くのはベルレアン伯爵領の領都セリュジエールの5万人である。つまり、王都メリエが別格に大きな都市なのだ。


 ところでベーリンゲン帝国の国土はメリエンヌ王国より一割程度広いが、人口は250万人と王国より50万人ほど少ない。そのため、帝国の都市は王国のそれより人口密度が低かった。

 帝都も同様で、ベーリングラードは王都メリエに比べると二割以上は人口密度が低い。そのせいか、差し渡し4km以上はある帝都の内部は、メリエンヌ王国の都市よりは建物の背も低く見通しが利くようである。


 そして、帝都ベーリングラードの中心には広大な敷地を持つ宮殿、代々の皇帝が住まう『黒雷宮』が存在した。

 まず、敷地の中央には皇帝が政務を執る『大帝殿』が存在する。帝都のどこからでも見える、周囲の建物の倍以上もある巨大な建造物は、まるで磨き上げられた黒曜石で出来ているかのようである。更に、その周囲には同じような黒い石材の建物が整然と並んでいる。

 そんな『大帝殿』の周囲を睥睨(へいげい)するような威容と、周りに規則正しく配置された建築物は、帝国の権威の象徴というに相応しい。しかし日も落ちた寒空の下に広がる光景は、まるで薄暗い中に立ち並ぶ墓標のようでもあり、どこか不吉な雰囲気を漂わせていた。


「……ヴォルハルトに奴隷は届いたか?」


 第二十五代皇帝ヴラディズフは、玉座から内務卿ヴァミール・フォン・ガウロスヴァに問いかけた。

 彼の巨躯に相応しい威厳のある太い声は謁見の間の隅々まで届き、それを聞いた居並ぶ臣下達は表情を引き締めた。なぜなら、皇帝の声には僅かな苛立ちが感じられたからだ。

 ヴラディズフ二十五世は『轟雷帝』という異名を持つ。ベーリンゲン帝国の国旗は、黒地に稲妻のような模様が配されたものであり、宮殿にも『黒雷宮』という名が与えられている。そう、帝国では雷霆(らいてい)は特別なものとされているのだ。

 代々の皇帝は『雷』の文字が入った異名を持つが、その中でも『轟雷帝』と呼ばれる現皇帝は、厳しく果断なことで有名である。

 まだ皇太子であったときから帝位につくに相応しい風格と才能を見せた彼は、公平な君主として認識されている。だが、その公平さは誰に対しても容赦はしないという苛烈さにも適用されていた。それ(ゆえ)、家臣達は皇帝の一挙手一投足に敏感に反応せざるを得なかったのだ。


「申し訳ありません。もう少々かと……ですが、今夜中には到着するはずです」


 内務卿ドルゴルーコフ侯爵ヴァミールは、額に冷や汗を滲ませながら回答をした。今は2月14日の日没から少々過ぎたところだ。奴隷である獣人達を東方の各地から集めるように皇帝が指示したのは、三日前であるから、これでも早い方である。

 帝都から大将軍ヴォルハルト達がいる北東の山地までの距離は、およそ300kmである。そして、各領地の領境から帝都までは、200km前後だ。

 ちなみに三日で500kmを移動するのは、最新式の馬車以外には困難である。


「急がせるために、東方のみとせずバーレンベルク、ブジェミスル、ゾットループ、ドラースマルクの四領から集めました。それぞれの領境の村の幾つかから奴隷を送っております。

それに『魔力の宝玉』も充分に予備を持たせました」


 内務卿が上げた四領は、どれも皇帝直轄領に隣接している。それぞれに呼びかける手間はかかるが、四箇所に分散することで奴隷の供出を容易にし、かつ万一どこかが遅れても良いようにしたのだろう。


「……そうか」


 皇帝ヴラディズフは、その茶色の瞳に宿った光を和らげると、微かに呟いた。どうやら、内務卿の説明を聞いて、怒りを収めたようである。


「ヴァミール殿。奴隷から魔力を吸い取って『魔力の宝玉』に込めてから送れば早いのではないか?」


 農務卿のプシェミスク侯爵ドルジャンは、怪訝な顔をしながら内務卿ドルゴルーコフ侯爵に尋ねた。どちらも50代と年齢が近いせいか、その口調は親しげである。


「ドルジャン殿。あれはいつまでも魔力を溜めることはできん。徐々に抜けていくから、着いてからのほうが効率が良い。向こうは魔力も濃いそうだからな」


 内務卿の言葉は嘘ではない。『魔力の宝玉』に魔力を込めても、周囲の魔力が薄いところだと一日もすれば半減してしまうのだ。


「仮に本日中に到着したとして、そこから『魔力の宝玉』の準備にどれくらいかかるのか?」


 玉座のすぐ側に立つ宰相メッテルヴィッツ侯爵が、口を開いた。彼は、碧の瞳を鋭く光らせながら内務卿の顔を見つめている。


「およそ六時間かと。二頭目は最初の竜の魔力を使えますので、それほど時間はかからないでしょう」


 周囲の注目を浴びた内務卿は、再び冷や汗を額に浮かべている。細身で肉付きの薄い、いかにも内政官といった容姿の彼は、宰相へと顔を強張らせながら自身の予想を伝えた。

 『魔力の宝玉』は大将軍ヴォルハルト達が捕らえた二頭の炎竜を隷属させるために使用する。炎竜達は『封印の棘』により動きを封じられているが、そこまでで『魔力の宝玉』を使い果たし、竜を従えるための特別な『隷属の首輪』を使用することが出来なかった。

 そこでヴォルハルトは、帝都に『魔力の宝玉』の追加と魔力を供給する奴隷を要求したのだ。


 なお、竜のための『隷属の首輪』を一つ使用するのに『魔力の宝玉』は四つ必要である。ただし一頭目の竜を隷属させれば、その魔力を使用できるので、奴隷は『魔力の宝玉』四個に相当する人数で充分だ。

 しかし慎重な性格の内務卿は、充分に余裕を持たせ倍近い人数をヴォルハルトの下に送っていた。


「ならば、明日の朝には竜が手に入るのだな。

これで、我らはメリエンヌ王国に……それどころか、山脈を越えてヴォーリ連合国やデルフィナ共和国にも攻め入れるわけだ」


 内務卿の答えに、皇帝ヴラディズフ二十五世は低い声で呟いた。すると彼の言葉を聞いた家臣達は、安堵の表情となった。側に仕える者にはわかるが、その声音(こわね)は彼が機嫌が良い時のものであったのだ。


「竜に乗れる人数には限りがあるでしょうから、無制限に進軍するわけにはいかないと思いますが……」


 そんな中、宰相メッテルヴィッツ侯爵だけは冷静な表情のままであった。彼は綺麗に揃えた顎鬚(あごひげ)に手をやりながら、皇帝に注意を促す。


「わかっている。当面はメリエンヌ王国が相手だ。とはいえ、選択肢が増えたのは事実だからな。……では、明日を待とう。我らが神に新たな配下が加わる時をな」


 皇帝はメッテルヴィッツ侯爵の言葉にも動じず、淡々とした口調で言葉を返す。そのためだろう、居並ぶ家臣達は深々と頭を下げて賛意を示すのみであった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……ホリィ、状況を教えてくれ。それとアミィ、アムテリア様が授けて下さった道具って、どんなものなのかな?」


 誕生日を祝福しにきたアムテリアと、それに伴う様々な驚き。それらに暫し(ひた)っていたシノブだが、ふと気が付きアミィへと振り返った。

 自身の子が愛妻に宿ったというのはシノブにとって途轍もなく大きな驚きや喜びであり、時を忘れてしまうのも当然ではあった。だが今は、ホリィが持ち帰った炎竜の情報や、女神が授けた品々を確認しなくてはならない。


「シノブ、テオドール殿下や義兄上にもお伝えしよう」


「コルネーユ様、私が」


 控えの間の従者にでも声を掛けようと思ったのだろう、サロンから歩み出ようとしたベルレアン伯爵コルネーユを、アルメルが制して席を立った。


「シャルロット、座った方が良いよ。……そうだな、まずホリィから聞こうか。時間が惜しいから、なるべく簡潔に頼む」


 一方のシノブは、シャルロットを(いたわ)りながら共にソファーへと座りなおす。そして彼は表情を引き締め、金鵄(きんし)族のホリィへと問いかけた。


──はい。今日の昼頃、皇帝直轄領の北東部に大勢の軍人が駐留しているのを発見しました。そこには巨大な洞窟があり、炎竜の(つがい)と幼竜がいました。

炎竜の親達は、帝国の魔道具で動きを封じられていました。まだ隷属は完了しておらず、そのための道具の到着を待っているようです。

なお、幼竜は生後間もないと思われます。空を飛ぶこともできないせいか、親のような拘束は受けていませんでした──


 アミィの腕に止まっているホリィは、発見した炎竜達について語りだした。

 本来なら詳しい情報を聞くべきだが、ここにはカトリーヌやブリジット、そしてミュリエルもいるので敢えて簡潔にとシノブは伝えた。その意図を()み取ったのだろう、ホリィは獣人達のことなどには触れずに概要のみを示す。

 ただし鷹の姿の彼女は人語を話せないから、鳴き声による『アマノ式伝達法』でも同時に説明している。


「オルムルさんよりも、ずっと小さいのですか?」


 ミュリエルは心配げな表情で幼竜について尋ねた。

 岩竜ガンドやヨルム、そしてその子竜であるオルムルは、人間同等の知能を持っているし、非常に友好的である。そんな彼らと接してきたミュリエルは、幼竜を人間の子供と同様に感じたのだろう。


──ええ。体長は1mもありませんし、生まれてからまだ一ヶ月くらいではないでしょうか? シノブ様からお聞きした出会った頃のオルムルさんよりは、確実に小さいです──


 シノブ達がオルムルと出会ったとき、生後二ヶ月の彼女は体長1mほどであった。ホリィが語る内容からすると、それより幼いのは確実なようである。

 ちなみに岩竜の長老ヴルムは、岩竜と炎竜の成長速度は殆ど変わらないと語っていた。したがって、少なくとも飛行できないのは間違いないだろう。


「まあ……何てこと」


「本当に……」


 ベルレアン伯爵の二人の夫人、カトリーヌとブリジットは、それぞれ眉を(ひそ)めている。母親であり、現在も新たな命を宿す彼女達は、竜の子といえど慈しみ守るべき存在なのだろう。


「アミィ、新たに授かったものとは、竜を救い出すための道具なのでしょうか?」


「そうだ。アミィ、教えてくれ」


 母達や妹の様子を案じたのか、シャルロットはアムテリアから授かり物について話題を変えた。そんな彼女の配慮に感謝しながら、シノブもアミィへと尋ねかける。


「まずは、通信筒の機能強化です。中に入れたものを、別の通信筒に送ることが可能になりました。もちろん、今まで通り呼び寄せ機能もあります。

……実際にやってみますね」


 そういうとアミィは自身が持っていた通信筒に紙片を入れると、何かを念じるような表情をした。


「……これは? もしかしてホリィに送ったのかな?」


 ベルレアン伯爵は、ホリィの足環に付いていた通信筒を見つめていた。彼の見つめる先、ホリィの足環に下がっている通信筒は、微かな光を放っている。


「はい。ホリィ、出してください」


 ベルレアン伯爵へと頷いたアミィは、腕に止まったホリィへと視線を向ける。


──わかりました──


 ホリィが魔術を使ったのだろう、通信筒は足環から離れてその(ふた)が開く。そして、中から出て来た紙片は、宙を漂いアミィの手の中に戻っていった。鳥の姿をしたホリィは手が使えない代わりに、魔力で物を包み込んで動かすことが可能なのだ。


「このように、相手に届いたら光って知らせるようになっています。到着の知らせは光ではなく振動に切り替えたり、知らせないようにしたりも可能です」


 どうやら、携帯電話の着信のように、光の点灯やバイブレーションで所有者に知らせるようになっているらしい。そのため、他の者はともかくシノブにはアミィの説明が良く理解できた。

 そしてアミィは、それらについてもホリィとのやり取りで実演してみせる。


「通信筒は、使用可能な距離の制限がありません。今までは通信筒自体のやりとりを合図とするなど面倒でしたが、これからは直接連絡をつけることが出来ます。

皆さんがお持ちのものも、既に機能追加されていますし、いくつか追加も頂いています」


 今までは一つのものを二者が共有する形であったが、今後は双方が持つことになるため、アムテリアは追加まで用意したらしい。

 アミィは、それらを魔法のカバンから取出し、シノブ達に見せた。


「ありがとう。誰に渡すかは後で考えよう……ところで、他には?」


 アミィを見るシノブは、少々苦笑していた。神からの贈り物が幾つもあると考える事自体、何かが間違っているような気もしているシノブである。だが、今までの例からすると複数の品があると思うべきだろう。

 そのため、この後王太子やアシャール公爵と相談する予定のシノブは、先を促すことにしたのだ。


「ええと……この腕輪も頂きました。オルムルさんの大きさを変える魔道具ですね」


 アミィは、魔法のカバンから、少し太めの腕輪を取り出してシノブへと見せた。


「えっ、オルムルの!?」


「はい。オルムルさんしか使えないようです。腕輪の大きさ自体は成長に合わせて変わりますし、魔道具の効果で体の大きさが変わっても大丈夫です。

あっ、元より大きくなることは出来ませんね! 小さくなるための道具です」


 驚愕するシノブに、アミィは更に説明を続けていく。

 アミィも原理は良くわかっていないようだが、どうもこの腕輪は空間に作用して大きさを変えるらしいと言う。

 確かに、魔法の家はカードのように小さくすることも出来るし、魔法のカバンは外見からは全く想像が出来ない無限とも思える容量を誇っている。しかも、魔法の家はカード状にしたときはそれに合わせて重量も変化している。したがって、大きさや重量が変わること自体は、今までの魔道具でも体験してはいる。

 とはいえ、生き物であるオルムルが、何の問題もなく小さくなるというのは、今までとは違う何かのような気がするシノブであった。


「……まあ、原理を考えても仕方がないか」


 暫し黙り込んだシノブだが、諦めたように首を振りつつ呟いた。

 自身も重力魔術の一端に触れたわけだから、空間や質量を操る魔道具があってもおかしくはない。なにより、神具を理解しようとする事自体、人の身には不可能なことではなかろうか。彼は、そう思ったのだ。


「おお、殿下や義兄上がいらっしゃったようだ。シノブ、場を移そうか。

……皆は休みなさい。アルメル殿もお疲れさまでした」


 サロンの扉をノックする音を聞いたベルレアン伯爵は、シノブを促した後、女性達に柔らかな笑顔を見せた。武人であるシャルロットはともかく、カトリーヌ達には以降の会話を聞かせたくないと思ったのだろう。

 そして、それはシノブも同様である。彼は深く頷くと、王太子テオドールとアシャール公爵を出迎えにサロンの入口へと向かっていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 会議室に場所を移したシノブ達は、アムテリアのことは伏せて王太子テオドールやアシャール公爵にホリィから聞いた情報を伝えていった。主にシノブが、そして時折ホリィやアミィが補足する内容に、テオドールと公爵は深く聞き入っている。

 灯りの魔道具で照らした会議室には、他にベルレアン伯爵とシャルロットしかいない。そのため、シノブ達の説明する声は室内に良く響いていた。

 なお、本来なら作戦に関わるマティアスやシーラス、そしてこの館に逗留中の三伯爵にも伝えるべき内容であったが、シノブはまずは王太子と公爵のみに伝えることにした。なぜなら、今後の戦いには新たに授かった通信筒も使うため、それらについてどう公表すべきか、公爵達の意見を聞きたかったためである。


「ふむ……それでどうするのかね?」


 シノブの説明を聞いたアシャール公爵は、静かに問い返した。彼は、炎竜が帝国に捕らわれたと知っても、動揺した様子はない。しかも、シノブの懸念である魔道具についても尋ねる様子はなかった。


「私とアミィやホリィに加え若干名で炎竜を救いに行き、その間はガンド達に国境を守ってもらおうと思います。状況によっては、陽動として竜と協力して帝国の砦やその近隣を攻略しても良いかもしれません。

ですが、帝国に竜と共に深く進攻するのは危険です。帝国は竜を捕獲できるし、それらの魔道具は、まだ予備もあるようです。どうやら『魔力の宝玉』というものが尽きたから隷属が完了していないだけのようです。

それと、ガンドにはシェロノワに来るように心の声で伝えました」


 ホリィの情報によれば、竜を従えるための『隷属の首輪』は『魔力の宝玉』が補充されれば使用可能となるらしい。そしてホリィは、一頭の炎竜が隷属すれば、後はその竜が『魔力の宝玉』に魔力を供給するだろうと推測していた。

 そのため、シノブは岩竜達と共に、炎竜の救出に向かうのは危険だと考えたのだ。確かに竜の攻撃力は頼りになるが、相手に従える手段があるなら諸刃の剣である。もし、ガンド達が屈服した場合、帝国は労せずして更なる竜を手にすることとなる。

 したがって、彼らには国境の守りを頼んだ方が危険は少ない。とはいえ、守りを固めて待つだけでは先手を取られる可能性もある。そのためシノブは、多少の進攻は実行しても良いと思っていた。


「……ところで、通信筒や腕輪の件については、もう良いのですか?」


 それらの考えを述べたシノブは、最後に王太子と公爵に逆に問いかけた。彼は、新たな魔道具や追加された機能について、二人が深く追及してこないことに安堵していたが、逆に不思議に思ったのだ。


「シノブ殿。私は君が伝えたくないことまで聞こうとは思わないよ。

そんな事を聞くまでも無く、私達は神々の御紋を授かった君を信頼している。それで良いじゃないか」


「うむ! テオドールの言うとおりだ!

伯爵達も同じだよ! そうでなければ、いい歳した彼らが控えの間で待機するわけがないよ!」


 王太子テオドールとアシャール公爵が、突然機能向上した魔道具や新たに授かった竜のための魔道具について深く聞いてこないのは、シノブの正体を察しつつあるからということのようだ。

 しかも、アシャール公爵はエリュアール伯爵デュスタール、ラコスト伯爵レオドール、ボーモン伯爵マルセルの三人を控えの間で待たせていると言い放った。


「えっ! デュスタール殿達が!?」


 シノブは、三人の伯爵が控えの間に来ていると聞いて驚いた。マティアスやシーラス、そしてシメオン達はこの後の軍議のために呼んではいるが、館に逗留している三伯爵は、後で声を掛けようと思っていたのだ。それが、従者よろしく控えの間で(たたず)んでいると知って、シノブは驚愕していた。


「今さらそんなことで驚かなくても良いと思うけどねぇ!

君は東方守護将軍なんだから、伯爵達なんかこき使えば良いんだよ! もちろん私もね!」


 アシャール公爵は言葉通りに、何を今さら、と言いたげな表情をしていた。そして、隣では真顔の王太子が頷いている。その様子は対照的だが、どちらも考えていることは同じらしい。


「シノブ、私もそうだよ。

我らは神に祝福された建国王を支えた七伯爵の末裔だ。

そして今、新たに祝福を授かった者がここにいる。ならば手足となるのは当然だ。それが、我らの使命なのだからね」


 ベルレアン伯爵コルネーユは、席を立つとシノブの側に歩み寄り、その肩に手を置いた。

 その言葉には神の使徒を敬うような敬虔さが篭っているが、その態度、そしてその手からは、彼の温かな思いが伝わってくる。


「おっと、コルネーユ! それ以上は言ってはダメだよ!

何しろ、シノブ君を公式に聖人と認めてしまうと、周囲の国が(うるさ)いからねぇ!」


「確かに。叔父上の言うとおり、ガルゴン王国やカンビーニ王国が騒ぎそうです」


 おどけた調子の公爵に、あくまで真面目な表情のテオドールが同意をしてみせた。

 どうも、王家や公爵達がシノブを聖人扱いしないのは、そういう思惑があるからのようだ。建国王エクトル一世がいた時代は、メリエンヌ王国だけではなく、近隣を統一していった国々の殆どにそれぞれの聖人がいたという。しかし、今はそんな者達はどこにもいない。

 そういった状況でシノブが聖人であると公認してしまうと、他国がどう動くかと彼らは警戒しているようであった。もちろん、帝国との戦がなければシノブが各国を廻ろうが、あるいは他に居つこうが問題ないのであろう。だが現状では、対帝国の最前線であるここフライユ伯爵領から遠ざかるのは困るというわけだ。


「私は、ここを離れませんよ。ここには私の家族がいますから」


 シノブは、肩に置かれたベルレアン伯爵の手に、自身の(てのひら)を重ねつつ、穏やかな口調で宣言した。そして、彼はシャルロットやアミィへと振り向き、春の日差しのような温かな笑顔を見せる。


「シノブ……その言葉、とても嬉しいです」


 今まで黙って聞いていたシャルロットが、うっすらと頬を染めて微笑んだ。彼女の深い蒼の瞳は光が揺らめいており、シノブには僅かに潤んでいるようにもみえた。


「シャルロット様、私とホリィでシノブ様をお守りします! ですから、安心してお待ちください!」


 アミィの言葉に、ホリィも元気の良い鳴き声で賛意を示す。そしてシノブは愛する者達の姿を見て、彼女達の安寧を守ろうと改めて決意していた。

 この地に来て多くの者と知り合い、共に手を(たずさ)えて歩んでいる。しかもシャルロットには、己の子も宿っている。もはや、ここがシノブにとっての居場所なのだ。


「……皆さんに入っていただきましょう。相談したいことは山ほどありますし、そろそろシメオン達も来ると思います」


 掛け替えのない者達と彼らが暮らす場所。それを守るためなら何でもしよう。胸の内に湧き上がってきた熱い思いを感じながら、シノブは目の前に迫りくる戦いへと意識を切り替えていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年5月7日17時の更新となります。


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