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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第10章 フライユ伯爵領の人々
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10.19 王女が街にやってくる 前編

「しかし、セレスティーヌ様がいらっしゃるとは思いませんでした」


 シノブは、サロンのソファーに座る王女セレスティーヌを苦笑いしながら見つめていた。そんなシノブに、向かい合わせに座っている彼女は、にこやかに微笑んでいる。


「私も、伯父上かアルベリク殿が来るとばかり思っていましたが……」


 シノブの隣に座るシャルロットも、従姉妹のセレスティーヌに疑問混じりの表情を見せていた。なお、彼女が言う伯父とはアシャール公爵ベランジェであり、アルベリクとはその嫡男の名だ。


「でも、またセレスティーヌ様とお会いできて嬉しいです!

……シャルロットお姉さまも、そう思いませんか?」


 一方、姉のシャルロットと反対側に座ったミュリエルは、その言葉通り輝くような笑顔を見せていた。そして彼女が姉に同意を求めるように振り向くと、銀に近いアッシュブロンドがサラリと揺れる。


「ありがとう、ミュリエルさん。シノブ様も、シャルお姉さまも、あまり意地悪を言わないで下さいませ。

私は特別巡見使の大役を果たすため、シェロノワに来たのですよ?」


 王女セレスティーヌは、その青い瞳に悪戯っぽい笑みを浮かべながら、シノブ達に答えた。

 彼女の表情が示すとおり、別に怒っているわけではないようだ。それどころか、彼女は意表を突いて友人達を驚かせたような、楽しげな雰囲気を(まと)っている。


「ええ。陛下のお言葉を聞いたときには驚きましたが……」


 シャルロットが口にしたように、岩竜ガンド達と国王アルフォンス七世の会談が終わった後、シノブ達は王宮で開かれた竜を歓迎する(うたげ)に招かれていた。


「ともかく、昨日は良い一日でした。ガンドさん達とのパレードも感激しましたし、祝宴でゆっくりお話できたのも楽しかったですわ」


 セレスティーヌは、前日の様子を思い出すかのように、うっとりとした表情になった。

 会見の後、ガンド達は国王やシノブ達と共に王宮前の大通りまで移動し、王都の民に改めて姿を示した。会談は早朝行われたため、時間は充分ある。そこで、シノブ達や国王を始めとする王族を乗せて、中央区を一回りすることになった。

 当初アルフォンス七世は、交流を願った相手に対して乗り物扱いは無礼だと躊躇(ためら)った。だが、竜と並んでも人の姿など見えはしない。それにガンド自身の勧めもあったので、その背に乗って王都をパレードしたのだ。


「祝宴は楽しかったですね! ガンドさん達が牛を丸呑みしたのには驚きましたけど!」


 ミュリエルも、王女の言葉に賛意を示した。今回、竜達がいるため彼女はあまり注目されなかった。そのせいか、以前の王宮訪問ほど緊張しなかったようである。


 そしてミュリエルが言うように、祝宴ではガンド達をもてなすために丸焼きにした牛が十数頭ほど振舞われた。

 もっとも竜達は宮殿に入ることは出来ないから、王宮脇の練兵場に場を移しての野外パーティーである。

 シノブとアドリアンが決闘をした練兵場には観戦席もあるし、竜達が寛げる広さもある。したがって、巨竜を相手の(うたげ)にはちょうど良い。

 とはいえ、竜達が食料とする魔獣など王都にはいない。そこで彼らには牛などを調理して振舞った。当然、調理した牛からは魔力など失せており、本当の意味では竜の糧とはならない。しかし、普段は調理したものを食べないガンド達は、珍しげに平らげていた。


「ええ、私も驚きましたわ。

でもシノブ様達は、私が特別巡見使となったことのほうに驚いていたようですけど」


 実は、王女の特別巡見使への就任は、その宴席でシノブ達に伝えられたのだ。

 この特別巡見使というのは、今回初めて設けられた役職である。その職務は、各貴族の領地を巡って査察するというものだ。もっとも、監査というよりは実情を知るための視察という程度であり、親交を深めるのが主目的だという。

 要は、ベーリンゲン帝国との戦の後にシノブが国王達に提案した、各伯爵領での持ち回りの会議の前段階とでもいうべきものらしい。王族の一人が特別巡見使に就任し、現地に暫く逗留して視察や会談を行う。そういう背景もあり、シノブも特別巡見使自体には賛成した。

 だが、就任したのがセレスティーヌで、その最初の訪問先が、ここシェロノワだという事実には、国王達が何を意図しているのか理解せざるを得なかった。


──アミィ、これはやはり……──


 シノブは女性達の話を聞きながら、ソファーの脇に控えているアミィに心の声で問いかけた。


──はい、シノブ様と王女様の接する機会を増やすためだと思います。いきなり結婚などと言うつもりはないようですが、親密になってほしいのかと──


 アミィは澄ました表情のままだが、苦笑しているような思念を返してくる。

 王家がシノブに強制するつもりがないせいか、彼女の心の声にはどこか余裕が感じられた。


「……それでセレスティーヌ様、シェロノワの視察は、どれくらいを予定しているのですか?」


 シノブは、王女やその後ろに立つ白百合騎士隊のサディーユやシヴリーヌへと意識を向けなおした。

 セレスティーヌは、二人の女騎士の他には、僅かな侍女を連れてきたのみだ。シノブ達と共に魔法の家で移動したため、身軽なものである。


「まあシノブ様! 来たばかりなのに、もう帰る日を聞くのですか?」


「いえ、そういうわけではありませんが……」


 セレスティーヌは笑ったままであり、別に機嫌を損ねたわけでは無いらしい。だが、確かに愛想の無い態度だったと思ったシノブは、苦笑せざるを得なかった。


「シノブ様達は、数日後からお忙しいとか。また、もうすぐシノブ様の誕生日だと伺っています。

ですから、少なくともそれまでは逗留させていただきますわ」


 王都で一泊したため、今日は2月5日である。そして、シノブの誕生日は2月14日だ。

 実はこの十日弱の間に、シノブ達は帝国で奴隷となっている獣人達の一部を救出する予定である。そのため金鵄(きんし)族のホリィは、最終確認のために作戦の対象となる帝国の村を確認しに行っているし、アルノー達は獣人達で構成された実行部隊に総仕上げというべき厳しい訓練を行っている。

 ついに、帝国から解放された獣人達の宿願である救出作戦が、三日後から開始されるのだ。


 セレスティーヌには内密にそれらを伝えているため、これから暫くの間、シノブ達が忙しいのは理解している。そのため、作戦終了後に落ち着いてフライユ伯爵領の様子を視察しようと考えているのだろう。


「お誕生日には、お父さまやお母さまもいらっしゃるのですね!?」


「ああ。義父上や義母上達も、魔法の家でお連れする予定だよ。

……もちろん、フェルナンさんやサビーヌさん達もね」


 嬉しげなミュリエルに、シノブは微笑みと共に頷いてみせた。そして彼は、ミュリエルの向こうに座っているミシェルに、彼女の両親の名前も告げる。

 王国の自由通行権を得たこともあり、シノブは自身の誕生日にベルレアン伯爵達を招くことにしたのだ。また、アシャール公爵も王の名代として参加することになっており、彼も迎えにいくことになっている。


「ありがとうございます! シノブお兄さま!」


「ありがとうございます!」


 両親に会えると聞いて、ミュリエルとミシェルは満面の笑みを浮かべた。まだ9歳のミュリエルに6歳のミシェルだ。普段は元気にしている彼女達だが、内心では親と会いたいと思っていたのであろう。


「気にしないで。南のラコスト伯爵も招いているし、義父上達にも来て頂いたほうが落ち着くよ」


 シノブが言うとおり、来訪するのはベルレアン伯爵だけではない。最も近い伯爵領の主であるラコスト伯爵レオドール・ド・ロセルとその家族が来訪するのだ。

 更にアマテール村からもイヴァールやタハヴォが来るし、シェロノワにいるカンビーニ王国とガルゴン王国の大使の子供達、アリーチェとナタリオも出席する。


 ともかく親交が深いか距離的に近い者を招いた形であるが、王女に公爵、二人の伯爵に外国からの賓客と錚々(そうそう)たる顔ぶれである。


「シノブ。準備は私達に任せて下さい。貴方は作戦の方を」


 シャルロットは、シノブに優しい笑顔を向けている。

 彼女が言うように、シノブは救出作戦で『隷属の首輪』を魔力干渉により無効化するという役目がある。そのため、そちらに専念することになっていた。


「ああ。こちらは大丈夫だ。後は実行するだけだしね。

だからミュリエル、明日は街に出ようと思うんだ。『大武会』での約束があるしね」


 シノブは、治療院や領都の商会を視察するという名目で、ミュリエル達と散策することにしていた。既に、作戦の準備は終わっているし、基本的に彼は『隷属の首輪』の無効化をするだけである。したがって、彼自身は作戦決行まで時間が空いているのだ。


「ではシノブ様、私も同行しますわ。これが特別巡見使としての初仕事ですね!」


「セレスティーヌ様……わかりました。それでは御案内いたします」


 王女の言葉に一瞬戸惑ったシノブだが、結局は彼女の言葉に頷いた。

 ミュリエルを案内するというのに、危険だからという言い訳は通用しないだろう。どうも今回は、セレスティーヌに押され気味のシノブであった。


「『魔竜伯』シノブ様のエスコート、楽しみですわ!」


 セレスティーヌは輝くような笑顔となる。

 ちなみにセレスティーヌが口にした『魔竜伯』は、昨日アルフォンス七世から正式にシノブの二つ名として与えられていた。

 ベルレアン伯爵コルネーユが『魔槍伯』、その父アンリが『雷槍伯』だ。どうやらこの国では、こういった二つ名が好まれるようである。


「ではセレスティーヌ様。明日の準備もありますので、これにて失礼いたします。……シャルロットとミュリエルは、セレスティーヌ様のお側にいてくれ」


 シノブはソファーから立ち上がる。

 王女を連れて行くなら、警備体制も見直さなくてはならない。領都守護隊司令ジオノや領都守護隊の本部隊長であるラシュレー大隊長を執務室に呼ぼうと、シノブは思ったのだ。

 そこでシノブは妻とその妹を王女の下に残し、アミィと共にサロンを後にした。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……では、ジェレミー。警備を頼むよ」


 執務室に移動したシノブは、ジュスタン・ジオノとジェレミー・ラシュレーを呼び寄せて、明日の警備について相談した。その結果、ラシュレー大隊長自身が警護陣を率いることとなった。彼は領都守護隊の本部隊長だから、妥当な人選であろう。


「はい、お任せください」


「ラシュレー大隊長なら間違いないでしょう。それに、優秀な部下も増えましたからな」


 ラシュレー大隊長が綺麗な立礼をし、領都守護隊司令ジオノが、そんな彼を頼もしそうに見つめている。


「部下か……バンヌ・バストルとファルージュ・ルビウスだね」


 シノブは、先日の『大武会』の本選に出た二人を思い出した。彼らは中隊長としてラシュレー大隊長の下に配属されていた。元々中隊長であったバストルは横滑りの異動だが、ファルージュ・ルビウスは本選出場による抜擢である。

 先の戦いの後、父の元農務長官トリニタン・ルビウスが裁判にかけられ、危うく重刑となるところをシノブの判断で高地開発への従事で許された。そのためファルージュはシノブ達に感謝していたようだが、今回の抜擢で更に忠誠を誓っていた。

 バストルも国境の砦から中央への栄転であり、非常に喜んでいるらしい。そんな彼らは、ラシュレーの腹心として精力的に働いているようである。


「はい。『大武会』で活躍した獣人達は、救出作戦に加わっています。ですから他に領都に残っているのは、東門守護隊長となったガリエ大隊長くらいです」


 ラシュレー大隊長が言うように、大会本選に出た獣人達は、アルノーの下で作戦の準備をしている。そのため、領都に残っているのは第二回戦に進み大隊長に昇進した人族のバリスト・ガリエだけである。


「そもそも、シノブ様にシャルロット様やアミィ様、そして『大武会』を制したミレーユ殿に、準決勝まで進んだラシュレー大隊長がいますからな。これで手出しを出来る者など、それこそ竜ぐらいかと」


 ジオノ司令は、その巨体に相応しい大声を張り上げた。彼は、シノブやアミィを心底から信頼しているらしく、その表情には何の憂いも無い。


「心配はしていないが、かといって過信もすべきではないよ。何しろ警護対象は王女殿下に外国の大使の子供達だ。万が一にも失敗は許されない」


 シノブも言葉の上では注意するが、その顔には穏やかな微笑みを浮かべたままだ。その横に控えるアミィやジェルヴェも、シノブの言葉に頷きはするが、自然体を保ったままである。


「ラシュレーさん。アルバーノさんは、どうしていますか?」


「ああ、彼は中隊長格として研修を開始しました」


 ラシュレーは、侍女ソニアの叔父であるアルバーノ・イナーリオの現状を、アミィに伝えた。


 つい先日、シェロノワに戻ってきたアルバーノは、無事にシノブの家臣となっていた。

 元傭兵で帝国の戦闘奴隷にされていた彼だが、その間に身に付けた身体強化能力は群を抜いており、解放された獣人同士の模擬戦では三十人抜きをした逸材である。

 その実力は『大武会』の本選出場者と比べても遜色はなく、実際にバンヌ・バストルやファルージュ・ルビウスと模擬戦を行っても、一枚上を行っているという。


 実はアルバーノが戻ってきたときシノブ達は国王とアマテール村に行っており、ジェルヴェが身柄を預かっていた。そして、シノブがアマテール村から戻った後に、ラシュレーの下に付けたのだ。

 その後も、再び王都に行くなど忙しかったため、アルバーノについてはラシュレーやジオノに任せきりとなっていた。


「そうだ、アルバーノを警護に加えることはできないか?

彼はカンビーニ王国の出身だし、アリーチェ殿と同じ猫の獣人だ。その上、ソニアと彼はアリーチェ殿と遠縁らしいし。

故郷の者がいたほうが、アリーチェ殿も寛げると思うが?」


 ガルゴン王国の大使の子供、虎の獣人のナタリオも猫科の獣人である。そんなこともあり、シノブはアルバーノやソニアを連れて行こうと思ったのだ。


「なるほど、それは良いかもしれませんな。どうだ、ラシュレー大隊長?」


「問題ありません。それでは彼に伝えておきます」


 シノブとジオノに問われたラシュレーも特に異論は無いようである。

 元々、アルバーノはカンビーニ王国の従士階級の出であり、貴族の従者に相応しい礼儀作法も身に付けているという。もちろん、南方とこちらの作法には多少の違いがあるが、基本は同じである。


「そうしてくれ。それでは、明日はよろしく頼むよ」


 シノブは、ラシュレーに頷き返し、翌日の警護の話を終わりにした。


「はっ!」


「それでは失礼します」


 ジオノ司令とラシュレー大隊長は、深々と礼をすると、シノブの執務室から下がっていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……そういうわけで、アルバーノも連れて行くことにしたよ」


 夕食後、自身の居室に下がったシノブは、隣に座るシャルロットへと執務室で話した内容を伝えた。今日の彼女は、終日セレスティーヌの案内をしていたため、領軍本部へも出向いていない。そのためアルバーノのことも知らないはずである。


「彼はアリーチェ殿やナタリオ殿と話が合うでしょうし、良いと思います」


 シノブの予想通り、シャルロットは初耳だったらしい。あれから彼女やミュリエルはセレスティーヌに館の案内をしたから、知る機会がなかったのだろう。

 前回セレスティーヌが国王と共に訪れたときは、お忍びであったため(ろく)に案内もしないままだった。そこで今日の彼女達は、ゆっくりと各所を巡ったわけだ。

 もっともシャルロット達は、大半を完成間もない別館の温泉で過ごしたらしい。


「セレスティーヌ様も、温泉を気に入られたようです。それに、温室も」


 十日と少々前にシノブが館の庭に掘った温泉だが、滞りなく領主や来客が入浴するための別館も完成したため王女をそこに案内したらしい。アマテール村で温泉に入った彼女達は、新造間もない浴場を存分に堪能したという。

 もっとも、柔らかなソファーで寛ぐシャルロットも、満足げな表情である。彼女自身も心ゆくまで温泉を満喫したのだろう。


「ところでアミィ、別館の温室では何を育てるんだ?」


 妻の言葉にシノブは別館に作った温室のことを思い出し、向かいに座るアミィへと訊ねかけた。

 別館にはアミィの発案で温室が造られたが、そこはまだ空のままである。シノブやアミィの魔術での支援もあり、僅か十日で完成した別館だが、出来たばかりのため、まだ植物などは持ち込まれていないはずだ。


「まずは稲ですね。幸い、ナタリオ殿から高地に適した品種の種籾(たねもみ)もいただきましたし、苗を作ってみようと思います。それに自由通行権も授かりましたし、いずれは南方の植物を手に入れようかと思います。ガルゴン王国やカンビーニ王国にも、いずれ行くと思いますし」


 アミィが言うように、彼らは南方の二国にも招かれていた。竜の飛来を見た両国の大使が国王への面会を懇願し、彼らも祝宴へと加わったのだ。その結果、時期は未定ではあるが、いずれは両国にも訪問することが決まっていた。


「まあ、そっちはいつになるかわからないけどね」


 シノブは、最初は国内から回ろうと考えていた。そのため、両国への訪問は、早くても三月以降、遅ければ四月以降にするつもりであった。


「ええ。ですから、まずはアムテリア様から授かった茄子も育てようと思います」


 居室には、シノブとシャルロットのほかにはアミィだけである。そのため彼女は、アムテリアが授けた寒冷地でも育つという茄子のことを、その由来を伏せずに語っていた。


「ああ、あの茄子か。

いくら寒冷地で育つとはいえ、真冬じゃ無理だろうしね。まずは温室で、ってことか。

南の方にも、いずれは行ってみたいね。エリュアールやマリアン、あと南じゃないけどポワズールとか」


「シノブは本当に海が好きですね。特別巡見使の護衛役を拝命したことですし、各伯爵領を巡ることになるとは思いますが……」


 シノブの挙げた伯爵領は、全て海沿いだ。それを聞いたシャルロットは、微笑ましさの中にも若干の(あき)れを滲ませた表情をしていた。


「まあ、ガンドと海を巡る必要があるからね。まさか、海竜(かいりゅう)を探すことになるとは思わなかったよ」


 シノブが言うように、王都メリエでガンドは意外なことを国王達に伝えていた。

 祝宴中に王が見せた地図によれば、王領には彼ら岩竜が好む場所は存在しないらしい。そのため王領に竜の狩場を設けるつもりはないと答えたガンドだが、代わりに海竜を紹介しようと国王アルフォンス七世に告げたのだ。

 王領の西方と南部の一部には海岸線がある。それ(ゆえ)、海に棲む竜族が王領の沿海を気に入れば、そこを縄張りとする可能性はあるというのだ。

 岩竜ガンド達は言ってみれば土属性だが、海竜は当然水属性である。そして海竜だが、普段は大海原を回遊しているらしい。

 ガンドが語る内容からすると、海竜は地球の首長竜のように海中での生活に適応した姿をしているようだ。しかし彼らは岩竜と同じく重力操作も出来るから、陸地に上がることも可能らしい。


「陛下達も期待されていますし、見つかると良いですね。ですが、海や魚のことばかりで私達のことを忘れては困ります」


 シャルロットはシノブに身を寄せ、肩に頭を預けた。夫を(とが)めるようなことを口にした彼女だが、顔には幸せそうな笑みが浮かんでいる。

 普段は凛とした態度を崩さないシャルロットだが、シノブと二人きりのときやアミィしかいないときなどは、こういう甘えたような仕草をみせることがある。それだけ彼女は、夫であるシノブや共に同志として歩むアミィに心を開いているのだろう。


「忘れるものか。愛しているよ、シャルロット」


 もちろんシノブも、妻の気持ちを理解している。そこでシノブは、彼女の耳元で甘く優しい言葉を(ささや)いた。


「それじゃアミィ、明日も早いからもう休もうか」


「はい! それでは、シノブ様、シャルロット様、お休みなさいませ!」


 シノブの言葉にアミィは立ち上がり、テーブルに出していたティーセットを片付け始めた。シノブとシャルロットも、甲斐甲斐しく働く彼女を微笑ましく見守りながらソファーから離れる。

 そして就寝前の温かな一時を過ごした彼らは、明日への英気を養うべく、それぞれの寝室へと下がっていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年4月13日17時の更新となります。


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