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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第7章 疑惑の伯爵
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07.08 舞踏会の夜 前編

「シノブ様、シャルお姉さま……それでは、また後ほど」


 王女セレスティーヌは、名残惜しそうにシノブとシャルロットに声を掛けた。

 アルフールの間での午餐会。王女の成人を祝う昼食を兼ねたパーティーである。セレスティーヌには、祝いの言葉を述べようと、貴族達が行列を作って待っていた。


「もう少しのご辛抱ですよ」


 シャルロットが年下の従姉妹を励ますように微笑んだ。

 シノブやシャルロットの後にも、子爵や男爵など、祝賀の言葉を掛けるために待つ者達が大勢いる。シャルロットが言うとおり、暫くセレスティーヌには自由な時間など無いようである。


「セレスティーヌ様。舞踏会を楽しみにしています」


 シノブも、悲しそうな顔で見つめる王女を元気付けようと優しく言葉を掛ける。


「はい、私も楽しみですわ!」


 シノブの言葉に、セレスティーヌは笑顔を取り戻した。


「ドレス、本当にお似合いですよ。笑顔になると、尚更輝いて見えますね」


 シノブは、食事をする暇もないセレスティーヌを励まそうと、最後にもう一度彼女の装いを褒めた。

 セレスティーヌは、成人式典の時の伝統的なドレスから着替え、最初に会った時に着ていたような華やいだドレスを身に(まと)っていた。白を基調にところどころにパールピンクの飾りをあしらったドレスは、成人したとはいえ15歳になったばかりの彼女に相応しい、初々しくも彩り鮮やかな装いであった。


「ありがとうございます……」


 セレスティーヌは、シノブの賛辞に頬を染めて喜びの表情を浮かべた。


「それでは、失礼します」


 輝かんばかりの笑顔となったセレスティーヌに、シノブは短く挨拶するとシャルロットと共に下がる。


「シャルロットの時も、あんなに行列が出来たの?」


 シノブは、少し離れたテーブルにシャルロットと共に歩きながら話しかける。王家の血を引く彼女は、王族としての成人式典を行っている。

 アシャール公爵やベルレアン伯爵が待つ立食式のテーブルへと向かうシノブは、その間に彼女の時はどんな風だったのか聞いてみた。


「はい。私は外孫ですが、だからといって祝辞を述べないわけにはいかないでしょう。正直、誰と挨拶したかもよく覚えていません」


 シャルロットは、シノブに苦笑気味の笑みと共に答えた。


「そうか……王家に生まれるのも大変だね」


 三公爵に六侯爵、そしてフライユ伯爵を除いた六伯爵。さらに王都で官僚や軍人として働く80近くの子爵や男爵。もちろん、それぞれの家族もいる。さらに式典とは違い、祝宴には自国の貴族だけではなく交流のあるガルゴン王国やカンビーニ王国の大使なども出席している。

 シノブは、果たしてセレスティーヌが何人と挨拶するのだろうかと、内心同情した。


「そうですね。セレスティーヌ様は、王宮から出ることすらほとんど出来ません。私のように軍人になれば外に出ることも出来ますが、それはそれで色々面倒もありますし。

でも、それは王家や伯爵家に生まれた者の宿命です。生活に困ることがない代わりに、民の為に働かなくてはなりません。宣誓の言葉の通りですね」


 シノブとは対照的に、シャルロットは平静な口調である。やはり、生まれたときから貴族としての教育を受けているだけあって、その教えが体に染み込んでいるようだ。彼女の言葉からは、成人式典での『民のため王国のために』というセレスティーヌの宣誓が決して口先だけのものではないと窺えた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「やあ、シノブ君! 我が弟と従兄弟を紹介しよう!」


 テーブルに戻ってきたシノブをアシャール公爵の陽気な声が出迎えた。彼の両脇には、同じ年頃の男性が二人いる。


「シノブ君、こちらがオベール公爵クロヴィス・ド・サレイユ。私の弟でもある。

そして、こちらがシュラール公爵ヴァレリー・ド・ヴェルレーヌだ。私やクロヴィスの従兄弟だね。

普段は領地に張り付いているから、あまり会うこともないかもしれないが、私同様にシノブ君を助けてくれると思うよ!」


 アシャール公爵は、最後は少し笑いを含んだ口調であった。たぶん、二人の公爵、特にシュラール公爵をさりげなく牽制したつもりであろう。


「初めまして。シノブ・アマノ・ド・ブロイーヌと申します」


 シノブは、子爵としての正式な名前を両公爵に告げ、礼儀正しく会釈した。

 続いて彼らの家族がシノブに紹介される。オベール公爵は二人の妻と、嫡男オディロンとその妻、そして娘のドリアーヌを連れていた。シュラール公爵の方は、二人の妻と娘のシャンタルだ。娘達は竜を鎮めたというシノブと話したい様子ではあるが、アシャール公爵の手前か遠慮しているようである。


「シノブ殿。貴公は私の義甥、堅苦しくする必要はない。それに竜を鎮めた勇者が我が義甥になるとは、なんとも誇らしいことだ」


 一通り挨拶が終わったと見たのか、オベール公爵は厳格そうな顔に微かに笑みを浮かべつつシノブに話しかけた。

 彼は190cm近い長身で、体格もがっしりしている。金髪碧眼で整った顔立ちだが(いか)めしさの方が先に立ち、歴戦の将軍を思わせる。


「そのとおりだね。稀代の英雄が我らの親族となるとは、とても喜ばしいことだよ」


 オベール公爵と対照的に、細身で平均的な身長のシュラール公爵も、従兄弟の言葉に同意する。こちらも金髪だが、瞳は薄茶色であり、アシャール公爵やオベール公爵とは若干血が遠いことを窺わせた。

 シノブは、シュラール公爵の機嫌良さそうな様子を不思議に思った。ベルレアン伯爵達は、男子のいないシュラール公爵がシノブを婿に欲しがるかもしれないと予想していたからだ。だが、目の前の彼はそんな事を言い出す様子はない。


「まあ、シノブ君は、二重に私達の親族になる可能性もあるがね!

セレスティーヌのパートナーを務めるのだろう?」


 アシャール公爵は、シノブに悪戯っぽく問いかけた。


「義伯父上……ダンスのパートナーですよ」


 シノブは、彼の意味深な言葉を訂正する。


「式典後の舞踏会のパートナーは、通常婚約者が行うものだから、大差ないと思うがね!」


 アシャール公爵の言うとおり、シノブは舞踏会で王女セレスティーヌをエスコートすることになっている。成人式典後の舞踏会は、地球の欧州貴族などが行うデビュタントのような位置付けらしい。その時、新たに成人となった女性をエスコートするのは、婚約者がいればその男性、いなければ婚約者候補だという。

 アドリアンの事件の後、シノブはセレスティーヌのエスコートを国王アルフォンス七世から打診されていた。シノブは、今の時点で結婚は考えなくても良いという事であったため受けたが、どうやら周囲はそう思ってくれないらしい。


「ところで、シノブ殿は、こちらのダンスは習得されているのかな?」


 シュラール公爵が、僅かに案ずるような様子でシノブに問いかける。

 シノブは遥か遠くの国から来たことになっている。そのため彼は、シノブがメリエンヌ王国のダンスを踊れるか、疑問に思ったのだろう。


「はい。シャルロットに特訓してもらいましたので、問題ありません」


 シノブは、シュラール公爵の問いに答える。

 彼が言うとおり、ベルレアン伯爵領の領都セリュジエールにいるときから、ダンスの練習はしていた。だが、エスコートの話があった後、あらためてシャルロット達と特訓をしていたのだ。


「ほう、『戦乙女』殿の特訓か、それなら大丈夫だな」


 オベール公爵は、僅かに頷くと納得したような表情を見せる。

 この世界の人間は、身体強化が使用できれば筋力だけではなく反応速度も向上させることができる。それに身体が動く速度だけではなく、身体強化に合わせて思考速度も上がる。

 したがって、リズム感などに致命的な問題がない限り、ある程度の身体強化ができる者のほうが舞踏においても有利である。

 そして、その例にもれず、シャルロットやアリエル、ミレーユも、宮廷で行われる各種のダンスについてはかなり高度なレベルで習得していた。


「ともかく、舞踏会ではよろしく頼むよ! なんといっても我らが王女のお披露目だ。しっかりエスコートしてくれたまえ!

それにセレスティーヌは、我が国初の女公爵として新家を立てる可能性もあるからね。華々しいデビューとなるよう期待しているよ!」


 どうやら、アシャール公爵は、王女との婚約を匂わせることで他の二公爵に釘を刺していたようである。

 元々跡取りのいるオベール公爵はともかく、男子のいないシュラール公爵はシノブを婿に望む可能性もあった。しかし、仮にシノブが王女や公爵の娘と結婚しても新家設立となるのであれば、結局シュラール公爵家の跡取り問題は解決しない。アシャール公爵は、それを暗に示しているのであろう。

 シノブは、とりあえず二人の公爵についてはアシャール公爵に任せることにして、この後の舞踏会について思いを馳せた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 舞踏会は、大宮殿の右翼一階にある星々の間で行われる。星々の間とは、幾千万もの星々を表した華麗な装飾に由来する名前であるが、夜会に訪れる綺羅星のような紳士淑女と絡めての命名であることは、想像に難くない。

 明るい色調の寄木細工による壁面は、その名の元である繊細な金細工に非常に小さな鏡などを埋め込んだ装飾で覆われている。そして、華麗な細密画が描かれた天井には豪華な魔道具のシャンデリアが下がり、室内を煌々と照らしていた。


 シノブは王女セレスティーヌと共に、星々の間の中央に立っている。これから彼女の成人を祝うための舞踏会が始まるのだ。二人は、開幕を告げる儀式でもある、お披露目をする当人とそのパートナーによるダンスを会場にいる紳士や貴婦人達に披露するのだ。


「……シノブ様、よろしくお願いします」


 僅かに緊張した様子のセレスティーヌが、小さな声でシノブに告げた。

 彼女は、ダンスに相応しいすっきりとしたドレスに着替えている。激しい動きでも問題が無いようにアクセサリーも控えめではあるが、元々の生地や造りが豪奢であるため、その美しさは式典や祝宴の時と比べても何ら劣ることはなかった。


「大丈夫ですよ。私もシャルロットに鍛えられたので、失敗はしません」


 シノブは敢えて自身の事を話題にし、王女の緊張を(ほぐ)そうとした。するとセレスティーヌも気遣いを察したのか、微笑を返す。

 どうやら固さが取れたようだ。これなら安心とシノブも頬を緩ませる。


 セレスティーヌが微笑んだその時、それを見て取ったのかどうか楽団が短い調べを響き渡らせた。いよいよ二人の舞踏を披露するときが来たのだ。

 セレスティーヌは優雅に腰を屈めると、その手でドレスの裾を(つま)んで一礼をする。対するシノブも片手を胸に添えて逆の手を柔らかに広げると、軽く会釈をした。


 準備が整った二人の様子に、楽団は開幕を飾る舞踏曲を奏で始める。

 その音色を聞いたシノブは、セレスティーヌの手を取り自身のほうに引き寄せると、ゆったりとした曲調に合わせて踊り始めた。

 舞踏会の最初を飾るダンスは、お披露目の意味もあり、あまり激しいものではない。新たに成人となった女性の美しさを引き立てる華やかなものではあるが、年配の者が眉を(ひそ)めるような動作は含まずに可憐さや清楚さを強調した組み立てとなっている。

 そのためシノブと踊るセレスティーヌも、彼の手の中で目まぐるしく回りドレスの裾をひらめかしたり、シノブの手に支えられて上体を反らせたりはするものの、足を高々と上げたりするようなことはない。

 それ(ゆえ)二人は、楽団が奏でるワルツのような曲に乗って、優雅かつ上品に踊っていた。


 楽団は、弦楽器や木管楽器、それに金管楽器に打楽器など、地球のオーケストラ並みに一通り揃ったものであった。奏でる曲調は宮廷舞踊に相応しい、華麗かつ品格を感じさせるものである。

 この国の宮廷音楽は地球のクラシックと似通ったものであるため、シノブはすんなりと馴染むことができた。そんな彼は、ウィンナ・ワルツの名曲を思い出しつつ、セレスティーヌの手を取りながら踊っていた。


「本当にお上手ですのね……」


 シノブの腕の中で、セレスティーヌが(ささや)いた。

 セレスティーヌが式典の準備に忙しかったため、彼らが事前に踊ったのは、一度だけである。だが、シャルロット達の特訓を受けたシノブは、それでも問題なかったようであった。


「シャルロットのお蔭です」


 シノブは、特訓の様子を思い出しながらセレスティーヌに答える。

 練習の相手は、主にシャルロットとミレーユであった。アリエルは弦楽器が得意であったため、伴奏役に回っていたのだ。また新たな従者であるソニアは、木管楽器を扱うことができた。そこでシノブは、この十日(とおか)間ほど二人の伴奏でダンスの特訓に励んだのだ。

 婚約者のシャルロットはともかく、その副官であるミレーユと体を接しながら踊るのは、シノブには気恥ずかしいものであった。だが、舞踏会に行けば王女の他にも令嬢達と踊ることになるという彼女達の指摘を受け、令嬢達への耐性をつけるためにも練習に励むこととなった。

 その甲斐もあってシノブの技術は、この国の貴族達から見ても充分なものであったようだ。

 会場の各所からは、二人の流麗な中にもどこか初々しさを感じる舞踏に対し、感嘆の声が溜息と共に漏れていた。それらの声が聞こえたせいか、セレスティーヌも当初の固さを忘れたかのように、伸びやかに舞っている。


 そして、ついに舞踏曲が終わりを迎えた。気品を保ちつつも可憐な舞いの最後は、少しだけ激しい動きを交えたものであった。

 シノブがセレスティーヌの腰に手を添えリフトをすると、彼女はその手の力も借りて軽やかにその身を(ひるがえ)した。室内の煌々たる灯りを受けて輝く彼女は、一瞬の空中散歩を終えると、シノブの手の中に舞い戻る。

 楽曲の最後の響きに合わせて、シノブとセレスティーヌは華やかな笑顔と共に手を掲げ、終幕に色を添える。そんな二人の見事な舞踏に魅せられた一同は、一瞬の沈黙の後、夢から覚めたように万雷の拍手を送っていた。


「……シノブ様。これからもお側にいて頂けませんか?」


 一同にお辞儀をした後に、セレスティーヌは、自身に寄り添うシノブにポツリと呟いた。

 本来なら、パートナーは婚約者が務めるものである。だが、シノブは違う。セレスティーヌは、青い瞳を潤ませつつ、彼を見上げた。


「私も『王国の華』と成るべく努力します。ですから御心に留めて頂けると嬉しいのです」


 シノブの祖国が一夫一妻であり、風習が異なることはセレスティーヌも知っている。しかし彼女は、(かたく)なにシャルロットのみを愛するシノブに、自身を見てもらいたいようだ。


「セレスティーヌ様。私はこの国に来たばかりです。それ(ゆえ)、まだ馴染めていない部分も多いようです。

ですから、今すぐ御返答はできません。申し訳ありませんが、お時間を頂きたいのです」


 シノブも、いつまでも一夫一妻で押し通すことは難しいとは考えていた。だが、自身の考えを曲げてまで偽りの愛を(ささや)くつもりはないし、それは相手に対して失礼だ。もちろん、同情ゆえに色よい返事をするなど論外である。

 したがって、彼女には悪いとは思ったが、自分の考えを率直に伝えた。


「はい! それで構いませんわ!

シノブ様のご心境が変わられたとき、私を好きになって頂けるよう、頑張りますわ!」


 セレスティーヌは、シノブの言葉を聞くと明るい笑みを見せた。

 シノブは、アムテリアの告げた絆という言葉について、内心考えていた。友人の絆、君臣の絆、そして愛する人との絆。この世界のあるべき形は、シノブの考えているものとは少々異なるようだ。シノブは、彼女達の思いに誠実に向き合う必要があると、一人思いを巡らせていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2014年11月12日17時の更新となります。


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