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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第10章 フライユ伯爵領の人々
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10.08 森で狩りましょう

──シノブさん、お会いしたかったです!──


 シノブ達の目の前に、岩竜オルムルが舞い降りた。そして彼女を守るように、両親であるガンドとヨルムも左右に降りる。


 ドワーフ達が北の高地に造ったアマテール村で一泊したシノブ達は、翌朝早くから行動を開始していた。

 まず、シメオンと内政官達、そしてミュリエルと祖母のアルメルは、領都シェロノワに既に戻っている。

 そしてシノブとアミィ、シャルロットの三人は、今日は高地を見て回る。その案内役として、三頭の竜が来てくれたのだ。

 そのため、彼らを出迎えているのは、その三人とイヴァールである。


「オルムル、元気そうだね。それに、少し大きくなったかな?」


 シノブは、目の前に立つ子竜が、一回り大きくなったような気がしていた。前回会ったのが、十日ほど前だから、それほど違いはないかもしれない。

 しかし、後ろ足と尻尾で体を支え立ち上がるオルムルの金色の瞳は、以前より高い位置にあるような気がする。立ち上がったオルムルは、今ではシノブより頭半分は高いようだ。

 そのため、シノブは僅かに見上げていた。


──オルムルは一日ごとに大きくなっているからな。魔獣を狩り集めるのも大変だぞ──


 ガンドは、そう思念と『アマノ式伝達法』で伝えつつも、誇らしげな様子である。

 思念自体にも我が子の成長への喜びが感じられるし、その巨体を僅かに反り返しているのは、人間が胸を張っている様子に良く似ていた。もっとも、全長20mもの彼が身を反らすのは、人間とは比べ物にならない迫力ではあったが。


「そうか。ところで、こっちに移住することにしたんだ?」


 ガンド達は揃ってやって来た。それ(ゆえ)シノブは、彼らがこちらに定住するのだろうと思ったのだ。


──ああ。狩場の準備も終わったからな。それに、向こうの狩場は新たな(つがい)に譲った。いずれ、こちらにも顔を出すだろう──


 ガンドが語るところによれば、もう元の狩場には新たな岩竜達が入ったようである。


「それは良かったですね! どんな方なのですか!?」


 アミィは、彼らの繁栄をとても喜んでいるようだ。彼女は輝くような笑顔で、竜達を見つめている。


──私達よりは少し若い(つがい)です。とはいえ、二百年以上は生きていますが──


 ヨルムは、雄の岩竜が三百数十歳、雌の岩竜は二百数十歳だという。ガンド達が五百歳を超えているようなので、確かに彼らに比べれば若いといえる。


「もっと、人と竜の共存が広がると良いですね」


──(われ)もそう願っている──


 シャルロットの言葉に、ガンドが答える。シノブは、彼の短い言葉に計り知れぬ深さを感じていた。

 遥か昔には、竜達はもっと東方に狩場を造ったこともあるらしい。だが、竜を退治しようという人間達が頻繁に現れたため、それらは放棄したという。


「互いの意思が伝えられるとわかったのだから、上手く折り合っていけるんじゃないかな」


──はい! 私もそう思います!──


 シノブの言葉に、オルムルが同意する。

 人間達は様々な理由で彼らを敵視してきたようだ。自分達の生活圏を脅かすと誤解して竜退治を試みたり、名誉のため竜を倒そうとしたり、多くの悲劇があったという。意思の疎通が出来ないばかりに、高い知能を持つ二つの種族は共に生きることは出来なかったのだ。

 一対一では人間などものともしない竜達だが、多くの戦士達に入れ替わり立ち替わり挑まれるのは閉口するようである。それに、生まれてから数ヶ月の子竜は、飛ぶこともできない。それ(ゆえ)、竜達は棲家(すみか)を襲われる危険を避けたという。


「それでは共存の第一歩として、共に狩りに行こうではないか!」


 威勢よく(こぶし)を突き上げたイヴァールに、三頭の竜は高らかに咆哮(ほうこう)を上げて賛意を示す。アマテール村に響く力強くも喜びに満ちた声に、シノブ達は頼もしさを感じながら聞き入っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「凄い威力だね!」


 ガンドの背に乗ったシノブは、斜め下を飛翔するオルムルが放ったブレスの威力に感嘆していた。彼だけではなく、同乗しているシャルロットやアミィ、イヴァールも驚きを隠せないようである。


 上空100mほどを飛翔していたガンドは、大爪熊を発見した。すると彼はオルムルに、その大爪熊を狩るよう命じたのだ。

 父の指示を受けたオルムルは急降下し、半分くらい高度を下げたところでブレスを放った。それはガンドやヨルムのものほど太くはなく、濃くもない。人間の腕くらいの太さのブレスは、僅かに黒く染まっているだけだ。

 親達が本気で放ったブレスなら、家すら隠れる太さだ。それに色も向こう側が見通せないほど濃い。

 しかし大爪熊にとっては、オルムルのブレスでも致命的な一撃だ。体長4mほどの大爪熊は、胴をブレスで貫かれて呆気(あっけ)なく倒れていた。


──シノブさん、どうでしたか?──


 ブレスを放ったと同時に再び上昇したオルムルは、シノブ達の方を見つめている。どうやら、褒めてもらいたいようである。


「ああ、凄かったよ! あんなに大きい魔獣を一撃で倒せるようになったんだね!」


「オルムルさん、見事です!」


 シノブとアミィは、口々に彼女を誉めそやす。出会ったときは全長1mほどで、空を飛ぶことも出来なかった。だが体長は三倍近くになり飛行やブレスも習得したオルムルは、立派な竜に成長しつつあるようだ。


「立派になりましたね。でもオルムルさん、獲物を回収しなくて良いのですか?」


 シャルロットも優しげな声音(こわね)でオルムルを褒めた。だが、彼女は大爪熊を地上に残したままであると指摘した。


──回収は我らがするのだ──


 ガンドが伝えてきたとおり、ヨルムが地に降り大爪熊を一飲みにする。岩竜達が呑みこんだ獲物は保存が利くらしい。そのため、後でオルムルに与えるのだろう。


「ガンドよ! そろそろ我らも狩りをしたいのだが、どこかに獲物はいないか!」


 オルムルの様子に感嘆するシノブ達とは違い、イヴァールは自身も狩りをしたいようである。

 シノブやシャルロットは、今日はどんな魔獣がいるのか確認しに来た。今後、高地開拓を進める上で、守護隊などの規模や装備を検討する必要があるからだ。

 したがって、シノブやシャルロットも、自身で魔獣と戦うつもりである。イヴァールは案内役として同行しているが、彼らと共に戦いたいのだろう。

 大きな声でガンドに獲物の居場所を尋ねるイヴァールからは、そんな高揚した感情が伝わってくる。


──ふむ。あちらに雪魔狼の群れがいる。行くぞ──


 ガンドは、ゆっくりと旋回すると、東の方に飛んでいく。そして、その後を、ヨルムとオルムルが追いかけていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ガンドに乗ったシノブ達の目の前に現れたのは、三十頭ほどの雪魔狼の群れであった。かなり大規模な群れである。

 しかも、ベルレアン伯爵領のピエの森に生息する魔狼や、ヴォーリ連合国で見た雪魔狼に比べて、かなり大きい。今まで出会った魔狼や雪魔狼は、虎と同じくらいだった。だが、シノブ達が発見した群れは、遠目に見ても明らかに巨大であった。


「雪魔狼も、4m近いんじゃないか!?」


「そうですね、それくらいはあります!」


 驚くシノブに、アミィが答える。全長4mだと大爪熊と同じのように思えるが、こちらは尻尾も含んでの数字である。そのため、大爪熊ほど巨大ではない。

 とはいえ、人より遥かに大きいのは事実である。こんな魔獣が棲んでいては、今まで開拓できなかったのも無理はない。


「行くぞ、シノブ!」


 森の合間の雪原に急降下して降り立ったガンドの背から、イヴァールが勢いよく飛び出していく。

 彼は、膝上まである雪など全く気にしていないようだ。それを示すかのように、巨大な戦斧を抜き放つと、猛然と雪を蹴立てて突撃していった。


「シャルロット、俺達も行こう!」


「はい! このままではイヴァール殿が全部狩ってしまいそうです!」


 シノブとシャルロットも、イヴァールを追いかけていく。高度な身体強化を使える彼らも、膝までの雪など存在しないかのように、稲妻のような速さで駆けていった。


 高地を回る最大の目的は、魔獣の分布や強さの調査だ。しかし、シノブやシャルロットは、自身の腕試しもしたかった。

 シノブは光の大剣での戦いを経験しておきたかった。それに、シャルロットも技量の向上を確認したいようである。

 魔獣を減らさないことには、開拓も進まない。それに、雪魔狼の皮は鎧などにも使う貴重なものだ。そういう理由もあるにはある。だが、来るべき帝国との戦いに備えて腕を磨いておきたいという気持ちも強かったのだ。


 シノブは、イヴァールを追い抜き瞬時に雪魔狼に迫った。途轍もない速度で接近するシノブに、二頭の雪魔狼は何とか反応し、上から押しつぶすように飛び掛ってくる。


「はあっ!」


 それを迎え撃つシノブは、高く掲げた光の大剣を袈裟懸けに一閃し、片方の喉を切り裂いた。更に、僅かに遅れて襲い掛かってくる一頭を、下段からの攻撃で迎え撃つ。

 シノブが使った技は、フライユ流大剣術の『燕切り』である。長大で重い剣を自在に操る技を極め、神速に到った初代フライユ伯爵ユーレリアンが得意とした技だという。


 シノブは、倒れてくる雪魔狼の間をすり抜けて、次の相手を大上段からの一振りで切り伏せた。今度は、フライユ流大剣術『神雷』だ。真正面から頭を切り裂かれた巨大な獣を、シノブは横っ飛びに避けて更なる相手へと立ち向かう。


「シノブ、見事です!」


 あっという間に三頭の雪魔狼を倒したシノブに、少し遅れてやってきたシャルロットが賞賛の声をかけた。彼女も、アムテリアから授かった神槍で、雪魔狼の頭部を貫いていく。

 シャルロットを四頭の雪魔狼が囲もうとしていた。だが彼女は、白銀の槍を目にも留まらぬ速さで繰り出していく。

 体長4mもの魔獣は、四足を着いたままでも頭部は人と同じくらいの高さである。だが、彼女はそんな恐ろしげな獣を冷静に迎え撃っている。槍という長物の利点を活かし、迫り来る敵を無心に貫いていく姿は『ベルレアンの戦乙女』の名に相応しい勇ましくも美しい姿であった。


「うおおっ! えやぁ!」


 ようやく追いついてきたイヴァールも、巨大な戦斧を振るって雪魔狼を倒していく。おそらく、イヴァールは硬化魔術を使っているのだろう。雪魔狼の牙や爪が(かす)っても、傷一つない。

 それ(ゆえ)イヴァールは、魔獣の攻撃など気に掛けてもいないようだ。彼は無造作に突進しながら、手に持つ戦斧を豪快に振り回している。


 そして、彼らの戦いを、三頭の岩竜は空から、アミィは地上から見守っている。

 ガンド達は、魔獣達が逃げ出さないように周囲を旋回し、アミィはそれでも逃げ出そうとする相手を、水弾を放って中央へと追い返していく。

 三頭の竜とアミィの支援もあって、シノブ達は次々と魔獣達を倒していった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……全部倒したか。こちらの魔獣の方が手ごわいね。これも魔力が強いせいかな」


「強いのは事実だが……お主には、そんなことは関係ないようだな」


 一方的な戦いは、長くは続かなかった。三十頭はいた雪魔狼も、今は全て地に倒れ伏している。それを見て一息ついたシノブとイヴァールは、戦いで高揚した雰囲気のまま言葉を交わしていた。


「……我々はともかく、普通の者では高地での活動は難しいですね。ガンド殿の助けがなければ鉱山に行くことすら出来ないでしょう」


 シャルロットは悩ましげな表情を浮かべている。彼女は、ベルレアン伯爵領の山地よりも魔獣が強く数も多いことを案じているようだ。もちろん、自身の技量が向上したことは嬉しいだろう。だが、領民を守る軍人としての思いが先に立っているようだ。


「やっぱり、ドワーフの戦士や解放した獣人達に頼るしかないかな」


「任せておけ! 山岳は我らの庭だ! それに鉱山もな!」


 シノブの言葉に、イヴァールは力強く答える。

 彼が言うように、ドワーフ達にとっては願っても無い場所のようだ。それに、元々雪魔狼や岩猿のいる高地で狩りや鉱石採取をしていた彼らだ。そのため、多少環境が厳しいことなど、大して苦に感じないらしい。


「ああ、頼むよ。ところでヨルムやオルムルは?」


 シノブは、目の前に降り立ったガンドを見て、残り二頭の岩竜のことを思い出した。


「シノブ様、あちらです!」


 そんなシノブに、アミィは彼の斜め後方を指差した。シノブ達がそちらを見ると、ヨルムが先ほど狩った大爪熊を吐き戻してオルムルに与えていた。


「やっぱり、お腹が空いていたのかな……」


 シノブは、食事をするオルムルの様子を見ながら呟いた。

 竜は、魔力を吸収することで生きている。大人の竜は、自然に存在する魔力だけで問題ないらしい。だが、子竜は魔力の吸収が苦手な上に、成長期だ。それ(ゆえ)、魔獣が必要なのだ。

 だが、やはり竜だけあって、どちらかといえば魔獣の魔力が必要らしい。そのため、食物として摂取するのは一部で、それと同時に魔力の吸収を行っているようである。要するに、厳密に言えばオルムルに足りないのは魔力であった。


「シノブ、この雪魔狼も少し分けてあげましょうか?」


「そうだね、オルムルも期待しているようだし」


 シャルロットの問いかけるような視線に、シノブは苦笑いを返した。大爪熊を食べおわったオルムルは、シノブ達……正確にはシノブ達が倒した雪魔狼を、物欲しげな様子で見ていたのだ。


「オルムルさん、こっちに来てください!」


 アミィは、そんなオルムルに、元気良く声を張り上げ、手招きをする。


「何頭か分けてあげるよ!」


 そして、シノブも続いて呼びかけた。その言葉を聞いて、オルムルは喜び勇んで飛んでくる。


──シノブさん、お願いがあるのですが──


「なんだい?」


 オルムルの恥ずかしげな思念に、シノブは首を傾げた。


──その……出来れば、十頭いただけませんか?──


 オルムルの食欲は、シノブの予想を遥かに超えていたようだ。これなら、ガンドやヨルムがひっきりなしに狩りをするのも仕方がないだろう。


「全部食べてもいいよ。俺達が必要なのは皮だけなんだ。だから、皮に傷をつけないようにしてくれたら問題ない」


 魔狼もそうだが、雪魔狼も食用にはならないようである。それ(ゆえ)、シノブは皮だけ残してくれれば良いと伝える。


──ありがとうございます!──


 シノブの言葉を聞いたオルムルは、嬉しげな思念を返す。そして彼女は早速、目の前の雪魔狼へと顔を向けた。

 子竜の旺盛な食欲に驚きつつも、シノブはアミィや親竜達と共に食事の様子を見守る。そして逞しく育つオルムルの姿から、シノブは自然と竜達の未来へ思いを馳せていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年3月22日17時の更新となります。


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