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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第10章 フライユ伯爵領の人々
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10.16 水晶宮で逢いましょう 前編

「シメオン、今度の王都行きで気をつけるべきことは何だろうか?」


 執務室に訪れたシメオンに、シノブは明後日の王都訪問で注意すべきことを訊ねた。


 昨日、国王アルフォンス七世とガンド達の会見は無事に終わり、メリエンヌ王国と岩竜達の交流が開始されることとなった。

 とはいえ、まだ交流にあたっての幾つかの条件が定められただけだ。具体的に、どのような関係が築けるかは、今後の国王と岩竜達の間で話し合うことになっている。

 なお国王は、ガンド達を国と同等の独立した勢力として接するつもりのようだ。彼は、ガンド達と取り決めた内容を、友好国と同様に文書化しておくと言っていた。


「あまり、積極的に動かないほうが良いですね。

シノブ様はガンド殿を連れて行っただけ。そして陛下とガンド殿達が語り合い関係ができた。そういう建前ですから。ともかく、ガンド殿達に主体的に動いてもらうことですね。

それに、シノブ様は思念で岩竜達と意思を交わせます。ですから、何か問題があれば陰でガンド殿に指摘してください」


 シノブと向かい合ってソファーに座るシメオンは、穏やかに微笑みながら自身の意見を述べる。

 シメオンが言うように、昨日行われた竜の狩場での会見は(おおやけ)にしないことになっている。王国の繁栄を考えたシノブの仲立ちで、国王と竜が明後日初めて出会う。公式には、そういった扱いになる。


「そうだね。俺は竜を紹介しただけ。まあ、実際そうなんだけど」


 シノブは、シメオンに頷き返しながら、彼の進言を深く心に刻み込んだ。


「王宮の方々は、これで納得されるでしょうか?」


 シノブの脇に佇立しているアミィは、小首を傾げながらシメオンに問いかけた。彼女の動きに合わせて、頭上の狐耳が僅かに揺れている。

 それにアミィだけではなく、彼女と並んで立つジェルヴェもシメオンに視線を向けていた。


「国内は大丈夫だと思います。

そもそも侯爵達、閣僚の方々は本当のことをご存知でしょう。

ベルレアン伯爵は、侯爵達が王家の秘密の一部を知っていると仰っていました。建国の功臣である七伯爵と、そこから分かれた六侯爵の当主には、ある程度の情報が伝わっているようですね。

しかし、王都にいる官僚や武官は、そこまでは知らない。だからシノブ様が特別な待遇を受けていると妬む。鬱陶(うっとう)しいことですが、彼らがいなければ国として立ち行かないのも事実です。

ですが、シノブ様が王国のためを思って竜を連れて来た。そうなれば、彼らも文句のつけようがないはずです。こうなれば何かあったとしても、陛下達が押さえ込むでしょう」


 シメオンが言うように、建国王エクトル一世を支えた七伯爵の初代は、彼や聖人ミステル・ラマールと近しい間柄だ。それに、初代伯爵達は、第二代国王アルフォンス一世に武術の手ほどきなどもしている。そんな彼らが、王家の秘事を知っているのは当然であろう。

 それに対し、官僚や武官は、位の高い者で子爵や男爵、大半は王家に直接仕える騎士階級や従士階級である。したがって、実は聖人が女性でアルフォンス一世の母だなどとは知らないし、彼女がアムテリアの眷属だということも知らない。

 そのため、アムテリアの強い加護を持つシノブを王家が厚く遇しているのを、不審に思ってもおかしくはない。


「そうか……で『国内は』ということは?」


 シノブは、シメオンの言葉に安堵したが、その一方で彼が『国内』と前置きしたのが気になっていた。


「ガルゴン王国とカンビーニ王国の大使ですね。

彼らも、ヴォーリ連合国が岩竜達と共存共栄の道を歩み始めたことは知っているはずです。何しろ去年の秋のことですからね。ボドワン商会のように、あちらから帰ってきた隊商の噂は、既に耳にしているでしょう。

その上、メリエンヌ王国も竜と誼を得た。今まではシノブ様の個人的な付き合いでしたが、これからは国として接する。となれば、自国もそこに加わりたいかと」


 シメオンの説明に、シノブは頷いた。両国の大使は、自身の子供をフライユ伯爵領に派遣するほどシノブに興味を示している。そこにはシノブ個人に加え、竜に対する関心もあるはずだ。


「ですが、これについてはシノブ様やフライユ伯爵領がどうこう言うべき問題でもありません。

もし、ガンド殿が両国に興味を示せば交流が始まるかもしれません。逆に、南方まで行くことを面倒に思う可能性もあります。いずれにしても岩竜達と両国の問題ですね。

ただ、あくまで私見ですが、ガンド殿達は共存を望んでも特定の国に肩入れはしないと思います。ですから、外交や軍事への影響はないと考えます。

いずれにしても、シノブ様としては、王都に来た竜達に直接交渉してくれ、というだけで済むでしょう」


「そうあってほしいね」


 シメオンの予測通りになってくれると助かると思ったシノブは、希望交じりの言葉を返した。


「お館様、お茶を淹れました」


「ビュレフィス子爵閣下、どうぞ」


 一息ついた二人に、従者見習いの少年レナンとパトリックがお茶を出す。

 シノブにはレナン、シメオンにはパトリック。従者見習いの制服であるブレザーとスラックスを着けた彼らは、初々しい仕草でティーカップを置いていく。

 よく見れば、商人の息子であり13歳のレナンは洗練された挙措だが、10歳のパトリックは、もう少しといったところか。しかし、それでも10歳にしては上等なほうであろう。どうやら、こういった面では3歳年長で店の手伝いもしていたレナンのほうが、一歩先を行っているようだ。

 とはいえ、シノブをお館様、シメオンをビュレフィス子爵閣下と呼ぶなど、どちらも随分と従者らしくなってきた。


「ありがとう。レナン、パトリック、だいぶ慣れたようだね」


 シノブは、二人の少年に微笑みかけた。

 フライユ伯爵領に到着して、そろそろ二十日(はつか)になる。そのため、レナンとパトリックも、ここシェロノワでの生活にかなり順応してきたようだ。


「はい。姉もおりますし、見習いの仲間も増えましたから」


「私も、祖父を含め一家全員で来ましたので!」


 二人は、笑顔で口々に答える。

 彼らが言うように、レナンは姉のリゼットと共に来たし、パトリックは一家ごとシノブの家臣となった。それもあって、二人は毎日楽しそうに働いている。


「レナン、ロジェ達とも仲良くやっているかい?」


 シノブは、レナンに従者見習いに加えたロジェ・ルジェールについて問うた。ロジェは、侍従のヴィル・ルジェールの息子である。


「はい、ロジェさん達が来てくれたので、とても助かります」


「息子も毎日楽しそうにしております」


 レナンに続けて、侍従のルジェールも嬉しげに答えた。

 シメオンの助言もあり、旧来の家臣の子弟からも、従者見習いを大量に採用した。これは、先日の武術大会で各種族や各地の者達が競い合い親交を深めたように、文官や侍従達の交流を狙ってのことだ。


「パトリスさんも働けるようになって良かったですね」


「ありがとうございます! 祖父も喜んでいます!」


 アミィの言葉に、パトリックが嬉しそうに答えた。狼の獣人である彼の後ろでは、フサフサした尻尾が元気良く揺れている。


 ラブラシュリ家の家長はパトリックの父ジュストだ。ジュストは今、館の衛兵隊長を務めている。

 一方パトリスは、シノブがベルレアン伯爵領に来た頃、老齢のため既に引退していた。だが、人手不足ということもあり彼も侍従の一人として復帰した。現在パトリスは、魔道具解析をするミュレ達の担当として、世話をしている。

 そして、パトリックの母ロザリーも義父の介護をする必要がなくなったため、娘のアンナと同様に侍女として働き始めていた。こちらは、ミュリエル付きの一人として勤務している。

 そのように、一家全員が館で働いていることもあり、パトリックも寂しくはないようだ。


「そういえば、ミュリエル様と治療院にお出かけになるのは、いつになさるのですか?」


 病に伏していたパトリスが回復したきっかけは、シノブの治療であった。まだ、ベルレアン伯爵領の領都セリュジエールにいたころに、シノブは中央区の治療院でパトリスの肺炎を治した。

 そのためシメオンは、シノブがミュリエル達と交わした約束を思い出したのだろう。


「王都から帰って、すぐかな。

治療院も見たいし、街の様子、特に商業がどうなっているか確認したいんだよ。レナン、ボドワン殿は、もう支店を開いたのかな?」


 シメオンに答えたシノブは、レナンへと顔を向ける。

 レナンの父ファブリ・ボドワンは、セリュジエールと王都メリエに続いて、シェロノワにも店を出すようである。なにしろ、娘のリゼットと息子のレナンが領主の下で働いているのだ。ボドワン商会の主である彼が、この縁を活かさないはずはない。


「とりあえず、店だけは確保したようです。ちょうど、魔道具製造業のダルデンヌ商会が使っていた建物が空いたので……」


 魔道具製造業は、フライユ伯爵家が出資して作ったフライユ公営商会に集約されていた。元からの商会は、ベーリンゲン帝国との密貿易などの疑いがあったため、シメオンがそれらを排除したのだ。

 フライユ公営商会は、戦闘奴隷を隠し持っていたソレル商会の本店を接収し、そこで商売を開始している。ボドワン商会も、同様に接収されたダルデンヌ商会の本店だった建物の使用権を手に入れたという。


「そうか。そのあたりも見て回りたいんだ。急なことで不満が生じているかもしれないしね」


 レナンの答えを聞いたシノブは、再びシメオンへと向き直った。

 奴隷の所持や敵国である帝国との密貿易は、メリエンヌ王国では重罪である。それ(ゆえ)、関与していた商会が取り潰されるのは仕方がないことであった。しかしシノブは、それらに関わっていない従業員などを苦しめるつもりはない。そこで商会の措置が一段落した今、再び視察をしたいと考えていた。


「お館様。シャルロット様やアリーチェ様のご都合もお聞きしておきましょう」


 ジェルヴェは、ミュリエルと一緒に出かける予定のシャルロットやカンビーニ王国の大使の娘アリーチェの名を挙げた。


「ジェルヴェ、頼む。最近シャルロットも忙しそうだからね。アリエルやミレーユだけでは手が足りないのか、アンナやリゼットまで領軍本部に連れて行っているようだし。

ソニアは間者対策があるからわかるけど……」


 ジェルヴェに頷いたシノブは、首を捻りつつ呟いていた。

 アミィから透明化の魔道具を授かったソニアは、領政庁や領軍本部でも間者などがいないか監視していた。だが、ごく普通の侍女であるアンナやリゼットまで連れて行くとは、よほど手が足りないのだろうか。シノブは、そう思ったのだ。


「シノブ様、きっと、身の回りの世話をする侍女が必要なのでは? 侍女の方も、増えましたから多少は連れて行っても問題ないと思いますし……」


 アミィが言うように、侍女もだいぶ補充した。したがって、館の内部については人手が足りている。


「そうだね。ともかくジェルヴェ、あまり無理がないようにしてくれ。息抜きの時間を作るために、逆に忙しくなったら本末転倒だからね」


「わかりました。充分留意します」


 シノブの苦笑気味の言葉に、ジェルヴェは恭しく答え、綺麗な立礼を返した。シノブは、彼に任せておけば大丈夫だろうと思いながら、その様子を見つめていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 そして、翌日の夕方。シノブは王都メリエに移動した。例によってホリィを先行させ、王宮脇のフライユ伯爵家の別邸に、魔法の家で転移したのだ。


「それじゃ、シャルロット、ミュリエル。俺は一旦帰るよ。ガンドと一緒に戻ってくるから」


 シノブは、もう一度シェロノワに戻り、ガンド達と王都に飛来する予定である。明日、王宮にはフライユ伯爵であるシノブと彼の一族、そして伯爵家付きの子爵達が参内する。

 一族とは、妻であるシャルロット、婚約者にして将来のフライユ伯爵夫人となるミュリエル、そしてミュリエルの祖母アルメルだ。なお、シャルロットはシノブの妻であるがベルレアン伯爵の継嗣でもあり、フライユ伯爵夫人と呼ばれることはない。

 そして、伯爵家付きの子爵とは、シメオンとマティアスだ。王宮の官僚とも親交のあるシメオンに、元々王族を護衛する金獅子騎士隊の隊長であるマティアス。彼らは、宮廷の仕来りにも詳しく、シノブを補助することもできる。


「はい、お待ちしています。空は寒いでしょうから、暖かくしてくださいね」


 シャルロットは、シノブの言葉に優しく微笑んだ。

 彼女が言うように、ガンド達と高空を飛翔するのは、通常の者にはかなり(つら)い。装具を付けたガンドとヨルムには、それぞれ6人ずつ搭乗できる。したがって、シノブとアミィ以外にも、まだ乗せることは可能だ。

 しかしシェロノワから王都まで、およそ800kmもある。この距離を乗り手に配慮してガンドが飛んだ場合、6時間はかかるらしい。そこで、今回は強力な魔術を使うことのできるシノブとアミィだけが乗り、全力で飛んでもらうことにした。

 更に人目につかないように移動するため、夜間、しかも高空での飛翔となる。そのため、他の者は魔法の家で移動することにしたのだ。


「シノブお兄さま、風邪を引かないように気をつけてください!」


「お館さま、アミィお姉ちゃんにも、あったかくしてね、って伝えてください!」


 ミュリエルと、その遊び相手であるミシェルが、シノブの側に寄ってくる。

 ミシェルは、今回王宮に行くわけではないが、侍女のアンナ達も含めて主だった者は殆ど連れて来ている。そんなこともあり、彼女も同行を望んだのだ。

 そしてミシェルが言うとおり、アミィはシェロノワに残っている。魔法の家を呼び寄せ、シノブをシェロノワへと転移させるためである。


「ありがとう。シャルロットやミュリエルも、暖かくして休んでいてね。……ミシェル、俺とアミィは魔術で風を(さえぎ)るから大丈夫。それに、暖かい服もあるしね」


 妻に微笑み返したシノブは、少女達の頭を撫でながら言葉をかけた。

 シノブやアミィには、アムテリアから授かった魔法のインナーがある。地球でいう機能性インナーのようなものだが、保温機能だけではなく防刃機能などが備わった特殊な肌着だ。

 更にシノブ達が着ている服も同様の特殊な魔道具で、それ(ゆえ)長時間高空を飛翔することが可能となっている。


「シメオン、マティアス、王宮と連絡を取って明日の段取りを聞いておいてくれ。……アルメル殿、明日はよろしくお願いします」


 シノブは、二人の子爵と先々代フライユ伯爵の妻であるアルメルを振り向き、後のことを頼んだ。

 実務的なことは、シメオンとマティアスに任せておけば良い。シメオンは官僚、マティアスは軍人への伝手もあるから、それぞれの反応も事前にわかるだろう。

 そして、アルメルは閣僚を務める六侯爵が相手だ。彼女は現ジョスラン侯爵の叔母であり、各侯爵は縁戚で結びついている。そのためアルメルはフライユ伯爵家に嫁ぐまで、彼らと親しく交流していたのだ。


「お任せください。久しぶりに甥達に会えますし、むしろ楽しみです」


 アルメルが代表して答え、その後ろでシメオンとマティアスが軽く頭を下げる。


「頼みます。それでは、私はシェロノワに戻ります」


 全員が庭に出たことを確認したシノブは、再び魔法の家へと入っていった。そしてシノブが、その扉を閉めて暫くした後、魔法の家は忽然と消え去っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アミィに魔法の家を呼び寄せてもらい、シェロノワへと戻ったシノブは、夕食をゆっくり取った。普段はシャルロット達と一緒に食事をするが、今日は彼女達がいない。そこで、アミィとジェルヴェ、そしてジェルヴェの妻で侍女長のロジーヌと食卓を囲んでいた。


「ジェルヴェ、ロジーヌ。留守を頼むよ。何かあったら通信筒を呼び寄せてくれ」


 食事を終えたシノブは、ジェルヴェとロジーヌに後を託した。明日は、シノブを始め、館の主であるフライユ伯爵家の者は誰もいない。それ(ゆえ)、後事は彼らに託すしかない。

 とはいえ、シノブは、家令であるジェルヴェにもホリィの通信筒を呼び寄せる権限を与えている。また、ホリィは王都メリエからでも2時間もあればシェロノワに飛翔することが可能である。したがって、よほど突発的な事態が発生しない限り、戻ってくることは出来るだろう。


「はい、こちらはお任せください」


「館の使用人も増えましたし、問題ありません」


 ジェルヴェとロジーヌは良く似た笑みを浮かべている。彼らは夫婦であり、当然血の繋がりはない。だが、長年連れ添った時間がお互いの仕草まで近づけてしまったのだろうか。

 細身で凛とした雰囲気のジェルヴェと、やはりほっそりとした容姿だが芯の強そうなロジーヌは、共に狐の獣人だ。そのため、ますます似ているように思うシノブであった。


──シノブさん! お待たせしました!──


 仲睦まじい夫妻を見ていたシノブの脳裏に、オルムルの思念が響いた。

 どうやら、ガンド達が到着したらしい。シノブの魔力感知能力も、三頭の岩竜が物凄い勢いで接近していることを察知していた。


「ガンド達がきたようだ」


「それではジェルヴェさん、ロジーヌさん、行ってきます」


 シノブとアミィは席を立ち、広間の入り口へと向かう。既に日が落ちてからかなり経っており、あたりは闇に包まれていた。これならガンド達が飛翔しても、目立たないだろう。


「お館様、お見送りいたします」


 ジェルヴェとロジーヌは、後を他の使用人達に任せ、シノブ達の後に続いていく。彼ら四人は、館の庭へと急ぎ足で向かっていった。


──シノブさん! 会いたかったです!──


「オルムル、一昨日会ったばかりだろう?」


 岩竜達は、館の庭に静かに舞い降りていた。ベルレアン伯爵領の領都セリュジエールに来たときもそうだが、彼らは、音も立てずに離陸や着地をする。そのため、館の者以外は、竜の来訪に気がついていないようである。


──シノブさんの側にいると、とても気持ち良いのです!──


 シノブの問いに、オルムルは再度思念を放つ。対するシノブは、気持ち良いという彼女の言葉に、首を傾げている。


──『光の使い』よ。オルムルはそなたの魔力に惹かれているのだろう──


──我々は魔力で生きていますから──


 ガンドとヨルムは、オルムルがシノブの膨大で澄んだ魔力に惹きつけられているのだという。そして、オルムルはそんな両親の説明などお構いなしに、シノブに顔を擦り寄せていた。


「……まあ、それは良い。取って食われるわけでもないだろうし」


──酷いです! 私はシノブさんを食べたりしません!──


 シノブが思わず呟いた言葉に、オルムルが憤慨したような思念を放つ。


「悪かった。ところでオルムル、君も装具を作ってもらったんだ?」


 彼の言うとおり、今日のオルムルは、両親と同じく騎乗用の装具を身に着けていた。


──はい! 山の民の方々に作ってもらいました!──


 もちろん、同じといっても大きさは全く違う。全長20mの成竜達が着けている装具は6人乗りだが、まだ3mほどのオルムルは、馬の鞍と同様に一人か二人を乗せる装具である。

 とはいえ、両親と同様に背から腹までを覆った装具を着けたオルムルは、それでも嬉しいらしく、どことなく得意げにみえた。


「良かったですね! ではシノブ様、ガンドさんに乗せてもらいましょう!」


──いや。今日はオルムルに乗ってもらえないか?──


 アミィが騎乗を急かすと、ガンドは意外なことを伝えてくる。

 彼とヨルムも装具を身に着けているが、それは人と共存していることを示すためであり、シノブ達を運ぶのはオルムルに任せるつもりのようだ。


「しかし、オルムルは俺達を乗せて王都まで行けるのか?」


 シノブは、まだ生まれて半年ぐらいの子竜が人を二人も乗せて800km向こうの王都まで辿(たど)り着けるのか、疑問に思った。今回は人目につかないように、かなりの高度まで上昇し一気に王都を目指つもりである。まだ幼いオルムルに、果たしてそんな飛行が出来るのだろうか。


──そなたが魔力を補給すればよい。以前、馬などにもやったと言っていただろう──


 首を傾げるシノブに、ガンドは体力回復の魔術を使えば良いという。しかも、シノブのように他者と魔力波動を同調して回復できるなら、ガンド達は食事の必要すらないらしい。


「そうか……オルムル、どうかな?」


 シノブは、実際に魔力を同調させて送り込んでみる。


──とても元気になります! これなら魔獣を食べなくても大丈夫です!──


──魔獣を食べたほうが早く大きくなれるはずだがな……だが、この魔力なら、それも不要かもしれん──


 気持ち良さそうに目を細めるオルムルに、ガンドも首を捻りつつ同意した。どうやら、シノブの魔力はよほど彼らに合うようである。


「まあ、無事に王都まで行けるならいいさ! それじゃ、よろしくね!」


「オルムルさん、お願いします!」


 問題なさそうだと理解したシノブとアミィは、早速オルムルに跨った。装具には、ガンド達と同じく取っ手と命綱をつけるための金具がついている。それを見た二人は、念のために命綱を固定した。


──では、行くぞ!──


 ふわりと舞い上がったガンドが思念で呼びかけると、ヨルムとオルムルもそれに続く。そして、三頭の岩竜は一気に高空へと上昇し、夜の闇の中に姿を消した。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年4月7日17時の更新となります。


 本作の設定集にメリエンヌ王国の都市名入りの地図を追加しました。また地図自体も、竜の狩場なども含め現時点の内容に更新しました。

 設定集はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。


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