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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第9章 辺境の主
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09.18 ああアシャールに何かあり 前編

「シノブ君も中々やるねぇ! これなら、安心して帰れるというものだね!」


 大審院での裁判を終え、館に戻ったアシャール公爵は、シノブに笑いかけた。


「義伯父上の思惑通りに行動しただけです。それに、シメオンの助言もありましたし」


 サロンのソファーに座りご満悦の公爵に対し、シノブは苦笑いを見せる。

 シノブだけではなく、同席しているシメオンやアミィ、ジェルヴェも僅かに頷いていた。どうやら、彼らもシノブと同意見のようだ。


「なんのことかね? ともかく、二人に任せておけば、大丈夫ということだね!」


 シノブの言葉に対面のアシャール公爵は、とぼけたような表情を見せる。そんな公爵の様子に、シノブと並んで座ったシメオンも、苦笑を隠せない。


 領都シェロノワの大審院の大法廷では、拘留中の高官達の裁判が行われた。

 求刑通りとなったのは、財務長官ゴドブロワである。彼は、帝国からの密輸や奴隷貿易に関わっていた。したがって、減刑されず処刑が確定した。

 それに対し、都市スクランシュ代官ドルジェ、農務長官ルビウス、外務長官ジュベルドー、モゼル砦守護隊長メルリアーヴは嫌疑不十分として刑を減じられた。近い将来着手される予定の、北の高地の開墾などに(たずさ)わる予定である。

 彼らは無期限の強制労働となるところであったが、シノブの言葉により、高地開発を担当する内務官の監督下で働くこととなった。減刑されて強制労働3年だが執行猶予1年が付与され、とりあえず実刑を逃れた彼らとその家族は、シノブに深く感謝し忠誠を誓っていた。


「義伯父上は、重罪のゴドブロワを許すつもりはなかった。でも、ドルジェ達は脅した上で、私が仲裁することを見越していた。そして、彼らが私に感謝することも。

……そうですね?」


 アシャール公爵は厳罰をちらつかせ、それを見たシノブが公正な判断を示すことを期待していた。シノブは、そう考えていた。


「でも、ミュリエルの前であんなに脅さなくても良かったと思いますが……あれは、伯爵家の者としての覚悟を促すためですか?」


 シノブは、黙ったまま笑みを見せる公爵に、言葉を続けた。

 現在、ミュリエルやミシェルは、侍女達と共に別室にいる。将来は伯爵夫人となるミュリエルだが、まだ9歳の彼女に大審院での厳しい取調べを見せるべきではないだろう。したがって、彼女達は裁判の場には赴いていない。

 そして、そんな配慮をした公爵だが、事前にミュリエルのいる場で重刑となるような発言をしていた。


「さてね。前にも言ったけど、結果が全てだよ! 君は、自身の判断で忠誠を誓う家臣を手に入れた。ミュリエル君も伯爵夫人への道を歩んでいく。それが重要なことではないかね?」


 意味ありげな笑みを見せながら、公爵はシノブに言葉を返した。そして、彼は窓の外に目を向けた。


「……北の高地、早く開発が出来ると良いね。ガンド達は、今頃どのあたりかねぇ」


「今は、都市スクランシュの北方です。まだ、直接思念が届く範囲です」


 公爵の呟きに、アミィが返答する。シノブにも聞こえていたが、彼女は、ガンドや同行したホリィに、心の声で確認したのだ。


「ほう! 良い場所が見つかると良いねぇ」


 アシャール公爵は、感嘆したような表情でアミィに振り向いた。

 ガンドは、ドワーフの大族長エルッキやイヴァール達と共に、北の高地へと訪れていた。ガンドは竜の狩場となる地を、ドワーフ達は入植する土地を早速探しに行ったのだ。


 ちなみに、シノブ達の到着を祝う(うたげ)で酒を飲んだガンドであったが、酔うことはなかった。

 樽を丸ごと渡したが、全長20mのガンドにとっては、コップ一杯にも満たない量だったようである。味自体は気に入ったようなので、シノブは飲み過ぎないようにと注意した。だが、よほど大量に飲ませないかぎり問題はないようだ。


 それはともかく、まずは岩竜が狩場と出来る土地を見つける。そして、その範囲内か、近辺に鉱脈などがないか探す。なるべく早く適切な土地を見つけ、魔獣を退ける。帝国から救い出した獣人達のためにも、幾つかの開墾可能な土地を確保しなくてはならない。

 シノブ達が、新領地ですべき事業の中で、最も優先順位が高いことであった。


「そちらはガンド殿に任せたいと思います。というより、任せるしかありませんので。

私は、内政の体制を整えることに集中します」


「すまない。結局、内務長官どころか、他も兼務してもらうことになったからね」


 シメオンが表情を改めて語る内容に、シノブも真剣な顔で頷いた。

 当面は、シメオンが内務、商務、農務、財務、外務の全ての長官を兼ねることとなった。もちろん、実務を行う次官はそれぞれいる。ただし、それもシノブの家臣となった元ベルレアン伯爵領軍の将官や、王領から来た監察官が臨時にその席に就いた形であった。


「お館様。早急に家臣や内政官、軍人の募集をする必要があります。

幸い、領軍はシャルロット様やマティアス様がおります。ですが、その手足が足りないでしょう。

内政官については、更に足りません」


 ジェルヴェが、シノブに対し進言する。彼は、フライユ伯爵であるシノブの家令となった。そのため、就任と共にシノブを『お館様』と呼ぶようになっていた。

 シャルロットは、早速アリエルやミレーユを連れて、領軍の状況を確認しに行っている。フライユ伯爵領軍の幹部には、前伯爵クレメンの反逆に加担したものも多い。特に、帝国に寝返った士官や兵士達には、現在も取調べを受けている者もいる。まだ戦いから三週間少々であり、領軍も建て直しの真っ最中であった。


「募集か……試験でもする? 武術大会とか、筆記試験とか?」


 何故(なぜ)かシノブは、中華風の石舞台の上で武人が一対一で対決する姿を思い浮かべた。もっとも会場の様子はともかく、以前シャルロットに聞いたところだと王都での武術大会も一対一で戦うものらしい。


 一方、この国の文官の採用方法について、シノブは細かく聞いたことがなかった。

 通常だと騎士階級や従士階級は、親から子に事実上の世襲として受け継がれる。それ(ゆえ)、親と同じ部門に新任として入り、いずれは親の職位を継承するようだ。

 したがって採用試験というより現場に見習いとして入ってから(ふるい)に掛けられるというのが、文官達の実態らしい。


「ええ。内政官は筆記と面接を行う予定です。武官は、やはり実技での試験になるかと」


 シメオンは文官の採用について、ある程度段取りを考えていたようである。だが武官については、ここにいないシャルロットやマティアスの領分だ。そのため彼は、後者を推測のみに(とど)めたらしい。


「おおよその枠は、シャルロットが考えているだろうね! でもシャルロットの部下達の実力を示すためにも、彼らと仕官希望者を混ぜて武術大会を開くのも良いんじゃないかな!

……あっ、シノブ君やアミィ君は出ちゃダメだよ! それにシャルロットもね!」


 公爵は楽しそうな口調で語っていたが、途中で慌てたようにシノブやアミィの顔を見た。


「出ませんよ。流石に領主やその妻相手では、遠慮するでしょうし。アミィだって、私の側近ですからね」


「はい! 司令官以上は止めておいたほうが良いと思います。大隊長級の方、アルノーさんやアリエルさん、ミレーユさんまでが良いのでは?」


 苦笑気味のシノブの言葉に、アミィも同意する。


「それより義伯父上。もしかして、武術大会を見物してからお帰りになるのですか?」


「まさか! なるべく早く帰るよ、レナエルも待っているからね!」


 シノブは、アシャール公爵が武術大会を見物したいのかと思ったが、そうではなかった。愛妻家の彼は、妊娠中の第二夫人レナエルのことが気にかかるようだ。

 公爵はシノブに向けて手を左右に振って否定していた。


「そうですか。都市アシャールまでは、普通に旅したら十日、急いでも五日はかかりますからね」


 シノブは、自身が王都メリエまで帰還した道筋を思い出した。

 王都への道はラコスト伯爵領とボーモン伯爵領を通るが、都市アシャールならボーモン伯爵領の領都バダンヴィリエから脇街道に入っていくはずだ。ちなみに旅程としては、王都行きと大差ないはずである。


「何を言っているのかね! 私も岩竜で送ってほしいのだがね! あっ、魔法の家でも良いよ!」


 アシャール公爵は、意外そうな表情をシノブに向けていた。どうやら彼は、普通の方法で戻るつもりはないらしい。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 結局のところガンドではなく、ホリィを先行させ魔法の家を使って移動することになった。これはホリィ自身が強く要望したからだが、ガンドを北の高地の調査に専念させるためでもあった。


 フライユ伯爵領の領都シェロノワから王領北東部の都市アシャールまで、直線距離でおよそ五百数十kmもある。しかしホリィにとっては、大した障害でもない。

 通常、鷹などは時速100kmから時速130km程度で飛翔可能だという。しかしホリィはアムテリアの眷属、金鵄(きんし)族である。彼女は巡航速度でも、時速400kmは出せるという。

 したがって一時間少々あれば、シェロノワから都市アシャールまで移動できるのだ。


 裁判が行われた翌日、早速シノブはアシャール公爵を送ることにした。なお彼の家臣達は、普通に街道を行軍して帰還する。流石に数千名もの将兵を魔法の家で送るとなると、二十回以上は呼び寄せる必要がある。それに、軍馬や荷馬車などもあるからだ。

 そこでアシャール公爵と側近数名のみが、魔法の家で移動することとなった。


「それでは、シノブ君、アミィ君、参ろうかね!」


「はい、義伯父上……」


 どこかで聞いたような公爵の言葉に苦笑しながら、シノブ達は魔法の家へと入った。


 都市アシャールまでは、シノブの思念は届く。だが、ホリィやアミィはそこまで遠方に思念を届かせることはできない。したがって、いつものように準備が出来たら通信筒を呼び寄せるように指示していた。


──ホリィ、準備が出来たよ! 呼び寄せを頼む!──


 既に通信筒はシノブの手元に無い。それ(ゆえ)、アミィがドアを閉めたことを確認したシノブは、都市アシャールにいるであろうホリィへと心の声で伝えた。

 そしてシノブが思念を送った数瞬後、都市アシャールの公爵の館に、魔法の家は転移していた。


──シノブ様、お待たせしました!──


 魔法の家から出たシノブに、ホリィが心の声で呼びかける。


──ああ、ありがとう。大丈夫だった?──


──ええ、ここの家臣達は、随分変わったことに慣れているようですね。私の通信筒に入っていた『庭の中央をこの鷹に明け渡すように』という文面に、なんの疑問も(いだ)かず指示通りにしました──


 シノブに、ホリィが苦笑したような雰囲気が滲む思念を返した。

 ホリィには、公爵の指示を記した手紙を持たせていた。この日の正午、庭の中央を空けておくように、そして、人を近づけぬように、と書いて渡したらしい。

 ホリィは『アマノ式伝達法』を使えるため、アシャール公爵の家臣に意思を伝えることも可能である。しかし、ホリィを知らない家臣がそれを受け入れるのか、という疑問があった。それに、ホリィが普通の鷹と違うことは、なるべく秘密にしておきたい。

 そのため、今のホリィは足環の魔道具により、本来の青ではなく、茶色の鷹に姿を変えている。


──そうか。さすが義伯父上の家臣、というべきなのかな──


 シノブは苦い笑みを浮かべると、同じく笑い混じりの思念を返す。

 家臣達はアシャール公爵の奇矯な行動に慣れており、奇妙な指示でも素直に受け入れたのだろう。しかし他所ではこうはいかない。

 もっとも面倒な説明が省けて助かるのは事実だ。シノブはアミィ達に笑みを向けつつ、公爵に続いて館へと入っていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年2月26日17時の更新となります。


 本作の設定集に、フライユ伯爵領の地名に関する説明を追加しました。

 設定集はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。


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