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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第9章 辺境の主
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09.20 あの広い高地いっぱい 前編

 領都シェロノワの中央に位置するフライユ伯爵家の館の前庭。シノブ達は朝早くから、綺麗に手入れされた庭の一角に設けられた訓練場へと集まっていた。

 伯爵とは、地方を守る大領主である。したがって、武技を磨くために必要な設備は、どの家でも必ず用意している。ましてや、剣技に長けたフライユ伯爵家だ。当然、修練のための場所は用意していた。


「流石は『光の大剣』ですね……」


 シャルロットは、畏れの混じった視線でシノブが持つ剣を見つめている。

 『光の大剣』とは、シノブがアシャール公爵の地下室で得た大剣であった。第二代国王アルフォンス一世が使ったという剣は、形状自体はごく一般的なものだった。刃渡り1m以上で、両手で握る長い(つか)。それらは、王国の大剣としては標準的なものである。

 しかし柄頭には宝石らしき青い石があり、(つば)には金細工が施されている。白銀に輝く刀身も、鋼やミスリルとも違う光沢を放っている。そして、なにより神気ともいうべき尋常ならざる気配が、並の剣ではないと主張しているようであった。

 だが、シャルロットの感嘆は、剣の荘厳ともいえる造りに対してではなかった。


「すっごい切れ味ですね~。人の胴より太い鉄棒も、真っ二つですか……」


 (あき)れたような声音(こわね)でミレーユが呟いた。

 シノブの眼前に立てられた直径30cmはあろうかという鉄棒は、上下に分断されていた。本来は木剣での打ち込みにでも使うのであろう。人の身長ほどの高さの鉄棒が数本、訓練場の隅に立っていた。だがその一本は、シノブが横一文字に放った一撃によって、地上1mほどのところで綺麗に分断されていた。


「……音すらしませんね」


 同僚と並んだアリエルも、驚きを隠せないようだ。

 彼女が口にしたように、大剣は鉄棒に吸い込まれるように入り、そのまま何の抵抗も無いかのように抜けていった。まるで鉄棒ではなく、影でも切り裂いたかのような無音の残撃。それは、剣の鋭さを端的に表していた。


「最初、失敗したかと思いました……」


 侍女のリゼットが、隣のソニアに(ささや)く。

 あまりの切れ味に、分断された上半分は、そのままの場所に残っていた。それ(ゆえ)、彼女はシノブが試し切りをしくじったと思ったようである。

 だが残撃の後、鉄棒に近づいたアミィがその上部を押すと、そのまま落ちて綺麗な断面が現れた。それを見てリゼットは、ようやく理解したようである。


「見事なお手前ですね。ですが、その技はフライユ流大剣術に似ていますが……」


 静かに響く女性の声に、シノブが振り向くと、そこにはミュリエルの祖母アルメルがいた。先々代フライユ伯爵アンスガル・ド・シェロンの第二夫人である彼女は、孫娘のミュリエルと、その遊び相手であるミシェルと共に、訓練場へと入ってきた。


「はい。アシャール公爵から頂いたフライユ流を記した古文書で学びました」


 シノブがアルメルと会うのは、シェロノワに到着したとき挨拶して以来である。それに、その前もほとんど会話をしたことはない。そのため、彼はアルメルの問いかけに、少し丁寧な口調で答えた。


「そうでしたか……。シノブ様、夫の残した文書などもあります。ぜひご覧になってください」


 アルメルは、シノブの言葉に納得したような表情で頷いた。そして彼女は、その青い瞳に懐かしそうな色を浮かべながら、言葉を続ける。

 彼女は、農務卿ジョスラン侯爵家の出であり、フライユ流の剣術について詳しいわけではない。だが、シノブの剣筋から、亡き夫のことを思い出したのであろう。


「ご配慮ありがとうございます。古文書は、ずいぶん昔に書かれたもののようで、他にも何かあればと思っていました」


 アルメルの申し出に喜んだシノブは、深く頭を下げ謝意を表す。彼が言った通り、公爵から譲られた古文書は、五百年以上前に記されたらしい。それ(ゆえ)、その後工夫された技などを学べるのは嬉しいことであった。


「シノブお兄さま、いつフライユ流大剣術を練習したのですか?」


 ミュリエルは、今までフライユ伯爵家と縁の無かったシノブが、いつの間に技を習得したのか疑問に思ったようである。彼女は、銀に近いアッシュブロンドをさらりと揺らし、シノブを不思議そうに見上げていた。


「昨日から……かな。でもね、まだ形を真似ているだけなんだ。これは剣が良いからだよ」


 シノブは、恥ずかしげな表情でミュリエルに答えた。

 アシャール公爵の館から戻ったシノブは、早速いくつかの基本的な型を練習してみた。古文書は、連続撮影したような精密な絵……いわゆるパラパラ漫画のような形で剣術の動作が示されていた。それを、アミィが読み取り、幻影として再現してみせた。シノブは、それを真似して練習したのだ。

 したがって、技としての完成度はまだ低い。彼の言葉には謙遜も混じっているが、剣の性能(ゆえ)、というのは間違いではなかった。


「昨日ですか! 流石、シノブお兄さまです!」


 そんなシノブの思いはともかく、ミュリエルは習得期間の短さに驚いたようである。シノブを見つめる彼女の緑色の瞳は、キラキラと輝き、その表情にも尊敬の念が浮かんでいる。


「剣が良いんだよ。……ところでミュリエル、どうしてここに?」


 ミュリエルが武術の訓練を見に来ることは今まで少なかった。そこでシノブは、どうして今日は来たのかと問うてみた。


「お婆さまが、シノブお兄さまの訓練の様子をご覧になりたい、と仰ったのでお連れしました」


 ミュリエルは、隣に立つアルメルに嬉しげな顔を向けた。

 アルメルはミュリエルやミシェルの魔力操作の練習を見て、それを教えたシノブ達がどのような修練をしているのか興味が湧いたようだ。


「そうか。じゃあ、ゆっくり見ていただこうか」


 シノブは、まだ50歳のアルメルが『お婆さま』と呼ばれることに、少し違和感を(いだ)いていた。

 魔力の多い貴族は若い期間が長い者が多いし、アルメルも10歳は若く見える。栗色の髪に青い瞳のアルメルは(しわ)一つ無く、シノブからするとお婆さん扱いするのは可哀想なくらいである。

 とはいえ、ミュリエルにとって祖母であるのは間違いない。それに若くして結婚するこのあたりの国々では、40前で孫のいる者も珍しくはなかった。

 そんなことを想起したシノブだが、仲良さげに語らうミュリエルとアルメルに安心もしていた。


 夫のアンスガルが亡くなった後、アルメルは殆ど表に姿を現さなかったという。しかし孫のミュリエルと共に暮らすことになったのが、良い方向に作用したようだ。

 おそらくアルメルは、孫を立派な伯爵夫人に導くことが自身の使命と思ったのだろう。前伯爵クレメンへの遠慮から隠居暮らしを選んだ彼女だが、今は多くの時間をミュリエルと過ごしている。

 祖母と孫に相応しい距離感に、シノブは思わず微笑む。そして彼女達を守るためにもと、再び訓練に集中していった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 訓練を終えて、シノブ達は朝食を取るために館へと戻った。彼らは通常、館の左翼二階にある広間で、食事をする。とはいっても、まだシェロノワに来て四日目であったが。


「シノブ! 見つかったぞ!」


 朝食の準備が整い、いよいよ食べようかという時。シノブとアミィは、強大な魔力の接近を感知した。最初は驚いたものの、すぐに岩竜ガンドのものだと理解した二人は、その来訪を広間にいる者へと伝えた。

 そして、それから間もなく、イヴァールが広間へと駆け込んできた。そして窓からは、ガンドの巨大な顔が、覗いている。


「本当に竜の棲家(すみか)に相応しい場所が見つかったのか!?」


 概要は、ガンドから思念で聞いている。しかし、シノブも短期間で竜が暮らす土地が見つかったことには、驚きを隠せなかった。それ(ゆえ)彼は、興奮したようなイヴァールに、思わず確認していた。


「ああ! それに、ここから近い!」


 ガンド達は、シノブを驚かせようと思ったのか、直前になって連絡してきた。彼らが伝えてきた場所は、領都シェロノワから北北西の方向140kmくらいのところであった。シェロノワの西の都市スクランシュからは、ほぼ真北に100kmくらいであろうか。


──狩場は、多少東西に長くなるがな。それ以外、問題は無い。魔力も濃いし魔獣も多い。棲家(すみか)に適した断崖もある──


 ガンドの説明によれば、竜の棲家(すみか)は、人間や魔獣が容易に近づけないような断崖絶壁の上に作るらしい。そして、その地の魔力を利用して、生き物の方向感覚を狂わせる結界を構築するという。

 シノブは、ヴォーリ連合国の竜の棲家(すみか)を思い出していた。確かに、あの地も濃密な魔力が存在したし、ドワーフ達では侵入できない結界があった。そして、棲家(すみか)は断崖絶壁の上にある洞窟だった。

 強大な魔力を持ち、空を飛べる竜ではあるが、生まれたばかりの幼竜は、飛ぶことも出来ないし当然狩りをすることもできない。そのため、安全な場所が必要なのだろう。


「それで、次は鉱脈を探すのか? それとも開墾か?」


 シノブは、顔を綻ばせているイヴァールに問いかける。


「両方だな。まずは、居住地を作る。それと合わせて鉱脈も探す。義勇軍からも大勢参加するし、爺様も残るぞ!」


 イヴァールの後から入ってきた、大族長エルッキや、その父タハヴォも頷いている。

 彼らは、到着直後に義勇軍のドワーフ達がどうするか確認していたようである。イヴァールによると、義勇軍の殆どは、そのまま残るらしい。しかも、彼の祖父タハヴォが開拓団長になるという。


「そうか……タハヴォ殿ならドワーフ達を(まと)めてもらうのに適任だな」


 タハヴォはアハマス族の族長を務めたことがある。その彼なら、入植するドワーフ達を取りまとめるのも簡単であろう。


「シノブ殿。これからよろしく頼む」


「こちらこそよろしくお願いします」


 シノブはタハヴォに歩み寄り、彼と握手した。とりあえず、これで岩竜とドワーフはなんとかなりそうだ。まずは、彼らが北の高地を切り開いてくれる。そして、帝国から解放した獣人達からも、後に続く者が出るはずだ。

 タハヴォ達は、北の大地を繁栄させる第一陣となるだろう。シノブは、そんな明るい未来を想像し、笑顔になった。


「それでシノブ、魔道具を貸してくれ!」


 イヴァールは、シノブに向かって右手を突き出した。


「魔道具って、富士山型のアレか?」


 イヴァールが言っているのは、地脈を調査できるという魔道具であろう。そう思ったシノブだが、念のために問い返してみる。

 既に、王都メリエを旅立ってから、この魔道具の使い方は何度か試している。そして、シノブやアミィだけではなく、シャルロットやシメオン、イヴァール達にも使用権を付与している。

 それ(ゆえ)イヴァールも使用できるし、鉱脈を発見できる魔道具とあって、彼は他の面々より熱心に使い方を学んでいた。そういう状況(ゆえ)に、貸し与えるのは何の問題も無い。


「シノブ! 富士山型の、というのは何とかならんか!?

言いにくくてかなわん!」


 イヴァールは、不機嫌そうな顔をして、シノブを見上げている。


「そうですね……シノブ、何か良い名前はありませんか?」


 シャルロットは、深い湖水のような瞳で、シノブを見つめている。彼女だけではなく、ミュリエル達も、シノブが命名するのを期待しているようだ。


「う~ん。名前ねぇ……面倒だから『フジ』で良いんじゃないか?」


 地脈探査機とかにすべきであろうか、と思ったシノブだが、そのまますぎて味気ないような気がする。かといって『鉱脈ミツケール』などという名前もどうであろうか。そう思ったシノブは、安直だが形状をそのまま名称とすることにした。


「よし、『フジ』だな! 短くて覚えやすいな!

早速借りていくぞ!」


「イヴァールさん、頑張ってくださいね!」


 富士山については、シノブの過去を伝えた面々には教えてある。そのため、イヴァール達も立派な山だということぐらいは知っているはずだ。しかし、彼らは短くて覚えやすい名前だ、と思っただけらしい。

 よほど急いでいるのかイヴァールは反対することも無く、アミィから魔道具を受け取って、そのまま広間から走り出していった。

 そして、エルッキやタハヴォも、シノブに会釈はしたが、やはりどこか慌ただしそうに去っていく。


「あんなに急がなくても良いだろうに……イヴァールは根っからの戦士だと思っていたけど、鉱山掘りも好きなのかな?」


 シノブの脳裏には、ねじり鉢巻をしたイヴァールが、楽しげにツルハシを振るっている様子が浮かび上がった。まるで土木工事でもするかのような太いズボンにタンクトップ、そしてその下には隆々たる筋肉。そんな想像上の姿に、シノブは思わず苦笑いを(こぼ)した。


「早く開拓してもらって、困ることはありません。私達も、負けないように頑張らなくては」


 シノブの苦笑混じりの呟きに、彼に寄り添ったシャルロットが優しく言葉を返す。


「そうだね。朝食後は、解放した獣人達のところに行こうと思っているんだ。

シャルロットも一緒にどう?」


 シノブは、脳裏のイヴァールから、目の前のシャルロットに注意を向けなおす。ここ数日忙しく、日中はあまり一緒にいることも無い。そう思ったシノブは、彼女を解放した獣人の視察へと誘ってみた。


「私は、軍務がありますから……」


 シャルロットは、シノブの誘いに嬉しげな顔をした。しかし彼女は、体制を整えている最中の領軍を思い出したのか、言葉を濁す。


「シャルロット様。私やミレーユも居ますし、それに、マティアス殿もいらっしゃいます。

折角のお誘いですから」


 口篭ったシャルロットに、アリエルは優しく笑いかけた。


「そうです! シャルロットお姉さま、一緒に来てください!

私やお婆さまも行くんですよ!」


「シャルロット様! 軍を代表して見てきて下さい! もしかすると、凄い人がいるかもしれませんよ!」


 ミュリエルやミレーユも、シャルロットに視察を勧める。彼女達は、真面目なシャルロットに、たまには息抜きさせたほうが良いと思っているのかもしれない。


「さあ、シャルロット、ミュリエル! 食事を早く済ませよう!」


 シノブは、シャルロットの悩みを断ち切るように、声をかけた。そして、彼は再び着席する。イヴァール達の突然の来訪に、朝食は中断したままだ。シノブの言葉に、シャルロット達は少し苦笑しながら彼に続いて食卓に着いた。

 シノブは喜ばしい知らせに(はや)る気持ちをなんとか抑えつつ、急ぎ気味に朝食を片付けていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年3月2日17時の更新となります。


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