09.11 結婚式の鐘 後編
シノブとシャルロットの結婚式を前に、控えの間として割り当てられた広間にいた一同。そこに現れたのは、この世界を守り育てる最高神アムテリアであった。
どういう手段を使ってか、彼女はベルレアン伯爵の第一夫人カトリーヌとして、この場に姿を現したようである。
「アンナ、リゼット、ソニア。案内ありがとう」
アムテリアは、その輝く美貌を侍女達に向け、労いの言葉を掛ける。
「もったいないお言葉。それではカトリーヌ様、大聖堂の様子を確かめに戻ります」
アンナは、アムテリアをカトリーヌと信じきっているようだ。
彼女は、シャルロットがヴァルゲン砦の司令官となった後、カトリーヌ付きの侍女として働いていたこともある。したがって、いくらアムテリアがカトリーヌと同様の青いドレスを纏っているからといって、見間違えることはないだろう。
しかし、アンナやその背後に控えるリゼットとソニアも、セリュジエールにいるはずのカトリーヌだと疑っていないようである。彼女達の態度には伯爵夫人への敬意は感じられるが、それ以上のものは見られない。
「……アムテリア様……ですよね?」
広間から侍女達が出て行った直後、シノブはアミィと共にアムテリアの前へと進み出ながら、疑問混じりに問いかける。
シノブには、目の前で微笑む女性が彼をこの世界に誘った女神アムテリアとしか思えない。確かに、彼女はカトリーヌが好む青いドレスを身に着けているし、金髪に青みがかった碧眼も似てはいる。
とはいえ、光り輝く麗しい姿、地上の美を超えた神々しい中にも慈愛を感じさせる容姿は、創世の女神であるアムテリアに間違いない。
「ええ。侍女や従者達を驚かせないように、彼らには別の姿を見せています。しかし、ここにいるのは殆どが貴方の真実を知る者達ですから」
アムテリアは、シノブに優しげな微笑と共に言葉を返す。彼女が言うとおり、室内にいるのはミシェルを除いてシノブが来歴を打ち明けた者達ばかりであった。
「……ですが、結局驚かせてしまったようですね。
お立ちなさい、折角の衣装が汚れますよ」
エメラルドのように煌めく碧眼で広間を見渡しながら、アムテリアはシノブの背後に声を掛けた。シノブも釣られて振り返ると、そこには跪く伯爵達の姿があった。彼らは、アムテリアと初めて対面した。だが、その圧倒的な神気から、彼女が何者か察したようである。
ベルレアン伯爵に、その第二夫人ブリジット、娘のミュリエル。それにシメオン達や女騎士の二人も皆、畏れを滲ませながら床に跪き、深々と頭を下げていた。
もちろんシャルロットもウェディングドレスの裾を摘みながら身を低くし、畏まっている。
唯一の例外は、ミュリエルの遊び相手であるミシェルである。彼女だけには、カトリーヌとして見えているのだろう、キョトンとした表情で伯爵達の様子を眺めていた。
「はっ、しかし……」
今までシノブ達が見せる常識外れの技にも驚きこそすれ鷹揚に受け止めていたベルレアン伯爵である。しかし、流石の彼も、最高神の降臨には畏れ敬うばかりであるようだ。
アムテリアの言葉にも、顔を上げることすらなく跪礼をやめようとはしなかった。
「……お館さま、カトリーヌさまにどうして跪くのですか?」
そんな中、ただ一人カトリーヌとして見えているらしいミシェルが、トコトコとアムテリアの下に近づいていった。彼女は、不思議そうな顔でアムテリアと畏まる人々を見比べている。
「そうですね。おかしいですね、ミシェル」
アムテリアは慈母のような表情をミシェルに向けると、彼女を抱き上げた。そしてアムテリアはミシェルの柔らかな頬に自身の美貌を寄せ、大輪の華が咲き誇るかのような笑みをみせる。
「カトリーヌさま、くすぐったいです!」
いきなりの事にミシェルは驚いたようだ。しかし、まだ6歳ということもあり、彼女は無邪気な笑みと共に明るい声を上げ始める。
そして母子のように親しげな二人の姿に、伯爵達の緊張も少しは解けたようだ。彼らは僅かに顔を上げ、アムテリアの様子を窺っていた。
「義父上、立ち上がってください。それに皆も」
「そうですよ。シノブの言うとおりです」
アムテリアは人々の心を読むことが出来る。こうやって地上に降りて来たからには、過度に畏れるよりも普通に接したほうが喜ぶのではないか。そう思ったシノブは、ベルレアン伯爵達に跪礼を解くように促した。
そしてシノブの思いを感じ取ったらしく、アムテリアも満面の笑みを浮かべ同意する。
「……それでは、失礼いたします」
シノブとアムテリアの重ねての言葉に、伯爵達も立ち上がった。彼らは敬虔な表情ではあるが、少し前のような極度の緊張は見せていない。
「これで普通に話すことが出来ますね……シノブ、ミシェルを頼みます」
アムテリアは、いつの間にか眠ってしまったらしいミシェルを、シノブへと渡した。もしかすると、彼女が催眠の魔術でも使ったのか、ミシェルは穏やかな表情で眠っている。
シノブは、うっすらと微笑みながら眠る彼女を抱いてソファーへと行き、そこに寝かせてやる。
「シャルロット、よく似合っていますよ」
アムテリアは、ウェディングドレス姿のシャルロットを嬉しげに眺めている。輝く女神に、輝く衣装を纏った美女。どちらも金髪であるせいか、本当の親娘であるようにも見えた。
「ありがとうございます……アムテリア様……」
シャルロットは、アムテリア自らの祝福に一言礼を言うと、その深く青い瞳を潤ませる。何か言葉を捜しているような彼女だが、湧き上がる思いのあまりか、そのまま立ち尽くしたままであった。
「シノブと貴女の晴れ舞台ですからね。私からも何か贈りたいと思っていたのです。
……シノブと幸せになりなさい。我が娘、シャルロット」
そんなシャルロットの気持ちを和らげるかのように、アムテリアは慈しみの視線を向けている。そして彼女は、シャルロットを娘と呼んだ。
我が子のように愛おしむシノブの伴侶となるシャルロットである。それ故、彼女も娘ということなのだろうか。いや、もしかすると、この世界の命には等しく彼女の子供として愛情を向けているのかもしれない。
「はい……」
まるで母に祝福される娘のような姿に、シノブを始め集う者達も思わず表情を緩める。
感激のあまりか、ついにシャルロットは涙を溢れさせる。するとドレスに落ちないようにと思ったのだろう、ブリジットやアリエルがアムテリアに遠慮しながらも涙を拭っていく。
しかしシャルロットは周囲に気がついていないのか、光り輝く女神を一心に見つめていた。
「コルネーユ。シノブを今まで支えてくれたこと、感謝します。シノブが伝えたとおり、これからも苦難は多いでしょう。今後も頼みましたよ」
「はっ! 勿体無いお言葉……私を含め、ベルレアンの者がシノブを守ります!」
続いてアムテリアは、ベルレアン伯爵コルネーユに、言葉をかける。女神直々の言葉に、伯爵は緊張した面持ちと若者のような純粋な声音で、シノブを守護すると宣誓した。
「期待しています。それと、今日はお願いがあります」
「何なりとお申し付けください!」
相変わらず畏まった様子のベルレアン伯爵に、アムテリアは少々悪戯っぽい色を含んだ声音で語りかける。一方の伯爵は、そんなことには気がつかないらしく直立不動のままである。
「簡単なことです。シノブとシャルロットの式に、カトリーヌとして出席させてくれれば良いのです」
「はっ、真に簡単……なっ!?」
鸚鵡返しにアムテリアの言葉に頷きかけた伯爵だが、一瞬遅れてその意味を理解したとみえ、驚愕の叫びを上げていた。
◆ ◆ ◆ ◆
結局、ベルレアン伯爵コルネーユはアムテリアの願いを聞き入れた。何しろ、最高神自らの願いである。この国の貴族として、神々を厚く信仰するベルレアン伯爵に断れるわけはない。
周囲の者にはカトリーヌとして見えるし何も心配することはない、とアムテリアが微笑みながら伝えた言葉に、彼は頷くしかなかった。
アムテリアによれば、彼女がカトリーヌとして列席したことは、シノブ達以外は大聖堂を出ると忘れてしまうらしい。侍女のアンナ達もそうだが、列席する国王や貴族達も含め、彼らの記憶は上手く誤魔化されるという。
幸いなことに、シノブとアミィの真実を知ったベルレアン伯爵家の者達には、充分な耐性が出来ていたようである。にこやかに微笑むアムテリアの説明を、彼らの殆どは僅かな動揺を見せただけで受け入れていた。
その一方で、殆どに含まれなかった人物が一人いる。それは、アムテリアの隣に並ぶこととなったベルレアン伯爵である。アムテリアと逆側に並ぶブリジットは、まるで夫の陰に隠れるかのような普段以上に控え目な態度であった。これは、元々の彼女の性格からして、特に不思議に思われなかったとみえる。
だが、いつも悠然としているベルレアン伯爵の緊張に満ちた表情には、王族や上級貴族達も、意外そうな表情であった。
「流石のコルネーユ殿も、愛娘の結婚ばかりは別のようだ」
「コルネーユ殿は家族思いのお方ですから……」
そんな密やかな声が、周囲から聞こえてくる。
娘をエスコートした後に親族の並ぶ席へと移動したベルレアン伯爵であるが、そこで見せる普段とは異なる表情に、周囲は微かに囁きあっていた。
ちなみに、式の進行は、地球のものと共通している点が多かった。
まず、最初に新郎であるシノブが入場した。彼の入場は、シメオンとイヴァールを伴うものであった。地球でいえば、友人代表が務めるアッシャーというところであろうか。
正面の祭壇は、アムテリアを含む七柱の神々を象った巨大な神像を背後にした壮麗なものである。壁面を覆いつくすかのような聳え立つ精緻で躍動感に溢れた神像と、その手前の豪華な祭壇。そして、そこに向かって大聖堂の入り口から真っ赤な絨毯が引かれている。
そんな神聖かつ華やかな空間をシノブは二人の友を左右に伴い、粛々と進んでいき、祭壇の脇に控える。
新郎に随伴する者は、通常は一族でも特に功績のある有力者だという。シメオンはフライユ伯爵領付きの子爵となったため、妥当な選択だといえる。だが、ドワーフのイヴァールがその役を務めることは、異例のことであり、周囲に居並ぶ貴族達は、一瞬驚きの声を上げていた。
とはいえ、戦で大活躍をしたイヴァールだ。それに友好国の代表者の嫡男である彼が介添え役を務めることは、シノブにとって好印象であったようだ。
この国で最も権威のある栄典である『王国名誉騎士団章』の中でも特に名誉である『大将軍章』を付けたシノブと、『大騎士章』を胸に輝かせるシメオンとイヴァール。そんな彼らの姿に、貴顕達は憧れを含んだ嘆声を漏らしていた。
そして、シノブに続いて大聖堂に入ってきたのが、アリエルとミレーユである。アリエル、ミレーユと一人ずつ静々と歩む彼女達は、地球でいうブライズメイドに相当する役割のようである。
結婚式まで時間がなかったため、彼女達は軍服姿だ。しかし、彼女達もシノブやシメオン達と同じように『王国名誉騎士団章』を付けている。
しかも彼女達のマントは、貴族の大隊長格を意味する白地に金の縁取りがあるものとなっていた。『大騎士章』の授与に伴い、彼女達は昇格していたのだ。それもあり、軍服の上に赤い飾り布を斜めに装着し、その上に『大騎士章』を飾った女騎士達は、誇らしげな表情で赤い絨毯の上を進んでいた。
更に、可愛いドレスを身に着けた三人の少女が入場してくる。アミィを中心に、ミュリエルとミシェルが左右に並んで祭壇へと進んでいく。彼女達は、フラワーガールというところか。
なお、本来なら伯爵令嬢であるミュリエルを中央にすべきだが、アミィが『将軍章』をつけていることや最も年長に見えることもあり、彼女が中央となったようである。確かに、10歳程度の外見のアミィに、9歳のミュリエル、6歳のミシェルだから、そのほうがバランスが良いのは事実であった。
中央のアミィは白いドレスで、いかにもフラワーガールといった姿だが、ミュリエルは青いドレス、ミシェルは薄桃色のドレスと統一はされていない。急な結婚式ということもあるが、手縫いで服を拵えるこの地域では、上級貴族といえど成長期の子供に一回きりの衣装を用意する習慣はないようだ。
そんな王国の風習はともかく、両側に並ぶ貴族達に笑顔で迎えられた三人は、彼らに応えるような愛らしい笑みを見せながら祭壇前に進み、前列の椅子へと腰掛ける。
流石に女性であるアミィは、新郎であるシノブの側に控えることが出来ない。そのため彼女は、カトリーヌとして列席するアムテリアの隣に腰掛けた。そして、ジェルヴェが装着した手袋に止まったホリィも、彼女達の近くにいる。
アムテリアを含めた三人は、心の声で互いに会話しているのか、時折互いに視線をやっては嬉しげな笑みを見せていた。
最後は当然、新婦であるシャルロットと、その父であるベルレアン伯爵コルネーユである。
この二人も、赤地に銀の刺繍が入った飾り布に『将軍章』を付けている。これらの勲章の授与は列席する者達も知っているが、入場した成人の全てが『王国名誉騎士団章』を付けていることに改めて感嘆のざわめきが起きていた。
そんな隠し切れないどよめきの中、シャルロットとコルネーユは、ゆっくりと祭壇に近づいていく。彼らの進む先には、純白のタキシードに身を包んだシノブがいる。
アムテリアが授けた幻想的なまでの美しさを誇るウェディングドレス。そして隣に立つに相応しい花婿衣装。二人の胸に輝く勲章。もちろん、それらを身に着けた新郎新婦も負けてはいない。
まるで光り輝く女神とその夫である英雄神が並んだような光景。そんなこの世のものと思われぬ情景を前にして、左右に居並ぶ貴族達は、もはや何に感心すべきかわからないような呆然とした表情の者すらいる。
もちろん彼らが連れて来た令嬢達のように、ただただ二人の姿に見惚れている者も多い。
祭壇に近い前列には、国王アルフォンス七世を始め、王族達がいる。王太子テオドールや、王女セレスティーヌ、それに、シャルロットの祖父祖母である先王エクトル六世やその妻メレーヌも当然列席している。
そして、アシャール公爵の代理として継嗣アルベリク、それに続く二公爵に六侯爵、ベルレアンとフライユ以外の五伯爵とその家族達が位階に則り並んでいた。
当然そこには、王女の友人であるマルゲリットやイポリート達の姿もある。セレスティーヌを含めた乙女達は、将来の自分達の姿を見るかのように、陶然とした表情でシャルロットを見つめていた。
そんな視線の中、ベルレアン伯爵はシノブの手にシャルロットを委ねると、国王達の反対側の前列で待つ家族達の下へと去っていく。本来なら、これはと見込んだ男の手に愛娘を預けた彼の顔には、大きな喜びと一抹の寂しさが浮かんでいるはずである。
しかし、前列で待つのは彼の妻ではなく、最高神アムテリアである。したがって、ベルレアン伯爵の顔からは、彼には似合わぬ緊張が消え去ることはなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
「シノブ・ド・アマノ。そなたは、いついかなるときも妻シャルロット・ド・セリュジエを愛し、支え、共に歩むことを誓いますか?」
「はい、誓います」
大神官テランス・ダンクールの威厳の中にも優しさの満ちた問いかけに、シノブは静かに答える。
祭壇の前に並ぶシノブとシャルロットは、結婚式のクライマックスともいうべき誓約の儀式を迎えていた。神の使徒にも比する尊崇を受ける大神官の前に、光り輝く衣装に身を包んで寄り添うシノブとシャルロット。その姿は、それだけでも宗教画に描かれる一幕のような神々しさに満ちている。
そして、大聖堂の荘厳な空間に響く大神官の声音が、更に神秘的な印象を強調している。背後に聳える七体の巨大な神像故か天上と見まがうばかりの光景であり、列席する者達は咳一つせずに大神官の言葉に聞き入っていた。
「シャルロット・ド・セリュジエ。そなたは、いついかなるときも夫シノブ・ド・アマノを愛し、支え、共に歩むことを誓いますか?」
「はい、誓います」
続いて大神官ダンクールは、シャルロットへと問いかける。シノブに問うた時と同様の、聖者の神聖な言葉に、シャルロットも静かに、そして恭しく答えを返した。
未知の光輝に包まれるドレス。そして、それを彩るティアラにネックレス。春の光を織ったようなヴェールは花嫁の僅かに恥じらう容貌を優しく覆っている。
神秘の輝きを放つ純白のウェディングドレスは、高貴な身分に相応しく清楚で伝統的なデザインである。だが、それゆえにシャルロットの美しさを一層引き出しているようでもあった。
天上から舞い降りた若き女神のような麗姿と、それに相応しい澄んだ声音に周囲が自然と嘆声を漏らした。
「それでは、指輪の交換を」
大神官の言葉に、両脇からシメオンとアリエルが静かに歩み寄ってくる。そして、シノブはシメオンから、シャルロットはアリエルから受け取った指輪を、生涯を共にする相手の左手薬指に、そっと付けた。
実は、地球の結婚と違うのが、この指輪交換である。この地方の国々では、貴族は一夫多妻であるためか、指輪の交換は行うものの、普段は身に着けないようである。夫が複数の妻を娶るせいか、それとも剣や盾を握るときの邪魔となるせいか、日常的には指輪をつけることはないようだ。
それはともかく、神聖な指輪交換を終えた二人は、誓いのキスへと移る。シャルロットが付けたヴェールを静かに上げたシノブは、自身の顔をそっと寄せていく。
そして、厳粛な空気の中、シノブとシャルロットは聖なる誓いであるキスを、互いの愛を伝えるような優しさと強さを込めて交わした。
「シャルロット、愛している。薔薇庭園で誓ったとおり、俺は一生君の側にいるよ」
シノブは、伯爵の館で口にした誓いを改めて、目の前のシャルロットに伝えた。彼が薔薇庭園で告げた思いは、今でも変わっていない。むしろ、厳しい戦いを乗り越え自身の真実を告げ、ますます思いは深まったとシノブは感じていた。
「シノブ……私も同じ気持ちです」
シャルロットの青い瞳が大きく潤み、涙が溢れ出ようとしている。シノブは、彼女の目元に手をやり、そっと涙を拭い去った。
そして、そんな愛情溢れる二人の姿に、居並ぶ貴顕達も思わず歓声を上げ、温かい拍手と共に祝福をしていた。
「今、シノブ・ド・アマノとシャルロット・ド・セリュジエは大神アムテリア様の承認の下、夫婦となった。神の祝福を受けた二人よ。大神の教えを守り世の手本となるように」
大神官が発した言葉と共に、辺りに一層神聖な空気が満ちていく。それは、大聖堂という特殊な場所や大神官の威厳だけが理由ではないようだ。
その証拠に大聖堂での結婚式を何度も見ているはずの王族や貴顕も、神秘の現象に畏れを示しつつ深く頭を垂れていた。
──シノブ、シャルロット。幸せになりなさい。私はいつでも神界から見守っています──
結婚を祝福する鐘が鳴り響く中、シノブの脳裏にアムテリアの思念が伝わってきた。彼と見つめ合うシャルロットの表情にも、僅かに驚きの色が宿る。おそらく、彼女にもアムテリアの言葉が届いたのだろう。
どうやら、アムテリアの温かくも厳かな言葉は、彼らにしか聞こえていないようである。シノブやアミィが使う心の声のように、彼らにのみ伝わった意思。それは、周囲に一際清らかな何かとして伝わっているようではあるが、明確な言語として理解した者は誓いを交わした二人以外には存在しないようだ。
列席する一同へと向き直ったシノブとシャルロットは、自然とベルレアン伯爵が立つ方向に視線を向けた。そこには、変わらずアムテリアの麗姿が存在する。彼女は、全てを許し包み込むような慈母の表情で、二人に微笑んでいた。
遍く世を照らすかのようなアムテリアの姿。それを見た二人は、自然と彼女に頭を下げていた。
シノブとシャルロットは、深い感謝の念を篭めて長い立礼をする。そして彼らが顔を上げたとき、アムテリアは列席する人々の心に温かなものを残し、何処かへと消え去っていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2015年2月12日17時の更新となります。