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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第7章 疑惑の伯爵
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07.18 領都への飛翔 後編

「シノブ、アミィは一緒ではないのですか?」


 領都に戻ったシノブを出迎えたのは、シャルロット達の訝しげな顔であった。

 シノブの側には、いつも一緒にいるアミィの姿が見えない。そして、彼の肩には普段アミィが持っている魔法のカバンが掛かっている。

 シャルロットや、その側に控えるアリエルとミレーユは、思わずシノブの顔を見つめていた。


「ああ、アミィにはちょっとお願いしていることがあってね。それより、義父上にお会いしたい。

どちらにいらっしゃるのかな?」


 三人の女騎士の視線を受けたシノブは、平静な様子で答えを返した。

 彼は、イヴァールにリウッコ、アルノーを引き連れて領都セリュジエールの中心に位置するベルレアン伯爵の館へと戻っていた。まだ、セランネ村に一泊した翌日の午後である。


「執務室です。ちょうど、私も軍の編成が完了したので父上に報告するところでした。

一緒に行きましょう」


 流石にシャルロットも軍人である。尋ねたいことは沢山あるのだろうが、シノブが急いでいると見て取ったようで、質問は後にして伯爵の居場所を伝えていた。そして、彼女の背後に控えるアリエルやミレーユも、余計な口を挟まない。


「ありがとう。詳しいことは義父上のところで。さあ、行こう!」


 シノブとシャルロット、それに従者達は、足早に館のエントランスホール正面の壮麗な階段を上がり、伯爵の執務室へと向かっていった。


 ベルレアン伯爵は、シャルロットの言葉通り執務室にいた。軍については父の先代伯爵アンリとシャルロットに任せているのか、伯爵は内政官達へ指示していたようだ。室内には、シメオンと、その上司である内務長官フレデリク・シュナルがいる。


「おお、シノブ。無事に戻ったようだね。だが、アミィの姿が見えないようだが……」


 伯爵も常にシノブの側に控えるアミィが居ないことを不審に思ったようだ。シノブを見て一旦は顔を綻ばしたが、その表情を怪訝なものへと変えていた。


「ええ、アミィはまだセランネ村にいます」


 シノブは、アミィが領都から200km以上北方のドワーフの村に残っていると答えた。

 彼の返答を聞いた伯爵達は、ますます困惑したようだ。


「シノブ、どういうことか説明してくれるかな?」


 ベルレアン伯爵は、疑問を(いだ)いた彼らを代表するように、シノブへ経緯を尋ねていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 数時間前のセランネ村。そこでは、シノブがアミィに魔法の家の機能について確認をしていた。


「魔法の家で移動、ですか?」


 シノブの言葉を聞いたアミィは、一瞬首を傾げて考え込んだ。


「ああ、魔法の家や魔法のカバン、それに重要な魔道具には、念じれば手元に戻る機能があるだろ?

今まで、使ったことはないけど……だから、展開した魔法の家を呼び寄せたらどうなるのかと思ってさ。

もし展開したまま戻ってくるなら、それを使って瞬間移動できるんじゃないか?」


 シノブは、自身の考えをアミィに説明した。

 彼は、この世界にやってきた直後に、魔法のカバンと魔法の家には念じると戻ってくる機能があるとアミィから説明を受けていた。幸い、魔道具を紛失したり奪われたりすることは無かったので、それらの機能を使ったことは無い。

 だが、この機能を上手く利用すれば、ドワーフ達に魔法の家に入ってもらい、そのまま領都に転移させることも可能ではないかと考えたのだ。


「……原理的には可能なはずですね。

魔法の家を呼び戻す場合、カードの状態ならカードで、家として展開されていれば、そのまま戻ってくるはずです。そうでなければ、展開されて中に人がいる状態では呼び戻せませんから」


 アミィは、暫く考え込んだが、シノブにゆっくりと答えを返した。

 彼女は、アムテリアが授けた魔道具の使い方も理解している。したがって、シノブと出会った時も数々の魔道具について、戸惑うことなく説明していた。その彼女が言う以上、理論的には可能ということだろう。


「そうか……でも、試験してみないとわからないね。まずは、魔法の家を展開したまま、本当に呼び寄せることが出来るかだ」


 それから、シノブとアミィは、しばらく魔法の家を使って色々な実験をしてみた。

 まずは、本当に展開したまま呼び寄せることができるのか。そして、そのとき、中にいる生き物がどうなるのか、などである。

 セランネ村では何度も魔法の家を出しているから、展開したからといってドワーフ達が驚くこともない。とはいえ、呼び寄せるときに事故があっては困るから、村の外に出て実験をした。

 その結果、呼び寄せると瞬間的に家が移動してくること、生き物を中に入れて呼び寄せても問題ないことが判明した。実験のために、鶏を一羽借りて魔法の家に入れたまま呼び寄せたが、何の問題もなかったのだ。

 実験に成功した後、シノブも自身が入ったままアミィに呼び寄せてもらったが、何の異常も感じられなかった。どうやら魔法の家を使った移動手段が可能らしい。実験を終えたシノブとアミィは、お互いの顔を見て笑みを(こぼ)していた。


「それじゃ、後はガンドが来たらピエの森まで連れて行ってもらおう。そして、どちらかが残って、心の声で呼び寄せるタイミングを連絡しよう」


 魔法の家をいきなり呼び寄せて、その瞬間に誰か出入りしていても困る。そこで、シノブは心の声で連絡できる自身とアミィのいずれかがセランネ村に残り、呼び寄せの合図をしようと考えていた。


「そうですね。ですが、セランネ村からピエの森や領都まで、心の声が届くのでしょうか?

ガンドさん達で150kmくらいのようですし……」


 アミィは、思念での連絡が、そこまで長距離をカバーできるか疑問に思ったようだ。

 彼女は、魔法の家自体は距離に関係なく呼び戻せるという。元々、神具というべき魔道具がシノブ達以外に渡らないようにとアムテリアが配慮して付けた機能である。それ(ゆえ)どんなに遠くに存在しても、シノブ達が呼び戻すことは可能だという。

 だが、自身の魔力で行う思念での連絡には限界があるのではないか、と思ったようだ。


「その場合は、ガンドに途中まで戻ってもらい、中継役になってもらおう。ともかく、竜以外の手段で移動したことにしたいんだ。そうすれば、何かあっても人々の目を引くのは俺達だからね」


 シノブは、無制限にガンドを利用することは避けたかった。そのため、魔法の家を利用した移動手段に拘ったのだ。

 寒さに強いドワーフ達は、帝国との国境地帯での戦闘で活躍してくれるだろう。彼らも参戦を望んでいることだし、シノブはその助けを借りたかった。だが、人の世に詳しくない竜を自分勝手に利用すべきではないと思っていたのだ。


「はい、そのほうがいいと思います! それでは、早速イヴァールさん達に人選をお願いしますね!」


 アミィは、シノブの思いを理解したのか、にっこりと微笑んだ。そして彼女は、魔法の家を収納してイヴァール達が待つ村の中へと戻っていった。

 一方のシノブは正午頃に到着するはずのガンドを待つため、そのまま待ち合わせ場所でもある村の外れに(たたず)む。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……なるほどね。150人からのドワーフが協力してくれるのか。シノブ、助かるよ!

帝国との国境は、ヴァルゲン砦よりも標高が高い。峠ほどではないがね。だから、寒冷地に強いドワーフの戦士が参戦してくれるのは助かる。それに、鍛冶師達も来てくれるとはね!」


 伯爵が言うとおり、ベーリンゲン帝国との国境は高地であるため冬場は積雪量が多い。そんな厳冬期ともいえる時期に攻勢を仕掛けてくる帝国は、寒冷地での戦闘に慣れているのかもしれない。

 だが、メリエンヌ王国側はフライユ伯爵領以外は南方や低地を中心にした領地であるため、寒冷地戦闘が得意な軍人は少なかった。したがって、北方のドワーフ達の参戦は数以上の力となる。そう考えたのだろう、伯爵は満面の笑みを見せていた。


「はい。魔法の家が大きくなっていたのが幸いしました。

お陰で希望者を全員連れてくることができそうです」


 結局、戦士70名、鍛冶師50名、雑事を手伝う男女30名の150名、つまり希望者全員を連れてくる事になっていた。シノブは、そんなにセランネ村から連れて来て良いのか大族長エルッキに訊いたが、彼は問題ないと笑っていた。

 戦士はおよそ半数も連れて行くことになるが、周辺の村に助けを求めるという。また、ガンドが岩猿を狩るようになってから街道や村も安全になり、それほど戦士を必要としないのだ、とエルッキは言っていた。

 シノブには、それが本当のことかどうかはわからない。だが、彼はエルッキの言葉を信じ、その厚意を受けることにした。何しろ一国の長が言うことである。恩に感じるなら、いずれそれを返せばよい。シノブはそう思ったのだ。


「……それで、シノブ、どこで魔法の家を呼び寄せるのですか?」


 シャルロットは、武人らしく実際的な面を尋ねていた。シノブを深く信頼しているのもあるのだろうが、彼女とベルレアン伯爵はシノブが持つ魔道具が、正真正銘の神具であると知っている。そのため、呼び寄せ自体については不安に思っていないのだろう。


「それを義父上に尋ねようと思っていたんだ。

……義父上。領都の中にいきなりドワーフが150人も現れたら不審に思われないでしょうか?

郊外の演習場あたりで呼び出しましょうか?」


 シノブは、ベルレアン伯爵にどこで呼び出すべきか問いかけた。


「ここで構わないさ。なにしろ150人のドワーフが国境を越えた記録はどこにもないんだ。どこにいきなり現れようが、たいして違いはないよ。

ここは『竜の友』シノブの成した奇跡、ということで良いのではないかね?

光の魔術で岩の柱を切り裂き、大軍を一人で倒し、竜を鎮めた勇者のすることだ。今更、それぐらいで驚きはしないよ」


 ベルレアン伯爵は、肩を(すく)めながらシノブへと笑ってみせる。そのおどけた様子に、室内にいた者達は主君の前だという事も忘れ、思わず大笑いしてしまった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達は、薔薇庭園へと移動していた。周囲には、伯爵や彼の家族達も揃っている。

 庭園に立つシノブの左右にはシャルロット、そしてミュリエルがいる。伯爵への報告を終えて執務室を出たシノブの前には、小さな淑女の姿があったのだ。

 ミュリエルは執務室から現れたシノブを見るなり、緑の瞳を潤ませながら彼の腕の中へと飛び込んでいった。そして彼女は、まもなく戦場に旅立つシノブを離さないというように、その腕を(つか)みながら薔薇庭園へと訪れていた。

 少女の健気な様子に、シノブも今日は好きにさせようと温かく迎え入れた。そのためシノブ達は、仲のよい三人兄妹が寄り添っているようでもある。


──アミィ、ガンド、聞こえるか!──


 シノブは、薔薇庭園の中央付近、いつも魔法の家を設置している場所の近くで、アミィやガンドに呼びかけた。


──『光の使い』よ。(われ)には聞こえている。それに『光の従者』からの返答もあったぞ。どうやら、そなたの思念のほうが、(われ)より遠くに届くようだな──


 ガンドは先日同様に、竜の狩場の端で待機している。予定通り彼に中継役を頼んだのだ。

 そしてアミィの予想通り、彼女はセランネ村から領都まで思念を届かせることができないようだ。ただ予想と違うのは、シノブの思念がアミィの下まで届いていることであった。どうやら、魔力量に比例して送信可能な距離が伸びるらしい。

 ともかくアミィの送信可能な距離は超えていたわけである。やはり、ガンドに中継役を頼んで正解だったようだ。


──そうか! ともかく、中継できるのなら問題はない。

まずは予定通り、(から)の状態で呼び寄せてみよう。準備が出来たら教えてくれ!──


 シノブが思念を発して暫くすると、ガンドから準備完了との返信があった。それを聞いたシノブは、魔法の家を呼び寄せる。

 彼が念じると、いつもの位置に魔法の家が存在していた。普段カードから展開するのと同様に、いきなり現れた魔法の家に、伯爵達は思わずどよめいた。


「イヴァール、中に入ってくれ。リビングに鶏を入れた籠があるはずだ」


 シノブの言葉に、イヴァールは頷き屋内に入っていく。念のために、長距離転移に生物が耐えられるかの実験も行ったのだ。


「シノブよ、問題ないぞ。生きの良い鶏だ!」


 魔法の家から出てきたイヴァールは、入り口の扉を閉めると笑顔で鶏の入った籠を掲げてみせた。


「わかった。では少し離れてくれ」


 それを見たシノブは彼に離れるよう伝えると、再びアミィとガンドに思念を送る。

 すると、一瞬の後に魔法の家は薔薇庭園から消え去った。


「シノブ、魔法の家はアミィの下に戻ったのですね」


 シャルロットは、思わず隣にいるシノブに問いかける。


「ああ、これからドワーフ達が中に入るはずだ。少し待ってくれ」


 シノブは、シャルロット達に状況を伝える。何しろ150人からが屋内に入るのだ。それなりの時間が必要だろう。シノブがベルレアン伯爵に言った通り、魔法の家は大きく拡張されている。

 現在、魔法の家のダイニングには、二十人が着席できる大きなテーブルがあるし、リビングもソファーが多数配置され、同人数がゆったりと腰掛けることが可能になっている。キッチンもそれに合わせて広がっているから、その三箇所を合わせただけでも50畳は超える。

 それに、廊下やゲストルームも複数あるので、詰め込めば150人を入れることも充分可能であった。


「……連絡が来た。魔法の家を呼び寄せる」


 シノブの声と共に、魔法の家が再度出現した。

 イヴァールが近づき扉を開けると、なんと四頭のドワーフ馬が魔法の家から出てきた。魔法の家の廊下は臨時に床に絨毯が引かれ、壁は布で覆われていた。どうやら、馬が室内を汚さないようにしたらしい。

 そして、中から大勢のドワーフ達が薔薇庭園へと出てきた。


「兄貴、無事に来たぞ!」


「イヴァール兄さん、よろしくね!」


 ドワーフ達の中には、イヴァールの弟パヴァーリや妹アウネもいた。それに一団には、新たに戦士長になったタネリや竜の狩場にも一緒に行ったマルックやカルッカも含まれていた。

 おそらく初めて見るだろう領都を、タネリ達は興味深げに見回している。


「シノブ様! 無事に戻りました!」


 そして最後にアミィが、シノブの下へと駆け寄ってきた。彼女は大役を果たしたためだろう、大きく顔を綻ばせている。


「アミィ、ご苦労様! ドワーフの参戦は、義父上も喜んでくれたよ!」


 シノブは駆け寄ってくるアミィを抱きとめ、彼女の頭を優しく撫でた。シノブの腕の中で、アミィは幸せそうな表情をしている。


「アミィさん、お帰りなさい!」


「アミィお姉ちゃん、お帰り!」


 アミィと仲の良いミュリエルとミシェルも彼女の帰還を祝福した。もちろんアミィも少女達の声に応え、笑顔を見せている。

 シノブは、そんな優しい風景を眺めながら、自身の心が温かくなるのを感じていた。それに感慨を(いだ)いたのはシノブだけではなかったらしい。伯爵やその夫人達、アリエルやミレーユ、伯爵家の家臣達。大勢のドワーフ達も、その顔を綻ばせている。

 この温かい光景をどこまでも広げたい。シノブは、そんな思いと共に少女達の再会を見つめていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2014年12月2日17時の更新となります。


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