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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第8章 フライユ伯爵の後継者
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08.03 ガルック平原の会戦 後編

「アミィ、第三段階だ」


 シノブは、彼の指示を待っているアミィに、次の段階に進めるように伝えた。


「わかりました!」


 彼の指示を受け、アミィは再び魔法のカバンに手を入れる。


「……また、ソリか?」


 遠巻きに様子を見守っていた兵士の一人が、ポツリと呟いた。

 第二段階でアミィが取り出したのは、弩を積載したソリであった。だが、今回は、ソリの上には武器らしいものは何も乗っていない。矢を避けるためか、四方が何層にも重ねた厚い板で覆われているが、その間には何名もの人が乗れる広い荷台が設けられている。

 その広々とした荷台の中には、柱のようなものや布を丸めたようなものが置いてあるだけだ。今度のソリには弩は搭載されていないらしい。


「それでは皆さん、お願いします!」


 アミィは、十台近いソリを並べ終わると、ドワーフ達に声をかける。


「おう!」


 アミィの指示を受け、ドワーフ達がソリを取り囲んでいく。第二段階と違い、ソリの前方にはセランネ村でも上位の戦士、そして後方になるほど若手が配置されている。

 特に、それぞれの先頭には隊長格の戦士がいるようで、双子のイルッカとマルッカや、寡黙なカレヴァなど、戦士長タネリを含め熟練の者達が指揮している。


「いくぞ!」


 アミィの言葉を聞いたドワーフ達は、シノブが魔力障壁で作った斜路にソリを押し出す。第二段階とは違い、今度はドワーフ達もそのまま透明な魔力障壁で作られた道へと駆け上がっていき、頂点を越えたところでソリに乗り込んでいった。


「セランネ村のドワーフ! いざ、参る!」


 戦士長のタネリの上げた大音声(だいおんじょう)が、城壁の上に響き渡る。タネリは、声だけを残してソリに乗って、ガルック平原へと滑りだしていった。

 ガルック平原は、シノブの水流魔術により撒かれた水が氷点下の気温で凍結し、スケートリンクのようになっている。そして魔力障壁で作られた斜路は、高さ10mの城壁から斜めに平原に伸びている。そのため、ドワーフ達の乗ったソリは、斜路で得た勢いのまま平原の上を滑走していった。


「シノブよ。俺達も行くぞ!」


 イヴァールの言葉に、シノブとアミィも最後に残ったソリへと取り付いた。彼らだけではなく、アルノーやラシュレー中隊長も一緒である。

 残っていた数名のドワーフ達とソリを押し出したシノブは、タネリと同様にガルック平原へと滑り出していった。


「魔力障壁は解除した。帰りは城門からだ」


 平原を滑走していくソリの中で、シノブはイヴァールへと(ささや)いた。流石の彼も、数百mも離れた場所の魔力障壁を維持することはできない。それに、これからシノブも敵陣に乗り込む。敵と刃を交えるし、使うべき魔術も他にある。

 そもそも、斜路を維持しても、10m近くもある城壁の上までソリを押し上げることもできないだろう。


「おう! 帰りは門から凱旋だ!」


 イヴァールは、自身の黒々とした髭を撫でさすりながら、シノブへと笑いかけた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「アルノー、そろそろ止めてくれ!」


 敵陣に近づき、前面の分厚い板には、帝国兵が放つ矢が突き刺さり始めた。距離もだいぶ詰まってきたようで、矢の勢いも強くなってきている。シノブは、ソリを停めるように、前部に乗っているアルノーに指示を出す。

 シノブの指示を聞いたアルノーは、備え付けてある太いレバーをラシュレーと共に持ち上げた。すると、ソリの勢いが急激に落ち、さらに後部が横に振られ、前後逆になって停止した。

 どうやら、アルノー達が操作したのは、ブレーキであったらしい。


「行くぞ!」


 シノブの掛け声と共に、乗員達は側面の板を蹴倒しソリの外へと飛び出していく。ソリの外は、既に死闘の場となっていた。

 先に飛び出したドワーフの戦士達は、氷上を危なげなく駆けて帝国の投石機(カタパルト)へと取り付いていた。彼らは帝国兵を戦斧で蹴散らすと、投石機(カタパルト)を破壊している。

 元々、寒さに強いドワーフ達である。それに自国であるヴォーリ連合国にはこんな氷原などいくらでもあるのだろう。低身長で重心が低いことも助けになっているのか、彼らは無造作に氷の上を走っていく。

 ドワーフ達の樽のような胴体に足が短い肉体は、体積の割に表面積が少なく熱を逃がさないようである。体質も含めて北の大地に適応した彼らは、人族や獣人族に比べて凍傷になることも少ないという。シノブ達が魔法の家を使ってまでドワーフの戦士達を連れてきた理由がこれであった。


「おりゃあ!」


「そりゃあ!」


 双子のドワーフ、イルッカとマルッカが投石機(カタパルト)の左右から同時に戦斧を叩きつけると、あっけなく投石機(カタパルト)が倒壊する。彼らは、先発隊としてイヴァールに同行する間に、その強化や硬化の術をある程度学んだらしい。

 無言で戦斧を振るうカレヴァもそうだが、元々セランネ村でも高位の戦士であった彼らは、常人の数倍、いやそれ以上の怪力を発揮し、攻城兵器を破壊していく。


 身長こそ低いドワーフだが、実は体重は人族より遥かに重い。女性は人族との体型差があまりないため、身長相応ではあるが、平均的なドワーフの男性は体重100kgほどであるらしい。太く頑丈な骨格に、それに相応しい重くみっしりとした筋肉の持ち主。それがドワーフの男性である。

 そんな鋼の体を持つドワーフの中でも高位の戦士である彼らは、その地位に相応しい特別製の隆々とした肉体を誇っていた。イヴァールを例に挙げると、身長151cmに対して体重115kgである。もちろん、増えた重量は筋肉であり、そのまま彼の攻撃力となっている。

 そして、イルッカ達もイヴァールに負けず劣らずの鍛え上げた身体であった。


 その彼らが身体強化も使って繰り出す一撃は、数tにもなる投石機(カタパルト)の重量を支える人より太い柱であろうが全く問題なく切り倒していく。一撃一倒。そんな言葉が思い浮かぶ破壊力である。


「兄者、手ごたえがないなぁ!」


「全くだ、これなら(きこり)でもいいから連れてくれば良かったな!」


 イルッカとマルッカは自身が口にするように、巨木を切り倒す(きこり)のような一定のリズムで戦斧を打ち込んでいく。(きこり)と違うのは、一撃で丸太を切断し次に移っていくところであろうか。

 彼らとは違い黙って戦斧を振るうカレヴァも同様だ。三人は帝国兵のことなど全く気にしていないようである。兵士がいれば兵士ごと打ち払っていくし、剣撃を受けても鎧の防御力か覚えた硬化の術ゆえか、まるで勢いが衰えることはない。


 最前線で嵐のように暴れまわる彼らに(おく)れを取るまじと、後続の戦士達もそれぞれの得物を猛然と振るっている。

 流石に彼らはイルッカ達のような並外れた膂力(りょりょく)を持たないようだが、戦士長タネリの指示の下、効率よく中央近くの攻城兵器を打ち倒している。

 一方の迎え撃つべき帝国側だが、第二段階の無人ソリに動揺し体勢を崩したままだ。それ(ゆえ)彼らは有効な対処も出来ず、ドワーフの戦士達に飲み込まれていった。


 予想外の手段でドワーフ達の接近を許した帝国兵は、乱戦となったため弓や大型弩砲(バリスタ)を使うこともできない。弓を射れば味方にも当たるし、大型弩砲(バリスタ)など使おうものなら、投石機(カタパルト)ごと破壊しかねない。そんな逡巡をしているうちに、大型弩砲(バリスタ)もドワーフ達の標的となっていく。


「アミィ、俺達も行こう! 俺は右に行く! アミィは左を!」


 中央付近は自軍有利に推移しているのを見て取ったシノブは、アミィに指示をすると、右側に走り出した。彼は長大な槍を利き手である右手に、そして左手には魔法の小剣を握ると投石機(カタパルト)を操作する兵へと迫っていく。


(ここには戦闘奴隷はいないか……)


 シノブは、魔力感知で『隷属の首輪』の反応がないことを確認すると、疾風のように駆けながら、その手に持つアムテリアから授かった神具を振るっていく。

 本来は両手で扱うべき巨大な神槍も、極限まで身体強化をしたシノブにとっては小枝を振るうようなものである。まるで重量などないかのように、軽々と突き、払い、薙ぐ。そんな彼の一挙動ごとに、投石機(カタパルト)大型弩砲(バリスタ)が爆ぜていった。

 攻城兵器の間を縫うように駆けるシノブが通った後には、爆発したかのような有様の残骸が残るだけである。そんな鬼神もかくやと言わんばかりのシノブに(おび)えたのか、帝国兵は同士討ち覚悟で矢を射掛け始めた。


「はっ!」


 雨のように降り注ぐ矢を、シノブは長槍を振り回して一纏(ひとまと)めに撃ち落とした。そして、同時に風の魔術を弓兵達へと放つ。


「ぎゃあ!」


 シノブが放った風の魔術。それは、カマイタチのように真空を発生させたらしい。一拍遅れて帝国兵から苦鳴(くめい)血飛沫(ちしぶき)が上がる。

 そして帝国兵の動揺をよそに、シノブは再び攻城兵器を破壊していく。足の遅いドワーフ達に中央を任せ、シノブは身体強化を活かして鳥のような速さで右端を目指して駆け抜けていった。


(しかし、戦闘奴隷はいないのかな……可能なら救助したかったけど……)


 義父となるベルレアン伯爵の教えを守り、迫り来る敵に対しては感情を押し殺し、戦地である氷原のように冷徹な心で迎え撃ったシノブである。王国には王国の、帝国には帝国の正義があるのだろう。自身の正義を信じて向かってくる兵士を説得することは不可能だと、シノブも理解していた。

 だが、自分の意思を奪われて隷属している者達は、出来ることなら解放したい。彼はそう考えていた。


 シノブの魔力感知によれば、奥のほうに控えている歩兵は奴隷のようだ。城壁に平行になるように左右に展開された攻城兵器から、1km以上奥に、歩兵を中心に構成した軍勢がいるのは、ソリを出す前に望遠鏡で確認していた。

 その歩兵隊からは、数多くの『隷属の首輪』を感知していたが、攻城兵器を操作する兵士や、その護衛である弓兵は、どうも奴隷ではないらしい。攻城兵器の運搬は馬を使うし、兵器の操作にしろ弓にしろ、高度な技術を必要とする。

 もしかすると、奴隷達は歩兵として使い潰すのだろうか。シノブは、頭の片隅でそんなことを考えながら、槍と小剣を振るっていった。


(これで、全部か……)


 シノブはついに攻城兵器群の右端まで到達した。当たる端から全てを破壊していたため、彼の通った道筋には残骸しか残っていない。そして、アミィも同様に端まで到達したようである。振り返ったシノブは、元来た方向に大きく跳躍し、上空から左端を眺める。

 一跳びで10m以上も飛び上がった彼の目には、原型を保っている攻城兵器など見当たらなかった。


「撤収するか!」


 着地したシノブは、来た時以上の速度で、中央へと駆け戻っていく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ! やったな!」


 中央に戻ったシノブを、イヴァールが満面の笑みで出迎えた。アルノーやラシュレー中隊長も彼の側に元気な様子で立っている。


「帆の準備はいいか!」


 シノブは、イヴァールやタネリに大声で確認をした。


「もうすぐ終わる!」


 シノブの声を聞いたタネリが叫び返す。彼の言うとおり、ドワーフ達は乗ってきたソリに柱を立てて帆布を張っている。ソリはシノブが乗ってきたものと同様に、どれも帝国軍のほうに後部を向けている。どうやら、アルノー達と同様にブレーキをつかって上手く反転させたようである。


「シノブ様!」


 そんな光景を見守るシノブの下に、アミィも駆け戻ってきた。

 幻影魔術で姿を消すことすらできる彼女である。こちらもかすり傷一つ負っていないようで、戦の前と変わらぬ明るい笑顔で軽やかに駆けてくる。


「アミィ、よくやった! さあ、戻るぞ!

後は義伯父上や義父上に任せよう!」


 シノブは、軍を率いて待機するアシャール公爵やベルレアン伯爵の顔を思い浮かべた。


「はい! あっ、城門が開きました!」


 アミィの視線の先にシノブが目をやると、彼女の言うとおりガルック砦の大門が開き、そこから王国軍が姿を現していた。シノブが氷面に変えた平原だが、王国兵の厳冬期装備として配布される軍靴には、鋲が打たれている。もちろん、軍馬の蹄鉄も同様である。

 そのため、王国兵は鏡のような氷原をものともせずに、平原へと展開していった。

 帝国軍は攻城兵器を失ったため、王国側に対して散発的に矢を射る程度である。対する王国の騎士や歩兵達は大盾を(かざ)し、それらに落ち着いて対処している。

 そして、そんな彼らの後方から移動式の攻城兵器が姿を現した。今度は、王国側が帝国の砦に攻め寄せる番だ。攻城兵器を素早く配置し、王国軍の陣地を築く。まずは、それが目標である。


「シノブ、準備が終わった! 風を頼む!」


 イヴァールの言葉を受けて、シノブは帆を張ったソリに風魔術を放った。今度の魔術は攻撃用ではなく、ソリを滑走させるためのものである。

 本来は西から東、つまりガルック砦側から風が吹いているが、シノブの膨大な魔力はそんなことは関係ないかのように、東風を作り出した。

 ドワーフ達は、帆が風を受けたのを見て取ると、ソリを押して行き足をつけ、飛び乗っていく。


「さあ、俺達は帰ろう!」


 シノブは、風魔術を使いながら、ソリを追いかけていく。彼とアミィは抜群の身体能力を駆使し、氷の上であることなど関係ないかのように駆け抜けていった。


「はい! タネリさん達にも、休んでもらわないといけませんから!」


 アミィが言うとおり、シノブ達はともかく、一戦したドワーフ達には休息が必要である。それに、怪我した者もいるようで、ソリの上には肩を貸された者や横たわった者もいるようだ。


「ああ! アミィは、重傷者への手当てを始めてくれ!」


 シノブは風魔術でソリを動かしているため、最後尾から離れることはできない。そこで、彼はアミィに治癒魔術を使うように頼んだ。


「わかりました! 砦に戻ればルシールさん達もいますけど、早いに越したことはないですからね!」


 アミィは、そう返事をすると、走る速度を上げて最後尾のソリへと飛び乗った。

 そんな彼女の言葉を聞いたシノブは、治癒魔術の研究に人生を捧げているらしいルシールのことを思い出し、苦笑いをした。

 どうやら、彼女の望みはすぐに果たされるようである。砦に戻ったシノブやアミィが、ドワーフ達の怪我を治す横で、彼女は目を輝かして見守るだろう。シノブには、そんな予感がしていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2014年12月28日17時の更新となります。


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