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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第10章 フライユ伯爵領の人々
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10.11 大武会 中編

 家臣や軍人募集のための武術大会『大武会』は、予選と本選に分けて行われる。参加者は千人を超えるが、本選に出場できるのは16名だけだ。そのため、予選は16の組に別れ、その中で勝ち残った者が本選に出場できる。

 したがって、予選の各組には60名から70名の参加者がいた。なお予選はトーナメント形式であり、本選に出るには、およそ六回勝ち抜く必要があった。

 もちろん、一試合ずつ行っていては一日では終わらない。そこで予選には大勢の審判を用意し、各組ごとが同時に10試合以上実施、かつ、試合自体も時間制限があり時間切れは判定という条件で行った。

 そして、それらの大会進行の工夫の結果、予選は無事に午前中で終わっていた。


「良い戦士達ですね」


 予選を見終わったナタリオ・デ・バルセロは、シノブに向かって少し羨ましげな口調で語りかけた。彼らは、演習場の観戦席にいる。もちろん、領主と外国の大使の子息だから、貴賓席からの観戦だ。


「……腕ももちろんですが、やる気に満ちています」


 それはともかく、ナタリオは熱意の篭った口調で言葉を続けている。

 ガルゴン王国の大使の息子である彼は、武術が好きなようだ。まだ16歳と若いが、武官になるべく幼少の頃から鍛錬してきたという。そんな彼は、自身も出場したいのか、食い入るように試合を見つめていた。


「ありがとう。士気が高いのは嬉しいことだね」


 シノブは、ナタリオに微笑みながら答えた。

 虎の獣人のナタリオは、外見どおり武術好きで裏表のない性格だ。彼もそれは自覚しているらしく、外交官ではなく軍人としての道を究めたいようだ。そんな彼の人柄(ゆえ)だろう、シノブも気安く接するようになっていた。


「シノブ様とシャルロット様の演武を見た後ですから、彼らも気合が入ったことでしょう。

私も、お二人の技に見惚れてしまいました」


 こちらはカンビーニ王国のアリーチェ・デ・アマートだ。彼女も大使の娘である。

 本来二人はフライユ伯爵領にそれぞれの国の領事館を開くためにやって来た。だが、ナタリオもまだ若いし、アリーチェはさらに若く14歳である。

 どうやら、二人はシノブ達と親交を深めるために来たらしい。そのため、実務は配下の者達が行っているようである。

 そして、彼らの目的は達成されつつあった。貴賓席にはシノブやシャルロットだけではなく、ミュリエルやその祖母アルメルもいる。午前中、観戦しつつ語り合った彼らは、かなり心理的な距離を縮めていた。


「私達の演武が良い方向に働いたのなら、嬉しいですね」


 シャルロットは、アリーチェに柔らかな笑みと共に答えた。

 この試合の結果で、仕官の可否や待遇が決まる。元々、家臣や軍人である場合は、仕官自体は関係ないが、階級や配属先の決定に関わるのは同じだ。それ(ゆえ)、参加者は皆、真剣に挑んでいた。

 だが、アリーチェが言ったように、シノブやシャルロットの演武で更に意気が上がったのは事実であろう。確かに、この二人の配下になるのであれば、中途半端な腕前では出世できそうもない。


「ヴィル。本選出場者は、どうなったのかな?」


 シノブは、脇に控えていた家臣に声をかけた。ヴィル・ルジェールという名の彼は、大会の運営を担当している侍従の一人だ。


「まず、ベルレアン伯爵家から移籍したラシュレー大隊長、ラヴラン大隊長、ミレーユ様です。それに、元傭兵のカスタニエ大隊長、ゲール大隊長、デュフォー大隊長も残っております。

元々の家臣からは、モゼル砦のバンヌ・バストル中隊長、ガルック平原で戦ったバリスト・ガリエ中隊長、そして元農務長官ルビウス殿の息子ファルージュ・ルビウスです。

解放された獣人からは、ヘリベルト・ハーゲン、オットー・マイドルフ、クラウス・アヒレス、ディルク・バスラーの四名が残りました。

そして、ドワーフの戦士からはイルッカ殿、マルッカ殿、カレヴァ殿です」


 栗色の髪に緑の瞳のルジェールは、30歳過ぎの年齢に相応しく落ち着いた様子の外見である。しかし、シノブは、彼が意外に激情家であることを知っていた。


 ルジェールは、都市グラージュに赴く前フライユ伯爵クレメンを騎士の礼で見送った侍従である。

 彼はクレメンを深く尊敬していたらしく、その死に非常な動揺を示していた。しかし、その一方で彼はクレメンの反逆には関わっていなかった。あくまで、領政を立て直したクレメンに心服していただけらしい。

 ルジェールも内心では様々な思いがあるのだろうが、クレメンに遺書を託されたシノブと共に、前領主の遺志である領地発展をやり遂げようと思ったようだ。


「ありがとう。ヴィル。良くわかったよ」


 経緯はともかく、シノブにとって、ルジェールは過去の領地を知る貴重な家臣である。そのため、シノブも彼が過去に拘らず働いてくれることに感謝していた。


「アミィさんが出場できないのは、残念ですね。それにアリエルさんも」


 ミュリエルは、親しいアミィが加わっていないのが、少し不満なようである。彼女は、隣に座るアミィへと(ささや)きかけた。


「仕方ありませんよ。司令官級は出られないのですから」


 アミィが苦笑しながら答えたように、シノブやシャルロットを始め、司令官やそれに相当する格の者は出場できない。志望者の実力を見る必要があるし、万一、本選がシノブ達だけとなったら興ざめであろう。

 とはいえ、軍の士官達の実力を披露するため、大隊長までの出場は許されている。そこで、ミレーユ達も予選に参加していたのだ。


「アリエルは魔術試験がなければ可能でしたが……」


 シャルロットが触れたように、アリエルやミュレ達は魔術での採用試験を監督していた。昨日から三日間かけて実施している魔術試験だが、戦闘以外に使う術もあるため、大会形式ではなく公開もしていない。


 そして、そんな大会のあれこれを話している一同の下に、若い文官が近づいてきた。


「お館様、昼食の用意が出来ております」


「わかった。では、運んでくれ」


 シノブは、文官の言葉に頷き、料理を運ぶように指示した。本選に出場する選手達は、1時間ほど休憩する。そこで、シノブ達はその間に食事をするのだ。

 もちろん、シノブ達だけではなく、観戦する者達も昼食を取る。自宅から持ってきたパンや飲み物を飲食する者もいるし、観戦席の近くに臨時に設置された店に買い求めに行く者達もいるようだ。


「さあ、ナタリオ殿、アリーチェ殿。食事にしよう」


 シノブは、大使の子供達に朗らかに笑いかけた。そして、そんな彼に釣られたのか、二人だけではなくシャルロットやミュリエル達も嬉しそうに微笑んでいた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 『大武会』の本選もトーナメント形式である。したがって、一回戦は八試合行われる。

 なお、ここからは並行してではなく、一試合ごとに行われていく。そのため、観客は全試合を観戦することができた。


「一試合目は、モゼル砦の隊長を務めていたバンヌ・バストルとドワーフの戦士マルッカ・アイモ・アハマス殿です。バストルは先の戦いでも砦の防衛を担当しています。マルッカ殿は、同じく先の戦いで帝国と戦った義勇軍の勇士です」


 シノブ達に解説をするのは、侍従のヴィル・ルジェールだ。ナタリオやアリーチェもいるので、彼は出場者の出身や得意とする戦法などについて、一通りの説明をする。


 ルジェールは、武術に詳しいわけではないが、フライユ伯爵家の家臣として十数年働いている。そのため、従来の家臣についても熟知していた。とはいえ、参加者の大半は領外から来た者だ。それ(ゆえ)、マルッカについては出場者の経歴を見ながらである。


 そしてルジェールが説明を終えたと同時に、二人の戦いが始まった。


「セランネ村のドワーフ、アハマス族アイモの息子マルッカだ! いざ、尋常に勝負!」


「フライユ伯爵領軍中隊長、バンヌ・バストル! 受けて立つ!」


 マルッカの大時代な叫びに、バストルも大剣を隙なく構えつつ応じる。

 そして10mほど離れて対峙するバストルとマルッカを、数名の審判が同じくらいの距離を置いて見つめている。彼らがいるのは、演習場の中央の広く空けた場所だ。

 戦いの場には一辺30mほどの枠線が引かれており、それを出たら場外負けである。その他はシノブとシャルロットの決闘と同じルールだ。


 王国の騎士鎧で身を固めたバストルと、イヴァールと同様の鱗状鎧(スケイルアーマー)(まと)ったマルッカは、それぞれ人族の軍人とドワーフの戦士の見本のようである。また、彼ら自身も規律正しい軍人と豪放磊落なドワーフを体現したかのようで、好対照であった。

 そんな彼らが持つ武器は、バストルが大剣、マルッカが戦斧だ。しかし、それらは刃のない試合用の武器であり、更に頭部への攻撃は禁止となっている。とはいえ骨折などは覚悟の上という、治癒魔術があるから成り立つ荒っぽい得物であった。


 だが、そういった形式が当たり前の彼らは、恐れることもなく距離を縮め、互いの武器を振るっていた。

 大剣と戦斧、どちらも攻撃範囲には大して違いはない。上背は人族のバストルが頭一つ以上高いが、ドワーフは足が短いだけで、腕の長さは人族と大差ない。そのため、体型の差による不利は生じていなかった。


「うおおおっ!」


「くっ!」


 咆哮(ほうこう)と共に嵐のような勢いで打ち付けるマルッカの戦斧を、バストルは大剣で打ち払いつつ隙を探しているようだ。しかし攻防の均衡は、さほど長く続かなかった。


「あっ! 大剣が!」


 バストルの大剣が弾き飛ばされたのを見て、ナタリオが叫び声を上げた。そして次の瞬間、マルッカは戦斧をバストルへと突きつける。

 第一試合はドワーフの戦士マルッカの勝利であった。


「次は、ミレーユ様と解放された獣人オットー・マイドルフです」


 勝利の雄叫(おたけ)びを上げるマルッカを横目に、侍従のルジェールは第二試合の説明をする。同僚のバストルが負けたせいだろう、彼は僅かに残念そうな表情をしていた。


 ミレーユの対戦相手は、大柄な熊の獣人であった。おそらく2m近い巨体で、体重もミレーユの三倍近いかもしれない。寡黙な性格なのか、一言も発しないマイドルフだが、そのがっしりした体格が放つ威圧感は、歴戦の戦士だと感じさせるものである。

 そんなマイドルフは軍から貸し与えられたらしい歩兵用の鎧を着用していた。日の光に鈍く光る鎧は、飾り気のないものであるが、逆に無骨な彼に似合いのものであった。


 対するミレーユは、もちろん自前の騎士鎧である。白銀の精巧な鎧と、貴族の大隊長であることを示す白地に金の縁取りのマントの組み合わせの女騎士は、美しくも凛々しい。そして彼女は、自分より遥かに大きなマイドルフを見ても、泰然とした様子を崩さない。


 無骨な巨躯の獣人兵士と、華奢で小柄な女騎士。第二試合は、性別、体格、(まと)う装備と、あらゆる意味で対照的な二人の戦いとなったのだ。


「いくらミレーユ様でも、あんな大男と戦えるのかよ……」


「何言ってるんだ、シャルロット様の腹心だぞ! だが、体格が違いすぎるな……」


 そのため観客は、ほっそりした女性が巨人と戦えるのだろうかと、噂しているようである。彼らが言うように、長槍を構えるミレーユと大剣を持つマイドルフの体格差は歴然としている。


 だが彼らの予想に反して、ミレーユとマイドルフの試合は、一瞬で終わってしまった。開始早々(またた)きする間もなくミレーユが突進し、長槍でマイドルフを突き飛ばしたのだ。

 鎧の中央、鳩尾(みぞおち)のあたりを貫くかのように突き出した槍により、巨体の獣人が宙を舞い場外まで吹き飛ばされたのを見て、観客は大きな歓声を上げていた。


「流石、シャルロット様のお側付きの方ですね!」


 アリーチェは、同じ女性であるミレーユの勝利に感嘆していた。猫の獣人である彼女は、その耳をピンと立てて髪と同じ金色の瞳を輝かせている。


「ありがとうございます。彼女は祖父の指導を受けていましたから」


 シャルロットは、アリーチェへと優しく言葉を返す。

 そんな会話をする間にも、第三試合が始まっている。シノブ達は、南方の文化や交易の話などを交えつつ、それらの様子を観戦していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 第三試合では、フライユ伯爵領出身の軍人バリスト・ガリエが解放された狐の獣人クラウス・アヒレスを下していた。フライユ伯爵の家臣らしく大剣を使うガリエが、双剣使いのアヒレスの変則的な攻撃をものともせずに試合を制したのだ。


「くっ、参りました……まだ修行が足りませんね」


 両手に小剣を持つアヒレスは、小柄な体格を活かし軽装鎧で素早く動き回って戦った。だが彼の攻撃は、ガリエの大剣で全て防がれた。

 そして今、アヒレスはガリエの一撃を受けて地に伏している。


「いや、貴方の技も見事だった。これからは共に戦おう」


 第一試合のバストル同様に、王国騎士の鎧で身を固めたガリエはアヒレスの手を取り助け起こす。そして二人は、がっしりと握手を交わしていた。


「あのアヒレスという者も、かなり強いようですが……しかし王国の軍人もなかなかやりますね。彼はシノブ様やシャルロット様の教えを受けた者ではないのですね?」


「ああ。以前からの軍人だね。だが、先の戦いにも参加しているし、なかなか筋の通った男だよ」


 同じ獣人が負けたせいか残念そうなナタリオに、シノブはガリエとの出会いを思い浮かべながら答えた。

 実はガルック平原の戦いで、シノブはガリエと出会っていた。食料を隠匿しようとした兵士を(とが)め、王領の士官に謝罪したフライユ伯爵領軍の士官が彼である。

 ガリエは前伯爵クレメンの陰謀とも無関係で、グラシアンの反逆の際も部隊ごと王国軍に降伏していた。そのため彼は罪に問われることなく、以前の地位のまま軍に残っていたのだ。


 次の第四試合は、元傭兵とドワーフの戦いであった。


 傭兵から巡回守護隊司令代理へと出世を遂げたエランジェ・カスタニエは、セランネ村の戦士カレヴァの戦斧を、小剣で見事に封じていた。


「流石は、傭兵部隊随一の武人ですね……」


 カスタニエの変幻自在の技に、シャルロットも感心したような声を漏らしていた。一寸の見切りとでも言うべき最小限の動きで戦斧を避けて返し技を繰り出すカスタニエには、歴戦の勇士であるカレヴァの技も通用しなかったようだ。


「あれでは、相手は疲れるだけですわ」


 アリーチェが言うように、取り回しのよさと素早さを活かし、まともに打ち合わなかったのが良かったとみえる。傭兵出身らしい臨機応変な戦い方が幸いしたのだろう。


 続く第五試合は、人族同士である。


 領都守護隊の本部隊長ジェレミー・ラシュレーと若いファルージュ・ルビウスの戦いは、ラシュレーが圧勝していた。双方共に槍を得物に戦ったが、開始後僅かな時間で勝負は終わっていた。

 元々の力量差に加え、どうやらファルージュには焦りがあったらしい。元農務長官トリニタン・ルビウスの息子である彼は、この大会で活躍し名誉挽回しようと思っていたのだろう。先手を取ろうと突いた牽制の一撃をラシュレーに巻き落とされ、逆に胸元に激しい突きを食らっていた。


「ベルレアンの方々は、槍術がお得意なのですね。皆あのように強いのですか?」


「何しろ、槍が表芸の家だからね。それに、ミレーユやジェレミーも先代伯爵の直弟子だから」


 シノブはナタリオに、彼らの武術の師である先代ベルレアン伯爵アンリについて説明した。そして、ナタリオはシノブが語る『雷槍伯』アンリの逸話に聞き入っている。

 しかし、第一回戦では唯一の人族同士、そしてベルレアン出身とフライユ出身という戦いがラシュレーの完勝に終わったため、観客達は大きくどよめいていた。


「バストル隊長も、ファルージュ殿も負けたか……ガリエ隊長に期待だな」


「ファルージュ殿は、まだ若いからな……しかし、ベルレアンは強いな」


 そんな声が、そこかしこから聞こえてくる。これで旧来の家臣またはその子弟で勝ち残ったのは、ガリエだけである。彼らの落胆も仕方ないであろう。

 とはいえ、本選に残っている軍人は全て大隊長や中隊長である。それに本選に出場した者は、性格や他の能力に問題なければ、中隊長格以上で迎えられる予定である。したがって、ファルージュは充分に目的を達しているのだ。

 そのため会場から去る彼は、悔しさを滲ませながらも、どこか満足そうな表情を浮かべていた。


 正統派の二人の後を受けての第六試合は、野性的な獣人同士がぶつかった。


 狼の獣人ヘリベルト・ハーゲンと元傭兵の熊の獣人イヴォン・ゲールである。そして彼らは、双方とも技というよりは本能に任せて戦う性格のようだ。


「かああっ! 凄えな!」


「そこだ! いけ!」


 小剣を疾風のように繰り出す速さのハーゲンと大剣を豪快に振るう力のゲールという違いはあるが、野獣のような獰猛さを感じさせる二人である。

 そんな元戦闘奴隷と元傭兵という異色かつ獣人同士の荒々しい戦いには、観客達の熱狂的な声援が贈られていた。


「うおおおっ! これで作戦に加われるぜ!」


 長い戦いを制したハーゲンは、感極まったのか力強い雄叫(おたけ)びを上げていた。

 どうも獣人達の間には、帝国に対して何らかの軍事行動があるという噂が広がっているようである。それを察したシノブとシャルロットは、顔を見合わせて苦笑していた。

 ちなみに本選に出場できた者は、軍もそれに相応しい待遇で迎えることになっている。それに大隊長のゲールに勝った彼だ。

 したがって戦闘能力以外に問題がなければ、帝国の獣人を解放する作戦で重要な役割を担うだろう。


 興奮冷めやらぬ内に行われた第七試合は、時間切れとなった。


 狼の獣人ディルク・バスラーとセランネ村の戦士イルッカの対決は、第一回戦最長の激戦となった。獣人とドワーフ、どちらも戦闘力と持久力を誇る種族だからであろう。


「こいつらも凄いぞ!」


「でも、これは決着がつかないな……」


 バスラーが小剣で、イルッカが戦斧だ。彼らは手に持つ得物を縦横無尽に振るっている。

 荒々しい性格らしいバスラーと、同様に豪快なイルッカの戦いは、結局、時間内に決着がつかず、有効打の多かったイルッカの判定勝ちとなっていた。


「弟に負けるわけにはいかないからな!」


 イルッカは、双子の弟マルッカが勝ち進んだのに、自分が負けるわけにはいかないと思ったらしい。その執念(ゆえ)か、それともまだ二十歳(はたち)前後と若いバスラーに経験で勝ったせいか、判定ではあるが長い戦いを制していた。

 とはいえ、負けたバスラーも紙一重であった。彼も、解放作戦への参加は間違いないだろう。


 最後の第八試合は、狼の獣人同士だった。


 シノブの親衛隊長を務めるアルノー・ラヴランと、元傭兵の女性アデージュ・デュフォーの同族対決となったのだ。だが、これはアルノーの貫録勝ちであっさり決着がついていた。


「やはり、アルノー様には(かな)いませんね……」


「いや、アデージュ殿も、だいぶ腕を上げたようだ。まだまだ伸びるだろう」


 小剣同士の戦いは、狼の獣人らしく素早く多彩な技の応酬であったが、アルノーの方が何枚も上手だったようである。

 どうやら、同じ狼の獣人で、しかも大隊長同士の彼らは親交があるようだ。悔しげな中にも尊敬が混じったデュフォーに対し、アルノーは一見淡々とした様子だが期待を篭めた優しげな眼差しを向けていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「次は、第二回戦ですね」


 ミュリエルは、様々な種族が多様な技を披露して戦う様子を、あるときは驚嘆し、またあるときは彼らを案じたのか僅かに眉を(ひそ)めて見守っていた。

 だが、幼い頃から姉や父、そして祖父の訓練を見ていた彼女である。そのため、彼らの素晴らしい武技を頼もしくは感じはしたものの、恐れなどは無いようだ。


「第二回戦の第一試合はミレーユ様とマルッカ殿、第二試合がガリエ中隊長とカスタニエ大隊長、第三試合がラシュレー大隊長とヘリベルト・ハーゲン、最後の第四試合がイルッカ殿とラヴラン大隊長となります」


 そんな彼女に、第一回戦と同様に侍従のルジェールが組み合わせを説明する。


 まず、ベルレアン伯爵領から来た者はミレーユ、ジェレミー・ラシュレー、アルノー・ラヴランの三名である。彼らは全員勝ち進んでいた。

 そしてベルレアン伯爵領軍の傭兵であった者からはカスタニエだけが残っていた。もっとも、アルノーと対戦したアデージュ・デュフォーは、相手が悪かったというべきであろう。したがって、彼らが特別弱いというわけではない。

 また、ドワーフからはイルッカとマルッカの双子が残っていた。元々招待選手として三名だけ出場した彼らである。司令官扱いの上、鉱山開発で忙しいイヴァールが出場できない中、充分に健闘したといえよう。

 それに対し、解放した獣人からは狼の獣人ヘリベルト・ハーゲンのみ、フライユ伯爵領の出身者はバリスト・ガリエだけ、という結果となっていた。


 ともかく第一回戦は、ベルレアン伯爵領の者やドワーフ達の強さを印象付ける結果となったようだ。周囲の家臣や観客達は、他領や他国の者、そして他種族の好成績を見て、彼らの実力を素直に称えていた。

 そして、それはルジェールも同じらしい。彼も、知人達の敗北に残念そうな様子ではあるが、その表情には勝者への賞賛も同時に浮かんでいる。


「シノブ様は、どなたが勝つと思いますか?」


「そうだね……アルノーかな。ジェレミーやミレーユかもしれないが」


 ナタリオの問いに、シノブは少々考えた後、まずアルノーの名を挙げた。そして、更に二人の名を付け加える。


「私は、ミレーユ様に勝ってほしいです!」


 アリーチェは、唯一残った女性であるミレーユを応援すると宣言した。

 今回の大会では、ガルゴン王国やカンビーニ王国の出身者で帝国から解放された者は参加していない。出場の締め切りまでに身元の確認が間に合わなかったためである。

 そういうわけで、自国出身者がいないアリーチェはミレーユだけに絞ったようだ。


「私もミレーユに勝ってほしいですね」


「私もです!」


 シャルロットとミュリエルもミレーユを応援すると口にしていた。ミレーユは六年以上もシャルロット達の側にいる。それ(ゆえ)、彼女達にとっては当然の選択であろう。

 そして、口には出さないがミュリエルの祖母アルメルも同様らしい。男性達の中で小柄なミレーユが頑張る姿に、共感したのかもしれない。


「ははっ、どうやら女性陣を敵に回してしまったようだね……ところでナタリオ殿は?」


「私もアルノー・ラヴラン殿ですね! あとは難しいとは思いますがヘリベルト・ハーゲン殿を応援します。同じ獣人として頑張ってほしいですから!」


 シノブに問われ、ナタリオは元気良く二人の獣人の名を挙げた。確かに、獣人で勝ち残ったのはその二名だけだ。


「残念ながら、我々は賭けには参加できないが。しかし、楽しんでもらえたようで良かったよ」


 実は、シノブが口にしたように、本選の優勝者を当てる賭けが行われていた。

 大会本部が主催する企画だが、小隊長もしくは同等の格以上の者やその家族が賭けることは禁止されていた。なぜかといえば、出場者に近しかったり上官だったりと、不正の温床となりかねないからだ。

 そして、外国の要人である大使の子供達も、賭けはしなかったようだ。シノブ達が参加できないので遠慮したのかもしれない。


「そうです! ミレーユさんが優勝したら、私達をまた街に連れて行ってもらえませんか!?」


 そんなシノブの言葉を聞いていたミュリエルが、にこやかに微笑みながら彼らに提案する。


「それじゃ、アルノーが勝ったら?」


 こんな可愛らしい賭けなら、乗っても良い。そう思ったシノブだが、自分達が勝ったときの条件を聞いてみた。


「そうですね……私達がお食事をご馳走する、というのはどうでしょう?」


「それは良いですね! 腕によりをかけて料理しますよ!」


 小首を傾げたミュリエルの答えに、アリーチェが笑顔で同意する。どうやら彼女は料理ができるようで自信に満ちた表情である。


「ミュリエル……貴女は料理が出来るのですか?」


「はい! お母さまに教えてもらいました! こちらに来てからはお婆さまにも教わっています!」


 シャルロットの意外そうな問いかけに、ミュリエルは満面の笑みで答える。

 ミュリエルの祖母アルメルと母ブリジットは、先々代フライユ伯爵アンスガル・ド・シェロンが老いた後、食事を含め身の回りの世話をしたそうだ。その二人が教えたというのだから、ミュリエルの腕も確かなものに違いない。


 一方のシャルロットだが、驚きを隠しきれないようである。

 シノブが知る限り、シャルロットは料理をしたことがないようだ。少なくともシノブは、彼女が厨房に立った姿を見たことがない。


「料理はやめておこう。こちらが街に連れて行くだけだからね。

だからミュリエル達が勝ったら、そちらの好きなところに行く。そして、こちらが勝ったら、こちらの好きなところに、ということにしようじゃないか。そうしたら、勝っても負けても街に行けるよ?」


 愛妻に恥をかかせたくなかったシノブは、そうミュリエルに提案した。そんなシノブに、シャルロットは感謝したような恥ずかしいような複雑な表情を見せていた。


「ありがとうございます! シノブお兄さま!」


 だが、ミュリエルは姉の内心に気がつかなかったようだ。彼女は緑の瞳を楽しげに輝かせ、シノブに感謝の気持ちを伝える。

 それにアリーチェも喜びを隠せないようだ。彼女は何度も街に行っているはずだが、それでも大勢で出かけるのが嬉しいのかもしれない。

 期待の表情となった少女達に、シノブ達も思わず顔を綻ばせた。そして彼らは、どこに出かけようかと楽しげに談笑しながら、第二回戦の開幕を待っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年3月28日17時の更新となります。


 本作の設定集に『大武会』本選の組合せ表を追加しました。

 設定集はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。


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