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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第8章 フライユ伯爵の後継者
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08.17 運命の時の前に

「お父さま、シノブお兄さま、シャルロットお姉さま! お帰りなさいませ!」


「お帰りなさいませ!」


 王都メリエのベルレアン伯爵家別邸に到着したシノブ達を出迎えたのは、ベルレアン伯爵領の領都セリュジエールにいるはずのミュリエルにミシェルであった。

 エントランスホールで待っていた少女達の背後には、それぞれの母、ベルレアン伯爵の第二夫人ブリジットと、ミシェルの母で侍女のサビーヌ・アングベールも控えていた。


「ああ、無事に戻ったよ。出迎えありがとう。セリュジエールからの旅、疲れなかったかね?」


 一行を代表して、ベルレアン伯爵が娘であるミュリエルを先頭にして並ぶ面々に微笑みかけた。彼は、ここにブリジットやミュリエルがいるとは知らなかったようだが、その一方で予測はしていたようだ。そのためか、あまり驚いた様子はない。

 彼は、ミュリエルに歩み寄ると、その肩に手を置きながらブリジット達へと(いたわ)りの表情を向けている。


「ブリジット殿、ミュリエル……無事戻ってまいりました。色々ありましたが殿下もお守りできましたし、戦も終わりました。

……ところで、いつ王都にお着きになったのですか?」


 シャルロットも、異母妹のミュリエルへと優しい視線を向けた後、ブリジットに帰還の報告をする。だが、彼女は、ブリジット達が自分達より先に王都メリエに到着していたことに驚いたようである。

 この僅かな間にベルレアン伯爵領からブリジット達が王都に移動するのは、やはり非常事態(ゆえ)ではないか。そう思ったのだろう、シャルロットの表情は僅かに(くも)っていた。


「そうだね。かなり急いだのではないかね?」


 ベルレアン伯爵も、ブリジットに向けて尋ねかけた。道中の苦労を思ったのか、彼は心配そうな表情をしている。


 シノブ達がフライユ伯爵領を旅立ったのが、12月26日。そして現在、12月31日の夕方であった。本来、フライユ伯爵領の領都シェロノワから王都メリエへの旅程は十日ほどである。800kmもの道程は、普通の荷馬車などでは、そのくらいは必要だ。

 しかし、シノブ達は王太子テオドールが乗る最新鋭の馬車に乗ってきた。王家の馬車は、ベルレアン伯爵家のものと同様に、身体強化が得意な専用の馬に引かせているし、馬車自体もバネなどを多用して乗り心地は通常のものと比べ物にならない。そのため、五日程度で帰還することは不可能ではなかった。

 テオドールやシノブ達は、早急にフライユ伯爵領の今後を国王達と検討する必要がある。それに、ちょうど年内に帰還できるということもあり、彼らは可能な限り急いで戻ってきたのだ。


「私達も、つい先ほど着きました。王都へ急ぎ参上するようにとのご命令が届きましたので……」


 ブリジットは、12月25日に国王の命を(たずさ)えた伝令騎士がセリュジエールに来たと、説明した。戦の終結が21日夜。急ぎの伝令騎士が届けた戦勝の報は23日中には国王へと届いただろう。また、王都メリエからセリュジエールは、替え馬なしでも二日あればなんとか移動できる。

 そしてブリジットやミュリエルは、年内に到着するようにという指示に従い、五日ほどで王都に移動してきたという。


「そうですか……」


 おそらく呼び出しの理由は、フライユ伯爵家の不祥事であろう。誰もが辿(たど)り着く結論は、当然シャルロットの懸念するところでもある。彼女はブリジットの語る内容を聞いて、さらに表情を(かげ)らせる。


「こんなところで立ち話をしていても疲れるだろう。とにかく一旦サロンに行こう。再び王宮へも参内するし、一息入れたほうがいい」


 ベルレアン伯爵は、二階に続く大階段へと娘を(いざな)った。

 先ほど王太子テオドールを王宮に送り届けたばかりだが、伯爵を含め一休みしたら国王や諸卿との会議に出席しなくてはならない。もはや新年まで数時間しかないのだが、それだけに新年祝賀の儀までに方向性だけでも決めておきたいのだろう。

 それゆえ王宮での密議は、年を越しての長丁場となる可能性すらあった。


「そうですね。さあミュリエル、上に行こうか」


 シノブも、旅慣れないであろう二人のことが気になっていた。そこで伯爵の言葉に賛同し、ミュリエルへと手を伸ばす。


「はい、シノブお兄さま!」


 ミュリエルは微笑みを浮かべ、明るい声を響かせる。

 シノブは少女らしい彼女の元気な笑みに少し安心するが、その一方で彼女の表情に僅かな(かげ)りがあることにも気が付いていた。

 やはりミュリエルも、伯父であるフライユ伯爵や、その息子達の暴挙を知っているのだろう。シノブの手を握る彼女の緑の瞳には、(すが)るべき何かを懸命に探しているような寄る辺なさが滲んでいた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 別邸の左翼二階のサロンへと集まったシノブ達。伯爵家の面々だけではなく、シメオンやイヴァール、アリエルにミレーユもいる。

 さすがに6歳のミシェルは、この場にはいない。王宮に参内するまでの僅かな時間に、相談すべきこともある。それに、幼い彼女に戦場での出来事を聞かせるべきではないだろう。

 ミシェルは姉のように慕うアミィと一緒に居たがったが、祖父のジェルヴェや母のサビーヌに諭され、母と共に別室へと下がっていった。


 一方、ミュリエルはサロンに残ったままだ。

 戦場での件やフライユ伯爵家の出来事は、本来なら9歳のミュリエルにも聞かせるべきではないだろう。だが、ある意味彼女は渦中の人物である。それに、シノブが推察したとおり、すでに概要は王家からの使者により聞いているようでもあった。


「……というわけだ。既に聞いていたようだが、フライユ伯爵家で存命であるのはアルメル殿だけだよ。

だから、アシャールの義兄上が暫定的に()の地を治めている」


 ベルレアン伯爵は、ブリジットやミュリエルにフライユ伯爵領の現状を、かいつまんで説明した。彼の説明を、フライユ伯爵家の血を引く二人は、蒼白な顔で聞いていた。

 ベルレアン伯爵の第二夫人ブリジットは、フライユ伯爵クレメンの異母妹である。先代フライユ伯爵と、その第二夫人アルメルの娘であるブリジット。そしてブリジットの娘であるミュリエル。クレメンの血筋が絶えた今、彼女達がフライユ伯爵家の生き残りであるともいえる。


「お前達には、今後厳しい視線が寄せられるかもしれない。だが、ブリジットは私の妻でミュリエルは娘だ。世間がどう言おうと、私がお前達を守るよ。

幸い、私も敵将を倒したしグラシアンも討った。周囲の非難など、この功と引き換えにしてでも黙らせてみせる」


 ベルレアン伯爵は、二人に毅然とした表情で宣言した。どうやら、彼がグラシアンを問答無用で討った背景には、身内の恥は自身で(そそ)ぎ妻子を守る、という思いもあったようである。


「お父さま……」


「旦那様、申し訳ありません……」


 いつになく厳しい口調のベルレアン伯爵だが、それは妻子を思うが(ゆえ)である。寄り添い座っているミュリエルとブリジットは、それを察したようで家長の深い愛情に瞳を潤ませていた。


「まあ、私だけではなく、シノブやシャルロットも大功を挙げた。だから、表立って非難する者は少ないと思うが……」


 彼の言うとおり、婿入りするシノブを含めたベルレアン伯爵家の力で得た勝利だといえる。この状況で、正面から非難するものは少ないかもしれない。だが、人の心理はそう単純なものではない。それを知っているせいか、伯爵の言葉を聞いた二人の表情は(くも)ったままである。


「たぶん、裏では色々言う者もいるだろう。かの地が完全に平穏を取り戻すまでには、かなりの時間がかかるからね」


 伯爵は、言い難いことも妻子に隠さず説明するつもりのようである。それにシノブには、彼が敢えて厳しい予想を伝えているようにも感じられた。だが、彼の言うことが誇張ではないのも事実ではある。


 戦争は終わったが、事後処理はまだ続いている。

 フライユ伯爵家の家臣や兵士達は、シノブが都市グラージュ近郊に造った、岩壁で取り囲んだ土地に収容している。岩壁に囲まれた土地の中に軍がテントなどを建て、そこで残存兵の取調べをしている。

 兵士達は尋問により、どこまで裏切りに関与しているか調べて処遇を決める。処刑、強制労働、あるいは一定期間様子を見て解放などだ。もちろん領内への悪影響を抑えるため処刑は極力小規模にするが、それでも積極的に加担した高位の士官などは死罪を免れない。

 当然ながら、そうなればフライユ伯爵家への怨嗟の声も上がるだろう。


「……家臣だけが問題ではない。解放された獣人達の扱いもまだ決まっていないんだよ」


 伯爵は、帝国の奴隷であった7000名近い獣人達の現状について触れた。

 帝国から解放した獣人達の今後についても、フライユ伯爵領の不安定要素となりかねない。シノブが魔力干渉で解放した彼らは、同様の岩壁で取り囲んだ場所を別に造り、そこに収容されている。

 もちろん彼らは自身の意思で侵攻してきたわけではないので、王国軍が情報収集をしているが迫害はされていない。『隷属の首輪』から解放された直後は衰弱しているため、1週間か2週間は休養しながら調査をした上で、その後の身の振り方を考える予定である。

 ただ大人数であるため時間はかかるし、その後フライユ伯爵領に定住することになった場合、従来の領民との住み分け次第では新たな騒動の種になる可能性もある。


 ともかくベルレアン伯爵の力で王宮や上級貴族達の非難は抑えられたとしても、無数の民が上げる声まで封じることは出来ないだろう。


「伯父上もなるべく穏当な裁きを、とお考えなようです。ですから、ご安心ください」


 ブリジットやミュリエルが(うれ)える様子を見て、シャルロットは二人に安堵するようにと伝えた。


「ところで、お二人も参内するのですか?」


 シノブは、フライユ伯爵領の不透明な将来から、喫緊の話題へと切り替えた。先々を案ずるよりは目の前の課題に集中するほうが、不安を紛らわせることが出来ると思ったのだ。


「いえ。まずは別邸で待機するように、とのご指示でした。参内に相応しい衣装は用意するように、とも言われておりますので、いずれは王宮に上がるのかもしれませんが……」


 ブリジットも、今後については明確な指示を受けていないらしい。彼女は、心配そうに娘に似た緑の瞳を(くも)らせながら、シノブへと答える。

 まずは帰還するベルレアン伯爵と合流し、その後は当面王都で生活しても構わないだけの準備をするように、と伝令の持ってきた書面には書いてあったという。


「まあ、何かあるとしても年明けだろうね。まずは今夜の会議次第だろう」


 ブリジットとシノブのやり取りを聞いたベルレアン伯爵は、自身の考えを述べる。おそらく彼が言うとおり今晩から明朝にかけての会議が、フライユ伯爵領の、そして彼女達の運命を決めることになるのだろう。

 そう予測しているせいか、彼は上品な口髭を僅かに(ゆが)ませ、険しい表情となる。


「ふむ。ならば俺も王宮に行こう。ヴォーリ連合国の代表として、王国にも言うべきことがあるかもしれんしな。助太刀した者として、後に残った夫人達が責められるのは納得できん」


 今まで黙って聞いていたイヴァールが、唐突に宣言した。

 実は、大族長の息子である彼には、今までも王宮からの招待があった。たとえば王女セレスティーヌの成人式典なども、その後の祝宴に招かれた。だが、堅苦しい事が苦手な彼は、王宮に足を運ぶのを嫌がり固辞していたのだ。

 そんな彼だが、ミュリエル達の危機と思ったせいか、(みずか)ら同行すると言い出していた。


「イヴァールのおじさま、ありがとうございます!」


 彼の配慮を察したのか、ミュリエルは明るい笑みを見せ、イヴァールへと頭を下げる。


「……う、うむ。ともかく、任せておけ!」


 イヴァールは、少し言葉に詰まりながらミュリエルへと丸太のような右腕を掲げてみせた。

 シノブは、25歳である彼が『おじさま』と呼ばれて面食らったのだろうと思い、少し同情した。


「ミュリエル様、大丈夫です。イヴァール殿は大族長エルッキ殿の息子にして経験豊富で老練な戦士です。たとえ王宮の諸卿とはいえ、彼が長年築き上げた実績には一目置かざるを得ないでしょう」


 そんなイヴァールの内心を悟ったのか、シメオンも少々楽しそうな表情をみせながら、ミュリエルへと話しかける。

 おそらく意図してのことだろうが、彼はミュリエルを励ます言葉の中に、イヴァールを刺激するような『老練』や『長年』と言った言葉を混ぜていた。


「シメオン殿。俺はお主と同じ歳だが……」


「えっ、イヴァールのおじさまは25歳だったのですか!」


 イヴァールの不満げな唸り声に、ミュリエルが驚きの声を上げた。彼女は非常に驚いたらしく、銀色に近いアッシュブロンドの髪を揺らしながら、イヴァールとシメオンの双方を見比べていた。

 確かに、顔全体を黒々とした髭で覆い髪も長く伸ばしたイヴァールと、髭もなくすっきりと身奇麗なシメオンは、同い年には見えないだろう。

 シノブは、初めてイヴァールに会ったとき40歳前後だと勘違いしたことを思い出し、彼女の言葉に内心頷いていた。


「ミュリエル様。ここは公平にシメオン様も『おじさま』とお呼びになってはいかがでしょう?」


 なんと、アミィが楽しそうな笑顔を見せながら、ミュリエルに二人とも『おじさま』と呼ぶべきだと言った。おそらく、時折悲しげな表情をみせるミュリエルの気晴らしになるとでも思ったのだろう。


「まあ、二人とも二十歳(はたち)を超えているしね。

……ミュリエル、俺はまだ十代だから『おじさま』はやめてほしいな」


 シノブはソファーから立ち上がり、ミュリエルの側に行って彼女の頭を撫でた。そして、彼もアミィの言葉に乗るように、若干不本意そうな表情をみせるイヴァールとシメオンをからかった。


「……はい! シノブお兄さまは『おじさま』ではありませんね!」


 そんなイヴァールとシメオンの様子が意外だったのか、ミュリエルは僅かに躊躇(ためら)ったようではある。だが、彼女はシノブへと満面の笑みを見せると、その身を寄せた。


「シノブお兄さま……これからもずっと、お側にいてください……お願いします」


 ミュリエルのか細い声に、シノブは何と答えるべきか迷った。ある意味、罪人の一族となった彼女には、しっかりした支えが必要なのではないか。彼は、そんな思いを(いだ)いていた。

 ミュリエルの細い肩を見下ろしながら言葉を捜していたシノブは、結局どう言うべきかわからなかった。そこで彼は、無言のままミュリエルをその両腕で優しく包み込むように抱きしめた。

 それは、まるで冬の寒さから幼子を守ろうかとするような、優しさと温かさを感じる光景であった。そして、サロンに集った一同は王宮へと赴くその瞬間まで、彼らを静かに見守っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年1月17日17時の更新となります。


 本作の設定資料に8章の登場人物を追加しました。また、合わせて登場人物のイメージ第五弾も追加しました。

 画像は「ちびメーカー」で組み合わせ可能な素材で作成しているため、本編とは異なります。なるべく作者のイメージに近づけてはいますが「だいたいこんな感じ」とお考え下さい。

 読者様の登場人物に対する印象が損なわれる可能性もありますので、閲覧時はその点ご留意ください。


 設定資料はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。


 なお「ちびメーカー」についてはMie様の小説「そだ☆シス」にて知りました。

 ご存知の方も多いかと思いますが「そだ☆シス」は「小説家になろう」にて連載中です。

 楽しいツールを知るきっかけを与えてくれ、二番煎じを快く許可してくださったMie様に感謝の意を捧げます。


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