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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第7章 疑惑の伯爵
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07.26 王家の旗に集いて 前編

 小雪の降る中、ブーン、という低い唸りと共に、一抱えもある巨石が投擲(とうてき)された。砦に備え付けられた巨大な投石機(カタパルト)から放たれた大岩は、数百m先まで飛んでいく。


「命中! 次弾発射、急げ!」


 巨大な質量の衝突で、敵軍が押し立てていた移動式の投石機(カタパルト)が大破した。そして、それを見て喜ぶメリエンヌ王国の兵士達。だが、指揮する士官の表情は険しく、次の目標へと投石機(カタパルト)の操作係を急がせる。


大型弩砲(バリスタ)は人と馬を狙え! 慌てず、訓練通りにだ!」


 投石機(カタパルト)の発射には少々時間がかかる。多数が交互に発射することで、途切れないようにはしているが、それでも雨のように、とはいかない。

 その間に接近されないよう持たせるのが大型弩砲(バリスタ)の役目である。大型弩砲(バリスタ)でも、投石機(カタパルト)の重要な機構に命中すれば、大破させることも可能である。しかし、移動中の投石機(カタパルト)には、強固な覆いがある。

 そのため、投石機(カタパルト)そのものより運搬する馬や人を狙ったほうが良い。


「落ち着いて狙え! 西風で、しかも、こちらが高いんだ!」


 士官が言うとおり、ここモゼル砦から戦場に向かって風が吹いている。この世界も地球同様の惑星であり、偏西風が存在する。もちろん、そんな知識は彼らにはない。だが、西からの風が強いことは、ここメリエンヌ王国とベーリンゲン帝国の国境では、よく知られた事実であった。

 西の王国と東の帝国。両国を南北に仕切るように、国境の城壁は築かれている。多くは大軍を動かすのが難しい難所だが、その中で三箇所だけ、平地が存在した。王国は、そこに北からモゼル砦、ガルック砦、ガンタル砦と三つの砦を築いている。


 帝国側も同様に城壁と砦を築いており、その間の平原は、どちらも実効支配していない緩衝地帯となっている。王国では、それぞれ砦と同様にモゼル平原、ガルック平原、ガンタル平原と呼んでいる大地。若干西側、つまり王国側が高くなっているが、さほどの傾斜はない平原。それが、長年の死闘の場であった。


 砦での攻防は、主に投石機(カタパルト)大型弩砲(バリスタ)、そして長弓である。接近したら槍や剣、魔術の出番となる。だが投石機(カタパルト)で数百m、大型弩砲(バリスタ)なら1km近く先も狙えるのに対し、人間が放つ魔術の射程は短かった。有効範囲は優秀な魔術師でもせいぜい数十mといったところか。

 それに、優れた魔術師の数は少ない。帝国では魔道具技術が発達しているが、そこまで万能でもないようである。そのため、王国と帝国の攻防は、攻城兵器で始まるのが常であった。


「もうそろそろ、王領や他の伯爵領からの増援も来るはずだ! それまで(しの)げばこちらの勝ちだ!

とにかく、接近させるな!」


 疲れを見せる兵士達を士官は叱咤する。既に、戦端が開かれてから一週間以上。その間、昼夜交代で戦っている彼らには当然疲労が蓄積している。現在のところ、モゼル砦は敵の侵入を許していないが、南のガンタル砦では一時的に敵兵が内部に侵入したこともある。

 その際に大勢の死者が出た。それを知っている士官は、敵兵が砦に接近することを警戒していた。


 幸い、士官の檄は効果があったようだ。接近されたときの惨事を恐れたのか。それとも、増援が来るまでと期限を示したのが良かったのか。兵士達は、ここが頑張り時と疲れた体を無理矢理動かし、大型弩砲(バリスタ)投石機(カタパルト)を操作し、弓を引く。

 そして、それらに岩や矢を補給する兵士達も、前線の活気が波及したかのように動きが良くなった。


 砦や城壁には、戦に備えて大量の備蓄はある。しかし、それらを10mはある城壁の上まで持ってくるのは、最終的には人力である。もちろん、岩などは滑車や梃子(てこ)を利用して吊り上げるわけだが、その動力のほとんどは人力であった。


「バストル隊長! あれを見てください!」


 投石機(カタパルト)の照準のため、望遠鏡を覗いていた兵士が、慌てた様子で士官に声をかけた。


「む。引いていくのか……」


 望遠鏡を渡された士官が覗いてみると、敵軍が後退すべく引き馬を投石機(カタパルト)の後部に付け替えているのが目に入った。

 そして、そんな士官の呟きに、周りの兵は思わず安堵の溜息を漏らす。


「気を緩めるな! 陽動かもしれんぞ!」


 周囲の弛みに気がついた士官は、慌てて再度叱咤する。

 その言葉に首を(すく)めた兵士達は、再び自身に与えられた役目に集中し、機器を操作し矢を射始める。


「一旦引いて、再び攻め寄せるのか……それとも、別の砦に行くのか……」


 士官は、敵に与えたダメージが致命的なものではないと理解していた。過去の戦史が伝えるところによれば、こういった場合は、体勢を整えなおしてから再侵攻する場合と、別の砦に狙いを移す場合があるという。


「伝令! ガルック砦に伝達!」


 もはや本格的に撤退しだした敵軍を見ながら、士官は伝令兵を呼び寄せる。ここ北のモゼル砦を諦め狙いを移すとしたら、中央のガルック砦であろう。そう思った士官は、戦況の伝達を急ぐことにしたのだ。


「……しかし中途半端な。一体、奴らは何を考えているのだ?」


 南のガンタル砦では、一旦敵兵の侵入を許した。だが、その後は膠着(こうちゃく)状態である。ガンタル砦の同僚達も奮戦したのだろうが、それだけであろうか。

 望遠鏡で敵陣を眺める士官は、ここ一週間ほどの攻防を振り返りながら、そんな呟きを漏らしていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……たぶん、我々をおびき寄せるつもりだろうね」


 シノブの問いに、ベルレアン伯爵は彼には似合わない辛辣さを感じさせる口調で答えた。

 移動中の馬車で行われている軍議。その中での会話である。


「おびき寄せる……」


 膠着(こうちゃく)状態が続いているという戦地の様子を、シノブは思い浮かべた。


「一旦はガンタル砦に取り付いておきながら簡単に引いたあたり、策略の匂いがします」


 元ブロイーヌ子爵のロベール・エドガールも、伯爵に続いてシノブに指摘する。彼を含む将官達には20年前の戦に加わった者も多い。それらの経験から、敵の動きに不審を感じているようだ。


「元々、農閑期である冬場に攻めてくることは多いんだ。積雪が本格的になる二月あたりを避ける。これも良くあることだね。

だが、フライユ伯爵領内の政情穏やかならず、こういった事態を作り上げたのは帝国だ。

そこで、我々がどう動くか。戦は仕掛けるほうが有利とはいえ、嫌な状況に仕立ててくれたものだよ」


 伯爵が言うとおり、アシャール公爵どころか王太子テオドールまで従軍することになったのは、フライユ伯爵の動向に不安を感じたからだ。王家の威信を示すため、次代の王まで出陣する。それらは、全て敵の思惑通りなのではないか。

 伯爵の言葉から、シノブはそんな印象を受けた。


「それでは、敵は王太子殿下を狙ってくるのでしょうか?」


 父の言葉に、シャルロットは眉を(ひそ)めた。

 彼女は、王太子が座す総司令部に残ることになっている。王太子や、フライユ伯爵家の女性達を守る、それが彼女の役目である。シノブは会った事もないフライユ伯爵家の女性陣ではあるが、そこには、ブリジットの母でミュリエルの祖母でもあるアルメル、つまり先代フライユ伯爵の妻も含まれている。

 それ(ゆえ)ベルレアン伯爵としては、公私の両面でシャルロットを総司令部に残したかったようである。


 それに元々、伯爵と継嗣の双方が戦場に立つことが異例なのだ。特に、まだ子供のいない継嗣が戦場に出ることは少ないらしい。ミレーユの兄エルヴェは20代前半だが、既に結婚をして嫡男もいる。そのため、父に領地を任せて従軍したそうだ。


「そうだね。その可能性はある。だが、不敬だが王太子殿下を暗殺しても、それで王家が絶えるわけではない。私は、前線までおびき寄せた王領軍や我々伯爵領軍を叩くことが敵の狙いだと思っているんだ」


 娘の問いに、伯爵は己の考えを披露する。

 ベルレアン伯爵領軍は、先発隊200名、後続が自軍から1200名と傭兵100名の、合計1500名で構成されている。更に、ドワーフの義勇兵と男爵領群で吸収した者達を合わせると、総勢1700名を超すまでに膨れ上がっていた。

 男爵達はアリエルの父であるルオール男爵エミールが(まと)めている。シノブが予想したように、男爵領群での宿泊と休憩で総勢およそ50名となった騎士達。その上、彼らの従者達もいる。合わせて200名近い、もはや男爵軍とでもいうべき一隊が、シノブ達と共にフライユ伯爵領内を行軍していた。


 そして、王領軍は、ラコスト伯爵領、ボーモン伯爵領の軍勢を加えて進軍している。王領軍からは4000名。総勢1万6千名の王領正規軍の四分の一が出陣している。ガルゴン王国側の抑えや、領内の魔獣退治を考えると、動員可能な内の半数に当たる大軍だ。

 ラコスト伯爵領、ボーモン伯爵領からは、合わせて1400名。これに別経路で進軍するエリュアール伯爵領の600名を足した2000名は、後方支援を担う。したがって、戦地には王領軍、フライユ伯爵領軍、ベルレアン伯爵領軍が赴くことになる。


「つまり、帝国はこの三軍を叩いて、フライユ伯爵領を制圧するつもりではないかな。

現地を押さえるフライユに、王国でも武闘派として知られる我が軍。そして、王国の根幹である王領軍。これらを一定数潰されれば、王国とてある程度譲歩するしかないよ」


 伯爵は、苦いものでも噛んだかのように表情を(ゆが)めている。


「現実的に考えて、帝国軍が王都メリエまで長駆して制圧するのは困難ですからね」


 参謀総長のデロールも、主の言葉に頷いた。

 ベーリンゲン帝国との国境から王都メリエまで1000km以上。そこまで補給線を維持し、軍を移動させるよりは、手元に引き寄せて叩く。シノブも、ここ数日の移動を思い出し、彼らの言葉に納得した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「また、街には寄らないんですね」


「ああ、そうみたいだね」


 アミィの言葉に、シノブは頷いた。


「残念でしたね。折角、あちこちの街を見て回る機会ですのに」


 アミィは、シノブを気遣うような表情で見上げている。外見僅か10歳程度の少女がそんな顔をしているのを見ると、シノブもなんとなく悪いことをしたように思ってしまう。


「まあね。でも、これだけ警戒しているから、しょうがないね」


 そんな思いを(いだ)いたシノブは、慰めるような様子のアミィに明るく笑い返した。


 フライユ伯爵領に入って、既に四日。シノブ達は、野営を繰り返していた。男爵領群では、アリエルの父ルオール男爵とも親交が深いモンノワール男爵の治める町で一泊した。だが、フライユ伯爵領に入ってからは、町で休むことはない。

 伯爵や司令部の面々は、フライユ伯爵領の町に寄って騒動を起こしたり伏兵に遭遇したりすることを恐れていた。

 幸い、魔法のカバンで物資を運んでいる。それに、先発隊や後発隊とは別に、補給物資を輸送する隊もあるという。彼らは、ベルレアン伯爵領からフライユ伯爵領へと、物資の輸送を繰り返すそうだ。


「まあ、お陰で細工物をするには困らないようだけどね」


 シノブが王都で手に入れた木材や帆布。彼は、それらをドワーフ達に渡して、あるものを作らせていた。後発隊の物資も一部を魔法のカバンに収納したことで、輜重隊にも余裕はある。そのため、宿泊地での休憩中にドワーフ達の鍛冶師を中心に、シノブの望むものを作っているそうだ。

 それらの情報は、先発隊と後発隊の間を往復する伝令隊が、随時届けてくれる。イヴァールと馬術競技をしたリエト・ボーニなど、馬術名人の伝令兵は、そういった連絡や斥候、町への連絡を受け持っていた。


「あっ、伝令兵のラッパですね。『イ・ジ・ョ・ウ・ナ・シ』ですか」


 アミィと共に(たたず)んでいた猫の獣人ソニアが呟いた。

 彼女は、アミィから侍女以外の教育も受けている。そして、その中には『アマノ式伝達法』も含まれていた。どうやら、アミィは彼女を本格的に諜報員として育成しているようだ。


「ソニアもだいぶ覚えたね」


 シノブは、そんな彼女の努力を(ねぎら)った。


「ありがとうございます。伝令兵のラッパは平文ですから」


 ソニアは、シノブの言葉に微笑んだ。

 彼女が言うとおり、伝令兵のラッパには『アマノ式伝達法』の平文が紛れていた。王国の軍隊には、進軍を効率的に行うための軍楽隊もあった。それに、従来も伝令はラッパなどで合図を行っていたらしい。

 ベルレアン伯爵やシャルロットは、そんな伝令の合図に『アマノ式伝達法』を挿入することを思いつき、この進軍で訓練を兼ねて実施していたのだ。

 暗号表まで用いたものは、アミィならともかくシノブ達にはその場で解読はできない。だが、ソニアが言うように、秘匿すべきものでなければ平文伝達されているため、少し学んだ者であれば把握は容易であった。


「こんな近くですから、ちょっと行ってみたい気もしますけど。どんなものが売っているのかしら」


 元々商人の娘であった侍女リゼットは、フライユ伯爵領の商店に興味があるようだ。

 ここは、都市スクランシュに近い草原である。彼女は、都市スクランシュの方向を眺めながら、呟いていた。


 都市シュルーズと都市スクランシュ。フライユ伯爵領でも大きな都市を、彼らは通り過ぎてきた。これに、戦地に近い都市グラージュを合わせたのが、フライユ伯爵領の三大都市らしい。もちろん、領都シェロノワが最大の都市だが、これらの三大都市は、住民が1万人を超える大都市だという。


「これだけ警戒していますからね。

さすがに、勝手に街に行ったら、兵士に示しがつかないと思いますよ」


 伯爵家から一家ごとシノブの家臣となった、侍女アンナが、苦笑いしながら言った。


「そうですね。レナン、パトリック。お前達も陣から抜け出したりしてはダメだぞ」


 アンナの横では、父で護衛兵として従軍しているジュストも同意していた。彼は、街に興味を示した侍従見習いのレナンやパトリックにも注意をしている。

 本来ならベルレアン伯爵領軍も、これらの都市で補給をするのだろう。だが今回に限っては、燃料などは別として食料に関しては自領から輸送してきたものを中心に使っている。現地で手に入れたものは、設営を手伝った領民に代金代わりに支払うか、彼らに振舞う食事に当てているようである。


「しかし、手伝いに来ている人を見ると、あまり良い暮らしはしていないようだね」


 シノブは、設営を手伝っているフライユ伯爵領の住民達を見ながら首を傾げた。

 彼は、住民達の服装が、ベルレアン伯爵領や王領で見た人々に比べて粗末であるように感じていたのだ。


「それは、ベルレアン伯爵領は特別ですから」


 彼らと共にいた、参謀のミュレが自慢げに言う。

 シノブの家臣でもあるミュレだが、元々は領都セリュジエールの住人であり、伯爵家の家臣ではなかった。ミュレは、魔力量が多いため伯爵家に仕えることになった。しかし、その経緯を別にしても伯爵家への忠誠心は高いようだ。


「フライユ伯爵領では、魔道具製造が盛んですが、その労働力は付近の町村で安く集めているようですね。

機密部分も多いので、製造は領都シェロノワの近辺に集められた工場のみでしか行っていないそうです。

労働者達は単純作業しか行わないのでしょうけど、安い賃金で朝から晩まで働くそうですよ」


 ミュレの説明によると、作業を上手く分担することで効率を上げているようだ。しかし、それ(ゆえ)長期間勤めても独自に開業できるような何かが身につくこともないらしい。

 そのため、ある程度勤めたら辞めていく人が多いようである。


「なるほどね。でも、よく知っているね」


 ミュレの説明を聞く限り、魔道具製造にも色々問題点は多いようだ。また、それらに関わる商会が敵国と繋がっていたとわかった現在、ごく普通の産業として見てよいものか。シノブは、彼の説明を聞きながら、そんな思いを(いだ)いた。


「近くに住んでいた人が、こちらと取引している商人でしたから」


 そんなシノブの内心に気がつかなかったようで、ミュレは笑いながら答えた。小柄な彼が笑うと、少年のようでもある。


「ともかく、下手に彼らと接近して何かあったら困ります。シノブ様はお優しいから、なおさらです」


 アンナの父ジュストは、娘からシノブのことを良く聞いていたようだ。

 ジュストに先手を打たれたシノブは、苦笑いしながら頭を掻いた。そして、そんな彼の様子を見たアミィやアンナ達は、思わず笑いを(こぼ)していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ともかく、明後日は遂にシェロノワですか」


 シノブは、昨日の様子を思い出しながら、伯爵に問いかけた。

 彼らは、街を避けて野営しただけである。しかも、シノブやシャルロットは野営といっても魔法の家での宿泊である。実質的に、普通の家での生活と何の違いもない。

 それに、食事はアミィや侍女達の作る和食やベルレアン伯爵領の名物であり、こちらも旅の途中とは思えない手の込んだ品だ。

 部屋数も増えたので、ベルレアン伯爵も魔法の家に宿泊するようになり、そういう意味では、彼らは旅の苦労など殆どしていない。


 しかし、周囲に斥候を出し慎重に軍を進める司令部や、住民達が持ち寄った物資を細かく検品し買取の可否を判断する兵士達を見ていると、ここが戦地なのだと否が応でも感じざるを得ない。

 そんな雰囲気に影響されたせいか、シノブも少々気疲れしたようである。


「ははっ、まだ戦場にも入っていないよ。『竜の友』は待つのは苦手かな?」


 そんな彼の心境を察したのか、ベルレアン伯爵はからかうような表情を見せた。


「そうですね。今日、明日と待機するくらいなら、戦場に乗り込んだほうが気が楽です」


 シノブも、冗談交じりに返事を返す。

 彼らは、都市スクランシュと領都シェロノワの間の草原で、王領軍が着くまで待機することになっていた。既に、脇街道などを使い王領軍の動向は把握している。この調子なら予定通り、12月17日には領都シェロノワに一緒に入ることができる見込みであった。

 だがシノブは、王領軍が早く着いてくれないかと願っていた。やはり、初めての戦争で緊張しているらしく、何もせずに待つのが(つら)いようだ。


「待つのも仕事のうちだね。特に、司令官なんてそんなものさ。敵が出てくるまで待機する。もっとも有効な場所におびき寄せる。一瞬の戦いには、そこに至るまでの駆け引きがあるものだよ」


 伯爵は、シノブの焦りを察したのか、諭すような優しい口調で語りかける。もっとも、彼の視線は娘にも向いていたので、シャルロットにも注意したかったのかもしれない。


「そうすると、我々を待ち受けている敵は、よほど我慢強いのかもしれませんね」


 シノブは、国境まで自分達をおびき寄せているかもしれない、まだ見ぬ敵へと思いを馳せた。


「まあね。それは、帝国を代表する名将が待ち受けているのだろうさ。

まあ、相手も釣り出されてくるのが『竜の友』だとは思わなかっただろうがね!

痺れを切らした『竜の友』に噛み付かれる帝国兵も気の毒なものだよ!」


 ベルレアン伯爵の陽気な声に、車中の一同は大笑いした。

 シノブは、数日間の行軍で精神的に疲労した一行を和ませる伯爵の気配りに感心しつつ、自身も笑いを(こぼ)した。圧倒的な魔力があろうとも、将来の義父となる伯爵には、まだまだ(かな)わないようだとシノブは感じていた。だが、そんな彼の側にいることに、安心を覚えていたのも事実である。

 いつかは、彼のような高みに上りたい。シノブは、和やかな空気の中で、そんな思いを(いだ)いていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2014年12月18日17時の更新となります。


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