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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第2章 ベルレアンの戦乙女
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02.10 終幕ベルは強引に

 シノブはアミィやジェルヴェと共に、領都セリュジエールに移送された襲撃者の遺留品の確認に行った。しかし残念ながら、新たな発見はなかった。


「駄目か……」


 僅かだが期待していたシノブは、思わず呟きを漏らす。

 既にベルレアン伯爵の家臣達が調査したのだから、そう簡単に何かが見つかりはしないだろう。それはシノブも理解しているのだが、じっくりとアミィが調べたら、という思いもあったのだ。


「お役に立てなくて申し訳ありません……」


 張り切って行ったアミィは、少ししょんぼりしている。狐耳と尻尾も元気なさげだ。

 アミィはシノブが頼っていると察していたようだ。それ(ゆえ)彼女は、襲撃現場で一度は確かめた遺留品を再び念入りに調べた。だが、流石の彼女も何の変哲もない革鎧や剣、日常品から手がかりを見つけることはできなかった。


「もしかして特殊な魔道具とかあれば、と思っただけなんだし、そんなに気にしなくていいよ」


 シノブはアミィの頭を撫でて慰める。シノブやジェルヴェも襲撃者達の遺留品を調べたが、ごく普通の灯りの魔道具など汎用的な物しかなかったのだ。


 それから数日間、シノブ達は待ちの態勢となった。

 ベルレアン伯爵コルネーユや彼の家令ジェルヴェが集めてくる情報を元に、シノブとアミィは暗殺の黒幕を探っていく。

 領内に(うと)く伝手もないシノブ達が、表だって聞きに回ることは少ない。しかし時々は気分転換を兼ね、二人はジェルヴェの案内で領軍本部や領政庁などを巡った。そしてシノブ達は、装備が収められている倉庫や指令書の用紙を保管している金庫などを見せてもらいもした。

 しかし家令のジェルヴェが案内するとはいえ、部外者がそうそうあちこちを回るわけにもいかない。シノブは空いている時間にアミィと魔力感知や操作の訓練をしつつ、情報が集まるのを待つ日々を過ごす。


「う~ん……」


 もはや馴染みを感じてきた貴賓室のソファーで、シノブは唸る。

 アミィとジェルヴェは、その様子を静かに見守っている。アミィはシノブの向かい側に腰掛けて、ジェルヴェは脇に起立して。ただし双方ともシノブを注視しているのは同じであった。


(やっぱり、安楽椅子探偵アームチェア・ディテクティブを気取るには無理があったかな……)


 序盤はスムーズな出だしだった。ジェルヴェという強力な味方を得たし、侍女のアンナからはアミィが上手く情報を引き出した。だが、そこからが続かなかった。

 情報は集まってくるが、それが上手く結びつかない。もしくは焦点が絞れない、とでも言うべきか。


(結局、探偵の役割って、上手く情報を分析して結論を導き出すことなんだよね……)


 何かが足りない。

 やはり、安楽椅子探偵アームチェア・ディテクティブには安楽椅子(アームチェア)が必要なのだろうか。それともパイプとコカインか。


(……単純に、俺の力量不足だな。安楽椅子探偵アームチェア・ディテクティブなんて、ある意味探偵の最高峰なわけだし)


 ここは方針を変えて、アミィに言ったように『捜査は足で稼ぐ』べきだろうか。

 シノブの脳裏には、よれよれのローブを着て、うちのアミィさんがね、と言いながら聞き込みをする自分の姿が浮かんできた。


「あの、シノブ様?」


 アミィがシノブに声をかける。おそらくシノブが、長い間考え込んでいたからだろう。


「うん? なんだい、アミィさん?」


 シノブは思わずアミィを、さん付けで呼んでしまった。変な考えに(とら)われていたせいか、そちらに引き摺られてしまったようだ。


「えっ、『アミィさん』って……どうしたんですか、シノブ様!?」


 普段呼び捨てのシノブが敬称を付けたので、アミィはビックリしたらしい。彼女の狐耳はピンと立ち、薄紫色の瞳が印象的な目も大きく見開かれている。


「いや、なんでも無いんだ……それじゃ、状況を整理しようか!」


 頬を染めたシノブは、無意識に頭を掻いてしまう。しかしシノブは意識を切り替え、アミィやジェルヴェとの相談に集中しなおした。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「襲撃者と遺留物の調査は行き詰っているようだね……」


 まずシノブは、ジェルヴェに顔を向ける。

 この何日かを、シノブはジェルヴェと共に過ごした。そのためシノブの彼に対する言葉は、より自然なものへと変わっていた。

 数日間の滞在で、シノブは自分が本当に貴族家当主として扱われていると理解した。そうであれば訪れた貴族の当主に敬語を使われても、使用人としては困るだろうと考えたのだ。


「はい。ラシュレー中隊長からも新たな情報は上がってきておりません」


 ジェルヴェは頷くと、調査を担当しているラシュレーに触れつつ答えた。

 シノブが口調を変えてからの方が、ジェルヴェも話しやすそうである。身分社会とは難儀なものだとシノブは思うが、相手からすれば職務中なのだ。相応の距離感を保つのも、上手くやるコツだろう。シノブは、そう思うことにしている。


 それはともかく、結局のところ襲撃者から得られる情報は、これ以上ないようだ。唯一手掛かりになりそうな割符も、それ自体は単なる絵の描かれた板だ。つまり単独だと相手の特定には繋がらない。

 ラシュレー中隊長と部下は似顔絵付きの手配書を持って調査したが、家臣や軍に該当者はいなかった。ベルレアン伯爵は賞金も懸け領都や他の町や村にもお触れを出したが、捗々(はかばか)しくない。


「……装備の件も残念でしたね」


 ジェルヴェが肩を落とす。彼が言う装備とは、偽伝令が手に入れたもののことだ。


 誰が偽伝令に装備を提供したか、新たな情報はあった。取り調べの結果、装備管理担当の一人が自白したのだ。

 その装備管理担当は、装備職人からの使いが三人分を引き取りに来たと言う。使いは、納品した装備に問題があったので直したい、と言ったそうだ。すぐ直して返すし大事(おおごと)にしたくないから内密に引き取りたい、と使いは懇願したらしい。

 必死な様子に装備管理担当は、つい情に(ほだ)され記録せずに渡してしまった。しかし彼は、その後何日も返しに来ないので不審に思い、強く後悔していたと言う。

 早速ラシュレーは、自白を元に担当官を装備職人のところへ走らせた。しかし職人は、使いなど出していないと言ったそうだ。

 唯一の収穫は、この使いの容貌が偽伝令ダミアン・シェロンと酷似している、と判ったことくらいだ。


 偽伝令と従者達も手配しているが、見つからない。

 基礎身体強化能力が高い軍馬なら、一日から二日でベルレアン伯爵領外に脱出できる。おそらく彼らは既に他領に逃げたのだろう。

 元々が他領から来た者なら、通関証明書を持っていたはずだ。領外に出る直前に伝令の装備を捨てれば、なんなく抜け出せる。


「後はどこから襲撃者を連れてきたかだけど……」


 シノブは渋い顔となる。襲撃者も、どこから来たか不明なままだ。


 当初シノブ達は、東の隣国ベーリンゲン帝国との争いに備えて募集した傭兵ではないかと思った。

 この傭兵募集は、シャルロットの又従兄弟(またいとこ)で婿候補として有力視されているマクシムが担当している。そして仮にシャルロットが没したら彼女の妹ミュリエルが繰り上がって跡取りとなるが、その場合もマクシムは婿候補だ。

 つまりマクシムには、自身より強いと噂されるシャルロットを嫌ったという疑いが掛けられているのだ。


 しかし、まだ募集要項を伝えに行っただけで兵は集めていない、とマクシムや部下は言う。

 実際に先日マクシムが王都に行ったのは、王都の軍関係者に要項を伝えて紹介を依頼しただけであった。ある程度、募集期間を設けるのだったら当然ではある。


「家臣の方に怪しい人はいませんでしたね~」


 アミィも残念そうな様子であった。

 ちなみにアミィは狐の獣人同士だからか、かなりジェルヴェと打ち解けたようだ。三人だけのときは、彼女も親しみの篭もった口調となる。


「私としては同輩に裏切り者がいないようで安心しましたが……。監察官の調査でも怪しい者はいませんでしたね」


 ジェルヴェは安堵の滲む表情となる。やはり彼も、同僚や部下を疑うのは嫌だったのだろう。

 ちなみに家臣同士は、縁戚関係もあり隠し事をしにくい。そのため早い段階で調査が終了していた。


 また、ミュリエルの母である第二夫人ブリジットの周辺にも不審な者は見当たらない。

 彼女達には、ブリジットが実家から連れてきた侍女が数名いるだけであった。いずれの侍女も単身で来て、既婚者も相手はこちらの家臣だ。それにブリジットの輿入(こしい)れ後は帰省もしていないから、実家と通じているとも思いにくい。


 逆に、マクシムの取り巻きは親の子爵が付けた家臣が多く、調査が行き届かないところがあるようだ。

 ちなみにシメオンはマクシムと同じくシャルロットの又従兄弟で婿候補だが、こちらに取り巻きはいないし実家が付けた家臣とも私的な付き合いは無いらしい。しかし表現を変えると、彼の動向を把握している者はいないと言える。


「領外にも、これは、という人はいないね」


 シノブは、とある人物を思い浮かべる。もっともシノブは、相手の顔すら知らない。


 第二夫人ブリジットの実家はフライユ伯爵家だ。そして彼女の甥にあたるフライユ伯爵の次男アドリアンは、以前シャルロットに求婚したが決闘で負けた。

 しかしアドリアンが恨んでいても、単独でこちらまで手が回せるだろうか。


 それにミュリエルが跡取りになった場合、アドリアンが婿入りするのは難しいらしい。その場合フライユ伯爵家の血が強くなりすぎ、ベルレアン伯爵家と家臣団の双方が反対するからだ。

 一方シャルロットにはフライユ伯爵家の血が入っていないので、アドリアンは彼女なら婿入りできる可能性がある。

 なお、領外の婿候補といえば彼くらい。他の上級貴族家には、年齢的に釣り合い婿入りできる男子はいないという。


「元々、貴族は女のお子様が多い傾向がありますので……」


 ジェルヴェの言葉は事実であった。

 どういうわけだか、貴族は男が生まれにくいらしい。そのあたりも、一夫多妻になる原因なのだろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 要するに、シノブ達は調査に行き詰った。

 状況的には、シメオンとマクシムが怪しい。しかし動機は一応あるが、証拠がない。


 襲撃者や偽伝令に関しては、軍人であるマクシムの方が容易に関与できるだろう。

 しかし、マクシムは言われているほど弱くもないらしい。上手くすればシャルロットに勝てるのでは、という意見もある。

 それなら、腕を上げるかシャルロットが妥協するのを待つ、という手もある。また彼は先代伯爵アンリに師事し、修行に励んでいたらしい。

 少なくともマクシムはシメオンより格段に強い。シャルロットが妥協するなら彼が婿になる、というのが大方の意見だ。そう考えるとシャルロットの死は、彼にとって不都合な面もある。


 シメオンも傭兵の募集に前向きであった。彼は出兵に備えてという短期への対応であれば、一時雇いの傭兵が妥当だと賛成した。しかし彼は、それ以外で積極的に動いた様子はない。


 ただしシメオンが武術でシャルロットに勝つのは不可能なようだ。そのため彼が伯爵の婿となるには、夫は自身より強くというシャルロットを排除してミュリエルを継嗣にするしかないだろう。

 実際シメオンは、最近マクシムをことあるごとに非難しているようだ。そして、これを実力では勝てないからと辛辣なことを言う者も多い。

 もしも継嗣がミュリエルなら武力で勝つ必要はない。だからシャルロットの命を狙う、と考えることもできる。あくまでも憶測でしかないが。


「結局、決め手に欠けるんだよね」


 シノブの言葉に、アミィとジェルヴェが静かに頷く。

 捜査といっても、子爵の息子であるシメオンやマクシムの公邸に踏み込み家捜しすることは不可能だ。それをするには、充分な証拠が必要である。

 シノブ達は領主であるベルレアン伯爵コルネーユの依頼で動いているが、そのコルネーユでも容易に踏み越えられない一線があるのだ。


「はい、それに我々には王領での捜査権限がありません。襲撃者達が王都で雇われたとしたら、これ以上の調査は困難です」


 ジェルヴェの顔は、ますます憂いが増している。

 自領ですら高位の者には簡単に手が出せない。ましてや上位の存在である王の治める土地で好き勝手できるわけがない。


「シメオン様とマクシム様に動機はある。独自の配下もいる。地位も高いから指令書の偽造も不可能ではない。襲撃者を集めるのも他の人より簡単だ。……でも、証拠はない」


 シノブは重々しい声で語っていく。

 色々調べたが、真相に迫れなかった。その思いが、声に出たのだ。


「シノブ様、どうしましょう?」


 アミィの顔も(くも)る。

 暗殺など許し難いと憤慨したのだろう、アミィは熱心に捜査を手伝った。それに彼女は、迷宮入りとなればシノブが落胆すると思ったようでもある。


「……罠を仕掛ける」


 シノブは、ついに正攻法での調査を諦めた。別に地球の司法当局ではない。罠の何が悪いのか、と開き直ったのだ。


「罠ですか?」


 アミィは首を傾げる。どんな罠かという疑問はあるようだが、彼女に嫌悪感はないようだ。


「うん。でもこの罠はおそらく一回しか使えない。二度目はないと思った方がいいんだ。だから、シメオン様とマクシム様のどちらに仕掛けるか、それが問題だ。……正直、どちらにすべきか決めかねている」


 シノブが罠の使用を躊躇(ためら)った理由は、これであった。一回目で解決できれば問題ないが、そうならなかったら真犯人を警戒させるというものだ。


「なるほど、それは重大ですね……私にも判断がつきかねます」


 ジェルヴェも罠を使うことに異論はないようだ。既に彼は、シメオンとマクシムのどちらにすべきかの思案に入っているらしい。


「私は、マクシム様に仕掛けるべきだと思います!」


 きっぱりとアミィは言い切った。彼女の顔には迷いなど存在しない。


「……有効票1に棄権2か……伯爵に許可を取りに行こう。責任は俺が取る」


 シノブはソファーから立ち上がった。そして三人は、ベルレアン伯爵の執務室へと向かう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 マクシム・ド・ブロイーヌは領都東門守護隊長である。階級は大隊長だ。

 各門の守護隊は、それぞれ五個中隊からなる一個大隊で構成されている。守護隊は昼夜交代で勤務するが、勤務は中隊ごとで、大隊長は日勤しかしない。

 それ(ゆえ)マクシムは、朝からの勤務を終えて帰宅中である。彼は東門から中央区の公邸に馬に乗って戻っていく。


 夏であり日が長いため、周囲はまだ明るい。

 大柄なマクシムに相応しい巨大な軍馬。その上で背筋を伸ばし、燃えるように赤い髪を夕日に(きら)めかせ真っ直ぐ前を見つめる彼の姿は、指揮官に相応しい威厳に満ちている。

 治安の良い領都セリュジエールでは、大隊長(みずか)ら戦うことはまずない。そのためマクシムは軍服に剣を佩き、金糸で縁取られた白いマントを身に着けただけの軽装である。

 そして立派な軍馬と貴族かつ大隊長以上であることを示すマクシムの出で立ちに、周囲の者は自然と道を譲っていた。


「マクシム様!」


 公邸の門近くまで来ると、マクシムに一人の男が声を掛けた。すらりとした体の男は、フードを深く被り顔を隠している。


「何者だ!」


 大柄でがっしりした体格に相応しい太い声で、マクシムは鋭く誰何(すいか)する。


「おっと、大きな声を立てないで下さいよ。ダミアン・シェロン……って言えば判りますかね」


 男は、マクシムだけに見えるようにフードを少し上げると、ニヤリと(わら)う。すると、灰色の瞳や少し太い眉に尖った顎が特徴的な顔が覗く。


「お前……何をしに来た」


 マクシムは顔を(ゆが)めた。その様子は、嫌なものを見た、と言わんばかりである。


「そりゃあ、報酬をいただきに来たんですよ。あんなことをしたんですからね。期待していますよ」


 男は、マクシムの射殺すような視線を軽々と受け流す。よほど太い神経をしているのだろう。


「……夜だ。深夜零時、もう一度来い」


 マクシムはフードの男に言い捨てると、邸内に馬を進めていった。一方フードの男は、それを見届けると足早に去っていく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 そして深夜。マクシムの住む公邸に再びフードの男が現れた。

 深夜であるため正門は閉じられていたが、脇の通用口が僅かに開いている。男が通用口の扉を開けると、そこにはマクシムが立っていた。


 煌々と月明かりが照らす敷地内を、マクシムとフードの男が静かに進んでいく。

 マクシムの公邸は大隊長に相応しく敷地も広く、おおよそ一辺50mはあるようだ。高級軍人向けであるため馬房や従者が住む別棟も存在しているが、既に眠りに就いているのか明かりは見えない。

 そして二人は、静寂に包まれた中庭を横切り、本館へと入っていく。


 既に深夜であるため、本館の内部も静まり返っていた。広々とした邸内には動くものもなく、窓から差し込む月明かりのみが照らしている。

 質実剛健な石造りの館の内部には、意外にも数多くの絵画や彫刻が存在した。しかし二人は数々の芸術品に目をやることもなく、無言のままマクシムの居室らしい部屋へと歩いていった。


 主の部屋らしく豪華に装飾された扉を開けると、そこは10m四方もありそうな広々とした応接間であった。

 室内も、廊下以上に大きな絵画や彫像などで飾られている。奥にはマクシムの寝室や従者が控える部屋に続くらしい扉が見えるが、それらも豪奢な造りだ。

 とはいえ二人は先ほどと同様に、黙りこくったまま低いテーブルを挟んでソファーに座った。


「よく顔を出せたな。恥知らずめ!」


 明かりも点けずにソファーに座るなり、マクシムは濃い青の瞳で男を(にら)みつけた。そして彼は唸るように低い声を相手にぶつける。

 フードの男、偽伝令らしき男を招き入れたのだ。マクシムには随分と後ろ暗いところがあるのだろう。それとも彼は、何らかの弱みを握られているだけなのだろうか。


「失敗したのはあいつらですよ。こちらはきちんと役目を果たしたじゃないですか」


 フードの男は、少し高めの声で心外そうに応じる。彼は、マクシムの言葉に全く動揺していないらしい。


「何を言う! 伝令をしただけのくせに! ……結局役に立たなかったじゃないか。シャルロットは生きているぞ!」


 激昂したらしく、マクシムは大声で叫ぶ。

 やはりマクシムがシャルロット暗殺を(くわだ)てたのだ。仮に違うとしても、彼が又従姉妹の死を望んでいるのは間違いない。


「こちらとは関係ないことで……あと十人くらい必要だったのでは?」


「あの女だけだったら足りていたんだ! あのシノブという奴が邪魔しなければ!」


 からかうような男の言葉に、マクシムは吐き捨てるような口調で叫ぶ。それに暗くて判りにくいが、顔も赤く染まっているらしい。


「まあいいです。とにかく報酬をいただけないですかね」


 フードの男は、マクシムの言葉に平然と返した。それも興味がない、と言いたげな図太い声でだ。


「いいだろう……お前の報酬はこれだ!」


 マクシムが叫ぶと、部屋に大勢の兵士達が雪崩れ込んできた。兵士達は全員、小剣と盾を持ち革鎧を着けている。


「おっと、マクシム様。何をなさるんですか?」


 フードの男は椅子を蹴立てて後ろに飛びのいた。そして彼は相変わらずの平静な声でマクシムに問う。


「はっ、知れたこと! シャルロット様暗殺未遂犯を始末するのだ!」


 マクシムも立ち上がり、フードの男に太い声で答える。兵士達の到着に安心したらしく、マクシムは余裕の表情となっている。


「普通は逮捕するんじゃないですかね?」


「逮捕するさ。だが、暗殺未遂犯が暴れすぎて死んでしまった、というわけだな」


 フードの男は皮肉げに笑い、マクシムが肩を(すく)め応じる。そして十人ほどの兵士達は、半円状に偽伝令らしき男を包囲していく。


「そりゃあ、アンタが痛い腹を探られたくないだけでしょうに……男の嫉妬は醜いですよ?」


「あんな騎士かぶれの女、こっちこそ願い下げだ! あいつを始末して、俺が当主になるんだ!」


 じりじりと後ろに下がりながら、フードの男は嘲笑(あざわら)った。するとマクシムは相手の言葉に我を忘れたのか、外まで響くような声で絶叫する。


「もう良いだろう。アミィ、悪党共を懲らしめろ!」


 唐突に部屋の隅から若い男の声が生じた。そこには、苦々しげな表情のシノブが立っている。

 マクシムは、シノブ達の罠に掛かった。しかしシノブの心に嬉しさはない。親族、しかも女性の死を願うマクシムの醜さが、シノブの心に怒りの火を灯していたからだ。

 このような男を許すわけにはいかない。怒りを闘志に変えながら、シノブは前へと踏み出した。


お読みいただき、ありがとうございます。


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