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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第10章 フライユ伯爵領の人々
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10.12 大武会 後編

 シノブ達は、ガルゴン王国のナタリオやカンビーニ王国のアリーチェと、武術大会『大武会』本選の観戦を続けていた。両国との交易を開始してフライユ伯爵領の産業を活性化したいシノブ達にとっては、大使の子供である彼らとの関係を強化しておきたい。そのため、『大武会』の観戦に招待したのだ。


 そして、ナタリオやアリーチェにとっても、シノブと親密になることは最優先課題であるようだ。元々、両国はフライユ伯爵領については重視していなかったらしい。正確には避けていたと言うべきであろうか。

 南方の両国と、メリエンヌ王国でも北東の国境沿いにあるフライユ伯爵領は、距離が離れているということもある。だが、それ以上にベーリンゲン帝国と国境で争っている土地に不用意に関与して、巻き込まれることを恐れたのだろう。

 ところが、帝国との戦いに勝利した上に竜を友とするシノブの出現で、両国の方針が変わったらしい。五百年以上昔に現れた建国の英雄達と同等、あるいはそれを超えると思われるシノブの能力に、両国は強い興味を示したようだ。


 そのためだろう、彼らは自国に不利な条件を飲んでもシノブ達と交易したいと申し出てきた。

 ガルゴン王国は、シノブが渇望する寒冷地でも栽培可能な稲を渡しても良いと言ってきたし、友好国のうち最も南に位置するカンビーニ王国は、南方の珍しい香辛料などをフライユ伯爵領だけには安く卸すと提案してきた。更に、一方的に売りに来るだけではなく、フライユ伯爵領の特産物を買い付けるという。


 そんな彼らの様子を見たシメオンは、両国は勝ち馬に乗りたいのだろう、と語っていた。

 帝国に勝利してメリエンヌ王国が強化されるなら、その功労者となるであろうシノブと誼を通じておくのは当然の行動だ。また、竜という強力な存在への興味もあるに違いない。

 ともかく、今までは自国を飛び出した傭兵達が、帝国との戦いに参戦するだけであったが、勝てる戦いなら協力を惜しまない。そんな計算もあるのだという。

 もっとも、獣人の多い両国にとって、同胞を帝国から救い出したシノブに敬意を感じているのは間違いない。そのため、フライユ伯爵領に開設された領事館の者達は、いずれも非常に好意的であった。


「シノブ様、第二回戦も見ごたえがありましたね!」


「ええ、本当に優秀な戦士が沢山いて羨ましいですわ!」


 虎の獣人の少年ナタリオと、猫の獣人の少女アリーチェは、『大武会』で繰り広げられる熱戦を、瞳を輝かせて見つめていた。そして、第二回戦が終了すると同時に、興奮覚めやらぬ様子でシノブ達に口早に語りかけてくる。


「そう言ってもらえると嬉しいよ。ところで、飲み物でもいかがかな?」


 準決勝である第三回戦までは、少々時間がある。そこで、シノブは二人に飲み物を勧めた。そんな彼の言葉を受けて、侍女のアンナやソニアがナタリオやアリーチェへと歩み寄る。

 一方、シノブやシャルロット達の下には、リゼットを始めとする数名の侍女が同様に飲み物を運んで来た。そして、そんな侍女達の中には、先日館に引き取った狼の獣人の少女リーヌもいる。


「冷たいジュースが美味(おい)しいですね!」


「そうですね」


 ミュリエルの言葉に、その祖母アルメルが頷いている。彼女達も、観戦に夢中で飲み物を取るのも忘れていたようだ。


「皆様、アイスクリームもありますよ」


 アミィが言うとおり、彼女がアンナ達に伝えたアイスクリームも用意されている。1月も末の寒い時期であるが、珍しい食べ物ということで用意したのだ。


「これは冷たいですね!」


「でも、甘くて美味(おい)しいですわ!」


 ガルゴン王国やカンビーニ王国にも、アイスクリームはなかったようだ。そのため、ナタリオやアリーチェは驚きの表情を浮かべながら味わっている。


「ところで、アルノーとミレーユ、二人とも準決勝に進んだね」


「はい! きっと、決勝はお二人だと思います!」


 シノブは、楽しげな様子でミュリエルに笑いかけた。そして、彼女も元気良くそれに答える。

 実は、貴賓席にいる彼らは男性陣と女性陣に分かれ、どちらが勝つか賭けているのだ。賭けといっても、対象は金銭などではない。街への外出をする際に、どちらの希望を聞くかという他愛のないものだ。アルノー・ラヴランが勝てば男性陣の、ミレーユが勝てば女性陣の希望の場所に行く、それだけである。

 つまり、どちらが勝ってもミュリエルは外出を楽しめる。それ(ゆえ)、彼女はとても嬉しげな顔をしていた。


「ミュリエル。カスタニエかラシュレーが優勝するかもしれませんよ?」


 シャルロットは悪戯っぽい光を青い瞳に浮かべながら、妹に問いかける。

 準決勝に進んだ残りの二名は、元傭兵で現在は巡回守護隊司令代理のエランジェ・カスタニエと、領都守護隊の本部隊長であるジェレミー・ラシュレーであった。

 結局、四人の大隊長が順当に勝ち上がったのだ。


「シノブお兄さま、そのときはどうなるのですか?」


「どちらも外れだから、外出は無しかな?」


 不安げなミュリエルに、シノブは敢えて彼女の希望とは異なる答えを返す。


「それは困ります!」


 シノブの言葉を()に受けたミュリエルは、悲鳴混じりの叫びを上げる。彼女は、よほど外出を楽しみにしていたようだ。


「冗談だよ。まあ、そのときは籤引きでもして行き先を決めようか」


「はい! そうしましょう!」


 シノブの提案に、ミュリエルは再び満面の笑みを浮かべた。そして彼女の輝かんばかりの表情を、周囲の者達は微笑ましげに見つめている。


「あっ! 準決勝が始まるみたいです! ミレーユさんとカスタニエさんも出てきました!」


 ミュリエルへと視線を向けていたシノブ達は、アミィの言葉に再び演習場へと振り向いた。どうやら試合の場も整え直し、準備が完了したようである。

 再開される戦いを前にし、会場には喧騒と熱気が満ちていく。そんな高揚する雰囲気の中、シノブ達も準決勝の開始を固唾を呑んで見守っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 準決勝の第一試合は、ミレーユと巡回守護隊司令代理のエランジェ・カスタニエが戦う。長槍のミレーユと、小剣のカスタニエの対決は、得物が長いミレーユが有利に思える。

 しかもミレーユは、第二回戦の対戦相手ドワーフの戦士マルッカも、第一回戦と同様に稲妻のような一撃で場外へと突き飛ばしていた。

 だがカスタニエは、第一回戦では戦斧を振り回すドワーフの戦士カレヴァ、第二回戦では大剣のガリエ中隊長の攻撃を全て躱すなり流すなりして勝利した。

 したがって、カスタニエがミレーユの初撃を躱せるかどうかに掛かっている。そう、会場の多くの者は予想していた。


 しかしミレーユとカスタニエは、そんな予想に反して開始から暫くの間、互いの出方を見つつ動かない。どうやら、ミレーユは一撃で倒せる相手ではないと判断したようだ。

 ベルレアン流槍術の基本通り腰を落として左半身(ひだりはんみ)で槍を構えるミレーユと、片手正眼で右手に小剣を構えるカスタニエは、摺り足で槍と剣が触れるか触れないかのところまで接近したが、そこから前には進まない。

 両者は、その手に持つ得物を僅かに動かしたり、微妙に立ち位置を変えたりしてはいるが、遠目には彫像のように立ち尽くしているように見えた。


「アミィさん……」


 会場は、そんな二人に圧倒されたかのように静まり返っている。そんな雰囲気に遠慮したのか、ミュリエルは小声で隣にいるアミィへと声をかけた。


「不用意に動いたほうが負ける。そう考えたのでしょう。お互いに、相手が打ち込んだところに返し技を放ちたい……いわゆる後の先ですね」


 アミィはミュリエルに(ささや)き返す。彼女が言うように、ミレーユは長槍、カスタニエは小剣を、あるときはわざと隙を作り、またあるときは威圧するように突き出しと、高みに達した者だけが理解できる繊細な攻防を繰り広げているのだ。


 しかし、ついに均衡が崩れるときが来た。一瞬深く体を沈めたミレーユが、電光のような突進と共に長槍をカスタニエの胸元上部へと繰り出した。


「ふっ!」


 だが、カスタニエは準決勝まで進んだだけのことはある。今までの対戦相手とは違い、ミレーユの突きに反応し、その槍を右斜め上に打ち払う。どうやら女性で身長が低めのミレーユが、さらに低い体勢から胸元を斜め上に突いたため、カスタニエは彼女の長槍を上に流したようである。


「ミレーユさん!」


 ミュリエルは、カスタニエが槍を流して技を放とうとするのを見て、思わず悲鳴を上げていた。だが、その直後に彼女の表情は安堵のものへと変わっていた。

 なんとミレーユは、斜め上に弾かれた槍を、その動きを利用して反転し石突(いしづき)側で迎撃したのだ。そして彼女は石突(いしづき)でカスタニエの小剣を上に流し返すと、更に槍を反転させて穂先で胸元に強烈な突きを放った。


「シャルロット様、あれは!?」


 カスタニエは場外まで吹き飛んだため、ミレーユの勝ちである。それを見たアリーチェは、同じ女性の活躍に興奮した様子でシャルロットに説明を請う。


「ベルレアン流槍術『二連返し』です。(みずか)ら隙を作るため、難しい技なのですが……」


 シャルロットは嬉しげな様子でアリーチェに説明をした。長年一緒に修練したミレーユの勝利に、彼女の顔は思わず綻んでいる。

 そして貴賓席の彼女達に、ミレーユは紅潮した表情のまま一礼をしていた。観戦席全体への礼ではあるが、顔を上げたミレーユは、嬉しげな表情でシャルロットを見つめている。


「ミレーユ様! ミレーユ様!」


「カスタニエ殿、残念だったな! でも、凄かったぜ!」


 観客達も、鮮やかに勝利したミレーユと、惜しくも敗れたカスタニエに割れんばかりの拍手を送っている。彼らの拍手や歓声は、二人の戦士が退場するまで途切れることなく続いていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 準決勝第二試合は、ジェレミー・ラシュレーとアルノー・ラヴランの対決である。共にベルレアン伯爵家の家臣であり、20年前の戦争にも参加した二人だ。しかも、戦争前はアルノーが四歳年下のラシュレーを指導していたという、ある意味同門の対決である。


 しかし、ラシュレーはミレーユと同じ長槍、アルノーは小剣と、武器が違う。

 それは、二人の経歴の差でもあった。戦から無事に帰還したラシュレーは先代ベルレアン伯爵の下で槍術の研鑽を積んだ。それに対し、戦闘奴隷となったアルノーは、取り回しの良い小剣を与えられ、暗殺などに使われた。

 シノブは、そんな互いの20年を象徴しているかのような姿を見て、思わず押し黙っていた。


「組み合わせとしては、前の戦いと同じですね」


「……ああ。

でも、どうなるかな? アルノーはジェレミーを良く知っているからね」


 彼らの過去に思いを馳せていたシノブは、目の前のナタリオへと意識を戻し、明るい口調を意識しながら二人が旧知の仲だと説明した。ナタリオは、そんなシノブの説明を頷きながら聞いている。


 そして、シノブが語り終えたと同時に、二人の戦いは始まった。


 ミレーユとカスタニエの対戦と同じく、ベルレアン流槍術の構えを取るラシュレーと、片手正眼で剣を突き出すアルノーに、会場はどこか失望したかのような溜息を漏らしている。たぶん観客達は、同じ展開になると思ったのだろう。


 ところが、第二試合は数瞬の静寂の後に、多様で激しい技の応酬へと転じていた。

 ラシュレーが槍で神速の三段突きを放てば、アルノーはそれを華麗な剣技で受け流す。そしてアルノーが槍を擦り上げつつ前に進めば、ラシュレーはミレーユが見せた石突(いしづき)での返し技をちらつかせ牽制する。


「いいぞ! ラヴラン殿!」


「ラシュレー殿、そこだ! いけ!」


 あるときは接近し、あるときは飛び離れ、まるで息の合った者同士の演武のような技の数々に、観客達も熱い声援を送っている。

 一見すると長物を使うラシュレーの方が有利に感じるが、アルノーも接近こそ出来ないものの充分に余裕を持って対処している。ラシュレーが持つ総鉄造りの槍の()を、彼は火花を散らしながら何度も受け流していた。


「見事な技の数々ですね……でも、このままでは終わらないのでは?」


「二人は、戦場でも肩を並べて戦った仲だからね。でも、もうそろそろかな?」


 アリーチェの呟きに、シノブが答える。シャルロットは、彼らがガルック平原で馬を並べて戦ったところは見ていない。そこで、直接目にしたシノブが説明したのだ。


「シノブお兄さま?」


 シノブの意味深な言葉に、ミュリエルが小首を傾げて問いかける。彼女の動作に合わせて、銀色に近い長い髪がさらりと揺れている。


「アルノーは、ただ槍を受け流しているだけじゃない。で、ジェレミーはそれがわかっているけど、回避できていない」


 そうシノブが言ったとたん、ラシュレーが握る長槍の先端から三分の一ほどが切り飛ばされた。


「おおっ! あれって鉄の模擬槍だよな!」


「ああ、そのはずだ! しかも、アルノー殿の武器は刃を潰した模擬剣だぞ!」


 観客がどよめく中、ラシュレーもその事態を予測していたのか、持ち手の位置を変えて短槍の構えに移っていた。一方、アルノーは小剣をその間に返し、先ほどとは逆側をラシュレーへと向けている。


「シノブ様!?」


「アルノーは、槍の()で小剣に刃をつけていたんだよ」


 シノブは、ナタリオにアルノーの意図を説明する。

 アルノーは刃をつぶした小剣の片刃を、槍の()を受け流しながら研いでいた。その上で充分に刃がついたと察したとき、アルノーは斬鉄を試みた。もちろん、そんなやり方でつけた刃は一度しか使えないだろう。だが、その一度が彼には必要だったのだ。


 そしてシノブ達が話している間、十数合ほどアルノーの小剣を受け止めたラシュレーだが、短くなった槍では対抗できなかったようだ。ついに彼は槍を大きく弾かれ、袈裟切りの一撃を受けて仰向けに倒れてしまった。


「アルノー殿! 凄いぞ!」


「ラシュレー殿、良くやった!」


 勝ったアルノーと負けたラシュレーに、第一試合と同様に、万雷の拍手が送られている。

 そんな中、アルノーはラシュレーに手を差し伸べ、立ち上がらせる。戦いが終われば、20年来の同僚である。そのため、彼らは爽やかな笑顔で互いを称えているようだ。

 シノブやシャルロットも、そんな仲の良い家臣達に、温かい拍手を送っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「さて、ミレーユとアルノーの対決だね。どちらが勝つかな?」


「ミレーユさんが勝ちます! きっと勝ちます!」


 問いかけたシノブを、ミュリエルは真剣な表情で見つめている。だが、その言葉には彼女の願望も入っているようだ。そのせいか、ミュリエルの緑色の瞳には少し憂いの色が混じっている。


「ああ、そう信じて応援するんだ。きっと、ミュリエルの思いは届くよ」


「そうです。私も信じていますよ」


 シノブも表情を改め、ミュリエルへと頷き返した。そして、シャルロットも妹に微笑んでみせる。


「はい、そうします!」


 二人の言葉を聞いたミュリエルは、その視線を演習場へと向けた。

 今は、決勝を前にした休憩時間である。そのため、ミレーユとアルノーは、試合場の両脇、少し離れた場所に用意されているそれぞれの天幕へと下がっている。


「ところで、シノブ様。そのうち、我々の国に来訪していただけないでしょうか?

我々の国は三方を海で囲まれています。暖かな土地も多いですし、綺麗な海とそこで取れる豊富な魚が自慢なのです」


 場の雰囲気を和らげようと思ったのか、ナタリオがシノブへと話題を振る。どうやら、彼はシノブやアミィが海産物に興味があると知っているようだ。


「あ、あの! カンビーニ王国も、同じく半島で周りは海です!

それに、こちらのほうが南にあります!」


 アリーチェも、ナタリオに対抗しようと思ったようだ。彼女は割り込むように身を乗り出し、シノブへと自国のアピールをする。


「二人ともありがとう。残念だけど、すぐには無理かな。まだ領地を把握しきっていないしね。

だが、いずれは両国を訪れたいと思っているよ。ただし、陛下のお許しが出ればだが」


 シノブは、どちらにも角が立たないような曖昧な返事を返した。もっとも、領地建て直しで忙しいのは事実だし、国外に正式訪問するなら王宮に打診する必要もあるから、事実ではあったが。


「シノブ様、そろそろ準備が出来たようです!」


 僅かに苦笑いをするシノブに、アミィが言葉をかけた。

 彼女が言うとおり、控えの天幕からミレーユとアルノーが歩み出ている。二人は、領主であるシノブがいる貴賓席に向けて、立礼をした後、所定の位置へと向かっていった。


「いよいよ、決勝戦だね……」


「ええ……しかも、また槍と剣ですね」


 シノブの言葉に、シャルロットが頷き返す。奇しくも、準決勝以降の三試合は長槍と小剣の戦いとなっていた。もっとも、馬上での主力兵器が長槍で、単独で戦う場合は小剣が使われることが多い。したがって、その二つが残ったのは不思議なことではない。

 とはいえ、準決勝の初戦ではミレーユが自在の槍術を、そしてその次はアルノーが緻密な作戦と斬鉄の技を見せている。したがって観戦している者達もどちらが勝つのか予想が立たないようである。

 彼らは、二人が出てくるまではそれぞれ自説を披露していたが、今は黙って試合場を見つめていた。


「始め!」


 審判役の家臣が手を振り下ろすと、ミレーユとアルノーは、双方とも放たれた矢のように飛び出した。


「速い!」


「ああ! 追いきれねえ!」


 観客の言葉通り、二人の戦いは、準決勝までとは一変していた。

 もはや身体強化が使えないものには、彼らの姿を追うことすら難しいようである。ミレーユはシャルロットが演武で見せたような、超絶的な速度で無数の槍の壁を作ったかと思うと、瞬時に移動してアルノーの側面に回り込もうとする。

 対するアルノーも、剣が周囲を球形に埋め尽くすかのように縦横無尽に振るったかと思うと、やはり光のような速さで動き、ミレーユの死角へと移動しようと試みる。


「シノブ様……あれは!?」


「二人は魔力を温存していたんだ。

彼らの魔力操作は非常に高度な域に達しているが、魔力はそんなに多くない。だから、このときの為に身体強化の制限をしていたんだよ」


 ナタリオの驚愕したような声に、シノブは淡々と説明する。魔力が少ないことを嘆いていたミレーユだが、血の滲むような努力で超人的な高みに到達していた。もはや彼女に勝てるのは、領内ならシノブやシャルロットにアミィ、そして対戦しているアルノーくらいのものだろう。

 そして、アルノーも20年間の戦闘奴隷生活で得た能力を、シノブやアミィから教わった魔力操作で更に磨いていた。こちらも、獣人だけあって魔力はさほど多くない。

 ある意味、似た者同士の二人は、華麗に、そして楽しげに技を繰り出していた。


「あれが、ミレーユさんとアルノーさんの本当の戦い……」


「凄いですわ……」


 ミュリエルとアリーチェは、呆然(ぼうぜん)とした様子で見つめている。

 ただし獣人として高い戦闘能力を持つアリーチェは、二人の動きをなんとか追いかけているようである。そして驚くべきことに、ミュリエルも同じらしい。

 元々ベルレアン伯爵に匹敵する魔力を持ち、アミィの魔力操作で半年近く訓練してきたミュリエルだ。シノブを除けば、彼女とミシェルがアミィの一番弟子である。

 そのため彼女は、自然と身体強化の入り口へと到達していたようだ。


「ですが、あのまま長い間を戦うことはできません。そろそろ、勝負を決めに動くでしょう」


 シャルロットが語ったように、ミレーユとアルノーの動きは一層複雑さを増していった。


「み、ミレーユ様が、何人もいる!」


「アルノー殿も!」


 ついに普通の者達には、戦う二人が分身しているように見えたようだ。アルノーの周囲を走りぬけながら槍を突き出すミレーユは、突きの瞬間だけ観衆達にも見えているらしい。

 また一方のアルノーも、斬撃のために留まった一瞬だけが観客の網膜に映っているとみえる。


 そして、決着の時が訪れた。


「あ、アルノー殿が! 空に!」


 驚く観客の叫びの通り、ミレーユの槍に跳ね上げられたアルノーが、宙に舞っている。


「ベルレアン流槍術『大跳槍』です。私も良く使う技ですが……」


 シャルロットの言葉に、シノブは彼女から見せてもらった技を思い出していた。

 剣あるいは相手の体を下から跳ね上げ、足場のない宙に飛ばす技である。シャルロットは、前フライユ伯爵クレメンとの対決でも使ったと、以前シノブやアミィへと話してくれた。

 もちろん、前伯爵の不祥事をここで話題にするわけにはいかないから、彼女はその後を濁していた。だが、どちらにしろ、それ以上の説明は行われなかったかもしれない。


「ミレーユさんも!」


 ミュリエルの歓声が示しているように、ミレーユも跳躍したからだ。まるで砲弾のような勢いでアルノーを追いかけた女騎士は、不安定な体勢の相手に槍の連撃を繰り出していた。


「ミレーユ様の勝ちだ!」


「あれがベルレアンの女騎士か……」


 正確には、彼女はソンヌ男爵の娘として、兄とその息子に続く継承権を保持したままである。だが、アリエルやミレーユは、普段そんな事を口にしない。それ(ゆえ)観衆達の多くは、彼女を継承権を放棄した貴族出身の家臣だと思っているようである。


「ミレーユ様の勝利!」


 そして、ひらりと地に降りたミレーユに、審判が勝利を宣言する。彼女とは対照的に、アルノーは何とか体勢を整えて降りたものの、剣を手放し膝を突いたままであった。


「ミレーユさんの優勝です!」


「はい、見事な勝利ですね!」


 並んで観戦していたミュリエルとアリーチェは、手を取り合って喜んでいる。


「ミレーユ、頑張りましたね……」


 そしてシャルロットも、誇らしげな表情でミレーユを見つめていた。六年の歳月を共にした、腹心であり友人でもある彼女の勝利に、シャルロットの深く青い瞳は僅かに潤んでいる。


「シャルロット様~!」


 そんなシャルロット達の視線を受けて、ミレーユも輝くような笑顔で見上げ、手を振り返している。彼女も、青い瞳に大粒の涙を浮かべているようだ。

 溢れる涙と燃えるような赤毛を(きら)めかせ、ミレーユは長年共に歩んできた主を見つめている。至福の表情で勝利を主に捧げる女騎士は、一幅の絵のように美しかった。


「ミレーユが優勝したから、出かける先はミュリエル達の好きなところに決定だ。ところで、ミュリエルの行きたい場所はどこなのかな?」


「あの……私、治療院を見に行きたいのです。私は治癒魔術に向いていますし……」


 なんと、ミュリエルは遊びに行くのではなく、治療院の見学がしたかったらしい。シノブの言葉に恥ずかしげに答える向学心溢れる少女を、一同は思わず温かな笑顔で見ていた。


「わかった。それじゃ、今度見学しよう。でも、その後は街に遊びに行っても良いんだよ。アリーチェ殿やシャルロットの希望も(かな)えないといけないしね」


「私も、治療院で構いません。でもアリーチェ殿は、どこかにお連れしたいですね」


 シノブの言葉を受けたシャルロットは、アリーチェへと視線を向けた。


「あの……私は北の特産物が見たかったのです。前回、街でお会いした露天商も、そういうところを探そうと回っていたときに見つけたので……」


「わかった。では、街に探しに行こう。とはいえ、私達もまだ詳しく知らないのだけどね」


 アリーチェの望みを聞いたシノブは、恥ずかしげに頭を掻きながら答える。


「お館様。そういったことは私達にご相談ください。私達は、お館様をお助けするために控えているのですから」


 侍従のヴィル・ルジェールが、控え目ながら強い意志を篭めた言葉を紡ぐ。一歩踏み出た彼は、とても真剣な目で若き主を見つめている。


「そうだね。ヴィル、よろしく頼む。私に領内のことを教えてほしい」


「はっ! お任せください!」


 一日をシノブ達と共にいたせいか、それとも各種族や各地の者が武術で交流する姿を見たせいか、ルジェールはとても晴れやかな顔で答えていた。シノブは、そんな彼を見て、もっと領内の交流を促進し互いを知ることが重要だと思いながら、深く頷き返していた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年3月30日17時の更新となります。


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