02.03 騎士の帰還
領都セリュジエールの城壁は随分と厚みがあるらしく、城門は短いトンネルのようでもあった。そして門を抜けると、幅30mほどの大通りが真っ直ぐ伸びていた。
大通りの左右には、石造りの大きな商家や立派な住宅が立ち並んでいる。どれも三階建て以上で、外壁には装飾も施され、格子が細かく切られた窓には透明度の高いガラスも入っている。その様子からすると、かなり快適な生活環境なのだろう。
そして街の人々も、高い文明だと感じられる都市に相応しい姿であった。彼らが纏っているのは、時代がかってはいるが西欧の伝統衣装としてなら充分に通用しそうな洗練された服だ。それに衣装や人々自体も清潔そうである。
都市ということもあるが魔道具があるからだろう、シノブはルネサンス期に相当するというアミィの説明より近代的な印象を受けた。
そんな豊かさが窺える都市の中を、シャルロット、アリエル、ミレーユの三人の女騎士が操る軍馬が進んでいく。ちなみにシノブとアミィは、それぞれアリエルとミレーユの馬に同乗したままだ。
大通りに入ってからは、ミレーユが自身の栗毛の馬を前に出した。そして彼女は警笛を鳴らしながら、通りの中央を速歩で進む。三頭の馬の歩む速度は街中を急ぐ自転車くらい、およそ時速10kmといったところか。
道を行く人や馬車は警笛の音を聞き、左右に分かれていく。その光景は、さながら緊急車両通過時の車のようだ。
しかし街の人達は、唐突に道を空けるように指示されたにも関わらず不満を感じていないらしい。それどころか彼らはシャルロット達を見ると、笑顔を浮かべ歓声すら上げている。
「シャルロット様~!」
「戦乙女様、万歳!」
「お帰りなさいませ!」
大通りの両脇は、歓呼の声で迎え手を振る老若男女で満ちていく。
腕の中の幼子に「ほら、シャルロット様だよ」と語りかけながら小さな手を振らせる母親らしき女性。
まるで崇めるかのように、敬虔な仕草で手を合わせ頭を垂れる老人達。
しきりに手を振り声を上げ、軍馬を追って駆け出して親に引き止められる子供達。
その親も「じゃましちゃいけないよ!」と言いながらも、視線はシャルロットに釘付けである。
半分以上は人族だが、アミィから聞いていたとおり獣人族も結構多い。種族による差別などは無いようで、裕福な身なりの獣人も珍しくない。
そして沸き上がる歓声を聞いてだろう、家々や左右にある通りからも人が現れる。どこから集まってくるのか人々は後から後から押し寄せてきて、あっという間に大通りの両脇は人で埋め尽くされた。
流石に邪魔になるほど近寄る者はいないが、押し寄せる熱気が馬上のシノブにも届いてくる。そのためだろう、シノブは英雄の帰還という言葉を連想した。
「うわぁ~、シャルロット様は慕われているんだなぁ……しかし、どうして判るのかな?」
シノブは歓喜に瞳を輝かせ声を上げる人々を見ながら、思わず呟いた。
相変わらずシノブはアリエルが操る鹿毛の馬の背の上で、彼女に後ろからしがみ付いているだけである。そのためシノブには、周囲を見る余裕が充分にあったのだ。
それはともかく、女騎士達は兜の前面の覆いを上げているだけだ。したがって顔は見えているとはいえ、決して判りやすくなかろうとシノブは思う。
「ミスリルの鎧は、軍でもごく僅かな者しか持っていません。それに軍装としての白いマントは、貴族のみに許されています。貴族の女騎士となると限られますし」
アリエルはシノブの疑問に答えていく。
それによると軍装は貴族か否かだけではなく、金糸で縁取られたマントは大隊長以上、など細かく定められているという。したがって知識さえあれば、金糸付きの白マントを着けたシャルロットが貴族で大隊長以上だと外見だけで判断できるわけだ。
そして現在、この条件を満たすのはベルレアン伯爵領ではシャルロットだけ、とアリエルは結ぶ。
(なるほど……地球でも昔は階級ごとに身なりがきっちり定められていた、っていうしね)
シノブは、アリエルの言葉に内心頷いた。
貴族や騎士という階級が存在する社会なのだ。身分の違いを明らかにするのは、重要なことに違いない。
衣服などで身分を明示しておけば、街の者が貴族と知らずに粗相をすることも防げる。それに貴族達も地位に相応しい行いをしなくては、と己を律するだろう。したがって支配する側とされる側の双方にとって、大きな意味があるはずだ。
それはそれとして、シノブにはアリエルの説明で気になったことがあった。
◆ ◆ ◆ ◆
「ええと……白いマントは貴族のみ着用できる、と言われましたが。ということはアリエルさんとミレーユさんは……」
シノブは躊躇いつつも、自身の疑問を解消しようと問いを発する。そう、アリエルとミレーユも縁取りこそ無いが白いマントを着用しているのだ。
「はい、どちらも男爵家の出身です。私はアリエル・ド・スーリエ、彼女はミレーユ・ド・ベルニエと申します」
「それは失礼しました! てっきり普通の騎士かと……」
もちろん、何が普通だかシノブが知っているわけではない。
しかしアリエルやミレーユは、従者のように甲斐甲斐しくシャルロットの世話をしていた。そのためシノブは、まさか爵位のある家系だとは思っていなかったのだ。
今更ながら、このまましがみ付いていて良いのか、とシノブは思う。鎧のお陰で女性に抱きついている、という感触は全くないが、かといって同乗を続けて良いものか。
シノブは、遅まきながら馬から降りて歩こうかと考えた。
「気になさることはありません。火急のこととはいえ、シノブ様達に自身の素性や我が国の制度をご説明しなかったのは私達の落ち度です。
良識のある騎士は無闇に家名をひけらかさないのを美徳としますが、他国の方にお伝えしなかったのは思慮不足でした」
「いえ、そんなことはありませんが……アリエル様、もう街中ですし馬から降りて歩きます」
シノブは下馬を申し出る。今の速度なら走れば充分に付いていけると思ったのだ。
「このままで構いません。貴族の出とはいえ、今の私はただの騎士です。遠慮なさらずこのまま同乗してください。
それに私の家は弟、ミレーユの家は兄が跡継ぎです。私達は男爵の娘には違いありませんが、継嗣であるシャルロット様とは立場が全く異なります。あと、様付けもご勘弁ください」
アリエルの返答は、お気遣いは無用です、と言いたげな笑いを含むものであった。
そしてアリエルは、自身やミレーユは貴族だが伯爵令嬢で更に跡取りでもあるシャルロットと同列に扱われては困ると柔らかな声で説いていく。どうやら彼女は、シノブの心を解そうとしているらしい。
「ありがとうございます。それでは、お言葉のままに」
シノブは、とりあえずはアリエルの勧めるままにしようと決めた。
相手が気にするなと言うのだから、遠慮しすぎるのも失礼である。それに同じ貴族でも、彼女が言うように上下の差は大きいのだろう。
しかもアリエルとミレーユは実質的にシャルロットの従者らしい。変に固辞すると後でアリエルがシャルロットや彼女の家であるベルレアン伯爵家から叱責されるかもしれない。
それらをシノブは考え合わせ、現状のままとしたわけだ。
「……しかし、それにしてもシャルロット様は凄く慕われているんですね」
シノブは、シャルロットのことに話を戻した。
堂々とした乗馬姿で人々に手を振り返すシャルロットからは、指揮官としての風格が感じられる。白銀に輝く全身鎧に、金糸で縁取りされた白のマント。それに跨っているのも見事な白馬だ。街の者達が熱狂的に出迎えるのも理解できなくはない。
(確かヴァルゲン砦司令と言っていたっけ……伯爵の娘でもあるけど、それだけでこんなに崇拝されるものかな?)
シノブは疑問に思う。シャルロットは、見事な装いや乗馬に相応しい何かを備えているようだ。とはいえ、ここまで領都セリュジエールの人々が歓呼の声を上げるには、単なる地位や人格を超える何かがあるとシノブは思ったのだ。
「シャルロット様はヴァルゲン砦司令として、領内の守護に常日頃お心を砕いていらっしゃいますので。
特に昨年、街道を荒らす魔狼の群れを退治してからは『ベルレアンの戦乙女』と呼ばれ敬愛されているのですよ」
アリエルは、どこか自慢げな声音でシノブに語っていく。
ヴァルゲン砦とは北の国境を守る砦で、そこから先ほど通った領都の北城門までをベルレアン北街道というそうだ。
そして一年ほど前。北街道を移動中のシャルロット率いる一小隊が、十数頭の魔狼に襲われている商隊を救った。その殊勲からシャルロットは『ベルレアンの戦乙女』と呼ばれるようになったとアリエルはシノブに教える。
「私達も同行しておりましたが、シャルロット様だけであっという間に四頭倒してしまいました。
ベルレアン伯爵家は代々善政を敷いており、当代様も名君として敬慕されているのもありますが、シャルロット様ご本人の努力と成果によるところが大きいと思います」
「なるほど、お強い上に領民のためを思うお方なのですね」
シャルロットへの深い敬愛を顕わにするアリエルに、シノブも心からの賞賛を示す。
伯爵の跡継ぎであり一隊を率いているのだから、自分から率先して当たらなくても良いはずだ。しかしシャルロットは自身も武器を振るい戦った。人々が『戦乙女』と呼び慕うのは、彼女の実力だけではなく高潔さも含めてなのだろう。シノブは、そう理解したのだ。
(……強く正しく美しく、を体現しているってことか。そりゃ慕われるはずだ。
だとすると襲撃者達にやられたのは、あくまで不意打ちだったからってことかな。敵は二十人以上いたし、疾駆する馬上で一斉に射かけられたら対応は難しいか)
シノブは、街道での襲撃のときにシャルロット達の戦いを見ることがなかった。そのため彼女達の実力を充分に掴めないままだった。
しかし森で遭遇した巨大な魔獣、あの虎並みに大きな魔狼を四頭も瞬殺するのだ。彼女も相当凄腕の戦士なのだろう、とシノブは想像する。
◆ ◆ ◆ ◆
シノブが思案しているうちに、一行は随分と領都の奥まで来たようだ。大通りの様子も城門の近くとは少々変わってきた。
両側に立ち並ぶ建物からは商家らしきものが減り、更に大きく立派な大邸宅や公館とでもいうべき建物が目立つようになってきた。
これらは今までシノブが見てきた建物に比べて、格段に背が高く幅も広い。それに階層が増えただけではなく、各階の天井も高いようだ。大きなアーチ状の窓も、大人の背の倍はありそうだ。
多くの建物は、中央はアーチ状またはドーム状の屋根が空に向かって突き出しているが、色取り取りのそれらの屋根と白い石壁との対比が美しい。
細部も入念な計算によるものらしい。歴史や風格を感じさせる建築物は、まるでバロック建築のように幾何学的な法則に則ってデザインされている。どれもアーチで構成された門や窓が整然と並んでいるが、多くは左右対称で一定の様式に則っているのが明らかだ。
それは石壁に施されている複雑な装飾も同様である。構造や装飾に統一感があるからだろう、壮麗な館の群れは全体としても美しい。
そして見事なのは建物だけではない。それらの間は美しい花が咲き誇る広々とした庭や広場が存在し、ぎっしりと寄り添うように建てられていた城門寄りの建物とは、居住者の階級に明らかな差を感じる。
シノブ達は、おそらく中央広場と思われる場所に到着した。通ってきた通りを含め、広場からは東西南北に同様の大通りが延びている。そして広場の中央には、石造りの立派な時計塔がある。
一行の右手には、大きな館が見える。あれが領主の館なのだろう、と思いつつシノブは見つめる。
広場の周囲には、軍の本部、役所、神殿などと思われる巨大な建物が目立つ。しかし領主の館らしき建築物は今まで見たどれよりも高く聳え立っており、建物の幅も両翼を合わせて100mくらいありそうだ。
そして門から館までも、やはり100mくらいはあるようだ。正面から見える範囲だけでこの広さ。敷地全体は一体どれだけあるのだろうかと、シノブは感嘆した。
先導するミレーユは警笛を吹くのをやめ、敷地の前でシャルロットを待つ。ミレーユの脇には門番が数名いたが、そのうち一人は到着を知らせるのだろう、慌てて館に走っていった。
そして三人の女騎士は、再びシャルロットを先頭としアリエルとミレーユが続く形で、巨大な館にゆっくりと馬を進ませていく。
シノブは静々と馬を進めていく様子を見て、もう雑談をする雰囲気ではないだろう、と思った。そこで、この機会にアミィと心の声で話すことにした。
──アミィ、ちょっといい?──
あまり時間もないので、シノブは急ぎ気味に伝える。館の入り口までは100m程度だから、今の速度でも一分か二分もあれば着くに違いない。
──はい、大丈夫です──
──アリエルさん達も貴族で、マントの色で誰でも簡単に判るらしい。そんなことも知らないから、外国人と思われたみたい。
予定通り、遠くから転移してきて何も知らない、で通そう──
シノブは、アリエルから聞いた話をアミィに簡単に伝えた。
どうもアリエルの様子からすると、これらの決まりはベルレアン伯爵領だけでもなさそうだ。おそらくは、この国全体で有効なものだろう。となると必然的にシノブ達は外国人、しかも遠方で行き来が少ない地域の者となる。
──俺達の身分だけど、出身地では騎士階級だったことにしよう。充分に戦えるみたいだし、変に低い身分よりは説得力があるから──
道々考えた設定では、身分についてが抜けていたことに気が付き、シノブはそう提案した。
何しろ外見で身分や階級の判別がつく社会である。身分不詳はマズイとシノブは思ったのだ。それに自身が騎士階級なら、アミィを従者にしている理由にもなるだろう。
──俺の先祖は下級武士だったそうだ。だから没落した騎士階級、ってことで。全部嘘で固めるより、日本での事実を混ぜておくほうが良いだろう──
──判りました。それでは私は従士階級にしましょう。シノブ様の従者ですし──
アミィもシノブの提案に賛成のようだ。従者を自認する彼女としては、シノブと同格ではない方がしっくり来るのかもしれない。
──了解。故郷では騎士階級を『武士』と呼んでいたことにしよう。そっちでは大きな馬があまりいなくて、騎馬は少ないってことで──
シノブには本格的な乗馬の経験などない。そのためシノブは、騎士階級なのに満足に馬も操れない理由を作り出す。
──はい。ところでシノブ様、他国の騎士階級なら必要以上にへりくだる事はありませんよ。この国の貴族やその家臣ではないので──
アミィの思念に、シノブは内心頷いた。確かに他国の軍人や官僚の家系だと言うなら、毅然とした対応を心がけるべきだろう。
歴史好きなシノブは、開国から間もない明治時代を想起する。当時、単身かそれに近い状況で欧州などに滞在した政府の役人や知識人は、遠い異国でも自国を背負って立つという気概を持っていたのではないか。
シノブは祖父が「儂らは武士の末裔だ。その誇りを忘れるな」と常々言っていたのを思い出した。
──ありがとう。その通りだね。上手くできるか分からないけど『武士』らしく気を付けるよ──
シノブは、アミィに感謝しながら心の声で答えた。
そしてシノブの返答と同時に一行は館の前に着いた。そこで二人は心の声での会話をやめることにした。
「シノブ殿、ここが私の家だ」
ひらりと馬から降りたシャルロットは、シノブに向き直り朗らかに宣言する。立派な館を背負った凛々しい女騎士は、絵の中の人物のように美しい。
「長い道のり、さぞかしお疲れであろうが、もう少し付き合ってほしい。
まずは父のところに赴き襲撃について報告したい。大変恐縮だがシノブ殿にも同席してもらい、必要があれば補足いただきたいのだ」
「問題ありません。同行します」
シノブはシャルロットの言葉に頷き、アミィと共に下馬した。シノブも、流石に何も無しでは済まないだろうとは思っていたのだ。
そうこうしている間にアリエル達も地に降り立ち、走り寄ってきた馬丁に馬を預けていた。既に館の入り口である両開きの大扉も開かれ、出迎えの使用人らしき者達が並んでいる。
男女別の制服があるらしく、整列した者達は男性が揃いの西欧風の文官服、女性も同じデザインのすっきりしたワンピースドレスを着けている。双方とも衣装は近代風で、シノブから見ても充分に洗練されたものである。
一方、下馬した三人の女騎士は兜を脱ぎ、頭に被っていた鎧下も降ろし髪を露わにする。そして彼女達は兜を小脇に抱えると、館の中に歩き始めた。
◆ ◆ ◆ ◆
使用人達が「お帰りなさいませ!」と一斉に頭を下げる中、五人はシャルロットを先頭に入っていく。
館に入ると、そこは大きなエントランスホールになっていた。天井は吹き抜けのようで、二階部分も含めているため、かなり高い。
しかしシャルロットは、脇目も振らず足早に正面の階段に向かって行く。
「父上はいらっしゃるか!?」
シャルロットは足を止めずに使用人達に問いかけた。襲撃のことを早く父親に伝えようと、気が急いているのだろう。
「お嬢様、お館様は執務室にいらっしゃいます」
シャルロットの問いに、ロマンスグレーの五十過ぎと思われる小奇麗な身なりの男が、恭しく答えた。
使用人達の中から一歩進み出て返答した男は、ほっそりとした体の人物であった。慇懃な態度であるが、どこか凛とした雰囲気の初老の男性である。
進み出た男は、僅かに飾りが添えられた黒い文官風の服を身に着けている。基本は迎えに出た男達に共通の服だが、飾りや礼儀正しくも隙の無い雰囲気からすると使用人でも代表格なのかもしれない。
しかも初老の使用人は、アミィと同じ狐の獣人のようだ。頭には尖った獣耳、後ろからはフサフサした尻尾も見える。
街と同じで使用人達も人族が多いが、獣人族も結構いた。今日初めてアミィ以外の獣人を見るシノブには判断しにくいが、アミィから教わったとおりなら狐、狼、熊の獣人達だと思われる。
「ありがとう、ジェルヴェ」
シャルロットは、僅かに顔を向け、どことなく柔らかな口調でそう答える。するとジェルヴェと呼ばれた男は、シャルロットの労いの言葉に深々と頭を下げた。
階段を上ると、正面には大きな肖像画が飾ってある。そしてシノブ達は二階に上がると右に折れ、しばらく通路を進む。ここも両脇には絵画や彫像などが飾られている、通路と言うには華やかな場だ。しかも5mほどの高い天井には、大きな天井画が描かれており、とても美しい。
更にシノブが幾つか扉を通り過ぎると、格別に立派な装飾を施された大きな両開きの扉が目に入った。
「父上、シャルロットです!」
両側にいた衛兵が敬礼する中、シャルロットが大きな声で呼ばわると、扉が内側に開いた。既に先触れか何かが、シャルロットの到着を告げていたのだろう。
扉を開けたのは、中に控えていた若い従者達らしい。おそらく彼らは、シノブより一つか二つは年下ではなかろうか。そして従者達は、一行が通ると落ち着いた仕草で扉を閉める。
領主らしき中年の男性は、黒檀でできた執務机の向こうで、高い背もたれの付いた豪奢な椅子に腰かけている。彼はシャルロット達が来るまで、机上の書類に目を通していたようだ。
更に執務机の脇のソファーには、六十過ぎと思われる老紳士が座っている。どちらも軍服のような衣装だが将官のような煌びやかな装飾があり、高位の者だと一目で理解できる。
そして二人の側にはそれぞれ侍従らしい使用人が立っている。彼らの服には、ジェルヴェという初老の使用人のものと似た少しだけ他とは違う飾りがある。おそらくは部屋の主達の側近なのだろう。
「シャルロット、どうしたのだね?」
そんなシノブの感慨を他所に、部屋の主と思しき男性は入室してきたシャルロットを見て、訝しげな顔で声を掛けた。どうやら彼にとって、シャルロット達の帰還は予想外のことであったようだ。
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