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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第10章 フライユ伯爵領の人々
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10.24 ガルックは今日も雪だった 後編

──シノブ様! この村には大勢の兵士達がいます! おそらく100名はいますし、雪魔狼を40頭近くも連れています!──


 救出作戦の二日目、最後の作戦対象であるディンツ村の近くの森に現れたシノブに、ホリィが緊迫した思念を伝えてくる。

 前日と同じく五つの村が作戦対象であり、既に四箇所で救出作戦を成功させたシノブ達は、ホリィの呼び寄せで魔法の家ごとこの森に転移してきた。だが、どうやら最後の村はこれまでとは違うらしい。


「兵士達は何をしに来たんだ?」


 今回の作戦を開始する前、領都シェロノワからガルック砦に来たときに行った会議では、ホリィはディンツ村も他と同様に五名程度の兵士だと説明していた。

 それが、いきなり100名に増員されるとは、何が起きたのだろうか。表情を引き締めたシノブは、ホリィへ問い返した。


──彼らは、村人を全員連れ去るようです。領主のゴドヴィング伯爵の手下らしいです。日中に村に到着していたようです。

立ち番をしていた兵士達は、夜が明けたら村人達を領都ギレシュタットに連行すると言っていました──


 アムテリアの眷属である金鵄(きんし)族のホリィの外見は、本来は青い鷹である。だが、彼女はアムテリアから授かった足環により、普通の茶色の鷹に見せかけることができる。そのため、怪しまれずに近くまで接近したのだろう。


「なんてことだ……」


 実行部隊の誰かが絶望したような声を漏らした。

 ホリィは、鳴き声で表現する『アマノ式伝達法』と心の声の双方で伝えているので、シノブやアミィだけではなく、実行部隊を率いるアルノー・ラヴランや、その部下達も彼女の語る内容を理解している。そのため、彼らは一様に蒼白な表情となっていた。


「ホリィ、兵士達は村人を連行してどうするのですか? 一時的な労役などですか?」


 アミィの質問を聞いた一同は、ホリィの返答を待つ。

 ベーリンゲン帝国では獣人達は奴隷とされており、多くの者は農奴として指定された村で農業に従事する。だが、一部は都市で重労働などに使われる者もいるし、戦闘奴隷として働かされる者もいる。

 だから、街道の敷設工事などで一時的に借り出されることもあるらしい。


──それが……『若様のいる皇帝直轄領に送るらしい』と言っていました。また『こいつらが村に帰ることはないだろうな』とも──


 ホリィは何かを案ずるような思念でシノブとアミィに返答した。しかも、実行部隊の兵士達、つまり村人と同族の獣人達に聞かれることを避けたのか『アマノ式伝達法』は使用せずに、である。


「ホリィは、村人が皇帝直轄領に連れて行かれると言っている。ここの領主の息子の命令らしい。おそらく、新しい大将軍ヴォルハルト・フォン・ギレスベルガーだろう。

そして、村人は行ったきりになるらしい」


 シノブは、ガルック砦でホリィから聞いた情報を思い出しながらアルノー達に伝えた。

 新しい大将軍ヴォルハルトは、ゴドヴィング伯爵の次男だという。そして、部下の将軍達と皇帝直轄領で極秘の任務に就いているらしい。だから、『若様のいる皇帝直轄領』というのは、大将軍ヴォルハルトのところではないかと思ったのだ。


──シノブ様……すみません──


 シノブの言葉に実行部隊の面々がざわめく中、ホリィが心の声で謝ってきた。


──ホリィ。配慮は嬉しいけど、俺は彼らの家族がどうなるか隠すつもりはないよ──


 シノブはアミィの腕に止まったホリィの頭を優しく撫でながら、心の声で自分の思いを伝えた。

 ホリィの気遣いは嬉しいが、かといって遂に家族と再会できるという希望に燃える隊員達に嘘をついてまで、自分に有利な方向に持っていくつもりはなかったのだ。


──ホリィは今後の救出作戦のことを考えたのでしょう──


 そんなシノブに、アミィは取り成すような思念を伝えてくる。

 おそらく、ホリィは100人の兵士にシノブが負けると思ったわけではないのだろう。ただ、それだけの兵士を倒せば帝国側も自国に軍隊並みの何かが潜んでいると悟り、警戒をする。そうなれば、今後の作戦に差し支える。そう考えたのではないだろうか。


「閣下……今後を考えると、今ここでの大規模な衝突は避けるべきです」


 狼の獣人ヘリベルト・ハーゲンが、苦々しげな表情をしながらシノブに進言をしてくる。実は、彼はこのディンツ村の出身である。その彼が作戦の中止を勧めるとは、シノブは思ってもいなかった。


「ヘリベルト、君の故郷だろう?」


 シノブは、武術大会『大武会』の様子を思い出しながらヘリベルトに訊ねていた。

 『大武会』本選の一回戦で勝利したとき、彼は雄叫(おたけ)びと共に荒々しくも率直な喜びの声を上げていた。『大武会』で優秀な成績を残した者は救出作戦に加われるという噂が流れていたためだ。

 それを見たシノブは、最初ヘリベルトが粗野な戦士と勘違いしたが、実際に会ってみると落ち着いて人望もある男だった。

 その冷静沈着なヘリベルトが『大武会』では溢れ出る感情を露わにした。それを知っているだけに、シノブも中止をしたくはなかったのだ。


「……はい。ですが100名もの兵士が帰還しなければ、ただの逃亡とは誰も考えないでしょう。帝国も今まで以上に警戒するでしょうし、領都や都市に農民を集中させるかもしれません。

……そうなれば、今後の救出作戦への影響は避けられません」


 ヘリベルトは平静な表情だが、内心の苦渋が滲み出たようなゆっくりとした調子でシノブに返答をした。

 確かに、彼の言ったことには一理ある。ホリィという常識外れの偵察要員がいるのだから、危険を冒さず、かつ帝国を刺激せずに救出作戦を継続できる。しかも先のことを考えれば、帝国が対策を取るのは遅ければ遅いほど良い。


「そうだな……私は領主で将軍だ。だから安全な道を選ぶのが正しいのだろう。

だが、『俺』はそんな賢い男じゃない。影響なんてあるかわからないじゃないか。それに他の村にも兵士が派遣されたかもしれない。様子見しているうちに、他の村からも連れ去る可能性だってある。

……何より、俺は親しい人、目の前で困っている人を見捨てたくないんだ!」


 シノブはフライユ伯爵で東方守護将軍だ。だから、本来なら可能な限り危険の少ない方策を取るべきなのだろう。

 だが、そんな割り切りが出来るなら、そもそもシャルロットの側にいることを選ばなかった。愛する者を支え、その笑顔が見たい。困難な道であろうとも共に歩みたい。そう願うから、今ここにいる。

 そんな思いを己の言葉に篭めて語ったシノブは、目の前の獣人達を見つめて口を閉ざした。


「……ありがとうございます」


「そうだ! シノブ様の言うとおりだ! (おび)えて逃げたって良くなるとは限らないだろ!」


 ヘリベルトは静かに礼を述べ、深々と頭を下げる。そして、彼を囲む実行部隊の者達も、口々に賛意を示した。


「シノブ様はこういうお方なのです。困っている人を助けるためなら竜との戦いにも赴き、愛する人をその手で守るために伯爵家という面倒な場所を選ぶ。

でも、そういうお方だから、多くの人が集うのだと思います。それがシノブ様の美点であり、人を引きつける力なのでしょう」


 微笑みながら語るアミィに、ホリィがピィと一声鳴いた。

 もしかするとホリィは、従者としての先輩であるアミィの言葉に何かを感じたのかもしれない。ただし彼女は、思念や『アマノ式伝達法』として表しはしない。

 しかし言葉に出さなくとも、それはホリィの態度を見た誰にでもわかったであろう。彼女はアミィの腕からシノブの肩へと飛び移り、彼の頭に己の体を擦り付けていた。


「シノブ様。村人を救出するのであれば、兵士を確実に殲滅する必要があります。我々の動きが漏れるのは可能な限り避けたいですから」


 静かに見守っていたアルノーが、救出作戦をどのように実行するかシノブに確認した。

 当初想定していた敵兵は、5名から10名の兵士である。100名の兵と40頭の魔獣に負けるシノブ達ではないが、それでも相手は三倍だ。今まで同様に一兵たりとも逃さないなら、入念に準備をする必要があるだろう。


「……アミィとヘリベルトの隊ともう一つ。半分で村から出ている街道を封鎖してくれ。残りは私とアルノーが率いて村人の救出をする。ホリィは全体の警戒だ。

アミィは配置に就いたら心の声で伝えてくれ。それから突入する」


 素早く考えを巡らせたシノブは、40数名の実行部隊を半分に分けることにした。彼とアルノーが二隊を率いて突入し、残りの二隊は領都ギレシュタットに繋がる街道を塞ぐ。幸いディンツ村は辺境にあり、他に街道はない。兵達が逃げ戻るとしても、それは領都への道であろう。

 そんなシノブの指示に、一同は頷いた。魔法の家を収納したアミィは、早速ヘリベルトと熊の獣人オットー・マイドルフが率いる二隊を連れて移動し、シノブとアルノーは狐の獣人クラウス・アヒレス、狼の獣人ディルク・バスラーの二隊を連れて当初決めた待機位置へと進んでいった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……アミィとホリィから連絡があった。アミィやヘリベルト達は、指示した通り街道を封鎖している。

ホリィは村に変化はないと言っている。村人達は幾つかの小屋に集められ、そこを兵士達が見張っている。だから、兵士は半数くらい起きているらしい。それに、突入すれば残りも起きるだろう」


 村から2kmくらい離れた場所で身を伏せているシノブは、隣にいるアルノーに(ささや)いた。今日もシノブ達は揃いの黒装束を着けており、彼らの姿は闇に紛れている。そのため、雪原の窪みに伏せるシノブ達には、村にいる帝国兵も気が付いていない。


「我々は村民の安全を確保しつつ、敵兵を殲滅する。だから逃げ出した敵はアミィ達に任せる。幸いアミィにもレーザーの魔術を教えたから、逃げた敵を迎え撃つのは容易だろう」


「あの光の魔術ですね。

お前達、アミィ様の邪魔をするな。閣下や私の許可がない限り、敵兵を追いかけるな!」


 シノブの説明を聞いたアルノーは、部下達に厳しい口調で注意をする。

 魔力波動の同調で魔術の教授が可能と知ったシノブは、自身が開発した魔術をアミィにも伝授した。そのため、今までは習得が困難であった幾つかの魔術を、アミィも使いこなすようになったのだ。

 しかも、アムテリアの眷属であるアミィは、通常の人間より桁違いに魔力が多い。たとえば、現在魔道具解析に忙しいマルタン・ミュレはレーザーの魔術を身に付けたが、レーザーポインタ程度の威力であり、攻撃には使えない。

 しかしアミィは、指の太さくらいのレーザーで岩をも切り裂くことが可能となったのだ。


「今回のように街道で迎え撃つなら、レーザーは最適だ。何しろ遮蔽物もないし、魔力感知に優れていないかぎり避けるのは困難だ。それに、矢などが残ることもない」


 シノブの言葉に、兵士達は恐れと頼もしさが入り混じった嘆声を漏らした。

 今までレーザーを躱したのは、飛行中の岩竜ガンドだけだ。これは、魔力感知に優れた竜だから出来た芸当で、一般の兵が躱す可能性はまずありえない。


「アルノー、隊員の指揮は任せる。私は独自に動いて敵を始末する」


 シノブは、覆面で顔を包んだアルノーを見つめている。

 二人とも顔を隠しているため、お互いの表情を窺い知ることは出来ない。そのため、シノブは己の決意をその視線と声音(こわね)に篭めて語りかけていた。


「……申し訳ありません。お願いします」


 そんなシノブの強い意志を感じたのか、アルノーは僅かな逡巡の後、深く頭を下げて同意した。

 救出作戦は、一人も敵を逃さないという前提で行ってきた。だから、多くて10名程度しか敵兵がいない村に、40数名の実行部隊を投入したのだ。

 しかし、今回は敵兵の方が多い。シノブが魔力干渉を始めたら『隷属の首輪』で使役されている雪魔狼は昏倒し戦力にはならないが、残った敵兵だけでも100名はいるのだ。


「気にしないでくれ。この方がやりやすいだけだ」


 今までの九箇所の村では、魔力干渉に徹して戦闘には加わらなかったシノブだが、この状況で傍観しているわけにはいかない。それに、彼が言うように単独で行動するのが最も有効だ。

 シノブ自身が前回の戦争で実感したことだが、あまりに突出した能力(ゆえ)に他と協調して動いては実力を発揮しきれないのだ。


「行くぞ!」


「はっ!」


 シノブの号令に、一同が低く小さな声で応じる。

 そして、彼らは作戦目標であるディンツ村に、一目散に駆けていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「て……」


 おそらく『敵襲』と叫ぼうとした兵をシノブが両手に構える大剣で唐竹割りにする。フライユ流大剣術『神雷』である。特に力を入れたとも見えない太刀筋であったが、手練の技か、それとも手にした光の大剣の威力か、兵士は上から下へ鎧ごと切り裂かれる。

 そしてシノブは一足飛びに移動すると、門の反対側に立っていた兵士を横一文字の斬撃で切り伏せた。こちらはミュリエルの祖母アルメルにも見せた『天地開闢』という技である。


「行くぞ!」


 村の門を守っていた兵士達を倒したシノブは、閃光のような速さで駆けていく。ここまでは実行部隊の者に合わせて走っていたシノブだが、更なる加速で村内へと一瞬のうちに姿を消した。


「遅れるな!」


 アルノーの檄に、狐の獣人クラウスと狼の獣人ディルクに率いられた隊員達も、村の中へと駆け込んでいく。事前にヘリベルトなどディンツ村の出身者が書いた図面で、村内の配置は確認済みである。そのため彼らは、(あらかじ)め決めた分担通りに展開している。


 実行部隊の兵士達が村内の各所に立つ敵兵と交戦し始めた頃、シノブは敵の指揮官がいるらしい駐屯所へと向かっていた。その途中にある幾つかの小屋には、村民達を監視する兵士達がいたが、シノブは目に入る敵をレーザーの魔術で倒し、それ以外は後続の仲間に任せて突き進んでいった。


「者共、出会え! 出会え!」


 駐屯所の前まで来たシノブは、敷地の中に立派な騎士鎧にマントを付けた帝国士官らしい男を発見した。大剣を抜き放ったその男の周囲には、駐屯所から出てきた兵士達が集まり始めている。


「怪しい獣人め! ゴドヴィング伯爵領軍、大隊長パウル・キュッテルと知っての狼藉か!」


 シノブはアミィが作った魔道具で狼の獣人に姿を変えている。そのためキュッテルという帝国士官は、シノブを人族だとは思わなかったようだ。


「お前達が仲間を連れ去ろうとするからだ! 一体どこに連れて行くつもりだ!」


 有無を言わさず切り伏せるつもりだったシノブだが、相手が高位の軍人と知ったため足を()めて怒鳴り返した。

 何か情報を引き出せないかと、近辺の村に住む獣人を装った言葉。果たして、どう答えるか。シノブは光の大剣を構えつつ、相手の様子を窺う。


「獣人風情が知ってどうするのだ! お前達など、黙って若様に命を捧げれば良いのだ!」


「……今、何と言った?」


 キュッテルの言葉を聞いたシノブは、静かな、しかし怒りを抑えきれない声音(こわね)で問い返した。人々の命と魔力を吸い取ったアドリアン、王都メリエの事件をシノブは想起したのだ。

 もちろんキュッテルの言葉だけでは、何を意味するかわからない。だがアドリアンは、帝国製の魔道具で使用人達の魔力を吸収して自身を強化した。したがって、シノブの連想は根拠のないことではない。


「獣人など我々人間の道具だろう! 命でも魔力でも、主に差し出す。それがお前達の存在意義だ!」


 帝国では獣人は人間として扱われないという。そのためだろう、キュッテルは躊躇(ためら)う様子もなく道具として使い捨てると言い放っていた。


「……貴様! 許さん!」


 やはり帝国軍の目的は、シノブの案じていた事に当たらずといえども遠からずといったものらしい。それを悟ったシノブは、電光のような速度で突進していく。


「強化なら……ぎゃあっ!」


 身体強化に優れているのか、それとも魔道具の補助があるのかシノブの動きに反応したキュッテルであったが、手に持つ大剣ごとシノブに切り裂かれた。とはいえ、その体に大きな外傷はない。シノブは、彼の両手両足の筋を切断しただけであった。

 更にシノブは、彼が装着している魔道具を光の大剣で全て切り落とした。どうやら、アドリアンや帝国の将軍達が持っていたような、強化や治癒の魔道具を使っていたようである。


「お前には聞きたいことがある! そこで待っていろ!」


 シノブは魔道具を切り落とす際に、わざとキュッテルの体も切り裂いていた。これも即死するような傷ではないが、全身の各所に刀傷を負ったキュッテルは、あまりの痛みにのた打ち回っている。


 戦闘力を失った相手から視線を外したシノブは、駐屯所にいた敵兵の群れに突入していく。

 村にいた帝国兵のうち、半数近い者達が駐屯所や周囲の小屋に寝泊りしていたようだ。シノブの周りを、40人から50人ほどの軍人が囲む。


「こ、こいつ!」


「何で遠くの者まで!」


 手の届く相手をシノブは光の大剣で切り伏せているが、同時に離れた者達も崩れ落ちる。

 シノブが操る長大な剣は、一振りごとに数人を倒している。そのため距離を取り、槍や小剣の投擲(とうてき)で立ち向かう者もいた。しかし彼らも、何かに切り裂かれたように血飛沫(ちしぶき)を上げて倒れていく。

 実は、シノブは非常に薄く展開した魔力障壁を周囲に張り巡らせていた。剃刀(かみそり)のように薄い障壁に触れた敵兵達は、(やいば)といって良い切れ味に為す(すべ)もなかった。しかも魔力障壁は視認できないから、シノブが障壁を動かす度に敵は呆気(あっけ)なく数を減らしていく。


「……これで終わりか」


 シノブは周囲の魔力を調べ、キュッテル以外は獣人達しかいないことを確認した。アミィ達を街道に配したが、そこまで逃げた者もいなかったようだ。


「村内の制圧を完了しました! ……しかし、流石ですな」


 駐屯所の敷地に一人立つシノブに、アルノー・ラヴランが声をかけてきた。作戦中は余計なことを言わない彼だが、周囲に倒れる帝国兵達を見て、思わず感嘆したような呟きを漏らしている。


「わかった。アミィ達にも連絡をする」


 シノブは、アミィやホリィに村内の制圧が終わったことを思念で伝えた。そして彼は、念のために周囲を確認しながら村に戻るようにと言い添える。


「アルノー、ヘリベルトが来たらこいつの尋問を開始する。ゴドヴィング伯爵領軍の大隊長パウル・キュッテルと言っていた。

それと、駐屯所の調査は念入りに頼む。どうやら、思っていたより大物らしい」


「はっ! 了解しました!」


 シノブの言葉にアルノーは鋭い声音(こわね)で返答した。王国の場合、大隊長の上は司令官のみである。帝国の軍制も大きくは違わないというから、キュッテルはかなりの高位軍人なのであろう。

 シノブは、アミィやホリィ、そして街道に配置した実行部隊の帰還を待ちつつ、地に伏せて(うめ)き続けるキュッテルの様子を眺めていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「俺は領都ギレシュタットの本部隊長だ……お前も知っているだろう?」


 シノブは、闇魔術の一つでキュッテルを催眠状態へと持っていった。刀傷は一応治療したため、キュッテルは程なくぼんやりとした表情となり、シノブ達の問いに答え出す。


 以前、アムテリアが夢の中で語っていたが、謎の『排斥された神』を強く信仰する帝国人でも、シノブと極めて近くにいて、しかも死に瀕している場合、その影響下から一時的に脱するらしい。

 そのことを覚えていたシノブは、キュッテルから情報を引き出せないかと試したのだ。


「閣下の命令で若様のところに獣人達を送るために来た……閣下は、辺境の村など潰しても構わないと言っていた……」


 意識が混濁しているのか、キュッテルは問われもしないのに自分から語り始めた。なお、『若様』とは新たな大将軍ヴォルハルト・フォン・ギレスベルガーのことである。


「若様は、一体何をするんですか?」


 シノブは、キュッテルの同僚を装って質問をする。彼は、ヘリベルトが知っていたゴドヴィング伯爵領軍の隊長のふりをしているのだ。


「たぶん、獣人達の魔力を吸収させるつもりだ……あいつらの魔力は低いから大勢いるんだろう……。

他にも回る……面倒だが仕方がない」


 幸い、キュッテルはシノブを同僚だと信じきっているらしく、疑いもせずに質問に答えていく。

 彼らは、他に六箇所を回って村人を皇帝直轄領に送るという。どうやら、それが新兵器の開発か準備に必要な事らしい。


「ここを含めて七箇所なら、千人近いな……」


「どうすれば良いんだ? そこの村人を救出しても、他から集めるだろうし……」


 シノブの背後にいる実行部隊の者達が動揺したような声を漏らす。


「獣人達に、何をさせるんですか? 王国に対抗する秘策でもあるんですか?」


 そんな中、シノブはキュッテルから引き出せる情報が他にないか、更に質問を続けていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……この村を破壊する。そして、皇帝直轄領に繋がる街道も壊す」


 尋問を終えたシノブは、立ち上がると一同に宣言をした。

 既に救出した村人達は、魔法の家で転移させガルック砦に送っていた。また、彼らと共にアミィも一緒に行き、砦で待つマティアス達に状況を伝えている。


「アルノー以外は魔法の家に入って帰還しろ」


 シノブの言葉に、実行部隊の者達は魔法の家に入っていく。一方アルノーは尋問が終わったキュッテルの息の根を()め、彼の(まぶた)を閉じた。


──アミィ、魔法の家をガルック砦に戻してくれ──


 指示通りに実行部隊の面々が魔法の家に入ったことを確認したシノブは、アミィに心の声で連絡する。

 なお、ガルック砦までは距離がありアミィからの思念は届かない。そのため何の予兆もなしに魔法の家は忽然と消えていた。

 これで、ディンツ村に残っているのはシノブにアルノー、そしてホリィのみである。


「シノブ様……街道の破壊には、どういう意図があるのですか?

この村は証拠隠滅だと思いますが……」


 魔法の家を見送ったシノブに、アルノーが問いかける。彼が言うとおり、ディンツ村の破壊は、ここで何があったか知られたくないからだ。だが、街道の破壊にどんな意味があるのか。アルノーはそう思ったに違いない。


「皇帝直轄領に繋がる街道は、一本しかないらしい。だから、そこを壊せば西側の領地から村人を連れて行くことはできないだろう。それに、街道の修復には大勢の労働者が必要だ。だから、大将軍の下に送るのを諦めると思うんだ。少なくとも遅らせることくらいは出来るだろう」


 シノブはアルノーと共に村の外へと歩きながら答えた。そして、ホリィがゆっくりと飛翔しながら付いてくる。


「……それじゃ、始めるか……岩壁!」


 村からかなり離れたシノブは来た方向に振り向くと、光の大剣を抜いて岩壁の魔術を使った。すると、村全体が人の背ほどの高さで盛り上がる。


「村の下全体に岩壁を作ったんだ……次は……土操作!」


 不思議そうな顔をするアルノーに、シノブは簡単に説明をする。村の地下全体に巨大な岩壁を生成したから、その分隆起したようである。

 そして、シノブが土操作の魔術を実施すると、更に村全体が隆起し先ほどの数倍は持ち上がっていく。


「今、岩壁の中に空間を作りながら、変形させているんだ……だんだん膨れ上がって、その分、壁が薄くなる……だから、ほら!」


 シノブの声と共に、村は轟音を立てて元の高さ、いやそれより低い位置へと陥没していた。当然、村内の建物は全て倒壊し跡形もない。そして、あまりの衝撃にシノブ達が立っているあたりの地面も波打った。おそらく、高度な身体強化ができるシノブやアルノーでなければ転倒していただろう。


「駐屯所の辺りは、念入りにやっておくか……」


 シノブが呟くと、村の中央だけが更に陥没していく。そして駐屯所があったあたりは周囲の土砂に埋まって完全に見えなくなった。実は、倒した敵兵を駐屯所に集めていたのだ。


「シノブ様……これは地震が起きた……そういうことにするつもりですか?」


 アルノーは呆然(ぼうぜん)とした表情で、シノブを見つめている。

 一瞬で何百mもの岩壁を作り、アマテール村への街道造りでは1kmもの道を瞬時に出現させたシノブである。それらを聞いているアルノーだから落ち着いているが、他の者なら質問するどころではないだろう。


「ああ。実際、さっきの地響きは凄かったからね。同じ要領で皇帝直轄領に繋がる街道も何箇所か壊す。このやり方なら、人為的なものだと想像する人は少ないんじゃないかな?」


「確かに……よほどの愚か者か、逆にシノブ様のことを詳しく知る者くらいですね」


 シノブの悪戯っぽい表情に、アルノーは思わず笑みを見せていた。


──仮にシノブ様の成したことだとわかっても、それはそれで帝国への脅しになると思います!──


「そうなると良いけどね。それに戦争の時に助け出した人達は、全員西側の出身だ。だから、少なくとも彼らの家族が連れ去られることはない……そう思いたいね」


 腕に舞い降りたホリィに、シノブは静かに頷き返す。

 全ての人を救うことは出来ないし、一時(しの)ぎなのは間違いない。しかし自分の親しい人、関わりのある人達だけでも助けたい。

 そう思ったからだろう、知らず知らずのうちにシノブの表情は厳しいものになっていた。


「ともかく、なるべく早く帝国を何とかする。今回得た情報を元に急いで対策を考えよう」


 内心の苦悩を隠したシノブは、新たな戦いへの誓いだけを口にした。

 帝国との戦いは避けられない。人を人とも思わぬ彼らのやり方は、このままにしておけない。シノブは一刻でも早くと(はや)る気持ちを抑えつつ、遥か東方、帝都があると思われる方向へと目を向けていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年4月23日17時の更新となります。


 本作の設定集に10章前半の登場人物の紹介文を追加しました。

 設定集はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。


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