02.08 思いつき探偵団シノブ組
「伯爵の都合をアンナさんに聞いてもらうか」
起床したシノブは、服を着替えつつ呟いた。
シノブとアミィは、昨日から領都セリュジエールのベルレアン伯爵の館に滞在している。ベルレアン伯爵コルネーユの娘シャルロットを救った恩人としてである。
そして伯爵は昨日シノブ達に、娘の暗殺を企てた者の調査を手伝ってほしいと願った。伯爵は、シノブ達の稀なる能力が調査に必要だと思ったようである。
その場では保留したシノブだが、伯爵やシャルロットの人柄を好ましく思ったこともあり、最終的には調査に協力することにした。そこで彼は、早速動くことにしたわけだ。
とはいえ朝早くから押しかけるわけにもいかない。したがってシノブは伯爵への面会したいと侍女のアンナに伝え、自身はアミィと共に朝食を食べることにした。
一方のアンナは朝食を準備すると急ぎ足で伯爵の下へと向かった。シノブが内密な面会と伝えたため、彼女も重大な用件だと察したのだろう。
今日のシノブの服装は、普段のシャツとズボンに加え、昨日のジャケットだ。アミィはワンピース姿である。こちらも昨日と同じようにエプロンとホワイトブリムは外している。
ちなみに森とは違い、二人とも武器は帯びていない。用もないのに館の中で武装をするのも失礼だろう、との判断だ。
もっとも全てアムテリアが用意した魔法装備である。室内ということを考えれば、防御に関しては万全であった。
シノブとアミィは、割り当てられた貴賓室でアンナが用意してくれた朝食を食べる。
前日の晩餐もそうだが、メニューはパンやサラダにハムなどの日本の食卓でも珍しくないものだ。しかし、そこは伯爵が客人に出す食事である。選り抜きの素材と芳醇な味や香りは、シノブに大きな喜びを与えてくれる。
ただ、シノブが美味しいと感じた理由の何割かは、森の中では三食同じメニューだったこともあるだろう。幾ら女神が用意した絶品であっても、十日も同じものを食べれば飽きるのも仕方ない。
「アミィ。『捜査は足で稼ぐ』という名言があってね」
「はい、ドラマとかでよく聞くセリフらしいですね」
食事をしながらのシノブの語りに、アミィは静かに頷いた。彼女がスマホから得た地球の知識には、この言葉も含まれていたようだ。
「俺達には『足』はある」
「はい、シノブ様」
シノブは真面目な顔を作る。そのためだろう、アミィの表情も引き締まる。
「でも『伝手』はない。だから、どこから回って良いか判らない……」
「そうですよね、初めての町ですからね~」
シノブの困り顔に、アミィは笑みを隠せなかったようだ。口調も少しばかり緩んでいる。
「だから、誰かサポート役を付けてもらう。伯爵は家臣に手引きをした者がいるかも、と警戒しているようだけど、幾らなんでも一人くらい信用できる人がいるだろう。じゃなかったら夜も寝ていられないからね」
シノブは再び真剣な顔になる。地球から来て十日少々のシノブと、長くこの世界を見守っているが人の世で暮らしたことのないアミィだ。手助けする者がいなければ、始まらないのは明らかである。
「では、伯爵に協力者を推薦していただくのですね」
「うん。もちろん伯爵の考えも更に聞きたいし、新たな情報を仕入れる必要もある。だけど、二人だけでは情報収集だってできやしない。いきなり現れた俺達に、素直に答えてくれる人もいないだろうからね」
まず協力者を得ると決めたシノブとアミィは、食事を続ける。そうこうしているうちに、侍女のアンナが戻ってきた。
「シノブ様、お館様がこれから執務室でお会いになるとのことでした」
「アンナさん、ありがとう」
アンナの報告を聞いたシノブは彼女を労う。そしてシノブは、アミィを連れて執務室へと向かっていった。
◆ ◆ ◆ ◆
ベルレアン伯爵は用件を悟っていたようだ。彼はシノブ達が執務室に入ると人払いをした。
「伯爵、シャルロット様を狙う者の捜査に協力します。私達も、このまま放置できないと思いますので」
シノブは単刀直入に切り出した。
元々シノブは暗殺のように卑怯なことをする者に対して、強い怒りを感じていた。調査を引き受けるべきか迷ったのは、この街や背景となる事情を知らない自分達が加わっても、という躊躇いからである。そのため、一旦やると決めたシノブに迷いはない。
「おお、引き受けていただけるか、感謝するよ!」
伯爵は満面の笑みを浮かべている。
朝早くに面会を依頼したのだから、彼も断られるとは思っていなかっただろう。しかし協力の言葉を聞いて安堵したに違いない。
「それで、どなたか調査に協力できる方を推薦してもらえませんか」
「ああ、そのことか。実は私のほうで手配していてね。しばらくしたら来るはずだ」
シノブが領内を知らない自分達だけでは無理だと告げると、伯爵は落ち着いた表情で頷いた。伯爵も、シノブ達だけで調べられるとは考えていなかったようだ。
「手配した者が来るまで、簡単に背景を説明しよう」
伯爵は、シャルロットや関係する人々のことを語り出す。
シャルロットは伯爵と第一夫人カトリーヌの子で、伯爵の長子である。他には第二夫人ブリジットとの子、ミュリエルがいる。子供は二人だけで男子はおらず、継嗣はシャルロットである。
「だから、シャルロットが死んだ場合、ミュリエルが後を継ぐことになる」
昨日伯爵が言ったように、今回の襲撃はシャルロットが死亡する危険を無視していた。したがって目的は暗殺で間違いないだろう。
伯爵としても考えたくはなかろうが、かといって避けて通ることのできない件だ。そのため彼は僅かに眉を顰めつつも、冷静な口調で語っていく。
「まさか、ブリジット様やミュリエル様を疑っているので?」
伯爵の冷徹にも見える表情に、ついシノブは思ったことを口にしてしまう。おそらくは、あの優しげな母娘が、という思いもあったからだろう。
「それはないよ」
伯爵は首を振って否定した。
ミュリエルはまだ幼いため除外。また姉とも仲が良いので考えにくい。
ブリジットもカトリーヌやシャルロットと良好な関係を保っている。それにブリジットは、第二夫人の自分とその娘が二人より目立つことの無いよう、常に気を配っている。そのため本人の考えとは思いにくい。
もしミュリエルを推す者がいるとしても、それは彼女達以外ではないかと伯爵は言う。
「ミュリエルを他家の伯爵ないし侯爵の継嗣に嫁入りさせたい、とブリジットは常々言っていてね。考慮すべきは、シャルロットを排してミュリエルの婿を狙う者かな。シャルロットは見ての通り、とんだじゃじゃ馬でね」
以前からブリジットは娘が継嗣争いの火種になる危険を心配していた。そう語った伯爵は、次に長女の名を挙げると肩を竦める。
シャルロットは婿入りを希望する貴族子弟にうんざりしており、自分より強い男性としか結婚しない、と公言している。実際に腕も立つので、身分が高い若手の騎士で勝てる者はいない。
婿入りを希望する者からすればシャルロットでは難しいし、婿になっても実権を握れるとは思えない。御しやすそうなミュリエルが、と思う者がいてもおかしくない。伯爵は肩を竦めつつ、そのように言うのだ。
「となると、ミュリエル様の婿候補が怪しいのですか?」
「他の可能性も否定できないが、最有力候補はそうなるね。実は領内に限れば、婿の候補はシメオンとマクシムなのだよ。
彼らを晩餐に呼んだのは、シノブ殿とアミィ殿に直接見てもらいたかった、というのもあってね。気まずい思いをさせて申し訳なかったが、こういう状況なのでご容赦願いたい」
シノブの問いに答えた伯爵は、続いて自身の思惑を明かす。彼が晩餐に親族の若者達を招き挑発めいたことを口にしたのは、考えあってのことだったのだ。
(それで婿にしても良いなどと言ったのか……。やたら俺を持ち上げていたのも、二人の反応を見たかったんだな)
シノブは伯爵の考えを理解し、少々脱力気味の笑みを浮かべた。隣では、アミィもシノブと似たような表情をしている。
「お館様、お呼びでしょうか」
僅かな間が生まれた直後、ノックの音が室内に響く。そして扉の向こうから、落ち着いた男性の声が届いてくる。
すかさず伯爵が許可を出すと、初老の男性が入室してきた。黒い文官風の服を身に着けた、ロマンスグレーの狐の獣人だ。
「ジェルヴェだ。当家の家令だよ」
「シノブ・アマノ様にアミィ様ですね。ジェルヴェと申します。どうかお見知りおき下さい」
伯爵は入室した男をシノブ達に紹介した。すると続いて当人も名乗り、シノブ達に深々と頭を下げる。
「これはご丁寧に。ところで、昨日お見かけしたような……」
シノブは思わず問いかけてしまう。ジェルヴェという男は、初めて会ったにしては既視感のある外見だったのだ。
「覚えておいででしたか。お嬢様をお迎えしたときに、私もおりました」
ジェルヴェは僅かに笑みを浮かべつつ答える。
シノブは思い出した。昨日館に入ったとき、伯爵の居場所を訊ねたシャルロットに返答した人物だ、と。アミィと同じ狐の獣人だからであろう、シノブの記憶に残っていたようだ。
「さてジェルヴェ。お前にはシノブ殿達と一緒に、ある調査をしてもらいたい。今から話すことは、ここにいる者以外には話してはいけない。守れない場合は死をもって償ってもらうが……」
伯爵はジェルヴェを真っ直ぐに見つめると、冷然とした声で告げた。伯爵の顔も、シノブ達と接しているときとは全く違う、心の動きが感じられないものとなっている。
「お館様、元から我が命は当家に捧げております。改めてお聞きになるまでもありません。この命、お館様の思う通りになさってください」
ジェルヴェは伯爵に向かって宣言すると、文官服の下から出した懐剣を鞘から抜き、己の胸に当てる。家令だけあって、彼の忠心は並々ならぬもののようだ。
「済まなかった。お前の忠誠は信じているが、これは当家の一大事なのだよ」
伯爵はジェルヴェに懐剣をしまうように告げ、シャルロットを狙う者についての説明を始めた。
昨日の暗殺未遂からの一連の事件、そしてシノブ達に告げた黒幕に関する推測。伯爵は、それらをジェルヴェに伝えていく。
「そんな……お嬢様が急に戻り休む間もなく出発されるなど、ただ事ではないと思っていましたが……」
継嗣の危機に、ジェルヴェは非常な衝撃を受けたようだ。
シノブは、初めて彼を見たときのことを思い出した。シャルロットは、父の居場所を教えてくれたジェルヴェに普段より柔らかな口調で応じていた。おそらくはシャルロットもジェルヴェを特別に信頼し、また彼も慕われるだけの誠を示してきたのだろう。
「シノブ殿。ジェルヴェは見ての通りの忠義者で、娘にも小さな頃から尽くしてくれている。この重大事を明かすことができるのは、ジェルヴェを置いて他にはいないだろう。
残念だが私は不在の父の分も補わなくてはならないから、直接は協力できない。後はジェルヴェに聞いてほしい」
伯爵が口にしたように、軍を纏めていた先代伯爵アンリはシャルロットと共に北の砦に旅立った。したがって伯爵は政務と軍務の双方を見なくてはならない。確かにこれでは直接の関与など難しかろう。
「シノブ様、お嬢様の危機をお救いいただき、真にありがとうございます。このジェルヴェ、シノブ様の手足となって働きます。従者同様にお使いください」
ジェルヴェはシノブに跪いて騎士の礼をする。彼の姿と声には、先ほど伯爵に示したものと同じくらいの敬意が宿っている。
「ジェルヴェさん、そんな畏まらなくても……お立ち下さい」
恭しく片膝を床につくジェルヴェに、シノブは驚いてしまう。それこそ先刻のように胸に剣を当てかねないほどの真摯な気持ちが伝わってきたからだ。
しかし、その一方でシノブは大きな安堵を感じていた。主に心から忠誠を捧げ、シャルロットに深い慈しみを示すジェルヴェなら、頼りにできると感じたからだ。
「ははは、ジェルヴェはシャルロットを可愛がっていたからな。シノブ殿、諦めたほうが良いよ。
……ところでジェルヴェ。お前の孫はもう六歳だったと思うが、少し早いが行儀見習いをしてみないかね。ミュリエルの遊び相手に良いと思うのだが」
伯爵は楽しげな顔をシノブに向け、笑いかけた。そして彼は、どういうわけだか唐突にジェルヴェに孫を出仕させないかと提案した。
「はい、大変光栄にございます。息子も喜びましょう。早速、フェルナンにミシェルを出仕させるよう伝えます」
伯爵の言葉に、ジェルヴェは喜びの表情を浮かべた。彼にとって孫の出仕は非常に光栄なことらしい。
しかしシノブは歓喜するジェルヴェに同調できなかった。伯爵の言葉に、シノブは僅かな疑問を感じていたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
シノブとアミィは割り当てられた貴賓室に戻り、居室のソファーにて寛ぐ。そして多少の間を置いて、ジェルヴェも貴賓室に現れた。
これから密談をするということもあり、侍女のアンナは隣室に下がらせた。そのためジェルヴェがお茶の準備をしている。
「ジェルヴェさん、改めてよろしく頼みます」
ティーカップにお茶を注ぐジェルヴェに、シノブは多少丁寧な口調で語り掛けた。
ジェルヴェは間違いなく四十以上、おそらくは五十歳を超えているだろう。そのためシノブの言葉も自然と年輩者への敬意が宿る。
「こちらこそお願いします。お嬢様を暗殺しようとする者など、見逃すわけにはいきません」
ジェルヴェは真摯な表情で宣言し、シノブに向かって最敬礼をする。その様子からは、今回の件を彼が極めて憂慮していると伝わってくる。
「ジェルヴェさんも大変ですね。家令の仕事もあるのに……」
「そちらは息子のフェルナンがおりますので。奴も将来の家令候補ですから、ちょうど良いでしょう」
シノブの問いに、ジェルヴェは問題ないと答える。執務室を出た後、彼は一旦姿を消していた。おそらく既に業務を引き継ぎ済みなのだろう。
「そう言えばフェルナンさんの娘……ミシェルさんでしたか。まだ小さいのに、急な出仕なんて大丈夫ですか?」
「騎士や従士の子弟は、十歳までに見習いとして出仕するのが当たり前です。孫も少し早いですが、ミュリエルお嬢様のお側仕えとは、願ってもないことです」
執務室と同じく、ジェルヴェは誇らしげな表情となっていた。やはり、主や一族の側で仕えるというのは彼らにとって非常な名誉らしい。
「……いえ、言いにくいことですが、あれって一種の人質なのでは?」
シノブは自身の疑問を口にせずにはいられなかった。
命を懸けても尽くすといったジェルヴェの孫を、伯爵は娘の遊び相手とはいえ人質に取った。そうとしかシノブには思えず、それ故憤慨していたのだ。
「そうです! 私も酷いと思いました!」
アミィも同感のようだ。同じ狐の獣人のジェルヴェや孫のミシェルに、彼女は親近感を抱いたのかもしれない。従者として控えめな立場を崩さないアミィだが、珍しく口を挟んでいた。
「いいえ、あれはお館様のお心遣いです。内密の調査とはいえ私が動いていることは、いずれ敵も察するでしょう。お館様やご家族の皆様のお側にいたほうが、孫も安全なのですよ」
「なるほど……ジェルヴェさんが安心して働けるように、という意味もあったんですね」
もちろん人質の意味も多少はあるのかもしれない。しかし伯爵の配慮でもあったと理解でき、シノブも安心した。
アミィも納得したのか、怒りを収めたようだ。彼女の表情も和らいでいる。
「さて、それでは調査の方針を決めますか」
シノブは、アミィとジェルヴェの二人を相手に相談を始めた。
まずはジェルヴェの意見を聞くことにする。執務室では、シメオンとマクシムについて聞いていたときにジェルヴェが入室してきた。そのためジェルヴェからも話を聞くことにしたのだ。
シメオンはビューレル子爵の嫡男、年齢は二十五歳だ。ベルレアン伯爵を補佐する主要な文官の一人で内務次官という高位に就いている。冷静沈着で表情が乏しく、外見から彼の考えを察することは難しい。ただし有能な文官であり、性格はともかく能力への評価は高い。
マクシムはブロイーヌ子爵の息子で二十四歳、こちらも嫡男である。役職は領都セリュジエールの東門守護隊長だ。直情的なところはあるが、職務は大過なく勤めている。武人としての力量は優れており、子爵の息子という立場から王国軍との調整などに借り出されることもある。
ジェルヴェは、それらを要領よく語っていく。
「どちらも優秀ってことですか。それにしても、シャルロット様はともかく、ミュリエル様のお相手としては年齢が離れているのでは?」
シノブは十歳前後に見えたミュリエルを思い出し、疑問に思った。一種の政略結婚なのだろうが、十五歳かそこらも歳が離れているのはシノブからすれば不自然としか思えなかった。
「確かに九歳のミュリエルお嬢様より多少年上ではありますが、貴族の結婚では特に珍しいことではありませんので」
ジェルヴェによると、魔力量の多い人は寿命が長いが、その一方で子供が出来にくいらしい。
そのため魔力量の多い人は、一般的に子供の年齢差が大きい。したがって五歳から十歳程度開いているのも普通なようだ。
そして殆どの貴族は魔力量が多いから子供も少なく、結婚相手も年齢差があるのは珍しくないそうだ。
「お館様も二人の奥様にお子様は一人ずつで、お年も八つ離れております」
ジェルヴェは、そう締めくくる。確かに二人も夫人がいるのに、子供が二人だけというのは少ない。
「なるほど……ってシャルロット様は十七歳ですか?」
「はい、さようでございます」
ジェルヴェの答えを聞いたシノブは、自分より一つ下だったのか、と驚いた。てっきり自分と同じか一つくらい上だと、シノブは思っていたのだ。
──シノブ様。十五歳で成人ですし、貴族の子弟はそれより二年か三年くらい前から訓練を兼ねて実務に就くことがあります──
アミィが心の声でサポートしてくれる。このようなとき声に出さず相談できるのは非常に助かる。心の声がなければ、もっとシノブは不信感を抱かれたかもしれない。
──いや、しかしそれでも砦の司令官は早すぎないか?──
──高位の貴族を部下にしたい人もいないと思いますよ?──
アミィは、シノブに少しばかり笑いを含んだような思念で応じた。地球とこちらの違いを、彼女は面白く感じたのかもしれない。
──そうか。次期当主様を新兵として訓練とかしたくないよね。『ベルレアンの戦乙女』って言うくらいだから、完全なお飾りってこともないんだろうけど──
シノブはアミィのフォローに納得した。実質的には遊び相手とはいえ、ジェルヴェの孫ミシェルだって六歳から奉公に出るのだ。現代日本の常識で考えてはいけないのだろう、とシノブは思う。
「……いや、本当に優秀な方なんですね。感服しました。話を戻しますけど、ジェルヴェさんもあの二人が怪しいと思いますか?」
「動機があるのは間違いないと思いますが、シメオン様かマクシム様と決めつけるのも早計かと。仮にお二人の仕業だったとしても、協力者がいると思います。二十名もの襲撃者をどこから用意したか、という問題もありますし」
シノブは、ジェルヴェの意見に頷いた。そこで三人で相談した結果、ジェルヴェを通して幾つかの調査をしてもらうことになった。
まずは、シメオンとマクシムの動向だ。家臣で金遣いの荒い者、家族の動きが不審な者などの調査もしなくてはならない。指令書の用紙や、伝令の装備を入手可能な者の洗い出しも必要である。
襲撃者がどこから来たかも重要だ。他領から来た可能性もあるので調査は難しいと思われる。しかし有力な手がかりなので、諦めるわけにはいかない。
シャルロットに求婚し断られた者も、念のため調査することにした。最後に可能性は低いと思うが、ブリジットとミュリエルの周辺も調べることにする。
とりあえず思いついたことを並べた形だ。しかし、まずは情報収集から、というのは妥当だろう。
「了解しました。早速手配いたします」
ジェルヴェはシノブに答えて一礼した。随分と調べるべきことを並べ立てたが、ジェルヴェは平然としている。
「大変だと思うけど頼みます。困ったことがあれば伯爵とも相談しますから、なんでも言ってください」
「ご心配ありがとうございます。
ですが家令という立場上、相応の権限は持っています。それに、お館様の名を出せば、軍人や内政官にも無理が利きます。臨時の監査、ということにでもしておけば大丈夫でしょう」
ジェルヴェは心配無用とシノブに告げた。そして彼は深々と頭を下げると退室していく。
一方のシノブは、そんな彼を頼もしさを感じつつ見送る。そしてシノブは、どうやら安楽椅子探偵でいけそうだ、と微笑みを浮かべた。
お読みいただき、ありがとうございます。




