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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第7章 疑惑の伯爵
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07.09 舞踏会の夜 後編

 王女セレスティーヌとシノブが踊り終わった星々の間。そこは若い貴族を中心に、宮廷の名花達が舞い踊る華麗な場となっていた。

 メリエンヌ王国の場合、舞踏会などであれば身分の上下はあまり問題とならない。そのためシノブ達が広間の中央から下がると、子爵や男爵も含めた大勢の若い男性貴族が自身の婚約者や気になる女性を誘って優雅なダンスを披露している。

 とはいえ誘う相手は、同格かあまり差のない身分の者であるらしい。さすがに子爵から侯爵令嬢を誘って、ということは無いようである。


 そんな中、シノブの下には多くの令嬢が殺到していた。元々、王女の友人として面識のあるマルゲリットやイポリートなどの侯爵令嬢や、舞踏会の前の祝宴で面識を得たシュラール公爵の娘シャンタルやオベール公爵の娘ドリアーヌも、早速シノブへとダンスの申し込みに来ている。


「……すみませんが、まずは婚約者のシャルロットと踊りますので」


 シャルロットや従者として控えるアミィ達が待つ一角に王女と共に戻ってきたシノブは、彼を捕まえに来た令嬢達に、柔らかい口調で断りを入れていた。彼は、セレスティーヌとのダンスを終えて一休みしようと思っていたのだが、その考えは甘かったようだ。


「さあシャルロット、私と一緒に踊ろう」


 王女を兄である王太子テオドールへと送り届けたシノブは、令嬢達から逃げ出すために慌ててシャルロットを誘った。


「はい、シノブ。行きましょう」


 シャルロットは、そんな彼の思惑を察しているようで、僅かに苦笑しながら彼の手を取った。

 シノブ達は、不満げな顔をする令嬢達を背に、広間の中ほどに戻っていった。


「シノブ。私を誘ってくださるのは嬉しいですが、令嬢達から逃げることはできませんよ。……私の次は、彼女達。問題を先送りしただけではないですか?」


 シャルロットは、シノブと腕を組んで歩きながら、彼に悪戯っぽい口調で(ささや)いた。


「シャルロットと踊りたいのは本当だよ。特訓に付き合ってもらった成果も見せたいしね」


 シノブは、婚約者相手なら何曲か踊っても文句は言われないだろう、と思いつつシャルロットに答えた。確かに彼女の言うとおり先送りではあるが、かといって舞踏会の間ずっと令嬢の相手をするよりは、少しでもシャルロットと踊っていたい。

 それに婚約者と熱烈に接する姿を見れば、少しは令嬢達も引くのではないか。シノブは、そんな風に思っていた。


「さきほどのセレスティーヌ様とのダンスは見事でしたよ。でも折角のお誘いですから、私も直接シノブの上達を確認しますね」


 シャルロットは、シノブが話を()らしたのには気がついているようだ。しかし共に踊りたいというのも本心なのだろう、彼女は色の薄い頬を美しく染めながら自身の婚約者に微笑んだ。


「さて、それでは我が婚約者にてベルレアン伯爵令嬢シャルロット殿。私と踊って頂けませんか?」


 フロアの中ほどに丁度良い空間を見つけたシノブは、シャルロットに芝居がかった口調で語りかけながら優雅に一礼をしてみせた。


「まあ……お申し込み、大変嬉しゅうございます。

天下にその名も高き『竜の友』シノブ・アマノ・ド・ブロイーヌ子爵閣下からお誘いいただくなど、夢のようですわ。未熟な腕前でございますが、子爵閣下のお相手を務めさせていただきます」


 シャルロットは驚いたように目を見張るが、すぐに真顔に戻ると儀式めいた口調で応じた。もっとも彼女の瞳は冗談めいた輝きを宿しており、口元にも柔らかな笑みを浮かべている。

 大仰な振る舞いにシャルロットは付き合ってくれたようだが、付け焼刃の自分とは随分と年季が違う。婚約者の優雅な仕草に、シノブは密かに感嘆していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ様達、楽しそうに踊ってますね~」


 シメオンの脇に控えるミレーユが、羨ましそうに呟いた。

 成人式典と祝宴の最中、従者である彼女達は控えの間で待機していた。式典や祝宴は王領軍の騎士達が警護しているし、全員が従者を連れていると会場も混み合うからだ。

 それに比べて舞踏会は若者中心の参加であり、従者の入室も認められていた。どうも下級貴族の子弟が多い従者達に、舞踏会を見学する機会を与える意味もあるらしい。


「練習の成果が実って良かったです! これもミレーユさんやアリエルさんのお蔭です!」


 アミィは満面の笑みを浮かべている。王女をエスコートする大役を、自身の主が見事に果たしたのだ。彼女が喜ぶのも当然であった。


「シノブ様は、元々音感やリズム感も良かったようですから。それに、祖国で妹様がダンスを習っていたのでしたね」


 アリエルも顔を綻ばせていた。

 シノブの妹である絵美(えみ)は、ダンス部に入っている。そのため彼も付き合って練習したこともあったし、そのあたりはシャルロット達にも教えていた。

 しかし現代日本のストリートダンスがどんなものかは説明しにくいから、シノブも動きの激しいものだと言うに留めていた。したがってアリエル達は、リフトやターンが多い社交ダンスのようなイメージを(いだ)いたようである。


「ええ、それもありますね……」


 アミィはスマホの情報を受け継いでいるから、シノブが妹と共に練習したダンスがどんなものか知っている。そのためだろう、彼女は曖昧な口調で答えた。

 もっともアミィは、フロアの中ほどで踊るシノブとシャルロットを見つめたままだ。彼女の答えが漠然としているのは、そのせいかもしれない。


 シノブとシャルロットは、星々の間にいる人々の視線を一身に集めていた。彼らの舞踏は、その高い身体能力もあり、動きのキレ、リズム感などが際立っていた。他にも多くの踊り手がいるため、決して派手な動きは加えていないが、見る者が見ればその素晴らしさは一目瞭然である。

 そのため、いつしか周囲で踊っていた者まで場所を空け、彼らが舞う様を眺めていた。


「シノブ君! シャルロット! せっかく場所も空いたのだから、もっと派手にやりたまえ!

……楽団の諸君!」


 広間にアシャール公爵の声が響く。兄である国王アルフォンス七世の側にいた彼は、楽団の側に行くと何事か指示している。

 広間にいる人々は何事かと首を傾げるが、その内容は暫くして判明した。次の曲は、今までと違ってテンポが速く、激しい曲調となったのだ。


「さあ『竜の友』と『戦乙女』の実力を見せてくれたまえ!」


 アシャール公爵は、楽団の前でニヤリと笑いながらシノブ達を促した。

 彼の意図を悟ったシノブ達は、今までの優雅なダンスから自身の身体能力を活かした激しい舞踏へと切り替えた。

 シノブはシャルロットを抱き寄せると、その腰に手をやって高々とリフトをし、そのまま彼女を中空へと舞わせる。王女セレスティーヌとの時と異なり、投げ上げたというべき勢いで宙高く舞い上がったシャルロットは、天女のように美しく、その肢体を伸ばし華麗なポーズを決める。

 そして、シノブは下降し始めた彼女の足元に、その手を差し伸べる。シャルロットは、彼の手を足場に再び大きく跳躍し、今度は激しくスピンをする。彼女の回転に合わせて長いスカートが広がるが、ダンス用のドレスの下には、厚いタイツを穿()いているため、見苦しいこともない。

 むしろ、スパンコールのようにキラキラと輝くタイツが室内の明かりを反射して、幻想的な美しさを増している。

 そして、星々の間の高い天井に届くのではと錯覚するほどの滞空の後、足音も立てずに舞い降りたシャルロットは、今度はシノブと素早く立ち位置を変えながら、電光のような素早さで舞い踊った。

 二人は、ある時は触れ合うほどの近くに、ある時は飛び離れ、と目まぐるしく動いている。それは、楽団の奏でる調べに乗った動きだが、見る者が見れば激しい剣闘のようにも映ったであろう。

 彼らの身体能力を十全に発揮した舞踏は、剣こそ持っていないが、剣舞の鋭さを持っていた。それを悟った広間にいる軍人達は二人の動きに思わず感嘆の声を上げる。

 一方、シノブにダンスを申し込んでいた令嬢達は、うっとりと彼らを見つめている。シノブとシャルロットの動きは、武闘を思わせるものではあるが、その美しさは損なわれていない。

 むしろ、鋭さと共に、繊細さや華麗さも増しているようである。特に、シャルロットの美しい金髪がシャンデリアの明かりに(きら)めく様は、光の妖精が舞い踊っているようでもあった。


「綺麗……それに、凄い体のキレだわ……」


 乙女としての感性と武人としての目線を併せ持つ軍務卿の娘イポリートは、双方が高度に調和している姿を、食い入るように見つめていた。その姿は、まるで天上の舞を見た純粋無垢な子供のようでもあり、彼女が二人を深く信奉していることが窺える。

 そして彼女だけではなく、広間中の人々が時を忘れて二人の舞踏に酔っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「また、義伯父上に助けられたのかな?」


 シノブは、アミィ達が待つ一角で寛いでいた。


「そうですね。伯父上には感謝しないといけないようです」


 シャルロットも、彼の言葉に頷いた。

 シノブとシャルロットの隔絶した技量を見た後に、シノブに踊ってほしいと申し込む女性は、ほとんどいなかった。やはり、シャルロットと比較されるのを敬遠したのだろう。

 王女の友人達も、次の機会までに腕を磨いてくると遠慮する者がほとんどであった。結局シノブは、ある程度身体強化が使え技量に自信があるイポリートなど、数人の相手をするだけで舞踏会を乗り切れたようだ。


「それじゃ時間もできたし、少し夜風にあたってくるよ。アミィ、ついてきてくれるかな?

シメオン、すまないが誰か来たら少々席を外していると伝えてくれないか」


 シノブは、アミィとシメオンに声を掛けた。

 そして、シメオンが頷くのを見たシノブは、アミィを連れて庭園へと歩み出た。星々の間は、大宮殿の一階にあるため、そのまま王宮の庭に出ることが可能である。

 広い庭園は、夏であれば愛を(ささや)く恋人達が彷徨(さまよ)い出てくるのかもしれないが、12月の冬空では、そんな酔狂な者はいないらしい。ところどころに、警護の兵が立っている以外に、人の姿はなかった。


「シノブ様、どうしたんですか?」


 アミィは、彼がいきなり庭園へと出たので、不思議そうな顔をしていた。

 庭園の中の、少し広い場所に出て立ち止まったシノブを、アミィは見上げて彼の答えを待っていた。


「アミィ、俺と踊ってくれないか?」


 シノブは、シャルロットのときにしたように、優雅に一礼してアミィへと笑顔を見せた。


「シノブ様……」


 アミィは、シノブの顔を驚きの表情で見つめていたが、やがて彼の意図を理解したようで、その顔を綻ばせた。


「……ありがとうございます。私にも気を使ってくださって……」


 アミィは、そう呟くと薄紫の瞳を潤ませた。


「気を使ってなんかいないさ。俺は、アミィと踊りたいんだ。会場の令嬢達よりもね」


 シノブは、自身の思いがアミィへと伝わるように、真剣な顔で語りかけた。

 彼は、最も信頼しているアミィが従者だからといってダンスに加わることもなく控えているのを見て、無性に彼女と踊りたくなったのだ。

 会場では従者が踊ることはないらしい。それなら庭園でと思った彼は、冬の星々が(きら)めく外へとアミィを誘い出すことにした。


「こっちも立派な『星々の間』さ。ちょっと寒いけどね。

……さあ、早く踊って温まろう! 伴奏はないけど、セレスティーヌ様とのダンスの曲でいいよね!」


 シノブは、アミィへと手を差し伸べる。


「はい、シノブ様!」


 アミィは輝く笑顔となり、シノブの手を取った。そして二人は王女とのダンスのウィンナ・ワルツに似た曲を思い浮かべながら、二人だけで優しく、そして華麗に舞い始めた。

 この曲はシノブにとっては一番練習したもので、アミィもその姿をずっと見守っていた。それ(ゆえ)二人は、何年も一緒に踊ってきたパートナーように、無音の庭園で息の合った舞踏を見せていた。

 無声映画のように音のない彼らのダンスを見ている者がいたら、きっとその踊りから伴奏を思い浮かべることができるだろう。そう思えるほど、二人の舞いは呼吸が合っている。それは、シノブとアミィの信頼の深さを象徴するかのようであった。


「……それではお姫様、大変名残惜しゅうございますが室内へと戻りましょう。この寒空の下に長くいたら、風邪を引いてしまいます」


 踊り終えたシノブは、冗談を交えながらアミィを室内へと誘った。


「もう、シノブ様ったら!」


 アミィは、シノブのおどけた様子に思わず笑いを(こぼ)しながらも、頷いた。そして彼女はシノブの手を取って寄り添った。二人は庭園を後にし、腕を組みながら室内へと戻っていく。


「……何か、騒がしくないですか?」


 耳の良いアミィは、頭上の狐耳を僅かに動かした後、シノブの顔を見上げた。


「誰かがステップを踏み間違えた、とかかな?」


 シノブは舞踏会で何かがあったのか、と疑問に思いながら、星々の間へと入った。すると、ちょうどシメオンが足早に入り口に向かってくるのが目に入った。


「シメオン、どうしたんだ?」


 シノブは、血相を変えた彼を見て、真剣な表情となった。冷静なシメオンにしては珍しく、その表情に焦りの色が浮かんでいたからだ。


「ベーリンゲン帝国がフライユ伯爵領へと侵攻したそうです」


 シメオンは、シノブに戦乱の時が来たと、僅かに焦りを滲ませながら告げる。

 シノブは、ついに帝国が動きを見せたのだと知り、その表情を険しくした。王女の成人式典。その最後を飾る舞踏会は、凶報での終幕となるようだ。シノブは、これからの動乱を案じながら、シャルロット達のところに急ぎ戻っていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2014年11月14日17時の更新となります。


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