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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第8章 フライユ伯爵の後継者
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08.18 水晶宮の勅令 前編

 メリエンヌ王国の王都メリエ。その中心にある王宮では、国王とその重臣達が集まり、フライユ伯爵領をどう扱うべきか議論を続けていた。

 枢密の会議の場は、大宮殿の右翼二階にあるポヴォールの間である。戦の神の名を冠したポヴォールの間は、壁も厚く防音措置が施されている。そのため、帝国侵攻の報を受けたときのような純然たる軍議だけではなく、国の運命を左右する密談に使われることも多かった。

 そのポヴォールの間には、極めて僅かな者しかいない。国王アルフォンス七世と先王エクトル六世、それに帰還したばかりの王太子テオドール、他は各政務を管掌する六侯爵だけである。


「……フライユの家臣達も高位の者は殆ど自決か処刑。ならば多少強引な結論となっても反対は少ないのでは?

いえ、そもそも反対できるような立場でもありません」


 内務卿であるドーミエ侯爵アントナン・ド・ペロンは、穏やかそうな外見に反し強硬な意見を述べる。

 彼は、王宮での査問会で見せたフライユ伯爵クレメンの態度に不愉快そうであった。それだけが理由でもなかろうが、フライユ伯爵領に対しては強い態度で接するべきだ、という考えらしい。


「しかし現地の感情を無視した対応では、後に入る者が(つら)いでしょう。息子からも()の地の人心乖離は相当なものだと聞いております。ここは彼らが納得できる措置を取るべきかと」


 軍務卿のエチエンヌ侯爵マリユス・ド・ダラスは、戦地に赴いた嫡男シーラスから文でも受け取っていたのだろう、巨体に似合わぬ心配げな表情を浮かべ、アルフォンス七世に意見を述べた。

 内務を司るドーミエ侯爵が強硬論、軍務を担当するエチエンヌ侯爵が慎重論というのは、一見意外な光景にみえる。だが、前線に赴く軍人のほうが案外慎重なのかもしれない。


「父上。今回の件は、王家の失政であると考えます。

長年、各伯爵に任せた体制(ゆえ)に王家として目が行き届かなかった。それに予算の補助や税制の優遇があるとはいえ、実際に血を流して戦ってきたのはフライユ伯爵領の者達。

これでは、不満が溜まるのも仕方ありません。今後は、国防については全体で負担していくべきだと考えます。これはシノブ殿の発案ですが、国境地帯を直轄地としてはいかがでしょうか?」


 王太子テオドールは、父や祖父、そして重臣達の前にも関わらず王家の失態であると明言した。

 彼は、(みずか)ら戦うことはなかった。だが、その分フライユ伯爵領の領都シェロノワや都市グラージュの様子を見て感じることが多かったようである。


「ブロイーヌ子爵の意見は、ベランジェからの報告にも記されていた。確かに帝国との戦いを負担すべきは、全王国であろう」


 ブロイーヌ子爵とはシノブのことである。国王アルフォンス七世は、アシャール公爵ベランジェ・ド・ルクレールから、シノブの思いつきについて知らせを受けていたようだ。

 シノブは、帝国との国境であるガルック砦などを王領直轄にしてはどうか、とベルレアン伯爵達に言ったことがある。おそらく、ベルレアン伯爵がアシャール公爵に伝えたのであろう。

 王国成立直後は、国境に接した各伯爵家がそれぞれの隣国の侵攻を防いでいた。だが、100年もしないうちに、ベーリンゲン帝国以外とは和解し国境線も確定した。そのため当初のような国防の要としての各伯爵の役目は、実質的にはかなり軽減されている。

 しかし、帝国と接するフライユ伯爵領のみは、当時の責を(いま)だに果たし続けている。これでは彼らが不満に思っても仕方ないだろう。


「とはいえ、フライユ全体を王家直轄にするわけにもいくまい。テオドールが言うとおり、王家の手落ちであるのは事実だ。そこで王家が直轄地として領全体を取り上げては、他の伯爵家も納得しないだろうな。

そして、現時点で王家の血を送り込むことも拙かろう。我らは今回泥を被るしかあるまいよ」


 先王エクトル六世は、息子である国王に向けて忠告するような口調で語りかける。だが、その碧眼に憂慮の色を浮かべているところを見ると、何か懸念していることもあるようだ。


「やはり、ここはベランジェの案の通りにするしかありませんか……当然の結論ですが、私としては少々(つら)いものがありますな……」


 国王アルフォンス七世も、僅かに苦々しいものを含みながら父親へと答えを返す。


「心中、お察し申し上げます。ですが、急激な変化は彼の望むところではないかと。娘達から聞いた話ではありますが……」


 ジョスラン侯爵テオフィル・ド・ガダンヌは、悩める国王に気遣うような視線を向けた。大柄でいかつい印象の彼だが、外見に似合わず細やかなところもあるらしい。

 農務卿を務めるジョスラン侯爵は、王女セレスティーヌの友人マルゲリットとジネットの父である。話題が農政とは直接関係無いためか、彼は今まで発言しなかった。そのジョスラン侯爵が口を開くところを見ると、国王と先王の悩みはセレスティーヌに関するものであろうか。


「……ともかく、もう時間もあまりない。ベルレアン伯爵やブロイーヌ子爵を呼ぼう」


 アルフォンス七世は暫し思案していたが、六侯爵に向けてシノブ達を呼ぶように伝えた。

 彼の言うように、現在12月31日の夜更けである。新年祝賀の儀まで、もはや半日もない。折角の戦勝でもあるし、新年の儀で早急に以後の体制を告知する必要があるだろう。


「はっ! それではベルレアン伯爵の別邸に使者を送ります!」


 密議の場には王族と六侯爵しかいない。軍務卿エチエンヌ侯爵は席から立ち上がると室外の侍従に伝えるべく歩み出した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「それじゃミュリエル、行ってくるよ。帰りは遅くなる……いや、もしかすると明日の朝かもしれないね。

早く休んで旅の疲れを取ったほうがいいよ」


 シノブは、王宮からの呼び出しを受けて別邸を出る前に、ミュリエルにもう休むようにと勧めた。彼女とその母ブリジット達は、五日かけて自領から王都メリエに到着したばかりである。シノブが就寝を勧めるのも無理はない。


「大丈夫です。父上も仰ったとおり、私達の功績は無視できないはずです。ですから、我らベルレアン伯爵家の望まぬ結論とはならないでしょう」


 シャルロットも、シノブと同様にミュリエルの肩に手を添え、安心するようにと言い聞かせた。

 彼女の深い青の瞳は、9歳下の妹を案ずるような色を浮かべているが、その表情は笑顔を保っていた。


「はい……それでは、お先に休ませていただきます!」


 二人の優しい言葉(ゆえ)かミュリエルも明るい表情で返事を返した。だが、やはりどこか不安なのか、名残惜しげにシノブ達を振り返りながら、母であるブリジットと共に退室していった。


「さて、では王宮とやらに行くか。今回は、誰が行くのだ?」


 反逆者フライユ伯爵の姪であるミュリエルを案じていたイヴァール。彼は、非難される可能性があるというブリジットやミュリエルを援護すべく、王宮に赴くと名乗りを上げていた。だが、王国の仕来りに詳しくないため、こういう時に誰が随伴するか確認したくなったようだ。


「呼び出しは私、シノブ、シャルロット、シメオン、この四人に対して来ているよ。

最も功を上げたシノブは当然だね。領主でありベルレアン伯爵領軍の指揮官である私、そしてその跡取りであるシャルロット。シャルロットと共にグラージュでの反乱に対処したシメオン。これも妥当な線だろう。

イヴァール殿は他国の方ゆえ参集の命はないが、友軍を出してくれたヴォーリ連合国の代表を拒むことはないよ。先ほど、参内する旨を伝えた使者に言っておいた。

後はそれぞれの従者だね。前回同様に、ジェルヴェ、アミィ、アリエル、ミレーユで良いだろう。

だが、イヴァール殿の従者は……」


 イヴァールの疑問に、ベルレアン伯爵が丁寧に答える。

 彼は、王女の成人式典のときと同様に自身の従者にジェルヴェ、シノブにはアミィ、シャルロットにアリエル、シメオンにミレーユを同行させるつもりのようだ。だが、イヴァールの従者をどうすべきか、彼に問いかけるような視線を向けた。


「俺には従者などいらん。弟や妹を連れてきても、王宮などで役に立つとは思えん。どちらにしろ、ここにはいないがな」


 イヴァールは伯爵の視線を受けて無造作に答えた。

 彼の弟パヴァーリや妹のアウネは、今回の戦に従軍していた。もっとも、若手の戦士であるパヴァーリは高位戦士の下で戦っただけであるし、妹のアウネは後方部隊と共にグラージュ近郊で待機していた。

 そして彼らは、現在フライユ伯爵領の領都シェロノワ近郊に残ったままである。自国に帰るには標高2000m近い峠を越えなくてはならない。交易も11月末から翌春までは出来ない厳寒の峠である。そのため、帰国は来た時と同様にシノブ達の魔法の家を使う予定である。

 それに、まだ戦が完全に終結したかわからない、という意見もドワーフ達の中にはあるようだ。したがって、彼らは現時点で引き返すつもりなどないらしい。

 いずれにせよ、王都に来たドワーフはイヴァールだけであり、彼の従者となるべき同族がいないのは事実だった。


「イヴァール殿の言うとおりにしよう。無理に形式を取り繕う場合でもない。さあ、馬車に乗ろう」


 時間を気にしたのだろう、ベルレアン伯爵は彼には珍しく早口で伝えるとサロンの外へと歩み出した。そして、シノブ達も彼に続いて馬車へと急ぐ。シノブ達は、サロンの暖かい空気の中から、寒々とした通路へと足早に出ていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「俺だけ、こんな服装だが良いのか?」


「大丈夫だよ。王国の者ではないから文句を言われる筋合いもないさ」


 馬車へと向かう中、イヴァールがシノブへと問いかけた。対するシノブは彼を安心させようと、大きく頷き返す。


 参内に備えて待機していたから、イヴァール以外は軍服など相応しい服装のままであった。

 ベルレアン伯爵、シャルロット、シノブは高級士官の出で立ちだ。肩章や飾緒に飾られた外衣に、細めのズボンと黒々とした長靴(ちょうか)。そして大隊長以上の貴族の証、白地に金の縁取りのマントを(まと)っている。

 アリエルやミレーユも縁取りこそないが、シノブ達と同様の軍服姿である。護衛の従者とはいえ、流石に王宮に騎士鎧で出向くことはない。

 一方シメオンとジェルヴェは文官服である。白地に金の縁取りのシメオンと、黒地に白の縁取りのジェルヴェ。色こそ違っているが襟の立ったハーフコートにも似た外衣の中に同色の前の閉じた制服、そしてこれも同色の細めのパンツである。机仕事をしやすくするためか飾りは少ないが、軍服と同様に近代的かつ機能的なデザインであった。


「私も、王国の制服ではありません。大丈夫ですよ!」


 アミィも元気よくシノブの言葉を肯定する。彼女は王国が規定した軍服や文官服ではなく、アムテリアが授けた白い服を着ている。

 幸いと言うべきか、ヴォーリ連合国への旅の前に授けられたこの服は地球で近代の士官が着ていた軍服風だ。そのためアミィはシノブ達と並んでも、違いが目立たない。


「ふむ。まあ、他には服を持っていないし、駄目だと言われても押し入るしかないがな」


 イヴァールは二人の言葉に納得したようだが、その一方で物騒なことを口にした。

 確かにシノブ達の中に混じると、イヴァールの装束は違和感があるものだった。流石にいつもの鱗状鎧(スケイルアーマー)は着ていないが、寒い北方に向いた厚い革製の服は、猟師か何かのような印象を与えるものであり、とても王宮に出向く格好とは思えない。

 だが、ドワーフ向けの軍服や文官服なども存在しない。そもそも他国の人間でもあるし、王国流の服装を押しつけるべきでもないだろう。


「今さらそんなことに文句を付ける人達じゃないと思うよ。さあ、馬車に乗ろう!」


 シノブはイヴァールの肩を叩き、ベルレアン伯爵に続いて乗車した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 一行は慌ただしく乗車し、馬車を王宮へと急がせた。本来なら王宮に向かう馬車は静々と進めるものである。だが、今回に限っては宮殿を守る騎士達の先導で、都市内としては異例の速度で馬車を走らせていた。


「義父上。ミュリエルやブリジット様に対して厳しいお沙汰が下ることはあるのですか?

ブリジット様はフライユ伯爵家から離れて十年以上経っていますし、ミュリエルはベルレアン伯爵家で生まれ育っています。前例では、こういう場合、どのような扱いになるのでしょうか?」


 馬車に乗ったシノブは、向かい側に座るベルレアン伯爵に過去の事例を問うてみた。

 ベルレアン伯爵が別邸で語っていた内容からすると、江戸時代の大名家に対するお取り潰しのような厳しい沙汰があるのかもしれない。彼は、そう思ったのだ。


「……前例はない。当主や継嗣の反逆など、過去に存在しなかったからね。

跡目争いで領内が乱れた例はあったが、問題を起こした当人達の処罰と当主が隠居するくらいだね。だから、心配しすぎかもしれない。

逆に、ミュリエルをフライユ伯爵家の跡取りとして担ぎ出す可能性も高い。その場合、面倒事は多いが長い目で見れば困ることではないから、あの()の前では言わなかったがね」


 ベルレアン伯爵は、シノブに王国の歴史上あった幾つかの事件を例に説明した。それによると伯爵家の当主や跡継ぎが王家に反旗を(ひるがえ)したことはなく、兄弟もしくは従兄弟同士での相続争い程度しかなかったようだ。

 確かにシノブがジェルヴェから教わった歴史でも、そんな大事件については触れていなかった。神の使徒である聖人の支持を受けた王家に反逆する、という考えは、初代国王や聖人の詳細を知る各伯爵家には浮かばなかったのかもしれない。

 そんな中、反逆を起こしたフライユ伯爵家について、シノブは僅かながら疑問を覚えた。500年以上続く王国だから、いつかは現れる反逆者が彼らだった、とも考えられる。だが、帝国の大将軍が言う『排斥された神』というものが気にかかっていたのだ。

 信仰として幼いころから確立された常識を(くつがえ)すには、相応しい何かがある。シノブは、そんな気がしていた。


「ミュリエルがフライユ伯爵家の当主になるなら、私がそれを助けます」


 シノブは、内心の疑問は一時押しやって、ベルレアン伯爵を真っ直ぐ見つめて宣言した。

 シャルロットが女伯爵となるように、ミュリエルが当主となる可能性はあるだろう。ならば、今まで行ったこともないフライユ伯爵領で苦労する彼女を放っておくつもりはシノブにはなかった。


「……いいのかね? その場合は、おそらく君がミュリエルと結婚して事実上の当主となるんだよ?」


 ベルレアン伯爵は、シノブの言葉に一瞬嬉しげな表情を浮かべたが、その意図を量りかねたようで逆に問いかけてきた。


「私は、シャルロットと共に生きたいと思っています。ですから、それは譲れません。

でも、私達が幸せになる一方でミュリエルだけが不幸になるのも見過ごせません」


 シノブは、ベルレアン伯爵に静かに答えた。


「君の国では、恋愛感情を優先すると聞いていたが……」


 ベルレアン伯爵は、意外そうな顔をシノブへと向けていた。

 シノブの真の来歴を知っている伯爵は、価値観も(おぼろ)げながら察しているようである。そのため彼は、政略結婚とも言えるミュリエルとの縁組をシノブが承諾すると思えなかったようだ。


「はい。正直なところ、まだ彼女に『愛する』とは言えません。でも、それは義父上も同じだったのではないでしょうか?

婚約は早かったと聞いていますが、カトリーヌ様とは9歳違いますし……」


 シノブは、シャルロットと結婚したいとカトリーヌに告げたときのことを思い出していた。シャルロットは『母上と父上の婚約が決まったのは随分早かった』と言っていた。それに、カトリーヌのほうから結婚を申し出たようである。

 奇しくもシノブとミュリエルも9歳差である。彼は、もしかすると自分と同年代のころにベルレアン伯爵も婚約したのではないかと思ったのだ。


「そうだね。確かに早かったし、カトリーヌを愛していると思ったのは、随分年齢が上がってからのことだったよ」


 シノブの言葉にベルレアン伯爵は頷いた。

 ちなみに伯爵は、カトリーヌが15歳になるとすぐに娶ったそうだ。王国では15歳から成人と認められる。そして、結婚できる年齢も15歳以上だ。これは、身分の上下とは関係なく例外もない。

 一般に、上級貴族の女性は成人してから間をおかず嫁ぐ。それ(ゆえ)特に珍しいことではないが、以前の話ではカトリーヌが早期の嫁入りを熱望した結果のようだ。


「でもね、君が自分を犠牲にしてまで王国の為に尽くす必要はないんだよ。

確かに伯爵家に入ってもらう以上、好き勝手に生きてもらうわけにはいかないが、君が本当に嫌なことは、我々だって押し付けるつもりはない」


 ベルレアン伯爵はシノブに気遣わしげな視線を向ける。どうやら、彼はシノブが無理をしていると思ったようである。


「そうです。私やミュリエルの事を案じてくださっているのでしょう?

私としては、シノブを共に支えるのがミュリエルであれば嬉しいのは事実ですが……」


 隣に座るシャルロットは喜びの表情を見せつつも、その一方で彼の内心が気にかかるようである。シノブが自身や妹を救うために不本意な決断をしたのではないか。そう考えているのか、青い瞳に複雑な色を浮かべて婚約者の顔を見つめていた。


「シャルロット。確かに、俺は君の事を心配している。戦のあと、浮かない顔をしていたのは、ミュリエルのことが気に掛かっていたのもあるんだろ?

フライユ伯爵家をミュリエルが継がなかった場合、あの子は一生独身であることを強制される。もしかすると、そんなことがあるかもしれない。そう思ったんじゃないか?」


 シノブは、都市グラージュでの戦いの後、シャルロットが時折悲しげな表情を見せていることには気がついていた。

 シノブは最初、同じ王国の軍人と戦ったことがシャルロットの重荷となっているのかと考えた。それに王国を支える貴族としての誇りを持っている彼女には、フライユ伯爵家の反逆は衝撃的だったに違いない。

 だが、そのうちシノブは、シャルロットが妹の将来を案じていることに気がついた。まだ9歳のミュリエルに重い罰が課せられることがなくても、後継者問題には浮上してくる。シャルロットの様子を心配しているうちに、シノブもその可能性に気がついたのだ。


「俺は、君とミュリエル、二人とも幸せにしてみせる。

まだ、君と結婚もしていないのに、こんな事を言うのはどうかと思うけど……でも、君の隣にはミュリエルの笑顔も必要なんじゃないか、そう思うんだ」


 シノブは、シャルロットに(くも)りのない笑顔を見せた。内心では、まだ葛藤もある。だが、この世界の愛の形が地球と異なるものである以上、シャルロットの思いを無視してまで二人だけの幸せを追求することが正しいことなのか。シノブはそう思うようになっていた。


「シノブ……貴方のお心、とても嬉しいです」


 シャルロットは、深い青の瞳に一杯の涙を浮かべて、隣に座るシノブに身を寄せた。妹思いで責任感も強い彼女のことだから、もしかすると自身が身を引くつもりだったのかもしれない。それ(ゆえ)、シノブの決意を聞いて喜び、そしておそらく安堵したのではないだろうか。

 シノブは、ついにその瞳から涙を(こぼ)しはじめたシャルロットの肩を(いだ)きながら、そんな想像をしていた。


「……まあ、ここまで言っておいて予想が外れていたら、とても恥ずかしいんだけどね」


 シャルロットが泣き止むまで彼女を抱きしめていたシノブは、少し間を空けてから冗談めいた口調と共に苦笑した。


「でもシノブ様の決意、素晴らしかったですよ」


 いつになく柔らかな口調でシノブへと語るアミィは、その顔に優しい笑顔を浮かべていた。

 シノブの地球での生活や彼のいた社会での常識をアミィは知っている。そんな彼女は、シノブの言葉に隠された思いに気がついているのかもしれない。


「シノブ殿のお言葉、アミィ殿の魔術なら再現可能ですね?

もし、予想と違っていても、ミュリエル様に幻影魔術で見せてあげてください。きっとお喜びになります」


 シメオンは、アミィに向かって幻影魔術での再現が可能か問いかけていた。

 どういうわけだか、彼はミュリエルとシノブの仲を接近させたいようである。


「シメオン! それは『おじさま』扱いしたことの仕返しか!」


 シノブは、ミュリエルの前で彼とイヴァールをからかったことを、今更ながら後悔していた。

 将来を案ずるミュリエルに対し、アミィは冗談交じりで二人を『おじさま』と呼ぶように言った。そのとき自分だけ『お兄さま』に収まった自分に、シメオンが反撃したと思ったのだ。


「さて、どうでしょうか?

でもミュリエル様を安心させるには、シノブ殿のお言葉が一番だと思いますよ」


 やはり、シノブにはシメオンをやり込めることなど、無理なようである。彼の正論とも言える言葉に絶句したシノブに、馬車に乗っていた一同は笑いを隠せないようである。

 そして、その笑いの中には、家族を案じていたベルレアン伯爵やシャルロットも含まれている。シノブは、愛する家族達に笑顔が戻るなら仕方がないかと、いつしか苦笑いを浮かべていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年1月19日17時の更新となります。


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