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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第2章 ベルレアンの戦乙女
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02.07 初めての都市で

「さあ、シノブ殿、アミィ殿。席に着いてくれたまえ! 我が家の晩餐をお楽しみいただこう!」


 ベルレアン伯爵コルネーユ・ド・セリュジエは、シノブの肩に手を添えるようにして親しげな様子で豪華なテーブルに案内する。一方のシノブは、まるで昵懇(じっこん)の間柄のような親密さをみせる伯爵に戸惑いながらも、誘われるまま歩いていく。


 テーブルは細長い長方形で、短い側に数人、長い側には十数人は着席できそうな巨大なものであった。その天板は白いテーブルクロスで覆われ、既に晩餐の用意がされている。


 シノブは伯爵に(いざな)われるまま、テーブルの短い側、暖炉を背負った壁側の方に歩んでいく。

 三十人でも余裕をもって囲める巨大な食卓だが、上に置かれた食器の配置からすると会食者は一端に集まって座るようである。席に着くのは、シノブとアミィ、伯爵と二人の夫人に娘、そして一族の若者が二人だ。

 シノブは、この大広間に八人だけでは余計に広く感じると思いつつ、伯爵と並び足を運ぶ。


 伯爵はシノブに席を勧めると、短辺に四つある椅子の内側の一つに座った。シノブは侍従が引いた隣の席だ。更に伯爵の外側に第一夫人のカトリーヌ、シノブの外側にはアミィが着座した。

 どうやら、シノブ達がいる短辺が上座なのだろう。西洋式の席順とは違う、どちらかと言えば和式のような席順だ。


 シノブや伯爵など四人が着座するのを見て、アミィのいる方の長辺に近い側から第二夫人のブリジット、娘のミュリエルと席に着く。そして最後に、カトリーヌの方の長辺に一族の若者であるシメオンとマクシムが着席した。

 座る順まで厳密に定められているらしいが、だとすれば結構厳しい身分社会なのだろう。シノブは注意すべき事項として記憶することにした。


「それでは晩餐を始めよう。『全ての命を造りし大神アムテリア様に感謝を』」


 伯爵は目を伏せて祈りを捧げた。シノブもアミィから教わっているが、この祈りの言葉は正式な食事のときには欠かせないものだという。


「『全ての命を造りし大神アムテリア様に感謝を』」


 他の面々も同様に唱和する。シノブも祈りの言葉を含め正式な食事のときの作法は習っているから、遅れることなく祈りを捧げる。


 食事は、コース料理のように一品ずつ出てくるようだ。

 まず大人達には食前酒が供される。一方、未成年のミュリエルには果物のジュースが置かれる。

 ちなみにアミィは侍従が確認し、ジュースが運ばれた。アミィの外見は十歳程度だが、念の為に確かめたようだ。


──アミィ、成人は十五歳からだよね──


──はい。お酒も成人になれば飲めます──


 既に習ったことではあるが、シノブは心の声でアミィに確認した。こういうとき、心の声は非常に便利である。

 シノブは十八歳だが、ここでは立派な成人だ。身長も180cm以上あるから大人と判断されたのだろう、何も聞かれることなくシノブの前にはワインらしき果実酒が置かれていた。

 日本では未成年のシノブだが、亡くなった祖父に「十五歳と言えば元服だ。お猪口一杯くらい飲め!」と酒を飲まされたことがあった。元旦なので両親も許したが、それも一杯だけで断った。


(あれは中三の正月だったな……。その年に爺ちゃんが亡くなったから、あれっきりだよ)


 未成年だから当然だが、それ以外シノブに飲酒経験はない。そのためシノブは、果実酒を飲むべきか躊躇(ちゅうちょ)した。


「どうかしたのかね。そう言えばシノブ殿は遠い異国の出身、こちらの酒は珍しいかな?」


 シノブがグラスを取らないのを見て、伯爵が問いかける。彼からすれば、成年から幾つか過ぎて飲酒経験がないというのは、考慮の外なのだろう。


「ええ、こういった果実酒よりは、穀物を使ったお酒が一般的でしたね」


 シノブは清酒やビールを思い浮かべつつ、伯爵に答えた。

 断ったら失礼だろう。祖父や父は酒に弱くなかったが、自分も彼らに似ていてほしいとシノブは祈る。


「シノブ様、どのようなお酒があったのですか?」


 カトリーヌも興味深そうにシノブに訊く。

 異国人への質問として飲食物は無難な選択である。それに酒があると言っているのだから、失礼に当たることもない。おそらく彼女は、そう思ったのだろう。


「あ~、こちらにあるか判りませんが『コメ』という穀物から作ったお酒がありました」


 シノブは、米があると良いなぁ、と思いながら語っていく。

 アミィによれば、この世界にも米はあるらしい。ただし、メリエンヌ王国では稲作をしていないようである。この辺りは日本より随分緯度が高いようだから、それも当然ではある。


「ほう、こちらではワインが主流だが、そういう酒もあるのだね。

ワインは産地やブドウの種類で、様々な銘柄があるのだよ。これは『シャトー・セリュジエール』といって、この地方特産でね」


 伯爵は香りを楽しみながらグラスから少量を飲む。

 この館のある都市がセリュジエールで、伯爵家がセリュジエだ。それに賓客に出すくらいだから、おそらく領内では一番の品なのだろう。


「シノブ殿。お国の酒にはどんな銘柄があるのですか?」


 今まで黙っていたシメオンが、唐突に口を(はさ)んだ。文官らしい細い指をしたシメオンは、グラスを片手にシノブに問いかける。

 感情の無いシメオンの声音(こわね)は、親しげな伯爵や先ほどのカトリーヌとは対照的だ。そのためシノブは、彼が酒に興味を示したのではなく探りを入れてきたのではと身構えてしまう。


「ええっと、『コメ』を使った透明なお酒で……『キクマ・サームネ』という銘柄があるのですが……。私の祖父のお気に入りでした」


 シノブは酒の名前など殆ど知らない。しかし祖父が好きだった清酒の名前を思い出したシノブは、少しだけ変えて誤魔化した。


「初めて聞きますね。なんとも珍しい響きの名前です」


 シメオンは表情を崩さず、静かな声で言う。彼は平坦な口ぶりで、感心しているのか怪しんでいるのか判然としない。そのためシノブは、密かに冷や汗を掻いていた。

 やはりシメオンは、自分を正体不明の怪しげな人物と疑っているのだろう。シノブの心に、そんな思いが浮かんでくる。

 実際、怪しいのは事実で正体を隠してもいる。そのためシノブは、シメオンが疑ったとしても当たり前だと思ってしまう。


「シノブ様も、その『キクマ・サームネ』を召し上がっていたのですか?」


 早く別の話題に移ってほしいシノブだが、再びカトリーヌが訊いてくる。

 おそらくカトリーヌの言葉は、話題を盛り上げようという女主人(ホステス)としての気配りからだろう。そんな優しい彼女の配慮が、逆にシノブは(つら)かった。


「はい、やっぱり私も『キクマ・サームネ』が好きでしたね」


 シノブは微笑みを浮かべ、ワインを少し飲んだ。

 殆ど飲んだことのない清酒の味を聞かれても困る。そこでシノブは、ワインを話題転換のきっかけにしたかったのだ。


「こちらのお酒も美味(おい)しいですね。とても爽やかな味です」


 シノブは土地の名産であるワインを、口当たりの良い果実酒で助かった、と思いながら褒め称えた。

 食前酒なのだから、強すぎる酒は出ないだろう。それに伯爵達はシノブの好みも知らない。そのため当たり障りのない選択となったに違いない。

 それらを思いつつ、シノブは食事も無難なものであってほしいと内心で祈っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブの祈りが通じたのか、食事の形式やメニューは地球のものとあまり変わらなかった。


 まずはスープ。カボチャか何かのポタージュのようなものだ。

 次に、前菜、主菜として肉料理。シノブが地球で食べた、どれにも該当しない肉だが、香草でくさみを取ってあったり、チーズのようなものが詰めてあったりと、工夫が凝らしてあった。

 前菜と主菜の間には、箸休めとしてオレンジのような果物の砂糖漬けが出された。そして最後にデザート。切り分けられた洋ナシのタルトが一同に(きょう)された。


 ちなみにパンや飲み物は、随時侍従や侍女に給仕される。

 ナイフやフォーク、スプーンを用いるのも地球と同じである。これらは魔法の家にもあったし、アミィからも使い方に違いはないと教わっていたからシノブも戸惑うことはない。


(地球のコースとあまり差がなくて助かったね。マナーもあまり違わないようだし。ともかく食事は問題ないよ。食事はね……)


 食事を終えたシノブは、悟られぬように溜め息を()いた。

 貴族との晩餐会ということで、シノブは会食での礼儀作法に外れないかを心配していた。しかし問題は食事以外のところにあった。


「シノブ様のお国はどんなところなのですか?」


 晩餐が開始されてから間もなく、大人達が食前酒を味わい評する中。ベルレアン伯爵の娘ミュリエルがシノブの故郷について訊ねた。

 ミュリエルの子供らしい率直な問いかけを、ブリジットは小声で(たしな)めたようだ。しかし飲酒ができない少女が、お酒の話題に興味を持てないのは当然であろう。


 シノブは当たり障りのない範囲で、アミィと考えた来歴を話していく。語る内容は、日本の現代社会や武家社会の文化をごちゃまぜにしたものだ。

 ここメリエンヌ王国は名前の通り王制で目の前にいる伯爵を始め貴族がいるし、その下は騎士階級に従士階級と続くそうだ。そこでシノブとアミィはニホンという国の武人、シノブが騎士に相当する武士という身分でアミィは家臣で従士に当たる者とした。そうなれば、ニホンなる国の社会制度も現代風とはいかない。

 とはいえ歴史好きのシノブと言えども、隅から隅まで封建社会風に繕うことは難しい。それにワインやパンなども驚かず食するのだから、多少は洋風なところも入れてみた。


 したがって少々珍妙な内容ではあったが、真実も混ざっているせいか、それなりにリアリティを感じさせるものであるのは確かだった。

 そのためだろう、ミュリエルを筆頭に一同はシノブの話に聞き入っていた。


「ほう、シノブ殿は武人であったのか。ぜひその腕を見てみたいものだな」


 シノブの話が自身の出自に及んだとき、マクシムが身を乗り出した。

 軍人のマクシムは、『武士』という階級の一族である、という言葉に興味を惹かれたようだ。彼は最初の名乗り以来、ずっと押し黙っていた。しかし今、マクシムはシノブを真っ直ぐに見つめ、技を披露してくれと太い声で言い放った。


「いえ、マクシム様に見せるほどの技量ではありませんよ」


 シノブは謙遜しつつ答える。なんとなく、面倒事になりそうな気がしたのだ。

 伯爵の跡継ぎであるシャルロット達を救い出したのだから、中途半端な腕とするわけにもいかない。そしてマクシムは己の力量に自信ありげだ。もし模擬試合でもと言われたら、勝つにしろ負けるにしろ、ただ事では済まなそうだとシノブは思ったのだ。


「何を言うか! 賊を二十人も倒したと聞いたぞ。それとも嘘であったのかな?」


 どうしてもシノブの腕を見たいのか、マクシムは鋭い口調で言葉を重ねた。

 マクシムは、よほどの腕自慢なのか。あるいは伯爵の一族として、正体不明な腕利きの男を警戒しているのか。赤毛の軍人の鋭い視線を受けつつ、どう返答すべきかシノブは迷う。


「マクシム。お客人に失礼だ。

シノブ殿の技の数々は、シャルロット達が確かに目にしている。嘘などであるわけがない。おそらくこの領内でも有数の腕をお持ちだろう。しかし賓客に対して技の披露を軽々しく頼むなど、無礼であろう」


 伯爵は語気を強めてマクシムを(たしな)める。

 どうやら伯爵は、シノブが乗り気ではないと察したようだ。彼は先ほどまで可能なら自分も目にしたいというような顔をしていたが、(はや)るマクシムを抑えにかかる。


「ですが閣下。武人としては腕も見ずに評価するわけにはいきません」


 流石にマクシムは、伯爵には丁寧な言葉遣いをするようだ。とはいえ口調を改めながらも伯爵に食い下がるなど、非常に気が強いのは間違いないらしい。


「父上は、見ただけでシノブ殿の力量を悟っていたようだがね。私としても、この国の貴族であればシャルロットの婿にしても良いくらいだよ」


 冗談めかした伯爵の言葉にシメオンとマクシムは血相を変えたが、それも無理はないだろう。

 伯爵はメリエンヌ王国の貴族であればと条件を付けたから、シノブをシャルロットと結婚させるつもりはないと思われる。しかし一族の跡取りの婿に今日現れたばかりの風来坊が相応しいと言われたら、冗談だとしても大抵の者は驚愕(きょうがく)するに違いない。


「伯爵閣下、幾らなんでもご冗談が過ぎるかと」


 シノブも伯爵の言葉に驚き、口を挟んでしまった。

 伯爵は自分を買い被り過ぎだ。確かに自分はシャルロット達を救ったが、それはアミィの支援もあってのことだ。それに事後の治療はアミィが主導した。それらはシャルロット達の話を聞けば判ることだ。シノブは、そう思っていたのだ。

 どうもベルレアン伯爵家とは、かなり尚武の家柄らしい。しかしシノブは、それにしても理知的な性格らしい伯爵に似合わない発言だと違和感を覚える。


「シノブ殿。客人であり、他国の貴人である貴殿に、閣下と言われるのはご容赦願いたいね。『伯爵』で充分だよ。アミィ殿もそう呼んでほしい」


 伯爵はシメオンやマクシムの視線を気にした様子もなく、シノブ達に笑いかけた。しかも閣下と敬うのは勘弁してくれという、更なる主張をしてくる。

 どうも伯爵は、自身とシノブに上下は無いとシメオン達の前で示したいようである。


「恐れながら閣下。幾ら外国の武人とはいえ、話を聞く限りでは騎士階級のようなもの。あまり親しく接するのは如何(いかが)かと思いますが」


 あまりに気安げな伯爵に、シメオンは苦言を呈したくなったようだ。

 隣ではマクシムが、射抜くような視線でシノブを(にら)んでいる。こちらは顔を真っ赤にし、歯軋りの音すら聞こえてくるような怒りの形相だ。


「遠い異国のことだ。こちらと厳密に対比する必要もあるまい。それに、娘の命の恩人を厚く遇するのは当然のこと。

シノブ殿達には、この上の迎賓室を用意した。お前達も貴族家の当主への礼節をもって接するように」


 穏やかな口調だが己の意思を曲げない伯爵に、シメオンとマクシムも黙るしかなかったようだ。

 その後の二人は重苦しい雰囲気を漂わせ、ただ黙々と料理を口にしていた。一方の伯爵は、最前にも増して朗らかな表情と声音(こわね)でシノブ達に語りかけていく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 晩餐を終え、シノブ達は再び客室に戻った。

 豪華な室内は、大広間と同様に明かりの魔道具で照らされている。そして貴賓室らしく、ホールクロックなど美しい調度が置かれているのも大広間と同様であった。

 機能面ではアムテリアから授かった魔法の家が上なのだろうが、贅を凝らした装飾にシノブは僅かながら気後れを感じてしまう。


「はぁ、疲れたね」


 シノブはソファーに座ると、溜息を()きながらアミィへと顔を向けた。

 初めての町に到着したら、いきなり領主の館で饗応(きょうおう)されるなどと、シノブは思ってもいなかった。そのため精神的には、襲撃者達との戦闘以上に疲れたように感じてしまう。


「伯爵と家族の方々は優しげでしたが、シメオンさんとマクシムさんはピリピリしていましたね~」


 アミィも困ったような笑みと共に同意した。こちらも少々疲れ気味で、頭の上の狐耳も少し垂れている。


 シメオンとマクシムの二人は、シノブ達を要注意人物としたようである。二人の警戒心、あるいは反感は、シノブにも充分伝わってきた。

 冷静そうなシメオンは少々理解し難いが、シノブが伯爵家に有害な人物ではという警戒が先に立っているのだろう。したがって、こちらが不審な行動を取らなければ問題ないかもしれない。もっともシメオンの様子からすると、シノブ達の正体に探りを入れてくる可能性は高いから、その意味では注意が必要ではある。

 マクシムは、シノブを完全に敵と捉えたのではないだろうか。武人だからか、彼は自分より強いと言われる男を本能的に嫌ったようでもある。こちらは判りやすいが、激昂すると襲い掛かってくるか決闘で力比べしようなどと言い出しそうである。


「料理は美味(おい)しかったけど、あの二人の雰囲気がちょっとね。伯爵も気を使ってくれるのは光栄なんだけど行き過ぎじゃないかな……」


 シノブは、会食の間しきりに自分を褒めていたベルレアン伯爵を思い出す。この迎賓室といい、シノブとしては彼の持て成しを分不相応な待遇だと感じていた。

 優しげな相手なのは助かるが、まだ出会ったばかりでもある。あまり信じすぎたり頼りすぎたりするのもどうか、という思いがシノブの頭を(かす)める。


「まあ、やっと二人になれてホッとしたよ。ここに来てから偉い人達に囲まれてばかりだったからね」


 アンナが隣室に控えているが、それでも一応室内は二人だけだ。ここ十日と少々をアミィと二人で過ごしたこともあり、シノブは二人だけの一時に大きな安らぎを感じてしまう。


「はい……シノブ様が丁重に持て成されるのは従者として嬉しいですが……。

でも、シノブ様はアムテリア様の強い加護をお持ちで、魔術も武術も飛びぬけた実力をお持ちです。どうしたって周りが放っておかないと思います。今後も絶対注目されますね……」


 アミィはシノブと接する時間が減りそうなのが残念なようだ。しかし彼女は、それも主の実力(ゆえ)、と諦めているらしい。

 シノブは彼女の誇らしげでありながらも少し寂しげな笑みから、そんな思いを読み取る。


「う~ん。アムテリア様の加護って強すぎるんじゃないかな。よく判らないけど、普通の武人よりもだいぶ強いような気がするんだよね。

あの襲撃者達だって、充分訓練を積んでいたようだったじゃない?」


 シノブは昼間の戦いの相手を思い出していた。

 ならず者か何かと最初は思ったが、統率者が陣形らしきものを指示するなど、襲撃者は集団での戦いにも充分に備えていそうだった。彼らが何らかの訓練を重ねてきたのは間違いないだろう。


「シノブ様の仰る通り、かなり訓練した兵士だったと思います。こちらの兵士について私は詳しくありませんが、普通より数段強いのではないでしょうか」


 アミィは首を傾げながら答えた。彼女は武術や魔術に秀でているが、それは神の眷属として習い覚えたものなのだろう。

 それにアミィが地上を監視する任務に就いていたのは二百年ほど前らしい。そのため彼女は、現在の武人や練度に詳しくないのだと思われる。


「明日から、どうするかな。伯爵の依頼を受けるかどうか……」


 シノブは伯爵の頼みを保留していたのを思い出した。シャルロット達を暗殺しようとした者達を探すという一件である。


「シャルロット様達は良いお方でしたし、個人的には助けたいとは思いますけど……。もちろんシノブ様のお考え通りになさってください」


 シノブの考え通りにとは言いつつも、アミィはシャルロット達を助けたいようだ。しかし主の安全を考えると強くは主張できないのだろう、彼女は困り顔である。

 アミィの役割はシノブを助け導くことだ。したがって他者を助けたく思ったとしても、原則的にはシノブに過度の危機が及ばない範囲で、となるのだろう。


「うん。そうだね。俺も悪い人じゃないとは思ったし、せっかく助けた人達がまた襲われるのも嫌だしね。

それじゃ、明日、伯爵のところに行って詳しい話を聞くか……」


 シノブは伯爵の頼みを受けることにした。その方が、アミィも微笑んでくれるという思いからだ。

 とはいえ、口にしたことも嘘ではない。シャルロットの真摯な性格には好感を(いだ)いたし、こうやって厚く遇してくれる伯爵にも親しみを感じてはいる。良くしてくれた人達が悲しむところを見たくない、というのもシノブの偽らざる気持ちであった。


「そうですね! とにかく明日になってからですね!」


 シノブが依頼を受けるのが嬉しいのだろう、アミィはにっこりと微笑んだ。彼女の薄紫の瞳も、先ほどより輝きを増している。


「まあ、ともかく今日は休もう。アミィ、お疲れさま……そして今日は本当にありがとう。これからもよろしくね」


 シノブもアミィに微笑み返した。そして今日一日の礼を伝える。

 この日、そしてこの日まで無事に過ごせたこと。それは、目の前にいる小柄な狐耳の従者のお陰だ。そして彼女を自分のところに送ってくれた女神アムテリアの。シノブは、心の底からの感謝を自身の言葉に乗せていた。


「はい! それじゃお風呂に入って休みましょう!」


 アミィは朗らかな声音(こわね)でシノブに(いら)えた。どうやら言外の思いも含め、シノブの気持ちは彼女に伝わったようだ。


 ちなみに流石は貴賓室と言うべきか、バスルームも付いていた。お湯は魔道具で出すらしいが、侍女のアンナによれば、貴族であっても魔道具を用いた風呂は誰でも持てるものではないそうだ。


「ああ、済まないけど先に入らせてもらうよ」


 シノブはアミィの勧め通り、風呂に入ることにした。

 従者であることに強い誇りを持つアミィは、自分は後と言うだろう。そこでシノブは手早く入浴を済ませようと考える。

 今日一日の疲れを流して明日に備えよう。陰謀についての調査も、きっとアミィと一緒なら解決できるに違いない。

 そんな思いからだろう、バスルームへと向かうシノブの足取りは、多くの出来事があった一日を終えたとは思えない軽やかなものであった。


お読みいただき、ありがとうございます。


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