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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第2章 ベルレアンの戦乙女
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02.02 天馬のように

 シノブとアミィは三人の女騎士の治療を終えた。シャルロット、ミレーユ、アリエルと名乗った三人は、正体不明の襲撃者が放った矢で疾走する馬から放り出され大怪我を負っていた。そのため治療も鎧を脱がしての本格的なものだ。

 今も女騎士達は全員が鎧を外し、鎧下のみを身に着けた姿である。女騎士達は三人とも人族のようで、露わにした頭には獣耳は見えないし背後に尻尾は無い。

 そして三人の容貌は、今のシノブと同様に地球でいうところの北欧系に似ていた。肌の色は薄く、鼻筋がすらりと通った彫りの深い顔立ちである。それに顔幅が狭く顎が小さめなのだろう、小顔に感じるところも共通している。

 やはりアミィが言っていたように、シノブはこの地方の人々に似た容姿になったらしい。これなら不審に思われることは無いのでは、とシノブは少し気が楽になる。


「うわぁ~、凄いですね~! 怪我していたなんて嘘のようです!」


 一番小柄な赤毛の少女、ミレーユが感嘆の声を上げた。そして彼女は調子を確かめるかのように、腕を振ったり飛び跳ねたりし始める。

 先ほどまで彼女を含む三人は骨折や打撲などで動くのにも不自由する有様だったが、シノブとアミィの治癒魔術で完治した。そのためミレーユは、怪我など嘘であったかのように軽快に体を動かしている。


「馬達の怪我も治していただき、本当に感謝しております」


 三人の中では一番大人びた、明るい栗色の髪のアリエルも微笑みながら改めて礼を言う。

 三頭の軍馬も矢傷に捻挫、骨折など、とても走れる状態ではなかった。しかし今は全てがシノブの魔術で完治し、軽快な歩みで女騎士達の下に集まり顔をすり寄せている。

 アリエルのところにも彼女が跨っていた鹿毛の馬が寄っている。よほど主を慕っているのか顔を寄せた軍馬は嬉しげな鳴き声を上げ、アリエルは穏やかな笑みを浮かべつつ鼻面を撫でさする。

 シノブは治療の際にアリエルから理知的な印象を受けた。しかし彼女が愛馬に向ける琥珀色の瞳は慈しみに満ち、愛情豊かな一面が表れている。


「シノブ様、近くを見てきます!」


 もう治癒魔術は必要ないと判断したのだろう、アミィは周囲を確認しに行った。襲撃者は全て倒したはずだが、念の為だろう。


「気を付けてね!」


 シノブは注意するようにと声を掛けるが、心配は要らないだろうと思ってはいた。アミィは十歳程度にしか見えないが、神の眷属であり二百年以上を生きているらしい。そのためシノブは笑顔で彼女を送り出す。


「馬も元気になったからには、のんびりとしてはいられない。

シノブ殿、よろしければ私達と共に来ていただけないだろうか。火急の命を受けているとはいえ、恩人を置き去りにするのは礼を失する。

ぜひ御同道いただき、我が家にて饗応(きょうおう)したく思うのだが」


 シャルロットは女性的な美しい声でだが、騎士らしく武張った物言いをする。

 兜を被るためだろう、シャルロットは繊細なプラチナブロンドをきっちり結い上げている。そのため華やかさは大幅に減じているが、容貌は絶世の美女というべき美しさだ。しかし今の彼女は鋭く表情を引き締めており、戦の女神に比する凛々しさを(まと)っていた。


「お急ぎのようですから、どうかお構いなく」


 シノブは、やんわりとだがシャルロットの誘いを断った。

 シャルロット達は騎士だそうだ。騎士と言えば支配階級だろうし、実際に高位の身分を思わせる身なりである。シノブは面倒事になるのではと躊躇ちゅうちょしたのだ。


「シノブ様、どうか遠慮なさらずに御同道いただけないでしょうか。シャルロット様はベルレアン伯爵家の御息女です。命の恩人を置いていくなど、あってはなりません。

私とミレーユの馬に同乗していただければ問題ありませんので」


 シャルロットに続き、アリエルも同道するように勧める。

 シノブは伯爵家という言葉にますます恐縮する。しかしアリエルは丁寧ではあるが、退()くことはない。


「シノブ様、お願いします! シャルロット様のためにも、どうか!」


 ミレーユまでシノブに詰め寄ってきた。彼女は自身や馬達の様子を確かめていたのだが、血相を変えて駆けてきたのだ。

 おそらくは、かなり名誉を重んじる社会、あるいは家風なのだろう。シノブは三人の様子から、無下に断ると相手の体面を傷付けるのでは、と感じてきた。


「……それではお言葉に甘えて」


 シノブは、ついに折れた。

 詳しいことを聞かずに付いていくのもどうかとシノブは思うが、先を急ぐ様子の彼女達が説明に時間を取られたくないのは察せられた。それに、いきなりのことではあるが、まさか恩人を無下に扱うこともあるまい。そうシノブは考え、同意することにしたのだ。


「おお、では申し訳ないが急ぎたい。早速出発をしたいが……鎧がこれではな」


 一旦は微笑んだシャルロットだが、側に置いた自身の鎧を見て嘆く。彼女のものだけではなく三人の鎧は何か所か(ゆが)んでおり、全て装着するのは不都合がありそうだ。


「無事なところだけ着けて行くしかないかと」


 アリエルは現実的な解を述べる。やはり彼女は、三人の中で最も理知的な性格のようだ。


「それでしたら私が」


 シノブは屈みこみ、地に置かれた鎧に手を当てる。そして彼は土魔術を使い、プレートの(ゆが)みを修正していく。

 土属性の操作は金属にも使えるし、シノブはアミィから充分に学んだ。その甲斐あって、へこんだ胸甲や脚甲は僅かな間にほぼ元通りの形を取り戻していく。


「うそっ、元に戻っちゃった!」


 ミレーユは素っ頓狂な声を上げ、目を見開き青い瞳で鎧を凝視する。

 落ち着いた印象のシャルロットやアリエルに比べると、一番小柄な彼女は少し子供っぽく見える。彼女の慌ただしく屈みこみ鎧を手に取り確かめる姿が、尚更(なおさら)そう思わせる。


「ありがとうございます。シャルロット様、早速身に着けてください」


「あ、私も手伝います!」


 ミレーユとは対照的に、アリエルは冷静にシャルロットの装着を促した。そして我に返ったミレーユも、アリエルに続き手伝いに回る。

 そして三人が鎧を身に着けている間に、アミィが索敵から戻ってきた。


「シノブ様、他に襲撃者はいないようです」


 アミィは笑顔でシノブに報告する。

 どうやら危険は完全に去ったようだ。普段と同じ愛らしい笑みを浮かべる従者の姿に、シノブも深い安堵を(いだ)く。


「ありがとう、アミィ」


 あちこち駆けまわって周囲を調べてくれたアミィを、シノブはねぎらった。彼はアミィのオレンジがかった茶色の髪をした頭に手をやり優しく撫でる。

 アミィもシノブに褒められ嬉しげだ。薄紫の瞳もキラキラ輝き、狐耳もピクピク動いている。


 詳しくアミィに聞いてみると、襲ってきた者で全てらしく彼らが出てきた林にも他の方向に逃げた形跡は無いそうだ。

 そして襲撃者達は全員事切れていた。アミィはシノブに危害が加えられないようにと考えたのだろう、手加減した様子は無かった。それはシノブも同じで、後ろにいたシャルロット達に被害がないよう確実に倒していった。そのため、生き残った者はいなかったのだ。

 一人くらい残しておき、襲撃に至った詳細を聞き出せたら良かったのだろう。しかし下手に手心を加えたら取り返しのつかない事態になったかもしれない。そんな思いと共に、シノブは森から出る前には予想もしなかった戦いを振り返っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 よほど慣れているのだろう、シャルロット達三人は十五分もしないうちに鎧の装着を終えていた。

 白銀の鎧を着けマントを(まと)った彼女達の姿は、凛々しくも美しい。最初に見たときと違い女性だと思うからだろう、シノブには一層優美に見える。

 繊細な装飾が施された鎧は、どう見ても量産されたものとは思えない。特にシャルロットの鎧は、肩甲を始め要所要所に金細工の縁飾りが施され、兜にも精緻な飾りが付いている。よく見れば白いマントも他の二人とは違い金糸で豪奢に縁取られ、()めるのも綺麗な飾り紐である。

 流石(さすが)は伯爵令嬢の装備、とシノブは感嘆しつつ美麗な鎧姿に見入っていた。


 しかしシャルロットの言葉どおり三人は随分と急いでいるようだ。慌ただしく騎乗した一行は、南に向かって出発する。

 シノブはアリエルの馬に、アミィはミレーユの馬に同乗した。手綱を握る騎士にシノブ達が後ろからしがみ付く形だ。


「一時間近く遅れたが少しでも挽回するぞ! いざ、セリュジエールへ!」


 シャルロットは、自身に続くアリエルとミレーユに飛ばすと叫んだ。男のような口調だが女性らしさも宿した美声は風に乗り、疾駆する馬上のシノブにも明瞭に届く。

 セリュジエールとは、伯爵の館がある領内の中核都市だそうだ。詳しいことを聞く暇はなかったので準備の間にシノブ達が知りえたのは、名前と一時間くらいで到着できる、ということぐらいだ。

 そしてシャルロットは宣言どおりに、スピードを上げていく。本来なら既にセリュジエールに着いている時間だと思うからだろう、彼女は襲撃前よりも飛ばしているようだ。


 シャルロットに続いて、アリエルとミレーユもぐんぐん馬を加速させていく。シャルロットの白馬に続いてアリエルの鹿毛の馬、そして最後がミレーユの栗毛の馬だ。

 そんな中、シノブはアリエルの後ろで気恥ずかしさを感じていた。女性、しかも自分より小柄なアリエルに抱きつくような形で同乗しているからだ。

 もっとも一番背が高そうなシャルロットでも彼より10cmは背が低く、およそ170cmだと思われる。そしてアリエルも同じくらい、ミレーユは更に5cmは低いようだ。したがってシノブ自身が馬を操れない以上、これは仕方がないことであった。


(まあ、今更どうしようもないけど。それより……)


 シノブは舌を噛まないようにと口を(つぐ)んでいた。そして代わりに声を用いぬ意思伝達、思念をアミィに送るべく精神を集中させていく。


──成り行き任せに決めちゃったけど、良かったかな?──


 シノブは心の声でアミィに問いかけた。シャルロット達に聞かれたくないという思いもあるが、そもそも疾走する馬の上だから会話自体が難しい。シノブは心の声を用意してくれたアムテリアに感謝していた。


──そうですね。信義を重んじそうな人達ですから、危険は少ないと思います。領主の娘の申し出を断るより、素直に受けたほうが良いでしょうし。いざとなれば、私達なら逃げ出すことも可能でしょう──


 アミィはシノブがシャルロット達に同行すると決めたことには賛成だったようだ。そのため彼女に相談せずに決めてしまったシノブは、少し肩の荷が下りたような気持ちになる。


──そうか。それなら、このままで良いか……──


──シノブ様。さっきの戦闘ですけど、騎士のほうが悪人だったらどうするのですか? 結果的に彼女達が良い方々でしたから問題になりませんでしたが──


 安堵したシノブに、アミィは強い調子の思念で注意してくる。いつも従者として控えめな彼女にしては珍しいが、それだけ見逃せないと思っているのだろう。


──……ごめん。いきなり矢を射かける男達が悪人に見えちゃって──


 シノブは普段は怒る事のないアミィの叱責に驚いた。そしてシノブは、彼女の言うとおり無鉄砲な行動だったと今更ながら反省をする。

 もちろんシノブも闇雲に戦いに突き進んだわけではない。シノブは襲撃の理由を確かめようとしたし、相手に警告もした。とはいえ例えば騎士達が極悪人で手出しした時点で同じく重罪人とされるなど、割って入ってからでは取り返しがつかない場合もあり得るだろう。


──それと、まだ魔術に不慣れなので仕方ないですが、いきなり風の魔術で吹き飛ばすのはやりすぎです。たぶん焦って力を入れすぎたのだと思いますが──


──うん。もっと穏便に封じる方法もあったよね──


 アミィの指摘に、シノブは自分の行動を振り返る。

 仮に交渉の余地があったとしても、攻撃から入っては上手くいかないだろう。それを考えれば、最初は岩壁などによる防御が良かったかもしれない。


──襲ってくる相手を殺したのは仕方ありません。そういう世界だとお教えしたのは私です。それに私も一旦戦いとなれば、躊躇(ためら)ってシノブ様を危うくするより相手を確実に仕留める道を選びます。

ですが避けられる危険は避けて通る慎重さが無いと、命が幾つあっても足りませんよ──


──そうだね。これからは気を付けるよ。言いにくい事を言ってくれてありがとう──


 シノブは、アミィの親身な忠告に感謝した。

 この世界に来て、そしてアミィから様々な教えを受け、シノブは大きな力を得た。しかし、より強い者や数で勝る者達は、幾らでもいるだろう。

 そのことに思いを来したシノブは、これからは己の力を過信せず注意深く行動しようと誓う。


──ご理解いただき、感謝します。それで伯爵家の事ですが……──


──そうだ、ベルレアン伯爵領って昔もあったの?──


 シノブはアミィの知識と現在に差異がないかに興味を(いだ)いた。

 アミィが触れた伯爵家とは、シャルロットの家のことなのだろうか。それとも、この地に大きな変化があり別の家が治めているのか。それ次第では、アミィから教わった知識が役に立たないこともあるからだ。


──はい。私が地上を見ていたころも、ありました。メリエンヌ王国の体制はあまり変化していないのかもしれません──


──セリュジエールという都市もあった?──


 シノブはアミィの言葉に安心しつつ、これから行く都市の名について訊ねた。伯爵領の名が同じで領主が住む場所も同じなら他も大差ないのでは、と思ったからだ。


──ええ、伯爵の家名であるセリュジエに由来しています──


──なるほどね。それで俺達のこと、どう説明しようか?──


 長く変わらないのが良いことかどうか、シノブには判断がつかなかった。しかし、とりあえずアミィの知識が役立つのは助かる、と前向きに考えることにした。


 そしてシノブとアミィは、自身のことをシャルロット達にどう説明するか、心の声で相談を続けた。その結果、自分達は転移装置でこの地方ではないどこかから来たと話すことにした。

 シノブ達は森を出る前、自分達のことを遠くから旅してきた者とするつもりだった。しかし普通の村人や町人相手ならともかく、身分もあり知識もありそうな相手には逆効果であろう。そこで、転移装置で遠くから飛ばされてきた、としたわけだ。


 転移元は非常に遠いようで、このあたりの国々の名も聞いたことがない。当然、領地や都市の名前も知らない。

 なんだか判らない大規模な魔法装置を見つけて調べていたら、急に稼働して飛ばされたようだ。知らない森の中にいたので、そこから出ようと彷徨(さまよ)っていたら街道に辿(たど)り着いた。

 大まかに言えば、こんな内容だ。中途半端に近隣から来たことにしても、いずれボロが出るだろう。そこで遥か彼方から飛ばされてきたと、説明することにしたのだ。


 ちなみにアミィによれば、転移魔法は理論的には存在するそうだ。しかし魔術として人間が発現するには膨大な魔力が必要であり、習得も難しいので使い手はほぼいない。それに使えても僅かな距離しか転移できないらしい。

 長距離転移は巨大な魔法装置なら可能だと思われるが、このあたりでは発見されていないはずなので信じてもらえるか分からない。しかし他に良い案も思い浮かばないので、シノブ達は転移の事故で押し切ることにした。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 街道は綺麗に整備され、一定の幅の道が(ほとん)ど真っ直ぐに続いている。そして馬車が余裕をもってすれ違える幅の道には、大きさや形を揃えた石が整然と敷き詰められている。しかも両脇には、歩道なのだろうか、より小さな石で覆われた細い道がある。

 時折、人の背ぐらいの石柱が見える。一定間隔で設置された柱は何かの標識のようだ。石柱の周囲には小さく(ひら)けた場所もある。おそらく休憩のために用意されているのだろう。

 なだらかな平原なので、道を造るのにも困難は少ないのだろうが、この立派な石畳の街道を敷設するには、凄まじい労力を注ぎ込んだに違いない。

 そしてシノブが感嘆しつつ眺めている街道を、三頭の軍馬は襲撃の前にも勝る全力疾走のような勢いで走っていく。


(こんなに速く駆け続けるとは……馬も基礎身体強化しているのか?)


 シノブの体感では、馬達の疾走は時速40kmを大きく超えているとしか思えない。それに走り始めて既に二十分くらいは経っているのに、軍馬は相変わらず凄まじい速度で走っている。


 馬達は、幾つもの村や小さな町を通り過ぎていった。

 流石に集落を通過するときは馬達も速度を落とすが、集落の外周に沿って設置された迂回路を女騎士達が鳴らす「ピー! ピー!」と甲高い笛の音と共に抜けていく。おそらく笛は、事故を避けるための警笛なのだろう。

 そして馬達は、集落から離れると再び猛然と速度を上げていくのだ。


 だが走り続けるにつれ、先頭を走るシャルロットの白馬と後続の二頭の距離が徐々に開いてきたようだ。


「シャルロット様~! 少しペースを落としてくださ~い!」


 ミレーユは、自身が騎乗する栗毛の馬から伸び上がりながら叫ぶ。流石に二名が乗っていると、馬の疲れが違うようだ。

 特にアリエルとシノブが乗っている鹿毛の馬は息が荒い。小柄なアミィと違って身長180cmはあるシノブが相乗りしているのだから当然ではある。


 ミレーユの声が聞こえたのだろう、シャルロットの乗馬が少し速度を落とす。


「どうする! 交代するか!」


 シャルロットは後ろを振り向き、後続に声を掛ける。一旦()まり、相乗りしていない自分の馬にシノブを移そう、というのだろう。


「いえ、このまま行きましょう! 止まると時間を取られます! まだ刺客がいるかもしれません、早く領都に向かいましょう!」


 アリエルはシャルロットに叫び返し、このまま進むことを勧めた。先を急ぐのは使命のためだけではなく、更なる刺客を警戒しているからでもあるのだ。


「馬を、回復、します!」


 シノブは舌を噛まないように注意しながら叫ぶと、乗っている馬に体力回復の術式を掛ける。


(魔術の発動は声に出さなくてもできるから助かるよ……叫ぶと気合が入るけどね)


 シノブがアリエルの馬に回復魔術をかけると、鹿毛の馬は元気を取り戻したようでまたスピードが上がり、天馬のように軽やかに駆けていく。

 そしてアミィもシノブと同様に魔術を使ったようだ。ミレーユの馬も遅れず追いついてくる。


「シノブ殿! 感謝する!」


 追ってくる二頭の様子で疾走を継続できると感じたのだろう、シャルロットは朗らかな声でシノブに礼を言う。そして三頭の軍馬は一団となって飛ぶように街道を駆けていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 回復魔術を使ってからは、馬達の速度を落とすこともなく走り続けることができた。それに、なだらかな平原がどこまでも続いて馬達も走りやすそうだ。


 快調に飛ばしていると、ほどなくして前方に白い城壁が見えてきた。最低でも1km以上、もしかすると数kmに渡る城壁が左右に長く続いている。

 あれが領都セリュジエールなのだろう。シノブは、そう思いつつアリエルの肩越しに城壁を見つめる。


 近づくにつれ、都市の詳細が明らかになってきた。巨大な石の城壁は少なくとも高さ10m以上だ。そして街道は城壁の中央手前の大きな広場に向かっている。

 街道の真っ正面の城壁には、アーチ状の城門が三つ開いている。アーチの高さは中央の門が城壁の半分ほどで、幅は6mくらいであろうか。その左右に半分くらいの幅と高さの門が一つずつ存在する。


 太陽が中天を過ぎて随分と経つが、まだ日が暮れるには早い。おそらく15時くらいだろう。そして夕暮れ前に町に入ろうとしているのか、何台かの馬車が城門前の広場に止まっている。左側が都市に入るための門なのか、そちらに馬車が五台ほどだ。

 そして、おそらく保安検査なのだろう、数人の兵士達が馬車をチェックしている。


 シャルロットは速度を落としながら、再び警笛を甲高く鳴らしている。そして突然の警笛に、保安検査をしていた兵士とは別に城門内から数人の兵士が走り出してきた。


「ヴァルゲン砦司令シャルロット・ド・セリュジエ、以下五名! 緊急通過!」


 白馬の足を止めシャルロットが声を上げた。更に彼女は兜の覆いを跳ね上げ、兵士達に顔を示す。アリエルとミレーユも同様だ。


「はっ! お通り下さい!」


 シャルロットの名乗りを聞き顔を見た兵士達は、慌てた様子で返答し道を開けた。そしてシノブ達は乗馬のまま中央の大門を(くぐ)り抜け、領都セリュジエールに入っていった。


お読みいただき、ありがとうございます。


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