02.01 道での遭遇
街道を疾駆する三頭の馬には、輝く金属鎧で全身を覆った騎士らしき者が一人ずつ跨っている。そして白いマントを靡かせ人馬一体となって飛ぶように駆けるその姿は、あっという間に大きくなってくる。
馬達は、シノブからすれば全力疾走としか思えない速さであった。そのためシノブは、あんなに飛ばして街道を駆け続けたのだろうか、と疑問を抱く。
かなりの名馬なのか。あるいは異世界の馬だからか。どちらもありそうだが、とある理由でシノブは前者ではないかと感じていた。
「凄い勢いだね。よほど緊急の伝令か何かかな。でも、ただの伝令にしては鎧が立派すぎるかも……」
シノブは先頭の白馬の乗り手を眺めながら呟く。彼が見ているのは、馬上の三人でも特別に煌びやかな鎧を身に着けた乗り手だ。
こちらの騎士などシノブは知らないし伝令の装備も分からない。しかし先頭の乗り手の鎧には、遠目にも平騎士とは思えない華麗な装飾があるのは明らかだ。そしてシノブが駆けてくる馬を名馬と判断した理由は、これである。
「単なる伝令ではないと思います。それに随分と急いでいます。下手に近づかないほうが良いでしょう」
尋常ならぬ様子にアミィは警戒心を抱いたようだ。彼女は頭上の狐耳をピンと立て、疾駆する馬を注視しながらシノブに注意を促す。
「そうだね、でも……」
シノブはアミィの言葉に頷いた。しかし同時にシノブは、今からでは街道に着く前に馬達が通り過ぎると思ったので、そう続けようとする。
もっともシノブの言葉は途中で途切れることになった。それは彼が自身の感じたことを口にする前に、先頭の白馬に向けて十何本もの矢が放たれたからだ。
「あっ!」
シノブは思わず声を上げてしまう。
どうやら街道の向こう側、数十mくらいにある林から矢が射かけられたようだ。おそらく射手は林の中に伏せているのだろうが、深い藪が隠していたのだ。
十本近くの矢を受けた白馬は短く嘶き、ドドッという地響きと共に崩れ落ちる。そして乗り手は馬から放り出されたまま動かない。もしかすると、乗り手は落馬の衝撃で気を失ったのかもしれない。
更に続く二頭にも雨のように矢が放たれた。いきなりの事に後続の馬も、先頭と同じく為す術もなく矢を受け転倒する。
「アミィ、助けに行くぞ!」
目の前の出来事に、シノブは酷く憤慨していた。
ここは弱肉強食の世界だと、シノブはアミィから教わった。そしてシノブも彼女の言葉を理解したつもりであった。しかし実際に非道を目にしたとき、シノブの心は抑えきれぬ怒りに満ちていた。
卑怯と言うしかない奇襲に、理性を感情が凌駕したのもあるだろう。しかしアミィから学んだ武術や魔術を使えば、襲われた人達を助けられると感じたのもある。今の自分なら無法を正すことができる。シノブは、そう思ったのだ。
「シノブ様、危険です! それに戦争であれば関わらないほうが良いです!」
アミィはシノブの袖を引き、留めようとする。
確かに騎馬の者達が善人とも限らない。戦なら奇襲もあるだろうし、高位の武人のように見えたからといって立派な人物とは限らない。それはシノブにも理解できる。
「判っている。でも何もしないで後悔したくないんだ!」
シノブはアミィの手を振りほどき、身体強化を使って猛然と駆け出した。
傍観しているより、割って入って確かめよう。射掛けた側が悪人なら、手を拱いていては取り返しのつかないことになる。その思いが、シノブを風よりも速く走らせていた。
◆ ◆ ◆ ◆
あっという間に街道まで到達したシノブは、先頭の白馬と乗り手の前に立つ。
白馬の乗り手は立ち上がろうとするが、酷く骨折しているのか身を起こすこともできないままだ。しかも、徐々に動きが鈍くなっているようでもある。
「アミィ、治癒魔術を頼む!」
これほどの重症であれば命に関わるだろう。そう判断したシノブは、追ってきたアミィに治療を指示する。そして彼は周囲を見回した。
後続の同じく騎士風の乗り手のうち、一人は動けるようだ。こちらも怪我をしたのか動きは悪いが、弓矢を取り出して応戦しようとしている。しかし最後の一人は動かずに伏したままだ。
「今だ、やれるぞ!」
怒号と共に、林の中から大勢の男達が走ってくる。
男達は落馬した者達に止めを刺すつもりなのだろう、剣を振りかざしている。相手は馬という足を奪われ、満足に戦えない。今ならどうにでもできる。男達の声には、そんな愉悦が滲んでいるようだ。
馬の乗り手の美々しい金属鎧とは違い、男達は胴が革鎧、頭には簡易な兜という軽装であった。しかも剣も含め装備は統一されてはおらず、寄せ集めの集団のように思える。
だが、それ以上にシノブを驚かせたのは、欲に狂ったかのような男達のぎらついた目や表情であった。
とても真っ当な相手とは思えない。それに駆けてくる男達は二十人以上いるし、潜んでいた林から街道まで大した距離はない。これでは言葉だけで制止できると思えない。そこでシノブは、突風の魔術を使い襲撃者達の足止めをする。
「うおっ!」
シノブの魔術で、ドンッという音と共に猛烈な風が広範囲に吹き荒れた。そして突然の強風、おそらく秒速30m以上はあるだろう猛烈な風で、男達の大半が驚愕の叫びを上げながら地に転がる。
二十人以上いた革鎧を纏った一団のうち、半数以上が風に耐え切れず後ろに吹き飛んだ。更に残りも多くは転倒したため、立っているのは三人ほどだ。
「なんだ、お前!」
正規兵にしては統一されていない装備の薄汚れた男達。かなり好意的に表現しても傭兵、ありていに言えば盗賊まがいにしか見えない襲撃者の一人が、シノブに怒りの声を上げる。
順調であった奇襲が突然の乱入者に覆されつつあるのだ。男が激するのも当然だろう。
「アミィ、治癒は!?」
シノブは襲撃者達を睨んだまま、後方のアミィに声を掛けた。
とにかく相手は押し留めた。その事実に安堵したシノブは、助けようとした者達に心が向いたのだ。
「応急処置をしました。とりあえず大丈夫です!」
アミィの声は平静だ。そして彼女が問題ないと言うなら、それは事実だ。アミィへの強い信頼、ここまでで培った思いがシノブに疑いを抱かせない。
「判った。なら残りも頼む!」
シノブは残り二人の治癒をアミィに頼む。
後続の乗り手達のうち一人はなんとか矢を放っているが頼りなく、襲撃者を傷付けるほどではない。しかも、もう一人は倒れたままのようだ。シノブには背後がどうなっているか判らないが、反撃しているのは一人だけらしい。
ならば治療を急ごう。そして襲撃者達が体勢を立て直す前なら、充分間に合うだろう。自分一人でも襲撃者達を食い止められると感じたシノブは、アミィを治療に専念させることにした。
「はい!」
駆け出すアミィと同時に、シノブも前に歩み出る。
倒れていた男達は体を起こし剣を拾い始めている。そこでシノブも腰に佩いた魔法の小剣を抜き放つ。
「お前達、何故この人達を襲ったんだ!」
小剣を右手に前に出ながら、シノブは激しい口調で問い質す。
アミィが言うように戦争かもしれない。仮に、そうであればシノブは退くつもりであった。
男達は正規軍には見えないが、森から出たばかりのシノブには国や領主がどのような政治を行っているかなど判らない。圧政に苦しめられた民衆が蜂起したという可能性も否定はできないだろう。
相手が理性的な返答をするなら。そんな思いを抱きつつ、シノブは襲撃者達の出方を待つ。
「へっ、お前には関係ねぇだろ! こいつらを殺せば大金が手に入るんだ、邪魔するな!」
倒れなかった男の一人、薄汚れた革鎧を纏った見上げんばかりの巨漢が言い放った。彼は不精髭の生えた顔を醜悪に歪め、シノブを射殺すような目つきで睨みつける。
シノブは男の態度に落胆しつつも、ある意味では納得していた。目の前に立つ男の顔は、欲に染まり醜く歪んでいる。彼を突き動かすものが金銭欲だけなのかどうかは判らない。しかし世を憂えて決起したなどの、真っ当な理由ではないだろう。
やはり暴漢の類であったか。慨嘆というべき感慨を胸に、シノブは命の奪い合いに踏み込む決意を固めていく。
「今なら見逃してやっても良いんだぞ。それに、今度は手加減しない」
手に持つ小剣を構えながら、シノブは最後の警告をした。
突風の魔術を食らっても退かない襲撃者達だ。説得は無理だろうとシノブも理解してはいる。とはいえ僅かに残った躊躇いが、シノブに言わずもがなのことを言わせてしまう。
もちろん、ここまで来て立ち去るわけにはいかない。襲撃は金に目が眩んでのことらしい。そうと知った以上、シノブは理不尽な暴虐を放置するつもりは無かったのだ。それが、命を守るために命を奪うかもしれないと判っていても。
「そう言われてスゴスゴ帰るわけにはいかねぇんだよ!」
不精髭の巨漢は罵声を上げ、シノブに大剣を向ける。そしてシノブと彼のやり取りの間に体勢を整えた一団は、巨漢の言葉が合図であったかのように剣を構えて押し寄せてきた。
「でやぁ!」
一人の男が奇声を上げ、上段から切りかかってくる。対するシノブは魔法の小剣で相手の剣を弾き飛ばし、革鎧ごと胴を袈裟懸けに切り裂いた。
そしてシノブは右手から飛びかかってきた男をするりと躱し、蹴り飛ばす。蹴られた相手は後ろにいた仲間を巻き込んで吹き飛び、更なる攻撃を一時的に遮った。
「前衛、囲め! 二の構え!」
不精髭の大男が短く指示を出す。どうやら、この巨漢が頭目なのだろう。ならず者風の男達は素早く大男の声で動き、剣でシノブを牽制しつつ取り囲もうとする。
(二の構えってなんだよ!)
シノブはそう思いながらも身体強化を駆使していく。多勢に無勢だ。そこでシノブは、左端の男に切りかかった次の瞬間には右端へ、と交互に襲い掛かる。
傷付いた騎士がいるので、後ろに通すわけにはいかない。そのため大きく離れられないし、両翼のいずれかだけ相手にするのも悪手だ。かといって素直に囲まれるのは論外だろう。
そこでシノブは、まるで分身しているかのような動きで相手を翻弄する。そのため襲撃者達はシノブを越えていくことができず、数を減らしていくかに見えた。
しかし奇襲を掛けるだけあって、彼らも全くの無策ではなかったらしい。
「今だ!」
不精髭の大男がそう叫ぶと、なんと前衛達が地面に転がり、その向こうから何本もの矢が降り注ぐ。二の構えとは、前衛で引き付け同時に後衛が矢の準備、という符丁だったらしい。
「岩壁!」
シノブは咄嗟に岩の壁を作り出す術を繰り出した。すると眼前の相手を巻き込みながら人の背を超える岩壁が飛び出し、矢を跳ね返す。シノブの発動した魔術は、なんとか間に合ったのだ。
「シノブ様、お待たせしました!」
駆け寄ってきたアミィは前に出て射線を確保すると、岩弾を撃ち始める。そして彼女の容赦のない連続攻撃は、相手の革鎧を軽々と貫いていく。
一方の襲撃者達は、思わぬ攻撃に呆気なく崩れていく。男達はシノブ一人でも持て余していたのだから、無理もないだろう。
「アミィ、助かった!」
シノブもアミィと連携し、同じように岩弾で攻撃していく。シノブが岩壁の右手、アミィが左手に陣取っての十字砲火だ。
もはや襲撃者達には、為す術もない。彼らは一人残らず、シノブ達の魔術で倒された。
◆ ◆ ◆ ◆
襲撃者との戦いを終えたシノブは、後ろの騎士らしき三人へと振り返る。
すると弓を操っていた人物が右足を引きずりながらも懸命に走り寄る姿がシノブの目に入った。どうやら射手は、白馬に跨っていた仲間に向かっているようだ。
重傷なのだろうし全身を覆う鎧の重みもあるのだろう、よろけながら寄っていく小柄な射手をシノブは痛々しく感じてしまう。
「シャルロット様、お怪我は!?」
なんとか辿り着いた射手は、心配そうに叫びながらシャルロットと呼んだ相手の手を取った。
不安を滲ませた問い掛けは、意外にも少女のように澄んだ声音によるものであった。確かに小柄ではあるが、騎乗や全身鎧からシノブは相手を男性だと思っていた。そのためシノブは思わず目を見開き、動きを止めてしまう。
「ミレーユ、大丈夫だ。アリエルは?」
白馬の騎手、一際美麗な鎧の人物は依然として立ち上がれないままであった。しかし安心させようと思ったのだろう、射手に力強い声を返す。
こちらの声も低めであるが、女性らしい柔らかさが感じられるものであった。主か何かなのだろう、男のような物言いをしてはいるが、射手達への心配が滲む様子はシノブに好感を抱かせた。
「は、はい……アリエルも……無事です……」
ミレーユと呼ばれた射手は、安心したのか嗚咽を上げながら答える。
アリエルとは残りの一人だろう。こちらも骨折しているのか、立ち上がれないままだ。
「アミィ、あの人達って女性?」
寄ってきたアミィに、シノブは問わずにいられなかった。戦いを切り抜けたからだろう、シノブは安堵と脱力を感じつつ従者である狐の獣人の少女の答えを待つ。
「はい、三人とも女性でした」
三人を治療したアミィは、当然ながら性別も把握していた。全身鎧で今までシノブには分からなかったが、やはり女性だったのだ。
「そっか。まだ治療が必要なようだね」
「命に関わりそうな怪我だけ応急処置をしましたが、手足の骨折はまだです。骨折はきちんと整復しないと元に戻りませんから鎧を着けたままでは治療はできません。
とりあえず痛み止めはかけていますが」
シノブとは対照的に、アミィの顔と言葉に緩みはなかった。彼女からすれば、まだ戦いは完全に終わったわけではないのだろう。
「ただ治癒魔術を使えば良いってわけじゃないんだね……ともかく治療を再開しよう」
シノブはアミィの言葉に気を引き締め直した。確かに襲撃者は倒れたが、三人を救い終わってはいない。そう感じたシノブは、アミィを伴って射手と主らしき人物へと歩いていく。
「助けていただき感謝している。魔術師殿」
近寄るシノブ達に気が付いたのだろう、シャルロットと呼ばれた人物は兜を外した。そして彼女は射手に支えられつつも、身分の高さを感じさせる威厳を伴う声で謝意を示し頭を下げる。
相手の二十歳前と思われる意外に若い顔に、シノブは少しばかり驚いた。言葉遣いが年長に感じさせるが、もしかすると自分より年下なのかもしれない。シノブは、そうも思う。
兜の下から現れた顔は、どう見ても女性であった。濃い青の瞳に薄い色の肌、整った容貌は絶世の佳人というべき美しさなのだ。しかし凛とした面は意思の強さが明らかで、まるで研ぎ澄まされた名刀のような清冽さを感じる。
頭も鎧下を被っているので髪は殆ど見えない。しかし僅かに零れるのは繊細なプラチナブロンドのようだ。重傷のためだろう、汗の滲んだ額に髪が張り付いているのは痛々しくも、何故かシノブには眩しく感じられる。
「騎士様、まだ治療が必要です。これから治癒魔術を用いますので、どうか楽になさってください」
騎士かどうかは不明ではあるが、支配階級なのは間違いないだろう。そう思ったシノブは、丁寧な口調で語りかける。
「お二人は命の恩人だ。騎士だからといって畏まる必要はない。私はシャルロット・ド・セリュジエ。シャルロットと呼んでくれ」
やはり身分はともかく騎士ではあるらしい。そのためだろうか、女性は先ほどと同じく男のような口調で、シノブに自身の名を伝えた。
もっともシャルロットという女性はシノブ達に充分な感謝をし、一定の敬意も感じているようだ。彼女は身分を気にすることは無いと口にする。
「ありがとうございます。私はシノブ・アマノ、こちらは従者のアミィと申します。
それでは治療をしますね……アミィ、頼むよ」
堅苦しい物言いではあるが遠慮無用と言いたげなシャルロットの雰囲気に、シノブは少し安心した。しかしシノブは女性に触るのは問題だろうと思い、アミィに任せることにする。
「はい、シノブ様。……それではシャルロット様、鎧を脱いでいただけますか」
アミィはシャルロットに鎧を脱ぐように告げる。先ほど彼女が触れた通り、骨折を整復するためだ。
「ミレーユ、頼む」
「はい! あ、ミレーユと申します! 助けてくださり、ありがとうございます!」
まだ湿っぽい声だが、ミレーユと呼ばれた騎士も慌てて兜を外し、シノブ達に名を告げ礼を述べる。そして彼女は、シャルロットの鎧を脱がし始める。
こちらも青い瞳だが、シャルロットよりは薄い色をしている。逆に、肌は少し日に焼けたように健康的な色合いだ。シャルロットより更に若いのか、少女らしい顔立ちである。
無理して走ってきたためだろう、彼女も汗ばんだ額に鎧下から零れた赤毛が張り付いている。
「では、私は馬を診に行きます」
ともかく女性の手当てはアミィに任せよう。それに鎧とはいえ女性の脱衣を見るわけにもいかない。そう思ったシノブは、馬を治療しに向かう。
◆ ◆ ◆ ◆
幸い、白馬は矢傷を負ったが命に別状はなかった。そこでシノブは闇魔術を使って白馬を眠らせ、その間に矢を抜いて治癒魔術をかける。白馬は骨折してはいないが、足を捻挫しているようだったので、そちらも治癒魔術で正常に戻す。
続いてシノブは残り二頭の馬も手当てしていく。こちらも白馬と同様で、シノブの技量で充分治療できる傷だった。
これなら馬達も大丈夫だ。そう判断したシノブは、三人目の騎士に寄っていく。
まだアミィはミレーユという騎士を治療している。三人目もアミィが応急処置をしているから問題はないだろうし、彼女は二頭の馬の側にいたからシノブからも平静にしているのは見て取れた。
しかし馬の治療も終えたのだ。手が空いたなら声くらい掛けておくべきだとシノブは思ったわけだ。
「魔術師のシノブ・アマノと申します。
シャルロット様とミレーユ様の治療が終わったら、従者のアミィに治療させます。済みませんが、もう少しお待ちいただくようお願いします」
シノブは、アリエルと呼ばれていた騎士に声を掛けた。
こちらも既に兜を外している。しかも彼女は頭に被っていた鎧下も降ろし、明るい栗色の髪が見えている。アミィとは違い頭上に獣耳は無いので、どうやら人族らしい。
アリエルは琥珀色の瞳に色白な肌、ミレーユとは対照的に落ち着いた雰囲気の女性であった。シャルロットやミレーユと同様にまだ二十歳前のようだが、三人の中では一番年上に見える。
「アリエルです。お助けいただきありがとうございます。……シノブ様も治癒魔術をお使いになれるのでしょう? それでしたら私もお願いします」
馬を治療するのを見ていたからだろう、アリエルは柔らかな声でシノブに自身にも治癒魔術を使ってほしいと頼み込む。
「ですが鎧を脱ぐ必要がありますし、アリエル様は女性ですので……」
「問題ありません。大変恐縮ですが早く治療をしていただき、この場を離れたほうが良いと思います。
あと、私とミレーユは呼び捨てで構いません」
シノブは失礼ではないかと思い断るが、アリエルは重ねてシノブに頼み込む。
どうやらアリエルは合理的な人物らしい。シノブは落ち着いた表情と言葉の端々から、理性的な雰囲気を感じ取る。
それにアリエルは、男女がどうこうと言っている余裕は無いと思っているようだ。そのためシノブは、アリエルの要望を聞き入れ治療を開始することにした。
「申し訳ありませんが、脱ぐのを手伝っていただけませんか?」
アリエルは籠手に手を掛けながら、シノブに手助けを頼む。
シノブは日本にいた頃に、全身鎧は一人で着脱できないと聞いたことを思い出した。現にシャルロットもミレーユに手助けされていたし、彼女達の鎧も地球の全身鎧と同じような構造なのだろう。
「アリエルさん、済みませんが鎧の外し方を教えてもらえますか?」
しかし鎧は複雑な造りだ。そのためシノブには、どこから手を付けて良いか分からなかった。
細やかな紋様が浮かび上がった白銀の鎧は非常に美しい。しかし、それだけに一見しただけでは着脱の仕方が判らない。多くの留め金やベルトが内側にあるらしいが、攻撃を受けにくいように上手く隠されているからだ。
「アリエルで結構です。それでは申し訳ありませんが、こちらのベルトを外してください」
アリエルは再び呼び捨てるように言う。
控えめなのか、それとも騎士ではあるが身分はさほどでもないのだろうか。そんな思いがシノブの脳裏を掠める。
「アリエルさん、で勘弁してください。これですね?」
シノブはアリエルが示したベルトへと手を伸ばす。まずは治療だとシノブは思ったのだ。
聞きたいことは色々あるが、それは後で良い。それに三人を救えたことを素直に喜ぼう。激闘を終えたためか、先が見えない状況にしてはシノブの心は晴れ渡っていた。そのためだろう、複雑なパーツが組み合わさった鎧を外すシノブの顔には、知らず知らずのうちに朗らかな笑みが浮かんでいた。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回から第2章です。ついに異世界人が登場しました。




