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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第9章 辺境の主
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09.05 長き夜の遠の眠りの 中編

「朝……だな」


 王都メリエの中央区、王宮のすぐ脇にあるベルレアン伯爵の別邸。その一室で目を覚ましたシノブは、差し込む朝日に目を細めながら、一人呟いた。

 昨日と同様に、今日も良い天気である。まるで、夢に訪れたアムテリアの置き土産のような好天に、シノブの表情も思わず笑顔となっている。

 シノブは、今回も就寝中の夢を明確に覚えている。彼は、寝巻きから急いで着替えると居間へと進み出ていった。


「おはよう! アミィ!」


「おはようございます、シノブ様!」


 シノブの快活な声に、アミィも振り返って返事を返した。彼女もアムテリアと再会したせいか、普段に増して元気に見える。

 アミィは、お茶の用意をしていたようだ。居間には彼女の姿しか見えないが、微かに緑茶の香りが漂っている。既に、掃除なども済ませたのか、窓を開けて空気の入れ替えもしているようだ。冬の空気は冷たいが、暖かな日差しのため、さほど寒くはない。シノブは冷涼な空気を吸い込み、朝の心地よさを堪能した。


「他の人達は?」


 シノブは、夢の中の出来事についてアミィと相談したかったので、彼女以外の従者の動向を尋ねた。


「こちらは私が担当する、と言っておきました。シノブ様の故郷では、新年二日目の朝には大事(だいじ)な儀式がある、ということにしています」


 現在、シノブには客将扱いのイヴァールに、従者としてアルノーやジュスト、そして侍女のアンナ達や従者見習いの少年レナンとパトリックまでいる。

 なお、ラシュレー中隊長や元ブロイーヌ子爵のロベール・エドガール、それに参謀のマルタン・ミュレはフライユ伯爵領に残ったままだ。

 これは、現地を暫定統治するアシャール公爵の要請を受けての決定であった。現在、彼は王領軍とベルレアン伯爵領軍の将官を手足としているが、大領の統治や事後処理を行うには人員が足りていない。

 そこで、シノブの家臣である彼らも、暫定統治を支えるために残らざるを得なかったのだ。


「そうか……ありがとう。

流石に、アレを見られるわけにはいかないからね。じゃあ、早速見てみようか!」


 シノブは、期待に満ちた視線をアミィに向けた。


「はい! それではどうぞ!」


 アミィも嬉しげな顔で、魔法のカバンに手を入れると、純白に輝く布地を取り出した。


「凄い……こんな素晴らしいウェディングドレス、初めてみたよ!」


 シノブの興奮した叫び声のとおり、それはウェディングドレスであった。

 純白の布地は、それ自体が光を発しているかのような輝きに満ちている。そして精緻な刺繍(ししゅう)にレース地も、とても人の手によるものとは思えない。

 そう、これはアムテリアからの贈り物だ。


「アムテリア様は、機織(はたおり)とかもお得意ですからね。シノブ様もご存知だと思いますが」


 アミィは、得意げな表情を見せる。だが、その表情も当然である。もはやどうやって作ったかもわからない光輝を放つ繊細な織物に、これも輝く糸を使った縁取り。レース地などは、蜘蛛の糸よりも細い繊糸(せんし)で編まれており、光とともに宙に溶けそうな気がするくらいである。


「アクセサリーもありますよ! ほら、ティアラにネックレスです!」


 アミィは、白く輝くミスリルにパールを中心とした宝石をちりばめたティアラと、やはり神々しく輝くネックレスを取り出した。

 どちらも、雪のように白いウェディングドレスと調和し引き立てる清楚なデザインである。ただし、これらもドワーフの名匠でも作り出せないような精巧な作りと神秘の輝きを放つ宝玉の、この世のものとも思われない品々である。アミィが自慢げに取り出すのも無理はないだろう。


「こっちも凄いな……お願いするのは気が引けたけど、でもやっぱりお頼みして良かったな!」


 シノブがアムテリアに相談したのは、これであった。折角の結婚式だというのに、借り物のドレスではシャルロットが可哀想だと思った彼は、アムテリアにウェディングドレスを用意してくれないかと頼んでみたのだ。

 シノブから直接要望されることは今までなかったため、アムテリアはとても嬉しかったようである。彼女は、輝かんばかりの笑顔でシノブに了承を伝えていた。


「ええ! ドレスのサイズもピッタリですし、手直しは不要ですね。といっても、手直しできる人などいないと思いますけど」


 スマホから得た能力で映像や動画を記録できるアミィは、シャルロットのサイズについても熟知しているようである。ドレスを見ただけで、問題がないと判断できるらしい。


「あと、シノブ様のタキシードもありますよ! ほら、こちらです!」


 アミィは、続けてシノブのための純白のタキシードを取り出す。ドレスもそうだが、タキシードも地球でも見たようなデザインである。というより、これらの礼装が中近世の欧州の衣装を元にしているからであろう。中世欧州よりは少し近代的なメリエンヌ王国のドレスや礼装と地球のそれに、さほどの違いは見られない。


「うわっ、これも輝いてるよ……」


「シノブ様、このウェディングドレスの隣に立つのですから、それなりの衣装でないと……」


 シノブは、自身が着る衣装を見て驚きの声を上げた。こちらも素材はドレスと変わらないようで、やはり神々しさすら感じる逸品であった。


「まあ、そうだね……で、今回はこれだけだったのかな?」


 シノブは、アミィに他にも何か無いか尋ねてみる。今までの例だと、アムテリアからの贈り物は、大抵一つだけではないからだ。


「実はですね……おいで、ホリィ!」


 シノブの内心を悟ったかのように、アミィは苦笑をしながら窓の外へと呼びかける。すると、彼女の声を聞いたかのように、一羽の青っぽい鳥が室内へと入ってきた。


「鷹……か?」


 シノブが見守る中、部屋の隅に立つ鎧掛けに全長60cmくらいの青い鳥が止まった。鋭い(くちばし)と爪を持つ、猛禽類らしいその姿は、シノブが呟いたように、鷹や鷲のように見える。


──シノブ様、初めまして。ホリィと申します──


 なんと、鎧掛けに止まった青い鳥ホリィは、シノブへと小首を傾げながら、心の声で語りかけてきた。


──あ、ああ。よろしく、ホリィ。

しかし、心の声で会話できるとは思わなかったよ。君も天狐族だったの?──


 シノブは、驚きながら心の声を返す。どうやらホリィも眷属らしいと思ったシノブは、その出自を問うてみた。


──私は金鵄(きんし)族です。ですから、元々鳥の姿です。

心の声は、アムテリア様に授けていただきました。それと、人間の言葉もわかりますから、シノブ様は普通に話してくださっても問題ありません──


 (とび)であるなら、鷹の仲間には違いない。ホリィによれば、金鵄(きんし)族は風の魔術が得意であり、魔術も併用して通常の鳥の何倍もの速度で飛ぶことができるらしい。


「そうか……これからよろしくね、ホリィ!」


 色々聞きたいことはあるが、それは後でも良いだろう。シノブは、とりあえずホリィの側に歩み寄り、その頭を優しく撫でてみた。すると、ホリィは「ピィ~」と気持ち良さそうに鳴いて目を細める。


「それとですね……こんなものもあります」


 アミィは、魔法のカバンから新たなものを取り出して見せる。


「これは、茄子……と、富士山の模型?」


 シノブの目の前に置かれたのは、一山の茄子と種、そして円錐形の置物のようなものであった。

 茄子はシノブにもわかる。一緒に出したのだから、その隣に盛られた種は茄子のものなのだろう。

 だが、下が青灰色、上が白い円錐形の置物……富士山をデフォルメしたような物体は、シノブの理解の範疇(はんちゅう)を超えていた。ただし謎の置物からは魔力が感じられるから、魔道具ではないかとシノブは想像した。


「ええ、こちらは茄子とその種ですね。フライユ伯爵領でも育つような、寒冷地向けに特別な品種改良をしたものだそうです」


 アミィは、シノブに説明をする。

 シノブは詳しいことを知らないが、茄子の原産地は南方だと聞いたことはあった。そのため、北方であるフライユ伯爵領向けにアムテリアが特別に用意したものかもしれない。


「そ、そうか……ともかく、これで茄子の味噌汁が食べられるな」


 シノブは、細かい経緯は別にして素直に茄子が食べられることを喜ぶことにした。


「はい! それでですね、こっちの富士山は……実は地属性と火属性の魔道具なんです」


 やはり、富士山の模型らしきものは魔道具であった。シノブが感じた魔力は、間違いではなかったのだ。


「……どんな機能があるの?」


 シノブは、お盆くらいの大きさの模型を見ながら恐る恐るアミィに尋ねた。アムテリアが授ける魔道具だから、ただの炉とかそんなものではないだろう。

 しかし、茄子と一緒に出てきたのだ。富士山のほうも、案外大したものではないという可能性もある。いや、逆に茄子にもまだ秘密が隠されているのだろうか。シノブは、まさか富士山は火山を作る魔道具とかそんなものではないだろうな、と思いながらアミィの答えを待つ。


「えっとですね……まず、普通に炉として使うこともできます。火口のところから熱や火を出すことができますね」


 シノブは、アミィの答えを聞いて一先(ひとま)ず安心した。だが、まずは、というところに引っかかりを覚える。


「これ一つで、プールくらいの水だって、あっという間にお湯にすることもできるそうです。使い方を間違えると危険ですね。

それと、地脈を調査する機能があるそうです。鉱脈とか、温泉とか、そんなのを探すことができるようですよ!」


 アミィは、嬉しげな声でシノブに機能の説明を続ける。彼女の喜びを表すかのように、尻尾は元気良く揺れ動き、その狐耳はピンと立っている。


──アミィはお風呂が好きですからね。温泉は嬉しいでしょう──


 青い鷹ホリィは心の声でアミィとシノブに語りかける。


──貴女はあまり好きではないですよね……女性なのに。まあ、カラスの行水という言葉もありますが──


 どうやらアミィの言葉からすると、ホリィは雌のようである。


「地脈を調査、ね……『操作』でなくて良かったというべきか……」


 そんな会話を他所に、シノブは安堵の溜息をついていた。流石に火山を作る魔道具ではなかったらしい。


「あと、植物の成長を助ける機能もあるみたいですね」


「えっ、何で植物!?」


 アミィの言葉に、シノブは驚いた。火山を模した魔道具に、なぜ植物を育てる機能があるのか、不思議に思ったからだ。


「ご存知ではなかったのですか? アルフール様の前身は富士山にも関係するんですよ?

まあ、私もシノブ様のスマホから得た知識で初めて知りましたけど」


 アミィが言う言葉に、シノブは思い当たることがあった。森と豊穣の女神として知られるアルフール。『花が咲いた枝を持った』彼女の神像を見たときのことを思い出したのだ。


「そうか……ともかく、これは領地経営に役立てろ、ってことなんだな?」


 シノブは、アムテリアの慈悲に感謝した。フライユ伯爵領に新たな産業を、と考えていた彼である。茄子はこのあたりにはないらしいから、特産物になるかもしれない。それに、植物の育成を助ける魔道具も、役に立つだろう。

 さらに、鉱物資源の調査までできるのだ。フライユ伯爵領にも山地は多い。なんらかの資源があってもおかしくはない。


「はい! シノブ様が領地を得たお祝いだと思います!」


 アミィも満面の笑みで答える。彼女もシノブが急に領主となったことを案じていたようである。そのため、領地開発の糸口が見えて嬉しいのだろう。


──私も、領地開発のお役に立てると思います。空から調査することも出来ますし、遠くに荷物を運ぶことも出来ます。

それに、魔道具だって使えます。翼と足ですから、複雑なことは出来ませんが、魔力操作や固定を応用すれば物を動かすことも出来ますし──


 ホリィも、シノブ達に自分のことをアピールする。

 詳しく聞いてみると、彼女は風の魔術以外にも色々な魔術が使えるようだ。それに、魔力障壁や水弾のように、魔力で物を包み込んだり動かしたりすることは可能らしい。あまり細かい操作は出来ないようだが、ドアのノブを回したり、引いて開けたりするくらいは出来るという。


「そうか……それじゃホリィ、改めてよろしくね。一緒に領地開発を頑張ろう!」


 シノブは、再びホリィの頭を優しく撫でる。すると、ホリィは最前のようにピィピィと気持ち良さそうに鳴き始めた。


「しかし、富士山に鷹に茄子って、そういうことなのかな?」


 シノブは、ホリィの頭を撫でながらアミィの顔を見る。彼の顔には、僅かな苦笑が浮かんでいる。


「そうですね……アムテリア様が縁起を担がれたのでは?」


 対するアミィも、少々苦笑い気味である。彼女は薄紫色の瞳に、困ったような色を浮かべている。


──アミィ、それはどういうことなのですか?──


 アミィとは違い、スマホの知識を持たないホリィには、シノブ達の会話が理解できなかったようだ。


「えっと……一富士二鷹三茄子って言ってですね……」


 ウェディングドレスなどを仕舞ったアミィも、シノブとホリィの側にやってきた。そして、彼女はホリィに初夢と縁起物についての説明を始める。

 鷹に語りかける狐の獣人。そんな不思議な光景を見ながら、シノブは穏やかに微笑んでいた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年1月31日17時の更新となります。


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