02.06 伯爵家の一族
シノブ達は、ベルレアン伯爵コルネーユの案内で館の中を移動していく。
今までシノブ達がいた執務室は館の右翼側の二階。そこから館の中央、一階のエントランスホールに続く階段の方に向けて引き返していく。そして逆側、つまり左翼側の二階へと移動していった。
こちらも右翼側と同じく、広々とした通路の両脇には絵画や彫像が飾られている。
それらの美術品を見る限り、ベルレアン伯爵領を含むメリエンヌ王国の文化は随分と洗練されているようだ。もっとも幸いと言うべきか、まだ抽象物は流行していないらしく対象が何か理解に苦しむことはない。
とはいえ風景や人物に篭められた主題など、今のシノブには分からない。そのためシノブは見事な描写や造形に感嘆するのみであった。
そうしている間に伯爵は、左翼に入って最初の大扉の前に到着した。執務室と同様に両脇に従者が控えており、一行の到着に合わせて扉をさっと開ける。
「ここが白の広間だよ。さあ、遠慮しないで入ってくれたまえ」
伯爵は、まるで友人を招くように気安げにシノブ達を促す。彼は顔に微笑みを浮かべ、声音も柔らかで親しみに溢れている。
シノブは丁重な態度に、かえって気後れしながら進んでいった。
執務室より更に広い室内は、白の広間という名のとおり、壁と天井が白い化粧漆喰で覆われていた。もちろん、ここも上には大きな天井画があり、周囲の純白の漆喰に引き立てられ輝かんばかりであった。
では床はというと、こちらは緻密な寄木細工だ。複数の色合いの木材を細かく組み合わせ、複雑な幾何学模様を描いている。
部屋には執務室にあったような豪華なホールクロックを始め、美しい調度が配置されている。金の縁で飾られた大きな鏡、輝くような白の丸テーブルと柔らかそうな椅子、壁際には多様な品々を飾った飾り棚。どれも極めて豪奢でありながら洗練され、ベルレアン伯爵家の豊かさと趣味の良さを物語っている。
そして正面の窓際には、幾つかの大きなソファーが低いテーブルを挟んで並べられており、そこには女性達が控えている。
「カトリーヌ、ブリジット、ミュリエル。揃っているね」
伯爵はソファーに座っていた三人の人族らしい女性達に声を掛ける。背後には数名の侍女が控えており、こちらは人族以外もいるようだ。
歩み寄ってくる伯爵を、三人の女性達はソファーから立ち上がって出迎える。二人は成人女性、それも二十歳を幾らか超えているのは間違いない貴婦人達だ。そして三人目はアミィと同じくらいの外見、つまり十歳くらいの少女であった。
「あなた、シャルロットが突然戻ってきたかと思うと、また慌ただしく旅立った、と聞きましたが……」
三人のうち手前側にいた成人女性が、心配げな声で伯爵に問いかける。
彼女は、緩いウェーブの腰までかかる長い金髪に、薄く白い肌であった。瞳は青く、顔立ちはシャルロットと極めて似た美しい容貌だ。しかし騎士然としていたシャルロットとは随分と印象が異なる。
青いドレスに身を包んだ彼女の姿は優美であり、端然とした姿勢からは王族のような気品が感じられる。それに優れた容姿のため歳若く映るが、柔らかで落ち着いた雰囲気や滲み出る慈愛と母性が積み重ねた歳月を語っているようであった。
「ああ、ヴォーリとの重要な事案があって直接指示を受けに来たのだよ。伝令には任せられない極秘の内容でね」
ベルレアン伯爵は、妻であろう女性に真っ赤な嘘を吐く。
おそらく彼は、しばらく偽伝令について伏せておきたいのだろう。どうも、隣国とのトラブルであった、ということにしたいようだ。
確かに謀略など、家族といえど軽々しく言えることではない。それに不要な心配をさせまいという思いやりもあるのだろう。シノブは、伯爵の言動を彼の優しさによるものと受け取った。
「砦に戻ったが、父上も一緒に行ったから安心して良い。……それより客人を紹介するよ」
伯爵は先代伯爵アンリ、つまり自身の父がシャルロットと同行したと告げた。
すると女性達の顔に安堵の色が広がった。やはりアンリは破格の実力を備えているのだろう。後ろの侍女達も含め、問題なしと言わんばかりの笑みを浮かべている。
対する伯爵は一同の雰囲気が和らいだのを見て取ったようだ。彼はシャルロット達の件からシノブ達の紹介へと移る。
◆ ◆ ◆ ◆
「シノブ殿、アミィ殿。こちらが妻のカトリーヌとブリジット。あれは娘のミュリエルだ」
ベルレアン伯爵は、シノブとアミィに三人の女性を紹介した。伯爵の言葉に合わせて女性達は優美な仕草で一礼をする。
何と成人女性は、二人とも伯爵の妻であった。シノブは三人目を娘だろうとは察していたが、大人の二人のうち一人は伯爵の妹かなにかだと思っていたので、少々驚いた。
「お前達、この方達は異国から来たシノブ・アマノ殿とアミィ殿だ。
シャルロット達がヴァルゲン砦から帰還する途中、盗賊に襲われたのを助けてくださった。お前達からも礼を言いなさい」
伯爵は襲撃者についても盗賊と言い換えた。彼はシノブの内心の動揺には気が付かなかったようだ。もしかすると紳士らしい彼のことだから、気が付かない振りをしたのかもしれない。
「まあ、そのようなことがあったのですか……。
シノブ様、アミィ様。娘を助けていただき、ありがとうございます。私はベルレアン伯爵コルネーユの妻でシャルロットの母、カトリーヌ・ド・セリュジエと申します」
娘の危機を伝えられたカトリーヌは、非常に驚いたようで眉を顰めた。しかし賓客を前にしているからだろう、すぐに彼女は笑みを浮かべ直し深々と頭を下げる。
「シノブ・アマノと申します。お嬢様をお助けできて光栄です」
「アミィと申します。シノブ様の従者ですので、私のことは呼び捨てでお願いします……」
シノブは貴族との会話に慣れてきたのか、なんとかそれらしい言葉を捻り出せた。相手が優しげな女性だというのも大きいのだろう。
逆に丁寧な言葉に恐縮したらしきアミィは、従者であることを強調した。彼女は敬称をやめてほしいとカトリーヌに頼み込む。
「判りました。アミィさんですね」
「アミィで構いませんのに……」
カトリーヌはアミィの言葉に呼び方を僅かに変える。しかしアミィは、それでも居心地が悪そうだ。
「シノブ様、アミィさん。
第二夫人のブリジット・ド・セリュジエと申します。シャルロット様をお助け頂いたこと、私からもお礼申し上げます」
カトリーヌの隣にいる女性、つまり伯爵の第二夫人ブリジットが静かな声で礼の言葉を口にした。
ブリジットは、薄茶色の真っ直ぐな長い髪に少し濃い緑の瞳の、物静かな雰囲気の女性だ。彼女はベージュのシックな印象を与えるドレスを着ている。もしかすると、第二夫人として第一夫人のカトリーヌに遠慮するところがあるのかもしれない。
更にブリジットの隣にいる少女ミュリエルも、続いて礼を述べる。
「ミュリエル・ド・セリュジエです! シャルロットお姉さまをお助けいただき、本当にありがとうございます!」
ミュリエルは十歳ほどと思われる、ほっそりとした少女であった。彼女は父より色が薄く銀髪に近いアッシュブロンドを長く伸ばし、瞳も父同様に緑色である。
愛らしい容貌は第二夫人のブリジットに良く似ている。おそらく伯爵とブリジットの娘なのだろう。しかし控えめなブリジットとは違い、ミュリエルの笑顔は年齢相応の無邪気さで彩られている。
ミュリエルの衣装は、白に近い薄い青色のドレスである。そのため彼女は整った容姿と合わせて人形のように可憐であった。しかしハキハキした言動からは、子供らしい元気良さが溢れている。
◆ ◆ ◆ ◆
互いの紹介も終わり、一同はソファーに腰かけた。ベルレアン伯爵は家族と同じ側、シノブとアミィは四人の向かい側である。
シノブ達がシャルロットを助けた経緯を、伯爵は妻子に対し言葉を選びつつ概略だけ話していく。
カトリーヌは表情を曇らせながら聞いている。無事に切り抜けたという結果が分かっていても、実の母だけに不安が尽きないようだ。裏にいる者が掴めていないから、彼女が案ずるのも無理はなかろう。
ブリジットとミュリエルは顔面を蒼白にしている。二人からすると、伯爵のかなり柔らかな表現でも非常に衝撃的だったようだ。
銀髪の少女ミュリエルは、隣のブリジットにしがみ付いている。まだ十歳かそこらなのだから、怯えるのも当然だろう。ブリジットも荒事とは縁の無い女性らしく、ミュリエルを抱き寄せる手は微かに震えていた。
侍女達が淹れた紅茶に似たお茶が、三人の前に置かれている。しかし誰も手を付けはしない。
一方シノブは、伯爵が家族に説明する中、お茶を味わうふりをしながら心の声でアミィに質問していた。
──アミィ、この国って一夫多妻なの?──
伯爵が二人の妻を持っていると聞いたシノブは、ここメリエンヌ王国や近隣の結婚制度について、何の知識も持っていないことに思い至ったのだ。
まだ十代のシノブだけに、アミィとの事前の知識習得でも婚姻制度について問うことはなかった。自身にとって身近なことだと考えていなかったからだろう。
しかし、こうやって相手から伴侶を紹介されることもある。そのとき普通のことらしい二人目の存在に驚きを示したり、逆に常識外れの婚姻について無関心であったりするのも問題だ。そこでシノブは、今更ながらアミィに問うたわけである。
──はい。このあたりの国の貴族では珍しくないみたいですね──
アミィはごく当たり前のことのように返答する。彼女は、貴族や王族は血統の維持のためか複数の細君を持つ者も多いという。
──西洋風の文化だから一夫一妻かと思っていたけど違うんだな……。魔法もあるし、全てが一緒だと思う方が間違いか──
──お伝えし忘れて済みません──
改めて地球との差を感じるシノブに、アミィが恐縮しながら返答する。
シノブのスマホから、アミィは地球の情報を得てはいる。とはいえ彼女も、たかだか十日程度の間に差異の全てを伝えることは難しかったのだろう。
──いきなり貴族と知り合うことになるとは思わなかったからね。他に知るべきことは沢山あったんだし、気にしないで──
シノブはアミィに慰めの言葉を送る。
思念で伝えた通り、最初に巡り合った相手が貴族になるとシノブも思いはしなかった。二人は、まず近隣の町や村で情報収集しつつ、と考えていたからだ。
そしてシノブ達が心の声でやり取りをしている間に、伯爵の説明は終わったようだ。ベルレアン伯爵家の者達は、シノブとアミィに顔を向けている。
「本当にありがとうございました。ゆっくり逗留なさってくださいね」
カトリーヌは、シノブ達に優しげな微笑みを向けている。彼女にとってシノブ達は娘の命を救った恩人である。彼女が長の逗留を望んでいるのは、感謝が溢れる声音からも明らかであった。
「ああ、当分の間逗留いただく予定だよ。当家の大恩人だから、心行くまで滞在してもらいたいね。それにシャルロットからも、自分に代わって持て成してくれ、と念を押されているからね」
妻に続き伯爵も言い添える。彼は家族の味方を得た今こそ、シノブ達の滞在を決める絶好の機会だと考えたようだ。
確かにシノブとしても、優しげな女性に娘の恩人だから逗留してほしい、と言われたら無下にすることはできない。
「そうですね、私もシノブ様達から外国のお話を伺いたいです!」
ミュリエルも、にっこり微笑んで滞在を勧める。どうやら彼女は、異国風のシノブやアミィに興味が湧いたらしい。
こうなるとシノブは、ますます断れないと感じてしまう。そもそも拒否する強い理由もない。せいぜい、この世界に馴染んでいない自分達の正体を気付かれるかも、という程度である。
「……ありがとうございます。それではしばらく留まります」
それぞれの言葉にシノブも断りがたく、ベルレアン伯爵の館への滞在を決めた。
恩人と言ってくれているのだから、多少のことには目を瞑ってくれるだろう、とシノブは判断したのだ。第一これで断ったら、この領都セリュジエールには居づらいに違いない。
「それは良かった! まだ晩餐には少々あるから、一旦、客室で休まれては如何だろう。旅装を解いて、ゆるりとお待ちいただくのが良いと思うのだが?」
逗留の同意に安心したのか、伯爵は大きく顔を綻ばせた。そして彼は、用意した部屋で寛いではどうかとシノブ達に勧めた。
「判りました。それでは一休みします」
街道での一件から、シノブは目まぐるしく変わっていく状況に内心疲れ気味であった。そこで彼は、ありがたく伯爵の申し出を受けることにしたわけだ。
◆ ◆ ◆ ◆
シノブとアミィは侍女に先導され、用意された居室へと歩む。
アンナと名乗った十代半ばの侍女は、従士の娘だそうだ。狼の獣人で、侍女服のスカートの後ろからはフサフサした尻尾が覗いている。
伯爵の館は右翼側が公的な場で、左翼側は私的な場のようだ。そのためシノブ達は再び中央に戻り、そこから上階へと上がっていく。そしてアンナは、とある区画にシノブ達を案内した。
「えっ、こんな立派な部屋をお借りして良いの!?」
右翼側三階の客室に到着したシノブは、広く豪華な室内に驚いた。
どう見ても二十畳はありそうな広さの部屋だ。白の広間や執務室に比べれば遥かに小さいが、内装はそれらと匹敵するほど豪華である。とても個人が泊まる場所とは思えない。
しかも、これは居間に相当する部屋であり、寝室などは別にあるという。
「はい、こちらになります。シノブ様は左奥の主寝室、アミィさんは右側の控えの間をお使いください」
アンナはシノブ達に室内の説明をテキパキとする。
茶色の髪に黒い瞳の優しそうな少女だが、長年侍女をしているのかアンナの接客は非常に洗練されている。おそらく、伯爵家でも優秀な使用人の一人なのだろう。
ちなみにアンナに聞いてみると、来客用の部屋は様々なものが用意されているという。王族が滞在するときの貴賓室から一般の貴族のための部屋まで、各種あるそうだ。確かに身分が違うのだから、空いているからといって最上級の部屋に通せば良いわけでもないだろう。
そしてシノブ達に割り当てられた部屋は、子爵や男爵が使う部屋だという。
「子爵や男爵って……故郷では騎士階級だったんだけど、たいした家じゃなかったんだよね」
シノブは少し驚きつつ、アンナに言葉を返す。アミィと決めた貧しい騎士階級という設定に則ってはいるが、もっと質素な部屋で構わない、という雰囲気を言外に匂わせた形だ。
「シノブ様達はお嬢様の恩人で当家の大切なお客様ですから、これくらい当然です! お嬢様をお助けいただき、本当に感謝しております!」
アンナは真摯な口調で言うと、シノブに深くお辞儀をした。
どうやらアンナは伯爵家に深い恩義を感じているようだ。あるいは、個人的にシャルロットを慕っているのだろうか。
「どうか、遠慮なさらずにお寛ぎになってください。それに必要なものがあれば、何なりとお申し付けください。そうです、着替えはお持ちしないでよろしいでしょうか?」
「ああ、俺もアミィも着替えはあるから大丈夫だよ」
シノブの場合、手持ちの服はどれも似たようなものだ。
しかし晩餐に招かれるのだから、シノブは旅で汚れた服を新しいものに変えることにした。アミィも革防具よりメイド服の方がまだ良いだろう。自身とアミィの服を見ながら、そうシノブは判断した。
「アンナさん、案内ありがとう。着替えはアミィに手伝ってもらうから、戻っていいよ」
シノブはアンナに礼を述べ、下がってほしいと伝えた。
もちろん着替えは一人でできる。しかし、こう宣言しておかないとアンナが手伝うと言いそうだ、とシノブは思ったのだ。
「判りました。それでは隣の警護の間におりますので、何かあればお呼びになってください」
アンナは一礼すると隣室へと退出する。おそらくその先が、警護の間なのだろう。
「それじゃ早速着替えるか」
「はい、これをお使いください!」
シノブが声を掛けると、アミィは魔法のカバンから着替えを取り出す。そしてシノブは差し出された服を手に取ると、アンナが主寝室と言った部屋に向かっていく。
幾らもせずにシノブとアミィは服を着替え、中央の部屋へと戻った。
シノブは今までと同じような服だが、流石にローブではなくジャケットを着ている。濃い色のジャケットは、魔法のカバンに入っていたものだ。きっとアムテリアが気を利かせてくれたのだろう。シノブは内心でアムテリアに感謝の言葉を捧げる。
アミィはメイド服に着替えてきたが、シノブはエプロンとホワイトブリムを外させた。客として招かれるのに、侍女のような装いもどうかと考えたのだ。
幸運なことに濃紺のワンピースは、ギャザーや同色の小さなリボンがあしらわれた、落ち着いた中にも可愛らしさを感じるデザインであった。小さな飾りボタンも付いており、少々簡素だがアンナの侍女服ほど機能優先でもない。これなら会食に着ていっても不自然ではないだろう。
なんとか晩餐でも違和感のなさそうな服装に着替え終わった二人は、ようやくソファーで寛ぐ。
「なかなか大変な一日だったね」
シノブは少し疲れが滲む笑顔をアミィに向けた。
森を出る前に魔獣を倒し、そして草原に出たと思ったらシャルロット達に加勢し再び戦った。そこから休む間もなく馬上の人となり、今は伯爵家の客である。これで何事も無かったという者はいないだろう。
「そうですね。シノブ様」
アミィはシノブと似たような表情で同意した。彼女の狐耳も少々伏せぎみである。
「あっ、そうです! お茶、いかがですか?」
アミィは魔法のカバンから魔法の水筒を取り出し、シノブにお茶を勧める。
シノブは、ありがたくアミィから手渡されたお茶を飲んだ。お茶には魔力回復の効果があるせいか、シノブは少し疲れがとれたような気がする。
そうこうしているうちに晩餐の支度ができたらしく、アンナが呼びに来た。
◆ ◆ ◆ ◆
シノブ達は再び二階に下り、晩餐の場所である迎賓用の大広間に通された。
室内は魔道具の明かりで煌々と照らされている。百人以上を余裕を持って収容できそうな大広間は、今まで見てきたどの部屋よりも壮麗であった。
白い化粧漆喰の壁と天井、その天井には華麗な絵画、複雑な模様の寄木細工の床。全てが今までとは一段も二段も上の絢爛さだから、王侯を招いたときに備えて用意した場所なのだろう。
そして目も眩むような光輝に満ちた場には、ベルレアン伯爵と彼の家族の他に二人の男が待っていた。
「シノブ殿、アミィ殿。
紹介しよう。我が一族のシメオンとマクシムだ。シメオンはビューレル子爵の、マクシムはブロイーヌ子爵の息子だよ。ビューレル子爵とブロイーヌ子爵は私の従兄弟にあたる」
柔らかな笑みを浮かべた伯爵は、二人の若者をシノブ達に紹介する。若者達は、どちらも人族のようだ。
「シメオン、マクシム。
こちらがシャルロットを助けてくださったシノブ殿とアミィ殿だ。遠い異国から来た優秀な魔術師で、練達の戦士でもある。当家の賓客として持て成すので、そのつもりで接するように」
伯爵は表情を引き締めると、二人の青年シメオンとマクシムに向かって言葉を発した。相手が分家の若者ということもあってか、伯爵の口調はシノブ達に対するものと全く異なっている。
「シメオン・ド・ビューレルと申します。伯爵の下で内政官をしております」
シメオンという男は、静かにシノブ達に名乗ると綺麗な会釈をした。
彼は高位の者らしく鮮やかな飾り紐の付いた文官服を着た、すらりとした外見の男だ。背はシノブより少し低いようだが、それでも180cm近くあるだろう。
年齢はおそらく二十代半ば。一見銀髪にも思える艶のある灰色の綺麗に揃えられた髪。白い肌に灰色の瞳の、理知的な容貌をした青年である。
しかしシメオンの瞳はシノブ達を値踏みするような冷たさを含んでいる。そのため彼の姿は礼儀正しく映るものの、友好的な雰囲気はない。
「マクシム・ド・ブロイーヌと言う。領都の東門守護隊長をしている」
マクシムは、その地位に相応しく武官風の男であった。彼は外見に相応しい力強い口調でシノブ達に名乗りを上げる。
やはり階級が高いためだろう、高級そうな軍服には階級章と共に勲章まで付いている。マクシムはシメオンより少し若く見えるが、二十歳は超えているだろう。短めの赤毛に濃い青の瞳、日に焼けた肌。きりっと結ばれた唇からは、気の強さを感じる。
大柄で鍛えられた肉体と鋭く引き締まった表情は、人々が思い描く精鋭軍人を具現化したかのようだ。力強くはあるが、どことなく近寄りがたさを感じる男である。
「シノブ・アマノです。こちらは従者のアミィです」
「アミィと申します」
型通りの挨拶をするシメオンに、威圧感すら覚えるマクシム。なんとなく重苦しい雰囲気を感じたシノブは言葉少なに名乗って一礼し、アミィも控えめな様子で続く。
もしかすると、単なる歓迎では収まらないのかもしれない。シノブは密かに気を引き締めつつ、自身より数歳年長の二人を見つめていた。
お読みいただき、ありがとうございます。




