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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第7章 疑惑の伯爵
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07.14 北へ 中編

──『光の使い』よ。聞こえているか──


 伯爵家の馬車に同乗しているシノブの脳裏に、いきなり岩竜ガンドからの念話が響いた。

 都市アデラールで昼食を済ませたシノブ達は、再びベルレアン伯爵領の中心である領都セリュジエールへと、街道を北上していた。

 王都メリエを発って二日、予定通り日が落ちるまでには領都に到着する予定である。現在、馬車は領都から20kmほど南方を走っている。あと1時間少々で、領都に到着するとあって、伯爵やシャルロットの顔にも安堵の色が感じられた。

 シノブも、アデラールの代官ブレソール・モデューが作成した流通改革に関する中間報告書を読んだり、それについて伯爵やシメオンと意見交換したりと、しばし戦のことを忘れて語り合っていたところだ。

 そんな、穏やかともいえる時間を過ごしていただけに、いきなりの念話にシノブは驚き、一瞬その身を固くした。


「……シノブ、どうかしましたか?」


 彼の隣に座っているシャルロットには当然シノブの緊張が伝わったようである。彼女は、その美しい眉を(ひそ)めながら婚約者の顔を見つめていた。

 それに、伯爵やシメオンもいきなり黙り込んだシノブを不審に思ったようで、彼の様子を窺っていた。


「岩竜からの念話だ……」


 シノブは、ヴォーリ連合国で戦い、そして和解した岩竜からの念話だと、車中の一同に教える。

 馬車の中には、伯爵、シャルロット、シメオンなど一族の者に加え、それぞれの従者から主だったものが同乗していた。アミィと伯爵家の家令ジェルヴェ、アリエルにミレーユ、そして新たにシノブの従者となったアルノー・ラヴランなどが乗っている。

 伯爵家の馬車は、向かい合った二列の座席を中心に、それぞれの後方に従者が座るための席が用意されたものであった。中心の豪奢な座席は四人並んで腰掛けることも可能であるが、通常は三人掛けでゆったりと使っている。それに対し、従者用の席は若干簡易なものであり、四人掛けで座るものらしい。

 したがって詰めれば最大16人が乗れることになるが、今日は流通改革についてやこれからの戦地での行動などを相談するために、ごく主だった者しか同乗していない。そのため、シノブは竜の念話について、隠さず伝えていた。


「シノブ様、ガンドさんに返事をしてあげてください。皆さんには私が伝えます」


 シノブと同じく岩竜ガンドからの念話が聞こえているアミィは、彼に返事をするよう促した。二人の脳裏には、ガンドからの再度の呼び掛けが届いていたのだ。

 シノブは、アミィの言葉に首肯すると心の声を送るべく精神を集中した。


──ガンド! シノブだ、どうかしたのか!?──


 岩竜の念話は、およそ150kmまで届くらしい。アミィがスマホから得た位置把握能力によれば、竜の棲家(すみか)からセリュジエールまでは180kmを超えている。

 そのためガンドが念話と呼びシノブ達が心の声と名付けたこの能力では、竜の棲家(すみか)から直接王都や領都に呼びかけることはできない。ガンド達と別れる前に話したように、彼は竜の狩場の端のほうまで出てきて呼びかけているのだろう。そうであれば、早く返事をしないとその場を去ってしまう恐れもある。

 そんな事情もあり、シノブは慌ててガンドに心の声を送っていた。


──おお、『光の使い』よ。久しぶりだな。何度か問いかけてみたが返答がないから案じたぞ──


 シノブが呼びかけると、すぐにガンドから安心したような念話が返ってきた。

 どうやら、彼は何度か狩場の端から念話を送っていたようだ。おそらく、シノブ達が王都に旅立った後のことなのだろう。


──すまなかった。ちょっと南方まで出かけていたんだ。

王都って言ってもわからないかな……人間の国の中心地なんだけど、何百kmも南のほうに行っていたんだよ──


 ガンドの思念に、シノブは自身の事情を説明した。

 シノブ達からはガンドが狩場の端までこないと会話が出来ないため、出発を知らせることはできなかった。だが、ガンドからすれば一月以上も応答がなかったわけである。彼が心配するのも当然ではあった。


──そうか、それなら良いのだ。それで旅が無事に終わり戻ってきたわけだな?──


 ガンドは、シノブ達が旅した理由を問うことはなかった。たぶん、聞いても人間の風習を知らない自分には理解できないと思ったのだろう。彼は、シノブ達が息災であれば、それで良いらしい。


──王都は問題ないんだけどね。でも、今度はずっと東のほうで戦争が起きてね。俺もそこに行って戦うんだ──


 シノブは、ガンドに戦争という概念が理解できるか疑問に思いつつも、今後の予定を伝えた。


──戦いか……縄張り争いのようなものか? 竜達も、魔力を得やすい土地を縄張りとするために争うことはあるのだ──


 意外なことに、高い知性を持つ竜達も互いに争うことはあるらしい。

 ガンドが伝える思念によれば、遥か北方の本来の棲家(すみか)、シノブ達のいる大陸から大海を隔てた北の孤島に棲んでいる竜は、島の中でも特に魔力の豊富な場所を居住地に定めるという。

 竜自体の数はそんなに多くはないが、より良い場所を求めての争いは、数十年から百年に一度くらいはあるそうだ。

 逆に、出産の為に訪れる竜の狩場、シノブ達も訪れたあの場所は出産自体が数百年に一度で利用するのも一年少々ということもあり、今まで竜同士が衝突したことはないとのことであった。


──そうだね。一種の縄張り争いかな。それと奴隷という、人が人の意思を無視して支配する行為があってね。今回の戦いの相手は、そういうことをする奴らなんだ──


 シノブは、ガンドに奴隷制度について噛み砕きつつ説明していった。


──なんと……群れを作る生き物が、強き者を頂点に生きていくのは当然のことだ。だが、それは群れの者達が自分の意思で従っているだけだ。

弱き者が強き者の下に入って生き長らえる。それは、その者の選択だ。

しかし、同族の意思を捻じ曲げる事は神々も禁忌とした行為だ──


 どうやら、竜達にもアムテリアの教えは伝わっているようであった。

 ここは弱肉強食の世界だ。食物連鎖は当然存在するし、同じ生き物でも互いに縄張り争いをすることはある。アミィも戦い自体は神々も認めた行為だと言っていたし、戦い自体を司る神ポヴォールもアムテリアの従属神として世界を支えている。

 だが、アムテリアは地球での経験から奴隷を禁忌とした。そしてその意思は、竜達にとっても尊重すべきものであったらしい。


──ああ、だから、俺は戦いに行く。そんな非道に苦しめられている人々を救いたいんだ──


 シノブは、自身の決意をガンドへと伝えた。

 従者となったアルノー、そしてモデュー夫人のように愛する人を奴隷として連れ去られた人。彼らの悲劇を繰り返してはならない。シノブは王都への旅で奴隷制度により人生を(ゆが)められた人々を見て、そう心に誓っていた。


──そうか。それでこそ『光の使い』だな。(われ)もそなたの活躍を祈っておる。

我ら竜も強大な力を持つゆえに、従えようと挑んでくる愚か者には頭を悩ませているのだ。実は、山の民達の近くに狩場を設けたのも、彼らにはそんな馬鹿者がいないからなのだ。

……我らとて、相手に感服して協力するのであれば(やぶさ)かではないのだがな。

ともかく、そなた達の戦いが勝利に終わることを願っている。もし何か協力できることがあれば、遠慮なく言ってくれ──


 ガンドはシノブの決意を祝福するかのような思念を送ってきた。そして、それどころか彼はシノブへの協力すら申し出る。


──う~ん。竜の存在を前面に出すのも問題だと思うし……それこそ、竜を従えたい人々を刺激しそうだからね。

できれば、ドワーフ達へ注意を促してほしいんだけど、言葉が通じないしね──


 シノブは、ガンドの申し出はありがたいが、無制限に彼に頼ることは避けたいと思っていた。確かに、竜の協力があれば戦の早期終結も可能であろう。だが、それは竜を兵器として見る人々を増やし、その力を得ようと挑む者が続出しかねない。

 シノブ達のように、互いの意思を伝え自らの考えで協力するのならともかく、そのような準備もないままに自分だけが竜を利用するのは、人間にも竜にも不幸な結果をもたらすと考えたのだ。


──山の民か。『光の使い』よ。(われ)に乗って山の民の村を訪れてはどうだ?

(われ)の翼なら、そなたが言った森から村まで、あっという間だぞ。そなた達に配慮して飛んだとしても、それほど時間をかけずに往復できよう──


 既に12月に入っているため、山越えをしてヴォーリ連合国に向かうことは不可能になっていた。人族と通常の馬での交易は10月末まで、寒さに強いドワーフ馬でも11月末までである。強引に山越えをしてくるドワーフでも現れない限り、来年の春までヴォーリ連合国と連絡を取ることはできないはずであった。

 伯爵やシャルロットによれば、夏場であればドワーフの戦士からも義勇軍として参戦する者がいるという。厳冬期に入りつつあるのでシノブもそこまでは期待していなかったが、人族以外を奴隷とするベーリンゲン帝国が動き出したことを、できればセランネ村にいる大族長エルッキ・タハヴォ・アハマスに伝えたかった。


──それはありがたい! 確かにガンドなら、全力で30分、俺達のことを考えて飛んでも片道1時間半もあれば余裕だろうしね。ちょっと待ってくれないか。他の人とも相談してみるよ──


 シノブはガンドの申し出に喜びを禁じ得なかった。

 今まで帝国がヴォーリ連合国に戦争を仕掛けたことはないらしい。両国の間には巨大な山脈が立ちふさがっているので、軍はもちろん交易のための山越えも不可能だという。

 双方とも北方の海に接してはいるが、両国とも海岸線は険しい断崖絶壁が多く、帝国が北の荒れ狂う海を越えてまで奴隷となるドワーフを求めることはなかったようである。

 そのため、今回もヴォーリ連合国に直接何かを仕掛けることはないとシノブも考えていた。とはいえ、警戒しておいて損はない。そこでシノブは、ヴォーリ連合国を率いる大族長エルッキに情報を伝えたいと思っていた。


「義父上、ヴォーリ連合国に情報を届けようと思います。いかがでしょうか?」


 シノブは、ベルレアン伯爵に確認を取る。話自体はアミィが伝えているため、彼は単刀直入に伯爵の考えを聞いた。


「もちろん問題ないよ。エルッキ殿からはイヴァール殿を借りているし、長年交易で協力してきた仲だ。

領都で軍を(まと)めるのにも多少の時間はかかるし、内政官に指示しておきたいこともある。その間に往復できるのなら、全く問題はない。

こちらは任せておきたまえ」


 アミィからシノブとガンドのやり取りを聞いていた伯爵は、即座に頷き返した。

 確かに、帝国がドワーフ達に手出しをする危険性は低い。だが、こういったことは理屈ではない。連絡する手段があれば、万が一の危険を伝えたい。それが人の心というものであろう。

 もっとも、治世家として優秀な伯爵のことである。この際、大族長エルッキに恩を売っておくのも悪くない、という思惑は当然あると思われる。


「シノブ。残念ですが、私は軍の編成などがあります。無事なお帰りをお待ちしています」


 帰還を待つと宣言したシャルロットだが、整った美貌は僅かに曇っていた。それに離れる(つら)さか案じる気持ちか、声音(こわね)にも普段とは違う揺らぎがある。

 無意識だろうが、シャルロットは己の婚約者に身を寄せていた。身動(みじろ)ぎと共に緩やかに波打つ見事な金髪が揺れ、彼女の頬に掛かる。


「大丈夫さ、ガンドに乗ればあっという間だよ。それに、危ないこともないさ」


 シノブは、シャルロットを安心させようと微笑みながら、彼女の髪へと手を伸ばした。そして、自身の思いを伝えるかのように、美しいプラチナブロンドを、そっと整える。


「シノブ殿。私も領政庁へ報告すべき事があるので、遠慮します。それに、ただでさえ寒いのに、お二人の熱烈な姿を拝見できないのでは、余計に冷え込みますからね。

ところで、ガンド殿へ返答しないで良いのですか? 彼も色々忙しいでしょうから、早く返事をした方が良いのでは?」


 シノブとシャルロットの姿を微笑みながら見ていたシメオンが、冗談交じりにガンドへの返答を促した。

 シメオンは念のためか表現をぼやかしたが、彼の言うとおりガンドや連れ合いのヨルムは、その子供であるオルムルを育てるのに忙しいはずだ。


「ああ、そうだね、早速連絡するよ!」


 シノブは、シメオンのからかいを含んだ言葉に顔を赤くしながら、ガンドに彼の提案をありがたく受けると心の声で伝えた。そして彼の隣では、シャルロットも同様に頬を赤く染めて(うつむ)いている。

 そんな戦場へと赴く者達の心を和ませるかのような二人の初々しい姿に、ベルレアン伯爵をはじめ車中にいる者達は思わず温かい笑みを浮かべていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2014年11月24日17時の更新となります。


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