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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第9章 辺境の主
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09.22 あの広い高地いっぱい 後編

 都市グラージュの新しい代官は、ロベール・エドガールであった。シノブの家臣となった彼は、昨年8月までベルレアン伯爵領の都市ルプティの代官を務めていた。それ(ゆえ)、この人事は適材適所と言える。

 また彼は、つい先日の帝国との戦争『創世暦1000年ガルック平原の会戦』、王都メリエの民が言うところの『二週間戦争』でも活躍した一流の武人でもある。都市グラージュは、国境に最も近い都市であり、その意味でも、ロベールの就任は最適であった。

 現在、人材不足のフライユ伯爵領(ゆえ)に、ロベールは、都市守護隊の司令官を兼ねていた。だが、そんな激務も、彼にとっては望むところであったようだ。シノブの為に残りの人生を捧げると誓った彼は、妻のモルガーヌも呼び寄せ、新天地で生き生きと働いていた。


「閣下、ご足労いただき、ありがとうございます」


 軍人らしくがっしりした体格のロベールは、都市グラージュに到着したシノブに向かって、恭しく赤毛の頭を下げる。40代前半の彼が、息子のようなシノブを敬うのは、何も知らない者が見たら不思議に思うかもしれない。

 だが、シノブはフライユ伯爵で、しかも国境を守護する王国軍の指揮権を持つ東方守護将軍である。彼が『二週間戦争』で立てた武功は、建国の英雄エクトル一世や、その息子の第二代国王アルフォンス一世とも並ぶと噂されている。

 そのシノブをロベールが丁重に迎えるのは、居並ぶ武官や文官からすれば至極当然のことであった。それを示すかのように、彼らもロベール同様に最敬礼をしていた。


「ロベール、出迎えありがとう」


 代官の館の前に整列した文武両官。その先頭に立つロベール・エドガールに、シノブはにこやかに微笑みながら言葉を返した。

 メリエンヌ王国でも北部に位置するフライユ伯爵領の中でも、標高が高めのグラージュである。今は雪が降っていないが、敷地のあちこちには、積み上げた雪が残っている。


「修復も、終わったようだね」


 館の庭は、シノブ達が帝国の将兵と戦った決戦の地であったが、既にその面影は無い。

 シノブは、綺麗に整地しなおした地面や修復された石壁を微かに見ながら、ロベールに近づき握手をする。彼だけではなく、一緒に来たシャルロットやアミィも、戦を思い出したのか、僅かに眉を(ひそ)めながら後に続いている。


「はい。公爵閣下が手配くださいましたので。

さあ閣下、皆様。お入りください。中は暖かくしております」


 ロベールの案内で、シノブ達は館の中に入っていく。

 アリエルが岩弾に使った石の階段や、吹き飛ばした大扉も既に修復済みである。初めて来たミュリエルは別として、この地で戦ったシノブ達は当時を思い出し、真新しい石段や扉に暫し目を向けた。

 そんな一行の中、ミュリエルの祖母アルメルは、この地で亡くなった多くの者を思ったのか、暫し立ち止まり、祈りを捧げていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……なるほど、統治は順調なんだね」


 ロベールから、都市グラージュの様子について説明を受けたシノブは、呟いた。


 代官に就任したロベールは、大過なく都市を治めていた。長年、ベルレアン伯爵領で都市の代官をしていた彼は経験豊富であり、新たな領民達相手でも順調に統治体制を築き上げていた。

 グラージュは前線に最も近い都市であり、暫定統治をしていたアシャール公爵も、この地には優秀な人材を優先的に回していたらしい。そのため、ロベールの元家臣なども含めベルレアン伯爵領から来た者と、前伯爵クレメンの反乱に関わっていなかった元からの家臣が、上手く協力しているようである。


「ロベールは経験豊富ですし、武勇も際立っていますから」


 シャルロットはシノブに笑みをみせる。

 彼女が言うように、代官のロベールが優秀な武人であるのも好印象らしい。前線が近いこの地では、都市の住民達も統治と同じくらい軍事面を重要視している。そのため先の戦で活躍したロベール、しかも戦の英雄であるシノブの直臣というのは、住民達から歓迎されたとみえる。


「いえ、長年(たずさ)わっていただけです」


 武人らしく自己については控え目なロベールであった。しかし続く副官達の補足からは、彼の前評判を上手く使って順調に統治している様子が窺えた。


「……問題は、やはり獣人達の受け入れ先か」


「お言葉の通り、受け入れ先を、そろそろご用意いただく必要があります」


 シノブの言葉にロベールは頷き、状況を説明する。

 解放した者のうち、フライユ伯爵領出身のおよそ500名は、既にそれぞれの家族の下に帰していた。解放した獣人達は、7000名近い。食事を用意するだけでも一苦労である。

 身元がはっきりしている王国出身者についても、同様に一旦はそれぞれの出身地に帰還させた。中には、家族がいないからこのまま仕官したい、という者もいたので、彼らには軍などを紹介した。

 それでも、帝国出身の者だけでも5500名はいる。そして、外国から来た元傭兵や、身元の確認が完了していない者を含め、およそ6000名が居留地に残っているという。


「受け入れ先として、北の高地に開墾地が用意できそうだ。軍人や開墾地での農民など。こちらが用意した幾つかの職から選択してもらい、そこで一定期間勤務したら通常の領民同様に扱う。そうする予定だ」


 シノブはロベールに、ガンドやイヴァール達が北の高地で条件に合う土地を見つけたことを伝えた。

 既に、ドワーフの義勇軍や後方支援の者達は、北の高地に向けて移動を開始している。彼らのうち、ヴォーリ連合国に帰国する者は、ガンドの時間があるときに運んでいくという。

 シノブ達も忙しいので、北の高地に関しては、ドワーフ達に任せていた。元々、魔獣が多くて開発が出来なかった土地である。そのため、古くからの領民達と争いになることもない。

 シノブは、それらの状況をロベールへと話した。


「それは助かります。獣人達も、この先どうなるのか不安に思っているようです。

自分達を解放した英雄の治める地で暮らしたい。そして、いずれは家族も呼び寄せたい。それだけが、今の彼らを支えているのでしょう」


「……では、早速会いに行こう。彼らにも現状を伝えたいし、困ったことがないか、直接確認したい」


 ロベールの言葉を聞いたシノブは、席を立った。彼に続いて、シャルロットやミュリエル達も、移動の準備を始める。ロベールも、そんなシノブ達の様子を微笑ましそうに見ながら立ち上がり、部下へと視察の準備をするよう指示を出した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ここにソニアの叔父さんがいるのか……」


 都市グラージュ郊外の居留地に着いたシノブは、先に外国人の解放者から様子を見に行くことにした。


「シノブ様、お気遣いありがとうございます」


 アルノーやロベールに案内されて歩むシノブに、ソニアが礼を述べる。


「友好国の彼らを先に訪ねるのは、当然のことだからね」


 シノブは、ソニアに笑いかけ、気にしないようにと伝えた。

 ソニアを早く叔父に会わせてやりたい、という思いもある。だが、彼が言うように、友好国から過去の戦に参戦してくれた者達だ。それに敬意を示す必要もあるだろう。


「ええ。ガルゴン王国とカンビーニ王国の傭兵には感謝の意を示す必要があります」


 シャルロットが言うように、傭兵として戦に参加したのは、両国の者達だ。

 両者は良く似た風習の国である。それ(ゆえ)、居留地の中でも両国の者は同じ区画を割り当てられていた。


「確か、大使館の方が、もうすぐいらっしゃるのでしたね」


「はい、そうです。そうしたら彼らも自国に帰れますよ」


 ミュリエルがアミィに問うたように、彼らは、近日中に来る両国の大使館の者に確認させる。そして、その上で、自国への帰還かメリエンヌ王国への定住を選択してもらう予定である。


「残念ながら、他国の者については未帰還者の管理が不十分ですから」


「旅行者として入国し、戦に参加した者もいますからね」


 ロベールの言葉にアルメルも頷く。20年前の戦の時に既に成人していた彼らは、その辺りの事情にも詳しかった。

 彼らが言うように、メリエンヌ王国の国民であれば、未帰還者や帝国に攫われたと思われる行方不明者はリストとして管理されている。リストは、同僚や家族から聞き取った対象者の特徴も含めて記された詳細なものである。

 しかし、他国の傭兵には単独で入国し現地採用された者もおり、管理が不十分であった。身元が確かでない者に通関証明書を与えて王都や他領に行かれても困る。したがって、彼らはメリエンヌ王国の者とは違い、まだ居留地に留まったままであった。


「シノブ様に栄光あれ!」


「どうか私を家臣にしてください!」


 せめて慰労をと元傭兵達がいる区画へと入ったシノブ達は、熱烈な歓迎を受けた。

 何しろ自分達を解放し20年ぶりに祖国に帰してくれる恩人、それに帝国の大将軍や将軍を倒したという話も元傭兵達の耳に入っていた。自分達を長年奴隷として虐げた帝国を完敗させたシノブに彼らは(ひざまず)き、気の早い者は仕官を願い出る始末であった。


「近いうちに両国の大使館の者が来る。確認が済めば、帰還も出来るし、希望者は軍なども歓迎する。だからそれまで待ってくれ」


 シノブは苦笑いしつつ、(はや)る人々に言い聞かせた。

 元奴隷のアルノーもそうだが、戦闘奴隷から解放された中には強力な身体強化能力を持つ者がいる。どうやら戦闘奴隷用の『隷属の首輪』が限界まで能力を引き出す代わりに、上手く適応できれば解放後もその能力を保てるようである。

 言ってみれば、シノブとアミィがシャルロット達に教えた魔力操作法を、強制的に練習させられるようなものだ。

 そのため解放した獣人達が残ってくれれば嬉しいが、身元不十分では雇うにも困る。獣人族は帝国では奴隷とされるため間者である可能性は低いものの、危険が少しでもある以上、慎重に対処したいとシノブは考えていた。


「シノブ様、アルバーノ・イナーリオを連れて来ました」


 そんな風に思いつつ(なだ)めるシノブの前に、アルノーが侍女ソニアの叔父と思われるアルバーノ・イナーリオを伴って現れた。

 アルバーノという男性は、シノブよりも若干背が高かった。細身なところは猫の獣人らしいが、小柄なソニアとは対照的である。しかしソニアと同じく金髪に金色の瞳で、顔立ちもどことなく共通点があるようだ。


「アルバーノ叔父様ですか? 私は、トマーゾ・イナーリオの娘、ソニアです!」


 ソニアが思わずといった様子で、アルバーノに声をかけた。一目見て親族とわかったのだろう、彼女の顔は喜びに満ちている。

 もしかするとアルバーノは、彼女の父や祖父に似ているのかもしれない。シノブは、40歳にしては若々しいアルバーノを見ながら、そんなことを考えていた。


「トマーゾ兄上の? まさか、エレナ殿のお腹にいた!?」


「はい!」


 エレナというのは、ソニアの母の名だ。ソニアが言い出すまでもなく、それを口にしたアルバーノは、彼女の叔父で間違いないようだ。

 その後もソニアは幾つかの質問をしたが、アルバーノは戸惑うことなく答えていく。ついにソニアは金色の瞳から涙を流し、喜びの表情のままシノブ達に振り返った。


「アルバーノ叔父様です。間違いありません!」


「良かったね。これでお爺様も安心されるだろう」


 シノブはソニアを温かく祝福した。侍女仲間のアンナは彼女の側に寄り、ハンカチで涙を拭っている。


「叔父様、お爺様がお待ちです、早く国に戻ってください」


 身元の確認が取れたらシノブの権限で通関証明書を発行し国許に帰して良いと、両国の大使と取り決めている。また当人がフライユ伯爵領での仕官や定住を望むなら、そうさせても良い。いずれ来る大使館の者に、それを伝えておけば問題はない。

 それ(ゆえ)ソニアは、早速カンビーニ王国に戻るようにアルバーノへ勧めていた。


「げっ! 父の下に戻るのか!? シノブ様、私を家臣の末席に加えてください! お願いします!」


 対するアルバーノは、美男子とも言って良い顔を露骨に(しか)めた。そして彼はシノブに向かって(ひざまず)き、臣下にしてほしいと懇願した。


「家臣にしても良いのだが……一度国に戻ったらどうかな?」


 アルノーの調べだと、アルバーノの身体強化能力は、解放された獣人の中でも上位に入るらしい。ソニアの縁者という点も、安心できそうだ。しかしアルバーノの言葉を聞いて悲しそうな顔をしているソニアを見ると、一度くらい親に会わせたほうが良いのでは、とシノブは思ってしまう。


「あの頑固親父に会いに行ったら、閉じ込められてしまいます! どうか、家臣に!」


「アルバーノ殿。家臣といっても、特別扱いはしないよ。最初は見習いからだ。衣食住は保証するが、無給だよ」


 必死な表情で頼み込むアルバーノに、シノブは釘を刺した。


「それで構いません! 出世して戻ると啖呵を切って、解放奴隷だなんて、情けなさ過ぎます!」


 そう言うアルバーノの表情は、安堵のためか笑み崩れていた。シノブは内心、今の表情の方が情けないのでは、と思ったが、それは言わないことにしておく。


「ともかく、一旦戻ってくれ。それと、父上とソニアの父から手紙を貰ってくること。戻ったフリとかは許さないよ」


「げぇ! い、いえ、ちゃんと貰ってきます!

……ところでシノブ様、家臣にしても良いと一筆頂けないでしょうか? いえ、シノブ様を疑うわけではありません。そうでもしないと頑固親父を説得できませんので」


 アルバーノは、帰還したと偽るつもりだったのであろうか。シノブの言葉に驚愕の表情を見せたが、すぐに元の人懐っこい笑みを見せた。

 色男と言っても過言ではない整った顔のアルバーノが、もみ手で満面の笑みを浮かべるのを見て、シノブは苦笑を隠せなかった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……シノブ、面白い家臣……いえ、家臣見習いを手に入れましたね」


 シャルロットは、隣を歩くシノブを悪戯っぽい表情で見つめている。


「まあね。でも、アルノーやその部下の調査では、彼の能力はかなり高いらしい。それは、シャルロットも見て取ったんじゃないか?」


「ええ。アルノーほどではありませんが、それに次ぐ身体能力ですね。猫の獣人らしく、音も立てずに歩くなど、普通の戦闘以外でも活躍しそうです」


 シノブの言葉に、シャルロットも真面目な顔になって頷き返した。


「軍人志望の中では、一二を争う実力の持ち主です。能力確認と彼らの気分転換のため、勝ち抜き戦をやらせたら、三十人抜きをしました。

浮ついたところもあるようですが、上手く使えば、潜入や調査もこなすかもしれません」


 解放した獣人達の調査に関わっていたアルノーは、シャルロットを補足する。


「潜入ね……ソニアも諜報とか向いているようだし、猫の獣人にはそちら向きの人が多いのかな?」


 ソニアも高い身体能力と高度な会話能力を持つ。そして直感も優れているようだ。

 アミィと親しくなりシノブの家臣となるなど、ソニアの行動は意外性に満ちている。だが、それらは自身の直観力に従っているらしい。


「わかりませんが、ソニアさんの叔父さまが見つかったのは良かったですね!」


「そうですね、ミュリエル様」


 ミュリエルの言葉に、アミィは苦笑しながら同意した。確かに、わかりもしない猫の獣人の種族特性を気にするよりは、家臣の願いが(かな)ったことを喜ぶべきであろう。


「シノブ様、こちらが帝国生まれの獣人達がいる区画です」


 アルノーの先導でシノブが入った場所は、大きな広場になっていた。周囲には、居住用のテントや小屋があるが、およそ200m四方の土地が空けてある。帝国生まれの者達は、およそ5500名もいる。そのため、住むための小屋も1000戸はあるようだ。そして、それだけの者がいれば、運動場の一つも必要だろう。


「シノブ様、万歳!」


「『竜の友』に栄光あれ!」


「大神アムテリア様のご加護がシノブ様にあらんことを!」


 ここでもシノブは大人気である。神の使徒でも現れたかのような喜びように、シノブやシャルロットは思わず苦笑した。

 ちなみに帝国生まれの獣人達は、アムテリアとその従属神を信仰していた。どうやら奴隷達を使役する人族のみが、謎の『排斥された神』を奉じているようである。

 メリエンヌ王国の人々と彼らに宗教的な違いがないことに、シノブは密かに感謝していた。


「獣人の諸君! 私はシノブ・ド・アマノ。この領地の主だ!」


 演台に上がったシノブは、広場に集まった獣人達へ語りかけた。彼の名乗りに再び獣人達は歓声を上げ、(こぶし)を突き上げる。

 どうやら帝国生まれの獣人達は、メリエンヌ王国と同じく熊の獣人や狼の獣人、そして狐の獣人が多いようだ。寒冷地であるためか、猫の獣人や虎の獣人など南方系の種族は見当たらない。

 多くは男性だが、一割から二割くらいは女性もいる。これは身体強化が得意であれば、女性でも充分戦士として戦えるためである。


「君達は自由の身だ。しかし5000名以上もの受け入れは、既存の町村では無理がある。

そこで、新規の開拓地を北方に用意する。高地だが帝国とは同じくらいの標高だから、君達なら充分生活できるだろう。心配する必要は無い。受け入れ態勢が整い次第、そちらに案内する。

……軍人を志望するものは、そちらを選んでも良い。残念だが、いきなり現れた君達を信用出来ない者も、この領地にはいるだろう。したがって当面、こちらが指定した幾つかの職のどれかについてほしい。一定期間が過ぎたら、後は通常の領民同様とする」


 シノブは、ゆっくりと目の前に並ぶ人々を見回しながら、説明していく。

 折角解放した彼らを、シノブは自由にさせたかった。だが、シメオンと相談した結果、それは様々な意味で危険だと判断した。彼らと領民達を、無理なく融和させるには、ある程度段階を置いた対応が必要である。そんなシメオンの意見に、シノブは同意せざるを得なかった。


 だが、シノブの思いとは別に、獣人達は顔を輝かせている。今まで全く自由が無かった彼らは、複数の職から選択できるだけでも、大きな朗報に感じたようだ。それに、最終的には普通の領民になれる。それを知った彼らは、大きな歓声を上げていた。


「口約束だけでは君達も心配だろう。だから、北の高地が開発可能という証拠を見せよう。……ガンド!」


 シノブの掛け声と合わせたように、空の一点に灰色の粒が見えたかと思うと、あっという間に大きくなっていく。今日のガンドは、装具は付けているが、誰も乗せていない。そのため、全力で飛行しているらしい。


「おお……」


「あれが竜か!」


 巨大な岩竜の登場に、獣人達は大きなどよめきを上げた。そんな彼らを他所に、ガンドはシノブの後方へと静かに舞い降りる。

 朝方、イヴァール達を北の高地に運んだガンドだが、シノブの頼みを受けて、この時間に都市グラージュへと飛行したのだ。


──ガンド、すまなかったね。イヴァール達は、開墾を始めているのかな?──


──問題ない。山の民達は、鉱脈を見つけたぞ。今は、安全な場所に避難させている──


 朝方、シェロノワを飛び立ってから、まだ半日も経っていない。

 しかし、アムテリアから授かった魔道具『フジ』は、飛行しながらでも鉱脈の調査が出来た。それ(ゆえ)、有望な鉱脈を、既に幾つか発見したらしい。

 シノブは、ガンドの予想外の答えに、顔を綻ばせた。


「さあ、誰か岩竜に乗ってみたい者はいないか! 竜の背から、新たな大地を見せよう!」


 シノブの言葉に獣人達は驚き、一瞬言葉を失った。だが、すぐに、俺が私が、と手を上げ始める。

 そんな獣人達から、シノブは五名選び出し、一緒にガンドの背に乗り込んだ。彼らが命綱を付け、しがみつくための持ち手を握ったことを確認したシノブは、ガンドに飛行するよう声をかける。


「うぉ! これが飛ぶってことか!」


「竜は、こんなに早く飛ぶのか!」


 獣人達が歓声を上げる中、ガンドはあっという間に100m以上の高空へと舞い上がった。大空から大地を眺める彼らは、いつの間にか、北方の白く雪を被った山脈と手前の高地に目を向けていた。

 黒々とした森や、緑の草原が広がる高地。厳しい自然なのか、一部は岩などがむき出しのところもあるが、それでも植物が生い茂る広大な土地が目に入る。


「あの広い高地いっぱいに、君達の住処(すみか)を造るんだ! そして、いつかは君達の家族を呼び寄せよう!」


 シノブの言葉に、五人の獣人達は、大きな歓声を上げた。

 子供のように顔を輝かせる五人を他所に、ガンドは降下を始める。全員は無理だが、もう少しは他の者達にも希望の大地を見せてあげたい。そう思ったシノブが頼んだからだ。

 一瞬だが、獣人達は名残惜しげな顔をした。しかし仲間にもこの喜びを伝えようと思い直したらしく、すぐに彼らは笑顔となる。


 大空を自在に飛翔する竜は、新たな領地の豊かな未来を保証するかのようだ。その竜を友とするシノブは、自由を手に入れた獣人達に希望の象徴として映ったとみえる。

 降下する竜の背の上で、解放奴隷達は期待の篭った熱い視線をシノブに向けている。


 背に乗る人々の思いを感じ取ったのか、ガンドは降下を一旦やめて大きく旋回した。

 ガンドが示すフライユ伯爵領の自然に、シノブ達は目を奪われた。北には峻厳(しゅんげん)なリソルピレン山脈に未開発の高地、そして南部には都市と街道がある。シノブは自身が守るべき領地を眺め、決意を新たにする。


 一回りした直後、ガンドは急降下を始めた。そしてシノブ達は吹き付ける風にも負けない大歓声を上げながら、巨竜が贈る迫力満点の飛翔を心ゆくまで楽しんだ。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年3月6日17時の更新となります。


 次回から第10章になります。


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