表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第9章 辺境の主
172/745

09.19 ああアシャールに何かあり 後編

 シノブ達は、夜までにはフライユ伯爵領に戻る予定である。帰りもホリィを先行させて、魔法の家で戻るだけだ。そのため昼食は、アシャール公爵の館で取ることとなった。


 館のサロンには、公爵の第一夫人アンジェと第二夫人レナエル、それに嫡男のアルベリクにその妻アリエットがいた。

 彼らは、公爵の急な帰還に驚いてはいた。それに1月9日に都市アシャールを発ったシノブが、フライユ伯爵領にいたはずの公爵を連れて、七日後に現れたのだ。

 ちなみに、本来なら片道十日、急いでも五日はかかる距離である。


 しかし、アシャール公爵からの手紙により、戦でシノブが見せた魔術や、魔法の家などの魔道具についても、彼らは知っていた。それ(ゆえ)、シノブ達ならそんなことも可能なのだ、と驚きつつも納得したようである。


 シノブは、家族思いのアシャール公爵の願いで、妊娠中の第二夫人レナエルの経過を見たり、嫡男の妻であるアリエットを診察したりした。

 幸い、レナエルは順調であった。そして、なんとアリエットにも妊娠の兆候があった。当然、その言葉を受けた公爵一家は、嫡男に初めての子が授かったという朗報に、大きな喜びを表していた。


 思いがけない吉報に興奮する公爵一家に注意事項などを説明しながらも、暫しの歓談を楽しんだシノブとアミィ、ホリィであった。もっとも、ホリィが思念や『アマノ式伝達法』を使えることは、大勢に広めるつもりは無い。そんな思惑もあり、彼女はアミィがつけた皮手袋に、大人しく止まったままだったが。


 アシャール公爵は、そんな光景をにこやかに眺めていた。だが、談話が一段落した彼は、家族と別れ、シノブ達をとある場所へと案内していった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……義伯父上、何があるのですか?」


 館の地下室へと案内するアシャール公爵に、シノブは疑問を(いだ)いていた。

 奇矯な行動が多い公爵ではあるが、その裏には深い考えがある……ような気がするシノブである。そのため、今まで黙って後に続いてきた。

 しかし、地下室の中は、特に何かがあるようには見えない。室内には、何も置かれていないし、次の間があるようにも見えなかった。


「ふふっ。一見何も無いように見えるがね……ここをこうして……」


 正面の壁に歩み寄った公爵は、しばらく壁の石を押したり引いたりしていた。どうやら、何箇所かの壁石は、動かすことができるようである。ある石を押し込むと、別の石が飛び出してくる。そして、それを更に引くと、今度はまた別の石が動く。

 どうやら、隠し金庫か何かがあるようだ。そう思ったシノブは、アミィやホリィと共に、壁を操作する公爵を黙って見守ることにした。


「さて、これで終わりだ!」


 アシャール公爵は既に二十回近く操作しただろうか。シノブがそんなことを思いながら見ていると、公爵は石を押し込みながら、大きな声で終了を宣言した。

 すると、彼の右脇の石壁が低く鈍い音を立てながら下がっていった。ちょうど人一人が(くぐ)り抜けられる程度の壁が、床面に向けてゆっくりと押し下げられていく。


「隠し部屋……ですね」


 アミィが呟いたとおり、下がった壁の向こうには、かなり広い空間があるようだ。


「さあ、入るよ! アミィ君、光の魔道具を頼むよ!」


 公爵は、ガルック平原で帝国のゼントル砦に警告しに行ったときのことを覚えていたようだ。あのとき、アミィは砦に向かって警告する公爵達を、光の魔道具で照らしていた。そこで、今回もアミィに声をかけたらしい。


「はい……」


 アミィは、少し苦笑しながらも魔法のカバンから光の魔道具を取り出し、隠し部屋の中を照らした。


「……これは、岩ですか?」


 シノブが呟いたとおり、隠し部屋の中には、巨大な岩らしきものがあった。

 入り口の反対側の壁面を塞ぐような大きさであり、大人が十人ほどで手を繋げば、周囲を囲めそうである。ただ、黒々と光る表面は、岩のようでもあるが、金属のようでもある。シノブには、それが自然石なのか、精錬した金属から削りだしたものなのか、判断がつかなかった。


「さあね。この館を建てる前から、ここにあったそうだよ」


 公爵は、不思議な光沢を放つ巨大な物体を見ながら、シノブの呟きに答えた。


「ところで、義伯父上。なぜ、あんなところに剣を飾っているのですか?」


 シノブが見る先には、(つか)を下にした剣があった。大剣に分類される巨大な物であるが、謎の輝きを放つ地肌に張り付いているかのようにみえる。岩らしき物の表面は床面と垂直になっており、支えがなければ落ちてしまう。

 シノブは、大剣の後ろ側になにかフックでも付いているのだろうか、と怪訝に思いながら見つめていた。


「張り付いているのさ。ほら、取れないだろう?」


 アシャール公爵は剣の(つか)に手をかけると、手前に引っ張ってみせる。彼は充分な力を込めているように見えるのに、剣は寸毫(すんごう)たりとも動かなかった。


「この剣は、アルフォンス一世の剣なんだよ。『光の大剣』という銘だね。なんと、かれこれ五百年近く前から、こうなっているのさ!」


 アシャール公爵は不思議な剣の由来を話し始めた。シノブとアミィ、それにホリィは、彼の言葉に静かに聞き入る。


 そもそもメリエンヌ王国の三公爵の初代は、第二代国王アルフォンス一世の息子であったという。公爵はアシャール、オベール、シュラールの三家だが、これは彼らの名前に由来している。

 第三代国王テオドール一世が長男で、次男アシャール、三男オベール、四男シュラールである。アルフォンス一世は、男子が少ないという貴族や王族の常識に反し、四人の息子に恵まれたのだ。


 テオドール一世が即位したとき、退位したアルフォンス一世は、息子に自身が使った武具を譲り渡そうとした。だが、その武具は、息子であるテオドール一世には使えなかったという。


「アルフォンス一世は、絶大な加護を持っていたというからね。しかも、その武具は聖人ミステル・ラマールが作ったものだ。

息子といえど、先代ほどの加護を持たないテオドール一世や、その弟達には使えなかったのさ」


 そこでアルフォンス一世は、四つの武具を四人の息子に分け与えた。王家と三公爵家となった彼らは、それぞれの武具を守護する役目を極秘に担ったという。

 建国王エクトル一世や、その息子アルフォンス一世が持っていた強い加護は、男子へと受け継がれていくようであった。それ(ゆえ)今まで女王は立たなかったし、公爵家も男子が絶えたら王家の男子を迎え入れるなど、男系を保ってきたという。


「あとは、なるべく魔力の強い者を娶るとかだね」


 アシャール公爵の説明を聞きながら、シノブは大聖堂で大神官から聞いた話を思い出していた。

 アルフォンス一世は、建国王エクトル一世とその第一夫人ユルシュルの子とされているが、本当はエクトル一世と聖人ミステル・ラマールの子だという。実は女性であった聖人だが、当時は、現在よりも男子が尊重されていたため、男性と偽ったらしい。

 それはともかくアルフォンス一世は、神の加護を授かった初代と、神の眷属である聖人の息子なのだ。当然、その加護は非常に強いものだったに違いない。

 そして、その後の代が、彼ほど強い加護を持たなかったというのも、何となく納得できる。


「ところで、誰が剣を貼り付けたのですか?」


 アミィは、何の支えもないのに、黒々とした岩らしい不思議な物体に張り付いている『光の大剣』を、まじまじと見つめていた。

 シノブにも、外見からはどうなっているかわからない。だが、そこに途轍もなく強い魔力が働いていることは、感じ取れた。


「それはもちろん、アルフォンス一世だよ」


 アシャール公爵は、当然という顔をしていた。

 第三代国王テオドール一世が即位したのは、創世暦498年だという。当時、聖人ミステル・ラマールは、既に役目を終えて神界へと戻っていたはずである。そして、建国王エクトル一世も死去している。

 このようなことができるものはアルフォンス一世しかいない、と公爵は言いたいらしい。


「まさか、これを取ってみろ、とか?」


「ご名答! シノブ君なら、取れるんじゃないかと思うんだよ!

聖人と匹敵する偉業を成し遂げたシノブ君なら、と思ってね」


 シノブは、アシャール公爵の言葉に、思わず表情を改めた。もしかすると、公爵は自分やアミィ達の秘密に気が付いているのでは。彼は、そう思ったのだ。


「ああ、細かいことを聞くつもりはないよ。余計なことを聞いて、シノブ君がいなくなったら困るからね。

でも、帝国には『排斥された神』がいるんだろう?

それなら、この剣が役に立つと思ったのさ。何しろ、聖人が作った剣だからね!」


 口を開こうとしたシノブに、公爵は手を(かざ)すと口早に自身の考えを伝える。

 どうやら、下手な詮索をしてシノブが他国に逃げたら困る、とでも思っているようだ。


「さあ! 試してくれたまえ!」


 アシャール公爵の言葉に押されるように、シノブは目の前の大剣に手を伸ばした。


 『光の大剣』は刃渡り1m以上。ちょうど、アドリアンが決闘で使っていた模擬剣と同じくらいである。黒っぽい色の(つか)は両手で握る充分な長さがある。そして柄頭は丸くなっており、そこだけは宝玉なのか青い光を鈍く放っていた。

 剣の(つか)は、ちょうどシノブの目の前くらいだ。そして切っ先が天井を突くかのように真っ直ぐ上に向けた状態で、黒々とした不思議な岩壁に固定されている。


 シノブは、まるで強力な磁石に張り付いた鉄片のような巨大な剣に触れた。するとシノブが(つか)に触れた瞬間、剣は密着していた岩から自然と離れ、彼の手に収まった。


「おお! やっぱりね!」


 公爵が子供のような無邪気な笑みを見せ、明るい声を張り上げる中。シノブは大剣を垂直に立てたまま、茫然自失(ぼうぜんじしつ)(てい)で見つめていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「これを使って! あと、この本もあげよう!」


 アシャール公爵は、巨大な剣を見つめるシノブを他所に、部屋の隅に行くと、何かを取り出した。シノブの下に戻ってきた彼は、剣の鞘と一冊の書物を持っていた。


「これは、何の本なのですか?」


「フライユ流大剣術について記したものさ」


 不思議そうな顔で尋ねたアミィに、公爵は意外な答えを返した。その言葉に、シノブも思わず剣から視線を離してアミィと共に次の言葉を待つ。


「アルフォンス一世に剣術を教えたのは、初代フライユ伯爵ユーレリアン・ド・シェロンだったからね。

もちろん、槍はベルレアンのシルヴァン殿だよ」


 アシャール公爵が明かした内容に、シノブは得心がいった。剣のフライユに槍のベルレアン。それに、アルフォンス一世が生まれたのは建国の十数年前である。

 当時、七伯爵の初代は、後の建国王エクトル一世の騎士だった。主の息子に武術を授けたのも当然だ。


「しかし、武術の奥義書なんて、理解しにくいのでは?」


 シノブは、昔の武芸者が書き記した秘伝書のようなものを想像した。時代劇に出てくるような剣術者が書き記したような、格調高く、しかし抽象的な秘伝であれば、読んだからといって、技を再現できるとはかぎらない。


「ああ、これは特別製でね。どうやら、聖人がいらっしゃる間に、手を貸してくださったらしいね」


 そう言って、アシャール公爵はアミィに本を手渡した。アミィは、古いがしっかりした装丁の分厚い本を開いてみる。


「これは……パラパラ漫画!?」


 最初、何ページか開いたアミィは、そこに描かれていた剣術の動作が、次のページと連続していることに気がついたようである。彼女は、すぐに幾つかのページを流し見し始めた。


「なんだね、その『ぱらぱらまんが』とは?

まあ、そういうわけで、動作はわかりやすいのさ。それに、意味や要点は下に書いてあるしね。

この書き方も、聖人が授けた知識らしいけどね。もしかして、こういう精密な絵を描くのも、神々の使徒の技なのかもね」


 アシャール公爵は意味ありげな笑いと共に、シノブに語りかけた。おそらく、シャルロットの誕生日に贈った肖像画や、ミュリエルやミシェルにプレゼントした絵のことを、暗に示しているのだろう。

 やはり、彼はシノブやアミィを、聖人やそれに類する存在と考えているようである。


「仮に、『光の大剣』が取れなくても、これは役に立つだろうと思ってね。何しろシノブ君はフライユ伯爵だ。でも、家伝の技は受け継いでいない。まあ、別家なのだから仕方がないがね。

とはいえ、そこに文句をつける者もいるだろう。まあ、これで修行したまえ!」


 アシャール公爵は、遂に気持ち良さそうに高笑いを始めた。

 シノブとアミィも、その晴れやかな笑顔に、思わず釣られて笑みを漏らしてしまった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「もしかすると、最初にここに来たときに、アムテリア様の夢を見たのは、意味があったのかな?」


 魔法の家の中で、ホリィからの連絡を待つシノブは、アミィへと訊ねた。


「そうですね~。その剣や、あの岩壁からは、凄く神聖な魔力を感じましたからね。ここは、一種の聖地なのかもしれません」


 フライユ伯爵領の領都シェロノワに帰るには、先行したホリィに魔法の家を呼び戻してもらう必要がある。ホリィが飛び立ってから一時間近く経ったから、公爵の館を辞し、シノブとアミィは二人だけで魔法の家の中で待機しているのだ。


「そうか……今のところ、アムテリア様が降臨されたのは、王都メリエと聖地サン・ラシェーヌ、そしてここだからね。何か、意味があるのかもしれない」


 アミィにも確信はなさそうであり、彼女は小首を傾げていた。そのため、シノブの推測は間違っているかもしれない。しかしシノブは、一つの可能性としてはありそうだと、確証は無いながらも考えていた。


「でも、シノブ様。アシャール公爵が代々守ってきた『光の大剣』を授かったのは、公爵家を継いだことになりませんか?

あれだけの神具ですから、今後必要なのは間違いありませんが……でも、このことが王家に伝わると、大変なことになるかもしれません」


 アミィは、その薄紫色の瞳に、心配そうな色を浮かべていた。頭上の狐耳も僅かに伏せられており、彼女の感情が表れているようである。


「まあ、そのあたりは義伯父上なら上手くやってくれそうだけどね。それに、義伯父上も王家も、ある程度は察しているようだから、とぼけても無駄じゃないかな。

ところで、これって聖人が作った剣じゃないよね?」


 シノブは、鞘に収めた大剣を眺めながら、アミィに問いかけた。


「はい……シャルロット様が授かった宝剣とは、明らかに魔力の量や質が異なります。これは、アムテリア様が授けた剣ではないでしょうか……」


 アミィは、畏れを表しながらもシノブの言葉を肯定した。シノブは『光の大剣』を手に取ったとき、まじまじと見つめていた。彼は、アミィが指摘したことを、自身の手に収まった大剣から感じ取っていたのだ。


「やっぱり。アルフォンス一世に相応しい魔道具を、授けてくださったのかな?」


「さあ、それはなんとも。でも、可能性はありますね」


 アミィも半信半疑な様子ではあるが、シノブと同じように考えているらしい。彼女は、鞘に収めてソファーに立てかけられた剣を真剣な表情で見つめていた。


「あっ、通信筒が消えた! それじゃ、ホリィに連絡するか!」


 シノブは、合図である通信筒の呼び寄せを受けて、自分達も準備が済んでいることを、心の声でホリィに伝えた。

 そして数瞬後、彼らは魔法の家と共に、アシャール公爵の館から消え去っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年2月28日17時の更新となります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ