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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第10章 フライユ伯爵領の人々
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10.03 フライユ領の場合 前編

 フライユ伯爵領の領都シェロノワは、人口4万人の大都市だ。ベルレアン伯爵領の領都セリュジエールが5万人だから、それに比べると少ない。だが、最大の伯爵領であるベルレアンの領都に続く規模であるのは間違いない。

 実際、伯爵領で4万人を超えるのは、他にはマリアン伯爵領の領都ジュラヴィリエのみだ。フライユ伯爵領は人口26万人。それに対しマリアン伯爵領は27万人とほぼ等しい。他の伯爵領は人口25万人以下であり、都市もそれに比例して小規模になる。

 なお、メリエンヌ王国で最大の都市は、王都メリエである。人口15万人の巨大都市は、近辺の国々を含めても並ぶものが無い。ただし、その王領でも、続く都市は3万2千人のアシャールである。

 したがって、シェロノワが格別に大きな都市であることに、異論を挟む余地はない。


 そんなシェロノワの街を、獣人達の一行が歩いていた。二十歳(はたち)前の男女に、10歳くらいの少女達。彼らは狼の獣人のようである。それに、もっと幼い狐の獣人の少女に、その祖父と思われる初老の男性もいる。


「しかし、皆に悪いなぁ……」


「シーノお兄さま、これも仕事のうちですよ! それに、皆さんの心遣いを無駄にしてはいけません!

そうですよね、ロッテお姉さま!」


 狼の獣人の青年が、頭を掻きながら呟いた言葉に、赤い服を着た妹らしき少女が、元気に答える。

 10歳くらいの少女は、青年と腕を組んで歩く若い女性を見上げて微笑んだ。ロッテと呼ばれた女性も狼の獣人のようである。こちらも赤い服を着ているが、少女が制服めいた衣装であるのに対し、青年と寄り添う女性は、どちらかというと伝統的な装いであった。


「……シーノ、今日はゆっくりしましょう。せっかく、街を見る機会を作ってもらったのですから。

それに、アニーやエルだけではなく、私も貴方と一緒に過ごせて嬉しいのです」


 ロッテと呼ばれた若い女性は、少し苦笑をしていたが、青年の腕を、一層強く抱き寄せた。そんな彼女の顔も、期待に満ちた輝くような笑顔であった。


「そうです! ロッテお姉さまの言うとおりです!」


 そして、青年と手を繋いでいた青い服を着た少女も、続いて声を上げる。キラキラと瞳を輝かせる彼女は、アニーと呼ばれた少女より僅かに幼いようである。


「私もアニーお姉ちゃんと一緒で嬉しいです!」


 アニーという少女と手を繋いでいた、狐の獣人の少女が嬉しげに手を上げた。彼女は、まだ6歳くらいに見える。


「そうですね。シェルちゃんと一緒で私も楽しいですよ。今日はジェルお爺様も一緒ですしね」


 アニーという少女は、一行を守るように付き従う初老の狐の獣人に微かに視線をやりながら、自分を慕う幼子に微笑んだ。


 実は、彼らはシノブ達の変装した姿であった。

 王都メリエを散策したときのように、ミシェルとジェルヴェ以外は狼の獣人に姿を変えている。今回も、アミィが作った魔道具の付け耳や付け尻尾を使っているので、本物そっくりである。

 そして、呼び名も変えている。シノブはシーノ、シャルロットはロッテ、アミィはアニー。これは、王都で散策したときと同じである。

 今回は更に、ミュリエルがエル、その遊び相手ミシェルがシェル、家令のジェルヴェがジェル、として同行している。


「うん、お爺さまも一緒! それに、皆おそろい!」


 ミシェルは、ニコニコと微笑みながら答える。彼女が言う『おそろい』とは、獣人に姿を変えたシノブ達のことだ。

 戦で活躍したシノブ達を知っている者もいるだろう。そのため、彼らは姿や服装を変えている。

 今日も王都の散策と同様に、シノブは白い軍服に似た服、シャルロットとアミィは王都で買った服を身に着け、従士やその家族らしく装っていた。


「シェルは私と服もおそろいですね!」


 ミュリエルは、自身とミシェルの服を見て楽しそうな声を上げた。

 顔を知る者はまだ少ないが、ミュリエルは伯爵夫人となる身である。それ(ゆえ)念のため、彼女は狼の獣人へと姿を変えていた。


「ああ。二人とも可愛いよ」


「ありがとう、シーノお兄ちゃん!」


 ミシェルは、シノブを嬉しげな表情で見上げている。

 二人の服も、王都で買ったものだ。彼女達は、シャルロットやアミィが散策した翌日に、シノブと共に王都の街を回ったのだ。

 ミュリエルは、青いワンピースだが、普段とは違い領民が着ても不自然ではない服装だ。とはいえ、裕福な家の娘、といった感じではあるが。

 そして、ミシェルも彼女とお揃いのワンピースであった。ミュリエルは、仲の良いミシェルにも同じ服を着せたがったため、お揃いとなっていた。


「シェル、良かったですね」


 ジェルヴェは孫娘を目を細めて見つめている。彼も、いつもの黒い文官服から武官の制服へと着替えていた。彼とシノブがフライユ伯爵家の従士階級、そして他の者がその家族、という設定である。

 なお今回も、念のためにフライユ伯爵の家臣であるという身分証明書を(こしら)え、携帯している。王都では掏摸(すり)を捕まえる羽目になり、そのとき身分証明をした。そのため、一応用意したのだ。


「シーノお兄さま、どちらから回りますか?」


「そうだね。やっぱり服を見に行こうか。こっちは少し寒いから、外套(がいとう)……せめて襟巻きくらいは必要じゃないか?」


 アミィに、シノブは冬の空を見上げながら答えた。幸い、雨や雪は降っていないが、それでもどんよりとした雲が低く垂れ込めている。したがって、気温もそんなに高くはない。

 シノブやジェルヴェはともかく、南方にある王都の服飾店で買った服だと、少し寒いかもしれない。そう思ったのだ。


「シーノお兄さま、ありがとうございます!」


「私も!?」


 そんなシノブの言葉に、ミュリエルとミシェルは歓声を上げた。そして声こそ上げないものの、シャルロットも嬉しそうな微笑みを浮かべている。

 やはり、女性は服を見るのが好きなようである。既に成人したシャルロットも、そしてまだ6歳のミシェルも、それは変わらないようだ。


「ああ。皆にプレゼントしよう。風邪を引いたらいけないからね」


 一層、楽しげな表情となった女性達の軽やかな足取りに、シノブも嬉しくなる。

 シメオン達には悪いが、アミィの言うように、これも視察と割り切って楽しむべきであろう。そう思ったシノブは、ジェルヴェが調べておいた服飾店へと、シャルロット達を連れて行った。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「それじゃ、商店でも見に行こうか。どうせなら表通りじゃなくて、少し小さな店を見に行こうか。どこか良いところはないかな?」


 シャルロット達女性陣に外套(がいとう)を買ったシノブは、ジェルヴェへと訊ねた。大通りの大商会よりは、庶民的な店の方が、シェロノワに住む人々の生活がわかるのでは、と考えたのだ。


「それでは、東区のアダージュ通りに行きましょう。雑貨や古着など、様々な物を扱っているようです」


 ジェルヴェはシノブに、東区の北側に小規模な商店が集まる通りがあると教えた。

 領都シェロノワは、西大門からベルレアン伯爵領に向かう街道、そして南大門から王領への街道が伸びている。

 そのため、西区や南区は大きな商会が多い。そして、主要街道が存在しない北側には、魔道具製造工場が集中している。

 それに対し、東には都市グラージュや国境しか存在しないため、人気がないらしい。その結果、このあたりは小規模な商店などが多いという。


「どんなものがあるか、楽しみです!」


 ミュリエルは瞳を輝かせ、満面の笑みを見せていた。

 伯爵家の令嬢であるミュリエルは、そもそも商店に出向いたことすら数えるほどである。しかも、庶民的な店には行ったことがない。


「私も!」


 ミシェルも重臣の家系である。それ(ゆえ)、品の良い店にしか行ったことがないようだ。

 それに、彼女達が毛皮のハーフコートのような外套(がいとう)を買った先ほどの店も、裕福な商人などが利用する上品な店であった。したがって、平均的な人々が集まる商店は、覗いてはいない。


「シーノは、そういうところにも行ったことがあるのですか?」


 シャルロットは、シノブに(ささや)いた。元々腕を組んで歩いていたが、辺りに聞こえないようにと配慮したのか、さらに身を寄せている。


「ああ。故郷ではね。俺のいたところでも、色んな小物を集めた店もあったし、古着や古本を売っている店があったからね。それに、物を貸すお店もあったね」


 シノブは、日本のことを思い出しながら、シャルロットに答えた。

 高級店から、100円ショップやリサイクル、そしてレンタルなど。様々な形態の商売が行われている日本は、やはり成熟した社会だったのだろう。

 シノブは、それらを思い出しながら、懐かしさを感じていた。


「こちらにも、貸し出しをするお店はあるのですか?」


「聞いたことがありません。シーノ様の故郷は、とても素晴らしいところなのですね」


 アミィの問いかけに、ジェルヴェが感嘆したような表情で答えた。

 日本では江戸時代でも貸本屋などのレンタル業が存在したが、それは平和な社会だったからであろう。ジェルヴェによると、証文を取るような大袈裟なものはともかく、小額のものを貸し出す商売は、このあたりの国には無いようである。

 そんなジェルヴェの説明を聞いたシノブは、こちらでもレンタル業が成立するくらい落ち着いた社会に出来たら、と思いを巡らせた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 東区のアダージュ通りは、幅10mほどの裏通りであった。表の大通りが幅30mであり、綺麗な建物が並ぶのに対し、こちらは小さな店舗が雑然と並んでいる。


「案外、治安が良いんだね」


 シノブは、シャルロットに笑いかけた。

 シノブ達は、雑貨や古着を並べている商店に時々足を止めながら、ゆっくりと通りを進んでいった。人も多いため、彼らはミュリエルやミシェルに危害が加えられないように注意していた。


「ええ、安心しました」


 シャルロットは、少し騒々しいが活気に満ちた人々の姿を、笑顔で見つめている。

 多くの店は、真っ当な商売をしているようである。そして、道を行く人々も、シノブ達に手を出すような愚か者はいなかった。


「そうですね。一応警戒はしていますが……。

あっ、エルさん、シェルちゃん、このお人形カワイイですよ!」


 アミィも周囲に気を配っているようだが、その一方で少女達と楽しく商品を見て回っていた。


「木彫りの人形ですね……女の子と、男の子ですか?」


「こっちは、お馬さん!」


 ミュリエルとミシェルは、アミィが指差した小さな人形を手にとってはしゃいでいる。

 手作りらしい人形は、髪や服も彫って表現した素朴なものだ。どうやら標高が高いところに多い針葉樹を使っているようで、木目は細かい。


「いらっしゃい。私が作ったんだよ。どうかね、一つ?」


 店にいた中年の女性が、三人に声を掛けた。可愛いと褒められたからだろう、顔を綻ばせている。


「なかなか良い出来だね。皆、一つずつ、気に入ったのを選んで」


 シノブは、少女達に、好きなものを買うようにと促した。

 値札には、50メリーと書いてある。白銅貨5枚は、庶民の食事1回分くらいであろうか。シノブなら幾つでも買うことは出来るが、それでは教育上良くないだろう。


「わぁ、いいのですか!?」


「ありがとう、シーノお兄ちゃん!」


 ミュリエルとミシェルは、歓声を上げてシノブに抱きついた。そして、彼女達は目の前の人形を手に取り、見比べ始める。


「アニーも選んで。もちろん、ロッテもね」


 シノブの言葉に、アミィとシャルロットは、微かに頬を染めた。二人は品定めする少女達を羨望の眼差しで眺めていたのだ。


 四人が選ぶ間、シノブとジェルヴェは、店の主と話をした。どうやら、彼女の夫は大工のようだ。そこで出た端切れで人形を作っているという。

 シノブは、旅行者が増えれば土産物としてもっと売れるのではないかと思いながら、彼女の説明を聞いていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ところで、ロッテが選んだ人形って……」


「ええ、こんな可愛い子が授かれば、と思って……」


 シノブの(ささや)きに、シャルロットは同じく小声で答える。

 シャルロットは小さな男の子の人形を買っていた。まだ、幼児といってよさそうな男の子の人形を選んだ彼女は、未来に思いを馳せるような楽しげな表情をしていた。それ(ゆえ)シノブは、もしかして、と思ったのだ。

 ちなみに、ミュリエルは剣士のような青年を象ったもの、ミシェルは女の子の人形を選んでいた。


「やっぱりアニーは、狐が好きなんだ?」


「この子が、とっても可愛かったので……」


 アミィは、恥ずかしげな顔をしながらシノブを見上げた。彼女は、可愛らしくデフォルメした子狐の人形を選んでいた。薄く塗料を塗ったのか、オレンジ色に近い茶色をしている。


「そうか、この子はアニーの妹なのかな?」


 狐の獣人だから子狐を選んだのかな、と思ったシノブは、なんだか微笑ましく感じ、アミィの頭を撫でる。そんなシノブに、アミィは目を細めて微笑んだ。


 それぞれ気に入った人形を買った女性達は、ジェルヴェが持つ魔法のカバンにそれらをしまい、嬉しげな表情で通りへと歩みだした。


「さて、今日は時間があるんだ! ゆっくり回ろうか!」


 シノブの言葉に、女性達は一層嬉しげな表情を見せる。ジェルヴェも孫娘と街を回るのが楽しいのか、微かに笑みを見せていた。

 フライユ伯爵領の都市をじっくり見て回るのは、これが初めてである。シノブは、領主としての責任感と愛する人々と過ごす喜びの双方を感じながら、再び通りに並ぶ店へと目を向けていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年3月12日17時の更新となります。


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