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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第10章 フライユ伯爵領の人々
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10.13 ラブ・コールは突然に 前編

「やあ! シノブ君、久しぶりだね!」


 一月も終わりの小雪がちらつく昼下がり。フライユ伯爵家の館に訪れたのは、アシャール公爵であった。彼は、いつもの人懐っこい表情でシノブに笑いかけている。


「義伯父上……一体どうしたのですか?」


 シノブは、突然の訪問に驚きを隠せなかった。

 公爵の治める都市アシャールからフライユ伯爵領の領都シェロノワまでは、通常なら十日、急いでも五日程度はかかる距離である。そのため、気軽に遊びに来ることは出来ないはずだ。


「もちろん、獣人達を解放する作戦についてだよ! でも、それは建前なんだけどね!」


 アシャール公爵の悪戯っぽい笑いを含んだ言葉に、シノブとアミィ、そしてジェルヴェは怪訝な表情となった。

 シノブ達は、帝国の村々から獣人達を助け出す作戦について、その実行の可否を国王に問い合わせていた。どうやら公爵は、その返答を持ってきたようである。だが、建前とはどういうことであろうか。


「すまないがシノブ君、シャルロットや腹心の者を集めてもらえないかね! 内密に相談したいことがあるのだよ!」


「わかりました。……ヴィル、バルリック。シャルロット、マティアス、シメオン、そしてアルメル殿を呼んでくれ」


 館の二階にあるシノブの執務室には、侍従のヴィル・ルジェールと文官のバルリック・ドルジェが控えていた。そこで、シノブは彼らに主だった者の参集を命じた。


「義伯父上、それぞれの副官は連れて来ても良いでしょうか?」


 そしてシノブは副官の同伴について、念のためにアシャール公爵へと確認する。


「ああ、構わないとも! それでは侍従君達、頼むよ!」


 アシャール公爵は朗らかな表情でシノブに言葉を返すと、侍従のルジェールと文官のバルリックに微笑んだ。


「はっ!」


「……た、直ちに!」


 綺麗な立礼をしたルジェールに一拍遅れて、バルリックが緊張した様子で言葉を返す。おそらく、公爵筆頭の気安げな様子に驚いたのであろう。

 ルジェールは前フライユ伯爵クレメンの侍従でもあった。そのため、過去にアシャール公爵と会ったことがある。

 それに対し、バルリックは、都市スクランシュの元代官ディモリックの息子である。そして、スクランシュで暮らしていた彼が、領都で文官として勤務し始めたのは、つい最近のことであった。したがって、アシャール公爵と接するのも、これが初めてのようだ。

 そんな彼が、型破りな公爵の態度に戸惑ったのも無理はなかろう。


「そんなに緊張しなくても良いんだよ! まあ、私が言うことでもないが早く慣れてくれたまえ!」


 アシャール公爵は、バルリックの様子を面白く感じたらしい。彼は、実直そうな若者の初々しい様を、笑顔で眺めている。


「はっ! お言葉ありがとうございます! それでは閣下、大至急皆様へとお伝えします!」


 対するバルリックは、緊張しながらも公爵とシノブに言葉を返す。そして彼は、ルジェールと共に急いでシノブの執務室を出て行った。


「それじゃ、事前に簡単に説明しておこうか。実はね……」


 公爵を含め四人だけとなったシノブ達は、彼が語る内容に耳を傾けていった。それは、シノブにとって意外でもあったが、その反面、納得の出来る話でもあった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アシャール公爵が急遽(きゅうきょ)シェロノワに訪れた理由は、彼が言うとおりベーリンゲン帝国の獣人達を解放する作戦自体についてではない。実のところ作戦の実行自体は、あっさり承認されたという。


 元々、長きに渡って敵対しているメリエンヌ王国と帝国である。そして、以前シメオンやマティアスが予想したとおり、フライユ伯爵領内に帝国軍の侵入を許したことを、国王や閣僚は問題視していた。

 幸い、シノブ達の活躍により事なきを得たが、王国の威信に傷がついたのは間違いない。そのため、彼らにとっても、帝国から獣人を解放する作戦は望むところであったようだ。

 また、帝国以外の国々は奴隷制度に嫌悪を(いだ)いている。なぜなら、奴隷制度は最高神アムテリアが禁忌としたからだ。

 つまり今回の作戦は、彼らにとって国家運営上の思惑と信仰上の使命感の双方から歓迎すべきことだったのだ。


 では、何が問題となったかというと、シノブ達と岩竜ガンド達の関係である。より正確に言うなら、シノブ達だけが岩竜と親しくしていることが、問題視されているらしい。

 何しろ、ベルレアン伯爵領の領都セリュジエールや、ここシェロノワには竜が訪れ共にパレードをしたし、一部の者だがその背に乗って大空を飛翔している。だが、王都メリエには竜が来たことすらない。そして、王都の民には、それを残念がる者が多いという。


 国王アルフォンス七世や、その臣下達もガンド達がシノブに従っているわけではなく、友情から協力しているのだとは知っている。しかし、竜の背に乗る伯爵と、(いま)だ姿すら見たこともない国王という状態は、どちらにとっても望ましくはない。


 そこでアルフォンス七世は、実際にガンドと接した異母弟アシャール公爵を王宮に呼んで、どうすべきか相談したのだ。


「……まあ、そういうわけだね!

このままにしておくと、兄も困るが、シノブ君達にとっても良くないと思うよ。かといって、ガンドは家臣ではない。王宮に来いと強制するつもりはないさ。

ともかく、そんなわけで領地に落ち着く暇もなく舞い戻ってきたのさ!」


 公爵は、会議室に移った一同に自身が来訪した経緯(いきさつ)を語っていた。

 ちなみに、作戦の承認を求めて密使を送ったのは、ホリィが偵察から戻った直後、十日ほど前だ。どうやら、彼はその直後に王都に呼び出されたようである。


 そんな公爵の言葉を聞くのは、執務室にいたシノブとアミィ、ジェルヴェに加え、軍政両面の幹部達であった。

 まずは、領軍次席司令官であるシャルロットに、第三席司令官のマティアスだ。シャルロットは副官としてアリエルとミレーユも連れて来ている。

 内政官からは、シメオンと農務長官のアルメルが出席している。なお、彼らは副官は連れてこなかったようだ。どうやら、公爵自身が内密に告げる話(ゆえ)、遠慮したとみえる。


「では、どのようにすれば良いのでしょうか? まさか……」


 シャルロットが若干困惑した表情で、アシャール公爵へと尋ねかける。彼女の脳裏には、ある事態が浮かんでいるようだ。


「そうさ、兄にガンドに会いに行ってもらうよ。友誼を結びたいのはこちらだからね。それに、シノブ君の魔法の家があれば簡単だろう?」


「確かに、それが一番良い方法かもしれません。

友となりたいなら、まずは自分から会いに行くべきというのは道理です。とはいえ、陛下にご足労頂くのは畏れ多いことですが……」


 アシャール公爵のおどけたような物言いに、マティアスは苦笑しながらも同意した。

 今のシノブ達は、空を飛べるホリィを先行させれば、容易に移動できる。金鵄(きんし)族である彼女は、王都まで一時間半もかけずに飛ぶことも出来る。


「それでは、シノブ様に王都まで出向いていただき、シェロノワに行幸いただくということでよろしいでしょうか?」


 シメオンは、早速話を(まと)めにかかる。

 国王が行幸するとなれば、彼ら内政官の負担も大きいだろう。そして、それは武官も同じである。シャルロットやマティアスも、真剣な表情で公爵の答えを待っていた。


「いや、どうせならアマテール村を見せてもらいたいね!

あちらにはアハマス族の族長を務めたタハヴォ殿もいらっしゃるからね。それに温泉があるのだろう? ここの温泉はまだ工事中のようだし……」


 シノブが掘り当てた温泉は、とりあえず館の一階にある使用人向けの浴場にお湯を回していた。だが、領主やその家族が入る別館や付属する温室は、まだ建築中であった。

 シャルロット達を呼んでくる間、シノブからそれらを聞いていた公爵は、そのせいかアマテール村の名を挙げた。


「陛下が村まで出向かれるのですか? 確かに、あの温泉はとても良いものでしたが……」


 アルメルは、公爵の言葉に非常に驚いたようだ。彼女は、その青い瞳に困惑の色を浮かべている。

 孫のミュリエルと一緒に温泉に入ったアルメルは、その良さは理解していた。しかし、国王が開拓地まで行くとは思っていなかったようである。


「礼節を重んじるなら相手の家まで赴くべきですから。ですが流石に、竜の棲家(すみか)まで行かせるつもりはありませんよ」


 アシャール公爵は、年長のアルメルに対しては丁寧な口調で答えた。

 ただし公爵は、アルメルと同年齢の前伯爵クレメンに対して普段通りの態度で接した。もしかすると、女性には敬意を払った、ということなのかもしれない。


「まあ、そういうわけだ。陛下をアマテール村にお連れした後に、シェロノワも視察してもらうつもりだ。……ただし、どちらも(おおやけ)にはしない。あくまでお忍びで来ていただく」


 シノブは事前に公爵と相談していた内容を、シャルロット達に伝えた。

 アルフォンス七世は、なるべく早く岩竜と会いたいようである。アシャール公爵は明言しなかったが、王都の民だけではなく官僚達の一部にも不満があるらしい。そして官僚の不満は、シノブ達にも向けられているようだ。おそらく、竜を独占しているように見えるからだろう。

 また王家の権威を保つためには、国王(みずか)ら出向いたというのも伏せるべきであろう。面倒なことではあるが、国王に足を運ばせた、というのもシノブ達への悪感情となりかねないからだ。


「シャルロットとマティアスは一緒に王都に行ってもらう。シメオンとアルメル殿、そしてジェルヴェは、シェロノワでお迎えする準備をしてほしい」


 シャルロットは先王の外孫であるし、マティアスは先日まで王族を警護する金獅子騎士隊の隊長を務めていた。そのため、国王を迎えにいくのにはちょうど良いだろう。そう思ったシノブは、二人を連れていくことにしたのだ。


「それと、王都に行くのは、明日の朝にするつもりだ。ホリィは、今日中に帝国から戻ってくるように伝えている」


 シノブは続けて出立の日を告げる。現在、ホリィは救出作戦を行う対象の村々に赴き偵察をしている。したがって、彼女の帰りを待つ必要があった。

 なお、現在アルノーを中心に、獣人達で構成された特殊部隊を編成し、救出作戦に向けた訓練を行っている最中である。作戦の目的は公表していないが、潜入と捕虜奪還を想定した訓練の意味するところは、要員の誰もが理解しており、士気も高いようである。

 いずれにしても、彼らの期待に応えるためにも、シノブはなるべく早く国王の願いを(かな)えて救出作戦を実施したかった。それ(ゆえ)シノブは、矢継ぎ早に指示を出していった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 まず公爵や側近達を饗応(きょうおう)するための晩餐会が、迎賓の間で開かれた。続いてシノブ達は、館二階のサロンへと場を移す。

 フライユ伯爵家の館も『メリエンヌ古典様式』に則っていた。つまり迎賓の間は右翼に、一族の私的な場所であるサロンは左翼に置かれている。

 それに内装も、ベルレアン伯爵の館や王宮と似通っている。寄木細工の美しい床に白漆喰の壁、そして天井には精緻な絵画が描かれた、豪奢ではあるが伝統的なものだ。

 その一方で魔道具製造業に力を入れたフライユ伯爵家らしく、室内には数多くの魔道具が存在した。もちろん灯りの魔道具などは、貴族の邸宅であればどこにでもある。だが、ここには暖房の魔道具や、酒などを冷やす冷却の魔道具を組み込んだ器など、他では希少な物も置いてあった。


「シノブ君、魔道具製造業は立て直せそうかね?」


 ソファーに深く腰掛けたアシャール公爵は、それらの魔道具を目にしたせいか、シノブに魔道具製造業の現状について訊ねた。


「帝国で造られていた部品などは、解析中です。ある程度は何とかなりそうですが、今までより大きくなったり効率が下がったり、暫くは性能低下したものしか出せないと思います」


「もう少ししたら、大半は何らかの代替品を出せそうです。魔術に詳しい家臣や、この地で製造に(たずさ)わっていた者が、寝る間も惜しんで取り組んでいますから」


 向かいに座るシノブとシャルロットは、ミュレやルシール達が担当している帝国製の部品の解析や再現について説明した。

 ミュレ達の仕事も当初の予想より順調に進んでいるようである。製造工場で技師を務めていたハレール老人や、彼の教えを受けたアントン少年などが加わったためだ。


「そうかね! それは良かった!

王領でも、あれらの道具は評判が良かったからね。帝国の工作によるものだったとはいえ、無いと困るのは間違いないよ!」


 公爵は、シノブ達の説明を聞いて安堵したような表情となった。

 前フライユ伯爵クレメンが推進した魔道具製造業により、フライユ伯爵領の産業は大きく伸びていた。そして、その影響は領内に留まらず、それらの商品を購入した他領にも及んでいる。

 もちろん公爵が触れたように、その裏にはフライユ伯爵領に対する影響力を強め、将来は取り込もうという帝国の意図があった。だが、これも公爵が言うように、便利になった生活が元に戻るのは避けたいところである。


「関わっていた商会も、多くは取り潰し残りも魔道具製造業から外すことになりました。今後は、フライユ伯爵家直営の商会が、一括して扱う予定です。

面倒ではありますが、部品の構造は重要な機密ですから、都合が良かったかもしれません」


 シメオンは、製造や販売を行っていた商会について説明した。

 戦闘奴隷を隠し持っていたソレル商会や、その影響が強かった幾つかの商会は、当然取り潰しとなり、その財産や施設は、フライユ伯爵家が接収していた。更にシメオンは、他の商会も奴隷貿易に関与していた可能性を指摘し、魔道具製造業からは撤退させた。

 なお、彼らが持っていた工場や商店、そこで勤めていた者達は、新たに興した公営の商会に吸収したため、産業自体には大きな影響は無い。


「シメオン殿のお陰で、大きな混乱もなく商会の統合が出来ました。少々、強引かと思いましたが……」


「私もお婆さまからお聞きしました!」


 アルメルは、驚嘆したような表情をシメオンに向けている。

 農務長官であるアルメルは、直接関与していなかったが、シメオンが辣腕を振るう様を間接的に聞き及んでいたのだろう。そして、そんな彼女から話を聞いていたらしいミュリエルも、隣で頷いている。


「そうか、そうか!

しかし、ミュリエル君も色々勉強しているんだね! 良いことだよ!」


「ありがとうございます!」


 公爵の賛辞に、ミュリエルは輝くような笑顔と共に、可愛らしいお辞儀をしてみせる。

 彼女は、治癒魔術の勉強に、伯爵夫人としての教養の習得に加え、内政についても祖母から教わりつつあった。そのため忙しい毎日のようだが、二人とも楽しそうにしている。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……となると、そちらが問題になることはなさそうだね。後は……」


 シノブ達の説明を聞き、満足げな表情となったアシャール公爵だが、急に表情を引き締め、なぜかマティアスへと視線を向けた。

 内々の場であるサロンだが、明日は王都メリエに旅立つ一行である。したがって、同行するマティアスや、アリエルとミレーユも、同席していた。


「……何か、他に問題があるのですか?」


 シノブも、少し離して置かれたソファーに座るマティアス達へと一旦視線を向けた。だが、思い当たることがなかったので、公爵に問い返す。


「まあ、たいした問題ではない……いや、マティアスにとっては大問題かな。

実はね、マティアスに縁談が持ち上がっていてね」


「公爵閣下! 私は、既に息子や娘もいますし、再び妻を娶るつもりはありません!」


 マティアスは、アシャール公爵の言葉に驚いたようである。普段は軍人らしく落ち着いた彼だが、ソファーから腰を浮かし、大声を上げていた。


「そんなことは、誰も考慮してくれないよ。君は今をときめく『魔竜伯』の腹心なんだから。

確かに、子爵で二人目の妻を娶るものは少ない。しかも、跡取りがいる場合はね。でも、君は奥方と死別しているし、まだ三十そこそこだろう?」


 シノブは、公爵の言葉に内心頷かざるを得なかった。

 マティアスの家族については、彼がフライユ伯爵家付きの子爵となったときに、ベルレアン伯爵から教えられていた。彼の子供は、息子が二人に娘が一人。そしてマティアスの妻は、娘を出産して間もなく死去したという。

 通例、子爵や男爵が、跡取りを得た後に第二夫人を迎えることはほとんどないらしい。上級貴族である伯爵以上とは異なり、経済的な制限もあるからのようだ。

 しかし、マティアスは現在独り身である。それ(ゆえ)、後妻に自身の娘を、という者がいても不思議ではなかった。


「マティアスさんも、大変ですね~」


 ミレーユは、驚きのためか、そんな呟きを漏らしていた。彼女は、側に座るマティアスを同情したような表情で見つめている。


「……ミレーユさんも、他人事ではないのでは?」


 そして、それを聞きつけたのはアミィであった。ミュリエルと並んで座る彼女は、苦笑しながら赤毛の女騎士を見ていた。


「うむ! アミィ君の言うとおりだね! 実は、アリエル君やミレーユ君にも縁談があってだね!」


「えっ! 私達にもですか!」


 公爵の言葉が予想外であったのか、ミレーユは青い瞳に動揺したような色を浮かべている。だが、隣に座るアリエルは、僅かに表情を動かしたものの、落ち着いた様子を崩さない。


「当然だよ! 君達はシャルロットの腹心なんだから。何とか君達の婿の座を得て、シノブ君に仕えたいという者は多いんだよ!

……そうだ! 面倒だから、どちらかがマティアスと結婚したらどうかね!」


「公爵閣下! それはアリエル殿やミレーユ殿に失礼では!?」


 マティアスは公爵筆頭への遠慮も忘れたのか、(あき)れたような声を上げている。立ち上がった彼は、すまなそうな表情を浮かべながら側にいる女騎士達を、見下ろしていた。


「失礼だなんて、とんでもございません。ですが、男爵の娘程度では、重鎮達が納得されないのでは?」


「そ、そうです! 王都ご出身の子爵の妻が田舎男爵の娘なんて、馬鹿にされるだけです!」


 そんな彼に、二人の女騎士は口々に答える。ただし、穏やかに微笑んで答えるアリエルに、どこか焦ったようなミレーユと、その内容は対照的ではある。


「良い案だと思ったのだがね……そういうことにしておけば、縁談を回避できるだろう?」


 どうやら、公爵は面倒事を避けたいだけのようである。もしかすると、シノブ達と親しい彼の下に大量の縁談が持ち込まれたのであろうか。


「義伯父上、そのあたりは当人達に任せては?」


 シノブは、苦笑いを浮かべながら仲裁に入った。

 たぶん、公爵はマティアスのことを案じているだけなのだろう。それ(ゆえ)、わざとこの件に触れてみたのではないだろうか。彼は、そう思ったのだ。

 だが、シノブの見るところ、アリエルはそれほど嫌がってもいないようである。案外、似合いの二人ではなかろうかと、シノブは彼らを見つつ考えていた。


「……ところで伯父上、シメオン殿にも縁談が来ているのですか?」


 シャルロットは、自身の婚約者候補として取り沙汰されたこともあるシメオンに視線を向けていた。

 自身がシノブの妻となった今、シメオンにも幸せな家庭を築いてほしいと思っているのだろうか。そんな内心を表すかのように、彼女の美しい眉は僅かに(ひそ)められていた。


「いや、シメオンは上手く立ち回ったらしいね……」


「王都で監察官達と働いたときに、少々釘を刺しましたから」


 苦笑気味の公爵の言葉を受けて、シメオンが澄ました表情で事情を説明する。

 彼は、王都で監察官達と共に、戦闘奴隷を使ったソレル商会の主達を取り調べていた。また、その後も関連した出来事を調べるために、王宮や政庁に詰めていた時期がある。

 どうやら、それらの働きがあまりに優れていたため、縁談を持ち込もうとした貴族達も恐れをなしたようである。確かに、下手に接近して自身の秘密を暴かれては本末転倒であろう。


「流石シメオン、というべきかな」


 シノブは、シメオンが意図的にそういった行動を取ったのだろう、と察して微笑んだ。

 冷静な外見からは意外ではあるが、彼は理想家としての内面も持っている。おそらく自身の結婚について、他者に口出しされたくないのだろう。シノブも内心では彼に家庭的な幸せをと考えていたが、敢えてそれは口にしなかった。


「シメオン殿の毒舌についていける女性は、そうそういないと思いますよ~」


 シメオンの内心を知ってか知らずか、ミレーユは彼にからかうような言葉をかけていた。だが、彼女の表情には、僅かに安堵したような色が浮かんでいる。


「お言葉通りですね。きっと、私の妻となる方は、武術大会で優勝するくらいの女傑でしょう」


 シノブとシャルロットが二人の様子を見守っている中、シメオンはミレーユに対し、冗談めいた言葉を口にした。


「し、シメオン殿! それって……」


 相変わらず澄ました表情のシメオンの言葉に、ミレーユは思わず顔を赤くしていた。その頬は、彼女の見事な赤毛のように真っ赤に染まっている。

 やはり、ミレーユはシメオンのことが気になるようだ。そう思ったシノブがシャルロットに物問いたげな視線を向けると、彼女も嬉しげな表情で頷いている。


「……もっとも、そんな女傑に相応しくなるよう、己を磨くのが先ですね。いずれにしても、王都からの横槍が入らないのは嬉しいことです」


 動揺するミレーユとは対照的に、シメオンは落ち着いた様子を崩さない。

 だが彼は、落ち着きの中にもどこか温かさを感じさせる表情でミレーユに語りかけた後、シノブやシャルロットに僅かに微笑んでみせた。どうやら、シノブ達の思いも承知しているようである。


「フライユ伯爵家の当主としては、皆の思うとおりにしてほしいね。だから、余計なことを言う者など気にしないで良いよ」


 シノブの言葉に、シメオンやマティアス、そして二人の女騎士は嬉しげな表情を浮かべる。一瞬ではあるが、明らかに喜色を表したマティアスとミレーユ、僅かに安堵した様子のシメオンとアリエルと、その反応には差はあったが、思うところは同じであろう。

 公爵の言葉が、彼らにどのような影響を与えたか。それはわからない。だが、共に歩む仲間達に幸福な未来が訪れるよう、シノブは静かに願っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年4月1日17時の更新となります。


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