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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第8章 フライユ伯爵の後継者
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08.04 氷雪の継嗣

「あの男は何だ! 本当に人間か!」


 戦場を駆けるシノブが、前線の投石機(カタパルト)大型弩砲(バリスタ)を破壊していく。それを望遠鏡で見つめていたベーリンゲン帝国の将軍ボニファーツ・フォン・ライゼガングが、怒りの叫びを上げていた。


「おそらく、ベルレアン伯爵家に現れたシノブ・アマノという魔術師だろうが……」


 平原の少々小高くなった場所に設けられた帝国軍の本陣。前線から数km離れたそこから、ボニファーツと同様に望遠鏡で観戦していた将軍エグモント・フォン・ブロンザルトも、呆然(ぼうぜん)とした様子で呟いた。


「……エグモント。ソリを城壁から出した、あれは魔術か?」


 巨漢の将軍ボニファーツは、それに相応しい太い声で同僚のエグモントへと問いかける。

 彼は、宙を滑ってくるソリが、どのような手段によるものか疑念を(いだ)いたらしい。


「いや、魔術であんな長い距離を浮かせるのは不可能だろう。ここからでは良くわからないが、黒い鋼線でも張ったのではないか?」


 既に、日も落ちている。戦場は薄暗く、第二段階で押し出した無人ソリが攻城兵器の向こう側で炎上しているせいもあり、帝国軍の陣地からガルック砦側は、はっきりとは見通せなかった。

 そのため、エグモントは地上に向けて張った鋼線を使ってソリを滑り下ろしたのではないかと考えているようだ。流石の彼も、魔力障壁で長大な斜路を形成したとは想像も出来なかったのだろう。


「そうか。しかし、雪原とはいえ随分勢いよく滑っていくものだな」


「気温が低いから凍結したのだろう。直前に何かをしていたように見えたが……」


 ボニファーツの呟きに対し、エグモントは氷点下になる気象条件を上げた。

 彼は、シノブが何かをしていたと疑っているようだ。だが、闇が押し寄せる中、それが水流の魔術ということまでは判別できなかったらしく、口を濁した。

 実は、シノブは凍結しやすいように霧状に噴霧していた。それに前線まで数km、しかもそこから砦までは更に500m以上ある。したがって彼が看破出来ないのも無理はない。


「右翼を崩しているのは、従者か?」


 大将軍ベルノルト・フォン・ギレスベルガーが、エグモントに尋ねる。

 さすがに大将軍ともなると、そう簡単に動揺した姿は見せないようである。40代半ばの彼は、年齢と戦歴に相応しい落ち着きを保ったまま、部下に質問した。


「はっ、アミィという獣人族だと思われます」


 帝国軍の中枢はシノブ達のことをある程度は把握しているらしい。エグモントは、大将軍ベルノルトにアミィの名を告げた。

 もっとも、シャルロット暗殺未遂事件の背後に帝国がいるのなら、その後の経緯を把握していてもおかしくはないだろう。


「そうか……これだけの戦闘力、竜を倒したというのも事実であったのか?」


 彼らの情報網は、フライユ伯爵領に広く張り巡らされているとみえる。大将軍ベルノルトは、シノブがヴォーリ連合国で竜を鎮めたことすら知っているようだ。


「そう考えるべきでしょう。フライユにいる間者から、竜退治を終えて帰還し今回も従軍していると聞いておりましたが……」


 将軍エグモントは、苦々しげな表情で、ベルノルトに答える。

 知将といった雰囲気の彼も、シノブの桁外れの能力は想定外であったのだろうか。ベルノルトに長い間付き従い、20年前の大戦(おおいくさ)すら経験している彼も、思わず言葉を濁している。


「作戦に支障は?」


 相変わらず、大将軍ベルノルトの言葉は短い。

 長年腹心として支えているエグモントなら、これで理解できる。そんなベルノルトの信頼が窺えるやり取りである。


「問題ありません。

奴は投石機(カタパルト)大型弩砲(バリスタ)の攻撃を(しの)ぎ、謎の魔術で岩の柱を切り裂いたそうです。ですが、それらは局地戦で活きる技。それに、人死を極力避けているとも聞いています。

いくら戦闘力があっても、情報どおりなら随分甘い男のようです。我らの策を(しの)げるとは思いません」


 一時は動揺した将軍エグモントだが、ベルノルトに自信ありげに返答をする。

 帝国の間者は、シノブの性格まで把握しているようだ。その上、領都セリュジエールやヴァルゲン砦での出来事まで、大まかには知っているらしい。もっとも、このあたりは大勢が目にしているし、既に二ヶ月以上経過しているから、商人や旅人の噂話がフライユ伯爵領まで伝わったかもしれない。


「軍人ではないのなら、そんなものかもしれんな! エグモント! アイツは俺が倒すぞ!」


 シノブの様子を望遠鏡で追っていた将軍ボニファーツがエグモントのほうを向くと、俺の獲物だと言わんばかりの獰猛な笑みを見せながら主張する。


「構わんが、強化の魔道具は忘れるなよ」


 エグモントは、数歳年下のボニファーツの無礼とさえ思える物言いを気にした様子もなく、忠告をする。


「ああ。この前送られてきた、アレを使うさ」


 ボニファーツは、壮絶な笑みを浮かべながら、再び戦場を振り返った。巨漢の彼が発した鬼気というべき闘気に押されたかのように、周囲の将兵が僅かに後退(あとじさ)る。


「ボニファーツ。アレは……」


 シノブとの戦いが待ちきれないようなボニファーツに、エグモントは躊躇(ためら)いがちに声をかけた。


「わかっているさ。まだ実験中の、欠陥品とでもいうべきモノだ。だが、その効果はお前も知っているだろう?

アイツと戦うなら、アレは必要だろうよ」


 彼らが話題にしている魔道具は、アドリアンが使っていたようなものなのだろうか。ボニファーツの、凄絶ともいえる覚悟が滲んだ言葉に、エグモントも黙り込む。


「ライゼガング。奴と戦うのは構わん。だが作戦の遂行を優先する」


 大将軍ベルノルトは、戦いに(はや)るボニファーツを静かに(たしな)めた。


「わかっております。ですが、その機会が来たら私にお任せください」


 さすがに、ボニファーツも大将軍には礼儀正しい言葉遣いをするようである。ベルノルトはエグモントより僅かに年上といえど、さほど違いはない。だが、大将軍という地位ゆえか、あるいはその戦歴ゆえか、ボニファーツの口調には、ベルノルトへの深い敬意が窺えた。


「わかっていれば良い」


 大将軍ベルノルトの短い言葉。そこに含まれている意図を感じ取ったのか、将軍ボニファーツは顔を綻ばせる。


「ならば、その時を待ちましょう」


 シノブ達に蹴散らされた攻城兵器を見ても、彼らには動揺は見られない。ボニファーツの言葉にも、戦意の高まりはあれど、不安などは感じられなかった。

 そんな帝国の将軍達が見守る中、ついにシノブ達は全ての攻城兵器を破壊し撤収に入っていた。


「少々、予定外のことはあったが我らの作戦に変更はない。アシャールとベルレアンを引きずり出した。後は奴らを仕留め、押し入るだけだ」


 ベルノルトの言葉に、二人の将軍は頷いた。彼らは、罠にかかる獲物を静かに待つ狩人のように、平静な様子で戦場を眺めていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ガルック砦の前に進軍したメリエンヌ王国軍は、順調に展開を終えていた。中央の本隊はアシャール公爵を主将に副将としてフライユ伯爵継嗣のグラシアン。右翼は王領軍のマティアスが主将を務め、副将にはフライユ伯爵の家臣ラジェナン・クメールである。

 この二隊は、王領軍を中核にフライユ伯爵領軍が従う形であり、王家の大旗(たいき)とフライユ伯爵家の小旗(しょうき)が掲げられている。

 王家の大旗(たいき)は、二頭の金獅子が支える王冠の被さった盾に白い百合の紋章である。二頭の金獅子は、初代国王と聖人を象徴しているらしい。

 そして、フライユ伯爵家の小旗(しょうき)は、二頭の黒狼が支える盾に二本の剣が交差して被さった紋章である。剣の達人であった初代フライユ伯爵ユーレリアンを表した意匠であろう。


 そして、左翼はベルレアン伯爵を主将としている。その副将は軍務卿エチエンヌ侯爵の嫡男シーラス・ド・ダラスであった。そのため、大旗(たいき)はベルレアン伯爵家の青い双頭の鷲に盾と槍の紋章だ。小旗(しょうき)はといえば、エチエンヌ侯爵家のものではなく、王家のものである。王領軍である以上、王家の旗を掲げる、ということなのだろう。


 三隊に分かれた軍勢は、本隊が約3千人に、右翼と左翼がそれぞれおよそ2千人である。ガルック砦を目指して行軍中の後続隊が到着すれば、1万数千人となる予定であったが、まだ王領軍とベルレアン伯爵領軍は先発隊しか到着していない。

 そこで、数に劣る王国軍が有利に展開できるよう、シノブの策で帝国の攻城兵器を潰したのだ。


 そして、その甲斐あって王国軍は殆ど損害を出さずに帝国兵を蹴散らしていた。元々攻城兵器を操作していた兵達は、とうに倒されているか撤退しているかのいずれかである。

 現在、敗残兵が撤退する時間を稼ぐべく前進してきた帝国の歩兵隊と、自陣となる場所を押さえようとする王国軍が交戦していた。だが、それも王国側有利のままに推移しているようである。

 王国側が押さえた場所には移動式の投石機(カタパルト)大型弩砲(バリスタ)も設置され、それを見た帝国の歩兵達は徐々に退却を始めている。


「アミィ、『隷属の首輪』を抑える!」


「はい! シノブ様!」


 セランネ村のドワーフ達と一旦ガルック砦に帰還したシノブ達だが、自軍有利と見て戦闘奴隷を解放すべく戦場に戻ってきた。

 シノブとアミィの他に、イヴァールやアルノー、ラシュレー中隊長などもいる。戦闘奴隷を解放するには、今のところシノブが魔力干渉をして『隷属の首輪』の効果を抑えている間に外すしかない。

 機能したままの『隷属の首輪』を無理矢理外すと、装着者の精神が破壊されるようである。そのため、奴隷の解放はシノブ達以外には困難である。

 奴隷には捕まるよりは死を選べ、と命令されているらしい。それ(ゆえ)、よほど技量の差があって上手く気絶させた場合などを除き、捕獲することも困難であった。

 したがって、シノブが奴隷の解放に乗り出すしかない。そして、勝ち戦が確定しつつある現状は、絶好の機会である。愛馬リュミエールに乗ったシノブは戦場に到達すると、早速魔力干渉を開始した。


「イヴァールさん、私とアルノーさん達で首輪を外します! 回収をお願いします!」


「わかった!」


 アミィの指示に、ドワーフ馬ヒポに引かせたソリを操っているイヴァールが大きく頷いた。

 彼の他にも、四頭のドワーフ馬とそれに引かれたソリが、戦場へと向かっている。シノブが魔力干渉をしている間に、アミィとアルノー、ラシュレー中隊長が首輪を外し、ドワーフ達がソリで回収する予定である。


「……これ以上は無理か」


 顔見知りが多い左翼のベルレアン伯爵領軍の陣地前で、シノブは戦闘奴隷の解放を行った。既にソリは数回往復し、伯爵領軍の陣地へと解放された人々を輸送している。

 そしてシノブの魔力干渉を逃れた帝国兵は、自陣へと退却済みであった。


「深追いは禁物だよ」


「はい」


 ベルレアン伯爵は、シノブを(いさ)めるように声をかけた。一方のシノブは敵陣を(にら)みつけたまま、静かに応じる。

 全ての人を救うことはできない。それに、ここで無理をするよりは、次の戦いを有利に運ぶべきであろう。シノブは、そう自分に言い聞かせながら、ベルレアン伯爵へと顔を向けた。


「一回の戦果としては、充分以上だよ。陣地は無事構築できたし、兵の損害も僅かだ。そして、解放できた人々もいる。勝ち戦こそ、引き際を誤ってはいけない」


 ベルレアン伯爵は、シノブの気持ちを悟ったように優しく言葉をかけた。


「さあ、本隊に行こう。作戦検討もあるし、解放した奴隷を義兄上に委ねよう」


 ベルレアン伯爵は、シノブに本陣に向かおうと伝えた。

 彼が言うように、今後の作戦を検討しなくてはならない。そして作戦立案には、解放奴隷から情報を得る必要もある。敵の意図、敵軍の構成、敵将の情報。奴隷が知っていることなど限定的かもしれないが、だからこそ事情聴取は念入りに行うべきであろう。


「そうですね。アミィ、本陣に行こう!」


 シノブは、アミィ達に声をかけた。彼らの話を聞いていたドワーフ達は、解放奴隷を本陣に運ぶべく、準備を開始した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「グラシアン! 乱暴はやめたまえ!」


 日も落ちたガルック平原。王国軍本陣中央に張られた大天幕に、アシャール公爵の鋭い声が響いた。その言葉は、いつも余裕のある態度を崩さない彼にしては珍しく、叱責するような厳しいものであった。


「奴隷など、どう扱ってもよかろう。

勝つためにはこいつらから情報を得る必要がある。そうではないか?」


 有益な情報を得られないことに不満を(いだ)いたのか、フライユ伯爵継嗣グラシアンは、手にした鞭で解放した狼の獣人を打ち据えたのだ。


「グラシアン殿! 彼には何の罪も無い!」


 シノブは、再び解放奴隷を打ち据えようとするグラシアンの手を押さえた。


「……罪などどうでもよい。こいつは敵兵、王国から誘拐された者ならともかく帝国人に情けは無用だ」


 グラシアンはシノブの手を振り払おうとするが、力では(かな)わないと悟ったらしい。彼は冷たい表情でシノブを(にら)み返した。

 シノブは檄した様子もないグラシアンに内心驚きつつも、彼の手を押さえ続ける。


「奴隷として働いていた時のことは、彼の意思ではないだろう」


 ベルレアン伯爵も、静かな口調でグラシアンを(いさ)めた。彼も抑えた様子ではあるが、険しい表情でグラシアンを見つめていた。


「そうだな。だが、必要なのは情報だ。帝国兵に情けをかけて、王国兵の損害を増やすのか? そんな考えは、戦地から離れた王領やベルレアン伯爵領ならともかく、ここフライユでは通用しない」


 ベルレアン伯爵の言葉にも動揺を見せず、グラシアンは冷然とした様子で言い返した。

 グラシアンの苛烈な行いは、怒りに任せてだけではないらしい。むしろ現実を冷徹に見据えているから最も効率が良い手段を取ったのだ、と言わんばかりの落ち着きすら見せていた。

 それにグラシアンだけではない。フライユ伯爵領軍の将官も、彼の発言は当然だといった表情である。


 対照的に王領軍やベルレアン伯爵領軍の将官達は、抵抗できない相手への鞭打ちなど唾棄すべき行為だと考えているようで、苦々しげな顔で彼らを(にら)んでいる。

 フライユ伯爵領軍の将官には獣人族がいないため、解放奴隷の獣人への同情もないのかもしれない。だが、それにしても冷たすぎる態度だとシノブは内心憤慨していた。彼は、戦いの前にベルレアン伯爵と交わした会話を思い出し、これも帝国の間者による影響かとフライユ伯爵領の現状を(うれ)えた。


「……確かに貴方の言うとおりかもしれない。だが、戦いだから何でもして良いのか?

人を殺す……許されない事をするからこそ、己を厳しく律すべきだろう! そうでなくては、際限なく堕ちるだけだ!」


 シノブは、グラシアンの言葉を全て否定することはできないと感じていた。だが、勝つためなら何でもする。それは終わりのない争いへの道ではないか。非常の行いであるからこそ、振るうべき力は最小限に留めるべきだとシノブは感じていた。


「誇れぬ勝利など、王国騎士の目指すべきものではない。生きるために必要な戦いは許される。だが、生きるために何をしても良い、とは神々も言わなかった」


 アシャール公爵の語りかけは、いつものおどけたような発言と全く異なるものだった。そして彼は身分に相応しい高貴さすら感じる威厳と共に、グラシアンを見つめる。


「ならば、好きにするが良かろう。その手を離せ!」


 グラシアンはシノブの手を振りほどこうとしたのだろう、大きく身を(よじ)った。そして攻撃の意思がないと察したシノブが解放すると、グラシアンは天幕の出口に向かって大股に歩み出す。

 更にフライユ伯爵領軍の将官も、足早に主を追っていく。そのため天幕の中は急に静けさを増す。


「アミィ……ルシールさんでも良いが、彼を治療してくれないか?」


 シノブは側に控えたアミィと治癒術士のルシールに、鞭で打たれて気絶した狼の獣人を治療するように頼んだ。尋問に際しては医学を修めた者がいるべきというルシールの申し出により、彼女も同席していたのだ。


「アミィ様、お願いします」


 ルシールは獣人の上着を脱がせると、アミィに治癒魔術を使うように依頼した。グラシアンの鞭で打たれた元奴隷の服は裂け、その背には血が滲んでいた。


「これならルシールさんでも治療できると思いますが……」


 苦笑いしながらも、アミィは治癒魔術を使い始めた。彼女らしからぬ笑みは、相手の目的が治癒魔術の学習にあると知っているからだろう。


「よろしいではないですか。お二人の魔術を見せていただけば、私の治癒魔術も上達すると思いますし。そうなれば、皆が幸せになれますよ」


 ルシールはアミィの言葉にも動揺することなく、嫣然(えんぜん)と微笑んだ。シノブは、ドワーフ達と砦に戻ったときにも彼女の笑みに誤魔化され、治癒を行ったことを思い出した。

 理屈としては間違っていないのだが、その意図を知っているだけに素直に受け取れないルシールの言葉。医学者としての彼女は超一流らしい。それだけに、すげなくあしらうのもどうかと、シノブは思ってしまう。


「シノブ様。そんなに嫌そうな顔をしないでくださいませ。アリエル様は、シノブ様の知識を広める役割を担うそうですが、私も同じことを考えているだけですよ?」


 アミィの治癒魔術を見学し終わったルシールは、シノブへと微笑んでみせる。


「そうなんだけどね……だったら、その意味ありげな笑みはやめてくれないかな」


 シノブの困り果てたような顔に、アシャール公爵とベルレアン伯爵は思わず顔を見合わせて吹き出した。

 そんな貴人二人の様子がおかしかったのか、マティアスやシーラス、そして彼らを取り巻く将官達も笑いを(こぼ)している。

 シノブは、王領や自領の将官達がグラシアン達に同調しなかったことに安堵していた。彼は、シャルロットと共に生きると誓っていた。それ(ゆえ)、彼女の愛するベルレアン伯爵家や、その上に立つ王家を嫌いたくはなかったのだ。

 王国に、全く後ろ暗いところがないとはシノブも思っていない。だが、多少の欠点はあっても、愛すべき国家であってほしいとシノブは願っている。

 自身の願いは、甘い夢想なのかもしれない。だが、夢を持たずして何を支えとして生きるのか。それに、夢想であれば現実に変えてみせるまで。シノブは、強くて優しい義伯父と義父の笑顔を見ながらそう決意していた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2014年12月30日17時の更新となります。


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