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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第7章 疑惑の伯爵
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07.03 水晶宮の査問会

「クレメン・ド・シェロン。そなたの息子の不始末、どう説明する?」


 大宮殿の一角にある審議の間に、国王アルフォンス七世の冷然とした声が響いた。彼は、決して大きな声を張り上げたわけではない。だが、その声は静まり返った審議の間の隅々まで届いていた。

 そして彼の表情も、その声音こわねに相応しく、鋭く厳しいものとなっていた。そこには国王の威厳だけではなく、目の前の臣下に対する怒りが滲んでいた。


(まこと)に申し訳ございません。アドリアンは厳罰に処していただいて構いません」


 査問会に召喚されたフライユ伯爵クレメン・ド・シェロンは、平静な口調で答える。

 アドリアンと似た栗色の髪に琥珀色の瞳をした彼は、五十前後のはずだが、あまり年齢を感じさせない容貌をしている。そして、その容貌に相応しく細身の体も若々しく、綺麗な立ち姿を保っていた。

 彼は、国王が座る一段高い議長席や侯爵達が居並ぶ査問委員席の正面に設置された被告席に立っている。だが、そんな場所にいるとは感じさせない落ち着いた表情で、国王の冷たい視線を受け止めていた。


「シェロン殿。それでは説明になっていない。

なぜ、貴公の息子が危険な魔道具を所持していたのか、説明したまえ」


 内務卿を務めるドーミエ侯爵アントナン・ド・ペロンが、フライユ伯爵を厳しい口調で問い詰める。

 本来ならフライユ伯爵と呼ぶべきだが、被告人として召喚されたクレメン・ド・シェロンが伯爵の敬称で呼ばれることはなかった。


「そう言われましても。私は昨日の晩に王都に着いたばかりです。一昨日(おととい)起きた事件については、私にはわかりかねます。

なにしろアドリアンは正気を失ったままですし、使用人達の多くは死亡しております。

何が起きたかも監察官の方々にお聞きしたぐらいでして」


 従者を連れてくることも許されず、屈強な監察官に左右を固められたフライユ伯爵は、僅かに口髭を(ゆが)ませながら、ドーミエ侯爵の言葉に答えた。


「そんな無責任な言葉があるか!」


 彼の悠然とした態度に、ドーミエ侯爵は青い瞳に怒りの色を浮かべていた。彼は、文官らしい痩せ型の体型をした温厚そうな年配の紳士だ。しかし、フライユ伯爵の内心を韜晦(とうかい)するような口振りに、怒りを隠せなかったようだ。


 フライユ伯爵の答えに(あき)れたのはドーミエ侯爵だけではない。

 証人として呼ばれているシノブもフライユ伯爵の様子に不快感を(いだ)いていた。そして隣にいるシャルロットやその後見人であるベルレアン伯爵も、不愉快そうに眉を(ひそ)めている。


「ドーミエ侯、落ち着いてください。

だがシェロン殿、戦闘奴隷を使ったフライユ伯爵領の商人が強化の魔道具を隠し持っていた。これらの事件とアドリアンの暴挙、無関係では通りませんぞ」


 エチエンヌ侯爵マリユス・ド・ダラスは、灰色の瞳でフライユ伯爵を(にら)みつける。

 軍務卿である彼は、王国の守護が責務である。王都で起こった事件についても彼は当然のことながら深い関心を寄せ、手の者を内務卿の配下の監察官に協力させている。

 フライユ伯爵やドーミエ侯爵と同年輩に見える彼だが、軍務で鍛えられた巨体を前のめりにしてフライユ伯爵に低い声で問い詰める姿は、歴戦の軍人でも平伏しかねない迫力と威厳に満ちていた。


「領内の管理不行き届きについては、謝罪します。

ですが、我が領は帝国と接しております。帝国から不正な道具や間者が入ってくるのを完全に防ぐことは出来ないでしょう。王都の皆様方にはご理解いただけないかもしれませんが」


 フライユ伯爵は、エチエンヌ侯爵の視線にも動じることなく、それどころか皮肉さえ交えて答えた。

 彼の言葉に、エチエンヌ侯爵やドーミエ侯爵だけではなく、彼らと並んで査問委員席に座る各侯爵も苛立ちを露にする。


「シェロン殿! フライユ伯爵領には、王国としても多大な支援をしている。税制の優遇、領軍への援助、挙げれば数え切れないほどだ!

貴公の言葉は、それらを無視した発言ではないか!」


 財務卿であるギャルドン侯爵バティスト・ド・ペルランは、少し長めの赤毛を振り乱しながらフライユ伯爵に反論する。他の侯爵より10歳近く若い彼は、年上であるドーミエ侯爵やエチエンヌ侯爵に遠慮していたのか、今まで発言しなかった。だが、自身と関わりのある内容だけに、見逃せなかったのだろう。


「そうですな。貴方の領地の商会は、王都でも様々な優遇措置を受けている。まあ、それを逆手にとって色々あくどい事もしていたようですが」


 テルミート侯爵ヴァランタン・ド・グレミヨンは、自身の管轄である商業面から、皮肉を言い返した。


「テルミート侯、商人共は既に捕まっているとか。彼らの罪は、彼らに償ってもらうしかないでしょう」


 フライユ伯爵は、テルミート侯爵の皮肉にも動揺しなかった。息子の不始末はともかく、元々ソレル商会の事件があったから王都へ急いできたのだ。奴隷騒ぎなど商会絡みの事件についての詰問は対策済みのようで、彼は落ち着いた様子で答えていた。


「それではシェロンよ。商会の罪はそなたの関知することではない、というのだな」


 国王アルフォンス七世は、怒りを抑えるような低い声で、フライユ伯爵に問いかけた。


「仰せの通りで。そもそも、領民が罪を犯さぬようにすることは、どんな領主でも不可能かと思います」


 フライユ伯爵は、国王の言葉に慇懃(いんぎん)な口調で答える。


「だがシェロン殿。息子の罪は重いぞ。アドリアンは当然死罪として、貴公も隠居すべきではないか?」


 ジョスラン侯爵テオフィル・ド・ガダンヌは、彼の態度が気に食わなかったのか、不機嫌さを隠さずにフライユ伯爵に言い放った。


「ジョスラン侯。ご連絡が遅れましたが、息子はオドラン子爵家に養子に出しております」


 オドラン子爵とはフライユ伯爵の従兄弟である。彼は、アドリアンを従兄弟の養子に出したから、不祥事の責を負うのは従兄弟だと言いたいようだ。


「聞いていない……といっても無駄か。手回しの良い貴公にしては報告が遅いではないか。次からはもう少し早く言ってほしいものだな」


 ドーミエ侯爵も、彼が息子の罪を一族の子爵に押し付けるつもりなのは理解しているらしい。だが貴族籍を管理する内務卿として一言嫌味を言いたくなったのか、温厚そうな様子に似合わぬ物言いをする。


「もちろん、こんな事件がなければ王都に着いてすぐにお知らせするつもりでしたよ」


 メリエンヌ王国では、伯爵家が保持する子爵位については、伯爵家の当主が一族に自由に与えることができる。子爵位の授与は王家に報告する事になっているが、あくまで報告であり許可は不要である。ましてや養子に入れるなど、当主の一存でどうにでもなる。

 したがって平時であれば、彼の言い分は何の疑問もなく受け入れられただろう。だが、この状況で素直に受け取る者はいないようだ。外務畑のせいか今まで口を挟まなかったフレモン侯爵シモン・ド・マルブランを含め、六侯爵全てが、彼を不審の眼差しで見つめている。


「ベルレアン伯爵の領地でも、子爵の息子が内乱を起こそうとしたとか。なんでもシャルロット殿の暗殺を(たくら)んだそうですが。

ですが、首謀者とその一味が処刑され、子爵が隠居したのみ。それでしたら我が領地についても同様の措置が相応しいかと」


 なんと、フライユ伯爵はシャルロット暗殺未遂事件とその後の処置を例に挙げ、自身を正当化した。

 ベルレアン伯爵やシャルロットは自領の事件を持ち出されたことに(いきどお)りを感じたようだが、査問会の席であるため、表面上は平静な様子を崩さなかった。


「ではシェロンよ。アドリアンは処刑、隠居はオドランがするとして、そなたはどうするのだ」


 アルフォンス七世は、その碧の瞳に激しい怒りを滲ませているが、口調は抑えたままでフライユ伯爵の考えを問い(ただ)す。


「もちろん、陛下の御沙汰のままに」


 フライユ伯爵は、外見上は恭しさを保ったまま優雅に頭を下げる。


「ならばシェロン。そなたを当分の間、謹慎とする。王女の成人式典にも出る必要は無い。

別邸については引き続き捜査を続ける。領地にも追って監察官を送るぞ」


 フライユ伯爵は、アルフォンス七世の峻烈な言葉にも様子を変えず、畏まった態度を取り続けていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「しかし、あの人がブリジット様の兄とは信じられませんね。本当に兄妹なのですか?」


 伯爵家の別邸に戻ったシノブは、ベルレアン伯爵に問いかけた。彼は、フライユ伯爵の人を馬鹿にしたような態度を見て、あの優しく控え目なブリジットの兄だとは、どうしても思えなかったのだ。

 別邸に戻る途中でシノブから概要を聞いたアミィやイヴァールも、不快そうな表情をしている。


「気持ちはわかるが、間違いないよ。ブリジットは彼の異母妹だ。

まあ、私も妻がああいう性格ではなくてホッとしているがね」


 サロンに入ったベルレアン伯爵はソファーに座ると、苦笑しながらシノブに返答した。彼の第二夫人ブリジットは、フライユ伯爵の異母妹である。


「ともかく、あんな人だとは思いませんでした」


 伯爵の対面に座るシノブは、査問会での様子を思い出した。

 シノブは、フライユ伯爵が自領の産業振興に成功したとジェルヴェから聞いていた。そのため彼は、フライユ伯爵が経済に強い知性派だと思っていた。だが実際の彼を見て、それが好意的な先入観であったと慨嘆していた。


「私も正直(あき)れたが。でも、彼が言っていることにも一応の理屈はあるんだよ」


 伯爵は、そう言ってシノブにフライユ伯爵領の事情を説明する。

 そもそもフライユ伯爵領は、王国の中で唯一、他国との争いが絶えない領地である。帝国は戦いを仕掛けるだけではなく、獣人達を奴隷とするために王国に侵入する。それらの相手をしてきた代々のフライユ伯爵は、苦労も多かったはずだ。

 そして、戦争に備えて領地に張り付くため、王都とは疎遠になっていく。フライユ伯爵家が独立独歩の道を歩む素地は、長い歴史の中で徐々に醸成されていったのだろう。

 彼は、フライユ伯爵家の地理的、政治的な位置付けが、現フライユ伯爵の不満の元ではないか、とシノブに語る。


「……まあ、だからと言って、あの態度を許すわけにはいかないがね」


 伯爵も査問会の様子を思い出したようで、顔を(しか)めた。


「話を戻すが、ブリジットと彼は二十近く歳が離れている上に母親が違うから、あまり接点はなかったらしい。だから似ていないのかもしれないね」


 伯爵は、シノブにフライユ伯爵家について簡単に説明した。

 先代フライユ伯爵が亡くなってから10年近く経つ。彼は、遅くに生まれたブリジットを可愛がり、ずっと手元に置いていたという。それに対し、現フライユ伯爵クレメンは18年前に当主になった。

 そのころブリジットは10歳前後であり、必然的に異母兄と接することは少なかったようだ。


「ブリジットは、先代が亡くなる前の年に私の下に来たんだ。晩年の彼は、ブリジットが世話していてね。それもあって、クレメン殿と会う機会も少なかったのではないかな。

先代はクレメン殿とは性格が随分違ってね。父とも話が合う人だったよ」


 伯爵は、当時のことを思い出したのか、懐かしそうな顔でシノブに語る。

 シノブは、豪放磊落な先代ベルレアン伯爵アンリと仲が良いなら、現フライユ伯爵とは人柄がだいぶ異なるようだ、と思いながら彼の話に聞き入った。


「シノブ、兄妹といっても他家に嫁いだ以上、他人のようなものですよ。それはブリジット殿も覚悟されているはずです」


 遅れてサロンに入ってきたシャルロットが、二人の会話に混ざる。彼女は、その表情を曇らせながらシノブの隣に座った。


「そのとおりだね。

……ともかく、これでフライユ伯爵家に一応釘を刺すことはできた。後は、王領の監察官に任せるしかないのが歯がゆいところだが、我々は他領の人間だ。

シャルロットとシノブの婚約を認めてもらい、我が家臣アルノーを取り戻した。当初の目的は達成したわけだがね」


 伯爵は、目的は達したといいながらも、歯切れの悪い口調であった。


「義父上。陛下も、このままで済ますおつもりはないでしょう。我々が協力できることが、きっとあるはずです」


 シノブは、奴隷を抱えていたフライユ伯爵領のソレル商会や、人々の命を吸い取るような魔道具をそのままにしておく気は毛頭無かった。


「そう言ってくれると嬉しいよ。我々貴族は自領の、そして王国の安寧を守るために存在している。

婚約早々、面倒事ばかりですまないがね」


 伯爵は、シノブを貴族にしてしまったばかりに彼にもその責務を背負わせることになったと後悔したのかもしれない。彼はシノブに複雑な笑みを見せた。


「もちろん王国のためにも働きますが、あんなものを放置して平気な顔はできませんからね。

皆もそう思うだろ?」


 シノブは、隣に座るシャルロットや側に控えるアミィへと、明るく声を掛けた。


「ええ。当然です」


「はい! アムテリア様の教えに背く行為は許せません!」


 シャルロットとアミィも、口々に同意する。そして、口には出さないがイヴァール達も真摯な表情で頷いていた。


「ともかく、フライユ伯爵と彼の家臣達は当分別邸で謹慎だ。我々は、セレスティーヌ殿下の成人式典に備えようじゃないか」


 ベルレアン伯爵は、深刻な空気を振り払うように陽気に語りかける。


「はい。式典なんて初めてですし、緊張しますね。何か粗相をしないかと心配です」


 シノブも彼に倣って明るく言葉を返した。


「シノブ様、作法が心配でしたら、もう一回おさらいしますか?」


 ジェルヴェの笑いを含んだ申し出に、シノブは厳しい特訓を思い出して顔色を変える。そして慌てる姿を目にした伯爵達は、思わずといった様子で頬を緩ませた。


 お読みいただき、ありがとうございます。


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