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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第9章 辺境の主
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09.17 岩竜は飛んでいく 後編

「いや~、空を飛ぶのは気持ちが良いねぇ!」


 アシャール公爵は、ご満悦である。


 シノブ達と共に岩竜ガンドに乗った公爵。彼はガンドの飛翔で、演習場からフライユ伯爵領の領都シェロノワに戻ったのだ。

 興味津々の人々が見つめる中、ガンドは公爵が示す北門の内側に悠然と舞い降りた。ガンドの巨体で門を(くぐ)るのは難しかったからだ。

 竜での飛来は、事前に兵士達がシェロノワの街に触れ回ったから混乱はない。とはいえシェロノワが大きな驚きと興奮に包まれたのも確かである。北門の内外、そして門から中央区へと続く大通りにはシノブ達を迎えるべく兵士達が並んだが、その後ろには竜を一目見ようという街の者達が大勢押し寄せたからだ。


「お陰でシェロノワの人達にも、ガンドを紹介できました」


 シノブは、向かいのソファーに座るアシャール公爵に謝意を示した。すんなりシェロノワに入れたのは、公爵の手際よい準備があってのことだからだ。

 今シノブ達はシェロノワの中央にある領主の館、その中でも一番華麗なサロンにいる。もっともシノブ達にとって館は今日からの住まいで、ここも寛ぎの場とすべき部屋ではある。


「伯父上のご配慮で、シノブと竜が親密な仲であると示すことができました。ありがとうございます。これでガンドも動きやすくなりますし、シノブの統治もしやすくなるでしょう」


 シャルロットも、笑顔でアシャール公爵へと礼を述べる。

 北門からは、ベルレアン伯爵領の領都セリュジエールで行われたパレードと同様に、ガンドは館まで大通りを歩いて移動した。全長20mもの巨竜が人を乗せて歩く光景に、押しかけた見物の人々は、目を丸くして絶句していたり、歓呼の声を上げたりと、様々であった。

 だが、立ち尽くす者も、喜びの声を上げる者も、いずれも新たな領主であるシノブが、並外れた能力の持ち主だと認識したようである。もちろん、竜に慕われていることと、政治や軍事での力量は関係ない。しかし、そんな常識論が吹き飛ぶような光景であったのも、事実である。

 いずれにしても、シノブの爵位継承を強烈に印象付けたのは間違いない。


「まあ、目論見どおりだね! でも、そんなことよりも、竜に乗れたのが嬉しいね!」


「はい、義伯父上! 私はセリュジエールで乗せてもらいましたが、飛んだのは初めてです! だから、とても感激しました!」


 アシャール公爵の陽気な声に、ミュリエルが負けず劣らずの嬉しげな声で答える。そして、その横ではミシェルがコクコクと頷いていた。

 ちなみに、ミュリエルは公爵を『義伯父上』と呼んでいるが、彼らに血縁関係はない。しかし、アシャール公爵は、ミュリエルに義伯父と呼ぶことを許していた。彼女の伯父は、反逆者である前フライユ伯爵クレメンだ。どうやら、そんな彼女を気遣ってのことらしい。


「うむ! ミュリエル君の言うとおりだ!」


「ところで伯父上。いつまでこちらに滞在されるのですか?」


 シノブの隣に座るシャルロットは、ますます顔を綻ばせる公爵に尋ねかける。公爵は、現在フライユ伯爵領の暫定統治者である。しかし、新たな領主であるシノブが到着した以上、もうここには用事はないはずだ。

 とはいえ、引継ぎもあるから、数日は留まるだろう。真面目なシャルロットは、引継ぎなどの実務をいつまでに終わらせるべきか、気になったようである。


「まあ、長くて三日くらいかな。

……それより、君達はどういう体制で統治するのかね? それ次第で引継ぎ先も変わるから教えてほしいものだね」


 アシャール公爵は、シャルロットに滞在日数を答えた後、シノブに顔を向けなおした。


「予想はされていると思いますが、内務長官はシメオン、領軍の次席司令官はシャルロット、マティアス殿には第三席司令官をお願いしたいと思っています」


「シノブ様! 私のことは呼び捨てでお願いします!」


 シノブの言葉に、マティアスが素早く反応をする。シノブがフライユ伯爵で、シメオンとマティアスは、その下の子爵である。したがって、呼び捨てるべきという彼の言葉は適切ではある。


「わかった。そう呼ぶよ」


 シノブは、少し苦笑しながら、マティアスに頷いた。

 10歳以上も年上の偉丈夫を呼び捨てにするのは、違和感がある。しかし、フライユ伯爵家付きの子爵となった彼に敬称を付けるのも、不適切である。それに、25歳のシメオンも呼び捨てにしているのだ。

 シノブは、早く慣れようと思いながら、アシャール公爵へと顔を向けなおした。


「あと、マティアスには領都守護隊司令などにも就いてもらうかもしれません。

もっとも、これは元からの家臣が……どの程度残っているかにもよりますが……」


 シノブは、ミュリエルへと一瞬視線を向けた。しかし彼女は、シノブへと気丈な顔で頷き返す。将来フライユ伯爵夫人となる彼女である。家臣達については、隠さず伝えるべきであろう。そう思ったシノブは、一旦言葉を区切ったものの、再びその後を続けた。


「ふむ。それが、私の最後の仕事でもあるね!」


 流石に、ミシェルが聞く話でもない。彼女は、祖母であるジェルヴェの妻ロジーヌに連れられ、別室へと下がっていった。

 そして、二人を見送ったアシャール公爵は、家臣達の取り調べ状況を説明し始めた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 フライユ伯爵領には、領主の館がある領都シェロノワ以外に、三つの大都市がある。領都は、ベルレアン伯爵領と同様に、領主が監督する内政官達が治める。そして、三大都市は、それぞれ代官が統治している。

 一番西の都市シュルーズは、元々、前フライユ伯爵クレメンの従兄弟であるオドラン子爵が治めていた。だが、彼はアドリアンの件で隠居している。そんな貧乏籤を引いた彼だが、その一方で取調べで反逆への関与が判明し、処刑されていた。どうも、陰謀に関わっていたからアドリアンを養子にしたようである。

 そしてオドランの隠居後に代官となった家臣も、同様に処刑されていた。彼も、同じく反逆に加わっていたからだ。


 西から二番目の都市スクランシュの代官は、まだ刑の執行を保留されていた。ディモリック・ドルジェという家臣は、疑わしいところもあるが、罪あり、と確定できるほどでもないようである。

 彼は、シェロノワの大審院で拘留されているという。


 そして、一番東の都市グラージュ、クレメンが自死した場所の代官は、主と同じく混乱の中、死亡していた。おそらく自決と思われるが、クレメンに始末されたのかもしれない。


 国境を守る三大砦も、北のモゼル砦の守護隊長ギャストン・メルリアーヴは拘留中、中央のガルック砦の守護隊長ラジェナン・クメールは裏切りの最中に戦死である。また、南のガンタル砦の守護隊長は、密輸への関与が明らかになり、既に処刑されていた。

 現在、砦はエチエンヌ侯爵の嫡男シーラス・ド・ダラスが司令官となり、王領軍と共に守護している。


 内政官では、処刑を免れたのは農務長官トリニタン・ルビウスと、外務長官サベール・ジュベルドー、財務長官ルオネル・ゴドブロワである。ただし、全員拘留中ではあった。

 長官級の全員が処刑か拘留中であるため、現在ベルレアン伯爵領軍の将官が慣れない政務を苦労しながら片付けているという。


 そして、家令と侍女長は自死している。これは、ジェルヴェとその妻ロジーヌが後任となる予定である。


「……まあ、そういうわけだ。誰を後任とするかは、政務引継ぎ後にシノブ君に決めてもらうことだが、現状は以上の通りだよ」


 アシャール公爵はシノブへと肩を(すく)めてみせる。


 シノブの隣に座るミュリエルは、あまりのことに顔を蒼白にしていた。

 長官と代官の殆どが処刑され、残った者も拘留中である。それに、軍人達も大差ないようである。彼女が動揺するのも無理はない。


「ミュリエル様……」


 ミュリエルの更に向こうに座るアミィが、彼女の様子を心配そうに見つめている。そんなアミィに、ミュリエルは気丈にも頷き返した。


 流石にシャルロットは、ある程度覚悟していたのか、顔色には変化はない。しかし、その眉は僅かに(ひそ)められている。やはり、衝撃を受けていることには違いないようである。


「公爵閣下、早急に処置していただき感謝の言葉もございません」


 そんな彼女達を他所に、シメオンはアシャール公爵に深々と頭を下げた。

 そして、シメオンの様子を見て、シノブも公爵の意図に気がついた。彼は、シノブ達の代わりに、非情な決断を下したのだ。おそらく、まだ若いシノブに冷徹な措置は無理だと思ったのだろう。

 アシャール公爵は、シノブ達が王都に旅立つ時に『君が戻ってくるときまでに、この領地を綺麗にしておく』と言っていた。それには、こういった事柄も含まれていたに違いない。

 そう思ったシノブも、シメオンに続き公爵へと頭を下げる。シャルロットも、おそらく同じ考えに至ったのだろう、シノブに倣って謝意を表していた。


「まあ、これが私の役目だからね。それで、拘留中の者達の裁判が、明日あるんだ。シノブ君達には、裁判に同席してもらいたい。彼らをどうするか、最終的には君の判断に委ねてもいい。面倒だろうが、到着した以上は領主としての仕事を果たしてもらうよ。

もっとも、明日の結審までは、私が暫定統治者だ。折角だから、そこまで片付けてから統治権を渡そう」


 アシャール公爵は、少し真面目な表情をしながら、シノブへと語りかけていた。彼は、領主としてのシノブの覚悟を確かめるかのように、じっと見つめている。


「わかりました。それでは、事前に、彼らの調書を見せてもらえませんか?」


 シノブも、真剣な顔でアシャール公爵へと返答する。初仕事が裁判だとは思ってはいなかった。だが、残った家臣達をどうすべきかは、これまでもシメオン達と検討を重ねていた。

 そのためシノブは、動揺はしていなかった。想定したことには入っている。ただ、それが最初だったというだけだ。彼は、自身を奮い立たせるように、そう内心で呟いていた。


「まあ、それは明日で良いよ。今日はゆっくり休みたまえ。ところで、暗い話だけではなく、明るい話もしよう」


「何でしょう?」


 アシャール公爵の言葉に、シノブは首を傾げた。


「君達の部下になりたいという者達がいるのさ」


 アシャール公爵は、そんな彼を見ながら、朗らかに笑いかけた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 館の大広間に移動したシノブ達。館で最も大きく壮麗な広間で彼らを待っていたのは、ベルレアン伯爵領軍の将官達であった。

 大広間では、シノブの到着を祝うためだろう、(うたげ)の準備が行われているようだ。もちろん、王領軍の者もいるし、シノブと共に到着した大族長エルッキや、義勇軍の戦士達も招かれていた。


「シノブ様、我ら一同を家臣に加えてください!」


 ベルレアン伯爵領軍の領都守護隊大隊長ジュスタン・ジオノを筆頭に、数名の武人がシノブへと頭を下げていた。

 巡回守護隊の大隊長ガスチアン・ゴロンにゴベール・カンドリエ、それに傭兵隊のエランジェ・カスタニエ達、三人の中隊長格である。

 ジオノは、元々シノブに信服していたらしい。それ(ゆえ)、この際家臣になろうと決断したようだ。

 また、ガスチアン・ゴロンは熊の獣人、ゴベール・カンドリエは狼の獣人である。彼らは、シノブが多くの獣人を助けたことに深い感銘を受けたようである。

 そして、傭兵隊は元々仕官先を探している武人達が殆どである。その彼らが、元からの家臣が抜けて仕官できそうな機会を逃すわけがなかった。戦でも活躍した三人の傭兵隊長は、期待に満ちた表情でシノブを見つめている。


「これで、少しは士官達の補充もできるだろう! だから、軍人は何とかなるね!

いや、コルネーユの手紙もあるとはいえ、シノブ君は人気者だね!」


 アシャール公爵は、上機嫌である。彼が言うように、ベルレアン伯爵コルネーユはフライユ伯爵領に残留していた司令官マレシャルに手紙を出していた。そこには、希望者のうち、一定数をシノブの家臣として残して構わない、と記されていたのだ。


「シノブ様、私も家臣に加えていただけないでしょうか?」


 なんと、ラシュレー中隊長も残るようだ。彼には、先代伯爵からの手紙が届いていたのだ。


「ありがとう。歓迎するよ」


 シノブは、明るい笑顔で、彼らの申し出を受けた。

 信奉や尊敬。仕官や出世。それぞれ様々な動機がありそうだが、希望に燃える彼らとなら頑張っていけるのではないか。

 そんな感慨と共にシノブは歩み寄ると、ジオノ達に握手を求めた。そしてアシャール公爵は、彼らを祝福しようと、部下達に杯の用意をさせる。


「ところでシノブ君! 岩竜は酒を飲むのかね!」


 久しぶりに会う人々との交歓。浮き立つような気持ちで準備が整うのを待つシノブを、アシャール公爵が、ふと気がついた、という表情で見つめている。


「さあ……訊ねたことはありませんね。エルッキ殿は知っていますか?」


 シノブは、アミィが出した樽酒が配られるのをイヴァールと共に待っているエルッキに聞いてみた。

 岩竜ガンドは、シノブがいない間にセランネ村のドワーフ達と仲良くなったようである。それ(ゆえ)、彼なら知っているのではないか、とシノブは思ったのだ。


「む……ガンド殿に訊いたことはなかったな。シノブ殿から、大人の竜は魔力だけで生きる、と聞いたから、勧めたこともないが……」


 エルッキは、初めて気がついた、という表情でシノブ達に答える。彼は、どことなく残念そうな表情をしている。もしかすると、竜と酒盛りで交流したかったのかもしれない。


「本人に確認するのが早そうだね! シノブ君、頼むよ!」


 アシャール公爵は、シノブに期待を篭めた視線を向けた。戦争の間に、シノブやアミィが心の声でやり取りできることを、公爵を筆頭とする王国軍の一部には教えている。したがって、公爵には竜とも思念で意思疎通できると伝えていたのだ。


──ガンド、岩竜って酒を飲むの? そもそも、ガンド達は何か飲むの?──


 シノブは、館の前庭で休んでいるガンドに、心の声で語りかけた。


──山の民が飲んでいるものか? 飲んだことは無いが……我らも水くらいは飲むのだが、ああいう飲み物を造ることはないからな──


 飲んだことはない、というガンドだが、シノブにどこか興味ありげな思念を返してきた。


──そうか、飲んでみる?──


──おお! それは面白そうだ!

(われ)が酒とやらを最初に飲む竜となる。それもまた一興!──


 シノブの問いかけに、ガンドは歓喜したようである。大広間の窓の外に、彼の巨大な顔が現れた。いきなり巨竜が動いたことに、周囲の者は驚いたようだが、窓際に近づいていくシノブを見て、すぐに落ち着きを取り戻した。

 地球の伝説では、竜や大蛇には、酒を好むものが多い。そもそも『うわばみ』という言葉があるくらいだ。シノブは窓を開いて、イヴァール達が持つ樽をガンドに渡す準備をしながら、巨竜の酒癖が悪くないようにと願っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年2月24日17時の更新となります。


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