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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第7章 疑惑の伯爵
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07.24 アリエルの帰宅 前編

 ルオールの町の一際小高い場所にある領主の館。シノブ達は、館の前庭に入った伯爵家の馬車から降りるなり、領主のルオール男爵エミール・ド・スーリエや、彼と共にいたエルヴェ・ド・ベルニエと挨拶をした。

 館には、伯爵家の面々や将官、それを護衛する一部の騎士のみが訪れていた。なにしろルオールは戸数200を下回るごく普通の町だ。そこで、騎士達の多くは町に入らずに迂回しフライユ伯爵領へと続く東側の草原に陣を張って休憩している。


「やあ、エミール。元気そうだね」


 ベルレアン伯爵コルネーユは、ルオール男爵エミールに気安げに声をかけた。

 ルオール男爵はアリエルの父であり、若い頃はベルレアン伯爵の側仕えをしていた。そして、ソンヌ男爵の跡取りであるエルヴェも、成人前までは伯爵家で侍従見習いとして奉公した経歴を持つ。

 したがって、ベルレアン伯爵家の者、特に年長である伯爵や家令ジェルヴェ、シメオンなどにとっては旧知の仲であるようだ。

 ルオール男爵領とソンヌ男爵領は、双方ともベルレアン伯爵領と隣接している。そのため、伯爵家から領地に戻った後も、年に1度か2度はベルレアン伯爵の下を訪れることもあるという。

 シノブは親しげな彼らの様子を見ながら、館に着くまでの間にシャルロットから教えられたことを思い出した。


「ミレーユ、久しぶりだな!」


 伯爵達への挨拶を終えたミレーユの兄エルヴェも、妹へと陽気に声をかける。

 アリエルも父の下に行き、お互いの壮健を喜んでいる。だが、伯爵の前でもあるため礼節を保ったままの彼らとは異なり、こちらは随分親しげである。


「兄上、ご無沙汰しております」


 ミレーユは、巨漢の兄に一礼した。

 シャルロットと共にヴァルゲン砦で二年以上勤務していたミレーユは、兄と会うのは久しぶりらしい。領都セリュジエールから100kmも離れた砦の勤務である。兄が領都を訪れるからといって会いに行くことは難しいのだろう。シャルロットによれば、二人は三年近く会っていないという。


「ほう! お前も随分礼儀正しくなったな!

昔は『お兄ちゃん』と呼ばれたものだが、シャルロット様やアリエル殿に鍛えられたようだな!」


 妹と同様に赤毛に青い目のエルヴェは、妹を見下ろしながら驚きをみせる。

 彼はシノブよりも背が高く、身長190cmはあるようだ。それに対してミレーユは頭一つは背が低い。彼女は平均より少々小柄だが、エルヴェが並以上の大男であるため、その差が強調されている。


「兄上、閣下の前です!」


 兄の暴露(ばくろ)に、ミレーユは慌てたようだ。彼女はエルヴェへと非難の視線を向ける。

 ミレーユが触れたように伯爵がすぐ側にいるし、更に将官達が彼を囲んでいる。シノブやシャルロット達だけならともかく、これでは気安げな口調ともいかないだろう。


「おお、すまんすまん。数年ぶりに妹の姿を見て、気が緩んだかな?」


 エルヴェには悪気はないらしく、赤毛の頭に手をやり妹へと謝ってみせる。彼は成長した妹に恥をかかせたと思ったらしい。


 シノブは二人のやり取りに微笑みを浮かべてしまう。

 一行を街道で待ち受けていたエルヴェを見たとき、ミレーユは思わず『お兄ちゃん!』と声を上げたからだ。しかも運悪くと言うべきか彼女は伯爵の馬車に同乗していたから多くが耳にしており、シノブだけではなくシャルロット達も顔を綻ばせている。

 そして同行者達の笑みが何を意味するのか察しているらしく、ミレーユは顔を真っ赤にしている。


「ミレーユ、そんなに恥ずかしがることはなかろう。失言したのは私だからな」


 エルヴェは妹を気遣うような言葉をかける。

 シメオンと同じくらいか若干若く見える彼は、外見どおり、陽気で武芸一筋に励んできた裏表のない人間のようである。


「そうですね。ミレーユ殿はもう立派な女騎士です。アリエル殿と同じく、シャルロット様の側仕えに相応しい活躍をみせています」


 そんな二人にシメオンが口を挟む。

 表面上はミレーユを褒めているようだが、シノブは彼独特のユーモアが含まれていると感じ、笑いを(こら)えるのに苦労した。おそらく車中での行動を遠回しに示しているのだろう。そう思ったのだ。


「おお! 滅多に人を褒めないシメオン殿からのお言葉! ミレーユも随分役に立っているようだな!」


 車中での一幕を知らないエルヴェは、シメオンの発言を言葉通りに受け取ったようだ。

 そんな彼の様子に、伯爵やシャルロット達も、ついに笑いを(こら)えきれなくなったようだ。兄妹を取り巻く人々は、戦地に向かう一行とは思えない笑声(しょうせい)を上げていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ルオール男爵の館で食事を取ったシノブ達は、1時間ほどの休憩時間を使って町の散策へと繰り出していた。シノブとアミィ、イヴァール、そしてシャルロットにアリエルとミレーユの六人で、ルオールの町を見て回ることにしたのだ。


「しかし、お母さんとゆっくり話さなくて良かったの?」


 シノブは、案内を買って出たアリエルに問いかける。

 彼女は、9年ぶりにこの町に戻ったらしい。しかし、ルオール男爵もセリュジエールを訪れることはあり、その際は妻を連れてくることもあったという。そのため、母とは3年半ほど前に領都で会ったそうだ。

 とはいえシノブは、折角母と再会できたアリエルに自宅で寛ぐ間もなく町の案内をさせて、すまなく思っていたのだ。


「母は今頃、閣下達のお世話で大変でしょうから」


 シノブの言葉にアリエルは、その琥珀色の瞳に柔らかい光を浮かべながら答える。

 彼女の母ルミエル・ド・スーリエは、食事の間、男爵家の侍女達と給仕をしてくれた。男爵家の家臣は10人程度だという。したがって、伯爵家の面々と司令部の高官だけとはいえ、その世話をするのは男爵家にとってはそれなりに大変だったようだ。

 娘と同じ栗色の髪のルミエルは、外見だけではなく落ち着いた雰囲気も共通していた。緑色の瞳以外は、アリエルが20年ほどしたらこんな奥方になるのではないか、と思うほど似通った穏やかな令夫人ぶりであり、夫のルオール男爵エミールを卒なく助けていた。


「そうですね。私達以外にも、兄や他の男爵家から参加する人達もいますし」


 ミレーユは、兄のエルヴェを思い出したのか、少々恥ずかしげな表情である。

 彼女が言うように、ルオール男爵やソンヌ男爵の継嗣エルヴェの他にも十何人かの男爵もしくはその息子などが参戦を希望していた。1時間の休憩を取るのは、彼らの確認のためでもあった。

 帝国の間者や『隷属の首輪』で使役される奴隷がいる以上、顔見知りの男爵達といえど安心はできない。そこで、身体検査も含んだ確認が行われているのだ。

 幸い事情は男爵達も承知しており、検査自体について不満が示されることはなかった。だが十数人の貴族が、それぞれ2名か3名の従者を連れている。彼ら自身と荷物の検査を行うのは、多少の時間が必要であった。

 もっともシノブとアミィが手伝ったから、だいぶ手間が省けたようである。『隷属の首輪』や稼働中の不審な魔道具が無いことを、二人が魔力波動で確かめたのだ。


「ずいぶん多くの男爵が参加するんだね」


 シノブは、このあたりの男爵家の様子を思い出した。

 ジェルヴェからは、近隣の男爵領についての情報も学んでいたのだ。それによればフライユ伯爵領との間の小領群には、70数家ほどの男爵家があるらしい。

 ルオールで休憩した後、シノブ達は小領群のほぼ中央のモンノワール男爵領で宿泊し、最後にフライユ伯爵領に入る直前で再び休憩する。そのため仮に後二回で同じ様に男爵達が参戦してくるなら、全体の半数以上が従軍するのではないかとシノブは思ったのだ。


「戦で名を上げるのは、男爵達にとっては将来に関わる重大事ですから」


 隣を歩くシノブにシャルロットは、男爵達の事情を説明する。

 大領主である伯爵は、戦時ともなれば国王から軍を出すように命じられる。通常は戦地に近い伯爵領に出陣の命が下るため、全ての伯爵領軍が出るような事例はなく、今回のように王領軍と近隣の伯爵家となるようだ。

 それに対し、男爵に直接従軍命令が出ることは通常無いという。元々初代国王エクトル一世の直臣であった伯爵達に対し、男爵達は、彼らに併合された都市国家の主やその家臣が大半である。それ(ゆえ)、外様である男爵家に大きな武力を持たせることはなかったようだ。

 そのため、男爵家は自領を警備するのに必要な軍事力しか持っていない。この世界は魔獣が出没するため、戦争がなくても一定の武力の維持は必要である。しかし度を越した力は、王国の安寧を脅かす、ということだろう。

 そんな男爵家ではあるが、若き日のルオール男爵やミレーユの兄エルヴェのように王領や伯爵領などに行儀見習いに出る場合、親や家の経歴が選考基準になることもある。

 出陣して戦果を挙げれば当然恩賞も出るが、自身や子孫のために箔をつける意味も大きい、とシャルロットは説明する。


「なるほど、仕官先のため、ですか」


 アミィは、シノブを挟んで反対側を歩くシャルロットを見上げている。

 最近、彼女はシノブやシャルロット達だけといるときは、あまり発言を遠慮しなくなったようだ。やはりシャルロットと伯爵に自身とシノブの秘密を打ち明けた、ということが大きいのだろう。


「ええ。大領の主と親しくするため。それに次男以降が彼らの家臣となることもありますからね」


 そんなアミィと同様に、シャルロットも従者という枠を超えて彼女に接しているようだ。なにしろアミィの正体は彼らが最高神と崇めるアムテリアの眷属である。それを知って単なる従者として扱うほうがおかしいだろう。

 特に、シャルロットの場合は、聖地でアムテリアから二人でシノブと支えあっていくようにとの言葉を授かっている。したがって、親しい者しかいない場所では、身分の差を越えた同志としての態度を見せていた。


「しかし、誰もお主を領主の娘だと気がつかないのだな。

領都でのシャルロット殿のように、もっと騒がれると思っていたが」


 イヴァールは、アリエルを見ても住人達が驚かないのが不思議なようだ。

 シノブを含めて四名が貴族の軍装である白いマントを身に着けているため、通りを歩く人も彼らに敬意を示している。だが、伯爵家の者か、参戦する男爵家の者と思っているのか、ルオール男爵の娘とはわからないようである。


「私が奉公に上がったのは、9年前ですから。それに、この鎧は伯爵家でご用意いただいた物です」


 確かにアリエルの言うとおり、10歳のときに領地を出た彼女を今の姿だけで判別することは難しいだろう。それに、自領で用意した鎧であれば自家の紋章などが刻まれているが、伯爵家の物ではそれもない。


「しかし、あまり人がいないね」


 シノブは、通りを歩く人が少ないのが意外であった。ルオールの町は人口約1000人。戸数も150は超えるらしい。


「きっと、大人達は館の手伝いに行っているのでしょう。それにリンゴの収穫時期ですから、果樹園に行っている者も多いと思います」


 アリエルは首を傾げるシノブに、そう答えた。

 ルオールは農業が主体であるらしい。シノブが考える現代日本の町とは違い、大きな農業集落というべきなのかもしれない。

 町ではそれなりに魔道具が使われているが、明かりの魔道具を何時間も使うようなことは無いようだ。魔道具自体が高価ということもあるが、使用者が魔力を充填する形式だと、そんなに大量の魔力を注ぎ込めるモノ自体が稀だからであろう。

 したがって、農作業もそうだが、生活行動の多くは日のあるうちに行われる。


「そうか……せっかく町を案内してもらったけど、流石に果樹園まで行くわけにはいかないね」


 シノブは、領都や王都への往復で見ることのなかった住民達の姿を知る機会だと思っていたので、少し残念そうな声を返した。

 街道を進むとき、遠目に果樹園のようなものが見えたが、町を出てそこまで行ってくるには少々時間が足りないようだ。


「そうですね……では、神殿に行ってみませんか?」


「神殿?」


 アリエルの言葉に、シノブは思わず問い返した。

 町の住民達は、男爵の館で手伝っているか農作業をしている、と彼女は言ったばかりである。神殿に行っても神官達しかいないのではないか。シノブは、そう思ったのだ。


「今の時間だと、神殿で子供達に読み書きなどを教えているはずです。大人ではありませんが、町の生活を知ることができると思います」


 アリエルは、シノブの疑問に答えるかのように優しく笑いかけた。


「なるほどね! ありがとう、それじゃ早速行ってみよう! どっちかな?」


 彼女の意図を理解したシノブは破顔一笑し、神殿の道を尋ねた。


「すみません……戻ります」


 アリエルは、申し訳なさそうな顔で、シノブに軽く頭を下げた。


「そうか、神殿だから領主の館の近くにあるよね!

いいんだよ、目的も無く歩いていたのは俺なんだから!」


 領都でも、伯爵の館から大通りを挟んだ向かい側に大神殿がある。

 シノブは、聞くまでもないことを聞いたなと思い、頭を掻いた。


「良い天気ですからお散歩するのも気持ちよかったです!

それに知らない町並みを見るのも楽しかったですし!」


 アミィはそう口にすると、そのままシノブを見上げている。

 たぶん、シノブをフォローしようと思ったのだろうが、元気良く尻尾が振られ、狐耳もピンと立っているところを見ると、案外本心からの言葉かもしれない。


「そうだね。それじゃ、神殿に行ってみよう!」


 シノブは、そんなアミィの頭を優しく撫でると、アリエルに続いて神殿への道を歩み始めた。

 オレンジがかった明るい茶色の髪を()くように撫でられたアミィは、一瞬気持ち良さそうに目を細めた。そして、彼女は冬の柔らかな日差しの中を、主に続いて歩みだした。

 シノブに寄り添うアミィ。彼女の表情からは、シノブこそが太陽であるとでもいうような温かな喜びが感じられた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2014年12月14日17時の更新となります。


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