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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第10章 フライユ伯爵領の人々
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10.07 北の村から 後編

 ドワーフ達が切り開いた開拓地アマテール村は、彼らの集落と似通った雰囲気だ。素朴で力強い彼らに相応しい、丸太を組み合わせて作った建物が立ち並んでいる。


 アマテール村は、彼らの故郷セランネ村と良く似ているが、二つだけ違う点があった。

 一つは、木々の香りである。まだ建てたばかりの住居からは、新しい木材特有の香りが漂っている。そして、もう一つはその高さだ。アマテール村の建物は、人族や獣人族でも入れるように天井が高いようだ。おそらく、続いてくる彼らに配慮したのだろう。


「ここは、集会所を兼ねているのだ」


 シノブ達がタハヴォに案内されて入ったのは、その中でも一際大きな建物だ。

 村まで道路を敷設しつつ来たシノブとアミィ。それに魔法の家でやってきたシャルロットにシメオン、彼の部下の内政官達。彼らは、タハヴォとイヴァールに続いて建物の中央近くの大きな部屋へと入っていく。


「さあ、座ってくれ」


 タハヴォに続いて入った部屋は、どうやら会議などに使うらしい。大きな丸いテーブルが据えられ、それを沢山の椅子が囲んでいる。これらも、人族や獣人族を考慮した作りになっている。

 シノブ達は、彼に勧められるままに、真新しい木製のテーブルを囲み着席した。


「まずは茶を出そう。ティニヤ、アウネ、頼むぞ」


 イヴァールの言葉を聞いて、彼の妹アウネと武器職人トイヴァの娘ティニヤがお茶の準備をする。彼女達は、主に開拓団長であるタハヴォの手助けをしているという。


「すぐお湯が沸きますから」


 ティニヤは、部屋の一角に置いてある火の魔道具を使って湯を沸かすようだ。火の魔道具といっても、炎が出るわけではない。ホットプレートのように上面が熱を持つ魔道具である。

 魔道具は、よほど性能が良いのか僅かな時間で水を沸騰させた。そして、アウネとティニヤは手際良くお茶を淹れ、シノブ達に配り始める。

 ドワーフの女性達は小柄である。成人でも身長が140cmに届かないのが普通のようだ。また、男性とは違い体型も人族に近い。そんな彼女が給仕をする光景は、どこか微笑ましさを感じるものだった。


「立派な建物ですね。周囲が森とはいえ、ここまで整えるのは、大変だったでしょう」


「そうでもない。幸い、ここには多くの戦士がいる。切り出すだけなら一日も掛からなかった」


 シメオンの言葉にタハヴォは、自慢げに答えた。そんなタハヴォに、シメオンは内政官達も交えて開拓地の状況を訊ねていく。


 北の高地には、雪大山羊や魔狼の一種である雪魔狼が生息している。それらのヴォーリ連合国にも棲む魔獣は、シノブも竜の棲家(すみか)に行くまでに何度も遭遇した。

 ただし、ヴォーリ連合国とは違い、北の高地に岩猿は棲んでいないらしい。この辺りには、大爪熊(おおつめぐま)という全長4mにもなる巨大な熊が生息している。長大な爪を持つ彼らは、それを活かして獲物を切り裂くという。

 この大爪熊という魔獣は、岩猿と生息圏が重なる上に、食べるものもほとんど同じである。そして、大爪熊は岩猿より強い。そのため、フライユ伯爵領内には岩猿はいないらしい。


「……ガンド殿の結界があるから安心していられるがな」


 説明を終えたタハヴォは、お茶を飲んで一息ついた。


「どうぞ、タハヴォ様」


「おおティニヤ、すまんな」


 再びお茶を足して勧めるティニヤに、タハヴォは、相好を崩して微笑んだ。そして、ティニヤは同じようにイヴァールにも注ぎ足していく。


「……ティニヤ、旨いお茶だったぞ。

本当なら、こんな楽に進まんだろうな。魔獣を退けながら頑丈な防壁を造る。そして、それから開拓だ。並大抵では出来んぞ」


 ティニヤが注いだお茶を、一気に飲み干したイヴァールは、彼女に(ねぎら)いの言葉をかける。そして彼は、魔力が濃く危険な獣が多い場所での開拓の困難について、シノブ達に説明をする。


「イヴァール、俺が防壁を造ろう」


 アウネが淹れたお茶を飲んだシノブは、防壁の作成を提案した。全長40kmもの街道を岩壁で造ったシノブである。村や農地の周囲に防壁を造るくらい、造作もないことだ。


「おお、それはありがたい!」


「いえ、街道と同じで大して手間でもありません。

……ところで、その魔道具は、随分性能が良いのですね。あっという間にお湯を沸かしているようですが」


 深々と頭を下げるタハヴォに、シノブは気にしないようにと笑いかける。

 そしてシノブは、気になっていたことを訊ねた。ティニヤが使っている魔道具は、伯爵の館や王宮で見た物よりも短時間で湯を沸かしている。彼は、それを不思議に思ったのだ。


「ここは、魔力が濃いから早くお湯が沸くらしいのだ」


「そうだな、炉の魔道具など、他の物もとても調子が良いぞ」


 タハヴォとイヴァールが言うように、ここは領都シェロノワや、来る途中の村々に比べて魔力が濃いらしい。シノブも、高地に入ってから徐々にあたりの魔力が増していくのを感じていた。

 魔道具は、周囲の魔力を吸収するか、人が魔力を注ぎ込むことによって、動作する。周囲の魔力によって稼動するものは、当然ながら環境に左右される。どうやら、ここは魔道具を使うに向いた土地のようである。


「そうですか。実は、故郷には蒸気で動く道具があるのです。

……イヴァール、金属の板か何かくれないか。ああ、あまり大きくなくて良い。ちょっと作りたいものがあるんだ」


「これを使っていいぞ。パヴァーリが間に合わせに作った皿だ。潰して構わない」


 イヴァールはシノブに金属製の皿を渡した。

 多少の鍛冶であれば、ドワーフなら誰でも出来るらしい。それ(ゆえ)イヴァールの弟パヴァーリも、開拓地に必要な物を自分で(こしら)えたのだろう。


「ありがとう。それじゃ……」


 シノブは土魔術で金属の皿から一部を分離し変形させる。そして棒と止め具のような針、四枚の羽がある薄い板の三つを作った。


「何を作っているのですか?」


「……風車(かざぐるま)だよ。ほら、これで完成だ」


 シャルロットに答えたように、シノブは、三つの部品を組み合わせて風車を完成させた。そして、彼は湯沸しの魔道具が置いてある一角へと歩いていった。

 対する一同は、彼が何をするかはわからないようだ。彼らは、魔道具を操作してポットのお湯を沸騰させるシノブを取り囲み、静かに見守っている。


「イヴァール、こうやって、勢い良く出る蒸気に羽を(かざ)すと、回転するだろ?

もっと大規模な物を造れば、水車のような道具として使えるんだ。他にも、湯気の出口を覆って、噴き出す勢いで上下に動かしたり出来る。

充分な力があれば、鍛冶や金属の加工にも使えるはずだ」


 シノブは、勢い良く出る湯気に風車を(かざ)していた。彼の言葉通り、金属製の風車は噴き出る蒸気を受けて軽やかに回っている。


「おお! これは凄いな! 蒸気を羽で受けて回すのか!」


 このあたりの国々にも、水車や風車(ふうしゃ)は存在する。したがって、イヴァールはすぐに原理を理解したようだ。


「実際に動力として使うには、もっと魔道具の出力がないと駄目だけどね。でも、魔力が強いここなら、薪とかいらない。だから、ちょうど良いと思ったんだ」


「なるほど……確かに木を育てるには、時間がかかりますからね」


 シノブの言葉に、シメオンも納得したような表情になった。地球の歴史では、煮炊きや暖房に多くの木々が使われ、森林が荒廃した。石炭でも、二酸化炭素や(すす)などの問題がある。

 だが、魔力だけで熱を出す魔道具なら、それらの問題を回避できる。そう思ったシノブは、蒸気機関の原理を伝えることにしたのだ。


「実用化はドワーフの皆に任せるよ。そういうのは得意だろ?」


「ああ、任せておけ! すぐに物にしてみせる!」


 シノブの言葉に、イヴァールはその黒々とした髭に手を当てて威勢よく宣言した。そして、その隣ではタハヴォも頷いている。


「それじゃ、防壁を造りに行こうか!」


 シノブは、蒸気機関については彼らに一任することにした。原理の説明はともかく、それを実用化する時間はシノブにはない。それに、こういうことは、物造りの専門家ドワーフに任せておくのが一番だろう。


「わかった、案内するぞ!」


 満面の笑みを浮かべたイヴァールは、早速入り口へと向かっている。シノブも、シャルロットやアミィ、そしてホリィと共に彼の後に続いていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……これで、終わりだね」


 シノブは、村の周囲と村から半径2kmほどのところに防壁を作った。門などは、後でドワーフ達が取り付ける予定だ。


「すまんな。後は俺達で大丈夫だ。イルッカ達が作っている門も、一日もあれば出来るだろう」


 イヴァールは、シノブの作った巨大な防壁を嬉しそうに眺めている。

 戦士達の大半は、開拓地に残ったようだ。彼らは、家を建てたり森を切り開いたりと大忙しだという。


「……ところで、何日滞在できるのだ?」


「明日一杯かな。明後日の朝には帰ろうと思う。

シメオン達はタハヴォ殿との相談が終わったら帰る予定だったけど、明日の朝まで延ばしてもらったよ。折角温泉があるんだから、疲れを癒してもらいたいし」


 シメオンは、開拓地の状況確認などが終われば、領都シェロノワに戻る予定だった。忙しい彼らは、開発計画を練るためだけに来たのだ。

 しかし、温泉があると聞いたシノブは、彼らにも休養を勧めた。そこで、タハヴォ達との(うたげ)の後、シメオン達も一泊することになっていた。

 更にシノブは、シェロノワにいるミュリエルと祖母であるアルメルも呼び寄せることにした。そのため、ホリィは彼女達に伝えるべく、再びシェロノワに向かって飛び立っていた。


「シャルロット殿は、どうするのだ?」


「私は、シノブやアミィと一緒です。明日は高地を見て回りたいと思っています」


 シノブとシャルロットは、北の高地の魔獣が、どこにどのくらい生息しているのか確認するつもりである。それらを調べ、開拓地の防衛計画を検討する予定だ。


「そうか、今日と明日は久しぶりにお主達と飲み明かせるな! ティニヤに準備させておこう!」


 ティニヤの一家は、当面この開拓地に住むそうだ。

 彼女の父である武器職人トイヴァと兄のリウッコは、ボドワン商会で働いている。そしてボドワン商会は、ベルレアン伯爵領に本店を置く商会だ。そのためシノブは、彼らがいずれベルレアン伯爵領か王都メリエに戻ると思っていた。

 しかし、ボドワンがフライユ伯爵領にも支店を出すと決めたため、トイヴァ達もこちらに残ることになったという。

 いずれはシェロノワに来るのだろうが、暫くは同胞がいるアマテール村で暮らすことにしたらしい。


「ありがとう。まあ、俺達はそんなに飲めないけどね。

ところで、イヴァールとティニヤさんって……」


 シノブは、イヴァールと恋仲らしいティニヤのことを訊ねてみた。二人は、王都からベルレアン伯爵領に戻るときにも親しげな様子を見せていた。だがシノブは、今日の彼らは以前よりも親密さを増したように感じていた。


「……実はな、そろそろ結婚するつもりだ……この村が落ち着いたらだがな……」


 普段と違い照れくさそうな様子となったイヴァールは、ポツリポツリと答えていく。

 イヴァールは顔中を髭で覆っているから、表情の多くは隠れている。しかし薄赤く染まった彼の目元に、シノブは照れつつも滲む大きな喜びを読み取っていた。


「そうか! おめでとう!」


「おめでとうございます!」


 シノブとアミィは、満面の笑みでイヴァールを祝福した。シノブはイヴァールの肩を叩き、アミィはその手を握って笑いかける。


「良かったですね。それで、ティニヤさんには、もう?」


 シャルロットもイヴァールに祝いの言葉を贈った。

 しかしシャルロットは、その一方で求婚を済ませたのか気になったようである。温かな笑顔をみせる彼女は、僅かに興味深げな色を浮かべながら問いかけた。


「……ああ。こちらに来て、すぐにな」


 まだ少し顔の赤いイヴァールは、シャルロットから僅かに視線を外している。


「ともかく、今日はお祝いだ! 村も順調なようだし、イヴァールの婚約祝いだしね!」


 シノブは、そう言ってもう一度イヴァールの肩を叩き、村に向かって歩き出した。

 彼らは、外側の防壁を作り終えたところだ。したがって、シノブ達の目の前には雪で覆われた平原が村まで広がっていた。

 この平原は、いずれ農地や牧草地になる予定である。半分くらいは開墾が始まっていたり、牧場にするため簡単な柵で囲ったりしているが、まだまだ手付かずの場所もある。シノブは、そんな風景に想像上の豊かな農地を重ねながら、村へと急いでいた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「えっ、一緒に入らない?」


 歓迎の(うたげ)が終わり温泉に入ろうとしたシノブは、イヴァールとシメオンの言葉に戸惑った。シノブは男同士で温泉に()かりながら、ゆっくりしようと思っていたのだ。


「お主には妻がいるだろう。家族でゆっくり入ると良い」


 イヴァールは、シノブを怪訝そうな表情で見上げている。


「ええっ! 混浴なのか!?」


「そういうものだとホリィから聞いたがな……」


 驚くシノブに、イヴァールはアマテール村の温泉について説明をする。

 イヴァールによると、ここの温泉は湯量が多いので、男湯と女湯としてそれぞれ大きな浴槽が存在するそうだ。しかも、露天と屋根をかけたものが、男女それぞれにあるという。


「家族風呂まであるのか……」


 シノブは、イヴァールが続けて語る内容に言葉を失った。

 何と、彼らは家族風呂まで造ったらしい。それも、大小様々なものがあるというのだ。どこで聞いたのかわからないが、ホリィは日本の温泉宿、それも大規模なものを伝えたとみえる。


「では、シノブ様は、シャルロット様やミュリエル様をお誘いください。私は、イヴァール殿達と男湯というものに行きます」


 この国の貴族は、よほど困窮した家でもないかぎり、自宅に風呂が存在する。伯爵家ともなれば、それぞれが住む区画が一つの住宅のようになっており、その区画ごとに専用の風呂が備え付けられている。

 それ(ゆえ)、シメオンは大浴場に入ったことは無いようである。そのせいか、彼は興味深げな色を、その表情に浮かべていた。


「いや、シャルロットはともかく、ミュリエルとは……」


「シノブお兄さま、私がどうかしましたか?」


 絶句するシノブの背後から、可愛らしい少女の声が聞こえてくる。慌てて振り向いたシノブの目の前には、ミュリエルと祖母のアルメル、そしてシャルロットとアミィが立っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ふぅ……一時はどうなることかと思ったけど。ホリィ、ありがとう。とても良い温泉だね」


──お褒めの言葉、光栄です──


 シノブは、丸太で作られた塀の上に止まったホリィに向かって、気持ち良さそうな溜息を漏らした。

 彼は、半分屋根が掛けられた家族風呂に入っていた。岩で綺麗に囲った浴槽は、ほど良い湯加減である。


「本当に、気持ち良いですね」


「ホリィ、ご苦労様です」


 彼の両脇には、シャルロットやアミィがいる。掛け流しの湯のせいか、二人の頬は赤く染まっている。シャルロットはシノブを見て微笑み、アミィは塀の上のホリィを見上げていた。


「シノブお兄さま、温泉って気持ち良いですね! また入りたいです!」


「ええ。疲れがスッと抜けていくようです」


 そして向かいには、ミュリエルとアルメルが心地良さそうに()かっていた。二人は温かいお湯を楽しむかのように、時折手のひらに(すく)ったり湯の中で肌を揉んだりしている。


「しかし、湯着まで用意しているとはね」


 シノブ達は、それぞれ湯着を身に着けている。男性は緩めの上着に同じくゆとりのある半ズボンのようなもの、女性はゆったりとしたワンピースのようなものだ。それぞれ、麻で出来ているようだが、濃く染色してあり、透けるようなことはないし、布地自体充分な厚みもある。

 そのため、シノブは周囲を囲む女性達を気にすることなく、温泉を満喫していた。


──温泉とはこういうものだと聞いていましたので。アミィに教えてもらいました──


 どうやらホリィの知識は、アミィから教わったもののようだ。アミィはスマホから地球の知識を得ている。そして、温泉の映像といえば、大抵は湯着を付けたものだろう。

 シノブは、アミィが温泉について適切な知識を伝えていたことに、心の中で感謝していた。


「シノブ、温泉とは高地にしか湧かないものでしょうか?」


 シャルロットも温泉が気に入ったようだ。彼女も自身の肌に湯を馴染ませるかのように、その手ですくって肩に掛けていた。

 シノブは、うっすらと頬を染めた妻の美しい姿に思わず見惚れてしまう。


「……深く掘れば、大抵どこでも湧くらしいよ。泉質は、色々なようだけどね」


 シノブは、綺麗にプラチナブロンドを結い上げたシャルロットを見つめながら答える。髪を上げた彼女の首筋や、そこから続くほっそりとした肩も、頬同様に薄桃色に染まっている。


「そうなんですか! では、シェロノワの近くにも温泉はあるのですか!?」


 ミュリエルは嬉しさのあまりか、シノブに向かって身を乗り出していた。そして勢い良く動いたからだろう、綺麗に(まと)めていた彼女の銀髪が、サラリと解けてしまう。

 シャルロット同様に、ミュリエルやアルメルも長く豊かな髪を(まと)めていたのだ。普段のままにしているのは、肩に掛かるくらいの長さのアミィだけである。


「ミュリエル、髪をお湯に()けてはいけませんよ」


 アルメルは温かい笑みを浮かべながら、孫の髪を(まと)めなおした。

 するとミュリエルは、輝くような笑顔になる。彼女も祖母との毎日に、とても大きな喜びを感じているのだろう。


「シノブ様! シェロノワや他の都市にも、温泉を掘りましょう! 温泉が無理でも、公衆浴場とかがあれば、街の人も喜ぶと思います!」


 アミィは、シノブに公衆浴場の建設を提案した。彼女の薄紫色の瞳は、期待にキラキラと輝いている。

 貴族、そして騎士や従士などは、自宅や官舎に風呂がある。豊かな商人なども、同様だ。しかし、平均的な家庭だと、風呂があるところは少ないようである。彼らは、沸かした湯で体を拭いたりしているという。


「ああ、それは良いな。健康に良いし病気の予防にもなるしね」


 シノブは、その言葉を聞いて大きく頷いた。

 シノブの土魔術は、数百m先まで岩壁を作ることが出来る。ならば、地下に向けて伸ばせば、かなりの深さまで石の管を作ることが出来るのではなかろうか。

 そして、浄化の魔道具があれば、排水を綺麗にすることも簡単である。ここにも設置しているが、浄化の魔道具によって温泉から出る成分を取り除くため、飲料用の水源が汚されることもない。


「シノブお兄さま! 館でも温泉に入れるのですか!?」


「上手く掘ればね。湯脈自体は『フジ』があれば発見できるだろうけど、無ければ単に地下から出た水を沸かすだけになるね」


 アムテリアから授かった富士山型の魔道具『フジ』があれば、湯脈の発見はできるだろう。しかし、流石の神具も無いものを生み出すことは出来ない。シノブは、ミュリエルにそれらのことをわかりやすく伝えていった。


「そうですか……上手く見つかるといいですね」


「はい! シャルロットお姉さま!」


 シャルロットとミュリエルは、期待の表情でシノブを見つめている。


「こればかりは、祈るしかないよね……アムテリア様……それとも大地の神テッラかなぁ?」


 そう言って首を捻るシノブに、女性達は温かな笑みを漏らした。

 彼女達は、シノブが温泉を発見すると信じているかのようだ。今まで様々な活躍をしてきた彼だから、信頼するのも当然かもしれない。

 だが、流石のシノブも湯脈を作り出す方法は思いつかなかった。彼は、心の中でアムテリアに彼女達の願いが(かな)うように、と祈りを捧げていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年3月20日17時の更新となります。


 本作の設定集にアシャール公爵家・ビューレル子爵家・フライユ伯爵家の家系図を追加しました。

 設定集はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。


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