02.04 誰が呼んだか
豪奢な執務室の中をシャルロットは足早に進む。彼女は金糸の縁取りを施された白いマントを靡かせ、律動的な歩みで主らしき人物のいる執務机へと向かっていく。
一方シノブを含む四名は壁際に移動した。そしてシノブはアミィと共にアリエルやミレーユと並び、シャルロットの向かう先に視線を向ける。
「正面の方がベルレアン伯爵閣下です。隣のソファーに座っていらっしゃる方が先代様です」
アリエルが小声でシノブに伝える。
やはり執務机の前に座る彼こそが、シャルロットの父であるベルレアン伯爵であった。隣は先代伯爵だから、シャルロットの祖父なのだろう。双方ともシャルロット同様に人族のようで、頭上に獣耳は存在しないし短めに纏めた頭髪の側面には地球人類と同じ形の耳がある。
後ろに控えているから目立たないだろう。そう思ったシノブは、さりげなく室内を観察する。
広々とした執務室は、少なくとも10m四方はありそうだ。しかも白い壁には大きな肖像画や風景画が飾られ、壁際には見事な彫刻や煌びやかな全身鎧も置かれている。
そして大きな窓からは日の光もたっぷり入り室内はとても明るいし、高い天井には通路と同じで大きな天井画が描かれているようだ。
豪華な内装と家具は壮麗な館に相応しい。それどころか、宮殿の一室のようですらある。シノブは美術館で見た宮廷を描いた西洋絵画を思い出し、密かに溜め息を吐く。
そんな少々ずれたことを考えているシノブを他所に、シャルロットは足早に部屋の主であり父である中年男性に詰め寄っていた。
ちなみにシャルロットが身に着けているのは金属製の体全体を覆う鎧だが、殆ど音がしない。やはり伯爵令嬢だけあって、鎧も並のものとは比較にならない高級品なのだろう。
「どうしたではありません! 父上の命にて急ぎ戻ったのです、帰還指令書もこの通り!」
シャルロットは憤慨したような言葉と共に、懐の隠しから折り畳んだ紙を取り出す。そして彼女は羊皮紙らしき僅かに色の付いた紙を、突きつけるような素早い動作でベルレアン伯爵に差し出した。
「ふむ」
ベルレアン伯爵は、一瞬だけシノブとアミィに視線を向けた。自身の執務室に会ったこともない人物が現れたのだから、不審に思うのも当然だろう。しかし彼は何も言わずに娘から渡された書類を広げ、丁寧に確認していく。
伯爵は、アッシュブロンドに緑の瞳が印象的な知的な容貌の人物だった。一方、娘のシャルロットは見事なプラチナブロンドと濃い青の瞳だから、母にでも似たのだろう。
そして伯爵は短く刈り揃えられた髭を鼻の下と顎に蓄えていた。もしかすると、髭は地位に相応しい風格を醸し出すためなのだろうか。
知的なのは間違いないだろう。そして胆力もあるはずだ。見知らぬ二人を前にして何も言わずに書類を確かめるのは、娘を深く信頼していたとしても簡単にはできないだろう。単なる考え無しという可能性もあるが、先刻の鋭い視線からすると、その可能性は極めて低いに違いない。
そんなことをシノブは考えるともなしに考えていたが、それは僅かな間でしかなかった。何故なら伯爵は幾らもしないうちに顔を上げ、驚くべき発言をしたからだ。
「これは私の出した指令書ではないよ。偽造されたものだ」
伯爵の声量もあり綺麗に響く低めの声は、シノブが考えもしなかった答えを告げた。
シャルロットは帰還指令を疑っていなかった。つい今しがたの指令書を渡すときの言葉や仕草からも、彼女が本物と思っていたことは明らかだ。そして彼女は伯爵の娘だから、父の筆跡も当然ながら熟知しているだろう。したがって、シノブも何の疑いも抱かなかったのだ。
「何ですって!」
シャルロットもシノブ同様に驚いたのだろう、彼女は大きな声を上げた。それにアリエルやミレーユも微かに声を上げ、無意識だろうが半歩前に踏み出していた。
一方のベルレアン伯爵は、落ち着いた口調で娘に説明をしていく。
シャルロットが渡した指令書は、用紙、書式共に正式のものだ。それにサインも伯爵自身が書いたものと見分けが付かないほど、そっくりに似せている。
しかし伯爵は、このような指令書を自分が書いた覚えはないという。
「確かに、こんな指令書は見た覚えがないぞ」
先代伯爵はソファーから立ち上がって歩み寄り、書類を覗き込む。そして彼は不審そうな顔で伯爵の言葉に同意した。
老将軍。シノブの脳裏にそんな言葉が浮かぶ。
先代伯爵は、ベルレアン伯爵と同様に飾りの付いた軍服を纏っていた。白を基本に青を使った軍服は、上が胸の両側に金ボタンが並び燕尾服のように後ろが長く伸びた外衣で、下が細めのズボンと綺麗に磨かれた長靴だ。そして太い肩には金モールのような肩章に飾緒まで付けている。
それらがシノブに近世欧州の将官を想起させたのだ。
しかも先代伯爵は、そういった厳めしい衣装が良く似合う人物であった。
老いてはいるものの背が高く、がっしりとしている。流石に頭は白髪だが、伯爵と同じ緑色の瞳は力強い。それに皺の多い顔には立派な髭を蓄えており、威風堂々という言葉を体現しているようにシノブには思えた。
「偽造で間違いない」
先代伯爵は、多少しわがれてはいるが張りと威厳のある声で、偽造だと断言した。その衰えを知らない雄姿に相応しい雷鳴にも似た響きは、内容のせいか室内を揺るがすようですらあった。
「司令官宛の指令書は、最高司令官であるお前か次席司令官である儂が、承認のサインをする。
どちらも出した覚えがない指令書など、あり得ん。まあ、殆どは儂だがな!」
先代伯爵は、ちらりと伯爵を見て大笑いする。自身が仕事の大半を引き受けていると言う割には、楽しげな声音と表情だ。
「ええ、内政、外交と忙しいのですよ。
父上には大変感謝しております。御高齢にも関わらず、次席司令官として軍務を一手に引き受けていただいているのですから」
ベルレアン伯爵は至極真面目な顔で父親に言い返す。そこらの若者より遥かに元気な先代伯爵に対して御高齢と言うなど、仕返しのつもりに違いない。
もっとも伯爵の声は僅かに笑いを含んだものであった。おそらく、これは仲の良い親子の一風変わった交流なのだろう。
「年寄り扱いするでないわ! ……ともかく、これは偽物だ。いったい、どこの誰がこんなものを……」
先代伯爵は憤然と怒りの声を上げた。しかし彼は無駄口を叩いている場合ではないと思ったのだろう、再び偽の指令書に目を向け直す。
「お爺様、父上。帰還指令書が偽物だとすると、ヴァルゲン砦を落とすための策略ではありませんか?」
シャルロットは、祖父と父の会話のうち脱線した部分は何事もなかったように流し、二人に問いかける。
砦の司令官としての懸念が先に立ったのも間違いなかろう。しかし二人のやり取りを平然と聞いていたところからすると、この程度は日常茶飯事なのかもしれない。その証拠にアリエルやミレーユ、それに侍従達にも驚いた様子はない。
「目的次第だよ。砦が狙いなのか、お前が狙いなのか……」
伯爵は思案げに言葉を紡ぐ。
砦を落とすために司令官であるシャルロットを離す。確かに、ありそうなことだが彼女は伯爵家の跡取りでもある。それだけ高い地位なら、暗殺自体が目的というのも充分に考えられる。僅かな情報しか持たないシノブだが、見聞きした範囲では双方共に否定できないと感じていた。
「私が? では、途中の襲撃者達は!」
シャルロットは驚きの声を上げた。
自身のことより砦を先に案ずるとは、よほど使命感が強い人物なのか。アリエルやミレーユが慕う様子からすると、それも充分にありそうだ。
しかしシノブは、彼女が自分自身を狙った陰謀という可能性から目を背けていたのでは、という気がした。それは、シャルロットの声に強い悲しみが宿っているように感じたからだ。
彼女はベルレアン伯爵の継嗣だ。その彼女を暗殺して利益を得るのは、代わって跡継ぎの座を得る者だろう。となれば、極めて近しい親族に違いない。
仮にシノブが彼女の立場であっても、身内が死を望んでいるとは考えたくもない。そのためだろう、シノブはシャルロットに同情めいた思いを抱いてしまう。
お家騒動などシャルロットが心を痛める事件でなければ良いのだが。しかし、そんなシノブの願いは叶わぬことのようだ。
「襲撃者達だと?」
先代伯爵が、聞いていないぞ、と言いたげに低い唸り声を上げる。それに伯爵も緊張した表情となり、シャルロットを注視している。
どうやら街道での襲撃には深い闇があるようだ。シノブは彼らの表情から、そう悟らざるを得なかった。
◆ ◆ ◆ ◆
シャルロットは、襲撃事件を掻い摘んで伯爵達に説明していった。そしてアリエルやミレーユも伯爵の執務机の前に進み出てシャルロットの言葉を補い、部屋に備えられていた地図を使って襲撃場所を示した。
「なるほど。そんなことがあったとは……。
シノブ殿だったね。娘達を助けてくれてありがとう。貴方が通りかからなかったら、娘と部下はそのまま死んでいただろう。
私はベルレアン伯爵コルネーユ・ド・セリュジエ。シャルロットの父だ。本当にありがとう」
話を聞き終えた伯爵は、シノブに向かって謝意を表し頭を下げた。彼の声音と表情には大きな安堵と、それに勝るシノブ達への感謝の念が滲んでいた。
なお、伯爵はアミィの名を口にすることはなかった。シャルロット達の説明は簡潔であったし、アミィの外見は十歳程度の少女だ。そのため伯爵も、アミィがシノブと並ぶ活躍をしたとは思わなかったのだろう。
「当然のことをしたまでです」
シノブは少しばかり驚いていた。伯爵と呼ばれる人物が率直に礼を言い、着座したままとはいえ頭を下げたのだ。
ここまでの道筋やセリュジエールの街を見る限り、ベルレアン伯爵領は随分と大きな領地らしい。それだけの大領主が娘の恩人とはいえ正体不明の若者に心からの礼を伝え、態度でも示した。その真摯な態度に、シノブは清々しさすら覚えていたのだ。
「謙遜も度を過ぎると良くないぞ。二十人もの賊を倒す技量に、重傷を完治させた治癒の腕。一朝一夕に修得できるものではあるまい。
儂の名はアンリ・ド・セリュジエ。コルネーユの父だ。儂からも礼を言わせてもらうぞ!」
先代伯爵も満面の笑みでシノブ達を賞賛し、感謝の意を示した。
こちらは飾らぬ言葉と荒っぽい口調だが、やはり息子同様に本心からの礼であることが伝わってくる。そのためシノブは面映ゆくなり、知らず知らずのうちに頭を掻いていた。
「しかし、そうなると尚更お前を狙ってのことだと思えるね。
幾らなんでも、お前達三人が抜けただけで落ちるほどヴァルゲン砦も脆くはないだろう。司令官補佐のポネットに後を託してきたのだろう?」
しばしの間、伯爵はシノブに微笑みを向けていた。しかし彼は再び真顔に戻り、シャルロットに問いを発する。
「はい、司令官代理に任じてきました」
シャルロットは伯爵の問いに間を置かず返答した。砦を空けるのだから代理を指名するのは当然だろう。
ヴァルゲン砦と領都セリュジエールは、急ぎでも三時間以上は掛かるらしい。したがって仮にとんぼ返りであったとしても半日近くを空けることになるからだ。
「ポネットは経験豊富な指揮官だ。安心して任せておけば良い。むしろ気になるのは、その襲撃者とやらだ。正体を調べる暇もなかったのだな?」
先代伯爵も砦のことは心配していないようだ。彼は襲撃者についてシャルロットに訊ねる。
「はい。至急帰還せよ、と指令書にはありましたので……偽物に騙されていたわけですが」
シャルロットは悔しそうな声で祖父に答えた。詭計に引っかかったのだから、軍人としては忸怩たる思いだろう。
「コルネーユ! 幸い夏で日が長い、襲撃現場を調査するぞ! もしかすると賊の正体が掴めるかもしれん。ついでにヴァルゲン砦にも伝令隊を出せば良い」
「そうですね。正直手がかりがあるとは思い難いのですが、かといって調べないわけにもいきません。
偽の帰還指令書を届けた伝令の件もありますし、念のため砦にも警戒体制を命じましょう。父上の思うとおりになさってください」
意気込む先代伯爵に、伯爵は難しい表情となりながらも同意した。
シノブ達は先を急いでいたから詳しく調べる時間はなかった。したがって、何らかの手がかりが見つかるかもしれない。しかし、命懸けの襲撃をする者達が身元を示すようなものを持っているだろうか。シノブも、大きな発見は難しいのでは、と思わざるを得なかった。
「早速準備する! シノブ殿、貴殿は当家の大恩人だ。ぜひゆっくり逗留してくれ!」
先代伯爵はシノブに一声掛けると、慌ただしく執務室を出て行った。その動作は若者のようにキビキビとしており、彼が現役の軍人であると示していた。
「父上、私も砦に戻ります。ポネットは信頼できますが、帰還指令はなかったのですから戻らなくてはなりません!」
「これから戻っても下手をすれば夜になる。明日、早朝戻れば良いのではないかね」
伯爵は室内に置かれた立派なホールクロックを見ながら言った。彼の視線の先にあるのは、白地に金細工の装飾が施された人の背ほどの高さの振り子時計である。
釣られてシノブも文字盤を見ると、針は16時過ぎを示している。
「急げば間に合います。それに、襲撃地点を調査隊に教える必要もあります」
シャルロットは伯爵に砦への帰還を重ねて要望する。
襲撃場所は街道沿いであり判りやすい。したがって彼女が行かなくてもとシノブは思う。
しかしシャルロットは、責任感が強いのだろう。それとも陰謀を仕組んだ者の思惑通りとなったのが嫌なのだろうか。どちらにしても、彼女に退く気が無いのは明らかであった。
「……良いだろう。ジェローム、父上にシャルロットが同行すると伝えてくれ。替え馬もいるだろう」
しばし沈思黙考した伯爵はシャルロットに同意した。そして彼は、脇にいた侍従に先代伯爵への伝達を指示する。すると二十代半ばの狼の獣人らしい侍従が一礼し、足早に執務室から歩み出ていった。
◆ ◆ ◆ ◆
「出発の準備ができるまで、少々時間も掛かるだろう。もう少し話を聞かせてくれないかな」
伯爵はシャルロットに柔らかな口調で語りかけた。しかし彼の表情に笑みは無い。
「私は指令書を届けた伝令が気になるのだよ。何故、偽の指令書まで用意したのか……。襲撃者とも無関係ではないだろうし、お前をおびき出し謀殺するのが目的だったと見るべきだ。
だが、誰が仕組んだのか……今のところ、手掛かりはこの指令書と伝令だけだからね」
伯爵は思案深げに言葉を紡いでいく。その様子は、焦る娘を落ち着かせようとしているようでもある。
「伝令は砦にいけば居るはずです。戻ったら確認しましょう」
やはりシャルロットは焦燥に囚われているのだろう。彼女は父の言葉が終わると同時に、帰還すれば判ると早口に返す。
「まだ居るかな?
謀略を仕組んだ者の仲間であれば、とっくに逃げているだろうね。もちろん、何もなければ今日は砦に泊まって、明日にでも戻ってくるのだろうが」
伯爵は皮肉げな声音でシャルロットに応じた。するとシャルロットも反論を思いつかなかったのか、黙り込んだ。
「そもそも三人とも、その伝令を以前見たことがあるかな?」
「いえ、私はありません。ですが砦はともかく領内の全ての伝令を見知っているわけでもないですし、疑問には感じませんでしたが……」
そう答えたシャルロットは、腹心である二人に顔を向けた。しかしアリエルとミレーユも、知らない顔だったと答える。
「そうか。では偽者の可能性も考慮しておくべきかな。どんな男だったか教えてくれないか」
シャルロット達三人は、伯爵に伝令の官姓名と容貌を説明していく。
所属は領都守護連隊の第八伝令小隊。名はダミアン・シェロン。茶色の髪と灰色の瞳で、日に焼けた容貌に細めの体の男性。人族らしく獣耳と尻尾はない。年齢は二十歳過ぎと思われる。
そして三人が伝える特徴を、脇で侍従が記録していく。
伝令は二人の従者を伴っていたが、そちらは名乗らなかったし、後ろで跪き頭を垂れていたので、容貌は覚えていない。シャルロットは、そう締めくくる。
「あまり目立った特徴はないね。偽の伝令だとしたら、そのあたりも加味して選ばれたのかもしれないが。もし逃げたなら手配は困難かな」
説明を聞き終えた伯爵は、浮かない顔で言葉を返した。シャルロット達が反論しないところを見ると、彼の言葉は正しいのだろう。
「時間があれば似顔絵でも描いてもらうのですが。アリエルかミレーユのどちらかを残しますか?」
シャルロットは、再び腹心の女騎士達へと顔を向ける。彼女は一刻も早く砦に引き返したいようだから、似顔絵を描き終えるまで待つ気はないのだろう。
「シャルロット様、私はお側で警護したいと思います。ミレーユを残してください」
「いえ、私がお供します!」
シャルロットの言葉に、アリエルとミレーユが口々に言う。どちらもシャルロットに置いていかれるのは嫌なようだ。
──アミィ、モンタージュ写真みたいなことできない? 特訓の時みたいに幻影でさ──
シノブは心の声でアミィに問いかけた。
森の中でアミィは軍人風の男性に姿を変えた。あのような幻影であれば僅かな時間で伝令の姿を再現できるだろうと、シノブは思ったのだ。
──はい、可能です──
アミィの答えを受け、シノブは口を挟むことにした。シノブはアミィと共に、シャルロット達の側に歩み寄っていく。
「アミィが幻影魔術で皆さんの言う男の姿を出せますが、いかがでしょう?」
「それは素晴らしいね。ぜひお願いするよ」
シノブの提案に、伯爵は笑顔で幻影魔術での再現を依頼する。そこでアミィは、聞き取った内容を元に兵士のような男の幻を出現させる。
顔や背格好はシャルロット達が語った特徴に沿った容姿。服装は門番や執務室の前の衛兵に似た鎧姿だ。
「おお、これは凄い! まるで本当に兵士が立っているみたいだ」
幻影とは思えない現実感故だろう、シャルロットは驚嘆の声を上げていた。
シャルロットの口調は、執務室に入る前のような男性めいたものに戻っている。軍人だからだろう、彼女は武張った言動を心がけているようだ。そして驚いたときでも男性口調が自然に出るところからすると、かなり年季が入っているに違いない。
「えっ、これアミィさんが変身しちゃったの!?」
ミレーユは、素っ頓狂な声を上げた。どうやら彼女は、幼い少女であるアミィが本当に男になったのかと思ったようだ。
「もう少し眉が太めですね。顔は僅かに顎が尖った感じで……」
一方のアリエルは、冷静に容貌を確認して違いを指摘している。それを受けて、アミィは幻影を修正していく。
「一旦作った幻影は、いつでも再現できるのかな? もしそうなら、似顔絵を作成する手間が大いに楽になるのだが……」
アミィの幻影により素早く容姿が再現されていく様を見つつ、伯爵はシノブに問いかけた。犯罪捜査などに役立つと思ったのか、彼は強い興味を示している。
「ええ、一度作った幻影は何度でも再現できます」
シノブは伯爵に頷いた。魔力操作の特訓のときは、いつも寸分違わぬ幻影が出現したから間違いはない。
「そうか……お前達、このことは絶対に口外してはならないぞ!」
伯爵は強い口調で、侍従や従者に口止めした。すると呆気に取られたように固まっていた彼らは、他言しないと大きな声で宣誓する。
「アミィさん! 声も真似できるんですか!?」
ミレーユは、どこまで再現できるか気になったらしい。彼女は青い瞳を輝かせつつ期待の表情をアミィに向けている。
「はい、こんな風に男の声も出せますよ」
アミィは男性としか思えない太い声で返事をした。ちょうどシノブの訓練で使った幻影のときのような、力強く厳めしい声音だ。
「うわぁ~、凄いですね! でも、ちょっと渋すぎかな……もう少し高めの声だったような……。うん、どうせなら声もそっくりにしてみましょうか!」
「こんな風ですか? シャルロット様、第八伝令小隊ダミアン・シェロンです! 本部からの指令書をお持ちしました!」
ミレーユが高めと言ったからだろう、アミィは二十歳前後の若者のような声に変えていた。しかも伝令らしい台詞で答えるという芸の細かさだ。やはりアミィは、役に成りきる性格なのだろう。
「わぁ~、そんな感じです! あ、それでですね……」
まだ若いからか、ミレーユはアミィの幻影魔術に興味津々なようだ。彼女は更なる注文をしていく。アミィも三人の女性の中で最も外見年齢の近い彼女と気が合ったのか、声だけではなく仕草まで再現していく。
「ミレーユ、あまり無理を言ってはいかんぞ。だが、大したものだな。まさに、あの伝令そのものだ」
「はい。姿が変わるのを見ていたのに、本物だと錯覚しそうです」
シャルロットとアリエルもアミィの幻影に見入っていた。二人も若い女性に相応しい笑顔になっている。どうやらアミィの常識外れの技が、二人からも襲撃や偽伝令による憂いを払ってくれたらしい。
シノブも微笑みを浮かべていた。一時だけとはいえ三人の女性に明るさが戻ったのが、シノブは嬉しかったのだ。そして彼は温かな気持ちのまま、アミィとミレーユの楽しげなやり取りを静かに見守っていた。
お読みいただき、ありがとうございます。




