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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第9章 辺境の主
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09.14 領都の花嫁 前編

──シノブさん! お久しぶりです!──


 雲間から現れたほぼ真円の月が、館の前庭を煌々と照らす中。シノブの目の前に立つ、全長3m近い竜が複雑な()え声を上げた。オルムルも、親であるガンドと同じく『アマノ式伝達法』を習得していたのだ。

 オルムルは念話と同じ内容を、音で同時に伝えるまでに上達していた。そのためシノブの周囲にいる人々、ベルレアン伯爵達にも子竜の意思は伝わっており、彼らは初めて見る竜自体だけではなく賢さにも驚いたようだ。

 伯爵や先代伯爵、それに家臣達は、音や光の長短で文字を表現する『アマノ式伝達法』を学んだ者が多い。軍関係の者は、ほぼ全員が習得しているし、内政官にも広まっているようである。したがって、シメオンの父フィベールや祖父シャルルもオルムルの話した内容を、妻や娘達に説明していた。


「ああ、久しぶり。

……だいぶ大きくなったね。飛行練習、頑張ったんだって? それに、伝達法まで習得するなんて、凄いじゃないか!」


 オルムルの成長速度については、(あらかじ)めガンドから聞いていたシノブである。そのため彼は、目の前にいる馬ほどにも成長した子竜自体には驚かなかった。しかしガンドのように咆哮(ほうこう)の長短で意思を表現できるようになったと知り、シノブも思わず顔を綻ばせた。


──人間とお話できるように、頑張りました!──


 褒められたのが嬉しいのだろう、オルムルは弾むような思念と共にシノブへと顔を近づける。ちなみに今度も彼女は、思念と同じ内容を()え声でも伝えている。

 竜の棲家(すみか)で会ったとき、オルムルは全長1mほどの幼竜だった。しかし白く丸々としていた彼女の体は、今では薄い灰色の精悍な肢体に変じていた。側にいるガンドやヨルムの全長20mにもなる巨体がなければ、これで成体だと言われても信じる変貌ぶりだ。

 さすがに発する響きは親のガンドやヨルムほど低くないが、夜間だからと抑えても虎のように恐ろしげだ。しかし成竜の重々しく響き渡る叫びを知るシノブからすれば、まだ可愛らしいとさえ感じるものであった。


「そうか……ミュリエル、おいで! 岩竜のオルムルだよ」


「はい、シノブお兄さま!」


 シノブの誘いに、ミュリエルが近づき、恐る恐るオルムルの頭を撫でる。


「ミシェルちゃんも、どうぞ!」


「うん!」


 アミィの言葉に、ミシェルもオルムルを撫でる。少女達の小さな手で撫でられているオルムルは、気持ち良さそうに目を細め、僅かに喉を鳴らしている。

 そして、ミュリエルとミシェルの楽しげな様子を見たシメオンの妹達レリアルとフェリーヌも、後に続いてオルムルを囲み、手を差し伸べていた。


──『光の使い』よ。戦いに勝ち無事に戻ったこと、嬉しく思うぞ。これは、我らからの贈り物だ──


 少女達と我が子の戯れる光景を見ながら、ガンドはシノブへと語りかけてきた。背からエルッキ達、四人のドワーフを下ろした彼は、ドワーフ達が騎乗用の装具を外して離れると、その巨大な顔をシノブに寄せながら思念を発したのだ。

 もちろんガンドも、オルムル同様に念話と同時に咆哮(ほうこう)で意思を伝えてくる。しかも彼は、発した音では『光の使い』ではなく『竜の友』と口にする器用な一面まで見せていた。


「これは、酒樽と……宝石なのか?」


 ガンドの(つがい)ヨルムも、彼と同様に装具を身に着けていた。しかし伴侶とは違い、ヨルムは人ではなく荷を乗せていた。

 ドワーフ達が下ろした大きな幾つかの樽と、同様に大きな皮袋。ドワーフの大族長エルッキやその父タハヴォ達が広げて見せた袋の中身は、なんと(きら)めく石が入っていた。灯りの魔道具に照らされるそれは、どうやら宝石の原石のようである。


──棲家(すみか)の近くで採れた宝石です。人の子の間では珍しいものと聞きました──


 ヨルムもガンドやオルムルと同時に、念話と伝達法の双方を同時に使っている。彼女は装具を外してもらった巨体を伏せたまま、地に響くような低い声を小さく絞って意思を伝えてきた。


「エメラルドや、ルビー、サファイアだ。こんな大きなものは儂らも初めて見る」


 エルッキは、感嘆したような表情でシノブに見せる。


「樽はセランネ村のウィスキーだ。50年物だな」


「50年! それは凄い……」


 長老タハヴォの説明に、先代伯爵アンリが驚きの声を上げた。

 あいにく18歳のシノブは酒には詳しくない。だが先代伯爵の驚きようからすると、かなり希少な品だと思われる。


「さて、荷の収納も終わったようだし、館にご案内しよう。ガンド殿達は……」


 ベルレアン伯爵は、アミィが魔法のカバンに樽と皮袋を収納し終わったのを見て、エルッキ達に声をかけた。しかし、ガンド達の巨体を見て、どうすべきか思案したようである。


──我らはここで良い。もし、我らが待機するに相応しい場所がなければ、一旦森にでも行くが──


「いや、もちろんそこで構わないよ」


 ガンドの提案に、伯爵は移動の必要はないと応じる。

 前庭は何台もの馬車を乗り付けられる広場になっているし、衛兵達にも巨竜の訪れは伝達済みだ。そのため伯爵は、このまま広場にいるのが一番良いと思ったようだ。


「そういえば、オルムルの食事はどうするのかな?」


 シノブは、成長過程にあるオルムルの食事をどうするのか、聞いてみた。


──シノブさん、もう今日の食事は終えました。明日の早朝、森に狩りに行きます。私も魔狼くらいなら狩れるようになりました──


 オルムルは、少し苦笑気味の思念を伝えてくる。彼女も、飛行と共に狩りの訓練をしているようだ。


「そうか。それは頼もしいね。どんな風に狩りをするのか、後でゆっくり聞かせてくれ」


 シノブと竜達は、館の中と外でも思念で会話出来る。それ(ゆえ)、シノブは久しぶりに会ったオルムルを撫でながら、晩餐後に語り合おうと告げた。


──はい! それではお待ちしていますね!──


 オルムルの嬉しげな様子に、シノブだけではなく伯爵達も思わず笑みを見せた。シノブは、こちらでも竜と人の友好関係が築けそうだと、温かい気持ちを(いだ)きながら、オルムルに暫しの別れを告げた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 晩餐の後、シノブ達は大族長エルッキやその父タハヴォとの会談へと移っていた。


「えっ、フライユ伯爵領での就労ですか?」


 迎賓用の大広間から、伯爵の執務室に移動したシノブは、エルッキの意外な発言に驚いた。

 晩餐の場で、セランネ村の様子や岩竜ガンド達と順調に親交を深めている様子は聞いている。そのため、シノブやベルレアン伯爵がそれらについて再度訊ねることはない。執務室に移ったのは、戦の詳細や義勇軍の現状について伝えるためであった。


「東部での長期就労、それも戦士以外となると、今まで例がなかったと思いますが」


 ベルレアン伯爵の言葉に、一同は頷いた。

 会談には、ベルレアン伯爵に先代伯爵アンリ、それにミュリエル以外のフライユ伯爵領に赴く者達が、参加している。

 実は、ミュリエルも会談への参加を希望した。しかし、夜も遅いため伯爵に諭され下がっていた。どうやら伯爵は、別れが近い母娘を気遣ったようである。


「リソルピレン山脈の東部にも鉱脈はあるだろうし、なにより『竜の友』の治める土地だ。今までは帝国に近い()の地に行くのは勧めなかったのだが、お主の手助けをしたいという者も多い。

おそらく、義勇軍からも、そのまま残るという者が出ると思う」


 エルッキの言葉に、その父であり長老でもあるタハヴォも頷いた。

 ドワーフ達は、リソルピレン山脈の南側でも鉱石の採掘を行っている。南北を分けるリソルピレン山脈の北がヴォーリ連合国、南がメリエンヌ王国ベルレアン伯爵領である。そのため、セランネ村などアハマス族の村々からも、ベルレアン伯爵領内まで出稼ぎに来ている者はいるのだ。


「帝国に攫われる危険が無いのであれば、家族ごと定住しても良いと考えている」


 息子に続けてタハヴォが説明する。

 帝国から遠いベルレアン伯爵領では、ドワーフ達が鉱山開発に協力している。そのため、北部の山地に行けば、ドワーフの姿を見ることができる。しかし、人族以外を奴隷とする帝国を恐れ、女子供を連れて王国内に移住する者は少ないらしい。


「イルッカ達も残りたそうだったな」


 父や祖父との再会を喜んだイヴァールも、ドワーフの戦士達を思い出すかのように、窓の外に視線を向けながら呟いた。

 セランネ村から参加した義勇軍は、現在フライユ伯爵領に留まったままだ。厳冬期でメリエンヌ王国からヴォーリ連合国への山越えが出来ないせいもあるが、更なる戦に参加したいという者も多いらしい。


「こちらとしては、大歓迎です。ただ、フライユ伯爵領の北の高地は、魔獣が多くて入植しにくいそうですが……」


「ええ。リソルピレン山脈があるから、こちらと同じで鉱脈はあると予想されています。でも、今まで開発できなかったのは、魔獣の住む土地が多いからですね」


 シノブの視線を受けて、シメオンが説明を続ける。


「それなら、ガンド殿が協力してくれるそうだ。実は、これはガンド殿の望みでもある」


 エルッキは、岩竜ガンドの名前を出した。彼は、イヴァール同様に、執務室の外に視線を向けた。


──ガンド! エルッキさんから聞いたけど、東の土地に興味があるの?──


──そうだ。新たな狩場となるのではないかと思ってな──


 シノブが心の声で訊ねると、ガンドの濃い灰色をした大きな顔が窓の外に現れた。そして彼は金色に光る瞳で室内を覗き込みながら、シノブとアミィに思念を返す。

 内容が内容だけに、ガンドは咆哮(ほうこう)を使っていない。そのためアミィが室内の面々に、シノブとガンドの語る内容を説明する。


──オルムルを育てるのに、もう一つ竜の狩場が必要なの?──


──そうではない。だが、別の狩場があれば、もっと出産できるのだ──


 竜達は狩場を譲り合いながら使っているらしい。ある(つがい)が狩場で子育てしている間や、その後しばらくは、繁殖を控えるという。


──一旦、狩場を使うと、その中の魔獣は激減する。連続して使えば、中の魔獣が絶えてしまうからな──


 竜達は、ヴォーリ連合国にある東西200km南北100kmくらいの広大な土地を竜の狩場としている。リソルピレン山脈の北側、セランネ村の西側に広がる高地から山沿いまでは、ドワーフ達にとっては狩場であり鉱石を採掘する場でもある。

 竜は人間を襲わないので、ドワーフ達は彼らが活動期と呼ぶ竜の子育ての時期でも狩猟や採掘を行うことができる。それに、人と竜が意思を交わすことが出来る今、彼らはますます良い関係を築き始めたようだ。

 しかし、狩場に適した場所は滅多にないらしい。岩竜が好む、魔力が濃くて魔獣も多い山地や高地は、山岳地帯であるヴォーリ連合国にも少ない。特に、厳しい北の大地だけに魔獣が多い場所は限られるようだ。


──そなたの土地は、山脈の南側だから北よりも生き物は多かろう。それに、険しい山地や高地であれば、我らの棲家(すみか)に相応しい場所もあるのではないか?

もし、二つ目の狩場が出来れば、我らにとっては途轍もない朗報となる──


 シノブは、竜の棲家(すみか)が断崖絶壁の上にあったことを思い出した。幼竜は成竜とは違い、か弱い存在である。竜を従えようと狙う者にとっては絶好の標的であろう。

 それ(ゆえ)棲家(すみか)とできる場所があるかは、重要なことだとガンドは言う。


──わかった! こちらとしては大助かりだよ! それじゃ、向こうに着いたら連絡するね!──


 シノブは、アムテリアから地脈を調査できる富士山型の魔道具も授かっている。したがって、鉱山開発は取り組みたい課題であった。どのように着手すべきか考えていたシノブにとって、ドワーフや岩竜の協力が得られるのは、願ってもないことであった。


「シノブ、よかったですね。高地の開発ができれば、移住希望者を受け入れることができます」


 微笑むシノブに、シャルロットは祝福の言葉をかけた。

 移住希望者とは、解放した獣人達のことである。アシャール公爵からセリュジエールにはフライユ伯爵領の現状を伝える文が届いていた。それによれば、戦で解放した元戦闘奴隷のうち、帝国で生まれ育った獣人達はフライユ伯爵領への定住を希望しているらしい。

 彼らを解放したシノブが新たな領主になると聞いたためである。


「全部で7000人近くでしたよね?」


「はい。しかも帝国生まれの人が大半らしいですから」


 ミレーユの言葉に、アミィが頷いた。彼女が言うように、7000名近い獣人達のうち、およそ5500名が帝国生まれらしいと、アシャール公爵の文には書いてあった。


「それだけの人達を受け入れるには、新たな町や村が幾つも必要ですね」


 この国では、普通の町は千人くらいの人口である。そのためアリエルが言うように、5000名以上の獣人達を住まわせるには、既存の町や村だけでは困難だと思われる。

 ちなみに、フライユ伯爵領の人口は、およそ26万人である。したがって、2%以上の人口がいきなり増えることになるのだ。


「軍人や内政官も募ることになるでしょうから、ちょうど良いかもしれませんね」


 ジェルヴェの言葉に、シノブも頷いた。

 息子であるフェルナンに後を任せ、ジェルヴェはフライユ伯爵家の家令となる。そして、彼の妻ロジーヌも新領地に行くことが決まっていた。現在、ベルレアン伯爵家の侍女長を務めている彼女だが、後をサビーヌに任せることにしたらしい。そのため、次代の家令と侍女長も、先代同様に夫婦で務めることとなっていた。


「そうだね、人が増えるのは悪いことではないよ。フライユ伯爵家の家臣も、入れ替えが必要だからね」


「はい。ドワーフの皆さんも歓迎します」


 ベルレアン伯爵の言葉を受けて、シノブはエルッキ達に再度歓迎の意思を伝えた。


「ありがたい。鉱山も、無限に採掘できるわけではない。それ(ゆえ)『竜の友』の治める地に、新たな鉱脈を発見できれば、と期待している者も多いのだ」


 シノブの言葉を聞いたエルッキは、長い髭に覆われた顔を綻ばせる。


「それでは、儂らも休ませて貰おう。明日は、『竜の友』の結婚式に列席するのだからな。それも、竜と共に。一生の語り草となるだろう」


 タハヴォは、そう言うと席を立ち上がろうとした。


「もう少々お付き合いくだされ! いただいた酒も、まだありますぞ!」


 なんと、先代伯爵アンリは、タハヴォとエルッキを引き止めた。どうやら、彼は50年物のウィスキーでドワーフ達と飲み明かしたいらしい。


「先代様、大丈夫なのかな?」


「お強いのは確かですが……愛弟子のシャルロット様に、目に入れても痛くないほど可愛がっていたミュリエル様との別れです。きっと、お寂しいのではないかと」


 シノブの呟きに、シメオンが(ささや)き返す。その言葉にシノブはハッと胸を突かれたような衝撃を受けた。


「我が伯爵家秘蔵のブランデーもありますぞ! さあ、儂の居室へと参られよ!」


 タハヴォやエルッキに、先代伯爵は明るく声をかける。だがシメオンの言葉を聞いたせいか、シノブは彼の声音(こわね)に、微かな湿りが含まれているように感じていた。


「まあ、そちらは父上にお任せしますよ。私やシノブは、流石にやめときましょう。折角の式に二日酔いでは、カトリーヌに怒られてしまいますからね」


 冗談交じりの言葉と共に、ベルレアン伯爵は立ち上がった。


「おお、任せておけ。シノブ、飲みすぎたら回復魔術を頼むぞ!」


「二日酔いに効くかは試したことはないですが……頑張ります」


 先代伯爵の言葉に、シノブは思わず苦笑した。だが、彼のひょうげたような様子からすると、本気ではないのだろう。そう察したシノブは、明るく返事をした。


「父上が酔いつぶれたのは見たことがない。だから、大丈夫だと思うよ。

さあ、シノブ、シャルロット、行こう。アミィも来て貰えないかな?」


 ベルレアン伯爵も、父親のことを信頼しているようだ。彼はシノブの肩に手をやりながら微笑んだ。

 どうやら、彼には行きたいところがあるようだ。シノブは怪訝に思いながらも、伯爵に促されてシャルロットやアミィと共に、執務室を後にした。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年2月18日17時の更新となります。


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