10.18 水晶宮で逢いましょう 後編
三頭の岩竜は、高度100mほどを保ったままで王宮の周囲を一周した。
広大な王宮の敷地は周囲を高さ8mほどの城壁で囲まれているが、伯爵家の別邸の三階からであれば城壁越しにその庭を覗くことは可能である。
とはいえ、上空から見る光景はまた格別だ。しかも魔力で重力操作をする竜達は、人が歩くほどの速度でゆっくり飛行している。
そのためシノブは、オルムルの背から『メリエンヌ古典様式』の代表的な建築物である大宮殿を、心ゆくまで鑑賞することができた。
シノブの眼下に広がる大宮殿、左右対称の巨大な建築物は本来真白き外壁である。しかし今は地平線から昇りゆく朝日に照らされて、うっすらと赤く染まっていた。そして、その隣には回廊で繋がった小宮殿や騎士隊本部などがある。それらの建物が整然と配置された王宮は、空から見るととても美しい。
更に敷地の要所要所に聳える尖塔も、壁面の煌めくタイルと大きな窓ガラスが曙光に照らされ薔薇色に染まっている。そんな物見の塔の、天に向かって突き上げられた巨大な馬上槍のような威容は、水晶宮という名の由来となるに相応しい優美かつ荘厳なものだ。
「綺麗だな……」
──はい! まるで、狩場の北の山に朝日が射したみたいですね!──
シノブが思わず呟いた言葉に、オルムルが答える。どうやら彼女は、今の狩場の北方にあるリソルピレン山脈のことを言っているようだ。
メリエンヌ王国とヴォーリ連合国の境界である山脈は、ベルレアン伯爵領にある峠以外は越えることができない高山地帯である。そのため、冬場になれば当然雪で覆われる。確かに、純白の宮殿を照らす陽光は、白き山脈を朱に染めているようでもあった。
「……さて、一周したし宮殿に向かおう!」
──わかりました!──
およそ十数分で王宮の周囲を巡った後、シノブはオルムルに大宮殿前の庭に向かうように指示をした。
王都の人々に姿を見せるため岩竜達にゆっくり旋回してもらったが、もうお披露目は充分だろう。いよいよ、国王と竜達の会見だ。
「ほら、あそこだ! あの広場に下りてくれ!」
シノブは、白く輝く石と黒っぽい石が見事な模様を描く大宮殿正面の広場を指差した。
白と黒の石畳の上には、王家の紋章である白い百合と、それを囲む獅子や双頭の鷲、狼などが描かれている。どうやら白百合を囲んでいるのは、王家や七伯爵家の紋章に描かれている動物達のようである。おそらく、王家と七伯爵家の融和と発展を表したものなのだろう。
そして、そんな見事な地上絵を前に、国王アルフォンス七世や王族達を中心に閣僚を始めとする貴顕達が並んでいた。大宮殿を背に待つ彼らは、昇り行く日の光に目を細めながら三頭の竜を見上げている。
アルフォンス七世の左右には、先王エクトル六世に、王太子テオドール、そしてそれぞれの妃がいる。もちろん、王女セレスティーヌも兄である王太子の隣で、竜を見つめている。
その両脇には、閣僚である六侯爵が三人ずつ控えている。既に二月であり侯爵以外の上級貴族達は自領に戻っており、公爵や伯爵は一人を除いてはいない。当然、その一人とは、公爵家筆頭のアシャール公爵ベランジェである。
だが、彼は王族の列にはいなかった。なんと公爵は数歩前に進み出て、シノブ達に両手を振っていた。
「お~い! ここだよ! ここ!」
初めて竜を見て緊張した様子の者達とは違い、公爵は気安げな笑顔である。確かに、彼は何度か竜に会ったし、その背にも乗った。そのためか、厳粛な雰囲気で迎えようとしている国王や閣僚達とは好対照の飾らなさであった。
「まったく、義伯父上は変わらないな」
シノブがそんな彼に笑いを漏らしていた。おそらく公爵は場を和らげようとしているのだろう。
実際には国王や王女も竜と会っているが、それは秘事である。そこで彼は唯一竜を知る者らしく、率先して親しげな様子を示しているのではないか。そう思ったシノブは、公爵の笑みが移ったかのような朗らかな笑顔となっていた。
一方、その間に竜達は地上に降りていた。子竜のオルムルを中心に成竜のガンドとヨルムが左右に並び、地上に伏せる。乗り手であるシノブ達を降ろすためだ。
全長3mほどのオルムルは、せいぜい馬を少々大きくしたようなもので、彼女に乗っているシノブが降りるのに苦労はない。だが、およそ20mの巨体の親竜達から降りるのは、一苦労である。地に伏せたといっても、背の上は高さ3mを超えるのではなかろうか。
だが、幸い騎乗している者達の大半は軍人達であり、高度な身体強化ができる。
ガンドに乗ってきたのは、フライユ伯爵家付きの子爵であるマティアスとシメオン、それに先々代フライユ伯爵夫人アルメルと、その従者達だ。
マティアスとシメオンは、アルメルに手を貸し地上に降ろし、従者のアルノー・ラヴランとジェレミー・ラシュレーも、侍女のアンナを手助けしている。
ヨルムのほうも、ミュリエルを抱きかかえるようにしたシャルロットを、従者のアリエルとミレーユそしてアミィが守りつつ、石畳に降り立った。
そして彼らはシノブを中心に竜の前に整列する。対面の王侯貴顕と同様に、シノブの左右にシャルロットとミュリエル、更にその右脇にはアルメル、左脇にはシメオンとマティアスだ。なお、従者達は彼らの後ろに控えている。
一方竜達は、それぞれの体を持ち上げた。オルムルは人より少々高いくらいだが、ガンドとヨルムの恐ろしげな顔は、地上10m近い高さにある。そんな成竜達の巨躯に、対面に並んでいる者達の一部は、思わずどよめき後退っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「フライユ伯爵シノブよ。此度の竜との仲立ち、ご苦労であった」
一歩前に進み出た国王アルフォンス七世は、建前通りに今回初めて竜と会ったという風を装い、彼を労った。
「勿体無いお言葉。北のヴォーリ連合国と同様、我らも竜と共存共栄の道を歩むべきと考え、竜達に声をかけたまでです。幸い、陛下の仁慈を知った竜達も快く応じてくれました。全ては陛下の威徳のなせる業かと。
陛下。こちらが岩竜のガンド。そしてこちらがその番のヨルム。中央が子竜のオルムルです。
……ガンド、あのお方が我らの主君、アルフォンス七世陛下だ」
シノブも筋書きに沿って双方を紹介していく。
まず彼は、竜達を見つめる一同にわかりやすいように、三頭の竜を示しながら彼らの名を口にした。そして同じように、ガンドに向かって語りかける。シノブは、芝居じみた台詞に内心苦笑しながらも、己の役割を演じていった。
そして、その後も滞りなく儀礼的な会話が交わされていく。王は自身の一族をガンド達に紹介し、ガンドもそれに思念と『アマノ式伝達法』で答えている。
国王や先王、王太子は竜が吼え声の長短で表現する『アマノ式伝達法』を問題なく理解している。そもそも『アマノ式伝達法』は先のガルック平原での戦いでも活用され、王国の新たな伝達方法として主要な街道に展開中の技術である。したがって軍人達の習得必須技能となっていたし、全軍の統率権を持つ国王やその跡継ぎ、補佐をする先王も習熟している。
そのため大半の者は竜の語る内容を理解していたが、念のため王国軍の士官が大声を張り上げ通訳をしていた。
一方ガンド達は言葉こそ喋れないものの、人語を解する高度な知能の持ち主だ。それ故、彼らの会談は問題なく進行する。
アルフォンス七世とガンドは、和やかに語らっていく。互いを尊重しつつ共に暮らす道を探っていこうと話す彼らに、シノブは微笑みを隠せなかった。
「ガンド殿。そなた達岩竜を、我らは独立した勢力と認める。我らはそなた達と共に栄えたい……そなた達が自由に我が国を移動することも認めよう。
しかし大空を往く竜といえど、人の暮らしには詳しくない模様。そこで案内役として、そなた達が友とするフライユ伯爵をつける。彼にも同等の通行権を与え……」
「陛下! それは短慮かと!」
つつがなく終わろうとしていた王と竜の会談に、突然叫び声が割って入った。
シノブが声のした方向を見ると、右端のほうから一人の文官が小走りに進み出てきた。シノブが見つめる中、中年の文官は王の前で跪き、深々と頭を下げた。更に、もう少し若い軍人が、文官の後方に同様の跪礼で控える。
「シトリヤン子爵……後ろはギャワン男爵か。主の言葉を遮るとは何事だ」
王領付きの子爵や男爵は合わせて80人ほどいるが、アルフォンス七世は、その全員を把握しているらしく、戸惑うことなく二人の名を口にした。しかし、その口調は穏やかではない。
なにしろ国と同様の相手と認めた竜との会談、要するに国家の代表者同士として語り合っていたところを家臣に邪魔されたのだ。表情こそ平静な様子を保っているが、内心の怒りが声音に滲んでいる。
──アミィ、確かシトリヤン子爵って……──
シノブは、アミィに対して心の声で尋ねかける。彼は、王の前に進み出た50過ぎの中年貴族の名に聞き覚えがあったのだ。
──ええ。シメオンさんが言っていた、フライユ伯爵家の傍系にあたる人ですね。ギャワン男爵は、その娘婿です──
アミィが答えたように、シトリヤン子爵は四代前のフライユ伯爵の曾孫にあたる。第十七代フライユ伯爵の三男がシトリヤン子爵家の婿に入ったのだ。彼は、内務卿ドーミエ侯爵の下で調達局長を務めている。
シメオンは、子爵の後ろにいる軍人ギャワン男爵を含め、伯爵家に縁のある者としてシノブ達に説明をしていたのだ。
シノブは、そんな彼らが何を言い出すのかと思ったが、王の前でもあり、そのまま口を噤んで様子を見ることにした。
「フライユ伯爵が、先の戦の大功で伯爵位と領地を得た。それは当然のことでございます。ですが、王国全体を自由に通行することは別ではないでしょうか?
それは、どの伯爵家にも認められていない特権です」
栗色の髪に琥珀色の瞳と、フライユ伯爵家の血を感じさせるシトリヤン子爵は顔のみを上げ、王への畏れを示しながら恭しげな口調で自説を述べた。
実は、侯爵や伯爵が他領を通行すること自体は制限されていないが、越境する際には形式的ではあるが関所での確認を受ける。ところが竜と共に自由に飛行するようになれば、それらの検査を受けずに行き来することになるだろう。
したがって、シトリヤン子爵の指摘もあながち的外れとは言えない。
「しかも、フライユ伯爵が持つ魔道具は、百人以上を瞬時に移動させることができるとか。そうなれば、断りなく他領に軍を連れ込むことすら可能ではありませんか」
後ろに控えた四十絡みの軍人ギャワン男爵も、青い瞳に若干の躊躇いらしき陰りを浮かべながらも、子爵に続いて発言した。
魔法の家で兵士を輸送したことは、従軍した王国軍人なら誰でも知っている。もちろん、王都の軍人や官僚も、その常識外の機能については帰還した彼らから聞いているはずだ。
そのためギャワン男爵が知っていても不思議ではない。
そんな子爵と男爵の発言に、居並ぶ貴族達の一部は動揺したような表情を見せている。
彼らが示した事実は、シノブとその配下の行動を制限できないことを意味している。それは、王都の官僚や軍人達にとって面白くないことなのだろう。
「ならば、どうすれば良いというのか?」
国王アルフォンス七世は、少々不機嫌さを滲ませながら、目の前の二人に問いかけた。
彼は、北の高地でのガンドとの会見で、アムテリアの強い加護を受けたシノブを神の使徒だと語っていた。そしてシメオンの推測では、それは王家や閣僚である侯爵達の総意であるらしい。
そのためか、国王のみならず先王エクトル六世や王太子テオドール、そして六侯爵達も不審げな表情を隠そうともしていない。
そんな中、国王達とシノブの中間に立っているアシャール公爵のみは、何故か楽しそうな笑みを浮かべながら、眼前の子爵を眺めている。
「フライユ伯爵も街道を往き関所を通過するべきでしょう。竜達が街道を通るわけには行きませんが、フライユ伯爵は別です。
並外れた友人を持ち稀有の魔道具を所有しても驕ることなく他と合わせる。それが礼節を知る者の取るべき行動かと。
ですが、竜達との交流のためフライユ伯爵にも便宜を図る、というのであれば、伯爵に証を立てて頂けば良いと愚考します」
王の前でもあり、シトリヤン子爵は柔らかな物言いを保ったままである。だが、その発言にはシノブへの嫉妬が見え隠れしているようだ。わざわざ『驕る』『礼節』などと言うあたり、彼の真意がどこにあるかが透けて見えるようである。
シノブと王家の間に溝を作ろうとしているのか、反対勢力の中心となることで何らかの利益があるのか。ともかく、彼は表面上は慇懃に国王への進言を続けていた。
「……証とは?」
アルフォンス七世も、それらの感情を感じ取ったのか眉を顰めたままである。だが、その一方で『証』という言葉には興味を惹かれたようだ。あるいは、何の証を立てろというのか、それを疑問に思ったのかもしれない。
「フライユ伯爵に己の出身地をお示し頂けば良いかと」
シトリヤン子爵が言ったことが意外だったのか、国王や王族達は虚を突かれたような表情をしていた。閣僚である六侯爵も、隣に立つ者と顔を見合わせている。
「シノブ君は『ニホン』という国の出身だよ?」
国王への遠慮から他の者が口を挟まない中、アシャール公爵は普段の朗らかな口調で子爵に話しかけた。
「はい。そう伺っております。ですが、我々はそう聞いただけです。
いえ、もちろん私も伯爵の言葉を信じております。とはいえ他の国、例えばベーリンゲン帝国から来たとしても、私達に確認する術はありません」
「シトリヤン子爵! いくら例え話でも失礼では!?」
子爵の揶揄するような言葉に、シャルロットが堪りかねたような声を上げた。彼女が半歩前に進み出たため、その美しいプラチナブロンドが微かに揺れ動く。
「残念ですが、故国は非常に遠いので戻ることは出来ませんが」
国王の視線を受けたシノブは、シャルロットを制しながら主君にやんわりと返答した。
シノブは、家族や非常に近しい者を除いて、地球から来たことを秘密にしている。そのため他の者には、この世界のどこかにある『ニホン』という国から魔法装置の暴走でメリエンヌ王国に転移した、と説明していた。もちろん、実際にはこの世界に『ニホン』などという国はない。
いずれにせよ、シノブが己の出身地を彼らに示すことは不可能である。そこで、シノブは従来の説明通りに答えたのだ。
「ですがフライユ伯爵。貴方がお持ちの魔道具は一瞬で遠方に移動できるとか。しかも竜達は、ヴォーリ連合国どころか更に遠方から飛来していると聞きました。竜の協力があれば、故国に帰ることも可能では?」
国王の許可を得ずシノブと言葉を交わすシトリヤン子爵は無礼ではあるが、彼の言葉を聞いた一同は、そんなことは忘れてしまったようである。
困惑したようなアルフォンス七世や王族と閣僚達、興味本位の表情で左右の者と囁きあっている一部の者達と、様々な反応ではあるが、子爵の発言が大きな反響を引き起こしたのは間違いない。
「調達局の局長は博学だね! そうだ、シノブ君も『ニホン』の品を売り込んだらどうかね?」
「はい。私も故国の物をご紹介したいのは山々ですが……」
アシャール公爵の突然の言葉に、シノブは彼の意図を完全には理解できなかったが、そのまま乗ってみた。実はシノブは、シトリヤン子爵が一部の商人達に便宜を図っているらしいと、シメオンから聞いていたのだ。フライユ伯爵家の遠縁に当たるだけに、シメオンも監察官などの伝手から情報を仕入れていたようだ。
「まあ、紹介だけでは調達局に納入することは出来ないかもねぇ……」
「こ、公爵閣下、私が不正を働いているとでも仰るのですか!」
アシャール公爵の言葉に、シトリヤン子爵は血相を変えた。今まで余裕ありげな態度を保っていた子爵と男爵だが、その表情は一変している。
「誰もそんなことは言っていないよ? でも、そう思うのは、何か理由があるのかな?
例えばソレル商会あたりと仲良くしていたとかね。どうかな、シメオン!」
「私より、監察官の方々のほうが詳しいかと。ルプレル監察官?」
アシャール公爵に声をかけられたシメオンは、その視線を騎士階級の官僚達が控えるほうに向けた。
「はっ! 陛下、直答をお許しください!」
「……許す」
官僚達の中から進み出た、30代の監察官は王から少々離れた場所に走り寄ると、子爵同様に跪いて発言の許可を求めた。対する国王は、興味深げな表情を見せながら、ルプレルへと頷いてみせた。
「シトリヤン子爵は、ソレル商会、ダルデンヌ商会、ヴェルネ商会から賄賂を受け取っています!
先日の各商会の閉鎖後、内偵を進めていましたが、局長かつ子爵の醜聞であり慎重を期したため、ご報告が遅れました! 申し訳ありません!」
深々と頭を下げたままであるが、静まり返った広場にルプレル監察官の声は響き渡っていた。そして告発を聞いたシトリヤン子爵とギャワン男爵は、彼を恨めしそうな表情で睨んでいる。
「ご苦労。
……シトリヤン子爵。そなたの意見には一理あるが、そのまま受け取るわけにはいかないようだ。調べが済むまで、ギャワン男爵共々謹慎を申し付ける!」
「へ、陛下! 私は何もしていません!」
どうやらギャワン男爵は義父であるシトリヤン子爵を見捨てることにしたようだ。跪礼のままであった彼は、王の下に寄ろうと思ったのか、腰を浮かしかける。
「頭が高い! 無礼であろう!」
なんと大喝を浴びせたのは、シノブ達と並んでいたマティアスである。王族を警護する金獅子騎士隊の隊長であったときの癖が抜けていないのかもしれない。
「ぎゃわっ!」
そしてマティアスの軍靴に踏みつけられた男爵が、奇妙な苦鳴を上げた。
高度な身体強化を使いこなすマティアスが瞬間移動したかのように国王の前に現れ、膝行しようとするギャワン男爵を踏みつけたのだ。
「マティアス、その辺にしておけ。護衛官、二人を連行せよ!」
苦笑気味の国王の言葉に、周囲に控えていた武官達は我に返ったようだ。彼らはシトリヤン子爵とギャワン男爵を引き摺るように連れ去っていった。
◆ ◆ ◆ ◆
「ガンド殿。見苦しいところを見せてしまったな。どうか許してほしい」
──ふむ。人の間にも色々あるようだな。だが、そなた達のことはそなた達が解決すれば良い。我らは人と人の争いには口を出さん──
国王の言葉に、ガンドは思念と『アマノ式伝達法』で答える。
「ガンド殿のお言葉の通りです。人の思惑など竜族には関係ありません。そして人と人の間での決め事も」
「大神官殿か……どうしてここに?」
いつの間に来たのだろうか、白髪白髯の大神官テランス・ダンクールが広場に姿を現していた。そして彼の遥か後方には、大きな馬車がある。おそらく、馬が岩竜達に怯えるから遠方に停めたのだろう。
「大神アムテリア様から、竜族とシノブ様への贈り物を預かりましたので」
王の言葉に答えた大神官は、馬車の方を振り向いた。
彼の言う贈り物とは、四枚の大きな板のようなものである。2m四方ほどのそれの四隅を、それぞれ神官達が持って近づいてくる。更に30cm四方くらいの何かを捧げ持って来る者も一人いる。
「陛下。これは、大神アムテリア様が人と共存する竜の証として下さった御紋です。ガンド殿達の装具に付けていただくと良いでしょう」
そう告げる大神官の後ろでは、神官達が板状の物の表面を居並ぶ者達に見せていた。
それは、板というよりは厚手の革のような材質らしい。そして、その表面には白地に金色に輝く円盤と、それを囲む六つの異なる色をした三角形が陽光のように放射状に配置されている。
「おお……神々の御紋か……」
国王が呟いたように、それはアムテリアと六柱の従属神を表した紋章だった。中央の円が最高神で光の神であるアムテリア、周囲の赤や青、緑などの六つの三角形が従属神達である。
大きな四枚が成竜、そして小さな一枚がオルムルのためのものらしい。どうやら、アムテリアはガンドとヨルムだけではなく、ヴォーリ連合国の狩場に住まうヘッグとニーズの分も用意したようだ。
「そして、シノブ様にはこちらを」
「これは……」
大神官がシノブへと手渡したのは、同じ紋章が刻まれた懐中時計くらいの大きさの白い小箱だ。箱といっても薄い板状であり、厚めのスマートフォンか携帯電話といっても通用しそうである。
「おお……」
「なんて美しい……」
紋章付きの小箱をシノブが手に取ったとたん、それは七色の光を放ちだした。紋章の図形が、それぞれの色で光りだしたのだ。そして紋章の玄妙な輝きは、微妙に色調を変えつつ、まるで生きているように脈動している。
「御紋は、大神アムテリア様が託した方しか輝かせることは出来ません」
大神官が説明する中、神官達は三頭の竜にも紋章を近づける。
対するガンドとヨルム、そしてオルムルは、ゆっくりと動いて紋章に己の体を触れさせた。すると、シノブの小箱と同様に、それらも七色の輝きを放ち始める。
「なるほど……神から授かった御紋を持つ竜とフライユ伯爵なら、王国の自由通行権を持つに相応しい。
皆の者、異論はないな!」
「ははっ!」
国王アルフォンス七世の言葉に居並ぶ者達は賛意を示し、深々と頭を下げる。たとえシノブを妬む者がいたとしても、この神々しい輝きを見ては反対などできないだろう。
「……シノブ様、アムテリア様にお助け頂いたようですね」
「ああ。でも、もう少し早く授けて頂ければ、余計な一幕を見なくて済んだのにね」
アミィの囁きに、シノブは苦笑いを返した。
「シノブ様、それも大神の計らいでは? お陰で、問題の子爵達を排除できましたから」
シノブの言葉を聞きつけたシメオンは、微かに皮肉げな表情を見せていた。
もしかすると、彼とアシャール公爵はシトリヤン子爵達の暴発を待っていたのではないか。そう思ったシノブは、シメオンをまじまじと見つめていた。
「シメオン殿。やはり、彼らを泳がせていたのですね?」
シャルロットも、シノブと同じことを考えたようだ。彼女はシメオンに感嘆の視線を向けていた。
「はい。ソレル商会の調査には私も関わっていましたから。それにシノブ様の襲爵後は、フライユ伯爵家の縁者の動向に気をつけていました。
ですが、縁者の不祥事は公にしたくはありません。そこで先日アシャール公爵閣下がシェロノワにいらしたときに、内々にご相談したのです」
「それならそうと教えてくれれば良かったのに」
シメオンの囁きに、シノブは不満げな声を漏らした。
「汚れ仕事など、大神の加護を授かったシノブ様にお伝えすることではありません。それに、出来れば子爵達を諭して内密に済ませたかったのですが。
残念ながら、私の予想よりも彼らが愚かだった、ということですね」
「……ありがとう。これからも頼むよ」
シメオンが真顔で呟く言葉に、シノブはどう反応すべきか迷った。だが彼は、結局笑顔と共にシメオンに礼を言った。経緯はともかく、頼りになる仲間に助けてもらったことは間違いないからだ。
シノブは、装具の前面に紋章を付けてもらった竜達を見上げた。彼らは再び立ち上がって胸をそらし、祝福の咆哮を高々と上げている。
光り輝く紋章を胸に竜達が王国との交流を言祝ぐのを聞きながら、シノブは新たな時代が始まったと感じていた。そしてシノブは明るい未来への想像に顔を綻ばせつつ、嬉しげな竜達の足元に歩みよる王族達の姿を静かに眺めていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2015年4月11日17時の更新となります。




