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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第10章 フライユ伯爵領の人々
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10.23 ガルックは今日も雪だった 中編

「『隷属の首輪』への干渉は成功した」


「ホリィも、兵士達の様子に変わりはないと言っています」


 雪深い草原の中に、シノブとアミィの(ささや)き声が微かに響く。ここはベーリンゲン帝国の最西端メグレンブルク伯爵領にあるヴォルヒ村に程近い草原だ。

 近くの森の中に魔法の家で転移したシノブ達は、アルノー率いる救出実行部隊と共にヴォルヒ村からおよそ2kmの地点まで、静かに移動した。

 ここまでの道程には何も問題はなかったし、村に駐留している兵士達にも気付かれていないようだ。シノブが感じている魔力波動にも動きはないし、更に村へと飛翔したホリィがその目で確認している。正に万全の体制といえよう。


「では、突入したいと思います。よろしいですか?」


 二人の言葉を聞いたアルノー・ラヴランが、シノブに確認を求める。いや、彼だけではない。その背後に控える40数名の実行部隊の全員が、シノブの命令を待っていた。

 彼らは、全員帝国で戦闘奴隷として酷使されていた者達だ。そして、ついに自身の家族を助け出すときがきた。その思いが圧力すら伴ってシノブへと伝わってくる。


「よし、突入だ!」


「はっ!」


 シノブの声を聞いて、実行部隊の獣人達が矢のような速さで雪原を駆けていく。彼らは10名ごとに一つの班となっており、それぞれを『大武会』本選に出場した実力者が率いている。

 アルノーと同じく大隊長格となった狼の獣人ヘリベルト・ハーゲン、そして中隊長格の熊の獣人オットー・マイドルフ、狐の獣人クラウス・アヒレス、狼の獣人ディルク・バスラーが、それぞれの隊長である。


 四人の隊長に率いられた戦士達は、闇に紛れるような黒い装束を着け、顔も覆面で隠している。普段の軍服のままではメリエンヌ王国の者とわかってしまう。そこで、戦闘奴隷が着ていた軍装に似せ紋章なども取り除いた、救出作戦専用の衣装を用意したのだ。

 雪原では目立つかと思われたが、幸い闇も深いため気になるほどではない。彼らはあっという間に暗闇の中に消えていった。


「それじゃ、俺達も行こう」


 魔力を増幅させるため光の大剣を抜き放っていたシノブも、そのまま巨大な剣を片手に歩みだした。全長150cmは優に超える両手剣だが、強力な身体強化をしたシノブには全く負担となっていない。そのため彼は、普段どおりの足取りで進んでいく。

 なお、今回の作戦に加わった者の中でシノブだけが人族だが、アミィの作った魔道具の付け耳と付け尻尾を装着しているため、彼も狼の獣人へと姿を変えている。


「はい! シノブ様!」


「こちらにどうぞ」


 そして歩みだしたシノブの脇には元気に返事をしたアミィが付き従い、それをアルノーが先導していく。

 彼らもそれぞれ小剣を抜き放ち、周囲への警戒を怠らない。ちなみにシノブを含む三人も、今回は他の者と同じ黒装束を身に着けている。そのため、まるで忍者か何かのようであった。


「ヴォルヒ村は100名程度の小村ですから、大して時間はかからないでしょう。我々が到着するころには終わっていると思います」


 アルノーは、落ち着いた表情で隣を歩くシノブに語りかける。一応周囲を気にして小声ではあるが、まるでそこらを散歩でもしているかのような平静さであった。


「ああ。最初だから小規模なところにしたのだったね。こうやって魔力干渉をしているから、住人達はたぶん気絶していると思うし、兵士を制圧したら終わりだ」


 シノブが光の大剣を抜いているのは、『隷属の首輪』への干渉を継続しているからだ。流石のシノブでも、2kmも遠方の村まで魔力干渉をすることは出来ない。そのため、光の大剣の魔力増幅能力を利用して遠方からの干渉を行ったのだ。


「村人達に説明する手間も省けますし、気絶している方が助かります」


 『隷属の首輪』の影響から脱した者は、ほとんどの場合、一旦気絶する。そのため、アルノーが言うように救出する側としては色々伝える手間が省けるのは事実である。

 なお作戦実行を夜間にしたのは、人目に付かないようにという理由もあるが、この魔力干渉を効果的に活用するという意味もあった。

 日中、働いている村人達に魔力干渉をした場合、その場で倒れてしまうだろう。そうなれば、彼らが怪我するかもしれないし、監視役の兵士達も警戒するはずだ。それに、夜間は住民達が村に戻っているから救出もしやすい。そのため、就寝している可能性が高い深夜を選んだのだ。


「厳密に言えば、同意を得ないで連れて行くのは誘拐だけどね。でも、奴隷となっているよりは、王国で自由に暮らすほうが良いだろう」


「その通りです。敵国ですし、そもそも奴隷など大神アムテリア様の御意思に背く行為です。大悪には相応の手段で立ち向かう。当然のことです」


 自身も戦闘奴隷として酷使されていたアルノーは、苦笑気味のシノブに力強い言葉で賛意を伝えた。


「そうだね……アミィ、敵は兵士が五名に雪魔狼が二頭だったね」


 アルノーの言葉に己の決意を新たにしたシノブは、村にいる敵兵について再確認をした。日本にいた頃の常識で永く敵対している両国の問題を論じても仕方ない。そう思ったシノブは、目の前の事に意識を集中しなおそうと思ったのだ。


「雪魔狼は『隷属の首輪』で使役されていたので、気絶しています。ホリィが言っていた、魔獣向けの首輪ですね。だから、今行動可能なのは五名の兵士だけです」


 アミィも、今回の作戦の成功を疑っていないようだ。彼女の声も、普段と変わりのない穏やかなものであった。

 ちなみに、アミィが言うように帝国は魔獣の使役にも成功したらしい。しかし、今まで王国に侵攻してきた軍の中に魔獣はいなかったという。おそらく、比較的近年の技術なのであろう。


「今回は気絶しているから良いですが、一般兵の場合、魔獣相手なら何人かで戦っても苦戦します。今回の兵達なら問題ありませんが……帝国もやっかいな魔道具を作り出したものです」


 戦闘奴隷であったアルノーだが、王国に潜入していた期間が長く魔獣の使役については知らなかった。それに、今回の作戦に参加している帝国出身の獣人達も、噂で聞いたことがあるという程度らしい。どうも、極めて最近の技術ということで間違いないようだ。

 ともかく、そんな事情もあり魔獣向けの首輪はホリィも入手は出来なかった。どうやら、皇帝直轄地で魔獣に装着してから連れて来るようである。


「幸い、今までと同じ魔力干渉で封じることが出来たけどね」


 『隷属の首輪』の無効化は、魔道具が使っている魔力波動を打ち消す特定の波動で行っている。

 したがってシノブが言うように、新たな魔道具に魔力干渉が効くのかという疑問はあったが、人間用と同種の波動であったらしく、無事に無効化できていた。


「村に入ったようです」


 アミィは魔力感知で得た情報をアルノーへと伝えた。

 彼女が言うように、作戦は順調に進行しているようだ。シノブも、村に到達した実行部隊が接敵したことを魔力感知で察していた。


「もう終わったようだ。さあ、急ごう!」


 早くも制圧が完了したようだ。敵兵らしき者と、魔獣のような魔力が消失していくのを感じ取ったシノブは、安堵と共に二人に伝えていた。そして、彼は言葉の通り村に向かって走り出した。

 駆け出すシノブに遅れじと、アミィとアルノーもその背を追っていく。雪原という走るには向かない場所ではあるが、高度な身体強化ができる三人は、鳥のような身軽さで音のない世界を走り抜けていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ヴォルヒ村は人口100名前後の小村だけあって、戸数も20戸少々と少ない。

 一番立派な建物は、兵士達の駐屯所らしく、大きさだけではなく造りも全く異なっている。駐屯所は石造りの頑丈な建物で、敷地の周囲には高い塀まで存在するが、他は木造の粗末な小屋であった。それに、村の周囲にも簡易な柵が設けられているだけである。

 深夜であり灯りもないせいもあるが、隙間風の入りそうな小屋は、とてもみすぼらしく見える。しかも堅牢かつ広々とした駐屯所があるために、余計に村の貧しさが強調されている。

 そんな光景を見ながら(たたず)むシノブは、農奴として過酷な労働を課せられているという村人達の生活を思い、眉を(ひそ)めていた。


 今は、魔法の家に実行部隊の者達が村人達を運び込んでいる。アミィは村の中央の広場に魔法の家を展開したため、そこと小屋の間を村人を担いだ隊員達が往復している。

 なお、村人達は『隷属の首輪』を外した直後で、まだ気絶したままだ。そのため、魔法の家に入ってすぐのエントランスホール、石畳の広間に寝かせている。


「これが魔獣用の首輪か……」


 シノブは、熊の獣人オットー・マイドルフから渡された魔獣用の『隷属の首輪』を見つめていた。

 『隷属の首輪』は、人間用とは違い、幅が太いし大きさ自体が全く違う。これは、虎ほどもある雪魔狼が付けるのだから当然ではある。


「はっ! 危険ですから雪魔狼は私が処分しました! 首輪には傷をつけていません!」


 首輪を装着していた雪魔狼は、シノブの魔力干渉で昏倒していたはずだが、既に絶命していた。どうやら『隷属の首輪』をそのまま抜き取るために、大剣の一撃で頭を落としたようである。


「ありがとう。新たな魔道具は回収したかったからね」


 シノブやアルノーは、作戦前に、帝国の実情を知るための資料や道具の回収は優先するよう部隊の者に伝えていた。そのため、壊さないように外そうとしたのだろう。

 そんな事前の指示通りに、駐屯所から様々な物を配下の者達が大急ぎで運びだしていた。運び出した物には、書類に魔道具、武器や防具、そして金品や食料なども含まれている。これは、逃走した村人が生活に必要な物を奪い取っていったと見せかけるためだ。


「資料の回収は完了しました!」


「村民も残っていません!」


 狐の獣人クラウス・アヒレスと狼の獣人ディルク・バスラーが口々にアルノーへと報告をする。


「もう、この一帯には人も魔獣もいませんね」


 魔力の波動で確認したのだろう、アミィがシノブへと告げる。


──私も見て回りましたが、大丈夫です。周囲に潜んでいる者はいません──


 そして、ホリィも心の声で伝えてくる。どうやら、最初の村では無事に救出作戦を終えることができたようである。


「救出完了です。引き上げましょう」


「わかった。それでは撤収だ! 皆、魔法の家に入れ!」


 アルノーの言葉を聞いたシノブは、実行部隊の者達に声を掛ける。

 帰りはガルック砦で待つマティアスが、魔法の家を呼び寄せることになっている。臨時に、彼とシーラスに魔法の家を呼び寄せる権限を付与しているのだ。そして、これも臨時に貸した通信筒をシノブが呼び寄せたら、マティアスかシーラスが魔法の家を呼ぶという段取りだ。

 それを知っている実行部隊の者達は、急いで魔法の家へと入っていった。


──私は次の村に向かいます──


「ああ、よろしく頼むよ」


 今晩中に残り四箇所の村で救出を行う予定である。だから、ホリィは次の目標地点へと向かうのだ。シノブとアミィに見送られた彼女は、空高く舞い上がりあっという間に姿を消した。

 そして残ったシノブ達も、魔法の家へと急いで入っていく。ガルック砦に戻ったら、村人達を搬出し、次の作戦へと備えなくてはならない。そんな慌ただしい彼らだが、初戦を無事に終えたという満足感に微笑みながら、扉の向こうに姿を消していった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ様! ありがとうございます!」


「明日の……いや、今夜の作戦が楽しみです!」


 無事に五箇所の村から救出を済ませたシノブ達は、うっすらと白んできた早朝のガルック砦で簡単ながら祝宴を開いていた。彼らは二日目の夜間作戦に備えて就寝しなくてはならないが、流石にただ眠るだけでは味気ないだろう。

 そこで国境防衛軍の前線司令官シーラスが、部下に命じて(うたげ)の準備をしていたのだ。もちろん次の作戦もあるから、酒は一杯だけ、あとはお茶などという味気ない内容であった。しかし料理は大量に用意され、兵士達が好む肉や味付けの濃いシチューなどが数多く並んでいる。

 もっとも作戦成功を祝う彼らにとっては、酒や料理などどうでも良かったかもしれない。砦の大広間に集まった実行部隊の面々は、一杯しか酒を飲んでいないのに真っ赤に顔を紅潮させ、大声でその喜びを口にしている。


「皆が頑張ったからだよ。それに、一晩で五箇所回るのは、大変だっただろう」


 シノブは、居並ぶ者達を笑顔で(ねぎら)った。大広間にいる、およそ半数の20名少々の獣人達は、その言葉に更に笑顔となる。

 ちなみに、残りの半数は救出された家族の下へと行っている。救出された村人達は砦の別の広間などで、身内である隊員から説明を受けたり、食事を取ったりしている。


「いえ! 次は自分達の故郷ですし、疲れなどありません!」


 兵士の一人が言うように、実行部隊には土地勘のある者を優先して選出したため、対象の村で生まれ育った者も多い。したがって、ここにいるのは二日目の作戦対象となる村で生まれた者達が殆どである。それもあり、彼らは次の作戦への期待が隠せないようだ。


「シノブ様! シノブ様なら皇帝なんか敵じゃありません!

皇帝を倒してシノブ様の王国を作りましょう!」


 別の兵士が、シノブに皇帝の排除を願い出る。彼だけではなく、周囲の兵達も希望を篭めた眼差しでシノブを見つめていた。


「皇帝一人を倒しても、後を継ぐ者がいるだろう。子供もいるし、一族……公爵達だっている。それに彼らを排除しても、帝国自体はそう簡単に揺るがないだろう」


 シノブは(はや)る兵達を抑えるようと、静かに返答をした。


「ですが!」


「ギュンター! そこまでだ!」


 尚も言い募る熊の獣人の兵士を、狼の獣人ヘリベルト・ハーゲンが鋭い声で制した。無礼講に近い祝宴だから、伯爵であるシノブへの直言も許されていたが、本来は一兵士が出来ることではない。そのため、ヘリベルトは拗れる前に部下を制したのだろう。


「ヘリベルト、ありがとう。

ギュンターと言ったね……私も帝国をこのままにしておくつもりはない。しかし皇帝やその一族を廃しても、代わる者が必ず出てくる……侯爵や伯爵がいるからね。彼らの力を殺がずに帝都を制しても長い戦いが始まるだけ、そうなれば奴隷となっている人々が苦しむだけだろう。

それに『隷属の首輪』をどこで作っているかもわからない。遠回りかもしれないが、それらを調べて虐げられた者達に被害が及ばないように進めたい」


「閣下の仰るとおり、物事には順序がある! 帝国内で大戦争が起きて困るのは、お前達の家族だろう!」


 シノブに続いてアルノーも、部下の獣人達へと声を張り上げた。そして隊長格の獣人達も、アルノーに賛意を示すように頷いている。


「申し訳ありませんでした!」


 そんな上官の姿を見た兵士達は、少し頭が冷えたようだ。ギュンターという兵士が頭を下げると、続いて周囲の者達もそれに倣う。


「いや、構わない。私も、帝国をこのままにしておくつもりはない。だが、それには長い時間がかかるだろう。だから、これからも一緒に戦ってくれ」


 シノブは穏やかな笑みと共に、静かにギュンターに語りかける。彼は、自身の言葉が嘘ではないと示すように、真っ直ぐに熊の獣人の兵士を見つめていた。


「はい! どこまでもお供します!」


 シノブの真剣な目に、熊の獣人ギュンターも偽りはないと思ったのだろう。彼は(ひざまず)いて頭を下げる。


「心配する必要はないぞ! ベルレアン伯爵領に現れて僅か半年で帝国との戦に勝利し、領地を得たシノブ様だ! 一年後にはメグレンブルクくらい手に入れるに違いない!」


「そうですね! 帝国は皇帝直轄領と10の伯爵領でしたか……それなら11年後には解放完了ですね!」


 今まで黙っていたマティアスが、場を盛り上げるような明るい口調で叫ぶと、それに続いてシーラスまで(ひょう)げた様子で楽観的な未来を語る。


「いえ! シノブ様なら、その半分で成し遂げても不思議ではありません!」


──いえいえ! そのまた半分かも!──


 なんと、アミィまで二人の司令官に続いていた。更に彼女の腕に止まっているホリィも思念でシノブに伝えてくる。


「皆……ともかく、帝国との戦いを避けるつもりはない。その一歩が今回の作戦だ。君達の戦いが、仲間の自由を取り戻す第一歩だということを忘れないでくれ」


 少々苦笑いを浮かべたシノブであったが、改めて兵士達に真剣な表情で自身の思いを伝えた。

 そして、そんなシノブの言葉に、彼を見つめる兵士達も真顔で頷いていた。今日は五つの村。そして明日も五つの村。その速度だと十年では終わらないだろう。だが、今はあくまで帝国の実情を探る段階だ。シノブ自身も、そう思いながら焦りを抑えてきたのだ。

 そんなシノブの内心が伝わったのか、ギュンター達にも最前のような浮ついた様子はない。そして彼らは、遠い未来を語りながら、再び自分達が成した小さくも歴史的な一歩に対し祝杯を上げていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年4月21日17時の更新となります。


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