表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第8章 フライユ伯爵の後継者
146/745

08.12 グラージュ占領 後編

 シャルロットとアミィが魔法の家で王国兵を都市グラージュへと輸送している間も、公館の前庭での戦いは続いていた。

 グラージュの中央にある代官の公館。その前庭にいるシャルロットとガルック砦にいるアミィは、魔法の家の呼び寄せ機能を使い、百数十人ずつ兵士を転移させている。彼女達は事前に決めた光の魔道具などの呼び寄せを合図とし、魔法の家を呼び寄せるタイミングを決めていた。

 グラージュへと攻め寄せた帝国騎士は、現時点ではおよそ1000名前後と思われる。それに対してガルック砦には4700名の兵員がいる。既に平原の敵は殲滅し砦も取り戻した。ガルック砦とその周辺にはもはや敵はいない。

 したがって、1000名や2000名の兵士を輸送しても、問題ないはずである。


 そんな神具での兵員輸送を行っている間に、シノブとベルレアン伯爵は敵陣中央まで切り込んでいた。


「ギレスベルガー! シノブ・アマノ・ド・ブロイーヌだ! 貴様を倒して戦を止める!」


 シノブは、そう叫ぶなり手に持つ神槍を大将軍ベルノルトに突き出した。


「我が名はベルノルト・フォン・ギレスベルガー! お前を倒してこの地を奪う!」


 空間すら貫くようなシノブの突きを、ベルノルトは自身の長槍で僅かに()らしながら受け流す。そして彼は、流しから返し技へと途切れることなく繋げてくる。

 大将軍を名乗るだけあって、熟練の技に付け入る隙はない。ベルノルトが繰り出す石突(いしづき)側での一撃を、シノブは硬化の魔術を用いて足裏で受け止め飛び退(すさ)った。


「エグモント・フォン・ブロンザルト! 大将軍に助勢する!」


 将軍エグモントは、シノブの身体能力に焦りを感じたらしい。彼はベルノルトに加勢すべく、馬を寄せようとする。


「お前の相手は私だ!」


 上官を助けようとするエグモントの馬前に立ちはだかったのは、ベルレアン伯爵コルネーユである。

 エグモントの騎乗する軍馬の足に向けて、ベルレアン伯爵は手に持つ小剣で渾身の突きを繰り出した。すると、障壁の魔道具を装備しているはずの軍馬は、伯爵が須臾(しゅゆ)の間に放つ刺突にあっけなく貫かれる。


 実は、ベルレアン伯爵は己の剣に風の魔術を乗せていたのだ。剣に先立って風魔術の連撃が激突する。一撃と見えた伯爵の突きの正体は、魔術も合わせた多段攻撃であった。

 領内でも有数の魔力を持つ伯爵が身体強化をした上で、さらに風の魔術を加えた一撃。本来は槍と共に使うこの技で彼は国王から『魔槍伯』の名を贈られていた。


 そんな絶技を受けた軍馬は、血飛沫(ちしぶき)を上げて崩れ落ちる。跨っていたエグモントは直前に飛び降り、ベルレアン伯爵に長槍で突きかかるが、伯爵はあっさり受け流し逆にエグモントの体勢を崩しにかかる。


「ブロンザルト! 魔道具を使え! 後のことは考えるな!」


 大将軍ベルノルトは、そう叫ぶと自身も魔道具を使ったようである。彼は、アドリアンやボニファーツが見せたような急激な魔力の上昇と共に、自身と軍馬の速度を増していった。


「くっ、仕方ありませんな!」


 どうやら帝国がベルノルト達に与えている特別製の魔道具には、何らかの問題点があるらしい。アドリアンは知能が低下し野獣のようになった。ボニファーツは知能の低下こそ見せなかったが、ここぞというときまでは使用を控えた。

 そんな不利益を知っているせいか、エグモントも苦渋の決断といわんばかりの表情を見せる。だが、結局彼も魔道具を使ったようで、その魔力を増大させていく。

 王国内に雪崩れ込んだ帝国の騎士は、1000名以上もいるらしい。だが、全員がまだグラージュに到達していないようである。それに辿(たど)り着いた騎士達も、複雑な構造の公館が災いし入り口前の広場まで入れた者はごく一部だけであった。

 対するシノブ達は、最初は100名にも満たない少数であったが、シャルロットとアミィによる兵員輸送で戦力は増えるばかりである。逆に、湧き出るような王国兵と戦う帝国の騎士達は、実際の被害以上に動揺していた。

 おそらく、そんな状況を見て取ったから、エグモントは魔道具の使用を決断したのだろう。


(平原の将軍と同じ、いや、さらに凄い!?)


 シノブは、大将軍ベルノルトの魔力増加に対抗するために、自身の身体強化も極限まで上昇させた。

 帝国の大将軍と将軍。その二人が使った魔道具は、彼らの身体能力を大幅に向上させたようである。特にベルノルトの魔道具は、魔力の増加率が桁外れに多いようで、シノブと互角以上の戦いを見せている。

 もはや、そんな二人の戦いは身体強化を得意とする両軍の騎士達でも追えないほどの速さであった。


「甘いな!」


 軍馬に跨った大将軍ベルノルトが()える。

 片や馬上を活かして上から豪槍を振るうベルノルト。それに対して素早く動き回り隙を狙うシノブ。傍目には、力のベルノルトに技のシノブ、という構図のように見える。


(技では(かな)わない!)


 音速をも超える槍撃を間一髪で打ち払ったシノブは、それを上回る閃光のような刺突を返す。しかし、ベルノルトは落ち着き払ってそれを流す。

 確かに力ではベルノルトが勝り、速度ではシノブが勝る。だが、槍術の錬度は明らかにベルノルトが上であった。戦場に出てから20余年。長年の修行で術理を極めたベルノルトからすれば、シノブの槍術など身体能力に頼った児戯に等しいもののようだ。

 むしろ、まだ槍を習い始めて二月弱のシノブが曲がりなりにも対抗できているのは、快挙というべきであろう。


 強力(ごうりき)と神速。修練と素質。それらが複雑に絡み合った結果、戦いは一進一退の様相をみせていた。

 天を裂き地を割るような神技(しんぎ)が永遠に続くのではないか。そう錯覚しかねない二人の戦い。しかし、そんな均衡は長くは続かなかった。


「ここまでか!」


 無念そうに()えると、ベルノルトは馬から飛び降りた。

 激戦から最初に脱落したのは、ベルノルトの軍馬であった。シノブは、ベルレアン伯爵に倣ってまず馬から倒すことにしたのだ。

 シノブは、ベルノルトへ槍を繰り出す一方で風魔術による波状攻撃を馬に仕掛け、彼を馬から引き摺り下ろすことに成功した。軍馬も障壁の魔道具を装備していたようだが、シノブの渾身の連撃には僅かな時間を稼いだだけであった。


「ギレスベルガー、覚悟!」


 シノブが放った紫電のような五段突きはベルノルトの巨大な槍を弾き飛ばし、さらに彼の両肩両足を刺し貫いた。


「……何故(なぜ)だ?」


 勝負の結果に疑問の声を上げたのは、シノブであった。

 馬上のベルノルトは、シノブを遥かに越えた技量を見せていた。身体能力ではシノブのほうが勝っていたが、(くつがえ)すだけの武威を彼は示した。それにしては随分とあっけない最後だったから、シノブは疑問を隠せなかったのだ。


「……魔道具だ。限界を超えた力を得るために、魔力を際限なく注ぎ込んだ結果、使い果たしたのだ」


 ベルノルトは死を覚悟したのか、淡々とした様子でシノブに答える。瞑目(めいもく)した彼は、もはや抵抗する意思も無いようだ。


何故(なぜ)、お前達は王国に攻めてきた」


 シノブは、ガルック平原で将軍ボニファーツ・フォン・ライゼガングにした質問を、再び目の前の男にぶつけた。服毒して死んだボニファーツのことが頭にあったシノブは、ベルノルトを殺すつもりはないが、槍を突きつけ、慎重に様子を窺っている。


「我らは我らの神の意思に従っているまで。豊かな王国を手に入れたいという思いもあるがな……」


 既に、周囲の戦いも大よそ終結したようである。ベルレアン伯爵もエグモントを倒したとみえ、シノブの隣に歩み寄ってきた。


「お前達の神? 戦いの神ポヴォールか? それとも……」


 シノブは、ベルノルトの言葉に首を傾げた。アムテリアが創ったこの惑星には、彼女を含めて七柱の神がいる。戦いを仕掛けてくる帝国が信奉しているなら、ポヴォールだろうかとシノブは思ったが、どこか違和感を覚えていた。


「……我らの神は排斥された神なのだ。お前達は知らない……」


 それが、ベルノルトの最後の言葉となった。


「……おい! ギレスベルガー!」


 シノブは、ベルノルトの側にしゃがみこんで彼の様子を検めた。


「シノブ、彼は?」


「……魔力欠乏です。魔道具に全てを吸い取られたようです」


 ベルレアン伯爵の言葉に、シノブはベルノルトを見つめたまま呟いた。

 ベルノルトの魔道具は、ボニファーツのものとは違ったのであろうか。それとも、ボニファーツも最後まで戦い通せばこうなったのか。シノブには、欠陥の多い魔道具を使った彼らの気持ちが理解できないままであった。


「……そうか。彼も武人だ。この結末も、覚悟の上なのだろうね」


 欠陥のある魔道具を使ってでも戦ったベルノルト達に思いを馳せるシノブに、ベルレアン伯爵は優しく声をかけた。どことなく悲しみが滲むベルレアン伯爵の言葉。それを聞いたシノブは、彼ならベルノルトの心境も察しているのかもしれないと思った。

 だが、今はそれを問うべきときではない。グラージュに平和を取り戻す。シノブは、目の前に(そび)える代官の公館を見上げた。そこには、フライユ伯爵クレメンがいるはずである。

 シノブは、全ての決着を着けるべく代官の公館へと歩みだしていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……シノブ殿。また会えて嬉しく思う」


 フライユ伯爵クレメンは、王太子テオドールが座っていた総司令部奥の豪華な椅子に腰掛けていた。彼の前には紫檀の机が置かれ、端然と座っている様子は彼こそが司令官だと言わんばかりである。

 だが、その周囲には血臭が満ちている。彼の周囲には、多くの王国士官や騎士が倒れている。そればかりか、フライユ伯爵家の家臣らしきものまで数多く伏していた。


「クレメン殿、これは?」


 シノブに続いて司令室に入るなり、ベルレアン伯爵コルネーユは中の様子に眉を(ひそ)めた。

 王領の士官や騎士が死亡しているのはまだわかる。剣の達人フライユ伯爵なら、閃光の魔道具で(ひる)んだ彼らを全て切り倒すことも可能であろう。

 だが、フライユ伯爵家に仕える者まで倒れているのは何故(なぜ)だろうか。


「自決したのさ。ここにいる者は、積極的に私を手伝ったのでね。……反逆者として生き延びるより、そのほうがよかろう?」


 フライユ伯爵は、当然のこと、と言わんばかりの口調で応じた。彼は泰然とした面持ちだが、王都で見せたような人との関わりを拒むような慇懃(いんぎん)さも同時に宿している。

 敗残の身のクレメンだが、檄することもない。感情的なアドリアンや解放奴隷を冷酷に打ち据えたグラシアンとも異なる、血の気の薄い冷静な表情を保っていた。


「そこまでしなくても……」


 声を漏らしたのはシャルロットだ。

 シャルロットはシノブ達に続いて入室したが、あまりのことに茫然自失(ぼうぜんじしつ)といった(てい)で歩みを()めている。それにアリエルやミレーユも、同じく足を(とど)め言葉を失っていた。


「どうせ、死罪は免れんのだ。帝国の将との戦いは、ここからでも良く見えたよ。グラシアンも死に、帝国の兵も倒れた。

……もはや、どうにもなるまいよ」


 フライユ伯爵は、シャルロットの言葉を否定するかのように色白な顔を僅かに左右に動かした。

 確かに、彼の言う通りかもしれない。捕まっても死ぬだけであれば、(いさぎよ)く自決する。彼ら自身の意地もあるだろうし、刑死よりは自死のほうが残された家族への視線も和らぐかもしれない。


「……本当にそうなのですか。貴方が、後始末をしたのでは?」


 だが、シノブの脳裏には別の考えが浮かんでいた。もはや事は終われりとばかりに、フライユ伯爵が殺害したのではないだろうか。シノブは、何故(なぜ)かそんな考えを捨てることができなかった。


「……ふむ。どうしてそう思うのかな?」


 フライユ伯爵は、僅かに口髭を(ゆが)めている。どうやら、苦笑しているらしい。


「貴方は、この地を発展させようと努力していた。そう聞いています。その為には、我慢のならないことにも目を(つぶ)った。

貴方は、その為なら帝国と手を組むことすら躊躇(ためら)わなかった。だから帝国が敗れた今、(いさぎよ)く幕を引いた。そうではありませんか?」


 シノブは、彼の行為を理解したわけではない。もちろん、評価もしていない。だが、一連の行動からはフライユ伯爵の思惑が窺えるような気がしたのだ。

 フライユ伯爵は、領内改革の為に魔道具製造を推し進めた。その為には強欲な商人達の意見も取り入れたと言っていた。もしかすると、奴隷貿易などで帝国側から魔道具技術を引き出したのかもしれない。

 シノブは、フライユ伯爵と接したのはごく僅かな間だけだ。しかし彼の『そなたなら、どうやってフライユ伯爵領に(さち)(もたら)す』という問いは、シノブの脳裏から消え去っていなかった。それ(ゆえ)、フライユ伯爵の行動原理は、そこにあるように思っていたのだ。


「過分な言葉だな……まあ、そう思ってくれるのは嬉しいが……本当に、そなたのような若者と……もっと、早く……会い……たかった……」


「クレメン殿!」


 ベルレアン伯爵が、緊迫した表情でフライユ伯爵の下へと駆け寄った。彼は、身体強化まで使ったのか、突風すら巻き起こしながら瞬時に移動する。だが、既にフライユ伯爵は体を前に折り、机に伏していた。


「義父上!」


「影腹だ……」


 シノブも事態を察し慌てて駆け寄るが、そのときにはフライユ伯爵は事切れていた。

 紫檀の机と鎧で隠れていたが、フライユ伯爵の腹部からは大量の血が流れていた。彼の血の気の引いたような表情は、敗戦によるものではなかったのだ。


「父上、これは……」


「……遺書か?」


 机の脇に伏せてあった封書を手に取ったシャルロットが、ベルレアン伯爵にそれを差し出した。伯爵は娘から渡された封書の表書きから、その内容を知ったようである。

 創世暦1000年12月21日午後。メリエンヌ王国とベーリンゲン帝国の戦いは、こうしてフライユ伯爵の死で、幕を閉じた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ふうむ。クレメンがそんな事をねぇ。まあ、どうせならもっと穏便な方法で改革をしてほしかったがね。

あの男は綺麗に幕を引いたつもりかもしれないが、そのお陰で今日はとんでもない目に遭ったよ」


 アシャール公爵は疲れ果てたような声で、ぼやいた。

 都市グラージュの代官の公館。総司令部が置かれた大広間は多くの死者が出たため、封鎖されたままである。そこで、アシャール公爵やベルレアン伯爵、そしてシノブ達は公館左翼のサロンに集まっていた。

 現在、12月21日の深夜である。彼らは長い一日を終え、やっと一息ついていた。


 結局、王国内部に侵入した帝国軍は、およそ3300人程度であったらしい。そのうち騎兵300名はガルック砦に残り防戦を指揮していたが、シノブの魔術で殲滅された。

 そして、残りのうち1000名の騎兵がグラージュへと駆けつけ、公館に押し寄せた。彼らはシャルロットが魔法の家を使って転移させた王国兵に撃破された。そもそも、公館の中は石壁に塹壕、空堀と馬を乗り回すには向いていない防戦側が有利な場所である。

 騎兵の有利はほとんどなく、しかもフライユ伯爵の手の者により入城した彼らは油断していたようで、続々と転移してくる王国兵にあっけなく撃破されてしまった。

 残る2000名は、歩兵と射撃兵である。だが、奴隷中心の歩兵はシノブの魔力干渉で制圧して解放したし、弓兵はともかく、攻城兵器を持たない操作係など錬度の低い歩兵のようなものである。

 結局、彼らも簡単に王国軍に屈していた。


 そして、帝国軍に同調したフライユ伯爵領軍兵士だが、そのうち六割の3000名はガルック砦でシノブの魔術に(おび)え武装解除されている。残った2000名は帝国軍の歩兵と共に行軍していたが、武装解除された同僚の呼びかけでこちらも投降していた。


 そういう経緯であったので、残存兵の処理も王国側は殆ど損害を出さずに完了していた。だが、総勢5000名もの兵士を相手にするのは、たとえ大半が投降してきたとしても、多大な時間と労力が必要である。結局のところ、全ての処理が終わったのは、22時も過ぎた頃であった。


「ええ。我々はともかく、一部の兵はまだ働いていますからね」


 ベルレアン伯爵も、アシャール公爵に相槌(あいづち)を打った。

 現在、ガルック砦にはマティアスとシーラスを将とする3000名を配置しなおした。そして王太子テオドールは、フライユ伯爵領内の安全が確認されるまで砦に滞在することとなった。

 残りの1700名は都市グラージュや領都シェロノワなどフライユ伯爵領に駐留している後方支援部隊と合流させた上で、領内の治安維持に注力している。

 グラージュにいたフライユ伯爵の主だった家臣は彼と共に自決していた。そのため、グラージュの掌握は早期に完了した。


 問題は、領都シェロノワである。フライユ伯爵の死を説明しようにも、主な家臣は全て死んでいる。そして、フライユ伯爵の妻アンジェリクとグラシアンの妻オルタンスも、服毒死していた。自決かもしれないが、シノブが想像したとおりフライユ伯爵が手を回したのかもしれない。

 結局、フライユ伯爵家で生き残ったのは先代伯爵の妻アルメルだけであった。流石のフライユ伯爵も、実母ではないとはいえ父の妻を手に掛けるのは忍びなかったのだろう。彼女は睡眠薬で眠らされていた。

 そこでベルレアン伯爵達は、アルメルを連れて一旦シェロノワまで行ったのだ。


 そして、シノブも魔法の家の転移で一旦ガルック砦に戻り一仕事していた。彼は公爵と相談し、平原での戦いで作った岩壁を強化した防衛線の作成をしていた。


「ところでシノブ君、遺書には何と書いてあったのだね?」


 アシャール公爵は、フライユ伯爵の遺書の内容をシノブに問うた。フライユ伯爵の遺書。それはシノブに宛てたものであった。


「……彼のやってきたこと全て、なのでしょうね」


 シノブは、沈痛な表情でアシャール公爵に答えた。

 遺書には、フライユ伯爵クレメンの領内改革に(まつ)わる一部始終が記されていた。


 伯爵位を継いだクレメンは、戦ばかりで有望な産業がない自領の状況に納得できなかった。

 最初は自力で解決しようと、数年間は自身の主導で開発に取り組んだが上手くいかなかった。その上、伯爵家の資金の大半をつぎ込んだが足りず、多額の借金を抱えた。そんなときに家臣のサミュエル・マリュスの薦めに乗り、帝国との密貿易に手を出した。

 帝国からは安く魔道具を仕入れることができ、一年程で借金を半分ほど返済した。だが、サミュエルは帝国の間者であり、密貿易を盾にクレメンを脅した。

 サミュエルは、獣人の領民達を奴隷として帝国に売れば今まで通り魔道具を売る、とクレメンに持ちかけた。この時点でクレメンは帝国に下ることを決断したようだ。彼は領地発展を取り、多少の犠牲には目を(つぶ)ることにしたらしい。


「結局、借金は返したのですが、後は帝国の走狗となったようですね」


 再びシノブは、遺書の概要を語りだす。

 その後は、魔道具の製作技術を帝国から授けられ、フライユ伯爵領は繁栄した。そしてサミュエルは、ベルレアン伯爵領の攻略に乗り出したようである。

 次の大戦(おおいくさ)でフライユ伯爵を寝返らせ、伯爵領を帝国の領土にしたい。しかし、そのためには武力のあるベルレアン伯爵とその領軍を牽制する必要がある。

 それが、シャルロット暗殺未遂事件へと繋がる流れらしい。


「小を切り捨て大を生かした、とも言えますね。切り捨てられる小からすれば、許しがたいことですが」


 シメオンは、誰に言うともなく呟いた。

 確かに、全領民からすれば僅かな者達を奴隷として差し出すことで、残りの者は食いつなぐ職を得た。

 だがシメオンが言うとおり、切り捨てられるほうが、そんな理屈に納得するとは思えない。


「フライユ伯爵は、シノブへの遺書をいつ用意したのでしょう? 司令室での暴挙の後に書いたものとは思えませんが……」


 シャルロットが言うように、遺書の分量から考えて短時間に用意したものとは思えない。


「どうも、事前に書いたようだね。この結果も予測していたみたいだ」


 シノブは、彼女の疑問に答える。彼が言うように、遺書の文面は数日前に書いたものらしい。

 クレメンは、自身の息子達をあまり評価していなかったようである。自分自身についても意地を張りすぎたために帝国の言いなりになった、と自虐的に記していた。そして、息子達はそんな自分の悪い面のみが受け継がれたと思っていたらしい。


「誰でも構わないから、この地を豊かにしてくれれば良い、と書いてあったよ」


「……貴方の手に渡したかったのでは?」


 シノブの苦々しげな言葉に、シャルロットが呟いた。彼女は確信こそ無いようだが、その表情は真剣であった。遺書がシノブ宛になっているところからすると、彼女の想像が真実であるかもしれない。


「さあ……最後に、アルメル様は無関係だ、後を頼む、と書いてありました」


 シノブはシャルロットの疑問には答えず、公爵へと遺書の末尾に書かれていたことを伝えた。

 クレメンは、アルメルをベルレアン伯爵の下に送りたかったようだ。ベルレアン伯爵の第二夫人ブリジットの母であるアルメルを彼の下に送ろうと考えたが、監視を兼ねた侍女マチルデ・アライエなどに阻まれたらしい。

 結局のところ、マチルデ達は帝国の間者であった。彼女達は侍女の控え室で死んでいた。自決に見せかけているが刀傷からすると他殺だろう、という治癒術士ルシール・フリオンの見立てであった。


「監視が厳重だったから、本心を伝えられなかったのでしょうか……」


 シャルロットは、細く整った眉を(ひそ)めながら、呟いていた。シノブや彼女に、クレメンは何度か本心を言いかけたようでもある。それに、10年の間には王国側に打ち明ける機会もあったはずだ。


「さあね。繁栄するなら帝国に寝返っても構わないと考えたようだけど、家族を盾に脅されていたとも取れるね。

……でもね、死人の考えなんて探っても仕方が無いよ!

意地悪い言い方だけど、遺書に書いてあることだって、本当かどうかわからないんだ!

我々は勝ち取った未来を生きる。死者に敬意を払いたいなら、そうすべきだね!」


 アシャール公爵は、陽気な声でそう言い放った。彼にも思うところはあるのだろう。だが敢えて、未来を見ろと口にした、そうシノブは思った。そんなシノブの思いのせいか、公爵の顔は、どこか悲しげに見えた。


「だいたいだね、我々はクレメンが残した重荷を片付けるのに、これから途轍もない時間を費やすんだ!

特にシノブ君! 君は注意が必要だよ! あんな前代未聞の活躍をしたんだ。覚悟しておきたまえ!」


 アシャール公爵は、そう言いながらシノブへとその指先を向けた。


「義伯父上……今回の件は、義伯父上の指示でやったことばかりですよ……」


 シノブは、そんな経緯も関係ないかのように言い放つアシャール公爵に苦笑を隠せなかった。


「誰の指示でやったかは関係ない、結果が全てだと、クレメンが身を持って教えてくれただろう!

まあ、君に助けてもらった命だ。君が言った通り、一緒に苦労するから安心したまえ!」


 アシャール公爵の調子の良い言葉に、シノブは頷くしかなかった。無茶苦茶にも思える発言だが、その反面、真実でもあったからだ。


「大丈夫です! 私達もお助けします!」


 今まで黙って聞いていたアミィだが、シノブの危機とあっては口を挟みたくなったようだ。


「ええ、アミィの言うとおりです。シノブ、私もついています。貴方と一緒に歩む。私もどんなことがあろうとも、その誓いどおりに生きていきます」


 シャルロットは、真摯な口調でシノブに語りかけた。明るく宣言したアミィとは対照的に、彼女はシノブの苦難を予想したのか、憂いを含んだ表情である。

 だがシノブは、それは彼女の気遣い(ゆえ)と感じていた。異邦人のシノブや、神々の眷属であったアミィとは違い、貴族として生きてきたシャルロットには、今後降りかかる困難が具体的に見えているのかもしれない。


「ありがとう、アミィ、シャルロット。君達がいれば、俺は頑張れるよ」


 シノブは、優しく二人に微笑んだ。確かに、アシャール公爵の言うとおりである。一緒に苦労してくれる人々がいれば、案ずることはないのだろう。

 自分自身と支えてくれる人達の強い思いがあれば、道を踏み外さないで歩める。自身がフライユ伯爵に語った言葉の通りだ。そう思ったシノブは、その言葉を実現して見せると心の中で誓っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年1月9日17時の更新となります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ