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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第8章 フライユ伯爵の後継者
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08.16 王都への凱旋

「それじゃテオドール、兄上への報告は頼むよ! コルネーユ、シノブ君、シャルロット。テオドールの護衛は任せたよ!」


 シャルロットの誕生日から一夜明けた12月26日の早朝、シノブ達は急ぎ王都メリエへ帰還することとなった。何しろ、七伯爵の一角を占めるフライユ伯爵家の反乱と消滅である。早急に国王に報告して今後について協議する必要がある。

 もちろん、伝令騎士は決戦のあった21日中に王都に向けて出発している。ここ、フライユ伯爵領の領都シェロノワから王都メリエまでは、約800kmである。だが、高い身体強化能力を持つ軍馬を使い、更に主要街道に一定間隔で配置されている軍の伝令がその内容を受け渡していくので、約二日で王都まで到達できる。

 したがって王都では、既に戦争の終結とその後の概要は把握しているはずである。とはいえ、より詳細な報告は必要であるし、国王や王国を運営する諸卿としても質問したいことは沢山あるだろう。

 そこでアシャール公爵を残し、王太子テオドールとその護衛としてシノブ達は一足先に帰還することになった。


 アシャール公爵は統治者不在となったこの地を治めるため、領都シェロノワに残る。

 公爵に続く高位貴族はベルレアン伯爵コルネーユだが、流石にフライユ伯爵と同格である彼が代行するわけにはいかないだろう。そして、王太子は元々旗印として出陣した身である。国王にとって唯一人の息子であるテオドールがいつまでも王都から離れているわけにもいかない。

 王都から来た伝令は、アシャール公爵がフライユ伯爵領の暫定統治者となり、王領軍や各伯爵領軍を手足として軍政両面を回していくようにという国王の命を(たずさ)えていた。そのため彼は、テオドールやシノブ達を見送る立場となっていた。


「叔父上、それではよろしくお願いします。王都に戻ったら、この地について父上と相談し、より良い治世が行われるようにします」


 王太子テオドールが、代表してアシャール公爵へと挨拶をする。

 フライユ伯爵領をその目で見て、シノブ達から戦地での様子を聞いたテオドール。そして、彼もフライユ伯爵の遺書に目を通していた。それ(ゆえ)彼は、フライユ伯爵領が抱えた長年の問題について、王族としての責任を感じているようである。


「ああ、じっくり検討してくれたまえ。幸い、シノブ君のお陰で時間は稼げたからね!

あの様子では、帝国も当分攻めてこないと思うよ!

流石の帝国軍も『竜の友』に喧嘩を売るのは、嫌がるんじゃないかな!」


 アシャール公爵は、意味ありげな笑いと共にシノブのほうを見る。


「あの慌ただしい中、帝国の砦まで行って脅して来ましたからね。効果がないと困ります」


 シノブはアシャール公爵に苦笑を返す。実は、シノブは決戦のあった21日の夜、公爵を迎えにガルック平原に戻ったときに、ある任務を命じられていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……帝国の砦を?」


 シノブは、アシャール公爵へと問い返した。

 12月21日の日没直後、ガルック砦に戻った彼は、アミィと共にアシャール公爵や王太子テオドールと対面していた。

 彼は、都市グラージュで大将軍ベルノルト達を倒し、その後ガルック砦からグラージュへと向かって行軍していた帝国軍とそれに協調するフライユ伯爵領軍を制圧した。

 もちろん、彼一人で全てを行ったわけではない。だが、帝国軍が率いる奴隷による歩兵は、彼が魔力干渉で解放するしかない。そのためシノブも当然制圧には加わっていた。

 既に日は沈んでおり、辺りは暗い。決戦の日も残り数時間であるが、公爵はシノブにまだ頼み事があるようだ。


「ああ、そうだよ。君のお陰で、ガルック砦の防衛網は強化された。全く、この短期間でガルック第二砦と第三砦が出来るとはね。間には城壁もあるし」


 公爵は、心底感心した様子でシノブに笑いかける。

 彼が言うように、平原には新たな砦が二つ出現し、その間とガルック砦から南北に伸びる城壁には、それらを結ぶ新たな城壁まで造られていた。

 片方の砦は、シノブが平原での決戦で造った岩壁を元に、さらに残り三方も同様にシノブが岩壁を造って簡易な城砦に仕上げていた。また、反対側にも、同様に砦を造った。これが、公爵の言うガルック第二砦と第三砦である。もちろん、それらを繋ぐ城壁もシノブが岩壁で造ったものだ。

 幸い、ガルック砦には城門を破壊されたときに備え交換用の門扉が複数用意されていた。そこで第二砦と第三砦や、その間の城壁には、それらを取り付けて一応の体裁は整っていた。


「これで、王国の支配領域は僅かながら前進したわけだ。ほんの少しの前進だけど、ここ数百年誰も成し得なかったことだよ。で、その総仕上げが必要だ、というわけさ」


 アシャール公爵は、意味深な笑いを浮かべながら、シノブへと語りかける。


「総仕上げ、ですか?」


 公爵の言葉をアミィは、その首を僅かに傾げて繰り返した。彼女の頭上では狐耳も一緒に揺れている。


「昼に見せてくれた城壁を溶かす魔術で、ちょっと帝国を脅してきてほしいんだ。シノブ君から聞いた話だと、フライユ伯爵領の建て直しには時間がかかりそうだ。だから、時間稼ぎをしたいのさ」


 アシャール公爵は、混乱したフライユ伯爵領をそのままにしての逆侵攻は無理だと思っているようだ。あと10日で1月である。戦後の後始末を終えれば、あっという間に新年だろう。積雪も厳しくなる中、本格的な軍事行動が出来るのはせいぜい1月一杯だと思われる。

 それならば、体勢を整えなおして春以降に、という考えではないだろうか。


「シノブ殿。私からもお願いします。春までは時間を稼ぎたい。フライユ伯爵領内に入った帝国の間者を片付ける必要もあるし、ここを今後どのように統治するかも考え直さなくては」


 テオドールは、フライユ伯爵やその家臣の様子をグラージュで見ていたせいか、彼らの離反は王国側の失政であると考えているようだ。彼は、真剣な眼差しでシノブに頼むと、僅かにその頭を下げた。


「テオドール様、お顔を上げてください!

……わかりました。私も無駄な戦いが抑制できるなら、そのほうが良いです。それに、ずっとここにいるのは不可能ですし」


 シノブは王太子であるテオドールが頭を下げたのに驚いた。

 彼としても、いつまでもフライユ伯爵領に張り付いていることはできない。一旦ベルレアン伯爵領に戻れば、軍馬で駆けつけても三日はかかるだろう。伝令が来る時間も含めれば、何か起きてから一週間はかかる。それ(ゆえ)、帝国の侵略の意欲を殺いでおくべきだと考えたのだ。


「ありがたい!

何しろ、帝国軍は壊滅したからね。このままでは、様子見に再侵攻してくる可能性もある。早急に、奴らに真実を教えて恐怖を植えつけなくてはね。

それに、戦いでも話し合いでも相手を萎縮させたら勝ったも同然さ」


 シノブの了承を聞き、アシャール公爵は笑顔を見せた。だが、途中からは彼には似合わぬ真剣な表情をシノブとアミィに向けていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「これがゼントル砦、ですか」


 シノブは、眼前数百mの向こうに立つ城壁を見上げながら呟いた。規模自体はガルック砦と大差ない。だが、日も沈んだため城壁は黒々と不気味な雰囲気を漂わせている。もっとも、その印象は、この一日を帝国軍と戦っていたシノブの主観によるところが大きいのかもしれない。


「ああ……しかし……シノブ君の……背中に乗っている……だけだが……結構疲れたね」


 ガルック砦からゼントル砦までの平地。王国がガルック平原と呼び帝国がゼントル平原と呼ぶこの地は、東西僅か10km程度だ。そのため、シノブとアミィは身体強化を駆使して疾走してきた。下手に軍馬で乗り付けるより、二人だけで静かに接近するほうが安全だからである。

 そんな二人とは違い、アシャール公爵にはそこまでの身体強化はできない。シノブとアミィは隠密行動をしながらでも、1分もかからず平原を横断できる。だが、公爵は違う。そこで、彼はシノブの背に乗ってここまで来たのだ。


「で、ガルック砦と同じで、まずは呼びかけるのですか?」


 シノブは、公爵に段取りを尋ねる。


「……もちろんだよ。帝国に自軍の壊滅を教えなくてはいけないからね。アミィ君、また拡声の魔術を頼むよ。あと向こうから見えるように光の魔道具で照らしてくれたまえ!」


 息を整えたアシャール公爵は、アミィに指示する。ガルック砦攻略と同様に拡声の魔術。そして夜間であるため、光の魔道具で自身を照らし敵兵の注意を引くようである。


「はい、わかりました……いつでも大丈夫ですよ」


 アミィは公爵の言葉に苦笑しながらも、彼の指示通りに光の魔道具でシノブ達を照らし、準備が完了したと告げた。


「魔力障壁は張っています」


 シノブも、防御体制が整ったことを公爵に伝える。


「さて、それでは行くかね!」


 後は、取り立てて語るべきことはない。アシャール公爵が帝国軍の壊滅を告げ、シノブが城壁を溶かし、帝国軍が慌てふためく。それだけである。

 唯一特筆すべきことがあるとすれば、砦の守護隊長らしき男が三人への攻撃を命じたが、あっけなくシノブのレーザーで討ち取られたことくらいであろうか。

 そしてシノブ達三人は、混乱するゼントル砦を後に悠々とガルック砦へと帰還していった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「何度でも言うけど、あの光景は皆に見せたかったよ!

ガルック砦と違って両脇50mずつを消失したゼントル砦! あれを一冬で修復できるかねぇ!」


 アシャール公爵は、相変わらず悪戯っ子のような笑いを浮かべている。


「帝国ですから、奴隷を酷使して直すのかもしれませんが……ともかく時間稼ぎにはなると思います」


 シノブは、帝国にまだ大勢いる奴隷達が酷い目に遭うのではないかと今更ながら心配していた。だが、王国に再侵攻される危険を排除するためには、仕方がないことだとも理解していた。

 それ(ゆえ)、シノブは城壁を大規模に消滅させたし、ゼントル砦の指揮官も討ち取った。

 指揮官は、敵軍人とはいえレーザーなど知らない相手である。シノブも彼らにとって未知の手段で攻撃するのに、葛藤がなかったわけではない。しかし、一人の犠牲で王国の兵士達が戦わなくて済むのなら。そう思った彼は、自身の悩みを振り捨てたのだ。


「シノブ、全ては来春だよ。君がこの数日で助けた獣人族だけでも7000名近いんだ。それだって、誰も出来なかった偉業だよ」


 ベルレアン伯爵コルネーユは、シノブを(いさ)めるように彼の肩に手を置いた。

 幼いときから領主や武人としての教育を受けてきた伯爵は、シノブの葛藤には気がつかなかったようである。それゆえ彼は、シノブの悩みを獣人解放への焦りのみと受け取ったのではなかろうか。

 そんな思い(ゆえ)か、伯爵は(はや)る若者を抑えるような視線をシノブに向けていた。


「そうだね、コルネーユの言うとおりだ! 私もこの領地の大掃除をしておくよ! なるべく早く帝国に反撃できるようにね!」


 アシャール公爵も、シノブを励ますように一層陽気な声を張り上げた。


「……そうですね。では、帰還しましょう」


 確かに彼らが言うように、踏むべき段階を踏んでいく、それを忘れてはフライユ伯爵と同じ失敗をするだけだろう。一人で悩み焦っても落とし穴がある、シノブもそう思いなおした。


 アシャール公爵やこの地に残るベルレアン伯爵領軍の幹部達に別れを告げ、シノブ達は王家の馬車に乗り込んだ。シノブとアミィ、ベルレアン伯爵とシャルロットは、テオドールの護衛も兼ねて同乗することとなったのだ。

 ベルレアン伯爵家の馬車には、シメオンやジェルヴェ達が乗る。アリエルやミレーユは白百合騎士隊と共に騎乗して王家の馬車を警護する。イヴァールやアルノー達も同様だ。


「シノブ君! 君が戻ってくるときまでに、この領地を綺麗にしておくよ! レナエルによろしくね!」


 アシャール公爵は、走り出した馬車に向けて子供のように手を振っていた。彼は、公的な場であることもお構いなしに、妊娠中の第二夫人レナエルのことまで告げていた。


「……本当に、義伯父上は変わりませんね」


 シノブは、彼の様子に、思わず馬車の中で苦笑していた。


「ええ。叔父上は、変わらぬ強さをお持ちだ。私も見習わなくては」


 そんなシノブに対し、王太子テオドールは真面目な様子で叔父であるアシャール公爵への尊敬の念を語った。彼は、奇矯な行動の中に隠された公爵の信念を感じ取っているようである。


「テオドール様、伯父上を見習うのは良いと思いますが、あの言動を真似てはいけません。おわかりだとは思いますが……」


 シャルロットは、万が一、次期国王があんな振る舞いをするようになったら、と懸念したらしい。彼女は美しい眉を(ひそ)めながら、テオドールに忠告していた。


「もちろん、それはしないよ。でも、叔父上のように皆を勇気付けるようにはなりたいね」


 幸い、テオドールも彼の全てを見習うつもりはないらしい。その発言を聞き、シャルロットは明らかに安心した表情になる。


「シノブ、シャルロット。私も良い国王を目指して努力する。だから君達の力を貸してほしい。フライユ伯爵領以外にも王国には数多くの問題があるだろう。

私達は、もっと国内を見なくてはいけない。それが王権を持つ者の役目だとわかったよ」


 テオドールは真摯な表情でシノブとシャルロットに語りかけると、一呼吸置いて二人に微笑みかけた。


「テオドール様の決意、ご立派だと思います。私もまだベルレアン伯爵領すら(ろく)に見ていないので、恥ずかしい限りですが……」


 シノブも、テオドールの言葉に深く共感していた。為政者としての勉強も大切だが、それ以前にその地で暮らす人々を知るべきであろう。


「そうだね。シノブは忙しすぎたね。

私達が頼み事をしたせいだし、今後も忙しいのがわかっているだけに心苦しいが……でも、少しは落ち着けるよう私達も協力するよ」


 ベルレアン伯爵は、シノブにすまなそうな表情を見せる。


「シャルロットと結婚すると決めたときから、困難は覚悟していました。伯爵家に入るわけですから。

でも、自分で決めたことです。だから、やり遂げます」


 シノブは、シャルロットと共に歩むと決めたときのことを思い出していた。苦難があるのはわかりきったことであった。それでも、真摯に生きる彼女の側にいたかった。そして、その望みは(かな)えられた。ならば後は引かずに進むだけだ。シノブは、そう思っていた。


「シノブ……」


 シャルロットは、そんな婚約者の横顔を、潤んだ瞳で見つめていた。そして、アミィも二人を祝福するように微笑んでいる。


「シノブ、君の決意も立派だよ。お互い、頑張ろう。

……でもね、君達を見ていると妻が恋しくなるね。私も早くソレンヌに会いたいよ」


 テオドールはシノブを激励した後、少し遠い目をして妻への思いを漏らした。

 シノブは、王宮での会食でテオドールとソレンヌの仲睦まじい姿を見ていたので、それが彼の本音だとはわかっていた。彼のことだから、ベルレアン伯爵やシメオンのような冷やかしではないだろう。だが、それだけにシノブはどう答えるべきかわからず絶句していた。


「殿下。私の息子と娘は申し分の無い跡取りですが、これだけが欠点なのです。

まあ、伯爵家の将来を考えれば欠点と言うべきではないのですが……申し訳ありませんが、王都への旅の間、少々ご辛抱ください」


 すかさずベルレアン伯爵がからかうような発言をする。きっと、重くなった空気を和らげるためだろう。そう思ったシノブは、シャルロットと同様に頬を染めたまま二人の和やかな会話を聞くことにした。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年1月15日17時の更新となります。


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