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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第8章 フライユ伯爵の後継者
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08.14 十八歳の肖像 中編

「はっ!」


 シャルロットの鋭い声が、冬の凍りつくような空気を切り裂いた。

 領都シェロノワ中央にあるフライユ伯爵の館の前庭。そこで、シノブとシャルロットは槍術の訓練をしているのだ。

 12月24日の早朝、シノブは久しぶりにシャルロット達と魔術や武術の訓練をしていた。前日、前々日と、戦の事後処理やシェロノワへの移動、フライユ伯爵達の葬儀で訓練どころではなかったシノブ達だ。したがって、シノブは久しぶりにシャルロット達との早朝訓練を行っていた。

 前日とは異なり冬晴れの朝。空気は冷たいものの、訓練するには問題ない。もちろん前庭には雪が残っていた。だが、シノブが水魔術の水操作を応用して広範囲の雪を退かしたから、場所も充分ある。

 そのため二人だけではなく、周囲ではアミィをはじめシノブの家臣達も総出で訓練をしている。侍女のアンナ達や従者見習いの少年レナンやパトリックはジェルヴェやジュストに指導され、アリエルやミレーユもシノブ達の手合わせを見守っている。

 傍らでは訓練好きなイヴァールもアルノーやラシュレー中隊長と手合わせをしている。更に、そんな一同に混じって寒さが苦手なはずのシメオンまで出てきている。もしかすると、事後処理からの気分転換のつもりかもしれない。


「身体強化を使わないと、やっぱり勝てないね」


 シャルロットに棍を胸元へと突きつけられたシノブは、苦笑いをした。


「ふふ……身体強化も自身の能力のうちですから、こんなのは勝ちには入りません」


 対するシャルロットも苦笑している。

 長年修練した彼女のほうが技術では勝っているし、シノブと身体能力を合わせるために軽度の強化もしている。このような形で純粋な技の競い合いだけになると、まだ彼女のほうが上であった。


「まあ、もっと修行が必要だってことだね」


 ベルノルトとの戦いで、もっと槍術を磨くべきだとシノブは思った。そこで彼は、あらためてシャルロットからベルレアン流槍術を学ぶことにしたのだ。


「虚実を織り交ぜた攻撃に翻弄されてはいけません。そのためには、もっと相手の動きを上手く読み取らなくては。逆に、シノブの動きはまだわかりやすいですね」


 更なる修練を決意したシノブに、シャルロットは幾つかのフェイントを混ぜた型を披露する。牽制のための軽い突き、そこからの払い。棍を旋回させてからの突き。千変万化の動きをシノブは驚嘆しながら見つめている。


「ですが結局のところ、それらは知っていたほうが良い、というだけです。より洗練され素早く重みがある一撃には、小手先の技術など無意味です」


 一通りの型を披露したシャルロットは、今度は腰を落とした中段の構えを取る。

 フライユ伯爵の戦いでも見せた、ベルレアン流槍術の基本にして究極の構え。左を前に半身(はんみ)に構え、足は後ろとなる右足に若干重心を置きつつも、前後左右どのようにも動ける余裕もある。そして、右手は脇を締めて引き付け棍の端を包むように握り、左手はそこから三尺ほど先を保持する。

 その静かに(たたず)む隙の無い構えから、シャルロットは一瞬にして棍を突き出した体勢へと移る。右足を伸ばし、そこから生まれた力を螺旋のように腰、上体、腕へと伝えていく。そして大地から繋がる渦は、棍を通して前方の空気を激しく震わせ旋風(つむじかぜ)すら発生させる。


「身体強化や魔術をつかわなくても、このように全身の力を効率良く伝えるだけで、槍の威力は何倍にも増すのです。それに、無駄な動きをそぎ落とせば、敵に動きを察知されにくくなりますし。

……シノブが槍術を極めたら、どんな相手でも貫けるでしょう。万全の体勢で放たれる究極の技には、もはや敵などありません」


 シャルロットは、そう締めくくった。


「要するに、敵に(だま)されずに自分の動きは隠しつつ力を出し切るってことか。言葉の上では簡単だけど、難しいね。でも、頑張るよ」


 シャルロットの美技に感嘆していたシノブは、真剣な面持ちで頷いた。


「槍術を修めるのと同時に、シノブ様は魔術と武術の組み合わせをお考えになったほうが良いかと思います。せっかく魔術がお得意なのですから、伯爵閣下のように『魔槍』の道を目指してはいかがでしょうか?」


 二人の訓練を見守っていたアリエルが、シノブへと提案する。

 彼女が言うのは、ベルレアン伯爵のような魔術と槍術の組み合わせ、または連携である。確かに、シノブの膨大な魔力量や全属性を使用可能な能力を活かしたほうが、より戦闘を有利に運べるだろう。


「そうだね。ありがとう」


 シノブは、アリエルに礼を言った。

 実は、シノブはベルノルトと槍だけで戦ってしまったことを反省していた。どうも、彼は無意識に相手に合わせてしまったようである。決闘ではなく実戦なのだから、使えるものは何でも使うべきだろう。


「シノブ様が魔術まで使ったら、訓練相手は大変ですね~」


 ミレーユは、その光景を想像したのか少々引き()った笑いを浮かべていた。


「私が幻影を出して、それを相手に修練してはどうでしょう?」


 それを聞いたアミィは、幻影相手での模擬戦を勧める。確かに、それならシノブが魔術を放っても問題ないだろう。


「ああ、そのときはお世話になるよ」


 シノブは、アミィの提案に頷くと優しく微笑みかけた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シャルロット、明日は誕生日だね」


 修練が終了した後、シノブはシャルロットの誕生日について触れた。明日12月25日で、シャルロットは18歳になるのだ。

 訓練中は真剣な表情でシャルロットの指導を受けていたシノブだが、やはり戦争の重圧からの解放は大きかったのだろう。どこか浮き立つような気持ちがあったのも事実ではある。

 そして訓練からも解放された彼は、満面の笑みと共にシャルロットへと語りかけていた。


「えっ……ああ、そうでしたね」


 ところがシャルロットは、明日が自身の誕生日であることを忘れていたらしい。彼女は、都市グラージュの総司令部で、王太子テオドールを除いて唯一生き残った司令官級の軍人である。当然、戦後の残務処理の多くに関わっており多忙であった。それ(ゆえ)、失念するのも仕方ないだろう。


「やっぱり、今日はゆっくり休んだほうがいいんじゃないかな?

義伯父上も、休むように言っていたよ」


 珍しく、きょとんとした様子のシャルロットに対し、シノブは優しく休養を勧めた。

 前日、フライユ伯爵家の者達の葬儀で、シャルロットは僅かにふらついた。軍務や公式の場では凛とした様子を崩さない彼女のそんな姿を初めて見たシノブは、内心案じていたのだ。


「そうですよ! シノブ様の仰る通りに、休養なさってください!」


 シャルロットの隣に控えていたミレーユも、その青い瞳に心配げな色を浮かべている。普段は率先して訓練を行う彼女であったが、今日はシノブを指導するシャルロットの側から離れなかった。やはり、彼女の様子が気にかかっていたのだろう。


「精神的な疲労は、回復魔術では取れませんからね。一日くらい、ゆっくりされたほうが良いですよ」


 薄紫色の瞳でシャルロットを見上げるアミィも、そう助言する。

 昨夜、アミィはシャルロットに回復魔術を使った。しかし、肉体的な疲労というよりは気疲れであったらしい。そのため、魔術による回復よりは、少し気分転換でもしたほうが、と思ったのだろう。


「実はね、俺とアミィで今日プレゼントを作るんだ。シェロノワの街も、こんな状況じゃ買い物どころじゃないだろうし。

ちょっと面白いことをするんだけど、シャルロットも一緒にどう?」


 プレゼントを贈る相手に作成の光景を見せるのは、普通なら問題だろう。だが、こうでも言わないと真面目な彼女が休養しないとシノブは思ったのだ。


「シャルロット様、折角のシノブ様のお誘いですし……事務仕事なら、私とミレーユがいます」


「うっ……が、頑張ります」


 アリエルも仕事を代行すると提案した。やはり彼女もシャルロットの体調を案じていたようで、表情にも(くも)りが顕わであった。

 そして普段なら机仕事は嫌うミレーユだが、流石にこの状況で断るつもりはなかったようである。彼女は顔を引き()らせながらであったが、同僚の言葉に同意した。


「署名だけ、後でまとめてお願いします。私とジェルヴェ殿も、総司令部での事柄は把握していますし」


 シメオンも、ジェルヴェと共に報告書作成を手伝うつもりのようだ。

 二人は総司令部でシャルロットの身近にいた。したがって、彼女が見聞きしたことは殆ど知っている。


 彼らだけではなく、一緒に早朝訓練をしていたイヴァール、それに侍女のアンナをはじめとするシノブの家臣達も気遣うような視線を向けている。


「シャルロット。皆がこういってくれてるんだ。ありがたく助けてもらったらどうかな?」


「そうですね……それでは、すみませんが頼みます」


 シノブの言葉と、心配そうに見上げるアミィの視線に、ついにシャルロットも同意した。彼女は、アリエル達に頷きかけると、柔らかく微笑んだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブは館の一室、作業場のような部屋を一時的に借りることにした。

 フライユ伯爵の館は、現在王領軍やベルレアン伯爵領軍が連れて来た者達の手で運営されている。流石に、裏切ったフライユ伯爵の家臣達の手で切り盛りするわけにはいかない。彼らは一旦拘束され、兵士達の取調べを受けている。

 そのため、普段ですらあまり使っていない作業場には、人気(ひとけ)はなかった。彼らは、ここでシャルロットのプレゼントを作るつもりだが、その材料が揃うのを待っていた。現在、必要な物を、シノブの従者であるアンナ達が探しているところだ。


「シャルロット。君の誕生日はね、俺の故郷では特別な日なんだ」


 現在、作業場にはシノブにシャルロット、アミィの三人しかいないし、アミィはもちろんシャルロットにも地球でのことは教えている。

 そこでシノブは、シャルロットにクリスマスのことを話すことにした。戦やその後の出来事で、沈みがちな彼女の気分を変えるのにちょうど良い、と思ったのもある。


「12月25日はね、偉大な聖人が生まれた日として、盛大に祝われているんだよ」


 この世界では主神アムテリアと六柱の従属神を祭っているし、ここメリエンヌ王国でも(あつ)く信仰している。

 その一方で、大将軍ベルノルトは排斥された神がいると言っていた。だが、シノブが知っている七柱の神は分け隔てなく祭られている。それに排斥された神など、メリエンヌ王国やヴォーリ連合国では聞いたことがなかった。もちろんアムテリアの眷属であるアミィも知らないという。

 ベルノルトの遺した言葉の真偽はともかく、メリエンヌ王国や交流のある国々では、信仰の対象はアムテリアを頂点とする神々だけである。それ(ゆえ)シノブは、シャルロットには複数の宗教があるという概念は理解し難いだろうと思い、そういったことは説明しなかった。


「そうなのですか……どんな方がお生まれになった日なのでしょう?」


 シノブの世界のことが聞けるとあって、シャルロットは嬉しそうな顔をしている。

 聖地でのアムテリアの顕現に、その後のシノブによる説明。それらを通してシャルロットも多少は知識を得ていた。しかしその後の式典や戦争があったため、詳しいことは知らないままだったのだ。

 現在、シノブの真の来歴を知っているのは、この三人とベルレアン伯爵のみである。それに普段、彼らは従者などに取り囲まれており、気軽に秘密に触れることもできない。そのためシノブ自身に関わることは別として、彼の世界についてシャルロットは殆ど知らないままである。


「そうだね……自分を大切にするのと同じように隣の人も分け隔てなく愛しなさい、って言った人だね。凄く沢山の人がその教えを信じているよ。

でも、俺の国では、聖人の誕生日というよりは、年に一度の感謝の気持ちとプレゼントを贈る記念日、って感じかな」


 そもそも本当は12月25日が誕生日ではないとか、その後の歴史で教えが大きな変化を遂げていることなどは、シノブは伝えなかった。そんな事をシャルロットに言っても仕方がないし、言いたかったのは愛を伝えプレゼントを贈る日だ、ということである。


「そうですか。そんな素晴らしい方と一緒だとは、光栄ですね」


 シャルロットは、普遍的な愛を唱えた聖人、というところに感銘を覚えたようだ。

 なにしろ、神々の存在が固く信じられ、それどころか実際に神託が下り聖人が降臨する世界である。それに、彼女自身、聖地サン・ラシェーヌでアムテリアの姿を見ている。したがって、シノブが匂わせた日本のクリスマスの雰囲気などには気がつかなかったようである。

 彼女は、感動の面持ちでシノブを見つめていた。


「実は、シノブ様の誕生日も、そういう日なんですよ!」


 シャルロットの気分を盛り上げようと思ったのか、アミィはシノブの誕生日について触れた。


「2月14日と聞きましたが、そちらはどんな日なのですか?」


 シャルロットは、以前日付だけは聞いたシノブの誕生日について問いかけた。

 アミィの気配りが功を奏したようで、彼女は暫し軍務のことを忘れたようである。そのためだろうか彼女の表情も明るくなり、湖水のような深い青の瞳にも普段の輝きが戻っていた。


「ああ……そっちも似たような感じかな。さっき言った聖人の遠い弟子みたいな人がいてね」


 シノブは、シャルロットが憂いを拭い去った様子を見て、安堵していた。いつも凛としているシャルロット。そんな彼女を慈しんできたシノブは、美しい瞳や緩やかに波打つプラチナブロンドに彼の愛する凛々しさが宿ったように感じ、思わず微笑んでいた。

 そこで彼は、自身の誕生日も温かさに満ちる日であることを彼女に伝えようと思った。


「こっちは、俺の国では恋人達がプレゼントをする日みたいな感じになっているね。それと、好きな人に告白する日でもあるかな」


 2月14日。つまり、シノブの誕生日はバレンタインデーである。

 地球の風習など知らないシャルロットに、チョコレートを贈る光景は想像できないだろう、と思ったシノブは、その辺りは簡単に説明する。そもそも、南方の産物であるカカオは王国やその近隣の国々には存在しない。したがって、チョコレートという物自体、説明することが難しかった。


「2月14日でしたね。私もシノブにプレゼントを贈ります」


 シャルロットは、恋人達がプレゼントを贈る、ということに興味を示したようである。元々誕生日ではあるから、何かプレゼントを贈る予定だったのだろう。だが、婚約者であるシノブに相応しいプレゼントを、と改めて決意したらしい。彼女は、少々表情を引き締めてシノブを見つめていた。


「期待しているよ」


 訓練や戦などとは違うが凛とした表情を見せるシャルロットに、シノブは少し大袈裟に受け取られたかと考えた。しかし彼は、シャルロットが明るい未来に思いを馳せるなら、それも良いだろうと思い直した。それ(ゆえ)シノブは、自身の婚約者を静かに、そして温かく見守っていた。


「……ともかく、それまではシャルロットと同じ18歳だね」


 大学一年生の夏にこの世界にやってきたシノブは、現在18歳である。したがって彼が言うとおり、この二月半ほどは、二人は同い年ということになる。


「そうですね。ところで、アミィの誕生日はいつなのですか?」


 シノブに頷いたシャルロットは、アミィへと視線を向けた。

 そういえば、アミィの誕生日を聞いたことはなかったな、と思ったシノブも、彼女を見る。


「えっ、私ですか! その……わかりません」


 今までニコニコしながら二人の様子を眺めていたアミィは、シャルロットの言葉に驚いたようだ。

 どうやら、アムテリアの眷属である天狐族には、誕生日を祝うという風習はないらしい。もっとも、何百年も生きているらしい彼女達である。人間とは違って生まれた日を祝うという概念を持たない理由は、案外その辺にあるのかもしれない。


「そうか……なら、俺のところに来た日を誕生日ってことにする?

地上に降りた時に天狐族から狐の獣人になったって言ってたよね。ある意味、新しいアミィが誕生したってことじゃないかな?」


 二人に答えることが出来なかったせいか、少々しょんぼりとした様子のアミィ。そんな彼女に、シノブは優しく提案した。実際、地上に降りるにあたってシノブのスマホの機能や情報を得た彼女は、生まれ変わったともいえる。


「そうですね! では、私の誕生日は8月1日です!」


 そんなシノブの思いが通じたのか、アミィはシノブを見上げ、にっこりと微笑み返した。元気を失っていた彼女の狐耳や尻尾も、再び勢いを取り戻す。


「ああ! 来年の8月になったら盛大に祝おう!」


 シノブはアミィの頭に手をやり、柔らかく撫でた。そしてシャルロットも、仲の良い主従の姿を二人の側で嬉しそうに見つめている。

 シノブがこの世界にやってきてから、そろそろ五ヶ月になろうとしている。彼は、その間、幾つもの出来事をアミィやシャルロットと乗り越えてきた。たぶん、今後も困難はあるだろう。だが、シノブは二人が支えてくれれば、きっと同じように越えていける、と思っていた。

 そんな仲睦まじい三人が寄り添う作業場の扉が、ノックされた。たぶん、アンナ達が必要な物を集めてきたのだろう。アミィはシノブの下から離れると、扉を開けに軽やかに駆けていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年1月11日17時の更新となります。


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