10.17 水晶宮で逢いましょう 中編
「シトリヤン子爵! 話が違いますぞ! 竜が来るなんて!」
使用人に案内されて入室した軍人が、ソファーに座っている中年の男性に向かって血相を変えて叫んだ。
「見苦しい……君は由緒あるギャワン男爵家の当主だろう。……明日だと思う。内務省でも準備をしているな……」
ここは、王都メリエの中央区にあるシトリヤン子爵の邸宅である。彼らのように王家直属の官僚や軍人として働く貴族は、中央区の貴族街にそれぞれの邸宅を授かっている。
もちろん、七伯爵や六侯爵のような王宮に隣接した区画とまではいかないが、それでも爵位のない官僚や軍人の公邸に比べれば格段の差がある立地であり、敷地の広さも比べ物にならない。
しかし、そんな特権階級にある彼らではあるが、その分様々な悩みや苦労もあるようだ。
「ともかく、座ったらどうだ。……使用人は遠ざけている。悪いが手酌でやってくれ」
主のシトリヤン子爵、ヴァレール・ド・シトリヤンは苦々しげな顔をしながらも、向かいの席を勧めた。彼は、既に酒を飲んでいた。ワインのボトルが数本脇にあるが、そのうち一本は空になっている。
「子爵、だいぶ飲んでいるようですな?」
ギャワン男爵は、微かに眉を顰めていた。
既に日は落ちているから、酒を飲んでいても不思議ではない。だが、日没間もない時刻だというのに、もう一本空けているのは、流石に早いと思ったのだろうか。
「君とは違い、内務省から近いからな。今日は、郊外で演習でもしてきたのか?」
シトリヤン子爵は、赤ら顔でギャワン男爵を眺めた。
ギャワン男爵家の当主オレール・ド・ギャワンは王領軍の士官である。王都守護隊に所属し、普段は中央区の詰所で勤務する彼だが、今日は王都の外に出ていたようだ。その証拠に、軍服の裾が少々汚れている。
「ええ。詰所に戻ったら、竜が飛来しても動揺しないように、との通達が来ていたのです。フライユ伯爵が連れてくるそうで……」
ソファーに座ったギャワン男爵は、勧められた通り手酌でワインをグラスに注いでいる。シトリヤン子爵が50過ぎ、ギャワン男爵が40歳前後と10歳近い年齢差があるが、気にした様子もない。
それもそのはず、ギャワン男爵はシトリヤン子爵の娘を妻に迎えている。つまり、義理の親子なのだ。
「フライユ伯爵だと……簒奪者のくせに!」
今まで落ち着いていたシトリヤン子爵だったが、拳をテーブルへと打ち降ろす。
憤りをぶつけられ、卓上のボトルやグラスが微かに揺れる。しかし幸い倒れることはなく、子爵が怒りをぶつけた卓が鈍い音が響かせただけだ。
実は、子爵は四代前のフライユ伯爵の子孫である。先々代フライユ伯爵アンスガル・ド・シェロンの従兄弟の子なのだ。四代前の伯爵の三男がシトリヤン子爵家の婿に入ったため、フライユ伯爵家の数少ない男系であるのは間違いない。
それ故、前伯爵クレメンの死後、彼または彼の息子か孫が跡取りになるのでは、と期待していたようである。
「確かに……ミュリエル嬢は9歳だから、ヴァレリアンなら釣り合いも……」
酒杯に酒を注ぎなおしたギャワン男爵は、口ごもりながら答える。
ヴァレリアンとはシトリヤン子爵ヴァレールの孫である。そしてヴァレリアンには二人の妹がいるが、弟はいない。要するに、二代後のシトリヤン子爵となる嫡孫なのだ。
「そうだろう! ヴァレリアンは13歳だ! 初代フライユ伯爵ユーレリアン様の血を引くヴァレリアンこそが、フライユ伯爵になるべきだったのだ!
……それが、あのシノブとかいう異国人に!」
ギャワン男爵の困惑したような表情に気がつかなかったのか、シトリヤン子爵は声高に自説を主張する。そして、自身の言葉に勢い付いたのか、彼は更に酒杯を空にした。
「飲みすぎでは? 明日は王宮でしょう?」
そんな子爵を持て余したのか、ギャワン男爵は彼の呪わしげな言葉には触れなかった。どうやら、義父である子爵に口答えはしにくいようである。
「どうせ、私など下座に並ぶだけだよ。あの簒奪者が竜を我が物にしていると噂を流し、王家と隔意が生じるように扇動してみた。
……だが、このありさまだ。次の人事では平の内務官に降格されかねん……」
激昂していたシトリヤン子爵だが、今度は急に気弱な口調となる。酔いが回ってきたのか、それとも将来を案じたのか子爵は俯いてしまい、ギャワン男爵が彼の表情を窺うことは出来なくなった。
「子爵! 調達局の局長を降りたら、お終いですぞ!
局長だから我らの都合の良いように出来たのです。しかし、後任が調べたら……」
そんな弱気な子爵の言葉に、ギャワン男爵は悲鳴のような叫び声を上げた。
どうやら、彼らは汚職か、それに近いようなことをしているらしい。国の金を懐に入れているのか、それとも王宮の物資を調達するという立場を利用して商人達から賄賂でも貰っているのか。男爵の様子からすると、それに類する後ろめたい行為をしているようである。
「では、どうするのだ?」
「まだ、逆転は出来ます。私に考えがあります……」
顔を上げたシトリヤン子爵の耳元で、ギャワン男爵が何事か囁きかける。すると、子爵の表情は徐々に明るさを取り戻していった。
とはいえ子爵の顔には、闇の中に揺らめく怪しい鬼火に照らされた幽鬼のような、どことなく寒気がする笑みが浮かんでいる。どうやら、男爵が語る内容は、まともなものではないようだ。
そして、それを示すかのように、二人の貴族は黙って互いのグラスに酒を注ぐと、静かに掲げて中身を一気に飲み干した。
◆ ◆ ◆ ◆
そんな王都メリエでの一幕があるとは知らないシノブとアミィは、三頭の岩竜と共に高空を飛翔していた。もちろん、飛翔するオルムルの背に跨ってであり、二人が直接飛んでいるわけではない。
シトリヤン子爵邸での密談から数時間後、夜もかなり更けてきたが、彼らは人目につかぬよう上空およそ2000mを飛んでいる。
冬の夜空であり常人ではあっという間に凍死しかねない寒さだが、魔力障壁で防御し火系統の魔術で周囲を温めているシノブ達には、それも関係ない。それどころか、シノブにはオルムルに魔力を供給する余裕すらあった。
──シノブさん、凄いです! 父さまや母さまと同じくらい速く飛べます!──
何と、オルムルは両親であるガンドとヨルム、つまり成竜の二頭の全力飛行に劣らぬ速度で飛翔していた。元々、竜の飛行は魔力によるところが大きいようである。肉食恐竜に翼を付けたような彼らは、決して飛翔に向いた体つきではない。それに、地球の翼竜のように体重が軽いわけでもないようだ。
「やっぱり、ガンド達は重力を操作しているんだね」
以前からシノブは、彼らは魔力で直接揚力を得ている、つまり重力を操作していると推測していた。そして今日、オルムルに魔力を送り込むために同調したことで、彼はその答えを得た。
まさしく彼の想像していた通り、竜達は重力を制御して巨大な体を支え、飛翔も可能としているのだ。
「もしかして、シノブ様も出来るようになったのですか!?」
シノブの背にしがみ付くようにして騎乗しているアミィは、期待するような声音で彼に尋ねかける。ちなみに今まで、地上の魔術師で重力魔術を体得した者はいないらしい。
アミィも天狐族としてアムテリアに仕えていたときには、空から地上の様子を眺めていたが、シノブの従者として狐の獣人となったときに、そういった能力は失ったようである。
なお、金鵄族のホリィは風魔術で加速しているらしく、重力魔術を使っていない。元々飛翔に適した鷹であるため、風の操作で充分な推進力を得ることが出来るようだ。
「たぶんね……こうかな!?」
「シノブ様、なんだか引っ張られます!」
シノブが思念を集中すると、アミィが叫び声を上げた。どうやら彼女は、シノブのほうに引き寄せられたらしい。
──シノブさん、悪戯しないで下さい! 危ないです!──
──『光の使い』よ、オルムルの体勢が僅かに崩れたぞ! 試すのは後にしてくれ!──
シノブが重力魔術を使ったのは間違いないようである。オルムルとガンド、二頭の竜が思念で伝えてきたように、彼が重力の働く向きを捻じ曲げたため、飛翔に影響が出たようだ。
「ごめん! もうしないよ!」
シノブは頭を掻きながら、オルムル達に謝った。確かに、飛翔中にいきなり実験することでもない。
アミィによれば岩竜の全速飛行は時速400kmを超えているようだ。魔力をシノブが提供するから、普段なら極めて短い間しか使えない猛烈な速度を保ち続けているのだ。
そのため僅か二時間ほどで王都メリエまで達するが、シノブは時間を持て余し気味であった。
現代日本とは違い、深夜でも煌々と街灯りが輝いているわけではない。したがって周囲は真っ暗で何も見えず、シノブは少々退屈していたのだ。
とはいえ退屈と命を引き換えにするわけにはいかない。そう思ったシノブは重力魔術の実験を後日改めて行うこととし、大人しくオルムルの背に身を委ねた。
──そろそろ王都だと思いますが、いかがでしょうか?──
ヨルムは、位置把握能力に優れたアミィに問いかける。シノブのスマホの能力を引き継いだアミィは、現在位置をかなり厳密に知ることが出来るのだ。
「はい、もうすぐです! 王都なら、少しは灯りがあるはずです! あっ、あれです!」
アミィが言うように、ポツポツと光の煌めきが見えてきた。
メリエンヌ王国では、町以上には守護隊が配置されている。そして彼らは通常8時間ごとで交代し、24時間体制で治安を維持している。そのため、町以上であれば夜間働いている兵士が使う灯火を目にすることが出来るはずだ。
とはいえ、通常の町では詰所が一つあるだけで、上空から見れば光点は一つしか見えない。したがって、複数の灯火が円形に見えるのは、都市のような巨大な城壁とそれを守護する兵士達が密に配置されている場所だけである。
「皆さん、あの円の中央に向かってください! もうちょっと左に! そうです、そのまま!」
アミィはフライユ伯爵家の別邸の位置も完璧に把握しているとみえ、三頭の竜達を的確に誘導していく。そして王都の上空に達した岩竜達は、別邸の庭に向けて途轍もない速度で降下を開始した。
◆ ◆ ◆ ◆
そして翌朝早く、フライユ伯爵家の別邸の広間でシノブ達はかなり早めの朝食を取っていた。まだ日の出前であり薄暗いため、広間は灯りの魔道具で照らされている。
何故彼らはこんな早い時間から食事をしているのか。それは、間もなく王宮へと赴くからである。
「皆、悪いね」
「仕方ありません、ガンド達は目立ちますから」
すまなそうな顔を見せるシノブに、シャルロットは微笑を返す。
彼女が言うように、別邸の庭にはガンド達が待機している。全長3mほどのオルムルはともかく、ガンドとヨルムは20m級の巨体である。一応、彼らには地に伏せてもらい上から大きな帆布をかけているが、近隣の館の住人が察知する可能性はある。そのため、なるべく早く王宮に移動することにしていたのだ。
「日の出までは、あと30分くらいですね」
「良かった、まだ時間はありますね」
アミィの言葉に、黙々と食事をしていたミレーユが笑顔を見せた。
至急の要件でもないのに、日も昇らないうちから王宮に行くのは慣習に外れた行為らしい。そこで、日の出と共に別邸から飛び立つことになっていた。
そんな事情もあり、ミレーユは出立の時刻に遅れないように、急いで食べていたようである。
「ミュリエル、よく眠れたかな?」
シノブは、シャルロットと反対側に座っているミュリエルへと目をやった。彼女は王宮に赴いたことはほとんどない。だから、緊張していないか気になったのだ。
「はい、シノブお兄さま! 大丈夫です!
……その、お婆さまと一緒に休みましたし」
元気よく答えたミュリエルだが、最後のほうは頬を染めて恥ずかしげな様子であった。
この別邸は、昨年の秋に先代伯爵クレメンの次男アドリアンが数多くの使用人から魔力を奪い取り衰弱死をさせた場所である。そのため、彼女は一人で寝るのが怖かったのかもしれない。
もちろん、事件の現場であるアドリアンの居室は封鎖され、現在は使われていない。とはいえ、伯爵の息子の居室だから、現在シノブ達が使っている区画から遠くはない。そこで、祖母のアルメルと一緒に就寝したようだ。
「恥ずかしがらなくて良い。そう思うのも当然だよ」
「申し訳ありません、シノブ様。これは今回限りといたします」
ミュリエルを安心させるように柔らかく話しかけたシノブに、アルメルが頭を下げた。
上品な挙措を見せる彼女だが、その頬は孫同様に薄く染まっている。もしかすると、彼女を心配したミュリエルが、一緒に休もうと提案したのではないか。そう思ったシノブは、二人を温かい視線で見つめていた。
「ミュリエル様が気にされるのも当然です。私もミレーユが側にいて安心しましたから」
ミュリエルを元気付けようとしたのか、アリエルが珍しく冗談めいたことを口にしていた。
だが、アリエルも事件のことが気にかかっていたようである。彼女は、魔力を感知して点灯した魔道具を見たときも、呪いだというアンナの言葉に不安げな表情を見せていた。いつも冷静な彼女だが、論理的に説明できないことは苦手とみえる。
「我らが主君とその奥方は、不安など関係ないようですね。良いことです」
唐突なシメオンの言葉に、シノブとシャルロットは互いへと視線を向けていた。二人の顔は、気恥ずかしさ故か、僅かに上気している。
「シメオン……言いたいことがあれば、はっきり言ったらどうだ?」
「いえ、お似合いの二人だということです。他意はありません」
この部屋の中で、寝所を共にしてもおかしくないのは夫婦であるシノブとシャルロットのみである。
おそらくシメオンの意図は、一緒に就寝したミュリエルとアルメルから話題を逸らすことにあるのではないか。そう思ったシノブは苦笑いをしながらも一応怒ったような表情を作ってみせるが、シメオンは飄々とした顔で受け流していた。
「シメオン殿。貴方とミレーユも、お似合いですよ。そう思いませんか?」
そんなシメオンに反撃をしたのは、シャルロットである。
シャルロットは窘めるような口振りをしながらも、その実シメオンの意思を探っているようだ。腹心であり友人でもあるミレーユのためを思って、冗談に紛れて彼の本心を知ろうとしたのだろうか。
「シメオン殿とミレーユ殿でしたら、正に好一対かと! ……ラヴラン大隊長やラシュレー大隊長も、そう思うだろう?」
大声で賛同したのはマティアスだ。そして彼は、並んで座るアルノー・ラヴランとジェレミー・ラシュレーへと声をかける。
しかし、いきなり声を掛けられた二人は、戸惑ったような顔をして互いを見つめていた。
「それでしたらマティアス殿も、どなたか娶られたら良いのでは? アシャール公爵閣下も気にかけていらしたではないですか」
「なっ! そ、それは……」
ところがシメオンは涼しい顔をして先日の話題に触れ、マティアスを動揺させる。
いずれにせよシメオンの本心を探るのは、ここにいる者達では無理なようだ。シノブにわかるのは、真っ赤な顔をしているミレーユが嫌がってはいない、ということくらいであった。
「シメオン、そのくらいにしておこう。時間もないしね。
……マティアスも、そんなことを突然聞かれても困るだろう?」
シノブは、内心ではマティアスがフライユ伯爵領で所帯を持ち、彼の一族が永く伯爵家を支えてくれたら、と考えていた。
なぜならシノブも、王族や貴族が支配するこの地方の国々では、血縁関係が非常に重要であると理解してきたからだ。それ故、信頼できるマティアスが子供達をシェロノワに呼び寄せるか、再婚して新たな血を残してくれないかと願ったのだ。
とはいえシノブも、自身が王女を娶れと言われて困惑したことを、忘れてはいない。あくまで、マティアスが望んでくれたら、という話である。
「シノブ様の仰る通りです。さあ、庭へと急ぎましょう」
アリエルは、にこやかに微笑みながら一同をガンド達の下に行くよう促した。
常に副官らしい行動を心がけている彼女が、余計な噂話を嫌ったり予定に遅れないように注意するのは自然なことである。しかしシノブは、彼女の声音にいつもと違う何かを感じてもいた。
もしかすると。そう思ったシノブがシャルロットに視線を向けると、そこには嬉しげな表情を浮かべた愛妻の姿があった。
◆ ◆ ◆ ◆
創世暦1001年2月4日の王都メリエ。地平線を曙光が赤く染める中、王宮と大通りを挟んで隣接するフライユ伯爵家の別邸から、巨大な生き物が舞い上がった。もちろん、それは三頭の岩竜、ガンドにヨルムそしてオルムルである。
幸い快晴らしく、濃紺の天空には雲ひとつない。冬の澄んだ空気は気持ちよく、岩竜達の到来を天が祝福しているかのようであった。
ゆっくりと上昇する三頭の竜には、それぞれ人が乗っている。
まず、オルムルにはシノブのみが騎乗している。オルムルの背には二人乗せることが出来るが、今日は彼一人のみが跨っていた。
次に、ガンドにはフォルジェ子爵マティアス、ビュレフィス子爵シメオン、先々代フライユ伯爵夫人アルメルと、彼らの従者であるアルノー・ラヴラン、ジェレミー・ラシュレー、侍女のアンナ・ラブラシュリが乗っていた。
そしてヨルムの背には、シャルロットとミュリエル、二人の従者としてアリエルとミレーユ、更にシノブの従者であるアミィが収まっている。
そんな一行は、それぞれ正装を纏っている。そのため、シャルロットとミュリエル、アルメルの三人はドレスであった。だが、彼女達はドレスでの騎乗でも問題ないらしい。横座りに座った三人は、スカートの裾を丁寧に足の下に挟み込み、翻らないようにしている。
そして侍女服のアンナも同じような座り方である。唯一違うのは、彼女だけはかなり緊張しているようにみえることだろうか。彼女は初めての王宮を訪れる上、一人だけごく普通の侍女であるからか、少々不安そうな顔をしていた。
なお、他の者達は軍服ないし内政官の礼服だから、裾を気にする必要はない。せいぜい、はためくマントを押さえるくらいである。
もっとも、ガンド達の飛翔は非常に滑らかであり、そんな心配もいらなかったかもしれない。別邸と王宮が隣接しているせいもあり、彼らはゆっくりと飛ぶことにしたようである。重力を操作しているせいか、翼も大して動かしていないのに失速もせずに、人間が走るくらいの速度でゆっくりと飛翔していった。
「おお! 竜だ! やっぱり竜が来たんだ! 三頭もいるぞ!」
「『竜の友』シノブ様だ! 『魔竜伯』が竜を連れてきて下さったんだ!」
別邸から舞い上がったガンド達を見て、大通りに溢れる王都の民が歓声を上げている。
官僚や軍人の主だった者には、竜の訪れが告げられている。王都メリエで動かし守る彼らが、竜を発見しても動揺しないための措置だ。そして、それらの情報が一部の者だけで留まるわけがない。彼らは、当然家族に話したであろう。そして、そうなれば家族からその友人へ、と広まるのは目に見えている。
もっとも国王や閣僚達には、竜の来訪を隠すつもりなど無かったのかもしれない。なぜなら、せっかくの歴史的出来事を広く王都の民に見てほしいからである。そうでなければ、フライユ伯爵家の別邸を囲むように民衆が集まっていることの説明がつかないだろう。
ともあれ溢れんばかりの観衆は、シノブを讃え竜を歓迎する言葉を口々に叫び、手を大きく振っている。
やはり、ベルレアン伯爵領とフライユ伯爵領のみに竜が現れたのは、王領に住む者にとっては、かなりの屈辱だったのではなかろうか。彼らの熱烈な歓迎ぶりを見たシノブは、心の中でもっと早く来るべきだったかと反省していた。
「オルムル、すまないがもう少し高く飛んでくれ! 皆の目に入るように! できれば、少し辺りをゆっくり回ってくれないか!
ガンドやヨルムも頼む!」
シノブは、王都の民に手を振り返しながら、竜達にその姿をなるべく多くの者に見せるよう頼んだ。
──わかりました!──
そんな彼の言葉に、オルムルは嬉しそうな思念を返した。彼女が高度を上げると、その後に親達が続いていく。
「『魔竜伯』シノブ様、万歳!」
「これからも帝国から守ってください!」
そして、竜の姿が目に入った者達が次々と声を上げ、別邸の近くにいた者のように喜びの声を上げていく。王都の中心から徐々に広がっていく歓喜の声は、昇りゆく朝日と共に、辺りを温かく幸せな空間へと変えていった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2015年4月9日17時の更新となります。