表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第9章 辺境の主
165/745

09.12 王都帰りのシノブ 前編

 1月10日の夕刻遅く、シノブ達はベルレアン伯爵領の領都セリュジエールへと迫っていた。ベーリンゲン帝国との戦に赴くため、セリュジエールを発ったのは昨年12月9日のことである。したがって、およそ一ヶ月ぶりの帰還であった。


 1月8日に王都メリエを旅立ち、都市アシャール、都市アデラールと急ぎ気味に北上してきた一行である。これは、早くフライユ伯爵領に行きたいシノブ達の意思を反映したものだ。だが、道中や各都市での騒動を避けた結果でもあった。

 そもそも聖地サン・ラシェーヌでの結婚式からして、王都などから大勢の人々が押しかけて大変な騒動となっていた。流石に大聖堂には列席する王族や上級貴族しか入れないが、聖地から王都までの道筋は、シノブとシャルロットの姿を一目見ようと集まった人々で埋め尽くされていた。

 そんな状況(ゆえ)、今回シノブ達は可能な限り町へ立ち寄らずに旅をしてきた。彼らが立ち寄ったのは、アシャール公爵の治める都市アシャールと、自領の都市であるアデラールだけだった。

 幸い、魔法の家があるため、そんな旅でも不自由はない。旅慣れないミュリエルやブリジットも、途中の休憩が魔法の家による快適極まりないものであったため、疲れた様子もなく楽しげに過ごしていた。


 生憎、この二日ほど天気は曇りがちであった。新年からシノブ達の結婚式まで、好天が続いていた。だが、その後は雨こそ降らないものの雲が多い空模様である。

 とはいえ、基本的には馬車の旅だ。多少雲が多かろうと何の問題もない。しかも、新たに仲間となった青い鷹ホリィが、一行の行く先を確認し、シノブやアミィに心の声で様子を伝えてくれる。おそらく、この地域の旅としては考えられない快適さであろう。


 そして、都市アシャールと都市アデラールでの受け入れ態勢も整っていた。実は、この時点で既に王都メリエからベルレアン伯爵領までは『アマノ式伝達法』での通信が可能であった。

 モールス信号のような光や音の長短による情報伝達は、今回の戦で大いに役に立った。そこで、アシャール公爵は、戦争終結直後、早々に自領や王都に導入すべく動いていた。


 幸い、王領軍の士官の一部は、シノブ達から平文での伝達方法を教わっていた。

 それに『アマノ式伝達法』は、光の魔道具さえあれば実現可能であり、導入の費用が殆どかからない。そのため、遮蔽物が多いところに櫓を立てる程度で、王都からアシャール、そしてベルレアン伯爵領南端までの通信網を整備可能であった。

 更に、アシャール公爵は『アマノ式伝達法』を習得した士官を自領と王都の双方に大至急派遣していた。そして、それらが功を奏して、この時点で早くも試験的な運用が開始されていたのだ。


 なお、既にベルレアン伯爵領内では都市間を中心に通信網が整備されている。それ(ゆえ)、シノブ達も王都を出立する前日の夜、セリュジエール宛の通信を送った。そして、セリュジエールからベルレアン伯爵の第一夫人カトリーヌが発した返信は、初日の夜に宿泊地である都市アシャールに届いていた。

 しかもカトリーヌは、兄嫁であるアシャール公爵の夫人達とも早速『アマノ式伝達法』でやり取りしているようである。アシャール公爵の第二夫人レナエルは、カトリーヌと同じく妊娠している。

 シノブが見たところ、彼女の経過も順調なようだ。だがレナエルは、同じ妊婦であるカトリーヌと色々相談していると言っていた。


 また、アデラールでは、代官のブレソール・モデューが、都市近郊の町村とアデラールを結ぶ情報網を構築しつつあった。まだ、産業自体には大きな変化は起きていないようだが、公的なものを中心に都市近郊の活用を始めているという。


 シノブが伝えた知識。それは、メリエンヌ王国に大きな変革を(もたら)しつつあった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「いや、まったく便利な世の中になったものだね。これならシェロノワとも、気軽にやり取り出来るね」


 セリュジエールへと向かう馬車の中で、ベルレアン伯爵は、向かいに座るシノブに微笑みかける。

 遠方に二人の娘を送る伯爵としては、遠隔地と簡単に連絡が取れるようになったのは非常に嬉しいことのようである。


「ええ。義伯父上は、シェロノワから王都とセリュジエールへの通信網も整備しているそうですし。

特に、セリュジエールへの経路は半月もしないうちに整備できるようですね」


 シノブは、王都滞在中に聞いたことを思い出す。

 王都メリエからフライユ伯爵領の領都シェロノワまでは、800kmくらいである。それに対し、シェロノワからセリュジエールまでは500km弱だ。しかも、そのうちベルレアン伯爵領内の150km以上は、既に整備済みであった。

 したがって、シノブ達がシェロノワに行っていくらもしないうちに、フライユ伯爵領とベルレアン伯爵領の通信網は繋がる予定である。


「各伯爵も、自領に通信網構築を指示したようですよ。ラコストとボーモンはどちらにしろ整備されますが、残りの三伯爵も負けてはいられないと思ったのでしょうね」


 王都の官僚とも交流のあるシメオンは、そのルートで仕入れてきた情報を披露する。

 ラコスト伯爵領とボーモン伯爵領は、王都メリエからシェロノワへの経路である。そのため、帝国への対策として大至急整備することになっている。

 そして、残り三伯爵、つまりポワズール伯爵、マリアン伯爵、エリュアール伯爵も、それらに乗り遅れてはならじとばかりに、通信網構築を決定したようだ。彼らも、王都へと繋がる街道を優先的に整備するようである。


「通信網に加えて、各領都に王領からの監察官が常駐します。これで少しは各伯爵領のことがわかるようになったと思います」


 前フライユ伯爵クレメンやその息子グラシアンの反逆。シャルロットは、今回の件を王家や他家が彼らの動向に(うと)かった(ゆえ)に招いた事態だと考えているようだ。


「将来は、シノブが言うような伯爵家持ち回りの会合が出来ると良いですね」


 彼女は隣に座るシノブに目をやりながら、言葉を続けた。

 実は、時期尚早として見送りとなったものに、サミットのような各領持ち回りの会議があった。今まで伯爵達は、年初などに王都メリエへと集まり国王を交えた歓談をすることはあった。今回、新年祝賀の儀の中で行われた午餐会や晩餐会などである。

 だが、それでは各領地の本当の姿はわからないだろう、と思ったシノブは、各地で持ち回りの会議を提案してみた。残念ながら、警備などの問題もあり検討事項とされたが、フライユ伯爵領を見た王太子テオドールは、各地を行幸するという考えに、強く共感していたようである。


「しかし、前にも言ったと思うが、もう少し夫婦らしい会話を聞きたいものだがね。

こうなったら、早く孫の顔が見てみたいよ」


 ベルレアン伯爵の言葉に、二人は頬を染めた。


 シノブとシャルロットが夫婦となった以上、伯爵が言うように、いずれ子供が生まれるだろう。しかも、ベルレアン伯爵家には、後を継ぐ子供は少ない。現在のところ、次代を担うのはシャルロットと、カトリーヌのお腹にいる男子だけである。

 しかも、分家である子爵家を加えても、あまり状況は変わらない。シメオンは一代限りとはいえ、フライユ伯爵家付きの子爵となった。彼には妹達がいるが、まだ成人前であった。シメオンがフライユ伯爵領に残る可能性もあるため、彼女達に婿を取ってビューレル子爵を継がせることも検討しているという。

 そして、もう一つの子爵位であるブロイーヌ子爵は、シノブが保持したままである。将来、シャルロットの弟が伯爵位を継ぐなら、シノブとシャルロットの子が次代の子爵となるかもしれない。逆に、戦で名を挙げたシャルロットの子が伯爵を継ぎ、彼女の弟がブロイーヌ子爵を継ぐという可能性もある。

 だが、当面シノブとシャルロットはフライユ伯爵領で暮らすことになる。そのため、ブロイーヌ子爵は空位に近い状況といえる。


 そんな事情もあり、ベルレアン伯爵としては次代を担う子供や孫が待ち遠しいのだろう。


「でも、お父さま。持ち回りの会合が始まったら、年に二回お会い出来ますよ?

新年祝賀の儀と、夏の二回。お父さまやお母さまにお会い出来るようになったら嬉しいです!」


 シノブの隣、シャルロットと反対側に座るミュリエルが、期待に満ちた笑顔を見せる。


「ミュリエル。貴女はもうフライユ伯爵家の人間なのですから、私達に会いたいなどと軽々しく口にしてはいけないのですよ」


 ブリジットも、娘とは別れがたく思っているようである。彼女は口では厳しく娘を(いさ)めるが、その顔には言葉とは裏腹に深い愛情が表れていた。


「はい、気をつけます!」


 そんな母の愛情が伝わっているのだろう、ミュリエルも明るく返事を返す。彼女は、向かいに座る母を、その目に焼き付けるかのように見つめていた。


「ミュリエル様、ホリィの通信筒もあるし手紙ならいつでも出せますよ。それに、会いたくなったら魔法の家で転移出来ますし」


 アミィは、そんなミュリエルを元気付けるかのように、優しい言葉をかけていた。


「そうだね。ホリィがいるから、今までと違って簡単に移動できるからね」


 シノブも少し甘いかと思ったが、9歳にして両親の下を離れるミュリエルを励ましたかった。なるべく一人前の女性として扱おうと誓ったシノブだが、中々そうはいかないようである。

 それはともかく、彼が言うようにホリィの通信筒として授かったもののうち一つに、ミュリエルとブリジットの使用権を設定していた。そのため、彼女達はいつでも手紙のやり取りができる。

 そして、ホリィは魔道具を使うことができる。鷹の姿をした彼女だが、その正体はアムテリアの眷属、金鵄(きんし)族だ。それ(ゆえ)、魔法の家の呼び出しも可能である。

 これは、シノブ達の行動範囲を大きく広げていた。神の眷属であるが(ゆえ)にホリィは通常の鷹の何倍もの速さで飛翔できる。本気で飛べば、数時間で王国の端から端まで移動出来るらしい。

 したがって、ホリィに先行させて魔法の家で移動すれば、シノブ達は近隣の国々も含めて広範囲に飛び回ることが出来るのだ。


「心の声といい、シノブ達の力は凄いとしか言いようがないね。

……そういえば、そろそろガンド殿から返答が来る頃かな?」


 馬車の中には、シノブの秘密を知る者しかいない。そのため、ベルレアン伯爵もその感慨を隠すことなく口にしていた。

 そして、彼は岩竜ガンドについてシノブに問いかけた。


「はい、もうそろそろ前回ガンドからの念話を受けた場所ですし。こちらが日暮れまでに領都に着くとは伝えましたから」


 シノブは、アデラールを発ってしばらくしてから、岩竜ガンドへと心の声で帰還を伝えていた。帝国との戦が終わったことを、セランネ村のドワーフ達にも伝えたいからだ。

 もちろん、ガンドもシノブ達の戦いを気にしていたから、その帰りを待ち望んでいるだろう。だが、セランネ村からは150人の義勇軍が戦いに参加している。それ(ゆえ)、彼らの無事をガンドを通して教えたかったのだ。

 メリエンヌ王国からヴォーリ連合国へは、陸路だとヴァルゲン砦から標高2000m近い峠を越えていくしかない。しかも、11月末から春までは、ドワーフ達も山越えをしない厳冬期である。したがって、通常の手段では義勇軍の無事を伝える手段はない。

 ガンドの念話は、およそ150kmまで届く。それに対して、シノブは魔力量が多いせいか、もっと遠方まで自身の思念を届かせることが出来る。

 以前、領都からセランネ村のアミィにシノブの思念は伝わっていた。そのため、アデラールと領都の中間あたりからなら、竜の棲家(すみか)にいるガンド達に、思念を届かせることが出来るはずだ。


「大族長エルッキ殿も、皆の無事を聞いたら喜ぶだろう」


 ベルレアン伯爵は、セランネ村にいるイヴァールの父エルッキの名を呟いた。ヴォーリ連合国を(まと)める大族長エルッキは、セランネ村から多くの戦士や鍛冶師を派遣してくれた。幸い、戦士達は全員が生還していた。伯爵は、その喜ばしい事実を早く伝えたいと思ったのだろう。

 シノブも、そんな彼の言葉に頷きつつ、窓の外を見つめた。そこには、ドワーフ馬のヒポに跨るイヴァールの姿がある。

 伯爵やシノブの会話を聞いていた車中の一同は、彼の堂々とした騎乗姿を見つめつつ、ガンドからの返答を待っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──『光の使い』よ。戦いは無事に終わったようだな。山の民達も喜んでおったぞ──


 ベルレアン伯爵との会話からほどなく、シノブの脳裏に岩竜ガンドの思念が届いた。どうやら、竜の狩場の端までやってきたらしい。

 アミィによれば、竜の棲家(すみか)からセリュジエールまでは、およそ180kmだという。彼女が、スマホから得た位置把握能力で計測した結果である。そして、竜の狩場の端からセリュジエールまでが130kmくらいのようである。

 現在、シノブ達が乗る馬車はセリュジエールの20kmほど南を走っている。したがって、ガンドは狩場の端まで出てきたはずだ。


──ガンド、久しぶり! エルッキさん達は元気かな?──


 シノブは、以前と同様に力強く威厳のあるガンドの思念に、思わず顔を綻ばせた。

 なお、今回もアミィが車中の人々に彼らの会話を伝えている。現在、馬車に乗っている者で、ガンドと思念で会話できるのは、シノブとアミィだけだからだ。


──おお、山の民の長は壮健だ。村の者達もな──


 ガンドはセランネ村の人々と親しく接しているようで、彼らの様子を詳細に語る。

 前回シノブがガンドに乗ってセランネ村に赴いたときに、ガンドとドワーフ達に『アマノ式伝達法』を教えた。そのため今の彼は、咆哮(ほうこう)の長短でドワーフ達に意思を伝えることが出来る。

 思念のやり取りで分かるようにガンド達は極めて高い知能を持っているが、彼らの口では多様な音を表現できなかった。しかし『アマノ式伝達法』の習得で、交流の障壁は消え去ったのだ。


──そうか! 朝も伝えた通り、ドワーフの義勇軍はまだ東のほうにいるんだ。だから帰りはもう少し時間がかかるよ──


 ドワーフとガンドが友好な関係を築いていることに、シノブは喜びを隠せなかった。彼は喜びと共に、セランネ村からフライユ伯爵領へと赴いたドワーフ達の現状を伝えた。

 ドワーフ達は、(いま)だフライユ伯爵領に留まっている。通常の手段で山越えが出来ない以上、ベルレアン伯爵領に戻ってきても仕方がない。来たときと同様に魔法の家で転移するのであれば、別にフライユ伯爵領からでも構わないからだ。

 そのため帰還については、シノブがフライユ伯爵領に到着してから相談することとなっていた。


──問題ないそうだ。春までそのままでも良いと言っていた。それに、一度そちらに行ってみたいそうだ。そなたに不都合がなければ、(われ)が連れて行くぞ──


 シノブの思念に、ガンドは意外な返答をした。どうやらエルッキ達とガンドは、シノブの予想以上に親しくなったらしい。


──そうだね。俺も礼を言いたいし。ところでガンドはエルッキさん達を乗せているの?──


 シノブは、大勢の戦士や鍛冶師の参戦を許可してくれたエルッキに感謝の言葉を伝えたいと思った。それ(ゆえ)、ガンドの申し出はとてもありがたく感じていた。とはいえガンドがドワーフ達を乗せて飛行しているらしいことには、少々驚いていた。

 そこでシノブは、彼にそのあたりの詳細を訊ねてみた。


──うむ。山の民の長は、一度乗せたことがある。ヨルムやオルムルにも会わせた──


 ガンドは、エルッキに狩場を作る事情を伝えたという。彼の伴侶であるヨルムや、子供のオルムルにも、狩場のとある場所でエルッキと面会させたそうだ。流石に、竜の棲家(すみか)は教えなかったが、エルッキにそれ以外については明かしていた。

 竜達は、これまでは人間と意思の疎通が出来なかった。そのため、子供の存在を知った人間が竜を飼いならそうとしたり、武名を上げようと挑んだりすることを恐れていたようである。

 しかし、人と会話出来るようになった今、真実を伝えることにしたようだ。ガンドは、本来の棲家(すみか)である遥か北の島まで赴き、同族達と今後の方針を相談していた。そして、竜の真実を伝え、友好関係を深めることにしたという。

 もちろん、彼らは人の善意を盲信しているわけではない。エルッキにも、万一子供に手出しをすることがあれば、ドワーフ達全ての命を奪う、と伝えたらしい。長い時間を生きる彼らは、そういう慎重さも持ち合わせているのだ。


──そうか、上手くやっているんだね!──


 シノブは、竜達が自分の意思で未来に進んでいることに、深い喜びを(いだ)いていた。どうやら、シノブが心配するまでもなく、彼らは人間と良好な関係を作り始めていたようだ。


「シノブ、一度セリュジエールに来ていただいたらどうかね?

結婚式もあるし、そのくらいの余裕はあるだろう」


 竜とドワーフの交流を想像し笑みを浮かべるシノブに、ベルレアン伯爵が声をかけた。

 シノブとシャルロットは、その結婚を領都セリュジエールでも祝うことになっていた。シャルロットは現在もベルレアン伯爵の継嗣だ。そのため、その結婚を家臣や領民に披露すべきだし、彼らもそれを待ち望んでいる。それ(ゆえ)、領都には数日滞在することは確定している。

 それらを踏まえた伯爵は、その間にエルッキと会えないかと思ったようだ。


──ガンド、明日から何日かこの近くにいるんだ! だから、その間にエルッキさんとお会いしたいんだけど、良いかな? それに、ガンドをこちらの人にも紹介したいし──


 シノブは伯爵に頷くと、ガンドにも心の声でそれを伝える。

 ガンドは既に頻繁にセランネ村へと訪れているようだ。したがって、いずれはヴォーリ連合国以外にも姿を現すだろう。そして、シノブは『竜の友』と呼ばれる自分がいるうちにメリエンヌ王国の人々に竜を紹介したほうが良いかもしれないと思った。そこで、ガンドにセリュジエールへ来ないかと問いかけてみた。


──おお、構わないぞ。ならば、ヨルムやオルムルも連れて行こう──


 なんとガンドは、伴侶や子供まで連れてくるという。


──えっ、もう狩場から出て良いの?──


 シノブは三ヶ月前に竜の棲家(すみか)で会ったとき、生後半年程度でオルムルも狩場から出ることが可能だと聞いていた。しかしオルムルは、まだ生後五ヶ月ほどらしい。

 既にオルムルは飛行訓練を始めているはずだ。しかしセリュジエールまでは竜の棲家(すみか)から狩場の端までと同じか、それ以上に距離がある。

 もうそんな遠くまで飛行できるのかと疑問に思ったシノブは、思わずガンドに問い返していた。


──そなたと会うために、オルムルは懸命に訓練したのだ。褒めてやってくれ──


 ガンドは誇らしげな思念をシノブに伝えてきた。子供の成長が嬉しいのは、人間も竜も変わらないようである。


──そうか……楽しみにしているよ!──


 シノブも溢れる喜びを思念に乗せて応じる。戦が終わり、新たな命が育っている。それはシノブに明るい未来を予感させたのだ。


 素晴らしき明日に思いを馳せたのは、シノブだけではないようだ。皆は一様に(おもて)に期待を滲ませ、声を弾ませていた。特にガンドと会ったことのない者達は大喜びだ。

 伯爵やジェルヴェは、竜の姿を直接目にすることが出来ると知り、子供のように顔を輝かせている。もちろんミュリエルは満面の笑みで歓声を上げているし、控え目なブリジットですら隠しきれぬ興味を顔に浮かべ微笑んでいる。

 シノブ達は希望に満ちた未来図を語らい続ける。そして彼らの高揚した心に押されたかのように、領都セリュジエールへと向かう馬車は加速していった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年2月14日17時の更新となります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ