09.15 領都の花嫁 後編
「これは……母上のお気に入りの品では?」
ベルレアン伯爵やシノブと共に、カトリーヌの居室に訪れたシャルロットは、母へと問い返していた。
先代伯爵やエルッキ達と、伯爵の執務室で別れたシノブ達は、そのまま伯爵に連れられカトリーヌの下へと赴いていた。
「凄く綺麗です……」
シノブやシャルロットと共に来たアミィは、カトリーヌが笑顔で示す化粧台を見て、うっとりとした表情で声を漏らしていた。
それもそのはず、金銀を象嵌された化粧台は世にも稀な輝きを放っていた。地の磨き上げられた紫檀と、その上に精密に嵌め込まれた金や銀。前面には王家の象徴である白い百合が、要所要所に銀の細工と小さな宝石で表現されている。
上面には金の枠で飾られた大きな鏡だ。緻密な彫刻が施された枠には、大粒のダイヤモンドやサファイアが散りばめられている。
王国の工芸品に詳しくないシノブだが、これほどのものは今まで見たことはない。それこそ王宮で見た調度と比べても、一段上の逸品だと感じられた。
「シノブ様、これは私が嫁いだときに持ってきたものです。ですから、この子が結婚するときに持たせてあげたいと思っていました」
ソファーに座ったカトリーヌは、シノブに幸せそうな微笑みを見せる。
「伯爵家への嫁入り道具としては、過ぎたものだとお断りしたのだが……先王陛下とメレーヌ様がどうしても、と言われてね。
王家の紋章が入った品だから、あまり見せびらかすのも問題だろう。寝室にでも置くと良いよ」
妻の後ろに立ち、その肩に手を置いたベルレアン伯爵も、続けてシノブへと語りかける。
伯爵家に降嫁し、普段は王家の血を引くことを口に出さないカトリーヌである。そのため、彼女も自身の寝室にでも置いていたのだろう。
「ありがとうございます……大切にします……」
暫し化粧台を眺めていたシャルロットは、母へと向き直り、深々と頭を下げた。大きな感動のためか、彼女の声は微かに震え、湿っていた。
「義父上、義母上、ありがとうございます」
シノブも、ソファーに座るカトリーヌと、その背後に立つ伯爵へと頭を下げる。
「誕生日の贈り物も、まだだったからね。我が伯爵家に伝わる槍を贈っても良いのだが、大神アムテリア様から授かった神槍もあることだし、剣はテオドール殿下から拝領した宝剣がある。
まあ、花嫁に武具を贈るよりは、こういった物のほうが良いだろう」
ベルレアン伯爵は、シノブ達に穏やかな笑みを見せた。
「シャルロット、あなたはベルレアン伯爵の継嗣です。いずれはこの地に帰ってくるかもしれませんが、それは将来のこと。まずはシノブ様に尽くし、支えあって生きなさい。
新たな土地には、苦労もあるでしょう。でも、好きな殿方に嫁げたのですから、それも楽しみへと変わるはずです。二人の幸せを、セリュジエールから祈っています」
自身も王族として生きてきたカトリーヌは、愛する人と結婚できたこと自体が、至上の幸せであると娘に伝えたいのかもしれない。シノブには、その声音から、娘への温かな祝福と励ましが感じられた。
「お言葉、肝に銘じます……」
母を見つめるシャルロットは、そう口にした後、万感の思いで胸が一杯になったかのように、押し黙った。彼女の頬には、一筋の涙が流れている。
「ははっ、娘らしくなったかと思ったが、まだまだ昔の癖が抜けていないようだね!
まあ、フライユで頑張っていくには、そのくらいが良いのかもしれないがね」
娘の堅苦しい言葉に、伯爵が笑い声を上げる。最近は柔らかな口調となったシャルロットが、以前のような武人めいた言葉を使ったのが、意外だったようだ。
「父上……」
シノブに涙を拭われたシャルロットは、ベルレアン伯爵の言葉に恥らいの表情を浮かべた。だが、父の言葉を聞いた彼女は、どこか嬉しげである。もしかすると、父と日常的に交わしたやり取りを懐かしく思っているのかもしれない。
「アミィ、化粧台を仕舞ってくれないか?」
別れを惜しむような親子の会話に口を挟むこともないだろうと思ったシノブは、魔法のカバンを持つアミィへと振り向き、収納を頼む。
「はい! シノブ様!
それではカトリーヌ様、私が責任を持ってお預かりします!」
アミィもそんな彼の気持ちを察したのか、明るい声でシノブに返事をすると、カバンに化粧台を収納していく。
本来、このような高級家具を輸送するなら、厳重な梱包が必要である。しかし、そこは内部の時間が停止し、入れたときの状態が保たれる魔法のカバンである。貴重品を輸送する上で、これより安全な手段は存在しないだろう。
「シノブ、シャルロット。困ったことがあれば、遠慮なく声をかけてくれ。我が子に頼られるのは、親としては嬉しいものなのだから、いつでも気軽に相談してほしい。
武力や魔術ではシノブには敵わないが、領主として八年も働いてきたからね。私だけではない、父上もいるんだ。……それにシャルロットやミュリエルには、カトリーヌとブリジットの助言も必要だろう」
アミィが化粧台を収納する様子を見ていたシノブに、伯爵は近づき、その肩に手を置いた。
「……ありがとうございます。義父上」
伯爵に向き直ったシノブは、遠い異郷で得た父に、深い感謝を篭めて言葉を返す。
アムテリアの加護を受け、アミィの支えがあったといえど、この世界に早期に馴染めたのは、ベルレアン伯爵家の温かな心があってのことだろう。自身もこの家から巣立つのだ。そう思ったシノブは、父と慕う人物に、今までの思いを篭めて頭を下げた。
「会いたくなったら、いつでもおいで。ここが君の故郷だよ」
「はい……」
ベルレアン伯爵の柔らかな声に、シャルロット同様に、シノブも言葉を詰まらせた。結婚式を終えたら、シノブ達は数日以内にフライユ伯爵領へと旅立つ。慌ただしいが、彼らには大領を預かる責任があるのだ。
伯爵に促されソファーへと向かったシノブ達は、残り少ないベルレアン伯爵家での貴重な時間を楽しい思い出とすべく、これまでの出来事、そしてこれからの出来事について、語り合っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
領都セリュジエールの大神殿は、伯爵の館の東にある。北門から伸びる大通りを挟んだ、すぐ隣である。館の敷地は、人の背より高い石造りの塀で囲まれているが、南側の正門以外にも東門が存在し、大神殿の西門と向かい合っている。
とはいえ領主の一族の結婚式だから、そのような脇道を通ることはない。通常は馬車に乗り館の正門を出て、大神殿の南にある正門へと向かう。だが、このときシノブとシャルロットは、その道を通らなかった。
「おお! あれも竜なのか!」
「子供らしいな。神殿の庭にいるのより、だいぶ小さいが……」
大通りにいる人々が、晴れ渡った空を見上げて歓声を上げている。そう、シノブとシャルロットは、オルムルの背に乗って、大神殿へと舞い降りたのだ。
──シノブさん! シャルロットさん! どうでしたか!?──
オルムルの思念が、その鳴き声と共にシノブの脳裏に響き渡る。
「ああ、ありがとう! 快適だったよ!」
館の前庭から僅か200mほどの飛行を終え、大神殿の前に着地したオルムル。両親であるガンドとヨルムが向かい合う間に降りた子竜に、シノブは感謝の言葉を伝えた。
親達と違って騎乗用の装具を着けていないオルムルだが、まだ全長3mと小さいこともあり馬への騎乗と大差なかった。そのためシノブはシャルロットを腕に抱き、その背に跨っていた。
飛行は、高度僅か十数mほどの低空であった。それに魔力を併用して飛ぶ竜は、離着陸も静かだし飛翔時の動きも殆どない。そのため裸馬同様に鞍も手綱もなかったが、シノブとシャルロットは快適な飛行を楽しんでいた。
もっとも、高度な身体強化を使える彼らである。万が一、落ちても怪我することもないから出来る行為ではあった。
「オルムルさん、ありがとうございます」
昨夜と同様に、オルムルの鳴き声は『アマノ式伝達法』での意思伝達でもある。それ故シャルロットも、子竜の意思を理解し礼を述べていた。
「正に『竜の友』だな……」
「ああ、シノブ様がフライユ伯爵にならなければ、お仕え出来たのだがな……」
大神殿の前庭に詰めていた、家臣達がその光景を見てどよめいていた。
オルムルは、竜の棲家で会ったときよりは、灰色がかった肢体だが、まだ白いと表現できる色合いだ。そんな子竜から、純白のウェディングドレスのシャルロットを抱きかかえた、これまた純白のタキシードのシノブが飛び降りるのは、伝説のような光景である。
居並ぶ家臣の感嘆に満ちた中にも微かに残念そうな声と視線の中、二人は手を取り合って大神殿へと向かっていく。
そして見守るガンドとヨルムは翼を広げ首をもたげると、雷鳴のように重々しく響く轟きを発する。威厳に満ちた姿と咆哮。これは竜が祝福を表す仕草である。
更にシノブ達を降ろしたオルムルも身を起こすと、両親と同じく祝福の声を高らかに上げた。
全長20mの左右の巨竜が放つ重々しい響きに、猛獣のように恐ろしげだが一段も二段も高い子竜の叫び声。冬の高い空一杯に広がる三つの祝声は、領都の民に明るい未来の訪れを告げるかのようであった。
◆ ◆ ◆ ◆
結婚式自体は、聖地サン・ラシェーヌで行われたものと同様の進行であった。新郎の入場から始まり、伯爵に連れられて新婦が入場する、そして、祭壇の前に新郎新婦が立つ、ここまでは同じである。
聖地の大聖堂で行われた式と違うのは、誓いの言葉や指輪の交換がないことであった。二人は、既に最高神アムテリアが承認した夫婦である。従って、聖なる誓いを二度も行うのは大神アムテリアを軽んずる行為である、ということのようだ。ちなみに、ベルレアン伯爵とカトリーヌの結婚式も、同様であったらしい。
「大神アムテリア様に承認された夫婦、シノブ・ド・アマノとシャルロット・ド・セリュジエに幸多きことを祈り奉る」
それ故、神官長の言葉も、結婚の承認ではなくシノブとシャルロットの幸せを祈念するものであった。
なお、シャルロットの姓は結婚後もセリュジエである。これは、彼女がベルレアン伯爵家の継嗣であり、セリュジエ家から離れていないことを示すためであった。
家臣達も、それを知っているから、二つの姓が並べられたことに驚く様子はない。
むしろ、シャルロットがセリュジエの姓を捨てようとしたら、彼らはそれを阻止しようとベルレアン伯爵に直訴するだろう。以前から継嗣として期待されていたシャルロットであるが、竜と戦い、王太子テオドールを救ったことにより、彼女を次の伯爵に、という声は高まりこそすれ小さくなることはないからだ。
「シャルロット様、万歳!」
「シノブ様に栄光あれ!」
それを証明するかのように、神官長の祝福を受けた後、居並ぶ者達に向き直ったシノブとシャルロットを称える声は、大神殿一杯に響き渡り、途切れることなどなかった。
そんな彼らの祝福に、シノブとシャルロットは右手を軽く掲げ、謝意を示す。すると、歓呼の声を上げていたベルレアン伯爵の家臣達は、打って変わったように静まり返った。
「祝福、嬉しく思います。
私はシノブ・ド・アマノの妻となりますが、ベルレアン伯爵の継嗣であることには変わりありません。当面は、フライユへと赴き、彼の地の再建に尽力します。ですが、この地を継ぐ者であることは、一瞬たりとも忘れません。
フライユに安定を取り戻し、帝国への防人となる。これは、ベルレアンの武人として願ってもない役目です。
この地で磨いた武芸で、フライユに、そしてベルレアンに豊かな未来を齎します。
……皆も、健やかに。そして、いずれ会う日を楽しみにしています」
シャルロットの情感の篭もった挨拶に、家臣達のある者は表情を輝かせ、ある者は感涙でその顔を濡らす。いずれも彼女の達者を願い、将来の帰還を望んでいるようである。
「妻の言葉通り、今後も私達は、この地と共にある。
遠い異国から来た私を温かく受け入れ、同胞として扱ってくれた皆には感謝している。いずれと言わず、フライユが落ち着き次第、妻とセリュジエールを訪れたい。
ベルレアンとフライユに離れようが、我らの心は皆の側にある。二家が互いに助け合い、更なる幸せを齎すことが、私の願いだ。
私と妻は、その目標に向かって邁進する。皆も、壮健に過ごしてほしい。……今まで、ありがとう。そして、これからもよろしく頼む」
シノブも伯爵らしい威厳を保ちながら、ベルレアン伯爵家の家臣達に心からの謝意を伝えた。
全く衝突がなかったわけではない。だが、多くの者達は、どこから来たとも知れぬシノブに分け隔てなく接してくれた。もちろん、シノブやアミィの並外れた能力や、伯爵家の者達の後押しもあっただろう。
しかし、この世界に来て何もわからなかったシノブには、その優しく公平な態度が、とても嬉しく感じられた。そこでシノブは、それらの思いを篭めて、大神殿に集う家臣達に暫しの別れを告げていた。
「シノブ様! お待ちしております!」
「シャルロット様をお頼み申し上げます!」
シノブの言葉に、列席する家臣達は、一層の歓声を上げた。彼らの期待に応えるかのように、シノブも爽やかな笑顔で手を振り返す。
「さあ、行こう。パレードだ!」
「はい!」
結婚式の後は、領都の者にお披露目をするためにパレードをする。これも、代々の伝統だという。シノブとシャルロットは、伝統の、そして領都セリュジエールに新たな伝説を作るパレードに思いを巡らしつつ、大神殿の扉に向かって歩み始めた。
◆ ◆ ◆ ◆
王都メリエでの新年のパレードや、王女セレスティーヌの成人式典のパレードのように、メリエンヌ王国でパレードといえば、貴人の乗る馬車とそれを囲む騎兵や歩兵達によるものであった。
仮に戦勝パレードのように軍人達のみで行う場合でも、司令官達は高位の貴族であり馬車に乗る例が殆どである。
だが、領都セリュジエールの民が目にする光景は、それとは大幅に異なるものであった。
「竜だ! 『竜の友』シノブ様だ!」
「『戦乙女』様~!」
子供達は、歓喜の声を上げてシノブ達を見上げている。そう、大通りを歩んでいるのは全長20mもの岩竜達であった。
先頭を歩むガンドと、続くヨルムには、装具が付けられている。ガンドには、シノブとシャルロットが並んで座り、その後方にアミィとミュリエル、最後にイヴァールが控えている。そして、ヨルムにはベルレアン伯爵に先代伯爵、シメオン、アリエル、ミレーユが騎乗していた。
実は、昨夜ガンド達からパレードに参加したいと申し出があった。賢い彼らは、シノブ達と親密に接する姿を見せることが竜に対する好印象になると考え、そう提案したのだ。
「三頭もいるとは……しかし、シャルロット様もシノブ様も、怖くはないのかな?」
「何言ってるんだ! とても楽しそうじゃないか!
それに『竜の友』に『ベルレアンの戦乙女』だぞ! お前なんかとは違うさ!」
そして、そんな彼らの目論見は見事に当たったようである。
大通りの両脇には、大勢の観衆が詰め掛けている。それに、両脇の建物には、窓からも大勢の人達が顔を出していた。竜の巨体に乗るシノブ達を見るには、そのほうが都合が良いのだろう、伝手を求めていずれかの建物に入ろうとする者達も多いようだ。
オルムルといえば、彼らの上空を悠然と飛行していた。竜の棲家からセリュジエールまで飛行できるだけあって、その姿は堂に入ったものである。
「シノブお兄さま! 竜の背中って、凄く高いんですね!」
「ああ! 落ちないように気をつけてね!」
後ろから聞こえるミュリエルの声に、シノブは笑顔とともに振り返った。
一応はミュリエルに注意を促したが、命綱もつけているので落ちることはないだろう。とはいえ、しっかりと持ち手を握るように言っておいたほうが良いかもしれない。なぜなら彼女は、初めて乗る竜の背に、興奮を隠せないようであったからだ。
──アミィ! ミュリエルをよろしくね!──
シノブは念のため、ミュリエルの隣に居るアミィに心の声で注意を促した。
──はい! お任せください!──
アミィもミュリエルの様子には留意していたようだが、シノブに笑顔と共に返答をする。
──私も居ますから、大丈夫ですよ──
そして、アミィの隣に止まっている金鵄族のホリィも返事を返してきた。どうも、ホリィは竜に乗る、ということに興味を抱いたようである。自身で飛べば良さそうなものだが、アミィとミュリエルの間に収まっていた。
──ホリィは魔力障壁が得意だからね。万一の時は、よろしく頼むよ──
シノブが思念で伝えたように、鷹であり手が使えないホリィは魔力で包んで物を動かすことが上手かった。ドアのノブを掴んで開けるような細かい操作もできるが、眷属の大きな魔力を活かして人間くらいなら支えることもできるのだ。
「シノブ?」
暫く黙り込んでいたシノブに、シャルロットが不思議そうな顔をして問いかける。
観衆達には笑顔を見せ、手を振るシノブであったが、今まではシャルロットとも話しながらであったため、少々疑問に感じたようだ。
「ああ、ミュリエルのことを、心の声でアミィ達に頼んでおいたんだよ」
シノブはミュリエルに聞こえないように、小さな声でシャルロットに答えた。
「そういうことでしたか。あの子はまだ身体強化が出来ませんからね」
シャルロットは、シノブの言葉に納得したようである。ちなみに彼女が言うように、ミュリエルはまだ体内魔力操作を訓練しているだけで、魔術として使うことはできない。
「うん。どうやら、適性はあるみたいだけどね。それに光や水が使えるから、頑張れば治癒魔術も習得できると思うよ」
「そうですか! ……実は、私も治癒魔術が使えたら、と思ったときがありました」
シノブの言葉に、シャルロットは嬉しげな表情を見せた後、過去を振り返るかのように、少し遠い目をしながら言葉を続けた。
「君が? 武術以外に、治癒魔術も習得したかったの?」
シノブは、シャルロットが怪我をした軍人を気遣っていたのを思い出し、軍務に役立てたかったのか、と想像した。
「いえ、武術を学ぶ前の話です。母上は、治癒も少しできますから」
幼いころシャルロットは、母への憧れと治癒により人々を助けたいという思いを抱いていたという。だが、残念ながら治癒への適性はなく、その代わり強力な身体強化に向いていた。
そのため、少女のうちから大人以上の身体能力を発揮し、武術の習得も早かったようである。
「そうか……でも、シャルロットが武人の道を歩んでなかったら、俺達は出会っていなかったかもね」
「そうですね。そう考えると、身体強化が得意で良かったのかもしれません」
シノブの冗談めいた言葉に、シャルロットは少し驚いたように目を見開いた。彼女の深く青い瞳が、陽光を受けて、鮮やかに煌めく。
「ああ、そうさ。
それに、治癒魔術が使いたかったら俺に言ってよ。君を愛し、支え、共に歩む。聖地で誓った通りさ」
シノブは、シャルロットの顔をじっと見つめて、大神官の前で宣誓した言葉を口にした。
「……さあ、領都をしっかり見ておこう!
なるべく早く来たいけど、次はいつになるかわからないからね!」
「はい! セリュジエールを、この目に焼き付けておきます!」
シノブの朗らかな表情と、それに相応しい陽気な言葉に、シャルロットも大輪の華が綻んだような笑顔を返した。
「ああ! 俺達も、向こうで頑張ってセリュジエールみたいに良い街を作ろう!」
通りや窓から手を振る人に応えながら、シノブは己の言葉を胸に刻んだ。
フライユ伯爵領には改善すべき点も多いようだ。しかし一つ一つ片付けて、いずれはこんな明るい光景で満たしたいと、強く願う。
シノブの思いに呼応したかのように、ガンドやヨルムが威厳に満ちた咆哮を上げた。更に上空では、オルムルまで高々と祝福の叫びを響かせている。
シノブやシャルロット、そしてセリュジエールの街に溢れた人々は力強い竜達のエールを聞きながら、ますます面を輝かせていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2015年2月20日17時の更新となります。